D.T 童貞はリアルロボゲーの世界に転生しても魔法使い   作:装甲大義相州吾郎入道正宗

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リザルト

side 外販

 

ビアガーデン下層

 

油蝮掃討作戦は予定を大幅に繰り上げて終了した。

原因は伊吹山方面で発生した謎の大規模山林火災によって討伐目標の殆どが焼け死ぬアクシデントに見舞われたからだ。

 

約100年前に実行された人類による大規模自然破壊はモンスターの生態を狂わせて足止め程度には成功したが、同時に地球の原生生物を含めた環境を破壊し尽くすのは当然の帰結だった。

故に残った森林の保護は最優先事項であり、一時は多数のDTが消火活動に駆り出されて最悪の延焼は防がれたが、その余波で油蝮の住処も巻き込んで全滅するなど誰が考えただろうか。

これにより基本業務の一環で仕事に赴いた本店のホッパーは早上がりというべき事態にむしろ感謝しているが、歩合制の仕事であった為に実質的に報酬が目減りした外販のホッパー達は不満を露わにする結果となってしまった。

しかしチェイサーを駆る白上マコトだけは鬼気迫る残党狩りを行い、ボロボロの機体とは思えないほど多く戦果を挙げたが本人は不満そうしていたらしく、とんだ戦闘狂だと本店外販問わず噂が広がっていく。

 

役目を終えた空母が再びビアガーデンに帰還し、そろそろ日が昇る時間を気にするような時間帯の頃。一部のホッパーは下層にあるバーを貸し切って、愚痴と馴れ合いと戦果報告を合成飲料片手に打ち上げを行っていた。

 

「火事が無かったらもっと稼げたのにね〜」

「それな。50は固かったわ」

「アハハッちょっと盛りすぎ!」

「おい給仕! お代わり早くしな」

 

間接照明で彩られた暖色の室内では幾つかの丸テーブルに別れてグループを作っている。最も多く、それでいて喧しいのは名も無きホッパー達で詮無い愚痴に興じるばかりか情報共有も秘匿もせずに呑み食いに徹している。決して悪いことでは無いが、それだけ余力が余っているという事は本気を出して戦っていない証拠であり、一定以上の実力者からは冷ややかな目で見られている。

 

「あぁいう手合いが本当増えたね…」

「ホッパーの平均魔力量からすれば一度の出撃で疲弊が溜まって仕方ない筈です。慣れた者でも1日二度は不可能。彼女達が如何にサボっていたか分かるものです」

 

離れた位置のテーブルを囲むのは背丈の良いベリーショートの女性と、糸目で表情は分かりにくいが蔑む雰囲気を漂わせる二人だった。

 

外販のホッパーとは危険な仕事を請け負う過酷な労働環境で有名だがエール式普及によるDTの性能向上に伴う弊害として、機体の強さを自らの才能と勘違いした未熟なホッパーが粗製のまま陸地に放たれるようになった。

ただ戦うだけならまだしも安全が法律で保障された海上都市とは異なり、全てが自己責任の外販生活。それを理解していない者の何と多い事か、呆れから二人は同性だとしても注意するつもりもなく、例え口添えしても反発されるだけと知っているので静かに飲料を呷り、手元のタブレットに送られた今回の戦果について意見を交わす。

 

「平均スコアは……20匹か、火災があった割には随分多いね」

「むしろ想定よりモンスターの数が多かったと見るべきでしょう。河川方面は人が集まり過ぎて出現は疎らでしたが、都市跡や高速道路、山林地帯は相当数が潜んでいたようです」

「へぇ、油蝮は対策さえしてりゃ楽な相手だからね。目敏い奴ほどスコアを伸ばした訳か」

「緊急にも関わらず用意出来たのはよっぽど無茶をしたか、出現を予期していた者くらいでしょうが」

 

糸目の女性はグラスに注がれた飲み物をグイと飲み干してテーブルに置くが、その動作は知的な見た目に反して少々荒っぽい。そしてその視線はタブレット画面の上位ランキングにキッチリ固定されているのを対面の女性は面白がって内容を読み上げる。

 

「第5位、67匹【鴨撃ち】。夜間戦闘は凄腕のスナイパーでもキツかったのかね、割と伸び悩んでる印象だ。

第4位は77匹の【紅葉】。お得意の炎系魔法を封じられてもこのランクなら充分すぎるじゃないか、気を落とすなよ」

「落としてません!」

「クックックッ…それでえぇと第3位は129匹【八寸】か。あの人もよく頑張るな…もう結構な歳だろうに」

「伊吹山の麓一帯に陣取って獲物を独り占めしていたらしいですね。バルを拠点に終始補給を絶やさず戦っていたそうですから魔力量の衰えは無さそうです」

「もはや人外だな。いやむしろ見た目から連想するなら……妖怪?」

 

悪戯に仕掛ける子供のような笑みを浮かべる女性だが、【紅葉】が無言で椅子を引いた事に怪訝な顔を見せる。それが何なのか聞く前に頭上目掛けて陶器の徳利が直撃した。

 

「だ〜れが美少女妖怪じゃ、馬鹿たれ」

「ッッッ!? ゲェッ、【八寸】のババ…」

「あたしゃまだまだ若いよ、このすっとこどっこい! 敬って姉御と呼びな!」

 

皺と年季の入った外見とは裏腹に、真っ直ぐ伸びた背筋と信じられない握力でアイアンクローをかます老年の女性。突然の暴行に騒ぎ立てていたホッパーがビクリと警戒を露わにするが、当の本人達は軽いじゃれ合いに過ぎないと何事も無かったようにテーブルを囲む。

 

「イテテ…いや元気すぎるだろ姉御。引退したのはやっぱ嘘かよ」

「はんっ、こっちにも色々事情があんのさ。調子に乗ったガキを締めるとかね」

「新人時代から何年経ったと思ってんだ…」

「アタシから見れば全員ヒヨッコさ」

「……姉御さん、少々お聞きしたい事が」

「あん?」

 

さきほど頭を叩いた徳利から直で透明な飲料を飲む八寸に声を掛ける紅葉。初対面ではないが、改まって聞く程度には深刻な話らしい。

 

「伊吹山の火災の《原因》ついて、何かご存知では?」

「…どうしてそう思うんだい?」

 

紅葉はタブレットを寄せてランキングの続きを見せる。第2位と記されたのはーーー306匹のチェイサー。そして1位は【成り上がり】【隻腕】の二つ名で知られるアザレアで377匹を記録していた。

 

「河川方面から高速道路地帯で独占狩りを始めて加速度的にスコアが伸びた隻腕はまだ分かります。しかし伊吹山で火災に巻き込まれた…いえ容疑者がここまで記録を伸ばせるでしょうか」

「そりゃあ頑張ったんだろうさ。斬撃と威力の高い打撃武器で固めた武装に、対腐食用装甲。準備は万全、戦いも卒がないって評判なんだろ? 地道でいいじゃないか」

「それでも、残党狩りの効率が非常識なのです。通常の武器だけでここまでの戦果を叩き出すなど常識的に考えて無理です」

 

「…ふむ。要は近くに居たアタシが何か不正を見てないかって話かい」

「はい」

 

森林火災の犯人は重罪が課せられる。もし仮に白上マコトがいればゲームなら何のペナルティも無かったと嘯くだろうが、現実の刑法では大きく異なる。最悪、死罪すらあり得る話を紅葉は蒸し返そうとしていた。

しかし。

 

「原因は燃える大車輪って話…信じるかい?」

「ふざけてるのですか?」

「まぁそうなるわな…カッカッカッ!」

「告発すれば相応の資金が支払われますが」

「生憎と老後の蓄えはキチンとしてあるよ。エコノミストだか、自然派だか知らないけど犯人吊り上げて良い気になりたいのはよしな」

「…お年を召すと男性的思考になるのは事実のようですね。失礼します」

 

ある程度の確信を持って追求した紅葉だったが、八寸の答え以上に態度が気にくわないらしくもう一人の女性を無視して離席してしまった。

 

「あんまりイジめてやんないで下さいよ。あれでもベッドの上じゃ可愛い奴なんで」

「体の相性なんざ知った事かい。ったく最近の若いもんは…」

 

その言葉に自分も老害化していないか不安になる女性だったが、徳利の飲料を旨そうに啜る八寸が気になって聞いてみる。

 

「それって確か…日本酒ってやつでしたっけ?」

「そうさね、どうだい一献?」

「あー興味はあるんですけど、やっぱ酒に手を出す勇気はまだ無いっていうか、こっちで間に合ってるんで」

 

女性が傾けるのはグラスに並々と注がれた飲料。それとテーブルに置かれたおつまみと言うべき、色とりどりのゼリーバーや各種サプリメントの盛り合わせ、丸型に押し固められた固形菓子を見ながら八寸はため息を吐いた。

 

「健康に気を使うのは分かるけどね、そういう調整食ばかりなのはどうなんだい? 飲み物だって合法とはいえ興奮剤やらの混ぜ物だろう」

「でも酩酊状態は味わえるし、二日酔いってのも無いから、むしろ姉御が少数派なんですって」

「まぁそればかりは人の好みかい…ウチはキチンとした飯を食わす慣習があるから一族の好みが偏っちまってねぇ」

「あー、日本食? 和食? でしたっけ」

「そうだね、ウチはみんなそればっかりさ」

 

ご禁制とまではいかないが、健康被害が重大だと危険視された日本酒を嗜む者はとても少ない。むしろ酒類を知らずに育った者がほとんどなのでこういった打ち上げでも安全が確保された調整食と合成飲料での飲み食いの基本だった。

 

そんな中、二人が昔を懐かしむように時間を過ごしているとバーの奥側、裏手の調理室辺りで姦しい声が聞こえてくる。その程度の騒ぎでは微動だにしない胆力を持ち合わせているがそれが数分も続くと、元が短気なのか、それとも会話内容が琴線に触れたのかフラリと八寸が立ち上がって近づいていく。

 

「ねぇアンタ何処から入って来てんの?」

「旨そうな匂いさせてんじゃん、味見してあげるから寄越しな」

「てか子供とか珍しくね? 売ったらお金になりそう」

「此処に居るって事は本店と関係無いはずだから持ち帰って小間使いにしようよ」

 

「うぅ…失敗したデース」

 

そこには4人の酔った女性に囲まれる小柄な少年で目出し帽を深く被って表情は見えないがだいぶ困っている様子だった。両手で抱えるランチボックスから考えて調理場を借りて食事を作っていたのだろうと予想がつく。

 

「つーかさ、なに作ってたん? 調整食じゃないよね」

「えっと、その…ブリ大根パンと冷やしカレー中華丼、デザートにザッハトルテ風羊羹デスね」

「「「「???」」」」

 

謎の羅列に首を傾げる4人だが、匂いは悪くないのでランチボックスを奪おうとする。

 

「ノータッチ! これはマコトさんのディナーなんです! 返して」

「は? 男の分際でウザいんですけど」

 

1人が少年の…ナギの頬を張るがグッと耐えて縮こまる。半端な抗議は気分を逆撫でるだけだと相手が興味を失うまで耐えるつもりだった。

 

「こいつマジでウザいんだけど、どう思う?」

「もうさやっちゃっていいんじゃない? こんな奴飼ってる持ち主の躾が悪いじゃん」

「さんせー」

「オラ、ジッとしてないでコッチに来な…!」

「ッ!」

 

たかが子供1人、複数人で掛かれば造作もなく連れ去る事が出来る。嫌がるナギは必死で抵抗するが、身の危険に晒されながらもランチボックスだけは死守しようと自分の身を盾にした。その態度が更に気に食わない周囲の女性はイラ立ちが頂点に達し、滅多に使わない護身用のハンドガンを取り出して額に押し当てる。

 

そんな揉め事に額の皺を更に寄せながら、顔と銃口を突っ込む1人の老婆。

 

「ーーーそこまでだよ小娘共。自分達の血でカクテルパーティでも開きたいなら、あたしゃ構わないけどね」

 

構えたのは護身用ハンドガンが玩具に見えるような大型拳銃。S&W M500と呼ばれる前時代に象撃ち用として開発され、人間の頭部など風船のように破壊する威力を秘めた化け物銃だ。

 

「ちょっ…ちょっとマジになりすぎなんですけどぉ〜」

「アタシら遊んでただけで…そういう干渉とか求めてないし」

「てかぶっちゃけウザいよ婆さん。余計な」

 

ガオンッ!と、落雷のような発砲音が余計な口を開く相手に向かって放たれた。直線上にあった壁のオブジェや間接照明は粉々に撃ち砕かれ、衝撃波で付近の物すら吹き飛んでいる。そして肝心の相手は、照準を外されて存命こそしているが鼓膜が破れたショックで倒れ伏せてしまう。

残る三人は警告無しで実銃を撃つという突然の凶行に唖然とするが、銃口を向けられた途端に我先にとバーから飛び出して逃げ失せる。

反対にナギは何が起こったのか分からず、身を竦ませて八寸を見つめて離さない。

 

「安心しな坊主、取って食おうなんて思っちゃいないよ」

「……リアリィ?」

「その証拠に、ほれ」

 

八寸が硝煙香る拳銃とは反対の手には拳大の球が握られて、そこから発せられた遮音の魔法がナギの鼓膜を守ったという説明を受ける。男だから迫害を受けるのは当たり前の世界で助けられたの二度目であり、ナギは状況を理解するのに時間が掛かったがペコリとお辞儀をして感謝を伝える。

 

「ありがとございマス! お婆さん!」

「礼儀正しい坊主だね、いい子だ」

「oh…」

 

八寸は頭を撫でて無事を確認し、懐のホルスターに拳銃を仕舞う。周囲は驚きに満ちているがこの老婆自身名の知れた存在なので、またあの人かとワザワザ騒ぎ立てる人物は現れなかった。給士の男性が発砲に対して職務上の注意と通報を喚起するが、自分の名前を出せば問題無いと言い張ってナギとの会話を続ける。

 

「まぁちょっとした興味なんだがね…その変…個性的な食べ物は坊主の雇い主用だったかい」

「あ、ハイ! 食材は持ち込んで、ここで調理しましたヨ。マコトさん、調整食嫌いです」

「そうかい…随分とその…偏食だね」

「?」

「何でもないさ」

 

難しい顔をした後、話は済んだと先ほどの女性が囲むテーブルへと戻る八寸だが、ふと思い立ったように頭だけを傾けて振り返るとナギに伝言を伝えるよう投げ掛けた。

 

「小僧に言っときな。ヤンチャが過ぎると山姥に折檻されるぞってね」

 

それが自分で可笑しいのか、カカカッと軽快に笑いながら酌をされながら酒を呷る。周りのホッパー達もこれで騒動は終わったかと何食わぬ顔で打ち上げを再開し、1人置いてけぼりになったナギはとりあえずこれ以上長居してイチャモンを付けられては困ると、もう一度だけ頭を垂れてからバーを後にする。

 

「…随分丸くなったねえ姉御も」

「はっ、単なる年寄りの冷や水…婆のお節介さね。それよりも今回は随分と大人しかったじゃないか。……東海最強の外販【種砕き(ナッツクラッカー)】?」

「アハハッ、ちょいと別件があって忙しかっただけですよ。先代」

 

そんな新旧揃い踏みのテーブルで2人は朝日が昇るまで、昔話に花を咲かせた。

 

 

 

 

 

side 本店

 

「ふんふ〜ん♪ やっぱり白上さんとは話が合うなぁ」

 

今作戦におけるオペーレーターの役割は終了後の処理にあるとばかりに本店の社員達は忙殺されていた。撃破スコアの確認、損傷破損に伴う補填項目の手続き、報酬支払いの窓口と期限を設定など多岐に渡る書類仕事が山積みであり、参加人数が多いだけに猫の手も借りたいと悪戦苦闘していた。

 

しかしそんな中で新入社員であるクレナイに仕事を教えながらや押し付ける訳にもいかず、結果的に彼女だけが時間を持て余す状態になっている。

クレナイは先輩社員達には申し訳ないと思いつつ、下手に手伝うのも禁止されているので幾らか一人で時間を潰した後。ダメ元の気持ちで白上マコトに通信してみるとちょうど気を紛らわせたかったと快諾されてDT関連の話を持ちかけた。

 

どんなDTが好きか。

ラガー式とエール式の魅力について。

人型ロボットのロマン。

DTに限らずメカ関連の話題。

 

普段誰にも打ち明けられないニッチな趣味であるロボオタクのクレナイは、自分の話を聞いてくれるどころか積極的に会話を弾ませてくれる白上マコトとは馬が合うらしく、連絡先まで交換する仲になった。表向きは社交的な性格だが、プライベートになるとどうしてもインドアな性格が顔を出す彼女にとって、初めて出来たお友達はワクワクが抑えられない位に大切で、今回の新人研修を終えて海上都市に帰還してもお話が出来ると上機嫌だ。

 

喋りすぎたせいで喉が渇いたクレナイは割り当てられた仮眠室から出ると自動販売機を目指して深夜の通路を渡り歩く。

 

「…それにしてもビアガーデンって凄いなぁ」

 

巨山の如く聳える大樹はただ巨大であるだけではなく幹の剛性は金属資材すら上回り、空母3隻、軽空母1隻、固定フロア3層を重ねた東海陣営のテリトリーである中層エリア全ての荷重を受け止めている。

 

対する西海陣営の上層は遠近法がおかしくなったような枝葉に包まれて詳細は秘匿されているが、一国を賄えるだけの設備や人員がそこかしこに配置されて宛ら独立国家のような強権を持つ魔女の庭園そのものらしい。

 

窓から見えるその威容に改めて感嘆するクレナイだったが、ふと先ほどまで話していた相手が待機している駐機場に視線を落として気が付いた。外販の殆どが下層の共通スペースで打ち上げを行なっている中、その場にいるのは白上マコトしかいないはず。しかしその乗機であるチェイサーを挟んで2人の人物が対峙しているのを目撃したのだ。

 

「あれは…アザレア課長と……魔女の、エリザベート・フォーゲル……!?」

 

褪せた花の名を持つ女と、鷹の銘を戴く女が一触即発の雰囲気で向き合っている。

 

 

 

「こんな場所に何用かな【雷霆】の魔女! トイレか!」

「…下品な女め。気品も優雅さも足りない」

「ハッハッハッ! 糞みたいな匂いがしたので勘違いしたようだ。許せ!」

 

煽るアザレアの言葉に、鉄面皮のまま怒りを燃やすエリザベートだったが互いの立場と現在地の関係を考慮して短気を起こすようなマネはしなかった。

隻腕のアザレアは成り上がりで本店に勤務する叩き上げのエリートだが、それはただ単に優秀だからという訳ではない。むしろその優れた資質が何故、外販という野に放たれていたのか分からないほど卓越した鬼才なのだ。

その実力は間違いなく東海陣営のトップ3に位置し、マトモに戦えば機体性能差でエリザベートが勝つであろうが、無事では済まないと理解していた。

 

「退け。私達の間に貴様のような邪魔者は必要ない」

 

だが、それとこれとは話が違うとばかりに手は出さないが敵意を剥き出しにする。

エリザベートの両隣に浮かび上がるのは球体型のドローンが2機。浮遊しながら周囲を旋回し彼女を守る姿は古来から伝わる魔女の使い魔のようだ。

 

「うむ! 見た目に反して血気盛んだな! そんなに死にたいか!」

 

対するアザレアは早撃ちの仕草でサブマシンガンを取り出して照準を相手に合わせる。自身の機体と同じロングマガジンに込められた弾頭は全て人体を傷付ける事に特化したホローポイント弾で、こちらも殺意が漲っていた。

 

グラスに注がれた飲料が表面張力でギリギリで持ち堪えているような均衡の間に挟まれたチェイサーだが、外の様子は知らないとばかりに無言を貫き仲介に入る様子は無い。

 

このままでは忍び込んだ身として時間が惜しいと考えるエリザベートは忌々しげにアザレアを見つめながら言葉を吐き捨てる。

 

「何故、邪魔をする。貴様がマコトに固執する理由を私は知らない」

「ほう! 不思議な物言いだなエリザベート・フォーゲル! 魔眼対策はしているのに何を読み取った!」

 

アザレアは胸元から掛けている社員証…に偽装した金属プレートをワザと揺らす。それが何なのかエリザベートは判断がつかないし、興味も無いが、言葉通りユミルの効きが明らかに悪くなっている。

 

「私一人相手に随分と手間を掛ける」

「謙遜はよせ! お前のせいで我が社がどれだけ損害を被っていると思う! 対策改善は企業の常だ!」

 

エリザベートが背負う西海最強の名は伊達ではない。

魔眼によって一対一ではまず勝てず、多数で囲もうとしても事前に察知されるか穴を突かれて味方が障害物と化すジレンマ。

しかもあろう事か専用DTプロージットは唯一《十二機神のコピーに成功》した空戦型であり、領海領空を軽々と乗り越えて神出鬼没に災害を撒き散らす悪夢の象徴だ。

 

表向きは人類同士、そして女性によって統一された現在の地球は《平均的な権利と意志》というスローガンの元。東海と西海は共に手を取り合う関係を国民にアピールしている。しかし、一皮剥ければ利権や支配圏を奪い合う旧時代から続く争いはモンスター出現から200年経っても終わる気配を見せない。

だからこそ出る杭を、目障りな相手をいち早く除外したいと考えるのは至極当然の結果と言えるだろう。

 

「…そうか。なら好きなだけ無駄に足掻け犬。飼い主から貰った玩具でな」

「ハッハッハッ! そうやって油断していられるのも今の内だぞ魔女よ!」

「…どういう意味だ」

「簡単な話だ! チェイサーに構ってばかりで周りが見えていないだろう! ーーー白上マコトは私も目を掛けている。一年以上前から、それこそ熱烈にな」

「………そんな筈は無い。貴様は所詮、ルートも存在しないチュートリアルだけの存在だ」

 

物理的に場の空気が冷たくなるとはこの事だろう。

瞳を閉じているエリザベートの表情は明確に窺い知れないが、凍るような怒気を孕んでいるのは簡単に見て取れる。両脇を固めるドローンはその感情に呼応するようにバチバチと帯電し始め、当初の互いの立場から遠慮するという考えは地平の彼方に飛んでしまったようだ。

 

「ククク…ハッハッハッ! 報告は本当だったな! あの、エリザベート・フォーゲルがこれほど執心しているとは実に興味深い! いや! 白上マコトならば話は分かるぞ、アレは逸材だ!自覚がないのは困りものだがな!」

「モブ風情が…マコトの名を口に出すな」

「ふむ…チュートリアルにルート…それにモブか。先の言葉尻を捉えるようだが…やはり何かあるな、白上マコトに」

 

雷鳴一閃。

ドローン二機から放たれた電光はアザレアの脳天と心臓を狙い撃ったが、先程の金属プレートが身代わりを務めるように輝いて砕け散った。その後の静寂にアザレアは尚も笑う。

 

「まぁ好きなだけ恋愛ごっこで腑抜けるがいい、最強の魔女よ。その間に後ろも隣も全て伽藍堂にしてやろう。そして…最後にアイツを殺すのは私だ!」

 

どこまでも余裕を崩さないアザレアの態度。物怖じしない口から出るのは愉悦に塗れた嘲り。

彼女は知っている。白上マコトの強さを。

彼女は知っている。絶対に勝てない戦いに赴いて勝利を掴んだ怨敵の強さを。

彼女は知っている。その強さに、エリザベート・フォーゲルが惚れている事を。

 

おかしな影響を受けた物言いは気になるが、それよりも憎い相手が雁首揃えて獲物になるとは何たる僥倖か。

今はまだ、白上マコトを狙う事は出来ない。最強の魔女を打ち破り双方を相手取るには準備が圧倒的に足りず、まず外堀を埋める必要があった。

 

最初に嗾けたのは意図的に群れである事を隠匿した岩殻亀の討伐依頼。エリザベートがどこまでの範囲を監視しているか参考になった。

 

次に仕向けたのは今回の掃討戦で勝負を持ち掛け、外販達に注目される事。勝ち負けは最初から考慮しておらず何の条件も提示しなかったのはそのためだ。これでチェイサーに構う有象無象が多くなり、必然的にエリザベートの目を逸らす事が出来る。

 

また事故に見せかけて研究所に近づいたなど、適当な罪をなすりつける事で首輪を付ける作戦もあったが、山が燃えるわ、犯人の車輪を秘匿するよう上層部から指示が飛んでくるわで、こちらはお流れになってしまった。

 

(だが、着実に作戦は進行しつつある。魔女会に送り込んだスパイも良い仕事をした。このまま推移すれば…)

 

片腕を失ってまで生き恥を晒した甲斐がある。

あの時以降…そう、新人研修の一環でDTの模擬戦を行い初心者相手に惨敗を喫した時から、胸に燻り続ける熱い情動は今尚収まる気配は無い。他者が認めなくとも己が最強という自負を砕かれたアザレアは寝ても覚めても脳裏を掠める、怨敵のあり得ないDTの機動を思い返して歯噛みし、繰り返し、想いを馳せる。

 

短気に任せて殺す事も出来た。追い詰めもした。しかしその度に加速度的な成長を見せる怨敵に謎の期待感が芽生えて泳がす選択を取った。なぜそんな気持ちを持ったのかは分からない。強い感情を表す方法を殺意でしか示せない精神の歪みを自覚しながらも、彼女は己を矯正しようとは思わない。

闘争こそが人間の本懐だと、ありのままの姿だと確信しているが故の想いが、初心者であった怨敵の白上マコト。そして本店に所属する者として排除すべきエリザベート・フォーゲルを捉えて離さない。

 

 

 

 

 

だから、エリザベートは笑うのだ。

 

 

 

 

「ッッッ!?」

「その猪口才な板が割れた瞬間に見えたぞ。…やはり貴様はヒロインたり得ない」

 

瞳を閉じたエリザベート。感情の起伏が少ない表情筋。だが、明らかに彼女は笑って、嗤って、安堵する。

 

「私とマコトは結ばれる運命は変わらない。他の可能性がいくら広がろうと全て排除すれば、マコトは必ず振り向いてくれる。何故なら私達は既に通じ合っているから。マコトはこんな私を識ってなお、近づいてくれたのだ。ならそれは両想いに違いない」

 

捲くし立てる言葉の羅列はいよいよアザレアにとって意味不明な物言いへと加速する。

 

「そうだよなマコト。安易な赤組ルートに入らずワザワザ危険な私を最初に選んでくれたのはそういう意味だものな。あぁ大丈夫だ、マコトが意地悪をしない限り勝手に心を読んだりはしないよ。安心して…ふふっそういえば昨日は久々に肌を触らせて貰ったが、やはり婚前に、はしたない真似をして後悔しているよ今度埋め合わせをしよう。次はどうする? マコトのチャート通りなら旧トウキョウで資金稼ぎか? それともタイム短縮を狙って問屋から限定ミッションでも引き出すか? いやいっその事、このまま西海に来るのはどうだろうかオリジナルチャートになるが私が僚機として立ち会えば全てが上手くいくぞ。でも困ったなマコトは束縛は嫌いだから最悪閉じ込めれば済むと思っていたのに最近は周りが騒がしいからなそっちを先に排除しておこうか」

 

多弁症と疑うような言葉に流石のアザレアもたじろぐしか無い。狂気的な雰囲気でありながら、それは花を恥じらう乙女のような純粋で無垢な想いを兼ね備えた矛盾した感情。エリザベートは先ほどまでの怒りはどこへやら。一通り呟き終えるとクルリと反転して踵を返した。

 

「…ッ! 怖気付いたか!それとも白上マコトを諦めたか!」

 

その言葉に、首だけをギュルリと回して向き直す。

 

 

「誰にも、マコトは、渡さない、永遠に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




SR: 暗夜のテクスタイル+

モーラのカスタムDT【シュバルツ】が装備していた夜間戦闘用の外套。静音性に優れた素材に軟質の金属繊維を織り込んでいる為、斬撃属性に対して高い防御力を持つ。
更に白上マコトに付いて来た老研究者の手により、表面に対魔法用のメッキが蒸着されて白い色合いへカラーチェンジし、魔法防御力も向上している。

これ以降、チェイサーの標準装備となる。

今作でもっと必要な物は何でしょうか。

  • 主人公の明け透けな一人称
  • 第三者からの視点
  • ヤンデレ要素
  • バトル描写
  • 展開をもっとじっくり

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