蒼の咆哮   作:修行者‪α‬

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Awakening blue.
01. 古の闘い


───三千年前 エジプト

 

 

 

 

「──もう諦めてはいかがか、ファラオよ」

四方を囲む石壁を炎が照らす。ここは闘いの間、壁に刻まれた神聖文字が紡ぐのはかつての決闘(ディアハ)の歴史。そして今、新たな激闘が刻まれようとしている。

「神の石版から化身(カー)を呼び出す力も最早残っておらぬはず。王よ、貴様の手に残るのは死に損ないの魔導師の魂のみ・・・・・・」

──ファラオに仕える六神官が一人、神官セト。たが、今の彼に神官と呼ばれていたころの面影はない。

セトの内には憎しみが渦を巻いている。

・・・・・・神官候補の教育機関たる生命の家を首席で卒業し、若くしてファラオの神官団の六人の長の一人に成り上がったセト。しかし、彼の心の内には傷が──幼い頃から父はいないものとして育った環境が作り上げた一滴の染み──があった。

迷いの中にいたセトを導いたのは神官にして生涯の師、アクナディンである。そして、青い目と白い肌という珍しい見目のせいで民から迫害を受けていた一人の少女キサラによって傷は癒された。癒された、はずだった。

だがそのキサラは他ならぬアクナディンの手によって殺された。

己の敬愛する師が実の父である、とセトが知ったのはその時だ。

先王の弟であったアクナディンは自分の息子を王にするために千年眼に魂を売り、強大な力を与えるために魂の内に精霊を潜ませるキサラを殺したのだった。

 

突き付けられた真実、失われた光に──跡形もなく消えた筈の傷口が開き血を流す。

 

王宮は闇に魅入られたアクナディンによって滅ぼされた。王国もほとんど滅んだも同じ。もはやセトが命を賭けて守らればならぬものなど何一つなくなってしまった。

王によって与えられたものでも、闇の大神官によって育てられたものでもない──己の内側から生まれでた一種の狂気が彼を復讐に駆り立てる。

知らず知らずのうちにアクナディンの甘言に騙され、キサラが連れ去られるのを黙認した王率いる神官団、狂気に落ちた闇の大神官率いる死霊軍。その全てを敵に回し、セトは僅かに着いてきた側近を伴って第三の軍勢として彼らに挑んだ。

 

多勢に無勢、一見無謀な試みだ。だが、彼には白き龍がいた。キサラの肉体から抽出された精霊、底知れぬ力を秘めた龍の神だ。

絶大な力を意のままに操り死霊を滅ぼしたセトは神官団をも壊滅させた。

 

残るのは王宮に残る大神官、そしてもう一人。

 

──背後に白き龍を従える彼の視線の先には一人の少年が立っている。

首にかけた金色の王の証、味方を全て失う逆境に晒されてなお強い意志を秘めた眼差し。未だ若くとも十分な威光を彼は纏っていた。

王の傍に佇むは黒衣の魔導師。生前は王に仕えていた神官であり、最も強く王と絆で結ばれていた彼はその死後も王を守るため自らの魂を石版に封じ込めた。

「・・・・・・数多の死線をくぐり抜けて来たのだろうが最早ここまでだ」

しかし、その依代である石版も連戦に続く連戦で少しずつ罅が入っている。それに苦々しい目を向けた王はきっと正面を睨んだ。

「・・・・・・セト!我々には、争っている時間などない!!ここで力を合わせ、闇の大神官を滅ぼさねば王国は終わりだ!!」

満身創痍の王を見るセトの目に失望の色がよぎる。

私が求めた王。ナイルの施しを受け取り国を守り豊かにする理想の王──若年にして王の器に相応しい堂々たる姿を見せる彼に忠誠を誓った。どこかまだ甘さを残す王の下にあって、影となり闇となりこの国を守護する一柱となる。・・・・・・そう決意していたはずなのに、どこで間違ってしまったのか。

マハードが死した時か。

拷問にかけるためキサラを攫ったアクナディンを追うのを拒絶された時か。

王国への信が地に落ち、王宮をひとり飛び出した時か。

逃避行の末にみすみす彼女を死なせた時か。

──否、否だ。この因縁は始めから、生まれるその前から始まっていた!

先王とその弟であった我が父が生まれた時から!

人々の血肉によって千年宝物が作られたその時から!

「闇の側面を宿す我が千年錫杖と我が僕、白き龍も貴様の永遠の敵だ・・・・・・。闇は光に相容れず、中立(千年錘)を犯すこともまた不可能。そして、我が唯一の光を奪った闇の大神官もまた私の敵であることには違いない。安心するがいい王よ・・・・・・貴様に手を貸すつもりもないが闇に服従する気も私には無い。貴様を倒したその暁には、私の手で王国を滅ぼしたアクナディンを──我が父を、討とう!!」

「セト・・・・・・」

燃えるような激情を押さえ込んだ双眸が王を射抜く。かつて厳格が服を来て歩いているようだとまで言われた忠臣が瞳の奥に宿した悲痛なまでの思いに決意は揺れる。

王国千年の繁栄を謳ったアクナディンの心に潜む闇に気付かず、神にも匹敵する龍の精霊を宿す少女を彼はみすみす魔の手に渡してしまったのだ。

──彼女を保護していたセトに、何も言うことなく。

・・・・・・王はセトの能力は認めていたが、信頼していたかといえば嘘になる。王国と王家に忠誠を誓いながらも、彼の目にはいつだって野心の光があった。実際のところそれは逆境への反抗心から来る厳しさが大半だったのだが。セト自身もまた人におもねるような性格ではないため、不信はさらに悪化した。

新たな神を開放する手段が拷問によるものだと知っていたならば、少女の死によって成されることだと知っていたならば・・・・・・いや、考えたところで詮無きことだ。知っていて拒絶したとしても、ファラオの預かり知らぬところで行われていたに違いない。

それでも・・・・・・間接的にとはいえ一人の少女を死に追いやった罪悪感は王の思考を縛る。

 

彼ならば、セトならば、一度口にしたことを違えはすまい。三幻神すら超えた力を持つ白き龍を従えた彼ならば確実に闇の大神官をやってのけることだろう・・・・・・。

「クッ・・・・・・!」

頭を俯かせ、膝をつく王にセトはかっと目を見開くと黄金の錫杖を天に掲げた。

「白き龍よ、我が僕よ!神をも越えしその力を私の前に見せるがいい!!」

顎を開いた龍の前に収束していく光の粒子。部屋の中に満ち満ちる力に壁が、天井が崩れていく。純粋な破壊の力の塊が王にその矛先を向けた。

光を失い、情を捨て、セトは全てを賭して掛かってくる。

味方であればこれ以上頼もしいことは無い・・・・・・だがそれは、裏返せばかつてない強敵にも成りうるということだ!

「放て──滅びの威光!!」

光弾が迫る。王を守ってその前に躍り出た魔導師も、その背後のファラオも、石版も纏めて吹き飛ばすほどの威力を秘めた光が彼らを呑み込んで──。

 

「クッ・・・・・・フフ、フフフ・・・・・・ワハハハハハ!!」

崩れ落ちた闘いの間、顔を出した曇り空の下。もくもくと立ち上る砂煙の中でセトは笑う。決別と確かな勝利を噛み締めて、高笑いを上げた。

「ハハ・・・・・・」

しかしそれもしばらくのこと。間もないうちにその口は閉じられ、憎々しげに彼は目元を歪ませる。

──この程度か。神すら使役した男の最後が、こんなものか。

目に見えて表情を無くしたセトに龍は体を寄せる。主の内心を慮り、ただ寄り添うだけの龍に僅かに彼は口角を上げた。

「・・・・・・行かねばな」

大神官の元へ、とそう続けようとした時。

 

──ばきり。

 

何かが、砕ける音がした。

 

ばき、ばき、ぱきんっ。

 

加えて三つ、合わせて四つ──破砕音が響く。

「なんだ・・・・・・?」

音は自分の後ろから聞こえている。それに気付いた瞬間、セトは弾かれたように背後を振り返った。

そこにあるのは白き龍の宿りし石版。しかしそれは完全に割れてしまわないまでも、縦横に四つ走る大きな亀裂に半ばまで砕かれていた。

「石、版が・・・・・・砕けている、だと!?一体何が・・・・・・」

 

「──そこまでだ、セト」

 

答えはひとつ。

 

「貴様ァ・・・・・・!!」

 

砂煙が晴れていくその向こうに立つ人影。見間違いのないそれは確かに王の姿だ。魔導師の石版は割れているが、白き龍のものに比べれば損傷は少ない。

「・・・・・・オレは、諦めかけてしまった」

ぽつり、と王は語り出す。

「お前ならばオレを超えて大神官を倒せるとそう思った・・・・・・」

「そうだ、そして貴様は・・・・・・膝を折った。そうだろう!!」

だが、と王は辛うじて輪郭を残す魔導師を見る。魂だけになったマハードもまた主を見た。

 

あの時、王の肉体が滅ぶかと思われたその瞬間。

『──!』

マハードは王の名を呼んだのだ。気をしっかり持て、と王に仕える従者として彼の名を呼んだ。

そうだ、今ここに立つ己は己ではない。神の子として王国や民を背負う存在!!

例え結果的に自らの選択が一人の少女を死に追いやることになった罪悪感を抱えていても、己の意思が折れたくらいで屈してはいけない存在だ!

「──かわせ!マハード!!」

残る力を振り絞った命令に魔導師は身を翻す。稼いだのは一瞬の十分の一にも満たない時間。だが、その刹那の隙を彼は待っていた。白き龍が光を集め始める前から杖の先に溜め込んでいた力を解き放つ。

厚さ強さを犠牲にし、極限まで圧縮された黒い稲妻が白光を二つに裂く。滅びをもたらす光を超える速度でセトの背後の石版に迫る。

王の目の前で左右に割れた衝撃波が魔導師の石版を完膚無きにまで砕く寸前、稲妻が龍の石版に直撃した。

王は無傷、魔導師も薄れはしているが存在は確か・・・・・・これが一瞬の間に繰り広げられた事の顛末だった。

王の手が胸元に掛かる王の証を掴む。金色の輝きが周囲を照らしだした。

「・・・・・・オレはこの国のファラオだ。先王、我が父アクナムカノンより王位を受け継ぎ、王としての責務を負った者。国を守るべきと定められた者。民の思いを背負い、神官の思いを背負い、王国に仇なす敵を討つのは・・・・・・オレに、オレだけに課せられた使命なのだ!!それをセト、お前に任せてのうのうとしている訳にはいかない・・・・・・!!」

「ファラオ・・・・・・!」

双方に従っていた精霊の姿が大気に溶ける。その速さは僅かに龍の方が早い。

寄り添っていた白き龍が消えてゆく。両翼から粒子になって消えてゆく。

奇跡のような運びに驚愕するセトだがその心の内では思い当たることがひとつ。

「キサラ・・・・・・」

慮っていると思ったあれは、別れであったのだと。言葉を発しない龍が寄り添ったこと。それが『彼女』にとっての別れであったのだと理解した。大神官に唯一の光を・・・・・・己が心に唯一光を差し込ませた女を奪われた哀しみと憎しみに支配されていた胸の内から淀みが溶かされ、消えてゆく。

 

──セトさま、貴方を見守っています。いつまでも。

 

骸となって朽ちたはずの女の声を聞いたようなような気がして・・・・・・次の瞬間には龍の姿は跡形も無くなっていた。残されたのは割れた石版のみ。

「キサラ・・・・・・!!」

セトはぐっと千年錫杖を握りしめると顔を伏せた。

「・・・・・・セト」

そこにゆっくりと王は歩み寄る。闘いの間に細かな傷が付いた手を伸ばし、一回り大きな手を取る。セトが驚いた拍子にその手から錫杖が転げ落ち、地面に転がった。影が消えた代わりに抜け殻のようになった青い目を真っ直ぐに見た。

「闇の大神官アクナディン・・・・・・奴は邪神を取り込み、最早倒すことのできない強敵となってしまった。オレはこれから奴を封じる。お前が全てを賭してここまで来たように、オレはオレ自身の名と魂を捧げ奴を封じよう」

「・・・・・・私は敗者、今更御身を止めることは叶いません。あなたの言うそれが意味するのは御身の消滅でありましょう。王よ、あなたは魂を扱うことの危険性を理解しておられるのか?」

死者の魂は冥界神の元へと送られる。誰にでも平等に訪れる審判の末、楽園アアルに導かれた魂はつかの間の安らぎを得る。そして長く時を経た後、地上へとまた生まれてくるのだ。

何らかの理由で魂が地上に縛り付けられれば、その魂が冥府に導かれることはない。解放されるまでずっと地上を彷徨い続ける事になるだろう。

「──覚悟の上だ」

だがそれを弁えてなお、王は頷いた。

眼差しには固い決意が灯っている。最早何であっても彼を止めることはできないだろう。

「ファラオ・・・・・・」

手を解き王はセトに背を向けて去っていく。彼の姿が崩れ落ちた王宮の入口に消えるまで見送ったセトは割れた白き龍の石版に手を添えると、傍に腰を下ろした。

 

しばらくした後、王宮から目もくらむような閃光が迸った。それは空に広がった闇を飲み込みながら天まで届くほど伸びて・・・・・・そして収束していく。周囲に充ちたおぞましい気配が消えていく。

そこでセトは王の声を聞いた。

 

それは咆哮だ。肉体を精神をも超えた魂からの叫び。大神官の断末魔の悲鳴をかき消すほどの咆哮が彼の内から揺さぶった。

 

──憎しみが完全に消えた訳ではない。淀みは消えたとはいえ、哀しみは残り続ける。

セトは王の決断を認めてはいない。

三神さえ、白き龍さえ健在だったならば封印などという甘い手段は取らせなかっただろう。

疑うくらいならば命令すれば良かったのだ。元とはいえ彼は神官、反旗を翻し──そして敗北したのなら王の言葉に逆らうことなどできはしない。身内の不始末の責任を取り、国のために死ねと命じれば良かった。そうすれば喜んでセトは大神官の元へ向かっただろう。

 

だというのに、命を狙った逆臣をそのままにしておくだと?殊勝な態度を取って油断させて、背後を狙うかもしれないのに?

 

「・・・・・・王よ、あなたは強い、だがそれ故の弱さがある。私を殺さず、罪悪感を捨てきれずにいるのがその証拠だ。打ち勝つだけの強さは諸刃の剣、光が強すぎるほど影は濃くなる。身近な者を疑うことを知りもしない・・・・・・そのままならばまた同じ過ちを繰り返すことだろう」

王よ、と繰り返しセトは呟く。

足はいつの間にか王宮に向かっていた。夢現のまま辿り着いた王座の足元には二体の亡骸が横たわっている。片方は大神官、そしてもう片方は・・・・・・若き王のものだ。天井に空いた穴から差し込む穏やかな夜明けの光に照らされた少年王の顔はまるで、眠っているかのようだった。

「・・・・・・あなたがその道を選ぶなら、私もそれを追いましょう。あなたがいつの日かこの世に姿を現したその時、私は再びあなたの前に立ち塞がりましょう。私はあなたの永遠の敵としてありましょう。それが、あなたの弱さを強さに変えるのならば──」

 

・・・・・・かくして、闇の大神官は王の魂共々千年錘に封じられ、王国には平和が戻った。

だがそれは王を失い、神官団の大部分を無くし、民の数を減らしてやっと得られた平穏だ。穏やかというには程遠い。

神官としての立場に舞い戻ったセトは王国の復興に向け尽力する。

王の資格たる千年錘を初めとする千年宝物が先王と共に封印された今。従兄弟という立場とはいえ、ファラオとなることは叶わなかったが、その代理として国を見事に建て直した。だが彼の死後は王なき王国は衰退の一途を辿り・・・・・・百年も経たぬうちに時の王朝は滅びる。カーを封じ込めた数々の石版もいつしか王宮と共に砂の中に姿を消した。

 

神官セトは王と自らの闘いを刻ませた石版にこう書き残している──。

 

 

『器は砂となり、塵となり──。

黄金も、剣さえも、時の鞘に身を包む──。

 

──骸に王の名は無し。

 

時は魂の戦場。

われは叫ぶ闘いの詩を。友の詩を。

 

遥か魂の交差する場所に我を導け』

 

・・・・・・と。

 

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