蒼の咆哮   作:修行者‪α‬

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06. 強欲の代償

──千年パズルを解きし者、正義の番人となりて『闇のゲーム』にて悪を裁く。

 

『死人の書』より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

短針が十二の刻を過ぎる頃、牛尾は遊戯に呼び出されて童実野高校に来ていた。真夜中の校庭はしんと静まり返っていて人気がない。

 

「まさかアッチから呼ばれるとはな・・・・・・正直驚いたぜ」

 

足を進めると乗降口の前に人影が見えた。体育館から引っ張り出してきたと見える跳び箱の上に腰掛けている小柄なあの姿は・・・・・・遊戯だ。

 

 

 

「──やァ、よく来たね牛尾サン」

 

 

 

「そりゃあこっちの台詞だぜ。尻尾巻いて逃げ出すと思いきや、ちゃあんと来るなんてな・・・・・・褒めてやる」

 

で、金は?

 

「早いとこ渡してもらおうか・・・・・・!二十万!!持ってきたんだろう!?」

 

よこせと言わんばかりに手を出してくる牛尾に遊戯は薄く笑みを浮かべた。

 

「もちろん、ここにあるさ。フフ・・・・・・しかも倍の金額がね」

 

「四十万・・・・・・だと!?」

 

「ああ!・・・・・・でも、このカネはオレにとってかけがえのないものでね。ハイと渡してしまうのはつまらない」

 

 

 

──牛尾さん、オレとゲームをしようぜ。

 

 

 

鋭い視線が牛尾を射抜く。口元に掲げられた札束によって表情は伺えないが、その目は挑戦的に細められていた。

 

 

 

「ゲーム、ね・・・・・・」

 

「そうさ、それもただのゲームじゃない!『闇のゲーム』だ。あんたが勝てば二十万以上のカネが手に入る・・・・・・どうだい、悪くないだろう?」

 

最低二十万。牛尾が負けるなんてことは有り得ないが、もしも負けたとしても無理矢理奪えば良いだけのこと。

 

略奪の前座にしては面白そうだ。

 

「いいぜ、その話乗ってやる」

 

「ハハハ、流石牛尾さん。話が分かるね」

 

他には誰もいない校庭にふたつの笑い声が響く。欲望に塗れた低い哄笑とやや高く鷹揚と通る声。

 

 

 

「それじゃあルールを説明しよう。必要なのはこの四十枚の一万円札。そして、刃物だ。ン、そうだな・・・・・・あんたのナイフを貸してもらおうか・・・・・・オーケー準備完了だ」

 

牛尾が跳び箱の上に刺したナイフを遊戯は手に取った。そして、金を乗せた手の甲に振りかざす振りをする。

 

「プレイヤーは交互にカネを手の上に載せ──その上からナイフを突き立てる。自分が突き刺した分がお互いの取り分さ。そして、必ず一枚以上の札を取らなければならない・・・・・・」

 

リミットは最後の一枚がなくなるまで。どちらが多くの金を取れたかが勝敗の分かれ目である。

 

「金を手で掴み取るのは厳禁だ。ゲームの放棄は敗北を意味する」

 

反則行為は負けの判定。つまり、全額相手に渡るということ。

 

「!」

 

「さて──規則に則って行動するか、強欲に走って破滅するか。どちらが賢いだろうね?」

 

 

 

牛尾の前に立つ遊戯に普段の気弱な様子はない。自信に満ちた・・・・・・それどころか命と金が懸かったゲームを愉しむような節さえ見える。

 

 

 

・・・・・・こいつ、本当にあの遊戯か?

 

 

 

来た時から感じていた違和感がじわじわと積み重なって、牛尾の背筋にぞっと悪寒が走ったがここまで来て止まれるものでもない。

 

「ケッ、所詮ただの根性試しだろう?さっそく始めようぜ」

 

牛尾の目は跳び箱の上の金のみに注がれている。それを見て遊戯は一瞬冷たい目をした。

 

 

 

強欲は命取り。忠告を受けて、それでもなお憑かれたように財を求めるならば──待つのは運命がもたらす罰である。

 

 

 

先攻は遊戯。月を背後にナイフを手に取った彼は宣言する。

 

 

 

「さぁ・・・・・・ゲームの時間だ」

 

 

 

それでは審判を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

順調にゲームは進んで行く。しかし、次第に牛尾の顔には焦りが見え始めていた。

 

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はあ・・・・・・ッ!!」

 

「──どうしたんだい?金はまだあるぜ?」

 

緩やかで余裕ありげな声はただの耳障りでしかない。

 

「うる・・・せぇ」

 

牛尾は札束に刃を向けたままの状態で固まっていた。ナイフを握る手は血管が浮くほどに握りしめられており、このまま振り下ろせば金どころか自分の手を貫くだろう。

 

動悸が止まらない。力を抜こうとしても手はかたかたと震えるばかりで降ろすことも出来ない。

 

「あ・・・・・・ああ・・・・・・!」

 

 

 

・・・・・・オレの体、どうしちまったんだ?

 

 

 

焦る牛尾をあくまで冷静に遊戯は眺めていた。

 

闇のゲームは人の本性を暴き、その運命を決定する。身に余る欲望を募らせた牛尾の右手はもはや彼のものであって彼のものでない。

 

 

 

「・・・・・・」

 

「牛尾さん?」

 

「遊戯・・・・・・おまえ、ゲームが始まる前に言ったな・・・・・・?規則に従うか、強欲に走って破滅するか、と・・・・・・」

 

顔を伏せた牛尾はそのまま遊戯に問いかけた。

 

「ああ」

 

「オレは・・・・・・後者を選ぶぜ」

 

「・・・・・・へぇ、負けを認めるのか?」

 

「へっ、違うね!ルールを破った上で、オレはすべての金を手に入れる!!」

 

そう叫ぶと牛尾は顔を上げた。

 

理性も焼き切れ、目を血走らせた悪鬼のような表情がそこにあった。

 

 

 

俺は金が欲しい。ならどうすればいい?

 

暴力で解決すればいい。今までのように、これからも。

 

 

 

牛尾はナイフを振り下ろす。

 

札束ではなく──遊戯目掛けて。

 

 

 

「このオレにナイフを持たせた──それがきさまの敗因だ遊戯ィィ──!!!!」

 

 

 

「・・・・・・牛尾さん」

 

 

 

全力の一撃が小柄な体に向かって振り下ろされたその瞬間、遊戯の姿が消えた。

 

「なにっ!?」

 

「──残念だよ、ああ。本当に。あんたはルールを守ることができなかった・・・・・・」

 

暗がりから声が響くと共に、ゆらりと校舎の影から姿を表した遊戯の額には輝く印が表れていた。

 

「な、なんだ・・・・・・そいつは。その、目は!!」

 

眩い光を放ち金色に輝くそれは『目』。

 

「こいつはオレの心の領域を超えた者にしか見えないもの・・・・・・友達を傷付け、金をも奪おうとしたあんたはその一線を超えた・・・・・・」

 

既に裁定は下った。規則を破った者に相応しい罰を与えよう。

 

 

 

「運命の罰ゲーム・・・・・・GREED!!」

 

 

 

そう遊戯が口にした瞬間、牛尾の視界はがらりと変わった。

 

カネ、そう金。無数の紙幣が彼の周りを回っている。

 

 

 

「もうあんたの目には欲望の虚像しか映らない・・・・・・あんたの敗因はその底なしの強欲だぜ、牛尾さん」

 

 

 

穴が空いた紙幣を大事そうに封筒に仕舞い、少年は去っていく。

 

 

 

あとには偽りの幸福感に包まれて虚ろな高笑いをあげる男だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──遊戯!」

 

「明日佳!?」

 

人通りの少ない路地を通って帰ってきた彼を家の前で出迎えたのは明日佳だった。

 

時刻はもう一時半を回っている。いつもならぐっすりと寝ている時間だ。

 

寝巻きの上にショールを纏って寒そうにしている妹に駆け寄れば、彼女はくしゅんと小さなくしゃみをした。

 

「なんでまだ起きてるんだ・・・・・・!」

 

慌てて手を引いて家の中に入れば部屋には明かりがが点っている。寝ていないという訳ではなく、しばらく仮眠を取っていたらしい。椅子には毛布がかけられていていた。

 

「ふわ・・・・・・兄貴、なーんか帰ってきてから様子おかしいな、なんて思っていればこっそり出ていくからそりゃあ気になるでしょ・・・・・・」

 

眠そうに半眼で言葉を紡いでいた少女はふと何かを感じて、兄の顔を見た。

 

「ど・・・・・・どうしたんだ?」

 

じぃっと顔に穴が空くほど見つめてくる妹に遊戯はたじろぐ。訝しむ明日佳はそれに構うことなく近付いて、極めつけには頬を引っ張る始末。

 

「ちょ、ちょっと・・・・・・やめてくれ明日佳!!」

 

「あーごめんね、気のせいかな・・・・・・まぁいいか」

 

しばらく訝しそうにしていたものの、嫌がる遊戯に気が付いて彼女はぱっと手を離した。

 

「胸騒ぎみたいなのを感じて起きてたんだけどね、ひとまずは元気そうで安心した。・・・・・・パズルも完成したんだね」

 

明日佳の目に映るのは、遊戯が首からかけた金の三角錐。

 

「・・・・・・ああ、今日できたんだ。じいちゃんが最後のピースを持ってきてくれてさ」

 

「兄貴、ずっと頑張ってたもの」

 

願いをかけて大切にしてきた遊戯の宝物。それが完成したとなれば明日佳の喜びもひとしおだ。

 

「遊戯なら素敵な友達ができるよ」

 

「・・・・・・うん」

 

今までひたむきに頑張ってきた遊戯なら、きっとできる。自分がこれまで見てきたようにその頑張りをどこかで見てくれてる人がいる。認めてくれる人がいる。

 

「明日佳だって、できるさ」

 

「・・・・・・それはどうだろう。わたし、我慢強くもないし嘘つきだから、さ」

 

「明日佳?」

 

 

 

「──でも、そうだね。できたらいいね」

 

 

 

友達でなくったっていい。

 

辛い時には、苦しい時には痛みを分かちあって。共に生きていけるようなそんな人が、できたらいいのにな。

 

 

 

目を閉じて、少女がぽつりと零した願いは兄の耳に届かぬまま夜の静けさに飲まれて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武藤兄妹が自宅にてそんなやり取りをしていたころ、童実野高校の校庭にひとり佇む男がいた。

 

発狂して意味をなさない言葉を発しながら笑い転げる牛尾を一瞥して、男はスーツから携帯を取り出す。

 

『──はい、マスター。ご命令を』

 

数回のコール音ののち、繋がった先は女だった。声色に抑揚はなく、恭しくへりくだった接し方は少なくともただの上司に向ける態度ではない。

 

「救急車の手配を。対象は『彼』のゲームの最初の体験者だ。治療の合間に調査権限を取り付けることも忘れるな。・・・・・・分かっているだろうが海馬重機の傘下の所はくれぐれも除いてくれたまえよ。後が面倒だ」

 

『はっ』

 

「・・・・・・彼女の様子は?」

 

『外からは特に変わりはありません』

 

「ならいい。要件は以上だ。これからも観察を怠るなよ」

 

頼んだぞ、トークン。

 

念を押して男は通話を切った。

 

 

 

夜風に短い金髪が攫われる。月を眩しそうに見上げる目の色は血のような赤。スーツの袖から覗く褐色の手にはピラミッドの形をした水晶が握られていた。

 

 

 

「・・・・・・闇の王は既に目覚めた。しかし光の王はまだ眠りのうちにある。時期は尚早・・・・・・しばらくは観客として楽しませてもらおうか」

 

 

 

体格良く、かつては隆々たる筋骨を伴っていただろう肉は削げ、痩けた頬はどことなく病的な雰囲気を漂わせているがその姿勢に弱さは微塵もない。昼は理知的な光を帯びていた目が今では獰猛な野心を宿して輝いている。

 

 

 

「──迷える魂に冥界神の天秤の導きがあらんことを」

 

 

 

胸に手を当て祈るように厳かに祝詞をあげる男は童実野高校の数学の担当教員だった。それは真実だ。真実であるがそれが全てではなかった。

 

 

 

ハイラト・ヘルマーとは偽りの名。

 

 

 

 

 

 

 

かつての主より器に与えられた名は──アヌビス。

 

 

 

 

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