蒼の咆哮   作:修行者‪α‬

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長らく更新停止のままですみません。
カードについて『折れた牙』に加筆しているので、見直して頂けるとわかりやすいと思います。


09. スケープゴート

背後から迫ってきたのは路地裏の奥に見えた革靴と同じ黒。仲間は他にもいたのか。

ある程度覚悟していたとは言えど、状況はとても悪い。

 

「・・・・・・ッ」

 

恐怖心と反射で思わずはねのけようとした腕をなんとか抑えて、塞がれた唇の奥で歯噛みする。力を抜いた手から離れた松葉杖が重力に従って前に倒れた。

 

抵抗は逆効果。逃げ出す算段があるならば別だが、こちらはひとりきりで怪我人ときている。逆上して更に負傷を増やされてはかなわない。こういう時は大人しくしておいた方が被害は小さく済む、といつか教わったことを思い出す。

 

口に猿轡を噛まされ、そのまま流れるように腰からぐいと持ち上げられる間も、ただ明日佳はされるがままになっていた。

 

軽々と抱えられて向かったのは案の定、路地の奥の方だった。長い髪の間からそっと辺りを伺うと入口から奥までおよそ五人の黒服の男達が詰めていた。逆さまになった視界の為、胸から上は見えないが明日佳を抱えている男で合計六人。そして、地面に這い蹲っていた教師は、運ばれていく明日佳に気が付いたのか今にも卒倒しそうな顔で震えていた。

 

彼らが輪に入るがいなや、入口は人の波に封鎖される。松葉杖は黒服の男の手にあり、自力での脱出はもう不可能だろう。

 

 

運ばれた先には路地のダストボックスの前だった。

蓋の上に腰掛け、優雅に組まれた紺色のスラックス、その先から覗く革靴。見慣れた組み合わせにぞっと胸の奥が冷えていく。

 

「ああ、ネズミがいたのか」

 

若い声だ。まだ少年と言ってもおかしくないくらいの。しかし、その声色は酷薄であたたかさというものは欠片もない。

 

顔を。

と正面から発せられたがいなや、明日佳の髪が後ろに引っ張られる

「・・・・・・ぐっ」

痛みよりも、乱暴に扱われることへの恐れで体が竦む。

 

「同じ学校の生徒なんだ。少し優しくしてやってくれ」

「はっ」

猿轡が外される。

「・・・・・・あなた」

 

顔を上げた先には見覚えのある顔。

にこりと微笑んだ口元は記憶にあるものと同じだ。

しかし、路地の影がそれを不気味なものにする。

 

「──さがし物は無事見つかったのかな」

 

目の前で酷薄な笑みを浮かべていたのは、あの日体育館のステージから落ちた明日佳に手を差し述べてくれた同級生だった。

「見つかった、けど。・・・・・・あなたこそ、先生に書類を届けられたの?」

彼の様子は昼間と何も変わらない。それが恐ろしかった。周囲は非日常めいているのに、彼の周りだけがいつも通りで。

 

だから、明日佳は律儀に問いかけに答えてしまった。

 

「うん、君のおかげさ。ありがとう」

 

あまりにも白々しい感謝の言葉だった。少年の言葉は空虚だ。

混乱する彼女に構わず少年は背後の黒服に目を向ける。

心得たとばかりに、明日佳を捉えていた手が彼女の鞄を奪い取った。

 

「開けて」

「・・・・・・あっ」

 

最初に取り出されたのは生徒手帳だ。手袋をつけた指先が黒服からそれを受け取って、ぱらぱらとめくった。

「ふぅん・・・・・・A組か。特進クラスなんだね。名前は武藤明日佳・・・・・・へぇ〜君、同じクラスの遊戯くんの妹なんだ。双子だったなんて知らなかったな」

そこまで言うと、彼は手帳を閉じた。知りたい情報は手に入ったのだろう。鞄に戻すと、少年は明日佳を見据えて顎の前で手を組んだ。

 

「明日佳さん」

 

鳥肌が立った。

 

「・・・・・・名前を呼ばないで」

「じゃあ、武藤さん」

 

咎めれば、あっさりと呼び方を変える。

 

「・・・・・・」

 

名前というのは苗字も含んでいたのだが。そんなことを言えるはずもなく、明日佳は黙り込んだ。

むしろ苗字で呼ぶことの方が本命だったのかもしれない。先に嫌な選択肢を提示しておいて、あとの提案を承認しやすくする。そんな手口だ。

 

「君、海馬重機工場って知ってるかい」

 

視線による抗議を黙殺して、そして答えも待たず少年は話を続ける。

「軍事兵器の開発から運輸までを一手に手がける大企業だよ。国外に売り付けて外貨を稼ぐ、言わば死の商人ってやつさ。社員も含め自社で保有している株の保有率は76%。滅多な事じゃ揺るがない──」

滔々と話し続ける少年に対して明日佳は少しずつ冷静さを取り戻していた。内容がなんであれ、自分から話してくれるのなら言うことはない。それは全て証拠になるのだから。

じっと少年を観察する。一挙手一投足、覚え漏らすことのないように。

 

「海馬瀬人──ボクはそこの跡取りさ」

 

だから、彼女は見逃さなかった。名前を口にしたその一瞬、自慢げに笑みを作る口元とは裏腹に瞳が斜め下に動いた。

 

躊躇い、自嘲、後ろめたい何か。その感情の形は分からないけれど、何かあると確信する。

 

「・・・・・・名乗って、いいの?教師を脅してたってあなたのこと告げ口するかもしれないのに」

「アハハ、自分の状況が理解できていないようだね。君がなんと言おうと無駄だ。伝えたのが教師だって、警察だって、君の身内だって。全て握りつぶす。それだけの力がボクにはある」

 

雄弁はコンプレックスの裏返しだ。

 

海馬瀬人は何かを恐れている。

跡取りであることに含みがある。

であれば。

 

「子の問題に親が出てくるのか。大層なことだね」

 

「──」

 

表情が消える。

右の手が甲を向けてあげられたのと同時に首に圧力がかかった。

 

「グッ・・・・・・!」

息が詰まる。鈍い重みが喉を圧迫する。しかし、意識を失うには至らない。

ぎりぎりと締め付ける度に黒革が皮膚に食いこんだ。

「・・・・・・言葉には気を付けた方がいい。傷が増えるのは、嫌だろう?」

動揺が見えたのはほんの数秒。

拷問じみた真似を命じた海馬は既に涼しい顔で向き直っていた。

 

降りた視線の先にはぷらんと力の抜けた左足。包帯の巻かれた足先をじいっと見つめるさまに、明日佳は強ばった体から力を抜いた。首に回った手もまた離れていく。

迂闊だった。でも収穫もあった。

 

内心胸を撫で下ろし黙っている明日佳を置いて、事態は動いていた。

主人の指示を受けた黒服の手がまた鞄に突っ込まれる。

 

──出てきたのは携帯だった。黒服から渡されたそれを我がもののように扱って海馬は画面を点ける。

「パスワードは?」

「・・・・・・」

黒服が髪を強く引っ張った。抜けない程度の、しかしぎりぎりまで苦しめるそんな強さ。手馴れているな、なんて現実味のない感想がふと湧いてくる。

「もう一度だけ聞くよ。パスワードは?」

「・・・・・・8256」

帰ったら絶対変えてやる。・・・・・・無事に帰れたらだけど。

「そう、賢明だね。言ってくれなかったら壊してしまうところだった」

当たり前のように彼は言う。そして、するすると手袋に覆われた指を画面に走らせていたかと思うと、その画面を突きつけてきた。

 

録音の停止画面。総時間4:27秒。ポップアップされたファイルの下に保存の可否を問う文章が表示され──ワンタップでそれは消えた。

 

たった4分半の命綱。それが目の前で絶たれるのを見て、明日佳の顔が初めて苦痛以外で歪んだ。

 

しかし、この事態を想定していなかった訳ではない。腹に溜めていた空気を吐き出すように叫ぼうとしたその時、口に何かが突っ込まれた。

 

「むぐ!?」

視界の端にちらちらと見えるのは見覚えのある色。落としてきたはずのハンカチだ。

「・・・・・・」

自衛手段が全て絶たれたことを見せ付けられて、明日佳の目から光が消える。

 

「フフフ、その顔が見たかった」

 

わらう、笑う、嗤う。冷たい瞳に熱はなく、ただ玩具を弄ぶように少年はわらっていた。

 

さっきの仕返しのつもりだろうか。存外負けず嫌いらしい。

 

ねぇ、と次に海馬が声をかけたのは教師だ。

「見てたかい?あなたを助けようとして、武藤さんはここに来たらしい。なんて健気なんだろうな。感動するよ」

 

上機嫌なまま、逃げていい、と口にする。

 

「え・・・・・・?」

 

「逃げてもいいと言ったんだ。彼女に免じて今回は見逃してあげよう。──生徒に脅されて、生徒に助けられました。・・・なんて言える勇気。あなたにはないだろう?」

 

「う──ぅ、うわ・・・・・・うぁぁぁぁぁ!!」

気が触れたような叫び声。

避けようとした黒服達にぶつからんばかりの勢いで、教師は一度も背後を振り返らずに駆けて行った。

 

あとに残されたのは海馬と明日佳と黒服のみ。

「薄情だね、先生」

さて、どんな顔をしているかなと振り返った海馬の期待を他所に、明日佳は特に感情の見えない目で教師の消えた通りの方を眺めていた。

肩透かしを食らって鼻白むがすぐに笑みを貼り付けて、黒服に新しい指示を出す。

 

鞄にまた手が入れられた。

教師の脅しは恐らく成功だ。小心者のあの男は通報などできまい。

だから、次は目の前の新しい目撃者()を脅す材料を見つけなければ。

「・・・さて、ボクはここで君を力づくで従わせることも出来る。でもそれじゃあ、面白くない。君は偶然巻き込まれたんだしね・・・機会くらい平等にしたっていいだろう」

ひとつひとつ私物を取り出しながら反応を見る。財布、筆記用具、教科書、ノート、鏡・・・・・・。

 

そして、あるひとつを取り出した時、明らかに少女は動揺を見せた。

 

「──ああ、やっと顔色が変わったな」

 

渦巻き模様を背にした、しなずの神鳥。珍しいカードではあるが、ステータスは最強に及ぶべくもない。

だが、明日佳にとっては大事なものらしい。

 

「君に一度だけ機会をあげよう。明日の放課後に、3Fの多目的室に来るといい。そこで賭けをしよう。君の自由をかけたゲームだ。君が勝てば、ボクも部下も二度と近付かないと約束する。契約書をしたためたっていい。ただし、ボクが勝ったら・・・・・・このネフティスの鳳凰神を頂こう・・・それで今回のことには目を瞑るよ。カード一枚で見逃して貰えるんだ、安いものだろう?」

 

「・・・・・・もしも、来なければ」

 

「──来なければ、思い知らせてやるまでだ。ああ、まずは君についてあることないこと噂を流そうか?社会的な評価なんて落ちるのは一瞬だ。次は・・・・・・家族、それとも友人だろうか?好きな方を選ばせてあげよう。動けない君の前で、跪いてボクに許しを乞う様を晒す方をね!・・・・・・ボクはこれでも最大限の譲歩をしているつもりだよ。今、誰が君の命綱を握っているのか、忘れないでおくといい」

 

腕が振られる。黒服の拘束が解かれた、浮いたままの状態からいきなり解放されて体を支えることもできず、明日佳は地面に転がった。

 

膜が滲むような視界の中、ぼんやりと地面に降り立った海馬を見上げる。

彼の靴は全く汚れていない。髪も乱れていなければ、袖も同様だ。ここに至るまで明日佳に触れてもいない。徹頭徹尾、彼は己の手を汚してはいなかった。

 

「ゴホッ・・・・・・悪、趣味、ね。あなた」

「・・・・・・口が減らないな、君は」

 

転んだ彼女に向かって手は差し出されない。しかし、返されるカードはこの間と同じだった。

 

「はは」

似ているようで違うそれに、疲れた心は乾いた笑いを零す。

「なにがおかしい」

「なんでもないよ・・・・・・賭けにはのった。こんなことで家族を巻き込む訳にはいかないもの。明日の放課後に多目的室だね」

淡々とした様子に初めて海馬は眉を寄せた。

動揺が薄い。もっと怯えると思っていたのに。

 

ただ明日佳はじっと無表情のまま彼を見ていた。

痛々しい名残を引きずって、でもその少女は真っ直ぐに海馬を見ていた。

澄み切った明るい青の瞳は視線を外すことを許さない。

澄んでいるくせに、目の奥には覗き込むことのできない深淵が広がっている。そんな錯覚すらして。

 

「・・・・・・行くぞ」

居心地の悪さを気の所為だと振り払うように、彼は路地裏を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「いっっ・・・・・・たぁぁ」

 

ざぁぁと降り注ぐお湯が肌についた泥を擦りむいた傷口に滲む血を流していく。

剣道の稽古でしこたま打たれていたので打撲には慣れている。しかし、擦り傷ともなれば勝手が違う。

つくんと皮膚の奥を突いて染みるような痛みに、眉を寄せれば正面の鏡に顔色の悪い女の姿が写った。

「痣になってるじゃん」

首の半周が手の形に沿って鬱血している。

絶対見つかったら面倒なことになる。

げぇ、と舌を出した明日佳は浴室に持ち込んでいた湿布を貼って外に出た。

 

 

「明日佳」

「・・・・・・ん〜?どったの、兄貴」

寝巻きにバスタオルを被って出てきて、そのまま2階に上がろうとしていた妹を遊戯は引き止めた。

視線はそろそろ初夏だと言うのに、ハイネックに包まれた首元に向いている。

「明日佳、何か危険なことしてるんじゃないよね・・・・・・?」

「兄貴さぁ・・・・・・いや、そんな剣道は万能体術じゃないんだから・・・・・・。格闘技と違って道具がなきゃなにもできないしね。勝算もなしに自分から飛び込んだりしないよ」

「・・・・・・だよね」

「そうだよ〜」

ははは、と笑う明日佳はいつも通りだ。明るく、朗らかに笑う。笑いながらなんて白々しいのだろうと思った。嘘をつくのが下手くそなのは自覚している。

 

「ほんとうに、大丈夫?」

「いんや──なんも、ないよ」

 

背を向けたまま答える。それが不誠実だとは分かっていたけれど、巻き込みたくはなかった。ひとりで解決できることなら、ひとりでいい。

「・・・・・・そっか、それならいいけれど」

でも、か細くなった声色に思い出すものがあった。

 

『頼っていいんだよ』

 

数ヶ月前の兄の言葉がリフレインする。

巻き込むのは嫌だ。でも、隠し事をするのはもっと嫌だった。だって、明日佳がそうするなら、兄もまた彼自身に何があっても明日佳には伝えないようにするだろう。

 

何かあった時にそばにいられないのはくるしい。

 

それは、怪我をしてからの一年間で身に染みたことだ。

少しだけ考えて、明日佳は踵を返して遊戯の前に座った。

 

「ねぇ、兄貴ぃ」

 

「なに?」

ぱっと遊戯の顔が明るくなる。

 

「SLGってあるじゃん」

 

明るくなった顔が今度はぽかんと間の抜けた表情になる。

まさかゲームの話が出てくるとは思わなかったのだろう。

SLG──シミュレーションゲーム。その言葉が表す意味は多岐に渡るが、今話題にあげたのは戦略系のSLG、マップ上で限られた戦力を使って陣地を広げていく陣取り合戦である。

 

「・・・・・・うん、明日佳好きそうだよな。なんかいいのあったの?」

「そーそー、最近ブラウザで新しいの出たから嵌ってるんだ。ま、ほぼAI対戦だけどね」

 

喋る度に痛む喉にそっと指で触れる。

 

「・・・・・・で、今度ちょっと対人戦をすることになってね。このゲーム、戦う前と後で交渉ターンがあってさ、向こうからそこで宣戦布告が来たんだなー。こっちより数倍大きい国で、わたしはまぁ勝ち目がない」

「・・・・・・向こうは何を狙ってるの?」

「礎みたいなものだね。道場の看板といってもいいかな。経営自体は揺らがないけど、プライドが傷つけられるようなもの。だから、降参はしたくないんだ」

「大事なものなんだね」

「・・・・・・ん」

 

ネフティスは思い出でお守りだもの。そりゃあ、他の人から見ればただの紙だ。あげたからって、思い出が傷付くわけじゃないことは分かっているけどさ。

 

──それでも、そう、大事なものなんだ。ずっと一緒に戦ってきた。一度手放して、それでも片割れが拾い上げてくれた宝物。

それをぽっと出の誰かさんにどうしてみすみすくれてやるかってぇの。

 

口を突き出してむすくれた明日佳を見て、遊戯は白紙を一枚手に取った。その上にボールペンで何かを書き付けていく。

大きな丸と小さな丸。そして、それぞれの勢力図。

いくつか遊戯は明日佳に短い質問を投げかけていった。交渉は何度あるのか、兵糧の残りはどのからいか・・・少しずつ地図が埋まっていく。

一通り埋まったところで、遊戯は顔を上げた。

 

「明日佳は、どうしたいの?」

「──負けてもいいし、あげてもいいけど、ただでやられるのはめちゃくちゃ嫌」

「まっすぐだなぁ」

遊戯は困ったように笑った。

「しってる」

明日佳はいつだってそうだ。勝敗がどうでもいいわけじゃないけど、優先度はそんなに高くない。

ただ誰かの言いなりになって曲がりたくはないのだ。

「試合に負けても勝負には負けたくないってコト?」

「そういうこと」

「・・・・・・じゃあ、ボクからアドバイスできるのは三つかな」

 

その三つは明日佳の心に光明を差し込ませるには十分な内容だった。

 

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