わたしは、サンクチュアリ・ヒルズをつくり変えることに若干気後れしていた。
なぜなら、210年前、そこは隣人たちの土地だったからだ。最早所有者はいないとはいえ、誰の許可も得ずに使ってしまうのは躊躇われた。だが、プレストン・ガービーの「死者よりも生きている人たちのために使おう」という一言に背中を押され、クインシーからやって来た新しい居住者たちと共に、使えなくなった建物の撤去を進めていた。
その作業も徐々に進んだ、ある日の晴れた午後のことだった。わたしたちは、サンクチュアリの奥まった場所にある一軒の住宅の解体作業を進めていた。奥まっているために、わたしも新しい居住者たちも、ほとんど足を踏み入れたことはなかった。だから、気づかなかったのだ。その住宅の裏庭に、誰かを埋めたような土の盛り上がりが二つあることなど。
マーシー・ロングはそれを見るなりヒステリックな叫び声を上げ、夫のジュン・ロングにしがみついた。後で聞いたところによると、ロング夫妻は死んだ息子を同じように埋葬したのだそうだ。彼女ほど極端な反応を示した者は他にいなかったものの、クインシーから逃げ延びて数多くの死体を目にしてきたプレストンたちには、それ以上足を踏み出す勇気はないようだった。わたしはひざまずいて土の状態を確認した。地面と同化して、細かに苔が生えている。最近埋められたものではないらしい。
わたしは、この中で一番サンクチュアリの住人としての年数が長い者――コズワースに尋ねた。何か心当たりはないかと。
「恐れながら、奥様。彼らは、私が埋めました」
マーシーはひっと息を呑み、ジュンは後ずさった。ママ・マーフィーは半開きの目を戸惑ったように彷徨わせ、プレストンはフレア・ガンをカチリと言わせた。スタージェスが持っていた工具箱を取り落としたため、乾いた地面にレンチやトンカチがばらばらと転がった。コズワースは空のアームを広げ、それらの工具を淡々と拾い集めて、スタージェスがこわごわと広げた腕の中に置いた。
わたしはその一部始終を眺めながら、彼の火炎放射器も草刈り機も、一向にうなりを上げないことに、確信はあったけれども深く安心した。彼は、他の多くのゼネラル・アトミック社のロボットのように狂ってはいない。210年前からずっと、彼は誠実なわたしの友人だった。
「どうして黙ってた?」
プレストンが聞いた。フレア・ガンの引き金に指を添えたまま。
「皆様、こちらにはいらっしゃらなかったので。話す必要が、ございませんでした」
それに、とコズワースは言う。私は、彼らを静かに眠らせてやりたかったのです。
しかし、こうして判明し、皆の心が波立ってしまった以上は、何があったのか話してもらう必要がある。そのように伝えると、コズワースは三つの目で器用にこくりとうなずいた。
「はい。奥様。お話しします。もう、百年ほど前のことになりますが――」
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奥様と旦那様、ショーン坊ちゃんがヴォルト111に入られてから百年の間に、サンクチュアリ・ヒルズはひどく様変わりしました。
ヴォルト111に入れなかった人々は次々と街を去りました。腹いせにお三方の住宅を物色していこうとする方もいらっしゃいましたが、私が追い払いました。ええ、もちろん手荒な真似はしておりませんとも。鼻先へ炎を差し向けてやれば、みんな逃げていきましたよ。
間もなく、放射能に冒された木々は朽ちました。持ち主がいなくなり、整備の行われなくなった住宅も、壁や屋根がぼろぼろと落ちていきました。そんな中で、お三方の住宅だけは、核戦争前の美しい状態を保っていました。私が日々掃除や改修を行っていたためです。私は誇らしい気分でした。いつ皆様が帰っていらしても大丈夫だと。
ところが、五十年を過ぎると、限界が見えてまいりました。雨風に晒されて、一部の壁や窓が崩れ去りました。私は近くの家々から無事なものを持ってくることで、どうにか補修しました。もうこの頃には、この場所は完全に放棄された、と見なして良いものと思われましたので――そのような行為も、到底盗難には当たらぬものと考えたのです。
七十年ほどが経つと、そんなことでは追いつかなくなってしまいました。近くの街へ資材を取りに行くことも考えましたが、やめました。以前訪問した際は、襲われて危うく壊されそうになりましたから。それに、その時も、私が留守の間に奥様方が帰って来やしないかと、気が気ではありませんでした。
いつしか私は執事ロボットとしての矜持を捨てて、奥様方にお会いできることのみを心の恃みとしていたのです。皆様がお帰りになったとき、この家が崩れ去っていても仕方がない。それよりも私が皆様に再びお目にかかり、お仕えすることのほうが、私にとっては重要だと。ああ、どうかお許しください、奥様。奥様と旦那様の財産をこんなふうに……え。家なんかどうでもいい、コズワースが生きていてよかった? 奥様、それは……身に余るお言葉でございます。うっ、うっ、そのお言葉だけで私は……はい? なんですかミスター・ガービー。なに、そんなことはいいから話を続けろと。ああ、そうでしたね。そんなこと、などと軽々しく流していただきたくはありませんが。ともあれ申し訳ございません。承知いたしました。
それから三十年ほど経った頃のことです。雨のそぼ降る中を、その日も私は一人、奥様方の住宅の前に佇んでいました。
その日、私とラッドローチ程度しかいなかったサンクチュアリに、変化が訪れました。人間が、やってきたのです。ヴォルト111の方角から。二人で。
私は飛び上がって喜びました。この付近で生きた人間を見たのは、最後の隣人を火炎放射器で追い出して以来でした。望遠レンズに切り替えて確認したところ、奥様と旦那様でないのは分かりました。しかし。あれから百年も経っている。奥様も旦那様もショーン坊ちゃんも、最早この世にはいらっしゃらず、あれはもしかしたらお三方のご子孫かもしれない。そのような可能性も考えながら、私は彼らが近づいてくるのを見守っていました。
ヴォルト111の方角からやって来た彼らはすぐに私に気づきました。そして、話しかけてきました。私には理解できない言語で。
どうやら、彼らは移民の子孫のようでした。移民のコミュニティーが核戦争開始後にどこか安全な場所に避難し、そのコミュニティーが何らかの事情で崩壊したために命からがら生き延び、ヴォルト111の背後の険しい山を越えてきた、といったところのようでした。
私は、彼らの言葉を理解できないことを身振りで示しました。彼らは、ここに住みたい、ということを、私と同じように身振りで示しました。私は、迷いました――彼らが善良な人間であることは確かでした。執事ロボットをわざわざ欺こうとする人間など、いやしませんからね。でも、奥様と旦那様とショーン坊ちゃんのための住宅を彼らに明け渡すべきか、私は逡巡しました。
私がしばらく黙ったままでいると、彼らは何か私に声を掛けて、サンクチュアリを道なりに奥の方へと歩いていきました。それから数時間ほどして、二人は戻ってきました。私を手招きしていました。
彼らは私を、この住宅に導きました。当時のこの住宅は、他の住宅に比べれば、入り口が倒壊しておらず、壁も屋根も比較的無事なままで、どうにか住めるように思われました。彼らは、ここに住んでもいいか、と問いかけてきました。
彼らは私を、この一帯を管轄する管理人のようなものだと思い込んでいたようです。実際には、私は奥様方ご一家の執事ロボットに過ぎないのですが。しかし、私はそのように振舞うことにいたしました。それを、百年ぶりに現れた、言葉は通じないけれども善良な人々が望んでいるのであれば。
それから、私と彼らの生活が始まりました。と言っても、特別なことをしていたわけではありません。彼らはただ、平穏な毎日を送ることを望んでいました。私は……恐れながら、奥様方の住宅の中の保存食や、他の家にあった保存食を、ありったけ彼らのところへ持って行ってやることにしました。それから、まだかろうじて使用できそうな衣服や生活用品の類も。
しかし、それだけでは足りませんでした。二人は食糧その他を求めて外出することが多くなりました。私は彼らに同行しました。奥様。お許しください。私は彼らといる間だけは、皆様を待つ役目を放棄しました。私は彼らの旅に同行し、彼らの敵と戦い、彼らがサンクチュアリにいる間は、彼らの住宅の周りを巡回するようになりました。もちろん、彼らが間違いなく安全に過ごしていると分かっている時は、奥様方の住宅に戻り、皆様のお帰りを待ちました。しかし、少しでも不安なことがあれば、いつも彼らの傍らにいました。ミスター・ハンディーにあるまじき失態です、奥様。所有者として登録されていない方々を、私は勝手に私の主人に設定いたしました。ああ、私はここで壊されても構いません、奥様。ですが、どうか後生ですから彼らのことは……え? 気にしなくていい? 心優しいハンディーになってくれて主人として誇らしい? も、もったいないお言葉です、奥様。
それから三年ほどは、私にとって夢のような時間でした。彼らと私はいつしか友人のように気安く付き合うようになりました。
ところが、ある冬の日のことでした。食糧を取りに出かけた私たちは、大きな爪の生えた爬虫類のような怪物に襲われました。ええ、恐らく、奥様のおっしゃるデスクローという怪物でしょう。二人は深い傷を負いました。私も機体の一部を修復不可能なほど凹まされてしまいました。ほら、この部分です。
デスクローからはなんとか逃げることができました。私は、肩を抱き合って歩く二人を支えて、サンクチュアリに戻りました。傷は塞げませんでした。私はただ、彼らの体から血が失われていくのを眺めていることしかできませんでした。彼らは互いの顔を見交わし、深い親愛の情のこもった言葉を囁き合い、最期に私に、ありがとう、と言いました。
――彼らが事切れた後、私は不格好な棺を造って彼らの体を横たえ、彼らの住宅の庭に穴を掘って、埋めました。
奥様。私は奥様と再会するまで、彼らのことを忘れていました。彼らを埋めたあの後、記憶を奥深くへ封じ込めていたのです。ええ、自分でも無情だと思います。でも、そうしなければ、私には耐えられませんでした。彼らを悼みながら一人この廃墟の街で奥様方を待ち続けていたら、私はきっと、狂ったミスター・ハンディーの一体と化してしまったでしょう。
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皆、押し黙っていた。プレストンなど、先ほどまでフレア・ガンをカチカチやっていたくせに、今は涙を浮かべて鼻をすすっている。
わたしはコズワースに聞いた。ここを墓地にしていいか、と。
マーシーがぎょっとしたように顔を上げた。
「それ、どういう意味!? あたしたちはまだ誰も死んでないのに……ち、近いうち、あたしたちを殺そうってわけ!?」
「マーシー、落ち着いて。将軍が言いたいのはそういうことじゃないよ」
ジュンが彼女を諫めた。わたしはジュンに感謝の視線を送り、説明した。いつかに備えるためだと。いつか、サンクチュアリが発展して、住民が増え、安全な居住地となったら。幸福のうちに息を引き取る者も出てくることだろう。そのとき、彼らにはここに眠ってもらいたいのだ。コズワースが慈しんだ二人のそばに。
コズワースは、興奮気味にくるくると回転した。
「もちろんです、奥様。ありがとうございます。これであの二人も浮かばれるでしょう」
わたしは微笑んだ。久しぶりに、自然に笑うことができたような気がした。
それから。マーシーを励ましながら、わたしたちはその場所を、墓地に相応しくなるよう、ありったけの草花で飾った。そこに眠る二人が寂しくないように。コズワースが彼らをいつでも思い出して、偲べるように。
-了-