「コズワースって、スキップできるの?」
それは、夕食後の食休み中の、ちょっとした戯れ言のつもりだった。
ノーラはサンクチュアリ・ヒルズのかつての自宅を改修して、ミスター・ハンディーのコズワースと二人で住んでいる。夕食はいつも他のサンクチュアリ・ヒルズの住人たちと一緒に食べるが、時折ふと、その賑やかさから逃れたくなり、自宅に持ち帰り、みんなが寝静まった頃に食べる。この日はそういう日だった。
「スキップ、ですか?」
コズワースは三つ目をノーラの方へ突き出し、目の中のシャッターをしゅっと縮めた。
最近、ノーラは予想外の質問や出来事に戸惑うコズワースを見るたびに奇妙なくすぐったさを覚えるようになっていた。彼は大抵の場面において、ユーモラスで柔らかな雰囲気を醸し出しながらも、ロボットらしくきっちり如才なく立ち回った。だからこそ、ノーラは大人げもなく、彼の意表を突くことを聞いたりやったりしたくなった。
「できるかどうかはものによりますが。私のプログラムの何をスキップすればよろしいのでしょう? 何かお気に障るようなことをいたしましたか?」
コズワースはしょんぼりした口調で答え、真ん中のアームのピンサーを所在なげにぴょこぴょこ動かした。
ノーラは一瞬きょとんとしてから、彼の勘違いに噴き出した。彼がそこらのレイダーやガンナーよりずっと人間臭い言動を見せるとはいえ、ときどきロボットらしい思考もちらつくのが、彼女にはとても面白く感じられた。
「違うよ。動作のスキップ。飛び跳ねる動作のこと」
「え。ああ、なるほど、そのスキップですか!」
コズワースは安堵したような声色で言って、シャッターをいくらか緩めた。一方で彼のCPUは何やら忙しく考えを巡らせているらしく、ピーピーと小さな電子音がボディの中から聞こえてきた。
「やっぱり、できないよね? わたしたちと体の構造が全然違うもの」
ノーラは彼に助け舟を出した。コズワースは、人間の体の動きについての知識は持ち合わせていても、それに似せて動くことまではできないかもしれない、と彼女は思った。何せ、彼のボディは人間の体とは大きく異なり、噴射装置で宙に浮いた球体に三つの目と三つの腕が生えている、という具合なのだから。だからこそ、彼女にとって彼は誰よりも頼もしく、愛らしく思え、そしてときどき、ほんのわずかな間だけだが、喉の奥が切なくじいんと痺れるのだった。
「……そんなことはありません。ええ、できますとも。簡単なことです。ほら!」
コズワースは急に力強く言い放って、ボディをくるっと回転させ、ちょうど彼のボディをノーラが横から眺められるような角度に調整した。それから、彼の優秀な電子頭脳がひねり出した「スキップ」を披露した。
「う~ん? それってスキップなの?」
ノーラはその滑稽な動きに悪気なく苦笑した。コズワースは噴射装置の噴射量を変えて、ボディをその場で上下に浮遊させながら、三本のアームを後方に向かってくねくねうごめかせている。まるでタコのようだ。
コズワースはノーラの正直な感想を聞くなり、ヘンテコな「スキップ」をやめてノーラに向き直った。
「違います! 今のはちょっとアームの調子がおかしかっただけです。これでいかがですか!?」
コズワースはムキになったように叫び、また横を向いて、次の「スキップ」を繰り出した。三本のアームをぐったりと下ろして、噴射装置をごうと言わせて斜め上方向に浮かび上がっては、真下へゆっくり下降する、という動きを繰り返している。
ノーラはこれまた悪気なく破顔した。今度はクラゲだ。タコもクラゲもコズワースと似たような格好で水中を泳いでいるのだから、動き方が似てくるのは必然かもしれない。そして、スキップという人間独特の動作の感覚をいまいち掴めないであろうことも。
コズワースはノーラが笑いやまないのを見ると、第二の「スキップ」をやめて、彼女のすぐ隣に飛んできた。
「今のも違います、忘れてください。噴射装置のメンテナンスを最近怠っていまして……!」
彼は、三つ目のシャッターの絞り具合を目まぐるしく変えたり三本のアームをあっちこっちに動かしたりしながら、しどろもどろに弁明した。
ノーラは、自分の中ではちきれそうになっているくすぐったい気分に押されて、コズワースの真ん中のアームをひょいと捕らえた。彼のアームはいつもと違って、ほのかに温かかった。ボディの熱が伝わったのかもしれない。
「奥様!?」
コズワースが普段より半オクターブほど高い声で叫んだ。彼はアームを自分のボディへ引き戻した。しかしノーラの方がアームを頑として離さなかったために彼は彼女を引き寄せる形になり、彼の真ん中の目と彼女の唇とが危うく接触しそうになった。彼は、ひえぇ、と素っ頓狂な声を上げ、三つ目をノーラから必要以上に遠ざけた。
ノーラは、自分の心臓がいつになく軽快な鼓動を刻むのを感じた。彼女はコズワースのアームに腕を絡め、いたずらっぽく小首を傾げてみせた。
「わたしの真似をすればできるようになるんじゃない、コズワース? 外で一緒にスキップしましょ」
「お、奥様ぁ……?」
たじたじになっているコズワースのアームを引っ張って、ノーラは戸外に出た。二百年前よりも星の数がずっと多くなった夜空と、枯れ木や鉄材や料理の残り火の臭いが雑多に混じった空気が二人を迎えた。そして運良く、というより、夜遅くなればいつものことだが、サンクチュアリ・ヒルズの路上に人影はなかった。
「あ……」
ノーラがコズワースのアームから腕を離すと、どことなく寂しそうな溜め息のような声がコズワースから漏れた。
ノーラは彼に微笑んでから、片足ずつ交互にアスファルトを蹴って跳んだ。タタン、タタン、タタン、と景気の良い音に合わせて、全身を爽やかな浮遊感が走り抜けた。いったんスキップをやめてコズワースを振り返った。彼はその場に浮かんでノーラに三つ目の焦点を合わせたまま、ピーピーと考え込むような電子音を立てていた。
「ねえ。コズワースもやってみて」
ノーラはコズワースに手招きした。彼は一拍遅れてから、あのタコのようなスキップでノーラに追いつき隣に並んだ。彼はノーラのコメントを求めるように三つ目を巡らせた。ノーラは気取ったふうに人差し指をチッチッと振った。
「ん~、全然ダメ。まず、アームをそれらしく動かすことから始めましょうか」
コズワースは、まだノーラのテンポに乗りきれていないようだったが、弾んだ声色で調子を合わせてきた。
「はい。ええと、どうかお手柔らかにお願いします、奥様」
そうして、ノーラとコズワースは寝静まったサンクチュアリ・ヒルズのメイン・ストリートで、時折密やかな笑い声を立てながら、長いことスキップの練習をしたのだった。
その様子をマーシー・ロングが寝ぼけ眼で目撃したために、幽霊が出たという噂が広まり、サンクチュアリ・ヒルズの住人たちがちょっとした肝試しを敢行する羽目になったのは、また別の話。
-了-
お読みくださり、ありがとうございました。
診断メーカー「今日の二人はなにしてる」(https://shindanmaker.com/831289)からいただいたお題「スキップができるかどうかで大論争。実演することになり二人でスキップしてるところを第三者に目撃され変な噂がたつ。」で書きました。
あとがきは活動報告に書きました。ご興味があればどうぞ。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=267633&uid=271887
English version here: https://archiveofourown.org/works/27758683