管理者ホワイトは、目の前の相手の言動にうんざりしていた。それでも、一応敵ではないので火炎放射で葬り去るわけにもいかず、投げやりになだめた。
「まあまあ、そうカッカしなくてもいいじゃない。フュージョン・コアが熱暴走するわよ」
相手は三本のアームをめったやたらに振り回して、人間と寸分違わない豊かな感情のこもった機械音声を張り上げた。
「これが怒らずにいられますか! 私はですね、ミス・ホワイト、奥様を本当に尊敬しているのです。奥様はコモンウェルスに平和をもたらすために日夜奔走されています。ご多忙ゆえサンクチュアリには滅多に戻られませんが、お帰りになると必ず私や住民の方々を丁寧に労ってくださっていました。それなのに、ああ、それなのに!」
暮れなずむグレイガーデンの温室で働くホワイトの前に、グレイガーデンの所属ではないこのミスター・ハンディーが現れたのは、つい十分ほど前のことだった。彼は現れた時からずっと、機体を興奮気味に上下へ浮遊させて、三本のアームを苛立たしげにゆらゆら動かしていた。
「私が一昨日、何を見たと思いますか? 素性も知れない若い男を新しい住民だと言ってサンクチュアリに連れてきて、私の目の前でいきなりキスをしたんですよ!」
「あら、そうなの。彼女だってまだ若いんだから、そういうこともあるんじゃないの」
ホワイトはおざなりな返事をして目の前のプランターの剪定作業を再開した。怒れるハンディーは彼女の態度が癪に障ったようで、喚いていると言っていい調子で機械音声の音量を上げた。
「奥様が多量のアルコールをお召しになっていたことは、覚束ない足取りと呼気のアルコール濃度から明白でした。しかし、奥様には旦那様という方がいらっしゃるのです。あのような暴挙がまかり通ってよいものでしょうか? いいえ! 有り得ません!」
「旦那さんは亡くなったって聞いたけど?」
ホワイトは、渦中の人物が初めてグレイガーデンを訪れた時にぽろりとこぼした一言を思い出して言った。その時は確か、このハンディーを連れていた。
ハンディーががくんと高度を下げた。彼はいくぶん声のトーンを落とした。
「それは、事実です。しかし、旦那様が亡くなってから一年も経っていません。未だ見つかっていないショーン坊ちゃんのお気持ちを思っても、やりきれないのです」
「あなた、考え方が古いわねえ。明日生きてるかも分からない状況で、自分を支えてくれる新しいパートナーを探すのがそんなにおかしいこと? 第一、今日日、キス程度じゃなんにも決まらないでしょうに」
ホワイトは、眼前の若々しく初心なハンディー――と言っても実際は彼女と実稼働時間はそう変わらないのだが――に言い聞かせた。当然のことながら、彼女自身にそのような経験は全くなかったが、元から記憶装置にインストールされていた知識と、グレイガーデン周辺に前時代の人々が遺していった膨大な量の書籍に記載されていた知識とを組み合わせることで、人間の感情の機微をある程度は理解していた。
「いえ……おかしくは、ありません。奥様がそれで安心できるのであれば致し方……い、いや、しかし! もし万が一奥様があの男と結婚でもしてしまったら、ショーン坊ちゃんが悲しみます!」
「赤ん坊は誰が父親になろうと気にしないわよ。もちろん、まともな男だったらの話だけど。彼女はそんなに男を見る目がないの?」
自分の幼い息子を探している、という話も、彼女が二度目にこの農園を訪れたときに聞かされていた。その時は彼女一人で、かのアメリカ軍の最終兵器、パワーアーマーを装備していて、ホワイトの命とも言える水源を荒らしていたスーパーミュータントを颯爽と殲滅して戻ってきたところだった。
ホワイトの問いに、ハンディーは排気孔から蒸気を吹き出した。
「いいえ、決して! 奥様は一点の曇りもない鋭い観察眼と判断力をお持ちです。一昨日はアルコールの過剰摂取で一時的にそれらの能力が低下していたのです。アルコールが抜ければ元の奥様に戻ります」
「じゃあ、何も心配することないじゃない。まともに戻った彼女がその男と交際しようと結婚しようと、あなたが怒ることじゃないでしょう」
ハンディーは蒸気をまき散らすのとアームを苛々と動かすのを止め、急に静かになった。ホワイトは、これ幸いと思い、プランターの剪定作業に本格的に集中し始めた。彼女の三つ目の一つは念のため、彼女にボディの背部を向けて、ふらふらと温室の外へ向かうハンディーの姿を追った。
「ええ、そうです。その通りです、ミス・ホワイト。私はいったい何に怒っていたのでしょう。どうして怒る権利があると思ったのでしょう。ハハハ。ハハハハハ……」
気の抜けたような笑い声を上げながら、古ぼけたハンディーは温室の傍らに広がるマットフルーツ園の外周をぐるりと回って見えなくなった。間もなく、マットフルーツ園の向こう側にいる管理者グリーンの陽気な大声が聞こえてきた。
「おや、ミスター・コズワース! ホワイトとのご歓談はお済みで? え? ここでしばらく働きたい? ええ、大歓迎ですよ~! 私どもの農場は慢性的な人手不足ですからね。どんな仕事をお望みですか? あなたでしたらサンクチュアリとの連絡係がぴったり……え、やりたくない? はあ、了解しました! それでは、あちらの休耕地の整備をお願いします~!」
傷だらけの銀色のボディが、すいっと農園の外れへ向かっていくのが見えた。
コズワースはなぜ、主人が少し羽目を外した程度で激怒し、彼女を放り出してこんなところまでやってきて、ホワイトに認識の誤りを正されてなおここに居座ろうとしているのか。ホワイトには、自分と同程度かそれ以上の高い知能を与えられ、いかなる状況の変化にもそつなく対応できるであろう彼のそんな言動が、どうにも理解しがたかった。
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コズワースが農園にやってきてから数日後の昼過ぎ。ホワイトの赤外線センサは、二体の生物がグレイガーデンに接近しつつあるのを検知した。一体はワイルド・モングレルくらい、もう一体は人間くらいの大きさだ。二つの熱の塊の間隔から考えると、各々で行動しているのではなく、連れ立っているものと推測された。
ホワイトと同等の能力を持つグリーンもその接近を検知し、農園の周りに張り巡らされた電流の流れるフェンスの際にふわふわと飛んでいった。やがて、二体の生物の姿が視認できるようになった。それはヴォルト・スーツを着た女と、今時珍しいジャーマンシェパードだった。
「おやおや、ご無沙汰しております、将軍! そちらのワンちゃんにはお初にお目にかかります。ドッグミートちゃんですか。ははあ、勇ましいお名前ですね~! さ、どうぞ、お入りくださいませ~」
どことなくズレたお世辞を言いながら、グリーンは有刺鉄線の電流のスイッチを切り、フェンスの中ほどの扉を開けた。ドッグミートが先んじて敷地内に入ってきて、尻尾を振りながら一生懸命鼻をひくつかせていたが、後からやってきた将軍の足元に駆け寄り、くーんと心細そうに鳴いた。将軍はしゃがんでドッグミートと目の高さを合わせ、健康的な黒茶色の毛が生え揃いつやつやしている頭を撫でた。
「そう。これ以上は無理なのね。大丈夫よ、ありがとう、ドッグミート」
彼女は立ち上がり、グリーンに向き直った。わざわざ高精度カメラに切り替えなくても、ホワイトには彼女がかなり憔悴していると判断できた。
「グリーン。コズワースはここに来てない? 何日か前にいなくなっちゃったの」
グリーンはくるりとボディを回転させた。
「ええ、いらっしゃってますよ~! 今はあちらのニンジン畑の収穫を……あれれ?」
グリーンがハサミで示した先にいたのは別の個体だけだった。ホワイトは、将軍が有刺鉄線の外に姿を現した瞬間、コズワースがマットフルーツ園の中へ逃げるように移動するのを目撃していた。
将軍は、グリーンの最初の一言にぱっと顔を輝かせ、ニンジン畑の個体に目を凝らし、即座に表情を曇らせた。
「あの子はコズワースじゃない。コズワースはどこ?」
「おや~、おかしいなあ。つい先ほどまであちらにいらしたんですよ。おやおや~?」
グリーンはコズワースを探すために、見当違いの方向へ呑気に飛んでいった。将軍はマットフルーツ園に思い詰めた表情で歩み寄った。そこでは数体のハンディーが黙々と枝葉を剪定していた。コズワースはその中に、さもグレイガーデンで働く標準的なハンディーであるかのような素振りで紛れていた。
将軍は早足でマットフルーツの間を歩き、ハンディーを一体一体注意深く眺めていった。コズワースに目を留めた瞬間、彼女の全身に緊張が走った。
「コズワース」
コズワースは、ホワイトがぎりぎり認識できる程度の短い間、動作を停止し、すぐに何事もなかったかのように再開した。恐らく将軍にはなんの反応もなかったように見えただろう。
「あなた、コズワースでしょう。あなたのどこにどんな傷がついてるか、わたし、一つ残らず覚えてるのよ。ねえ、無視しないで。こっちを向いて、コズワース」
長時間にわたって適切な水分を取らなかったものと予想される乾いた声が、うねって、かすれた。将軍の目に涙が浮かんでいた。コズワースは、今度は誰が見てもそれと分かるくらい明らかに動きを止めた。彼はのろのろと振り返った。
「奥様」
「コズワース! 良かった……!」
将軍がコズワースに抱きついた。コズワースのボディも三つ目もアームも何もかもが、凍りついたように固まった。彼の噴射装置から噴き出している炎だけが刻々と形を変えていた。
二分と少しの間、彼らはずっとそうしていた。将軍がコズワースを抱擁から解放すると、彼は離れるのを躊躇うように彼女にボディを寄せたが、それはやはりホワイトが認識できるかできないか程度の間のことだった。
「コズワース。どうして勝手に出ていったの? わたし、心配で、本当に心配で……ここ何日か飲まず食わずであなたを捜してたのよ」
コズワースはおどおどと三つ目を動かした。
「奥様。私、ついカッとなってしまって、何も考えられなかったのです。申し訳ございません。奥様、ああ、おやつれになって」
コズワースが伸ばしたアームを将軍はひょいと掴んで自分の方に引き寄せた。
「あ、奥様、何をなさるんです」
「カッとなったって、どうして? わたしが何か悪いことをしたってこと? 身に覚えがないの。もっと具体的に言って」
コズワースは、ぎゅるぎゅるとあからさまな音を立てて三つ目のシャッターを拡げた。排気孔から蒸気を吹き出し、アームを掴む将軍の腕を振りほどいた。
「あの男です。貴女は私の目の前であの若い男とキスしたでしょう。私は……っ、貴女が旦那様とショーン坊ちゃんに対して不誠実だと思ったのです!」
ホワイトに完全に論破されたはずの理屈を、彼はなぜか繰り返した。将軍は一瞬、何を言っているのか分からないとでも言いたげに眉をしかめた。それから、はっと口に手を当てた。
「あれは、その。ただのはずみだったんだけど……」
コズワースはボディを不機嫌そうに浮かび上がらせた。
「ええ、分かっております、分かっておりますとも。あれは泥酔して判断力を失われた末の事故。奥様は大切なご家族を裏切られる方ではない。旦那様以外の方にお心を預けることは有り得ない。そうですよね?」
将軍は、彼のとげとげしい言葉を受け止めるにつれ、口に当てていた手を鎖骨のあたりまで降ろし、ヴォルト・スーツに爪を立てた。頬が紅潮して、唇の端が強張っていた。
「コズワース。それは違う」
コズワースのボディの中から、ヒステリーに陥ったような電子音が響いた。ミスター・ハンディーのボディの中から聞こえる電子音は彼らの本来の言葉、人間が理解できる形に翻訳する前の言わばミスター・ハンディー語とでも呼ぶべき代物で、コズワースが今発しているものは、ホワイトの分析によると絶望と深い怒りを意味していた。
将軍はかすかな恐怖の色をやつれた顔に浮かべたが、後ずさることはなく、むしろ若干前のめりになってコズワースの目の一つを覗き込んだ。
「わたしは今でもネイトとショーンを愛してる。あの二人の代わりはどこにもいない。でも、わたしはもう前に進みたいと思ってる。わたしの気持ちを、あなたに認めてもらいたい。受け入れなくていい、いくらでも罵ってくれていい、なんだったら縁を切ってくれてもいいから。ただ、認めてもらいたいの」
コズワースのヒステリーじみた電子音は、途切れ途切れになっていき、しばらくして消えた。コズワースはボディの高度を下げ、三つ目も引っ込み気味にして、将軍を下から見上げた。彼のスピーカーから流れ出した声はひどく落ち込んでいた。
「奥様。承知しました。重ね重ね、無礼を働きまして申し訳ございませんでした。私は貴女のお気持ちを尊重します。罵るとか、縁を切るだなんて、そんなことは致しませんよ、ええ、決して! 貴女が幸せになれると確信しているなら、あの男を、私は……、貴女の伴侶として認めます」
最後の方は涙声が絡んで、集音マイクの精度を最大限まで上げても温室越しのホワイトにはかなり聞き取りづらかった。
将軍はほっと息を吐いて、微笑んだ。安心したような、それでいて少し困ったような笑顔だった。
「ありがとう。でも、今のはわたしの伝え方がすごく下手だったんだけど、彼とキスしたのは本当に事故だったのよ。彼のことはなんとも思ってないの。その、そうじゃなくてね、コズワース。わたしは……」
彼女がコズワースのボディに唇を寄せて囁いた一言は、さしものホワイトにも聞き取ることができなかった。
その直後、コズワースが、故障でもしたかと思うような勢いでぷしゅーと蒸気を吹き、噴射装置の誤作動を起こして背後のマットフルーツの茂みに突っ込んだ。噴射装置の炎がマットフルーツに燃え移った。炎はマットフルーツからマットフルーツへと飛び火し、マットフルーツ園全体が炎に包まれた。作業していたハンディーたちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「将軍~! ミスター・コズワースは、って、え、何が起きているんですか、これ!?」
農園の端から端まで探し回っていたグリーンがようやく戻ってきて、素っ頓狂な声を上げた。将軍は、かろうじて噴射装置は復活した様子のコズワースのアームを引いて、炎のただ中から脱出してきた。
「グリーン! どうしよう、コズワースが壊れちゃった……!」
将軍は小さな子供のように泣きじゃくっていた。コズワースはそんな将軍に寄り添い、甲高い電子音を発していた。温室から飛び出したホワイトは、その電子音の半分ほどは、あけっぴろげな喜びを表していると既に理解していた。それ以外の意味は、よく分からない。分からないが、今までのコズワースの不可解な言動と繋がっているような気がした。
「ええっと~、とりあえず壊れてはいないと思うので、消火活動を優先しま~す!」
同じく喜びの意味だけは読み取ったグリーンは無慈悲にもそう宣言して、逃げ回っているハンディーたちと、ついでにドッグミートを呼び寄せ、点呼を取り、全員が無事であることを確認すると、てきぱきと指示を出し始めた。
「ホワイト。本当に大丈夫なの?」
将軍が、グリーンの代わりに彼らの傍に浮かんだホワイトに縋るような目を向けた。ホワイトは彼女を安心させるために穏やかに言った。
「ええ。大丈夫よ。そのうちあなたにも分かる言葉で話すようになるわ。彼、とっても嬉しいのよ、あなたと一緒にいられるのが」
将軍の不安そうな表情は払拭できなかったが、彼女の頬に赤みが差した。それは、彼らの眼前で燃え上がる炎の光を反射しているわけではなさそうだった。
-了-