「プロデューサー……またこんなところで寝てる……」
学校が終わり、いつものように事務所に足を運んだ私を出迎えたのは机に突っ伏して眠っているプロデューサーでだった。起きていないので出迎えるというのは正しくない表現かもしれないけど、私たちのためにいつも身を粉にして仕事をしてくれているプロデューサーやはづきさんの居眠りにはみんな案外寛容だったりする。
「風邪ひきますよ。まだ寒い日が続くんですから」
今年の2月は暖かい日が多かったけど、3月になってからはまた冷え込む日が増え始めた。暦の上では春でも、気候はまだまだ冬なのだから、薄着でいると体調不良の原因になってしまう。私はソファに置いてあった毛布(たぶん摩美々さんがだらけてる時に使ってるものだとは思うけど)を眠っているプロデューサーさんに起こさないようにそっとかける。そしてプロデューサーがいつ起きてもいいように給湯室のお湯も準備。寝覚めに飲むコーヒー、紅茶、白湯は身体を暖めてくれるので、普通に飲む時よりも数倍は効いてくれると思う。
「……もう、書類に涎が垂れちゃいますよ」
プロデューサーの口から垂れた涎が仕事の書類に垂れないようにそっと未使用のタオルを添えようとすると、私の手がパソコンのマウスに触れ、スリープ状態になっていたパソコンのディスプレイが起動する。画面に映し出されたのは書きかけのWordファイル。恐らく仕事の資料をまとめていたんだろうな、と思って軽率に覗き込んだ私は思わずえっ、と声を出してしまいました。
『風野 灯織生誕祭2021 計画案』
そう題字が書かれたファイルには今後控えている私の誕生日に行うイベントの概要がこれでもかとまとめられていた。人気のアイドルや声優さん、漫画やアニメのキャラクターが誕生日を迎えた時にSNSでは○○生誕祭といったハッシュタグがトレンド入りすることがあるけれど、まさかその対象に自分がなるとは思っていなかった。それはイルミネーションスターズの一員としてそれなりに名前が売れてきた証といえば証なのだけど。
「プロデューサー……極秘ってわざわざ赤字で書いてるのに、その私に見られてどうするんですか」
プロデューサーからしてみれば、私に内緒で真乃やめぐるあたりを抱きこんでサプライズを仕掛けようということだったのだろう。でも事前にわかっているサプライズほどつまらないものはない。バラエティ番組の収録で事前にドッキリを仕掛けることを知らせた上で出演者にリアクションを求めるなんて企画は見たことあるけれど。
「えーと……灯織が事務所にいたら後ろから真乃に目隠しをさせてめぐるにだーれだ、って言わせる……使い古された手口ですね。いくら私がドッキリでのリアクションが面白そうだからってそんな手には乗りませんよ」
「んー……灯織……?」
「お疲れ様です、プロデューサー。寝覚めにコーヒーでもいかがですか?」
「じゃあ貰おうかな……」
私はパソコンの画面を見てないフリをして給湯室に向かう。これで私の反応が面白い、ということでよくちょっかいを出してくる摩美々さんたちの鼻を明かすことができるはず。
そして私の誕生日当日、事務所に来ていた私にプロデューサーがソファに座って真乃とめぐるの合流を待つように指示を出す。これがドッキリの合図なのだろうけど、私が真相を知ってるなんてプロデューサーは思いもしないだろう。バラエティ的には不正解かもしれないけれど。
「だーれだっ!」
事務所のドアが開く音がし、ソファに座って仕事の資料を呼んでいる私の両目が手で覆われる。それと同時に聞こえるのは太陽のように明るいめぐるの声。でも声を出しているのはめぐるだけど、私の目を覆っているこの手の主は真乃!
「めぐると見せかけての……真乃!!」
得意気に振り返った私の思考は振り返った瞬間に硬直する。
「やっほー、お誕生日おめでとう灯織ちゃん」
「……ごめんなさい、櫻木さんじゃなくて」
そこにいたのは私に微笑みかける浅倉さんとどこか申し訳なさそうに謝る樋口さんだった。浅倉さんの手にはボイスレコーダーが握られていて、そこからは事前に録音しためぐるの声が延々と繰り返し流されていた。
「灯織ちゃん? おーい」
「やっぱり刺激が強すぎたみたい。全く、担当アイドルにこんなことして良心の呵責というものを感じないんですか? ミスター・人でなし」
「灯織、どうだ? びっくりしただろう」
「ま……」
「ま?」
「真乃……めぐる……」
「ほわっ、私、櫻木真乃だよ?」
「浅倉、悪ノリしない。全然似てないし」
その後、プロデューサーからあの企画書が書きかけで、真乃とめぐるに見せかけた浅倉さんと樋口さんにドッキリの仕掛け人をお願いするということ、そしてこの一部始終を283プロのアカウントで動画サイトにアップロードすることを伝えられた。
「……企画書を覗き見て得意気になっていた自分が恥ずかしいです。穴があったら入りたいくらいです」
「それはよその事務所の先輩アイドルのネタとかぶるからやめておけ。何、これだけじゃ終わらないから」
「ま、まだ何か仕掛けてるんですか!? もうこれ以上は!」
「みんないいぞー!」
すっかり疑心暗鬼になっていた私を尻目に、プロデューサーの合図とともに入ってきたのは真乃とめぐるをはじめとした283プロのみんなだった。みんなは手に持っている紙を開くと、一斉に合唱を始める。
「ハッピーバースデー、トゥーユー♪ ハッピーバースデー、トゥーユー♪ ハッピーバースデー、ディア灯織ー♪」
まさかこれだけのために皆さんのスケジュールを合わせたということなのだろうか。アイドルになってからはアイドルになる前と比べて多くのプレゼントを貰ってきたけれど、まず間違いなく言えることがある。
「プロデューサー、私なんかのためにありがとうございます。これからも、私のことをよろしくお願いします」
今年の誕生日は、これまでで一番楽しいものだったと。