283プロ短編集   作:Garbage

8 / 16
上を向いて歩こう

 

 

 

 

 

 私が生まれるよりもずっと前に歌われ、世界中に知れ渡った歌がある。その歌を歌った方は不慮の事故で若くして亡くなってしまっているため、その歌声を生で聞くことはもうできないことなのだけれど、その歌は今でもなお「世界で一番売れた日本の歌」として日本の音楽史に、人々の心に残っている。

 ああ、なんで私が今その歌のことを考えているかというと、恋鐘がこの時期に合う料理を作りたいからアイデアが欲しい、と寮のみんなに尋ねたことから始まる。どうせなら皆で食べる料理がいいと私が提案し、じゃあ鍋にするかと樹里が繋げる。そして数多ある鍋料理から千雪があるメニューを提案したことで、その鍋料理を作ろうという話になったんだ。

 すっかり寒くなり、冬ならではの日常が訪れる今は最も鍋料理が有難がられる時期だ。全会一致でその鍋料理でパーティーをしようという結論に至り、私にも何か手伝えることはないか、とその鍋料理について調べてみたところ、なんと今私の頭の中で流れている歌は外国ではその鍋料理の名前で通っているらしい。その曲名がどういう意味で付けられたのかは定かではないけれど、日本を代表する歌に日本を代表する鍋料理の名前がつけられるというのは中々因果めいたものを感じさせる。

 

「恋鐘は地方ロケで長崎、樹里と凛世は放クラのメンバーと夏葉の家でパジャマパーティー、千雪はオフを利用して甜花甘奈と温泉旅行か。みんなが楽しんでくれているといいけれど」

 

 一見華やかに見えるアイドルの世界だけど、その実情は決して甘いものではない。夜空を彩る星々のように輝けるアイドルは選ばれたほんの一握りだけであり、光り輝けずにいるアイドルはもちろん、光を失って消えていくアイドルも少なくない。現にアンティーカやこの白瀬 咲耶といった存在のために輝けずにいるアイドルもいるだろうし、自分の夢の終わりを思い知らされ、涙する子たちを目にしたこともあった。だからこそ私たちアイドルは忙しければ忙しいほどありがたいことなのかもしれない。

 

「ふふっ……懐かしいな、一人での夕食は」

 

 私には母親がおらず、父が男手一人で私を育ててくれた。そのため帰りが遅い日も多く、いわゆる鍵っ子だった私は幼い頃から家事をこなさなければならなかった。さすがに定食屋の娘である恋鐘には及ばないまでも、それなりに料理の腕には自信がある。人に出すわけでもないため、そこまで気を遣わずに作れる料理は私一人の腹を膨らませるには十分なものだった。昔のように父の帰りを今か今かと待ちわびては作った料理を冷たくすることはない。それでも思ってしまうんだ。寮の食堂で一人静かに食べる食事の味気無さというものを。

 

「上を向いて歩こう―――」

 

 私は一人で作り、一人で食べるための夕食を平らげると、リビングのソファにもたれかかっては天を仰いだ。一人でいる時、空気が乾燥してより静かになった冬の夜。この歌のサビの部分を思い出す。この印象的なフレーズの後に続く言葉を聞いてはじめてこの歌の主人公が「上を向いて歩こう」とするかがわかるからだ。一人ぼっちの私は上を向く。上を向いている間だけ、私はファンの皆が、人々が望む理想の「白瀬咲耶」でいれるからだ。上を向いていれば、王子様と呼ばれる私の王子様らしくないところを曝け出さずに済むのだから。

 

「こんばんは~、おじゃまするね~」

 

 私一人のはずの寮に見知った声が響き渡ったのはそんな時だった。結んだ黒髪に蒼い瞳。眼鏡をかけた小柄な彼女の姿がそこに現れたからだ。

 

「ゆ、結華!?」

「やっほー、さくやん。やっぱり一人で寂しそうにしてたね。じゅりちーの言う通りだよ」

「じゅりちー……樹里から何か聞いていたのかい?」

「いやね。今日寮はさくやん一人だからさ、寂しがってるからもし用が無かったら傍にいてやってくれないか、ってじゅりちーから言われたんだよ。さすがじゅりちーだね。あの子が女の子人気高いのがよくわかるね」

 

 樹里……一学年下とは思えないね、全く。

 

「あれ~……なんで三峰もいるの~?」

「まみみんじゃん!? どうしたのさこんなところで!」

 

 私と結華が話しているとちょっと不満げに摩美々が入ってくる。摩美々らしいパンキッシュな柄のエコバッグからは事前に買ってきたのか野菜のようなものが見え隠れしている。

 

「凛世に言われてたんだよね~……今日咲耶が一人ぼっちだって」

「ありゃ、まみみんも?」

「別に、チームまりあの付き合いで来ただけなんで~……」

 

 樹里が結華に頼んでいたとするなら、同じ放クラメンバーの凛世も便宜を図ってくれるのは想像できる。しかし、その凛世の頼みに応えて摩美々が動いてくれるとはね。

 

「咲耶一人だと咲耶が寂しがって泣いちゃうけど……三峰がいるなら大丈夫ですね~、じゃあまみみは帰りま~す」

「ちょっ、ここまで来て帰っちゃうのまみみん!?」

「まみみも暇じゃないんで~」

「摩美々ちゃん……?」

 

 摩美々は一人ぼっちの私の傍にいてくれるのは自分だけと思っていたのだろう。結華に任せて帰ろうとした瞬間、入ってきた霧子と鉢合わせになる。前門の虎後門の狼ならぬ前門の結華後門の霧子の阻まれる形となった摩美々はすごすごと部屋に戻ってくる。

 

「うげー、霧子まで来ちゃったのー?」

「うん、来ちゃった……恋鐘ちゃんと千雪さんから咲耶さんが一人って聞いて……あの、お魚さん買ってきたから……」

 

 やれやれ、寮のみんなは私を何だと思っているのか。幼い時ならともかく、今の私は18歳。高校卒業の年だし、選挙権だって持っているのだからお酒が飲めないことを除けばほとんど大人のようなものだというのに。でも、大人になったからこそみんなが私に気を遣ってくれているということもわかるんだ。

 

「ふふっ……」

「咲耶さん、どうしたの?」

「いや、今夜は上を向いて歩く必要は無さそうだな、と思ってね」

 

 上を向いて歩こう、涙がこぼれないように。皆が一緒ならこぼれる涙などない。私は前を向いて歩いていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。