逃走せよ、果ての果てまで   作:影ノ月

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さようなら、我が愛しき平穏よ

キーンコーンカーンコーン

 

いつものチャイムが、授業の終わりを告げる。

陽キャ共は、いつも訳分からん事を喋っているが、

その男はいつも通り、机の中からラノベを出して

教室の隅で大人しくしていた。

 

「なーんだ?まーた陰キャ極めてんのか?」

そう声をかけてきたのは、クラスの陽キャ筆頭兼、

彼の幼馴染の『滋賀 健人(しが けんと)』だ。

「お前いつも本読んでるけど飽きないの?」

「飽きない」

彼は、ノータイムで返答してやった。

「健人君、カンナ君は本読みたいんだから話しかけないの」

クラス委員兼、これまた幼馴染の『南雲 華(なぐも はな)』

が健人に注意する。

あぁ、カンナというのは彼の名前なのだが、まだ説明していなかったか。

彼名前は、『龍崎 カンナ (りゅうざき かんな)』

未来永劫、終わることの無い厨二病にして、

百合の間に挟まる男を絶対許さない男であり、

とあるバンドグループのファンだ。

「だってよー、こいつ構ってやんねーとずっとぼっちだぜ?」

「俺たちはもう高校3年だ。遊んでる暇なんてないだろ」

「手に持ってるのが参考書とかなら説得力あったんだけどねぇ…」

健人とカンナの会話に華が的確にツッコミを入れる。

これがいつものカンナたちの会話だ。

 

キーンコーンカーンコーン

 

再びチャイムがなる。

今度は始まりの。

それを聞き、健人と華は席へと戻る。

だがその際に、

「今日ってあの日だろ?」

「放課後一緒に行こーな」

健人がカンナの耳元で囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

 

毎度おなじみのチャイムが、今日の授業の終わりを告げた。

カンナは誰とも話さない。

ただ静かに支度をして、校舎を出て正門を後にする。

自転車に乗り家に帰り、すぐに着替えまたすぐ家を出る。

準備は昨日のうちに全て終わらせてある。

そして、待ち合わせの場所に着くと

「よ、遅かったな」

健人がいた。

「お前の方が家近いんだから、早いのは当たり前だろ」

「まぁまぁ怒りなさんな。さ、行こう行こう!」

実は、健人は普段はクラスの中心の陽キャ。

その裏では、カンナと共にオタを謳歌する陰の民。

健人をそちらに引きずり込んだ犯人は、カンナであるのだが…。

 

 

 

某所 某サークル

 

 

「ハッピー!ラッキー!スマイル!イェーイ!」

 

『ワァー!!!』

 

つまるところカンナと健人はバンドグループ

『ハローハッピーワールド』通称『ハロハピ』のファンなのである。

カンナが、学校の休み時間中にファンアートなどを見てたら、健人がバカにしてきたので無理やり連れてきてこちら側に引きずり込んだのだ。

 

「いやぁー、やっぱいいっすねぇ…」

ライブが終わり、アイスコーヒーを飲みながら健人がしみじみと声を出す。

「お前…その発言は完全にオタのそれだぞ」

「いや実際オタじゃん?」

「『うわぁー、やっぱお前そんなの好きなん?オタクくんはやっぱ違いますわーwww』って言ってきた陽キャ君はどこのどなたでしたか」

「その件に関しては本当に申し訳ない」

「オタであることを公言しないでいてくれる龍崎さんには頭上がんないっすわ」

「明日にでもバラしてやろうか?」

「マジでやめて?」

「この会話何回目?」

「さぁ?俺がライブに来た回数とイコールじゃね?」

そんなもう何回目かも忘れたありきたりな会話をしていた。

 

 

「さってと、そろそろ帰りますか」

アイスコーヒーを飲み終えた健人が立ち、伸びをしながら言ってくる。

「宿題もあるし、話は帰りながらでもできるでしょ」

 

 

 

お互いに自転車を押し歩きながら、会話を続ける。

「そういえば、さ」

「ん?」

「カンナは誰が好きなの?」

「あぁ、もちろん推しって意味だぞ?」

「わかっとるわそんなん」

「そういえばお互いに、それについては話してなかったか 」

「そうそうだから気になってさ」

「ちなみに俺は、はぐみな」

「…理由を聞いても?」

「んー、あげたら切りないけど大丈夫?」

「なんかひとつ」

「元気なところ?」

「あーね」

「で、おまえは?」

「あ、信号青だあれ渡ろうぜ」

「あちょ、逃げんな!」

「って今気づいたけど前のやつら…」

たわえもない会話から一転、唖然とした表情で健人は前を指さす。

「ん?あ、え?は?いや、ちょ…ハロハピの皆様方ですやん」

「訂正あの信号は見過ごそう」

「あぁ、あれの横を通り抜ける勇気はない」

「それでも陽キャかよ」

「今は陰ですー」

「おい待て、カンナあの軽トラ」

「ん?」

「あの速度おかし あ、ちょ、カンナ!」

健人が言い終わるよりも早くカンナの体は動いてた。

弦巻こころを先頭に、信号を渡ろうとする5人。

そこに迫る減速しない軽トラック。

わかっている、普通に走ったら間に合わない。

なら、普通じゃない走り方。

脱力。

己の肉体全ての脱力。

体の筋肉その繊維一本一本が緩み、解けるほどに脱力する。

イメージは液体。

全身の力が抜け、体が前に倒れる。

顔面が地面に付かんとするその瞬間!

最柔から、最堅へ!

ビキッ

無理な力の入れ方をしたせいで肉体が悲鳴をあげる。

だが、それと引き換えに、最高の初速を手にする。

極端な前傾姿勢での走りのせいで転びそうになるも、どうにか耐えながら加速していく。

この走りは長くは持たない。

急に曲がったりもできない。

直線の極短距離でのみ使用可能な走行。

とある漫画のキャラが、人ならざるものから盗んだ最高の初速を手にする走り方。

Gダッシュ

それがこれの名前だ。

「間に合え…!」

 

「んー?は!やっば!」

居眠りしていた運転手が目を覚まし、急ブレーキをかける。

が、それでは間に合わない。

「こころ危ない!」

危険に気づいた美咲が声を上げる。

が、それでは意味が無い。

「え?」

美咲の声を聞いたこころが自らの危険を察知する。

だが、それだけで動けない。

「…!」

こころの取り巻きの黒い服の皆が一気に駆け出す。

だが、もう遅い。

 

何もかもが手遅れすぎた。

そして、軽トラックと弦巻こころが衝突する。

 

 

その僅かに前

誰よりも早くそれに気づき、誰よりも早く動き、誰よりも速いその男が奇跡的に間に合った。

 

(すげぇこれか…1秒が何秒にも何分にも感じるってのは)

弦巻こころの手を道路の元いた方向、他の4人の待つ方へ投げるように引っ張る。

しかし、その反動でカンナの身体は軽トラックの正面に投げられる。

(どうにかなった…が、流石に俺が逃げる時間はねーか)

 

ドン!

 

軽トラックと龍崎カンナが衝突し、鈍い音が響く。

(不思議と痛くねぇ。だが意識は朦朧とするな…)

(だがまだだ、まだ意識は失うな。不格好でもせめて受け身を…)

 

「う…あ…」

「カンナ!」

衝突により吹っ飛んだカンナが、地面に叩きつけられる。

呻くカンナに、健人が誰よりも早く声をかけた。

「おい!大丈夫か!?」

「お…れは…いい」

「は?なにもいいわけねーだろ!」

「け…が…なかった…か?」

自分のことより弦巻こころの心配するカンナに、驚きと怒りを抱きながら、健人は振り返り、歩を進めた。

「無事か?」

「う、うん少し足を擦りむいただけ」

健人の問いに答えたのはこころではなく、奥沢美咲であった。

が、必要な答えは得た健人は、再びカンナの元へ駆け寄る。

「大丈夫だ。ちょっと足擦りむいてるけど無事だ」

「そ…か…。よか…た」

そういうとカンナはまるで、あやつり人形の糸が切れたように意識をなくした。

「は?おい!寝るな!カンナ!おい!」

意識を無くしたかんなに必死に呼びかける。

「お前らは何してんだよ!さっさと救急と警察呼べ!」

唖然として何も出来ていない5人+1人に、全力の怒りを込めて怒鳴る。

「おい運転手!お前は後続の車を止めてこい!」

感情のままに怒鳴り散らした健人は、やるべき事を順に思い出す。

「心音は…」

 

ト…ト…

 

「動いてる!生きてる!次呼吸!」

 

スー…スー

 

「呼吸もある!良かった…気絶しただけか…」

「見たところ出血もしてない。まじで良かった…」

 

 

 

ピーポーピーポー

 

ウーウー

 

「よし、来た!」

「こっちでーす!」

 

「とりあえず急いで!」

「話なら車の中でもできるでしょ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…うぁ…」

「知らない…天井…」

しばらく時間がたち、カンナ病院のベッドの上で目を覚ました。

「お!目ェ覚ましたか!」

聞き慣れた声、されど初めて聞くような声が聞こえた。

「親父…お袋も…」

「カンナが事故にあったって聞いて、もう気が気じゃなかったのよ」

「大丈夫だよ、俺はそう簡単には死なねーよ」

「あったりめえよ。俺の血ぃ引いてんだぞ!」

「ガタイのいいだけの、ただのリーマンが何言ってんすか」

「その減らず口が言えんなら、問題はなさそうだな」

そんな会話をしてると、不意に病室の扉が勢いよく開いた。

「カンナ!目ェ覚めたか!」

「病院ではお静かにお願いします」

相当走ってきたのか、ゼェゼェ息を切らしてる健人に対し、対極的に冷静な声でカンナは返した。

「まじで良かった…。俺昨日から何回言ってんだろ…」

「悪いな、心配させた」

「ホントだよ。さてと、目が覚めたなら連絡しねーとな」

「誰に連絡するんだ?華か?」

「奥沢美咲」

「は?」

「ん?どうした?」

「すまん、よく聞こえなかった。もう1回いいか?」

「誰に連絡するんだ?」

「ハロハピの奥沢美咲」

「あ?」

「なんだよ」

「詳しく…説明してください…俺は今冷静さをかこうとしている」

「起きたら連絡してくれって渡されたんだよ。この後ちゃんと消す約束だよ」

「…」

「何に怒ってんの…?」

「事故の前…お前の質問の答えだ」

「事故の前?何話してたっけ」

「確か推し、…あーなるほど」

「つまるところ…嫉妬?」

「お前退院したら覚悟しろよ?」

「なーに?今からお客様が来るの?」

カンナと健人の会話に、唐突にカンナの母親が割って入ってくる。

本来は居た方がいいのかもしれないが、今回は席を外してくれという、健人の願いを素直に聞き入れ、カンナの両親は退室することにした。

「あーそうそう、カンナ」

退室するその寸前、足を止めカンナに声をかける。

「なんだ?」

「捕まえんなら早めにしとけよ?ガハハハハ」

小指を立てて、それはもうニタァっとした笑顔でそう言った。

「うるせぇ!余計なお世話じゃ!とっとと出てけ!」

「ガハハハ!まぁおまえの性格じゃあ無理な話か!」

最後に大きなお世話を言い残して、カンナの両親は去っていった。

「お前の父親…結構賑やかな人だな」

健人が苦笑いで言った発言が、静かになった病室に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

トントン

カンナの両親が退出してからしばらくして、力なく扉を叩く音が病室にこだました。

「どうぞ」

カンナの言葉を合図に、ガラッと扉が開かれる。

「失礼します」

「ほらこころ行くよ」

開かれた扉から奥沢美咲と、彼女に手を繋がれて扉の影から弦巻こころが現れる。

「いらっしゃい、緊張しなくていいよ別に。怒られに来たわけじゃないんだから」

ベットに寝た状態のカンナが、ふたりに優しく声をかけた。

その声は聞こえているのか、いないのか。

おそらくは後者であろうが、美咲とこころ、特にこころの方に変化は見られない。

「いや本当に、怒ってないし怒る理由もないし、緊張しなくていいって」

本当に同一人物と疑ってしまうほど、普段の雰囲気と天と地ほどの差があるこころに、カンナは再度優しく声をかける。

その顔に笑顔はなく、部屋に入ってから1度も前を向かず床を直視し続け、美咲と手を繋いでいる。

一体いつからその状態なのか。

もし、事故の起きたその瞬間からなら…とカンナが思考を巡らせていると。

「…あの!」

急に顔を上げ、まるで悪さをしでかして怒られたあとの、今にも泣きそうな声でこころが必死な声を上げる。

「ごめんなさい!」

もう本当に今にでも泣くんじゃないかという声で、こころが頭を下げ謝罪を口にする。

「え?話聞いてた?怒ってないって。だって何も悪いことしてないじゃん」

「でも…、あたしの、せいで…こんな怪我…」

「あれは、どう考えても運転手が悪い。聞けば居眠り運転だろ?お前のせいじゃないから謝んなくていいよ。ほら顔上げて」

「でも…」

「世界中の人を笑顔にするんだろ?その大本の太陽がそんな辛そうな顔してどうする?」

今にも泣きそう…いや、泣き出してしまったこころに優しく、カンナは語りかける。

「怖かったよな、目の前で人が撥ねられたんだから」

「しかも、その撥ねられるのは、本来自分自身だったんだから」

「嫌なことがあると、思考まで嫌なことに埋められちまう」

「ずーっと考えてたんじゃないか?もっと周りを見てたら、車に気づけたんじゃないか、とか」

「酷い場合は、自分が撥ねられてればよかった、とか」

「…」

こころは声を出す代わりに、『ん』と頷く。

「今からすごい極端な話をするぞ」

「世界の男女比ってさ、男の方が多いんだよ」

「仮に男女全員が結婚しようとしても、男が余るんだよ」

「そう考えると、男一人ダメになるのと、女一人ダメになるのだと重さがちょっと変わってくるだろ?」

「それに…さ、お前は太陽。全ての人を笑顔にしたいんだろ?」

「それが可能不可能はさておき、お前は全力でやってんだろ?」

「俺はさ、ヒーローに憧れた。主人公に魅せられた。英雄と呼ばれる存在に惹かれたんだ。」

「今の今まで、そうなれるように努力してたんだ」

「だからさ、お前のことを助けられてたのって、俺の今までの努力が無駄じゃなかったってわかったんだ」

「ほら、そろそろ泣き止みなさいな」

「ほら、弦巻こころ。俺の顔を見ろ」

「…」

顔をゴシゴシ手で拭って、未だ涙目のこころがカンナの顔を直視する。

「ハッピーラッキー?」

「…ぁ」

突然カンナが発した言葉に、こころはハッとする。

「ほら、ハッピーラッキー?」

「スマイル…イェイ…」

「そんな顔で言って誰が笑顔になるんだ?」

「もう1回だ、ハッピーラッキー?」

「スマイル…イェイ!」

「ああ、そうだ!お前には誰よりも笑顔が良く似合う」

いつもの笑顔と声に戻ったこころに、カンナは笑顔で優しく頭を撫でた。

「ぁ…」

「あ、すまん。さすがに馴れ馴れしすぎた。正直無意識に撫でてた」

まるで飼い犬が、『お手』できたことを褒めるときのようにこころの頭を撫でてしまったことに、カンナはハッとしてすぐに手をどけた。

「…」

それほど嫌だったのか、カンナが手をどけた後もこころは撫でられた部分をさすっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、あたし達は帰りますね。お大事に」

「ああ、来てくれてありがとな」

それからしばらくして、こころと美咲は病室を後にした。

「なぁカンナ、お前って恋愛モノの作品って読んだりする?」

「?読まないけど…どうしてだ?あ、そういえばちゃんと連絡先消したか?」

「あぁ、お前らが話してる最中に奥沢さんの監視の下ちゃんと消しました」

「…じゃなくて、あのな、お前な無意識かもしれんが、恋愛モノ作品に代々受け継がれている伝統的テクをお前は使っていたんだ」

「は?」

「それも2つ!しかも同時に使うことにより、他のどんなテクをも超えると言われているものを、だ」

「な、なんだよ…それ」

「ナデポとニコポだ」

 

 

 

青年説明中

 

 

 

「あーなるほど、ハーレム系主人公とかが使う笑いかけたり、撫でたりすることで相手を落とす技ってことか」

「大体そういうことだ」

「…」

「…」

しばし病室に沈黙がおとずれる。

「なぁ」

その沈黙をカンナが破る。

「それって、顔あってこそだよな?」

「あ」

「俺の顔でそれやって成功すると思う?」

「それさ(イケメンに限る)の類のやつだろ?」

「あー確かにそうだわ」

「俺の顔でそれやってもアウトだよ」

「普通だったら通報もんだぜ?」

「まぁそうか、俺の考えすぎか」

「考えすぎ考えすぎ。こっちに来たばっかの時はよくあるんだよ。あれ?これ出来んじゃね?って」

こうして、健人のは杞憂であったと話がついた。

 

 

 

 

 

 

それから約1ヶ月半の月日が経ち、カンナは退院した。

事故の瞬間、幸いにも受け身が取れていて、大怪我に至らなかった。

打撲を数箇所おったものの、骨折は1箇所もおっていなかった。

事故の処理についても、両親が弁護士を通して全て終わらせておいてくれた。

入院の間に、あの軽トラックの運転手が1度謝りに来たが、それ以降は来ていない。

その詳細についても、カンナは家に帰ってから両親に聞くことにした。

「カァー、シャバの空気はちげーなー」

「カンナさん、お勤めご苦労様です!」

「乗ってくれんの親父だけだよ」

「ガハハハ、ゼッテーやってくると思ったからな!」

病院から出て、カンナを待っていたのは、両親と健人、華、それから何故かハロハピの5人もいた。

「なんで…いんの?」

「この前のライブの帰りに捕まって吐かされた」

カンナの問に、健人が挙手して答える。

その答えに、カンナは視線を健人から5人に移す。

「こころが、どうしても行きたいって言うから」

その視線にいち早く気づいた美咲が答えた。

その答えにカンナは、なるほど、と一言置いて

「それは分かるし、付き添いでこの前も来た奥沢さんがいんのも分かるけど、ほか3人は?」

「こころの恩人だろ?なら、お礼くらい言いたいじゃないか」

カンナの質問にさも当然かと言うように、瀬田薫は答えた。

「別にいいのに」

その後、5人それぞれに話をされ、カンナが対応におわれていると

「そろそろ、離してあげよ?カンナくん一応病み上がりなんだから」

華の発言に、5人はごめんの一言を残しカンナから離れた。

「?」

「じゃあ最後にこれを言ってお別れしましょ!」

離れる瞬間、一瞬こころの顔から笑顔が消え華を睨んだ気がしたが、その後すぐのこころの発言で、気のせいだったとカンナは片付けた。

「せーの」

「「「「「退院おめでとう」」」」」

「そういえば、言われてなかったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

退院し、帰宅したカンナは、ようやく帰ってこれたと、ゆっくりしてる暇はない。

残念ながらカンナは高校3年生。

1ヶ月半の月日を取り戻さなくてはならない。

真面目で優等生な華と、オタ趣味がバレた健人と毎日毎日、ハードな生活をしていた。

それはもう、ハロハピのライブなんて行ってる暇がないほどに。

 

 

 

 

 

 

 

「知らない…天井…嘘やん」

「え?マジでどこ?病院ですらねーじゃん」

ある日カンナは目を覚ますと、そこは知らない部屋であった。

しかも、何故かその両手は錠と鎖で繋がれている。

アレなんか俺やっちゃいました?とカンナが思考を巡らせていると、ガチャリと音が聞こえ、カンナは音の方へ顔を向ける。

どうやら、この部屋の扉が開いたようだ。

恐らくこの部屋に閉じ込めた犯人だろう。

そいつに話を聞こうとカンナは声を上げる。

…上げようとしたが、カンナの口からは

「は?」

と出ただけだった。

「おはよう!カンナ!」

「なんの…つもりだ…!弦巻こころ!」

開かれたドア、その先から姿を見せたのは弦巻こころだった。

寝起きドッキリにしては、あまりにも出来が悪い。

意味がわからない。

何度も記憶を遡る。

だが、今この状況に繋がる原因が全くわからない。

「答えろよ。今ならまだ出来の悪い寝起きドッキリってことで片付けられるぞ」

「退院したのにライブに1回も来てくれないんだもの」

「なんのつもりだ、何が理由だ」

「あたしずーっと待ってたのよ?なのに何回やってもどこを見てもカンナはいなかった」

カンナが何を聞いても、会話にならない。

こころは何を言ってるのか、何が起きているのか、起きたばかりのカンナには、まだ処理出来ないでいる。

「だからここにいて、カンナ」

「ここにいれば、何一つ不自由はさせないわ!」

「帰ってくれば、いつでもここにカンナがいる!」

「それだけであたしはずーっと笑顔でいられるもの!」

少しづつ覚醒し始める、思考でカンナは理解し始める。

要約すると、だ。

(退院しても、ライブに俺が来ない。だから、ここに閉じ込めた。俺がここにいればあいつは笑顔になれる)

(なるほど、よく分からん。あとさっきの発言的に、ここはあいつの家のどこかの一室ってとこか)

カンナは思考を巡らせる。

記憶の中から、ここに至るまでの情報を処理する。

だが、一向にわからない。

「すまねーが、何一つわからん」

「俺がライブに行かなかったことと、俺がここに閉じ込められてる理由が全く繋がりそうにねーんだわ」

「好きな人に見てもらいたいって思うのは変なことかしら?」

思わぬ返答に、一瞬カンナの思考は停止する。

だが、瞬時に再開し今のこころの発言に、再び思考を止められる。

『好きな人に見てもらいたい』

確かにこころはそう言った。

「いや、いやいやいやいや、んな馬鹿な」

「まてまて、仮に今のが俺の聞き間違いじゃなかったとして、なんで?」

なんで?

その一言にカンナが思ったこと全てがこもっていた。

なんで、こんなことをしたのか。

なんで、俺の事をそう思うのか。

なんで、そう思ってしまったのか。

なんで、なんで、なんで…。

しかし、こころは答えない。

ただ笑顔でそこに立っているだけだ。

記憶を遡る。

何度も何度も。

今新しく出た情報を加味して、さらに深く関連性のある記憶を探す。

『お前って恋愛モノの作品って読んだりする?』

「あ…」

ふと、健人の言葉が脳内で再生された。

もし、あの会話が答えなのだとしたら、

もし、あれが成功してしまっていたとしたら、

もし、それがこの状況の原因なのだとしたら。

「ただしイケメンに限るじゃなかったのかよ…」

カンナはただただ小さくそう言った。

「何言ってるのかしら!カンナはイケメンよ!この世界の誰よりもカッコイイわ!」

「んなアホな」

(もう、百歩譲ってそれが答えでいい。だが)

「こんなことしていいのか?うちの両親が気づかねーとでも?」

「お義父様とお義母様は了承済よ」

「なんて?」

「お話させてもらったらすぐにOK出してくれたわ」

「なぜ?」

「おい、しかも待て今お義父様とお義母様って言ったか?」

「えぇ言ったわ」

「意味わかってる?」

「ええもちろんよ!」

「日本の法律上男は18歳女は16歳からできるじゃない」

「いやしねーよ?」

「するわ!」

「絶対しないからね?」

「絶対にするわ!」

もう疲れた。

カンナの脳はもう完全に覚醒しているが、幾度となくその思考を停止させられ続けている。

今、するしないの繰り返しをしているが、カンナはもう理解することを諦めかけている。

「既成事実って知ってるかしら?」

「ハァ!?」

こころが相も変わらず笑顔のまま言ってくるこころに、カンナの思考は強制的に再開した。

(既成事実…って言ったか?いやいやいやいや、ダメでしょ!)

そしてふとカンナがこころの方を見ると、

彼女は服を脱ぎ始めていた。

「脱ぐな!」

「脱がないと出来ないじゃない」

「あ、それともカンナはそういうのが好きなの?」

「ちゃうわ!」

そんなことを行ってる間にもこころは次々に脱いでいく。

両手を繋がれているせいで顔を背けることは可能でも身体は正面に向いてしまう。

そして、男として仕方ない話ではあるが、こんな状況でも大きくなる『それ』にカンナは少々苛立ちを覚えた。

そうこうしているうちに、とうとうこころは下着のみの状態になってしまった。

「初めてだけど安心して予習はしてきたから!」

その発言を聞いてカンナは決心した。

諦める?

とんでもない。

体の力をただ一点に集中する。

右腕のみに力を集める。

(こころ、そこまで思ってくれるのは正直嬉しいが、悪いな)

(俺の童貞は、そう安くねーよ!)

貯めるに貯めた力を一気に解き放つ。

右腕を本気で振る。

 

ガシャン!

 

鎖と錠が大きな音を立てる。

「やめて、カンナの手が傷んじゃうわ」

だがカンナは辞めない。

 

ガシャン!

 

再び鎖と錠が大きな音を立てる。

「やめて!」

鈍い痛みが脳を刺激する。

たが、カンナは止まらない。

三度カンナは腕を振る。

そして

 

 

ガシャン!

ジャラジャラ…

 

ついに鎖がちぎれた。

 

「うそ…」

それを見たこころが引き気味に声を出す。

「でも、やっぱりすごい!さすがカンナだわ!」

だが、すぐにさっきまでの調子に戻ってしまった。

だが、カンナには関係ない。

右手が自由になった分、今度はさらに強く振る。

身体を少しねじり、こころに背を向ける体制になる。

そして、反動をつけ先程よりも更に強く、更に速く腕を振る。

 

 

ガッシャーン!!

 

 

一撃でちぎれた鎖にこころは驚く。

しかし、こころは

「すごいわ!でも大変、血が出てるわ!早く手当しないと!」

だが、カンナはその言葉を無視して走り出す。

ドアの前に設置されていた机の上に置いてあった鍵を取り、カンナは部屋を後にした。

 

 

「絶対に逃がさないわ」

 

 

カンナは走りながら鍵を使う。

カンナの考えが正しければ、これが錠を外すための鍵である。

カチャ

音を立て、右手に付いていたものが床に落ちる。

カンナの考えは正しかったのだ。

そのまま、鍵を左手のものにも差し込む。

カチャ

右手のもの同様、音と共にそれは床に落ちた。

「…ッ」

鈍い痛みが脳を刺す。

無理やりやったせいで、やはり怪我をしたようだ。

血が滴る。

 

廊下の先に、上りの階段を見つける。

下りの階段はない。

廊下に窓がひとつもなかったことから、ここは地下なんだと確信する。

果たしてここが地下何階なのかはわからない。

とにかく登る。そして登った階で、窓を見つけた。

地面が見える。

窓から身を出し脱出する。

しかし、黒服の者たちはカンナを逃がしてくれない。

「邪魔じゃボケェ!」

大声を出し威嚇を試みるが、特に効果はなく、むしろ相手の気を引き締めることになり、悪手であったことを理解する。

血の滲む両腕、まともに戦闘できるはずもなく、

(10…いや15か)

(やってやる!)

カンナは構わずに突っ込む。

だが、戦う訳でわない。

必要以上の攻撃はしない。

ただ逃げるための手段を取り続ける。

ある時は足を引っかけ転ばせて、

またある時は両手の血を活かして目潰しを。

そうこうして、どうにか黒服の包囲を超え弦巻こころの屋敷から脱出に成功した。

カンナは走る。逃げるために。

 

 

こうして、カンナの今までの日常は消えうせ、

交通事故を助けた相手から逃げるという、

奇妙な逃走劇が幕を開けた。

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