「ここが正真正銘『最終決戦(LAST DANCE)』だ」
その男は、強い雨の降る暗い世界でそう言い放った。
ただ独り、体力も精神もとうに限界を迎えた男が立ちはだかる。
だが、その目は鋭く、獲物を狩る獣が如く、目の前の少女を見据える。
今の彼と昨日までの彼は、もはや別人と言っても過言ではない。
彼はついに、自分自身を繋ぎ止めていた鎖を破壊した。
「さぁ、来いよ」
「死にたくないならとっとと帰れ、追いやしねーよ」
そう警告し男は一歩、目の前の少女に近づく。
一歩、ただそれだけで、その場の空気が沈む。
「!」
それを敏感に察知してか、少女の前に黒服を着た者たちが立ち塞がる。
「前に立つってことは、戦闘の意と捉えて問題ないな?」
ゴロゴロ
ビカァ
空が光る。
それを合図に、遂に戦闘が開幕する。
「遅いな」
掴みかかろうとした黒服の男をひらりとかわし、カウンターの蹴りが一線。
鈍い音と共に男は吹っ飛び、その場でうずくまり動かなくなる。
それを一切意に介さず、男、龍崎カンナは歩を進める。
黒服の者たちは、何度も止めようと、捕らえようと、カンナに迫る。
だがその全ては、無意味に終わる。
黒服の者たちは、カンナに触れることすら出来ず、全て一撃で戦闘不能にされた。
「もう終わりか?」
戦闘が始まり、わずか2分足らずで、20数人の黒服が戦闘不能になった。
まだ数人残ってはいたが、少女の前に立つばかりで、カンナに近づかず、少女を下がらせ距離を取らせるだけであった。
「わかったろ?これが現実だ」
目の前の少女に言い放つ。
一歩一歩、着実に少女に近づく。
「逃げるなら逃げろよ。そして二度と俺に近づくな」
「いやよ」
「救えんな」
その一言を残し、歩くのをやめ、強く踏み込み少女に接近する。
少女の前で守っていた黒服は、一瞬にして蹴散らされる。
どうにか交戦しようとしていたが、拳も蹴りも、全て無意味。
数人がかりであっても、ただ一撃もカンナに命中せず、皮肉にも全員が一撃でカンナの前に沈められる。
遂に、彼女を守る壁は全て崩れ落ちた。
「ゲームオーバーだ」
少女の前に立ち、カンナは冷たく言葉を放つ。
「最後になにか、言い残すことはあるか?」
カンナは聞きながら、右の拳を上げる。
その目は冷たく、少女を見据える。
「アハ、大好き」
だが、それを全く意に介さず少女は言葉を紡いだ。
「つくづく救えんな、お前は」
小さくため息をつき、カンナは拳を振り下ろした。
いや、振り下ろそうとした。
振り下ろすその寸前、カンナはここにあってはならないものを見つけた。
雨に反射しながら、まっすぐと1本の光の線が少女の胸に伸びていた。
(照準!?まずい!)
カンナはとっさの判断で少女に飛びついた。
「ッだァ!」
だが、完全に回避するとこはできず、銃弾はカンナの横腹を僅かに掠めた。
「ツラ出せ!」
しかしそんなこと気にもせず、カンナは闇の中にいるソレに叫ぶ。
「いやね、だからあまりポイントは使いたくないのよ」
「でも、一般人に避けられるとは思ってなかったなー」
闇の中から、4人の武装した者たちが姿を現す。
「避けきれてねぇよ、ちゃんと被弾してるっての」
「いや、全然動けてるじゃん」
「照準が見えなかったら危なかったよ、本当に」
「だよねぇー、絶対それでバレたと思ったよ」
「で、誰の差し金だ?狙いはコイツで間違いねーのか?」
「いやー、流石にそれは言えないでしょ、まぁ狙いはその子で間違いないけど」
「ま、金があるって事はいい事だけじゃないってことさ」
「こいつの親をやりゃいいじゃねーか」
「ん?親も殺るよ?たまたまこの子が先だっただけさ」
リーダー風の男はカンナの問いに的確に応える。
「で、そこ退いてくれないかな?」
「断る、って言ったら?」
「んー、君とは出来れば戦いたくないかなー。さっきから見てたけど、一般人にしては戦闘力高すぎない君?それ誰から教わったの?」
「全部見様見真似の偽物さ」
「うわぁ、尚更戦いたくないじゃん。君の大切な人を人質に揺すろうものなら、即殺されそうだし」
「しないよ即殺なんて、この世で具現できる限りの苦痛を味わってもらってからだよ」
「んー、ちなみに最後はどのように?」
「どうだろう、個人的にはファラリスの雄牛辺りがイチオシだけど」
「んーん、やばいのが出てきたねぇ。君との戦闘はやっぱり避けたいねぇ」
「何もせず、そのまま帰ればいいと思うぞ?」
「んー、それが出来たらいいんだけどねぇ。こっちも仕事だからさぁ、出来ないのよね」
「君、そこを退いてくれたら金をやろう。安心しろ、一万二万じゃない。今回のミッションの報酬を私たちと君、5人で割ろうじゃないか!億には届かないかもしれぬが、それでも学生にはすぎるほどの額だぞ?」
「確かに、それもアリかもしれないな」
カンナは、男の提案に少し揺れていた。
どの道殺すつもりだった。
結果として、彼女は死に、追われることがなくなるなら悪くない。
そして、大金が入ってくるともなれば、断る理由もないのかもしれない。
だが…
「それでも、獲物を横取りされるのはどんな時でも嫌なもんだよ」
「ん、そうかい」
「でも、今の君のその言葉には違和感を感じずにはいれないかな」
「あ?違和感?」
「んーそうだよ?どうも今の君を見てると『獲物』とは見えないかな」
そう言われ、カンナは改めて今の自分を確かめてみた。
目の前には、武装した者たちが4人。
後ろには、ここ一ヶ月追っかけ続けてきた、そして今しがたカンナが殺そうとした少女。
そして、そんな少女の前に立ち、右手を横に広げ、武装した4人の前に立ち塞がるカンナ自身。
「ブ、アハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「バッカじゃねぇの?救えねぇのはどいつだよ!」
カンナは、高らかに笑う。
他ならぬ自分自身の愚かさに、救えなさに。
つい先程、捨てたはずのもの。
諦めたはずのもの。
無理だと、不可能なものだったと、この世界には不必要なものであったと、何もかもを破り捨てたはずのものだった。
指摘されるまで、自分自身でまるで気づいていなかった。
無意識だった。
無意識に、カンナは守護ろうとしたのだ。
殺そうとした相手を、散々苦しめられた相手を、守護ろうとしたのだ。
「あー笑った笑った。笑ったのなんていつぶりだ?ホントに一ヶ月ぶりとかじゃないか?」
「あーあ、わかったよ。もう一度だけ、あともう一回だけ信じてみるよ」
捨てることなんて出来るはずがない。
小さな頃から血が滲むほど努力し、その身に刻み続けたものが、捨てれるはずがなかったのだ。
頭では捨てたつもりになっていても、その身に、その魂に刻まれたものは、捨てれるはずがないのだ。
強い者から、弱い者を守護る。
ヒーロー、英雄、主人公としての原点。
それに憧れ目指したカンナの身体と魂に深く刻まれたそれは、今この瞬間、カンナを本来あるべき彼へと引きずり戻した。
「んー、顔つきが変わったねぇ。どうやらこの一瞬で我々にとって、全くもって嬉しくない変化が君に訪れたようだね」
「いや、俺が俺であることを再確認しただけさ」
「んー、交渉は決裂ってことかな?」
「ああ、流石に手加減はできんぞ?」
その言葉が合図であったか、4人のうち一番右端にいた者が銃口をカンナに向ける。
それとほぼ同時に、カンナはまるで糸の切れた操り人形のように、膝から崩れ落ちる。
全身が前のめりに倒れ、地面に着くその寸前、全身の力を足に集中させ、最高の初速を体現させる。
射線からは即座に外れ、間合いも一瞬で詰まり、なくなる。
そして、その速度のまま次は全ての力を腕に集中させ、そのまま殴りぬける。
「はぁ!?」
「ばか!視線を外すな!」
カンナに殴られ、後方に吹き飛んだ仲間に意識を持っていかれ、男が声を上げる。
それにリーダー風の男が即座に警告を口にする。
が、もう遅い。
「は?」
「goodnight(おやすみ)」
ゴキ
ドサ
カンナはその一瞬を見逃さない。
背後に周り、その首をへし折った。
「防弾チョッキってさ、衝撃からは守れないんだ。だから、武器を持たない俺に対しては意味が限りなく薄い防具だ」
「んー、やっぱりさっきのは失言だったかもね。君に何があったんだい?さっきまでと動きの質がまるで違うじゃないか」
「さてね、ともかく不意打ちもあったが10秒も経過しないうちに2人だ」
「んーそうだね、どうやら君の評価を改めないといけないようだね。おい、手を出すなよ」
そう言ってリーダー風の男は、装備していたものを全て外す。
「何をしてるんだ」
「ん、武器構えようとしても君、そんな暇あったら殺しにくるでしょ?」
「まぁな」
「なら、武器は使えない。防弾チョッキもつけない方が身軽だからね」
「そうか」
そうして、リーダー風の男は自身の武器と防具を全て外した。
「待たせたね」
「いや、別にいいさ。それよりいいのか?2人で来た方がいいんじゃないのか?」
「どのみちどっちかがやられればこの部隊は壊滅だ。だったら、やられるのも俺だけでいい」
「そんなもんか」
「御剣智也(ミツルギ トモヤ)だ」
「…龍崎カンナだ」
「行くぞ!」
「ああ!来い!」
拳が重なる。
およそ、人体から発生するものとは思えない音が闇の世界に響く。
間髪入れず、2発目が放たれる。
が、またもや互いのそれは相殺される。
獣が2匹、激しい雷雨の中その牙を鳴らす。
3撃、4撃、獣の爪は収まらない。
躱し撃ち、カウンターを合わせる。
コンマ以下数秒、正しく刹那の勝負。
一瞬でも気を抜けば、間違いなくそれが死因に直結する。
一撃一撃全てが必殺。
当たれば致命傷。
受けてはならない。
だが、条件はおなじ。
すなわち、『殺られる前に殺る』
獣の連撃は鳴り止まない。
呼吸をする余裕などない。
そんな暇があれば、死を叩き込まれる。
そんな戦いだったからだろうか。
ゼロ距離、拳と拳、これ以上ない緊張の場。
絶対に集中を途切らせてはならない。
だからこそなのだろう。
カンナの全力の一撃を躱した御剣は、その一瞬を見逃さない。
撃ち際の無防備なその顎に、カウンターを撃ち込む。
が、顎に届く寸前、御剣の視界は突如回転を始めた。
足下を狙われたのだ。
全力の一撃、それを囮としたカンナの狙い。
絶対的集中領域。
一瞬でも気を抜けないからこそ効く、フェイント、囮。
足を掬われ、宙に浮く御剣。
踏み込みは効かない。
あまりにも唐突な変化により、御剣も一瞬思考が停止する。
故に、死の一線が放たれる。
死が襲いかかる。
カンナは勝利を確信し、御剣は死を受けいれた。
バン
だが、その死が訪れることはなかった。
「あ…、が…」
カンナがその場に座り込む。
「は?」
御剣も遅れて、訪れない死に気づき、カンナの方を見る。
撃たれたのだ。
カンナは横腹を手で押え動かない。
「ほら、とっととトドメさせよ」
「勝手に1対1おっぱじめたのは許してやる」
「だが、負けそうになってんじゃねーよ」
「…」
仲間の発言に、御剣は悔しそうに立ち上がり、外した自分の武器の方へと歩を進める。
「龍崎カンナ…すまない」
銃を拾い上げ、そして放つ。
バン
「は…ぁ?」
ドサ
見事に脳天を撃ち抜かれ、『御剣の仲間』が死んだ。
「お前は男と男の、1対1の勝負に水を差した。万死に値する」
「すまない。龍崎カンナ。君との勝負を、このような形で終わらせたくはなかった」
腹を押えながら、カンナは立ち上がる。
「ほら、早く撃てよ」
「は?」
「勝負ってのは決着が着くその瞬間まで、何が起きるか分からない。そして、決着が着くその寸前、俺は撃たれた」
「まだ決着は着いていない」
カンナの言葉に、御剣は静かに首を横に振る。
「いいや、それは違う」
「俺はあの瞬間、君の振り下ろす右手に死を見た。そして、俺はその死を受けいれた。決着は、あの時もう着いていたんだ」
「あの勝負の勝ちはカンナ、君に譲ろう」
「だが、最後の勝利までは譲らない!」
その言葉を最後に、御剣は銃をカンナに向ける。
それを受け、カンナはそのまま無防備に正面に突っ込む。
放たれた弾はカンナの左頬を掠める。
2発目、カンナは左手を犠牲に体を守る。
3発目…を放つ前に2人の距離は再びなくなった。
「「うぉぉぉぉおおおおおお!!!」」
2匹の獣は吠える。
最後の一撃を放つ。
銃弾は悲しくも闇の中へと消え、拳はそのまま顔面を穿ち、その肉体に死を刻み込む。
ついに、最終決戦が幕を閉じた。
「終わった…」
大きなため息をついて、戦いの終わりにカンナは安堵していた。
プス
何かを刺された。
針のような何かを、首に。
カンナは振り向きざまにその右手を振るう。
「…あ」
その瞬間、カンナは初めて『弦巻こころ』と目が合ったような気がした。
カンナの裏拳を顔面にくらい『弦巻こころ』は吹き飛び、動かなくなる。
意識が歪む。
だが、極度の集中状態により大量のアドレナリンが分泌されているせいか、本来即座に昏倒するはずの薬をくらっても、カンナには意識が残っていた。
朦朧とする意識の中、カンナは歩を進め、それを拾い上げ自らのこめかみに突きつける。
「待って!」
引き金を引くその寸前、声が聞こえた。
「こんな雷雨の中、傘もささないなんて、風邪引きますよ、奥沢さん。親に怒られないうちに早く帰った方がいいよ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?何も死ぬことないじゃない!」
「手、出しちまったからな。俺の負けだよ」
「最後に会えてよかった。でも帰って。これから先はちょっとショッキングだからね」
「もう見たから…大丈夫」
「そう何度も見るものじゃないよ。もう時間もないんだ」
「…あ、この前言ってた、好きな人!」
「ん?」
「あれ…もしかして…」
「言わなくていい。てか忘れてくれ。気持ち悪いオタクの妄言だよ」
「でも…」
「さようなら、奥沢美咲さん。…大好きでした」
「ん、でも、ごめんなさい」
「こういう時は返さなくていいんだよ」
「…さよなら」
そう言葉を残し、カンナは再び銃口をこめかみに突きつける。
そして、引き金を…
「ダメーーーーー!」
引くその瞬間、腕に抱きつかれその弾は暗闇の中に消えていった。
(意識、断ててなかったのか)
それを最後に、カンナの意識は深く沈み消えていった。