それから、数年の時がたった。
~アメリカ ニューヨーク~
「Heyカンナ!ちょっと来てくれ!」
「んー?どーしたジョージ」
「お前に言われた資料作ってたんだがよ、どーもこことここの数字が合わないんだ」
「まじ?まずくねそれ」
「ライオンの巣にぶち込まれるくらいまずいだろ?」
「あー、わかった。こっから先はこっちでやるから、ジョージはほかの仕事進めといて」
「いいのか?お前俺の仕事やってる余裕あんの?」
「いや、ねーけどやるしかないよ」
「なら大丈夫だ。こっちで経理とかと連絡してやるからお前はお前の仕事終わらせな」
「可愛い嫁さん、待ってんだろ?」
「まぁな。あと、俺の好感度上げてもあんま意味ないぞ?」
「そこはなんか上手いこと言ってくれよ!」
「じゃ、その件は頼んだぞジョージ」
「あぁ、嫁さん…社長にもよろしくな、副社長」
~数時間後~
カタカタカタカタカタ
……ナ、…ンナ
「カンナ!」
ビク!
「なっ何!?」
「ったく、仕事に集中しすぎだ」
「あぁ、なんだジョージか」
「ひとつ報告だ。さっきの件だが、経理と電話した結果あっちのミスだったことが発覚した。全部ひっくり返して調べて正しいものを作って送るそうだ」
「そうか、わかった。報告ありがとう」
「で、だ」
「ん?」
「カンナ、君にいい知らせと悪い知らせがあるんだが、どっちから聞きたい?」
「お前、本当にそういうの好きだよな」
「茶化すな、で、どっちだ?」
「じゃ、例にのっとって悪い方から聞こうかな」
「おうよ!これから、忙しくなるぞ!」
「?」
「あのマイクが!あそこの大手企業から案件貰ってきたってよ!」
「マジか!?」
「あぁマジマジ大マジ」
「ちょっとマイク呼んでこい!」
「もう部屋の前いるぜ」
ジョージが親指で扉を指さすと、静かにゆっくりと扉が開き、一人の男が入ってきた。
「失礼します」
「俺は先にデスクに戻ってるぞ」
ジョージはそう言って、マイクの肩をポンと叩き部屋を後にした。
「マイク…よくやってくれた!これはうちの会社の未来を大きく左右することになる。無論ではあるが、この件に関しては会社が全力でバックアップする。行き詰まったら無理せず声をかけてくれ!」
「俺…こんなでかい案件初めてで…正直少し不安で」
「なーに言ってんだァ?だから会社全体で支えるって言ってんだろ?」
「安心しろ!うちの会社はちゃんとすごい!ちょっとポカした程度じゃ崩れやしねぇよ!安心してかましてこい!」
「でも…」
「うっせぇ!そもそも信用してねぇやつにこんなでかいの任すわけねぇだろ?大丈夫だよ!お前は出来る!間違えてもみんながカバーする!ほら、時間はいくらあってと足らんぞ?」
「…はい!俺、頑張ります!」
「おう、頑張れ!」
~再び数時間後~
「ん、あぁーそろそろ時間か…。おーい、そろそろ俺は退勤から、なんかあったら電話くれ」
「はーい、お疲れ様でーす」
カンナは会社を後にして、自宅へと歩を進める。
大きな一軒家だ。
一軒家…と言うよりは、屋敷と称した方がしっくりくるかもしれない。
この地に来て随分と時間が経つ。
日本からアメリカに渡って、彼女と企業して色々なことがあった。
企業したての時は波乱万丈で、明日の食事もままならなかった。
お互いに、辛く苦しい毎日だった。
今や、大手企業とも手を組んでやり合えるほどに大きくなった。
そんなことを思いながら、カンナは自宅にたどり着いた。
ガチャ
鍵を開け、中に入る。
「ただいまー」
「おかえりなさい!カンナ!」
相変わらずの元気な声でカンナは出迎えられた。
「毎回思うけど、お前の元気は一体どっから来んの?」
「カンナの事考えてたら、疲れなんて吹っ飛ぶわ!」
「んー?俺は新種の薬かな?」
「あたし専用の特効薬よ!」
毎度毎度、帰宅する度に抱きつかれるのはどうにかならんのかと、若干ため息を吐いたカンナを彼女は見逃さなかった。
「なーに?なんか不満?」
「なーんも?今日も可愛い目と鼻と口の笑顔で、嬉しいことこの上ありませんよ」
抱きつきながら、頬をプクーと膨らませこっちを見る彼女に、カンナはポンポンと頭を撫でて改めて口にした。
「ただいま、こころ」
すると、にこーっと頬を緩ませてこころはさらに強くカンナを抱きしめた。
「あのー、そろそろ玄関から移動しません?」
カンナが玄関から移動できたのは、それから更に30分後であった。
「晩ご飯今作ってるから、もうちょっと待ってね」
ようやく玄関からリビングに移動し、こころは台所に、カンナはソファーに腰掛けた。
「あ、そうだ。こころ」
「なーに?カンナ」
「これから忙しくなるぞ、マイクが案件とってきた」
「ほんとー?ならあたし達も負けてられないわね!」
「おうとも!会社全体でバックアップするつもりだよ」
「あたしたちの会社も、随分と大きくなったわね」
「あぁ、未だに俺の記憶は戻らないんだけどな…」
そう、今のカンナには過去の記憶がなかった。
数年前、病院のベッドから目覚めた時にはもう、ほぼ全ての記憶はなくなっていた。
覚えていたのは、『カンナ』それが自分の名前であるということだけだった。
目覚めてすぐ、自分が記憶喪失であることがわかった。
何も覚えていない、何も知らない。
親の名前も、家族構成も、友達の名前も。
ただ、そんな時にそばに居てくれたのが弦巻こころだった。
いつも一緒にいてくれた。
色々なことを教えてくれた。
記憶を失う前の『カンナ』がどのような人物だったのか。
『カンナ』はどのような人間関係を持っていたのか。
『カンナ』と『弦巻こころ』がどういう関係だったのか。
「ほんとに、医者に記憶喪失って言われた時、どうなるかすっげぇ不安だったけど、お前がいてくれてよかったよ」
「もー、なーに?いまさら」
「なんか昔のこと思い出してさ。こころがそばにいてくれてほんとに良かった」
「もー、彼女なんだから当たり前でしょ」
「今や嫁さんだけどな」
「あたしはカンナが好き。例え記憶がなくなってもそれは絶対に変わらないわ」
『カンナ』と『弦巻こころ』は彼氏彼女の関係だった。
記憶喪失のカンナは、そう教えられた。
正直、嬉しかった。
記憶喪失になってから、ほぼ毎日のように自分のところに来てくれて、話し相手になってくれる。
彼女のことが、気になっていた。
もしそうであったのならば、どれほど嬉しかったのだろうと毎日思った。
記憶を失い、体にもよく分からない傷が残っている。
不安だった。
俺はこの先一生、『カンナ』を演じ続けなくてはならないのかと。
でも、違かった。
こころは言ってくれた。
好きに生きていいと。
今のカンナの好きなことをしていいと。
あたしは彼女として全力でサポートすると。
俺は、彼女に恩返しをしたかった。
記憶を失ってなお、自分と一緒にいてくれる彼女のやりたいことをしたかった。
そうして、2人はアメリカに渡って起業した。
初めは、2人してアタフタしてたけど、どうにか軌道に乗せることに成功した。
それから、ひとり、またひとりと社員が増え、今や形だけの、とは口が裂けても言えないような社長と副社長だ。
「これからも末永くよろしくお願いしますね、こころ社長」
「えぇ、一生そばにいるわ、カンナ副社長」
~その日の夜~
「はぁ…はぁ…」
「一体誰なんだよ…毎回毎回…!」
(カンナ…約束だからな!)
「約束…?誰と…?なんの…?」
(行ってらっしゃい!)
「誰だ…!誰なんだよお前は…!」
カンナは、時々幻聴のようなものに悩まされる。
だが、なんとなくではあるが、カンナは記憶を失う前の『カンナ』の記憶であるとわかっていた。
だが、何も分からない。
その声の主が誰なのか。
その声の意味がなんなのか。
その声がいつ、どこで、なんのために発されたものなのか。
今のカンナには一切わからなかった。
(おにぃちゃん…)
「…りーな?」
だが、最後に聞こえたそれに、カンナは無意識に反応した。
「りーなってなんだ?人の名前か?」
無意識に発した自分の言葉に、さらに謎は深まるばかり。
他の言葉には、一切なんの理解も出来なかったカンナが、何故か反応した言葉。
『おにぃちゃん』と『りーな』
「俺に妹がいたのか?その妹の名前が、りーな?だけど、俺は一人っ子だってこころが…」
しかし結局、確かな答えは見つからず、その日は眠りについた。
「ここは…どこだ?」
気がつくとカンナは、真っ暗な世界で1人ぽつんと立っていた。
「あれは…俺?」
今の自分の状況が全くわからず、周りを見渡すと、自分の後ろに自分とよく似た男が立っているのに目に止まった。
その男の近くに行こうとしたが、何故か上手く進めない。
どれだけ歩いても歩いても、一向に距離がつまらない。
「教えてくれ!お前は俺なのか!?」
ついにカンナは、歩くことをやめ、その場で大声を出した。
「教えてくれ!ここは夢の中なんだろ!?お前は記憶がなくなる前の俺じゃないのか!?」
その男は…『カンナ』は声を出さず、コクっと頷いた。
「頼むよ!教えてくれ!お前に何があったんだ!?何をどうしたら記憶を失うなんてことになるんだ!?」
「…もう…遅い」
カンナの問に『カンナ』はただ静かに答えた。
「遅い?遅いってなんだよ!なんも遅くない!頼むからお前のことを教えてくれよ!」
『カンナ』は首を横に振り、カンナの望みを否定する。
「もう…無理だ。知らない方が…きっといい」
「なんだよそれ!何を知ってんだ!?お前は…お前に何があったんだよ!」
『カンナ』は下を向いて、消して目を合わせない。
「…わかった、もういい。じゃあこれだけは教えてくれ。『りーな』ってのは俺の妹なのか?」
『カンナ』は下を向いたまま、頷いた。
「…この世界で、何よりも…大切なものだ」
薄れゆく世界で、『カンナ』は小さくそう呟いた。
「ん…あぁ…、なんか不思議な夢を見た気がすんなー」
夢から覚めたカンナは、ほとんど何も覚えていなかった。
ただうっすらと、暗い世界で誰かと出会った気がする程度にしかわからなかった。
「カンナー!朝ごはんできてるわよー!」
「はいよー、今行くー」
「「いただきます」」
「ご馳走様でした」
「はい、お粗末さまでした」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい!夜は何がいい?」
「こころが作るものならなんでも」
「じゃあ、ハンバーグね!」
「よっしゃ、頑張ってくるぞー!」
「Heyカンナ、昨日の資料作り終わったから後で確認しといてくれ」
「あいよ、今手ぇ空いてる?」
「おう、その資料が終わったから一段落着いたけど、なんか追加か?めんどいのは嫌だぞ?」
「仮にも副社長の前でその発言はいかがなものかねぇ…」
「そこはまぁ、カンナがその程度で怒らないって知ってるし?」
「はぁ、まぁいいや。マイクのサポート頼んでいいか?」
「おう!任せとけ!」
「頼んだぞ、ジョージ」
コンコン
「失礼します。カンナさん、少し聞きたいことが…」
「そうだな、ここはこっちのプランの方がいいかも」
「はい、そっちの需要も考慮してこっちも考えたのですが…」
「いいじゃないか、やっぱりいい目を持ってるよ」
「ありがとうございました!勉強になりました!」
「頑張れよ!なんかあったらまた来な」
「お疲れ様ー。なんかあったら電話してなー」
「「「お疲れ様でーす」」」
「ケーキでも買って帰るかな」
「ありがとうございましたー」
「ただいまー」
「こころ?」
家の扉を開け、帰宅を口にしたが、そこにこころの姿はなかった。
何気ない、いつもと変わらない平和な一日が一変する。
異常なことが起きていることは明らかだった。
こころが出迎えに来なかったことはない。
毎回毎回、帰宅と同時にタックルのように抱きついてきたこころが、何故かそこにはいなかった。
カンナの全身に緊張が走る。
最大限の集中を巡らせながら家をくまなく探索する。
しかしどこにも、こころの姿はなく、畳みかけの衣服と争った痕跡のある寝室から、最悪の事態が起きているのは明らかだった。
プルルルル
不意に家の固定電話に着信が入った。
非通知から。
「…もしもし」
「あーもしもし?カンナさん?」
「どちら様ですか?今私は忙しいので後にしていただいてもよろしいですか?」
「あー別にこっちとしては構わないけど、いいの?」
「いいの、とは?」
「いや、オタクの用事って探しもんでしょ?俺その場所知ってるぜ?てかその話だし」
「…こころは無事なんだな?」
「じゃねぇと取引になんねぇだろ?」
「用件を言え」
「物分りがいいやつは好きだぜ?ちょっと上からなのは気になるけどな。まぁいいや、場所は教えてやる。金用意して来な。期限は今日中な」
「おい!ちょっとま…」
ツ-ツ-
バン!!!
「クソが…!!!」
「頼むから無事でいてくれよ!」
固定電話を床に叩きつけ、辺りに破片が飛び散る。
もう電話としての機能は二度と期待出来ないだろう。
だが、もうそんな事どうでもよかった。
急いでカンナは身支度を整え、家を出た。
~町外れ コンテナ置き場~
「ここであってるはずだ…」
家を出てから数時間後、カンナは息を切らしながら言われた場所に来ていた。
「どこだ?」
「こっちだよーカンナくん」
カンナが、当たりを探していると不意に名前を呼ばれ、そちらに歩を進めると、1人の男とこころがいた。
こころは手と足をロープで結ばれ、口も塞がれていた。
「…!…!!!」
カンナが来たことを確認したこころが、声にならない声で叫ぶ。
それが、『助けて』では無いことは誰の目にも明らかだった。
「逃げねーよ。だが、なんだかな…妙な既視感がある。なぁ、こころ。前の俺もこんな感じでお前のために戦ってたのか?この左手の傷はそういうことだったのか?」
「いやーすごいねぇ。夫に傷ついて欲しくないから帰って欲しい妻と、妻に傷ついて欲しくないから自らを犠牲にする夫。馬鹿だねぇ」
「こんな事態を招いた張本人の発言がそれかよ。狂ってるな」
「あぁ、狂ってるぜ?狂ってなかったらこんなことしねぇよ」
「金は用意した。これ以上君と関わるつもりは無いし、争うつもりも毛頭ない。武器を持ってる君と争っても敗色一色だしな」
「そうだね、うん、こっちも目的のモンが手に入ったしねぇ」
そう言って、前に立つ男は不敵な笑みを浮かべる。
「なんてことにはなんないんだよ、バーカ」
「は?君の要求は全てのんだはずだ!」
「うん、のんでくれたね、ありがとう。でも、君がポリスに話してないとは限らない。まだ話してなくとも、この後話すかも」
「話さない!君とはもう関わりたくないと言っただろう!」
「人の言うことが信用できるかよ。俺が信じんのは俺だけだ」
前に立つ男は、急に声を低くしてそう言い放った。
「悪いけど、死んでもらうよ。君にも、この子にも」
その言葉を残して、男は銃口をカンナに向けた。
引き金が引かれる。
銃を避けれるはずもない。
カンナは、諦めた。
…諦めたはずだった。
「…はぁ!?」
「…え?」
何が起きたのかわからなかった。
カンナにも、銃を向けた男にも、分からなかった。
ただ、こころだけが、見て理解していた。
引き金を引くその僅かに前、カンナの身体がまるで糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちた。
かと思えば、突如異常な初速を持ってカンナは男との距離を一瞬にして詰めた。
次の瞬間、男の腕から銃は弾き飛ばされていた。
こころだけが、今起きたことを理解できていた。
こころだけが、初見じゃなかったからだ。
数年前に見ていた、紛れも無く『龍崎カンナ』の動作だった。
その、技で命を守られた。
3度も、だ。
1度目は、出会いの時。
事故にあう寸前に、その手を引かれて、『カンナ』は身代わりになった。
2度目は、決別の時。
殺しに来た集団から、守ってくれた。
でも『カンナ』はカンナになった。
3度目は、今。
記憶が無いはずのカンナは、『カンナ』の技術を使って自らの身を守った。
「テメェ…!何しやがった!」
カンナと距離を取り、男は叫ぶ。
だが、肝心のカンナ自身が一番理解してなかった。
微塵も理解してなかった。
諦めたはずなのに、身体が勝手に動いた。
自分が何をして、どうなったかまるでわからなかった。
ズキン
「…ッ痛」
突如、カンナの頭に激痛が走る。
いつもの事だった。
知らない声が聞こえる。
知ってる誰かの声がする。
いつもより鮮明に。
(お前って恋愛モノの作品って読んだりする?)
「そういえば、そっちの類は読んでなかったな」
(おう!行ってらっしゃい)
「結局、ただいまって言えなかったな」
(約束だからな)
「約束、破っちまったなぁ…。怒ってるだろうなぁ。怒られてぇなぁ。ぶっ飛ばされねぇとな…。」
(さようなら、奥沢美咲さん。…大好きでした)
「…………………………」
カンナは、目をつぶったまま動かない。
『カンナ』は、目をつぶったまま動かない。
「…はぁ」
カンナは大きくため息をついた。
そして、ゆっくりとその目を開いた。
「こころ、後で話がある。殴ったりはしないけど、小一時間の正座と、2、3回デコピンは覚悟しておくように」
「…え?」
不意に放たれたカンナの言葉に、こころは呆気にとられた。
何故なら、今の発言は間違いなくカンナではなく『カンナ』のものだったからだ。
「全く、俺の記憶がねぇ間に好き勝手やってくれやがって」
カンナは頭を掻きながら、言葉を続ける。
「でも、記憶のない俺の生活は、間違いなく楽しかった。例えそれが、嘘の上で作られた偽物の日々だったとしても、例えそれが、いくつもの約束を無下にした果てにあるものだったとしても、間違いなくあの日々は楽しかったんだ」
「テメェ…何言ってやがる」
「あぁ、ごめん。いたんだ。弱すぎて気づかなかった」
「な…んだとテメェ!」
「いや、御剣智也が強かったのか?ま、どっちでもいいや」
そう言うと、カンナは無防備に、まるで休日に近くの公園で歩くように、男との距離を詰めていく。
「なめんな!」
男は、痺れを切らして、銃をもう一丁取り出す。
「もう間合いだぜ?遅せぇよ」
だが、構える前にカンナに弾き飛ばされる。
「んー、やっぱり記憶が無い間になまってるね」
カンナは完全に距離を詰め、ほぼゼロ距離で二人の男は睨み合う。
「な…、なんなんだよテメェは!」
ポケットから出したナイフで、男はカンナに斬り掛かる。
だが、銃が当たらないカンナにこの間合いでそれが当たる道理はなく、当然のように躱される。
そして、カウンターの右の拳が顔面に突き刺さりぶっ飛ばされ、動かなくなった。
「弦巻こころの旦那だ!たわけ!」
それから暫くして、警察からの事情聴取を終えた2人は自宅に帰ってきた。
「ただいま」
「…ただぃ…」
妙にビクビクしたこころを不審に思いつつも、カンナとこころはリビングに入った。
「こころ」
「…!」
「いや、そんなにビビんなくてもいいじゃん」
「とりあえず正座だ」
「…」
なんの抵抗も見せず、スっとこころは正座した。
それを確認して、カンナもこころの正面に腰を下ろした。
もちろん正座で。
「さて、色々とお話があります」
カンナの発言に、またもやこころは肩をビクンと震わせる。
「いや、こころさん。そうビクビクされますとこちらも話しにくいんですけど…」
「…」
こころは一向にカンナと目を合わせない。
警察を呼んでから、1回もこころはカンナのことを見ていない。
「とりあえず、だ。色々と言わなきゃいけないことがあるんだけど、ひとまずそれは置いといて、な。怪我はないか?」
「え?」
「事情聴取は別々だったからな。怪我はないのか?」
「…うん。ない」
「そうか、それは良かった。じゃあ次な」
カンナは右手を上にあげる。
それを見てこころはビクンと身体を強ばらせた。
「これからどうするよ」
頭をポリポリと掻きながら、カンナはそう言った。
「だって一応、こころと俺は社長と副社長だろ?2人揃って長期休暇って大丈夫なの?でも俺は1度日本に戻って済まさなきゃいけない用事があるし…。お前のことも含めて親父たちにも、お前の親とかにも色々あるだろ?」
「…ちょ、ちょっと待って」
「ん?どうした」
「怒んないの?」
こころはようやく顔を上げ、真っ直ぐカンナの顔を見て、自分への説教の有無を問いただした。
「いや、そりゃ怒んなきゃいけないこともあるよ?ただそれより重大な問題があるでしょうよ」
「…」
「まぁとりあえず、目ェ閉じろ」
「…」
目をギュッと瞑り、身体を強ばらせる。
ベシ
「はいデコピン、とりあえずは一旦説教終了!こころも自分の過ちは理解してるみたいだから、一旦説教は終わりね」
そう言うと、カンナはこころの頭をそっと撫でた。
「まぁあれだ、お前との生活は悪いもんではなかったからな」
「ごめんなさい…!」
カンナに抱きついて、大泣きを始めたこころをを慰めて、今後の話をできたのは日をまたいだ後だった。
数ヶ月後、空港には2人の影があった。
どうにかこうにか、予定をつけて休日を作った。
色々やらなければならない。
本気で殴られなきゃならない。
約束を破ってしまったから。
ただいまって言わなくてはならない。
あの日の「行ってきます」が最後だったから。
日本に帰って、どれ程の人に謝らなくてはならないのか。
正直、帰ってもいい事なんて1つもないのかもしれない。
でも、それは2人とも承知の上だった。
日本行きの便が到着する。
2人は手を繋ぎ、目を合わせ乗組口に歩み出す。
例えこの先どんな困難が待っていても、苦しい未来が訪れても、二人一緒なら怖くもなんともないのだから。
乗り越えられない壁なんて、どこにもないのだから。
「さて、帰るか」
「うん!」
Normal END
「例えそれが偽りでも」
『逃走せよ果ての果てまで』はこれにて完結になります。正直、友人からのノリで始めたこの物語ですが、最後まで書き上げることが出来て良かったです。これからも、相変わらずの戦闘脳で物語を書いていくと思いますので、もしよろしければ他の作品も、御一読ください。最後になりますが、ここまで書けたのは、これを読んでくれる読者がいてくれたからにほかなりません。ご愛読ありがとうございました。