それから数ヶ月の時が流れた。
「「退院おめでとー」」
カンナが病院から出ると、健人と華が盛大に祝ってきた。
「いや、まだ病院の前だから騒いじゃダメでしょ」
「そうだな、じゃあどっか移動するか」
「家に帰りたいなーって」
「じゃあお前の家で騒ぐか」
「病み上がりに優しくないこの人…」
「そうだよ、今日は休ませてあげようよ」
「はぁ?お前が1番に祝いたいって言ったんじゃんか!」
「それはそうだけど…」
「だァーもうわかったよ帰るぞ!」
「「はーい」」
3人はカンナの家に向かって歩き始めた。
3人は昔は、よく公園で遊んだ。
馬鹿やって怒られたりもした。
でもいつしか、こうやって3人1緒に歩くことはなくなっていった。
別に嫌いになったとか、疎遠になったとか、そういうことではない。
強いて言うなら、男付き合い、女付き合いが増えたのだろう。
病院からの帰り道、3人で仲良く昔のことを話しながら歩いた。
野良犬に襲われかけた華を、カンナと健人の2人で守ったこと。
健人とカンナはよく喧嘩して、その度に華に仲裁されていたこと。
よくみんなで集まった公園のこと。
そのどれも、美しく素晴らしい思い出だった。
誰かが提案した訳では無い。
誰が言うこともなく、3人の足取りはカンナの家ではなく、昔3人で遊んだ公園へと変わっていた。
「懐かしいな」
「うん、あのブランコでカンナ君と健人君はどっちが遠くに飛べるか競ってたよね」
「あぁそうだな、健人の顔面ダイブは今思い出しても傑作だったな」
「んな、お前今そういうこと言うか!?」
「でも事実だろ?」
「やるか?」
「…」
「やめとこう、今日はそういう日じゃねぇ」
「そうだな、すまん」
「ただあれだな、華」
「な、何?健人君」
「それだよそれ。なんで俺たちに未だに君付けなんだよ。呼び捨てしろ呼び捨て」
「え、えぇ…」
「確かに、君付けされると距離感じるよな」
「カ、カンナ…………君」
「なんでさ」
「あとひと息!あとちょっとだから!」
「ごめんなさい…」
「まぁしょうがないか、これも華のいい所だもんな」
「そうだな、さてそろそろ帰ろう」
「了解、久々にここに来れてよかったよ」
「うん、帰ろ」
そうして、3人は再び歩き出した。
今度こそカンナの家をめざして。
「ただいまー」
「おにぃちゃんおかえりー」
「「お邪魔します」」
「あら、健人くんも華ちゃんもいらっしゃい。見ない間に随分と大きくなったわね」
「ありがとうございます。お母さんもお変わりなく」
「えぇ…私たちはなんも…ね」
「あ…、すいません…」
「いいのよ、華ちゃんのせいじゃないし」
「とりあえず、線香あげてきていいか?」
「そうね、華ちゃんと健人くんもお願い出来る?」
「「はい」」
チーン
「親父…すまねぇ。結局直接言えなかったな。俺一人で全部背負えると思ってた。俺一人が逃げればいいもんだと思ってた。すまない…。『ただいま』」
「うし、2人ともありがとうな」
「ううん、気にしないで」
「気にすんな、お前のせいじゃない」
「おにぃちゃん、泣いてるの?」
「なんでもないよ、リーナ。お兄ちゃんは強いからな」
「うん!リーナのこと守ってね!」
「…あぁ、そうだな」
「おにぃちゃん?」
「なんでもないよ…なんでも、ないから」
「カンナ君…」
「すまねぇ、ちょっと1人で休みたい」
「そうか、わかったじゃあ学校でな」
「あぁ、そうだな、学校で」
「朝か…着替えねぇと」
「着替えづらいな」
「おはよう」
「おはようカンナ、朝食できてるよ」
「ありがとう、いただきます」
「ご馳走様」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「…」
「カンナ?辛いなら無理していかなくても…」
「いや、大丈夫。それを理由にいつまでも逃げるわけにはいかないよ。行ってきます」
「わかったわ。行ってらっしゃい」
不思議な感覚だった。
こんなにも人の目を気にした事がっただろうか。
あの逃走劇の時も人の目線を気にした。
できるだけ人のいない所へと逃げ続けた。
今は、そんな理由がある訳では無い。
なのにカンナは、人の目を気にした。
人の目を避けようとした。
「ちょっと待てよ」
「うん?」
ふと声をかけられた。
そこに人がいるのはわかっていた。
誰かを待っているような素振りは見えていた。
内心関わりたくないと思っていたが、現実はそんなに甘くなかった。
「ええっと…なんでしょうか?これから学校なので、出来れば見逃して欲しいんですけど…」
「そこではいそうですかってなると思う?」
「はぁ…要件はなんですか?」
「お前が龍崎カンナで間違いないな?」
「えぇ、間違いありませんが?」
「お前…自分で何したかわかってんのか?」
「全くもって、何の用ですか?手っ取り早く答えから言ってくれません?時間ないんですよ」
目の前に立つ、男3人にカンナは淡々と言葉を続ける。
まるで緊張を感じなかった。
相手が自分を威嚇してるのはわかっていた。
だが、まるで気にとめなかった。
あれほどの修羅場を経験して、あれほどの死闘を体験して、今更こんなのに緊張なんてしなかった。
近所の子犬が吠えてるくらいにしか、感じていなかった。
「お前のせいだろ!?お前のせいで俺たちのハロハピが…!」
「はぁ…話にならないですね。さようなら、学校あるんで」
呆れて、その場を後にしようとしたカンナの右腕を、その場の男がグイッと引き戻した。
「お前…自分の立場わかってんのか?」
「知りませんよ。あなた方のような自分勝手な馬鹿の考えなんて」
「このガキ…大人を甘くみんなよ?」
「どうせあれだろ?俺のせいで弦巻こころが捕まったとでも言いたいんだろ?俺のせいでハロハピが解散したとでも言いたいんだろ?ふざけんなよ?」
「テメェが!テメェがいけねぇんだろうが!」
「じゃあ教えてくれよ。俺の何がいけなかったんだ?俺があの日、あの場で、逃げるのをやめて戦ったことか?いいや違う。俺があのまま逃げ続けても、御剣智也達は弦巻こころを、その両親も殺していたはずだ。今よりも、悲惨な結末だ。じゃあ、俺が逃げずにあいつに捕まったままいればよかったのか?ふざけんなよ?あんなものは愛じゃない。他人を蔑ろにして、自分だけが幸福になろうという狂気だ。じゃあなんだ?あの日、あの時、あいつを助けなければよかったのか?いいやそんなはずない。助けられる命を、見捨てるのが正しいはずがないだろ!?なぁ教えてくれよ!俺が悪いんだろ!?俺がいけないんだろ!?なら教えてくれよ!なぁ!俺はいつ!どのタイミングで判断を間違えたんだ!?どこで選択を間違えたんだ!?なぁ!おい!言ってみろよ!俺に教えてくれよ!どうすれば良かったんだ!?どうすればこんな結末にならずに済んだんだ!?どうすれば俺は左腕を失わずに済んだんだ!?どうすれば…親父は死なないで済んだんだ!なぁ、教えろよ!ほら言ってみろよ!」
「カンナ」
「あ!?」
「もういいだろ、カンナ」
興奮して、声を荒らげ、言葉を投げつけて我を失いかけていたカンナの後ろには、いつの間にか健人が立っていた。
その声で、カンナは我を取り戻し、息を整えた。
「…すまない」
「もう大丈夫だ、行こう」
そう言って健人はカンナの背中を押して、歩き出した。
だが、少しして立ち止まり、振り返り、口を開いた。
「お前らも、口の利き方に気をつけろよ?」
それは、酷く冷たくドスの効いた声だった。
「お前までキレてどうするよ」
「いや、流石にあれは俺もムカついたから」
この世界に、もうハローハッピーワールドは存在しない。
あの後、カンナは病院で目が覚めた。
その場で警察から2つ、医師から1つの告げられた。
警察からは、父親が死んだこと。
地下で鎖に繋がれ、水も食事も一切取れずにいたらしい。
もう1つは、薬物乱用と殺人罪その他もろもろで弦巻こころは逮捕されたこと。
医師からは、左手はもう二度と使い物にはならないこと。
最後に銃弾を受けた時に、神経をもっていかれたらしい。
あの一件で、全てを失った。
左手を失った。父親を失った。
そして、生きる気力も失いかけていた。
「なぁ、カンナ」
「ん?」
「今度、華と3人で遊びに行かないか?」
「俺たち一応受験生だけど?」
「まぁそうだけど、息抜きとか気分転換みたいな感じでさ」
「気分転換…か。すまんな、今はそういう気分じゃないんだ。それに、今の俺が行っても、お前たちの邪魔になるだけだ」
「そんなことないさ」
「すまん」
そう言うと、カンナは立ち止まり、逆方向に向かって歩き始めた。
「おいどこ行くんだよ、カンナ」
「帰る」
「なんでだよ…、お前はそんなに弱くないだろ?片腕なくなったくらいで、そんなに脆くなっちまうのかお前は!?」
「あぁそうだな、俺は確かに強かった。でも、それは前の俺の話だ。今の俺は、もう強くないよ。もう、誰かを守るほどの力は俺にはない。主人公を目指した俺も、英雄になりたかった俺も、ヒーローを夢みた俺も、もう居ないんだよ。あの日、あの場所でやっぱり龍崎カンナも死んでたんだよ。俺には特別な力なんてなかった。そんな俺がヒーロー達みたいになるには、死ぬ気で身体を鍛え上げるしかなかった。でも左腕をなくした俺には、もう、戦えない。ごめんな」
そう言い残し、カンナは家への道を歩み出す。
「あ…ぁ」
そんなカンナに、何か言ってやろうとしたが、健人の口からは何も出てこなかった。
それから、何日も何ヶ月も何年もたった。
あれから、健人も華も、1度もカンナの姿を見ていない。
カンナの母親や、カンナのバイト先の人にも聞きに行ったが、カンナはあの後すぐバイトをやめ、それからはやはり誰も見ていないらしい。
あの日、全てが壊れた。
答えは分からない。
何を間違えたのだろうか。
どこで選択を間違えたのだろうか。
もしかしたら、どこかで別の選択をしたいたのなら、もっといい結末が待っていたのだろうか。
だがもう遅い。
仮にそんな未来があったとしても、そこには至れなかった。
仮にそんな未来があったとしても、その答えを知るよしはなかった。
全てが壊れ、崩れた。
あの日、全てが狂った。
楽しかった日常は消え失せて、平穏は誰かの犠牲のもとに悲劇という形で舞い戻った。
いつかは、またあの日常に戻れるのだろうか。
いつか、あの笑い会えた日々に戻れるのだろうか。
そんなもの、誰にもわかりはしなかった。
「俺が…必ず見つけだす…!」
BADEND
『壊れた平穏、二度と戻らないモノ』
『逃走せよ果ての果てまで』はこれにて完結になります。正直、友人からのノリで始めたこの物語ですが、最後まで書き上げることが出来て良かったです。これからも、相変わらずの戦闘脳で物語を書いていくと思いますので、もしよろしければ他の作品も、御一読ください。最後になりますが、ここまで書けたのは、これを読んでくれる読者がいてくれたからにほかなりません。ご愛読ありがとうございました。