悪役令嬢の護衛は男の娘   作:橘 ミコト

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ここでは初投稿ですが、好きな物を全部詰め込んだらこうなりました。
どうぞよろしくお願いいたします。


プロローグ

 闇の中、二条の閃光が交錯する。

 

 分厚い雲の奥で煌々と月が輝く夜。既に人々は眠りについている時間。

 世界を照らすのは僅かに漏れた月明かりと、微かに灯る歓楽街の光だけであるはずだった。

 

 ──ギンッ! 

 

 ここは帝国における上流階級のご息女が通う、国内有数の学び舎、桐桜(とうおう)学園。

 夜の校舎は少し不気味な雰囲気を漂わせながらも、静かな時を刻む。はずであった。

 

 ──ギンッ! ギャリンッ!! 

 

 鈍く周囲を震わせる音は学生寮で健やかに眠るお嬢様たちの耳に届く事もなく、また、この場で刃を交わし合う二人以外に聞いている者はいなかった。

 

「チィッ!?」

 

 片方の人物。女だ。

 全身を体にぴったりとフィットした黒いスーツに包み、その上から同じく漆黒の外套を羽織っている。

 顔は目深に被ったフードのせいで良く伺えないが、焦った雰囲気が感じられた。

 彼女は苛立ったように盛大に舌打ちをすると、距離を取るためか一度大きく後ろへと跳躍。そこまで高くないとはいえ、廊下の天井に頭頂すれすれまで近づき相手から数mも離れた場所へと着地する。

 人が簡単に飛べるような高さと距離ではない。

 それだけで、彼女が()()を纏っている事が分かった。

 確かに、暗殺である以上、派手な音と光を撒き散らす()()は使えないだろう。

 身体能力を爆発的に向上させる魔装を身に着けているのは道理と言えた。

 

 その時、雲間から顔を覗かせた月光が闇に沈んだもう一人の姿を浮かび上がらせる。

 小柄な()()であった。

 パッチリとした目元。肩にかかる程度に伸びた射干玉色の艶やかな髪。柔らかな曲線を描く体の輪郭も細い。

 しかし、平均で170cm程はある女性の身長としてはかなり低い。150cmくらいだろうか。

 全体として中性的な美人といった容姿だ。

 

「……貴様、何者だ」

 

 互いに距離を測りながらジリジリと間合いを詰めていく。

 声を発したのは女の方だ。

 手に持つ短刀を片手で逆手に持ち眼前に掲げながら、空いている手を胸の前辺りで漂わせている。

 しかし、相手の力量が底知れないのか、迂闊に踏み込む事もしない。

 

 対して、少女は特に言葉を返す事なく、その小柄な体に不釣り合いな刀をゆらりと正眼に構えている。

 その姿勢には無駄がなく、その空間には隙が無かった。

 

 女の額に脂汗が滲む。

 対峙しているだけで体力を消耗したのだろう。

 空恐ろしさすら感じる存在に、焦りばかりが募っていくようだ。

 

 途端、女はくるりと方向転換をし、少女とは逆側へと走る体勢を取る。

 形成不利と判断したのだ。

 彼女にとって、ここまでの手練れがいるなどとは聞いていなかった。

 つまり、そこまでの用意と対策をしていない。ここで無駄に顔を突き合わせていても、いずれ警備の者が大勢ここに向かってくるだろう。

 ここで捕まって襲撃元を特定される訳にもいかない彼女にとって、長居をするほどの意味は既になくなっていた。

 

「……許す訳ないだろう」

 

 女はそこで、底冷えする声を聴いた。

 体は既に少女の対面から逸れ、逃げの姿勢になっている。

 今ここで追撃をかけようと、逃げ切れるだけの自信と経験が彼女にはあった。

 それでもなお、女は恐怖という名の呪縛に囚われた。

 体は動いている。

 思わず自身の体をチラリと見下ろしてしまった女は、奥歯をギリッと噛むも動きが止まる事はない。

 

 ──チンッ。

 

 酷く、涼やかな音色が廊下に反響した。

 

「秘剣の一」

 

 少女が呟いた。

 大きくはない声量。けれども、女の耳にははっきりと届いた。

 そして、彼女の背筋を言いようのない悪寒が駆け抜ける。

 瞬間、女は振り返って懐に隠し持っていた短刀を少女に向かって投げた。

 例え体勢が整っていなくとも、女は外すようなヘマはしない。

 投げられた短刀は真っ直ぐ、音速もかくやという速度で少女へと迫る。

 正眼に構えられていた刀は腰の鞘へと納められてる。

 しかし、少女は一顧だにしなかった。

 

「──”風紡(かぜつむぎ)”」

 

 抜刀。

 ただし、静かだった。

 周囲を破壊するような突風も、轟く音も、振り抜いた風切り音さえもしなかった。

 それは、音すらも置き去りにする神速の太刀。

 そして、空間すらも跳躍し、風を紡ぎ渡る太刀であった。

 

 カランッ……ドサッ。

 短刀が廊下に落ちた虚しい音の後、少女の数m先で先ほどの女が倒れる。

 女の体からは、次第に黒い沁みのようなものが流れ出した。

 

「殲滅完了」

 

 一人残った少女は、残心の姿勢から戻りポツリと呟く。

 しばらく女の死体を眺めた後、耳に手を当てると、

 

「こちら”烏”。標的の排除を確認した。復旧はまだか」

 

 耳に着けた小型インカムの向こうで応答した声に二言三言ほど返答。

 そして、少女はそのまま廊下を去っていった。

 

 廊下に残ったのは体を真っ二つに切り裂かれた女の死体と、

 

「な、何よ……アレ」

 

 刺客の女のジャミングによって、ある種運が良く、そして運悪くその場に居合わせてしまった一人のお嬢様の存在だった。

 

「すみません」

「え……?」

 

 ドス。

 お嬢様は自身の鳩尾にめり込んだ腕を最後に意識を手放す。

 

「目撃者沈黙、回収と処置を要請する」

 

 それは、先ほど去ったはずの少女だった。

 いつの間にかお嬢様の目の前へと、気付かれずに移動したのは、それだけの技量を持っているという事である。

 

「見られちゃうとか……失敗したなあ」

 

 後悔と懺悔を含む独白を聞いたのは、夜空に浮かぶ欠けた月だけであった。

 

 

 △▼△

 

 

『あなたの初仕事は、()()()()の護衛よ』

 

 母上からの言葉を受け、私はここ桐桜学園へと入学した。

 15歳となった私はめでたく成人。正式に仕事を請ける事が出来るようになった。

 しかし、世間の()()に対する風当たりは強い。

 いや、正しくは仕事をする男性への風当たり、だ。

 ──男は家を守るもの。

 古式ゆかしい風習がこの国では強く根付いている。

 体格も華奢な者が女性受けが良く、少しでも外で仕事をしようものなら「男は黙って子守でもしていろ」と言われる。

 私自身はそういった慣習に特に反感を抱いている訳ではないのだが、国としては使える者は使いたいのだろう。

 そもそも、幼い頃から母上に厳しく鍛えられた私に選択肢があったとも思えないが。

 では、どうして母上は私に戦闘技術を叩きこんだのか。

 そこは、今となっても謎である。

 帝国の最高権力者『(みかど)』の御身をお守りする近衛騎士団団長様ともなれば、何か深い考えでもあるのかもしれない。

 

『どのようにしてお守りすればよろしいでしょうか』

『詳細はこれを見なさい』

 

 黙って受け取った紙が()()()()()()入学書類だった時は驚いたものだ。

 

『私は()ですが』

『知っています。自慢の可愛い息子です』

『可愛いは余計です』

『あら、失敬』

 

 今思い出してもため息がでそうだ。

 

『正直、狼どもの巣窟にこんな美人な息子を送り込むのは忸怩たる思いが募るばかりなのだけれど』

『美人も余計ですし心配もご無用です。任務であれば遂行するまでです』

『強がっちゃって~』

 

 本当にため息が出てしまった。

 いけない。ここはまだ授業が終わったばかりの教室だ。クラスメイトにでも見られたら心配をかけてしまう。

 これとは別に、()()()()()()()()()があるというのに。

 

「カオル様」

 

 思ったとたんにこれである。

 無用、というよりも話す訳にはいかない気苦労を胸にしまい込み、私は声をかけて下さったお嬢様へと顔を向ける。

 

「ため息を吐いていらっしゃいましたが、何かお悩みでも?」

「いえ、やっと授業が終わったと思いまして。ほら、私は勉学が、その、苦手ですので」

「あら、ふふふ。よろしければ今度我が家でご一緒にお勉強をしながらお茶でもいかがですか? 丁度先日良い茶葉が手に入りましたの」

「それは……」

「あら、ズルイですわよ。カオル様と仲良くなりたいのは皆も同じですのに」

 

 途端、私の周囲が姦しくなる。

 私は男性の平均身長よりもさらに低い150cmほどしか背丈がない。

 女性でこの身長は相当珍しく、入学当初から目立ってしまっていたのだが、どうやら狼の琴線に触れてしまったようなのだ。

 つまり、男の子っぽくて可愛い、というやつである。

 まあ、本当に男なのだし身長はどうともし難いのだが。

 言葉遣いこそ丁寧ではあるが、その中身が女である事に変わりはない。

 私自身としても、あまり女の家へホイホイと付いていく気にはなれないのだ。

 私の事を女の子だと思っているのは確かだろうが、それでもここはお嬢様学校。

 つまり、他に男子はいない。

 そんな中、男の子らしい風貌の子がいれば……もしかしたら何か起こるかもしれない。

 この年頃の女の子は性に飢えていると母上からも口酸っぱく言われた。

 手頃な百合に走ってもおかしくはないのだ。

 数百年前──まだこの国が群雄割拠の時代は、各地の貴族たちが外に連れ出しにくい男性の代わりに侍従に夜伽の相手をさせていたという。

 私からしてみればちょっとドキドキする展開だが、今現在でも噂では一学年に一組くらい百合のカップルがいるらしい。

 油断できるわけがない。

 誘ってくれた内容は、ただ「一緒に勉強しよう」というだけなのだが、

 

「見て下さい、この殿方の股間!」

「まあ、まあまあまあ! なんて綺麗な形……」

「それだけではありません、これはおそらく直径5cm程はあるのではないかと思います」

「な、なんて厭らしい体なのかしら」

 

 言葉遣いは丁寧でもニヤニヤとした笑顔まではこらえ切れていない光景が少し先に見える。

 これだからこの年の女は……。

 近衛騎士団の皆は、裏ではどうか知らないが、私の前でここまで下世話な話はしない。していたらゴミを見るような目で蔑んだだろうけれど。

 まあ、ここは女子校。しかも一番性欲が旺盛な時期だ。

 周囲に男子がいないとなれば、このぐらいは普通なのかもしれない。

 しかし、一応男性教諭もいる学園だ。教室で堂々とエロ本を閲覧しているのは猿ではなかろうか。

 今後あの方たちには出来るだけ近づかないようにしようと心のメモ帳に残していると、

 

「少し良いかしら、カオルさん」

 

 凛と通る美しい声が場を支配した。

 さきほどから私の周囲でキャーキャーと騒いでいた女子たちも水を打ったようにしんと静まり返る。

 

「これはレイカ様。私などにどのようなご用件でしょうか?」

「少々、お時間いただいてもよろしくて?」

「はい、構いません」

 

 燃え広がるように腰まで伸びた豪奢な赤髪。

 相手を貫くほどの鋭さを宿した琥珀色の瞳。

 身長は女性としてそこまで高い訳でもない。170cm弱くらいだろうか。だが、実際よりも大きく見えるほどの威圧感を放つ。

 

 そこには、この帝国でも有数の権力を有する公爵家の令嬢──レイカ=ダイドウジ様が仁王立ちしていた。

 

「カ、カオル様……!?」

 

 先ほど、私に話しかけていた女子が驚いたような怯えたような声を上げる。

 周囲も一気に緊張した様子だ。

 無理もない。

 

「大丈夫ですよ。ただお話をするだけです」

 

 もう一つの懸念点。

 昨夜の()()()()()をレイカ様に見られた、というものだ。

 敵も馬鹿じゃないのだから、警備の隙を突いて潜入された。私が一早く気付き対処に向かったのだが……ぬかった。

 諜報部を責めても後の祭りであるし、記憶の処理もされているはずであるが、はてさて。

 私は私を見下ろす猛獣へちらりと視線を向けると、ゆっくりと席から立ちあがる。

 

「では、ついてきてください」

 

 私の方を確認もせず、教室の扉へと歩き出したレイカ様の後を追う。

 公爵家ご令嬢、レイカ=ダイドウジ様。

 傲慢で横暴な、学園きっての不良少女。

 

 そして、私が守るべき聖女候補の後を。




ヒロインは主人公(戒め)
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