目標は週1投稿……。
本日はなんという巡り合わせだったのだろうか……。
僕こと『ミスズ=ラッテンハイム』は自室へと戻ると胸に手を当て深く呼吸を吐いた。
カオル嬢との出会い、レイカ嬢との出会い、そしてカリーナ教官との出会い。
全てに運命を感じざるを得ない。
カオル嬢には悪いが、僕はどうやら興奮してしまっているようだ。
決してふしだらな意味ではない。断固違うと、そこは声高に明言させてもらおう。
ただ、僕の目指すべき目標、その果てへ続く理想、綴るは色褪せない物語に、僕はまた一歩近づけたのかもしれない。
未だ鳴りやまぬ己が鼓動を胸に秘め、僕は僕である事を再度認識しなければならないだろう。
そう。何故、僕が”僕”であろうとするのか、その序章を。
△▼△
百年ほど前、帝国は極東の島国でありながら世界の頂点に並んだ。
大陸の強国である『皇国』を、そして次には『連邦』を激戦の末に下したのである。
世界は混乱に陥った。
それまで外交を一部の国家に限り、完全に自国の殻へ閉じこもる政策『鎖国』をしていた蛮族、猿の国と呼ばれていた国家が列強へと瞬く間にのし上がったのだ。
開国を迫り何度も交渉を、時には武力を交えて、行っていた各国が返り討ちにあってきたという事実は、その時に初めて納得がされた。
──
文化的にも技術的にも優位に立っていると信じていた大陸諸国は、帝国の武力の前にあっけなく敗れ去った。
『Living Action Energy of Vital Achieve to Translate Elements of Industry(工業的要素への可変生体エネルギー)』、頭文字を取って『
そんな帝国の強さの根源は『武士』と『騎士』。そして『魔刀』にあった。
武士と騎士。
どちらも忠義に篤く、義を重んじ、己の信ずる者の為には命すらも惜しまない豪勇英傑たちである。
騎士という職業は他国にもあれど、武士は帝国独自の階級だ。ただ違いと言えば、武士は”貴族”に仕える私設武装集団を指し、騎士は国、ひいては”帝”様に仕える公的軍事組織という差でしかない。後、武士は軽装、騎士は重装といった戦法・流派の違いこそあるが、そこはあまり重要ではない。
国の大事とあれば武士も騎士も関係なく立ち上がる。その精神性に違いはなかろう。
大陸にも騎士という名称の重装兵はあれど、その精神は既に廃れていた。
産業革命によって開発された効率良く敵を打倒する『魔装』や『
その”効率”を真っ向から否定し、己が信念の正当性を世界へ見せつけたのが帝国だった。
ここまでであれば、ある種の英雄譚と言えるかもしれない。
事実、私が幼い頃より憧れていたのは外敵から愛する人々を守る存在だったのだから。
そして、魔刀。これは帝国における”武”の象徴だ。
産業革命によって世界が個から群へ戦力の比重を傾けさせる中、帝国はあくまで個の武力を重んじた。決して群を軽んじた訳ではない。ただ、個の尊厳や誇りを何よりも大事にする風習が根強く残っていたのだ。
魔装によって歩兵が強化され、A3によって機甲師団が誕生したにも関わらず、である。
魔刀はそんな帝国の文化に基づいて数百年前に生まれた、最早骨董品とも言える武具で、鍛冶師の
ただし、昔からまったく進歩していない訳ではない。
大量生産による物量ではなく、長年に渡り研究・改良をして質を変態的にまで追求されたワンオフ物。鍛冶師の信念や執念を体現し、鍛冶師の意志を宿す。鉄すらも軽く裂く切れ味、使用者の身体能力を向上させ
大業物と呼ばれる最上級の一品は数百年前の物だろうと現役でその力を今に振るっており、総量こそ少ないものの、一人で現在の一個小隊、すなわち数十人規模の魔装やA3を相手取る事すら可能という桁外れの性能を有している。
世界各国はこれら”強さ”に脅威を感じ、またその秘密を欲しがった。
各国のこの思惑を後押ししたのが、それまでは武力によって頑なに閉じられていた帝国が外交を開き提唱した『大東亜共栄圏』の構想だ。
いや、逆かもしれない。『大東亜共栄圏』の構想あっての開国だろう。その辺りは国家機密として帝様に近しい人しか詳細は知らない。ただ、開国の触れを出したのは帝様だ。また、この国の最高権力者であり、傀儡とは成り得ない”力”を持つ帝様である。
この辺りを詮索しすぎるのは危険が伴うので、各国も慎重になっているのだろう。
彼らは帝国の開国を機に多くの留学生と移住者を送り込んだ。簡単に言えばスパイである。
それが百年程前に起こった帝国への大量の外国人流入であった。
けれども、これに乗じて帝国へ亡命してきたり、中には感銘を受け絆されたりして寝返った者が多く出てきたのは誤算だっただろう。単純に帝国の調略が上手かったとも言える。
結果、生まれたのが私の家のような『外様』である。
元々は帝国人では無かったものの、功績によって爵位を得た永代貴族。それが我がラッテンハイム家だ。
よって、帝国には様々な姓を持つ貴族が存在する。
王国系も合衆国系も連邦系も皇国系も……etc,etc。
その後の帝国では軍部による領土拡大も提言されたらしいが、帝様の一喝によって断念。『大東亜共栄圏』構想の下、帝国が諸外国への融和政策、もとい文化的な
そして、ここで世界は二分してしまった。
帝国側となり旨みを得ようとする陣営──共和国や評議国がこれに当たる。
対して、世界平和のためという建前を謳い、帝国の技術等を全て奪おうとする陣営──王国や合衆国、連邦、皇国が当たる。
この二陣営に分かれ、大規模な武力行使は未だ行われていないものの、既にそれは時間の問題となっていた。
逆によくも仮初とは言え百年も平和な状態が保たれていると思う。それも帝様の御力によるものなのだろう。
このような歴史を、僕は学園に入るまでに散々学ばされた。
勉学が得意でなかった僕ですら事細かに覚えているのだから、両親の執念と言うか必死さはしっかり理解している。
外様でありながら侯爵の地位まで僅か百年で至ったのだ。御家として並々ならぬ帝国への忠誠心が伺える。
しかし、僕は御伽噺に出てくる英雄にただ自身を重ねていたに過ぎない。
それは紛う事無き”理想”だ。
子供ながらに「こう在りたい!」と、僕は朧気ながらも常々感じていた。
僕は長身でありスタイルも良く、家格も侯爵家であったためか男女問わず人気者だった。
容姿に関してだけではなく、性格も基本的には穏やかであり、相手を立て、さりげないフォローやアドバイスを行う気遣いも得意だった。
逆に言えば強烈な自己アピールをするのが得意ではなかったのだが、これは目立つのが苦手という訳ではなく、単純にその方法が分からなかっただけだ。
ただ、比較的に憶病な性格ではあったと思う。
成功する確率が高くなければ積極的に行動に移せない、良く言えば慎重な質。
この性格は家での教育方針によるものも大きい。
我が家は新参の貴族家だ。つまり、我が家の歴史は浅い、という事であり、両親の教育方針とは「藪蛇を突くな」というものだった。
折角、貴族位を賜ったのだ。下手な事をして爵位を剥奪されたりしたら祖先に顔向けできない。
こうして、僕は外面の良い好少女に育った訳だ。
──そして、桐桜学園二年へと進級する直前、僕は運命に出会った。
あるパーティーに参加した時だった。
その会は地元の名士が主催したものであり、侯爵とは言え外様である僕は基本的に挨拶周りしかする事がなかった。
母の背について話を振られたら笑顔で頭を垂れる。その繰り返しだ。
食べたり飲んだりする暇もなく、ただ人形のように操られる姿。
傍から見れば、さぞかし滑稽な様子だったであろう。
勿論、周囲にいるのは給仕を除けば貴族位の方々だけ。私の行動は別段可笑しな事ではない。嘲笑されるような事は何一つしていないのだ。
だから、僕は自身の胸に宿るモヤモヤとした気持ちは間違いなのだろうと、気付かぬように蓋をする事に徹していた。
そんな時である。あの方に出会ったのは。
「君、少し良いかな」
「……」
「君だ、ラッテンハイム卿のご息女よ」
「!? ぼ、僕ですか?」
「ああ」
「な、なんでしょうか?」
声をかけてきたのは帝国の
先祖代々、帝様の身辺警護を務めあげてきた国内きっての名家。帝国における”武の体現者”とも呼ばれ、武の総本山と世界からも注目を集めているような御家だ。
現当主ユイカ殿は近衛騎士団長、次期当主である長女カナメ殿は若くして副団長の任に就いている。エリート中のエリートだ。正直に言えば、私とは住む世界の違う雲の上の存在だ。
ちなみに、
これとは別に、政における帝国の頂点を司る”
とにかく、そのような立場の人が、ましてや当主でもない僕に声をかけてくるなど予想だにしていなかった。
「ふむ」
しかし、当の声を投げかけた本人が一言呟いた後に黙ってしまう。
これには親子共々どうすれば良いのか分からず戸惑ってしまった。
何せ相手はあの御三家だ。
何か機嫌を損ねるような言動をしてしまったのだろうか。そんな不安が胸中に渦巻き、目に見えて僕は狼狽えてしまう。
内心をおくびにも出さずカナメ殿へ微笑む母を、この時ほど尊敬した事はない。
「君は、騎士を何と考えている?」
やがて、それだけ呟くとカナメ殿は真っ直ぐと僕を見つめてきた。
今までは僕を全体的に視界へ収めているような感じだったのだが、問いかけをされた際は僕の目を射抜くように。
「民を守る
その時、僕はほぼ無意識にそう答えていた。
緊張でどうにかなりそうだったのだ。
騎士は昔からの憧れではあったが、目標となるべき存在は明確にいない。いや、正しく言えば、目標とは物語に出てくる英雄であった僕にとって、騎士とは無辜の民を守る正義の味方だった。
その想いが思わず口を出てしまったのだろう。
しかし、言ってからしまったと思った。
言ってしまえば、騎士とは国に所属する公務員だ。国への、具体的に言えば帝様への忠誠心を何よりも重んじる。
他国では民主主義という聞こえの良い思想が広まり始めているが、帝国は専制国家である。
帝様を差し置いて民を守るのが役目など、その最側近たる近衛騎士に対して言うべきではなかった。
これには側で黙って聞いていた母の頬もピクリと震えてしまう。
後で
「励むと良い」
けれども、カナメ殿の返答はそれだけであった。
くるりを回れ右をすると、近くにいた
軽く会釈して彼女を見送る母とは別に、僕はただただ呆気に取られて間抜け面を晒す他になかった。
短い受け答えの中にあったのは、今をもっても分からない。
彼女が何を私から聞きたかったのか、僕の答えの中から何を見出したのか。
どうして、「騎士とは何か」などと言う質問を僕へ投げかけたのか。
何も分からなかった。
ただ、一つ分かった事もある。
僕の”
その瞬間、僕の中で燻っていた
外様であるから周囲を伺う事に、自身をさらけ出す事に怯えにも似た感情を抱いていた事。
騎士という国を支える存在に、外様である僕がなるのは難しいという事。
漠然とした想いだけが先走り、具体的な将来を見据えられない事に焦りを感じていた事。
それは、僕が”僕”らしくある事は、決して間違ってはいなかったという事。
譜代が何だ。
帝国外の血が混ざっていようとも、僕は帝国人だ。
その事に誇りを持ち、騎士を目指して何が悪い。
僕は帝様を、そして帝国という国を、そこで暮らす民草を護りたいんだ。
その想いに、産まれに、血に、貴賎などあるものか!
僕の考えは帝国内に限らず、他国にとっても少々異端であろう。
未だ純潔主義も多く、血統によってその正当性を認める風習は世界各国に存在している。
口に出しては言えないが、帝様のお立場も同様の思想によって確立されている。
そんな中で、自身の理想と実力で万事を解決してみせるという考えは危険だ。
分かっている。
けれど、諦められない。
その気高き意志を、奮い立つ情熱を、穢されぬ誇りを。
教えてくれたのは、他ならぬ武の棟梁なのだから。
──励むと良い。
今一度、彼女の言葉を反芻する。
確かに、僕の言葉を正解とも不正解とも明言はされていなかった。
けれども、ならば否定せずに激励した意味とは何だろうか。
合っているとは言えずとも、間違っているとは言えなかった。
いや、むしろ言いたくなかったとも受け取れる。
現副団長様は冷徹無比との噂を聞いた事がある。
先の連邦戦では自ら魔刀を帯び前線を支えたが、その際に行われた作戦は味方を推して驚愕に値する内容だったらしい。
詳しくは軍事機密で知る事は叶わないが、それ以降、彼女は『極寒のブリュンヒルデ』と世界各国で恐れられるに至ったようだ。
その上、感情の表現は壊滅的らしく、表情を全く出さない鉄面皮と聞いた。
そんな彼女が口角をニヤリと上げていたのを、僕は呆然と見ていたのだ。
猛る獣のような衝動を抑え、なんとか家に帰る事ができた僕は、迷いなくとある一室を目指した。
呼ばれている気がしたのだ。
僕の中で燻っていたものが爆発した瞬間、抑えきれぬ興奮を感じ取ったのだ。
今なら恐らく、
そうして、僕は家宝でもある一振りの剣を手に取った。
魔刀『五月雨』。
刀ではなく
僕の曽祖父が爵位を賜った際に作らせたというハイエンドモデル。
当時の最新鋭技術、それこそA3の技術すら応用して作られた魔刀は規格外の性能を持つに至った。
しかし、かなりピーキーな性格であるらしく、誰一人として使える者はいなかった。
本末転倒であるが、家宝として部屋の壁に飾っているのも帝様より『魔刀の制作を一振のみ許す』という言を賜ったからだ。
このお言葉があったからこそ、我が家は侯爵までのし上がれたと言っても過言ではない。
そして、この伝家の宝刀を僕はスラリと抜き放った。
魔刀は意志を持つ。
それ即ち、自身の所有者を選ぶという事でもある。
よって、魔刀を扱う以前に鞘から抜く事が出来なければ話にならないのだが、この抜き放つ事ができる者はごく少数であった。
私はその第一関門を突破したのだ。
背後に驚く気配を感じる。
確かに成人してはいるが、未だ学徒の身だ。
それが魔刀を得たと成れば、名声と才能を保証した言っても良い程の出来事である。
この日、僕は運命に出会った。
その運命は、僕の悩みを打ち払い、僕の未来を照らし映した。
憂いは去った。
それ以降の日々は揺るぎない信念とカナメ殿に恥じない振舞いを行ってきた。
それで少々奇異の目に晒される事が増えたが、そんな物今更である。
身分という絶対的な壁に立ち向かうと決めた僕にとって、人からの視線など怖い訳がない。
対外評価は気にするが、決して協調性を損なう行動をしている訳でもなし。むしろ、率先して仲裁役を買って出た。
教諭としても僕は便利な立ち位置にいたのだろう。
何かと面倒事を押し付けられたが、僕にとっては好都合だった。
これで信頼と実績を勝ち取る建前ができたのだ。
そうして過ごした新学年からの数か月。
そろそろ日差しが強くなってきた、初夏の一時。
僕は、早くも二度目の運命に出会うのだった。
それこそが、『カオル=リヒテンバウアー』、彼女である。
ミスズ:よって、僕は変人ではない!
えぇ……?