悪役令嬢の護衛は男の娘   作:橘 ミコト

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第11話 帝の想い

「そっかー! 無事に合流できたんだね!」

 

 薄暗い広間に華憐な少女の声が響く。

 

 ここは帝国の首都ミヤコ。その中でも聖域と謳われる御所の更に最奥。

 現人神と尊ばれる『帝』との謁見の間だ。

 そこには近衛騎士団団長でありカオルの母ユイカが学園での出来事の報告を行っていた。

 

「それでカナメ、いや、ここではカリーナにしとこっか。そのカリーナの身の上だけど、不審に思われてない?」

 

 クスクスと童女のように帝が笑う。

 御簾に隠されて姿を確認する事はできないが、その雰囲気はなんら一般人と変わらない。

 もし、(かのじょ)が民草の服を着て出かけても、何ら注目など浴びない。そんな印象を受ける。

 しかし、それは帝の姿が見えていないからに他ならなかった。

 御簾越しに見て分かるのは並みの身長と纏った衣装の輪郭、そして椅子に座った状態で床にまで届く長髪のみだ。

 もし本当に外にでも出ようものなら、その髪の長さだけでも異様に映るだろう。

 だからこそ、帝の雰囲気は不思議なものであった。

 現人神と崇められ、敬われ、畏れられる。

 そんな彼女が貴族ですらない凡人のような空気を纏っているなど、帝という存在を知っている者ほど訝しく感じるだろう。

 

 帝の神性とは、御簾越しに届く声や雰囲気では分からない。相対して初めて発揮するのだ。

 むしろ、御簾とは帝の神性を()()()()()()呪具であった。

 

「……これ、邪魔だね。ユイカ以外の者は出てくれる? ()()()()()()?」

 

 瞬間、その場にいた者全てに緊張が走った。

 ──帝が御簾を上げる。

 現人神である帝のご尊顔を拝謁できる栄誉という点も勿論あるのだが、”御簾を上げる”とは直接帝の命を受ける事でもあった。

 すなわち、これから下されるのは『勅命』である。

 そして、帝の神性を抑えていた結界である御簾が除かれるという事は、並みの人間ではその威光の前に魂が浄化されてしまう。

 帝とは、それほどの存在であった。

 

 ユイカを残し、側近たちがこの場を離れていく。

 残った彼女の顔も段々と強張っていった。

 ユイカはそっと自身の腰に佩いている刀の柄を触る。

 

 拝謁刀『天壌無窮』。

 

 カガミ家の持つ『宝鏡奉斎』、クジ家の持つ『斎庭稲穂(ゆにわのいなほ)』に並ぶ、この世に三振しか存在しない帝と直接顔を合わせる事を可能とする魔刀の一つだ。

 普通の魔刀が武を以って他を排する事を目的とするならば、拝謁刀はさながら()()()()()()を目的とした特殊な魔刀である。

 

 ユイカは床に片膝をついた姿勢のまま顔を上げずにゴクリと生唾を飲み込む。

 この時間はいつにも増して重圧感が凄いのだ。

 そして、御簾が上がった。

 

「いいよー」

「はっ!」

 

 何とも気の抜ける言葉に堅い返事を返し、ユイカはそっと視線を上げた。

 

 そこには、目を閉じたままニコリと微笑む絶世の美少女がいた。

 

 歳の頃はカオルと同じ15歳程度だろうか。

 綺麗と言うよりかは可愛い清楚系であり、白磁の様に透き通った肌、閉じた目から伸びる長い睫毛、前髪を揃えサラリと癖なく伸びる黒い長髪。成長すれば誰もが振り返り羨むような美貌となるであろう事は想像に難くない。

 帝国の頂点に相応しい豪奢な椅子にちょこんと両手を揃えて座っている様は、一見すればアンバランスな事この上なかった。

 権力者として過不足無い程度に(あつら)えられた、けれども厭らしくはない程度に大人しめのゆったりとした着物に身を包み、肩には羽衣のような半透明の織物を羽織っている。

 着物を着ているので体のラインは殆ど出ていないが、裾から覗く手足を見るにスレンダーの部類に入るであろう。

 これだけならば、帝は一般的に言う美少女の範疇に収まっていた。

 しかし、ゆっくりと目を開けた彼女の姿を見れば、今までは美しいと感じていたその細部が、人とは明らかに違う存在である事を明確に物語ってくれる。

 

 周囲の気配が一人になった事を察した帝は、頑なに閉じられていたその瞳を開ける。

 瞬間、ユイカの全身の毛が逆立ち、汗腺という汗腺が広がった。

 

 

 ──そこには、黄金があった。

 

 

 心を見透かすどころの話ではない。

 その瞳は全てを丸裸にし、奥底に隠した大事な部分すらも抉り貫く矛となる。

 どれだけ本心を隠そうとも、それこそ死んで輪廻転生しようとも。

 帝の瞳は必ず()()()見抜く。

 

 黄金に輝く瞳は、本来白目である部分を黒く染め上げ、まるで爬虫類の目の色を逆転させた様。

 透き通った肌は血の気がなく青白いと言えるほど。もし彼女に触れる事が出来たのなら、その冷たさと脈が無い事に恐れ慄く事になるだろう。

 そして、光すら反射しない全てを飲み込む黒檀の長髪は床に広がり()()()()()。まるで彼女から広がる夜が顕現しているようだった。

 反して、彼女には後光が差している。

 電灯などの光ではない。眩いばかりの光源は彼女自身の威光であり、それだけで彼女が人ならざる者だと察するに余りある光景であった。

 

 けれども、そこに恐怖は感じない。むしろ、心地よさすら感じてしまうのだ。

 全てを包み込む温かい父の腕の中にいるような。

 厳しくも見守る母の背中に、全てが赦されていくような。

 父なる大地と母なる海の、蒼い地平の先へ、魂が運ばれていく。

 

 帝の瞳を見た者は、その神性故に、肉体に縛られた魂が浄土を目指し精神が自壊してしまう。

 それほどの”力”を、帝は持っていた。

 よって、拝謁刀が()()()()()打たれたのである。

 

「まずは報告をさせて頂きます」

「はーい」

 

 緊張を滲ませつつも、帝がその輝きを落ち着かせたのを見計らってユイカは職務を忠実にこなしていく。

 対して、帝の返答は随分と軽い。

 場に満ちる重圧感と生物としての格の違い。

 言ってしまえば、存在する次元が異なっているのだ。帝国最強の騎士であるユイカと言えども必死になるのは無理もない。

 

「カオルは訝し気な様子ではあったものの、特に詰問される事もなかったと報告が上がっております。また、聖女候補たちに関しても神妙に聞いており反応は上々との事」

「うん、ならば良し! ──かなぁ」

 

 先ほどまでは明るい素直な様子であった帝だが、今度は反転して抑揚の感じられない声だ。

 まるで不安を無理矢理押し付けているかのよう。傍から見れば情緒不安定ともとれる言動。

 それは、帝の()()に由来するものでもあった。

 

()()()()()()()が『殺せ』って。もう、過激なんだからー。初代の影響を受けすぎだよね。ああ、彼を殺すつもりなんて私にはないよ?」

「はっ! 存じ上げております」

「ユイカも堅いなー」

 

「無理を言うな!」とユイカは内心で思わず毒を吐いた。

 普通の者ならば帝に対しての叛意を心中に思い浮かべた時点で帝に看破されてジ・エンドである。

 ただし、ユイカと帝の関係性は少し特殊であり、帝自身もユイカとは気兼ねない友人のような振舞いを希望していたためユイカが弄られる程度で済む。むしろユイカを弄りたい帝の悪戯心ですらある。

 そうは言っても、帝に対して「友人らしく振舞う」等、ユイカにしてみれば正気の沙汰ではない。これが勅命という職権乱用によって齎された点で、彼女にはどうする事も出来なかったのだが。

 

「まあ、ユイカ弄りもこのくらいにしとこうか」

「……そうして頂けると、助かります」

 

 疲れ切ったユイカの声を後目に帝は楽しそうにクスクスと笑みを零す。

 その様子だけ見れば歳の離れた友人のようでもあった。

 それでも、どれだけ帝が人らしく見えても、彼女は”帝”なのだ。現人神である帝だ。

 

 現人神として現在に顕現しているのは帝を含め五柱。

 王国の『王』、皇国の『(すめらぎ)』、連邦の『(おきな)』、共和国の『(すばる)』だ。

 それぞれは自身の影響力を鑑みてか表に立つ事は稀だが、統に至っては自らを『総統』と改め軍拡を行っている異端児である。

 他の柱も、各国で神と崇められ王政なり専制政治を行っているのだから似たようなものではあるけれど、神が統治した土地で唯一、評議国のみ革命によって人による統治が行われている。

 元は王政だったが政が杜撰に過ぎ、人々の信仰を集める事に失敗したのだ。

 王は信仰の喪失によって権能を失い、遂には肉体すらも失った。神においては有難い反面教師である。

 

 ここから分かる事は、神という存在は人の感情の機微というものに非常に疎い。

 だからこそ側近に人を置き、その意見を集めるのだ。

 ユイカ自身も、表面上は友好的に接してくれる帝に対して”観察対象として見られている”という考えを持っていた。

 内心を全て把握する帝から特に何も言及されていない点を見ても、その考えはあながち間違ってもいないのだろう。

 また、ユイカと帝の特殊な関係性に一役、どころか二役も三役も買っているのが彼女の息子である事も、その思考に拍車を掛けていた。

 

「最後に襲撃を受けたのは98番目のアタシの時代だね」

 

 しばし思考が逸れていたユイカの耳に帝の声が届く。

 唐突な話題変換に一瞬頭が追い付かなかったが、その内容にユイカはただでさえ凛々しい表情を更に引き締めた。

 

「『闇の扉(デモンズ・ゲート)』、ですか」

「うん」

 

 短いやり取りの中に出てきた単語はカリーナの設定で語られた闇組織『闇の扉(デモンズ・ゲート)』。

 それは架空の組織だと、少なくともカオルはそう受け取っていた。

 しかし、この場にいる二人の態度はどうだろうか。

 まるで、()()()()()()()()()かの様に彼女たちは話し合っていた。

 

「名前が絶妙にダサくて助かりました。正直、あまり真実味のない話ですので」

「うん。どうせまたユイカが適当に考えたって……カオルなら思うし。『いや、無理がありますよ母上』、とか」

「とても切ないのですが。どうして帝様が考えた事にして頂けなかったのでしょうか?」

「え、嫌だよ。アタシはあの子に呆れられたくないもん」

「……」

「……」

 

 微妙に気まずい空気が流れる。

 

「コホン。とにかく今は今後の対策を考える方が先じゃない?」

「帝様から口火を切られたと記憶しておりますが」

「過去は振り返らない! 明日を見るのよ、ユイカ!」

「……はぁ」

 

 ユイカを良く知る人物が見たら、彼女のため息などというレアな光景を見れた事に驚きを隠せないだろう。

 まあ、見た目人外で威光バリバリの最高権力者がコメディ調の台詞を言っているだけでも凄いだろうが。

 

「諜報部からの連絡によると、怪しい動きや経路はいくつもありますが、奴らに繋がるような痕跡は皆無だそうです」

「ま、だろうね。じゃなきゃとっくの昔に壊滅してるよ。他の神が見過ごすはずないし」

「逆に言えば、神ですら見つけられない組織です。それ相応の人員、資本等の規模があると考えるのが妥当かと」

「厄介極まりないな、下郎共が」

 

 途端、帝の口調が豹変する。

 ギリッと忌々しそうに奥歯を噛み締めると、彼女の苛立ちを表すかのように周囲に紫電が走る。

 帝を中心とした極僅かな範囲ではあるものの、床に幾筋かの亀裂が生まれた。

 

「……帝様。どうぞ怒りを御鎮め下さい。御所が跡形もなく消し飛びます」

「あ、ごっめーん。ついね」

 

 すると、今度は先ほどと同じような軽い調子へと直ぐに戻った。

 

「帝国の興り、貴方たちにとっては神話の中の話だけどね。アタシにとっては昨日の事のようなものだし。いい加減ウザったいのよ、あいつら」

「神界大戦、ですか」

「そそ。女神と男神、どっちが上に立って世界を作るか揉めに揉めた結果よ。まあ? 女神が勝ったから今の世がある訳だけど」

「当時はまだ初代の『帝』様すら生まれていなかったはずでは?」

「生まれたと同時に知ったのよ。理屈は知らないけど」

「権能の第四『宿命(しゅくみょう)』ですか」

「そうそう。アタシは帝国神祖『伊邪那美(いざなみ)』より生まれた現人神。……なんて言うんだっけ、群集個体?」

「少々異なるかと。歴代の帝様方は全て別の精神(自我)を持っていらっしゃいました。言うならば()()()()()、でしょう」

「そっかー。一応とは言え受肉してるから肉体限界はあるんだよねー。時間の権能を持っている『王』が羨ましいな」

「帝様も似たようなものでは? 転生されるまで外見年齢は変わらないのですから。……それよりも」

「うん? ああ、そっか男神狂信者(あいつら)の話ね。うんうん」

 

 そこで帝は椅子に浅く座り直すと、体を背もたれに預け両足を前方へ投げだした。椅子の上でぐったりと大の字になっているような体勢である。

 どうやら神とは言えど楽な姿勢もあるらしい。存外に人間らしい姿だった。

 

「……流石にだらしないかと」

「ここにはユイカしかいないじゃん。いーのいーの」

「……はぁ」

 

 本日二度目のため息を吐いたユイカだったが、気にするだけ無駄と割り切ったのだろう。

 それ以上帝に苦言を漏らす事もなく、淡々と話を進めていく。

 

「帝様の『天耳(てんに)』と『他心』でも見つけられませんか?」

「あれは便利っちゃ便利だけど、視える範囲が狭いのよねー」

「学園までは?」

「東都まではちょっと遠いかにゃー」

「畏まりました」

「でも奴らもそろそろ動き出すだろうね」

「恐らくは」

 

 ユイカの手がぐっと力強く握りこまれる。

 母として愛する息子をそのような環境へ置く事に心を痛めているのだろう。

 

「カオルのためだよ」

「……分かっております。『神勅』がなくとも、あの子は私の息子です」

「そうだね。うん、ありがと」

 

 ──『神勅』。

 

 それは、カオルを何故一人で学園へと配備したかの大元。

 聖女の『眼』によって予言され、帝の『天眼』によって見定められた宿業。

 

 どうして男である彼が近衛騎士と一緒に育てられたのか。

 どうしてミツルギ家長男の存在は公にされていないのか。

 どうして彼の情緒は少し不安定なのか。

 どうしてそんな彼が学園に1人で向かわねばならなかったのか。

 

 どうして、それらの理由が彼へと伝えられていないのか。

 

 その原因は──。

 

「あの子は、『アマネ』は一生知らなくていいの。()()()()生きてもらいたいし。……カナメにも悪い事をしちゃった。あの子のために必死になってくれてるのに。悪者はアタシだけで十分」

「帝様……」

 

 そう言って悲し気な表情で微笑む帝を、ユイカは何も言えず見つめる他になかった。

 

 学園名、カオル=リヒテンバウアー。

 本名、『アマネ=ミツルギ』。

 

 そして、()()天忍穂(あめのおしほ)』。

 

 神代ならばいざ知らず、現代ならば在り得ない出来事。

 神体からの”分御霊(わけみたま)”、西洋風に言えば”処女受胎”が近いだろうか。

 

 

 ――帝『天照(あまてらす)』から産まれた子が、()()()を得てしまった事に起因する。




新情報過多かなぁ、と思いつつ、これでも「いや、今この情報はいらんか」と5000字くらい削ったんですの……。

●結果●
疑問点や謎、帝への不信感≒伏線をバラ撒いた感じになったとです。
許して。(震え声)
設定厨は語りたがる、はっきり分かんだね。(白目)

さて。次話からはカオルちゃんの日常回へと戻ります。
カオルちゃんの羞恥に歪む顔を待っていた皆さま、お待たせ♡
でも山場はもうちょい後やで。(ゲス顔)
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