「──という訳で、人は”魂”、”精神”、”肉体”という三要素によって構成されている」
最近、
更にミスズ様がそんな私たちの様子を見に来て意味不明な言葉を伝えてくるのだから本当に意味が分からない。
他の生徒たちも「どうしたどうした、何か面白そう!」とニヤニヤしながら私を見てくるのだから、これは控えめに言っても大分目立っていた。
もうその辺りはいいや、と諦めている私は相変わらずである。
というのも、レイカ様の態度が劇的に変わった。
これは私に対してだけでなく、他人に対してもである。
具体的に言えば、人当たりが随分と柔らかくなった。
以前までであれば、威圧感を周囲へとバラ撒いていたのだが、最近ではそんな雰囲気をとんと見ない。
普通に喋り、何なら調協性すら見える。
何があったのかと一時期驚いたが、恐らくは
そんなこんなで、最初は豹変したレイカ様にビクビクとしていたクラスメイトたちも、今では彼女の軟化した態度にすっかりと慣れたようである。
私の様子をニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべて観察するくらいにはレイカ様もこのクラスに溶け込んだらしい。
悪いか悪くないかの二択で言えば、レイカ様の変化は決して悪くない。
ただ、渦中にいるのが私だと言う事が素直に喜べない最大の要因である。
「カオルさん、本日のお昼はどうされるおつもりで?」
現在は魔法学概論の授業中である。
そんな事など知らんとばかりに私へと話しかけてくるレイカ様に、私も段々と慣れてきている現実が少し恐ろしい。
「人が死んだ際に魂と精神は肉体から離れ、いずれ精神は消滅し魂は輪廻へと還る。また、魂は時空を超越し過去にも未来にも向かう。どこかで見た事、聞いた事がある、いわゆるデジャヴュというものは魂に刻まれた記録の断片であり──」
そんな私たちの様子に気付いているのかいないのか、教壇に立つ
「精神は自我を持ち記憶を宿し、魂は信念や執念を持ち記録を宿す。魂と精神は相互に干渉しあい、経験が精神に与えた強い影響は信念、執念として魂に刻まれる。そのため、特に強い信念、執念は転生した後の現世の精神に強い影響を及ぼす事がある」
魔法の強さへ精神が及ぼす影響は強く、精神へは魂が及ぼす影響が強い。逆に印象に強く残る経験をした精神は魂へも影響を与える。
そのため、魔法理論を解読するためには魔法学的な人の構造を理解していなければならない。
つまり、今はそれなりに重要な説明がされている訳である。
「いえ、今日は特に」
「ならば、本日も共をしなさい! な、何故か今回もお弁当を作りすぎてしまいましたの!」
「最初はご自身で料理をされる事に驚きましたが、いい加減に量の調節を覚えましょうよ……」
「わ、我が家は公爵家なのです。みみっちい事をする気など毛頭ありませんわ!」
「いや、残したら勿体ないじゃないですか。しかもほぼ毎日ですし」
「だから貴方に頼んでいるのでしょう!」
若干顔が赤くなっているのは、いつまで経っても上手い具合に1人分を作れない恥ずかしさからだろうか。
まあ、残飯になるよりかは
「経験よって精神が得た強い信念、執念が魂に追加されるか上書きされるかはケースバイケースだ。──と、今日はここまで。号令」
ここで、授業終了を告げるチャイムが鳴る。
正直、殆ど先生の話を聞いていなかったが、この辺りの内容であれば既に頭の中には入っている。
多くの生徒にとっても復習的要素の強い範囲だったので、先生も煩くない程度のお喋りを黙認していたのだろう。学園の中では随分と緩いタイプの教諭である。
「では、行きますわよ!」
そして、レイカ様は相変わらず元気だ。
何故にそのようなバイタリティを常に発揮できるのか。少し羨ましい。
「あら、本日もカオルちゃんがレイカ様とご一緒されていますわ」
「本当ですね。流石ですわ、カオルちゃん」
「あのレイカ様をも懐柔してみせる。流石の癒し度ですわね」
それと、いつの間にか私の呼び名が「様」から「ちゃん」へと変わっていた。解せぬ。
「貴方がた、私たちは見世物ではなくてよ!」
「分かってますわよ、レイカ様。レイカ様の愛しいお供を奪ったりなんてしませんわ」
「ええ、ええ。カオルちゃんとの蜜月を失わせるなんて勿体のうございます」
「分かっているならいいわ!」
いや、分かってないよ。
なんだよ、蜜月って。
私とレイカ様の関係がすっごい飛躍されてるんですが。
私を女だと信じるみたいな事を言ってたじゃないか!
やっぱり百合なのか! そうなのか!?
私の顔が発熱する。
こういった弄られ方には慣れていないんだ!
「ああ、カオルちゃんがお顔を真っ赤にされて俯きながら両手でスカートの端を握ってプルプルと小鹿の様に震えてらっしゃるわ!」
「ねえ、レイカ様。私もカオルちゃんにあーんしてみてもよろしいかしら?」
「それは私だけの特権よ!」
「「「えぇ~~~」」」
私はペットかな?
恥ずかしさで怒りすら湧いてきたぞ?
「いい機会ですからここで宣言しておきましょう!」
ここでレイカ様が動く。
ふわりと短めのスカートをなびかせながら優雅に教壇へと降り立つ。
既に教諭は教室を出た後。室内にはこちらを見てキャッキャと喜んでいる女性たち。
そして、
「カオルさんは、私のモノですわ!!」
「「「ヒューーーッ!」」」
何がヒュー、だ。
あのお猿さんは悪い意味で吹っ切れてしまった。
もはや女であるはずの私への好意を隠そうとすらしていない。
いや、だって流石にこれだけ構われたら分かるよ。
「聞き捨てなりませんね!」
そして、バーンと教室のドアを開け放ってくる教師が一名。
ああ、またなんか増えた……。諦観だよ。
「くっ、出ましたわね、お義姉様!」
「誰がお義姉様ですか。私は認めませんよ」
ズンズンと私たちへ近づき私の肩をそっと抱え込んだのは
今日もグレーのフード付きパーカーにホットパンツと言う教師としてはラフすぎる恰好でのご登場である。
また、翡翠色のセミロングの髪は結わえられポニーテール仕様になっており、何故か室内でキャップを被っていた。
「私はレイカ君を義妹だとは認めていませんよ」
「私の愛は、その程度の言葉で折れるような貧弱な物ではありませんわっ!」
「「「ヒューーーッ!」」」
無駄に煽るのやめろや、クラスメイトたちよ。
「カオル君の
「なんとしてもその牙城を崩して見せますわ! 私が乗り越えるべき壁は教官の他にも多くいるのです。このようなところで諦める気など、毛頭ありませんことよ!」
片や敵愾心を鉄面皮に隠しつつ、私の保護者としての地位をいつの間に確立していた学園教師。
片やガルルと威嚇するかのように目つきを鋭くし、威勢の良い啖呵を切る公爵令嬢。
動物園かな?
姉上の過保護っぷりは少しこそばゆい感じがするが今更である。
昔から私の事を大事にしてくれていたのは十分に実感しているのだ。
この程度の事で狼狽える事もない。
流石に抱き寄せた肩をさすってくるのは変態チックだったので、手の甲を少し抓ってあげた。
しかし、レイカ様の豹変ぶりには、時間が少し経ったとはいえ、驚きを隠せない。
正直に言ってしまえば、ここまで思われるのも悪い気がしないのである。
ただ、出会い方が最悪であっただけに、どうしても疑いの眼から入ってしまうのは致し方ないだろう。
その辺りも気を使っているのか、「愛ですわ!」と叫んでいる割りには直接触れてくるような事もしていない。
一応は理性を保っているのだろう。
ぶっちゃけ見直した。
勿論、まだ警戒はしているけれど。
「ふっ、今宵もまた良い月だね」
「まだお昼ですよ、ミスズ先輩」
「君は月のように輝いているから、逆に周囲が暗がりに見えてしまうのさ」
「時間的には太陽の方がしっくりきますが」
いつの間にかミスズ先輩も来ているし。
本当に、ここ最近の周囲への話題提供には事欠かない。
「まあ、今度は二年のミスズ様よ!」
「男装趣味で変態ですけれど、顔は良いですからね」
「確かに、男性モデルとして見れば悪くないかもしれないです……」
ミスズ様を見慣れてきたクラスメイトたちが毒され始めてきている。
どれだけ男性に飢えているんだよ。恐怖を感じるわ。
でも確かに、ミスズ様はイケメンと言っても良い雰囲気を持っている。
私は元々は男であるし、そういうタイプは全く好みではないのだけれど、逆に話安いという利点はある。
「君の輝き方は太陽のそれでない。周囲を力強く照らすのではなく、引き立てるようなさり気なさと儚さを持っている」
「「「分かる」」」
最近、
何を喋っているのか良く分からない点以外は良い人だと思うんだけどね、ミスズ様は。その欠点が結構厄介というだけで。
「こ、こんな事をしている場合ではありませんでした! ほら、カオルさん。お昼に致しましょう」
「ああ、はい。分かりました」
「では、僕も」
「私も同行いたしましょう」
「邪魔ですのでご遠慮下さらないかしら?」
「「だが断る」」
自称姉上の試験から約一か月。
私の今の環境はこんな感じである。
……「ちゃん」って呼ばれるのはやっぱり恥ずかしいなぁ。
レイカ:愛ですわ!(同性愛)
ミスズ:尊み!(男装)
カリーナ:保護者!(ブラコン)
うーん、この