「あ、の」
なんとか顔の火照りを沈めながら体操着を着て部屋から出ると、扉の脇にはレイカ様がいた。
何とも気まずそうな表情で視線も明後日の方を向いている。私に声をかける事ですら、相当に勇気を出したのだろう。
しかし、少し冷静になってみると、下着姿を見られた事よりもそれによって性別がバレた事の方が圧倒的に不味い。
これは任務なのだ。
更に言えば女装して女子校への潜入だ。
普通に考えれば変態である。
ああ、これで私も変態の仲間入りか。はは。
乾いた笑いしか出てこない。
いや、だから今はそれどころじゃないんだって。
どうやって誤魔化す?
やはり処置か? 処すか?
未だ頬に朱の色を呈しながら、私は頭の中で今後のプランを考える。
視界の端であたふたとしている
まずは姉上に相談すべきだろうか。
今回の任務を預かっているのは諜報部ではなく
なぜ隠密捜査で騎士団が出張ってくるのかは不思議に思ったが、越権行為だと思い深くは追及していない。親子とは言え、上官の命令は絶対である。
そう考えると、副団長である姉上が連絡も取りやすい上に心情的にも話しやすい。
私の事をフォローしてくれている諜報部の面々が既に母上には連絡をしているだろうし、そういった面から見ても姉上に報告するのが妥当だろうか。
そんな事を考えている時だった。
「きっさまぁぁぁぁぁああああ!!」
──ガシャァァァアアアアン!
廊下に並んでいる窓ガラスの一枚が砕け散り、外から
普通にやってくる事は出来なかったのだろうか。
床には砕け散ったガラスの破片が散らばり、その中央からのっそりと幽鬼のように体を起こした
「お、お義姉様!?」
「誰が貴様なぞの姉かっ! よくも、よくもよくもよくも! 私の可愛い可愛いカオル君の着替えを覗いたなぁ、え゛ぇ゛っ!?」
大層、お怒りである。
ていうか情報回るの早いなぁ。流石だよ、諜報部。
この状況で姉上の事をお義姉様呼びするレイカ様も流石だよ。褒めてないぞ?
「いえ、決してワザとでは……!」
「それで許されるんなら軍隊はいらねーんだよ!」
「た、確かに」
納得しちゃったよ、猿。
あーあ、ここ最近は少し見直し始めてたのに……。
少し残念な気分にもなるが、姉上の口調がコロコロ変わるのは何なのだろうか。
前から興奮した時は粗雑になっていたが、ここ数年は職務もあってか随分と落ち着いていたのに。
私絡みの問題が起きていなかったからだろうか。姉上も過保護だなぁ。
そもそも、覗かれた本人ほっぽって喧嘩はやめません?
「カオルさん、故意では無かったにしろ、不貞を働いたのは事実。深く、深く謝罪致します。大変、申し訳ございませんでしたぁ!」
少々思考を放棄して成り行きを見守っていたが、なんと今度は土下座し始めたレイカ様。
まあ、心を入れ替えて誠実に行動しようとしてるのは分かってるからね。
実はそこまで怒ってないんだ。ただ、とても、ものすごーく恥ずかしかっただけで。
「だからよぉ、謝って済む問題じゃねぇんだわ、な? どう落とし前つけんだテメェ?」
姉上は完全にブレギレモードですわ。
土下座している
誰かに見られたらどうするんですか。良く見ても教師が生徒にパワハラしている図にしかなりませんよ。
普通に見たらただのヤクザです。
ちょっと怖いです……。
「チッ! カオル君については
「え?」
「糞猿、私だ」
『おい、母に向かって、というより上官に向かっての暴言は極刑だぞ?』
「カオル君の着替えが覗かれました。下手人は聖女候補、レイカ=ダイドウジ」
『はい、死刑』
「異論なし」
「いやいやいや、ちょ、待って下しあ!?」
……噛んだ。
何故このタイミングで噛むんだ私は。
もう死にたい。
『え、今、カオルちゃん、噛んだ? 録音してる?』
「この通信機には自動録音機能がついています。問題ないかと」
『いえーい、グッジョブ! それはそうと、
「了解」
──ピッ!
な、何なんだ、一体……。
現状に全くついていけていない私は恥ずかしいやら焦っているやらで、ちょっと涙腺が緩んできた。
泣きそう。
「すみませんね、カオル君。本来ならばもっと穏便に私が運ぶはずでしたが、このような事になって、し、まい……。おら、糞猿二号。テメェのせいで私のカオル君が泣きそうじゃないかっ!?」
「うぐぅ……何も反論できませんわ」
もう良いからさ、説明して。ほんと、お願い。
「姉上」
「! なんですか、カオル君。さあ、怖かったでしょう。私がしっかりこいつを懲らしめておきますから、もう安心して良いのですよ?」
「何でここにいるんですか? 授業はどうしたのですか? それと、追々話すとはどういう事なのですか?」
「……」
両腕を私に向けた状態で固まる
ここでその腕の中へ飛び込むと思ったのだろうか?
私は痴漢行為ではなく現状の把握が出来なくて悔しいんだよ。察しろよぉ……。
この任務は私が任されたものなのにぃぃぃ。
私だけ仲間外れみたいでぇぇぇ。
何か知らない内にトントン話が進んでるみたいだしぃぃぃ。
何の為に私はここに派遣されたんだよぉぉ……。
ほんとに泣くぞ、ゴラァ!?
「す、すまない! これからキチンと説明するから!? な、だから泣かないでくれないかっ!?」
「うううぅぅぅぅ!」
瞳から零すまいとする涙で滲む視界。
何か最近は特に情緒不安定だなぁ。子供の頃に戻ったみたいだ。変な心の声も聞こえるし。
への字に結んだ口。眉間には皺を寄せ、両脇で握りしめた拳は小刻みに震えている。きっと顔も赤くなっている事だろう。
本当に子供だ。駄々をこねる子供、そのものだ。
頭の片隅に残った冷静な部分で自分を俯瞰してみる。しばらく後に自己嫌悪へ陥る事間違いなしだ。
「いや、今回の任務は本当なら緊急性の高いものではなかったんだ。だからこそ、当初は君一人に任せようと思った。君の今後を考えればどこかで実績が必要だったからな。だが、君が入学する直前に聖女が新たな予知を視た。そこで、急遽方針を変えたんだ。直ぐに君へと伝えなかったのは──ここで話すのも不味い。場所を変えよう」
早口でまくし立てる教師に、いつの間にか蚊帳の外となっていたレイカ様はポカンとしている。
必死にキリリとした凛々しい表情を作ろうとしているがバレバレである。
何のことだか分からないが、割り込める雰囲気でもないのだろう。
先の痴漢行為で居心地が悪いと言うのもあると思うが。
「と、いう訳だ。レイカ=ダイドウジ嬢、ご同行願おうか」
「いえ、むしろ願ったりですわ。このような事をしでかした私を、思いっきり殴って欲しかったんですの。……できればカオルさんに」
「姉上、好きにしちゃって下さい」
「任された」
何が「という訳で」なのかは分からないが、変態の片鱗を如何なく発揮した猿は滅されろ。
「あら? ではもしかして私……百合ではなく、通常の性癖を持っていましたのね!」
マジで氏ね、猿。
とにかくカオルちゃんを泣かせたい(愉悦)