「で──どうして貴方がいらっしゃるのかしら? 先・輩?」
「何、簡単な事さ。僕は真理の探究者。それ以上の理由がいるかい?」
「この方は何を仰っているの、カオルさん……?」
「私に聞かれても分かりません。本当に分かりません……」
授業が終わった放課後。
私たちは謎のスゴ腕教師『カリーナ=ヨークシュバルト』の調査へと乗り出していた。
彼女はどうやら臨時講師らしく、つい先日、というよりも本日学園へと着任したばかりらしい。
それでいきなり私たちの授業を受け持つなど、どう考えてもおかしいだろう。
ただ、何故かもう一人の聖女候補である『ミスズ=ラッテンハイム』様がついてきた。
本当に何故だか分からない。
レイカ様だけでも頭が痛いというのに、どうしてこう上手くいかないのだろうか。
本当なら「男でもしっかり仕事をこなせると証明できる!」と息巻いて学園に来たというのに。
私の評価がどうなっているのかは知らないが、少なくとも当初よりかは下がっている気がする。”男”というだけで、余計に。
これでは私を指名して下さった帝様に合わせる顔がない。いや、本当に顔を合わせた事など一度もないのだけれど。
私の胸中に渦巻く悲哀には全く気付いていないお嬢様二人は、私の頭上での言い合いを続けている。
本当、どうしてこうなったんだろう……。
「私が! カオルさんと! 調査するのです! 先輩は黙ってお帰り下さらないかしら!?」
「何を言う。今朝の出来事で余計な干渉は止めようと思ったが、レイカ嬢がカオル嬢に付きまとうのであれば、これを看過できない!」
「カオルさんは私の供とする事にしましたの! 常に側に侍るは当然ですわ!」
「カオル嬢を、常に側へ……!? なんて羨ま、いや、なんて傲岸不遜な態度なんだ!」
私よりも背の高い二人の喧嘩は、私の頭上から降ってくる。
言葉の雨だ。鬱陶しい事この上ない。
件の教師カリーナについて思考のリソースを回したいのに、いつまでも霧のように私に纏わりつく不安。そして頭上の喧噪。
いい加減、堪忍袋の緒が切れそうであるが──私は怒ったり拒絶したりするのが苦手だ。
生来の男気質なのだろう。
女性に顎で使われる事に抵抗がなく、男は女に尽くすものだと言われても「そういうものか」と納得できてしまう。
帝国の慣習から、そういった男性が世の中に多いのは理解している。
しかし、私はただ、周囲の期待に応えたかった。
私の中にあるのはそれだけだった。
私に剣術を教えてくれた母上。私に軍略を教えてくれた姉上。私に仕事を与えてくれた帝様。
皆が皆、『私には
ともかく、私は世の男もやれるのだと、そうでありたいと思っていた。
それなのに、レイカ様からはセクハラされ、クラスメイトからは可愛がられ、ミスズ様からは庇護の対象としてしか見られない。
情けない。
いくら自分を磨いても、やはり私は女性に敵わないのだろうか。結局、男は家で大人しくしていれば良いのだろうか。
自分なりに頑張ってきたつもりではあるのだが、結果がこれでは……そうか、自業自得なのか。
なんだ。余計惨めになっただけじゃないか。
知らず、目に涙が溜まってくる。
もう、頭上の
皆、ごめんなさい。こんな役立たずで、ごめんなさい。
「カオルさん!?」
「カオル嬢!?」
必死に涙が零れないように、周囲に見られないようにと俯いていた顔を無理矢理持ち上げられる。
突然の出来事に、ぎりぎりで溢れていなかった滴が一筋、頬を伝って流れ落ちた。
「「……──―!!??」」
私の目の前には、呆然とした顔のレイカ様とミスズ様。
しかし、その表情も一瞬で、次に浮かべたのは如何ともしがたい驚愕に彩られた顔だった。
絶句。
一言で言えばそのような感じだろうか。
いくら女性の真似事をしているとはいえ、泣き顔を見られるなど恥ずかしい。
私は急いで涙を拭うと、いつものように愛想笑いを浮かべた。
少々不格好かもしれないが、泣き顔よりかはマシだ。
「え、えっと。すみません。少し、思い出し泣きを」
自分でも下手くそな嘘だな、と思う。なんどよ、思い出し泣きって。
徐々に自然な笑顔へと作り変えると、レイカ様とミスズ様は何とも言えない気まずそうな顔で視線を逸らした。
ミスズ様は分かるが、レイカ様でもそんな顔をするのかと、少し以外に感じる。
しかし、私に対して謝罪した今朝の件を鑑みるに、そこまで厚顔無恥という訳でもないのだろう。
不良で変態で横暴で我儘で、横柄で尊大で向こう見ずなところはあるが、まあ、そこまでクズでもないのだろう。
昨日、私にしたことは決して許す気などないが。
「レイカ嬢」
「何ですの」
「ここは一時休戦といこうじゃないか」
「……ふんっ。致し方ありませんわね」
何だか纏まったらしい。
私の涙がそこまで効いたのだろうか。
母上の言っていた「涙は男の武器!」説も信憑性を帯びてきた。
けれども、私の事は”男”としてもう疑わないと発言したのはレイカ様だ。
女の涙も武器になるのだろうか。ただ軟弱な印象しか与えないと思うのだけれど。
「その、何と申しましょう、つまり、えっと……悪かったですわね」
「え?」
「僕からも謝罪させて欲しい。君は笑顔の方が似合っている」
「え?」
「貴方のその気障ったらしい物言い、何とかなりませんの?」
「ふっ。僕は僕であるが故に僕なのさ」
「……何を仰っているの?」
少し仲良くなった?
女性の友情は私には良く分からない。
「その、カオルさん」
「はい、なんでしょうか?」
私はより自然な形に近づいた愛想笑いをレイカ様へ向ける。
「その顔はおよしなさい」
「え……?」
表情が固まってしまう。
「他人に媚びるような顔は止めなさいと、そう申し上げているのです」
「媚びて、ますか?」
「ええ。貴方は自分に自信がないのかしらね。いつ見ても薄っぺらい笑顔を張り付けて、流石の私でも鼻につきます」
「レイカ嬢は言い方に美しさがない。──君の笑顔は周囲の者を華やかにさせる。心は澄み、穏やかになれる。しかし、そこに君の本心は、無い」
「装飾華美ですが、まあ言わんとしたい事は分かりますわね」
……何なんだ、このお嬢様方は。
私がどんな気持ちで任務に挑んでいると思っているのだ。
私がどんな心境で貴方たちに振り回されていると思っているのだ。
私がどんな環境で己を磨き上げてきたと思っているのだ。
「……レイカ様は、少しでも気に入らない事があると癇癪を起しますね」
「んぐっ!? な、何ですの! 何か文句でもありまして!?」
「ミスズ様は、全く周囲の目というものを気にされません」
「な、何だい? 今度はもしかして、怒っているかい?」
「今度はって何ですか?」
「「えっ?」」
「いつもです。私はいつもお嬢様方に振り回されています。それも、この容姿のためですか?」
「ち、違うわ! 私はもう、貴方を男としては見ないと申し上げましたもの! それが貴方への侮辱になると、そう気づきましたもの!」
「僕もだ! 確かに、始めは君の容姿に惹かれた。だが、今はただ、君の助けになりたい! 君のような輝きを曇らせたくないだけだ!」
「だったら!」
ああ──これは八つ当たりだ。
任務に忠実であれ。完璧であれ。迅速であれ。
”男”という世間の評価を、私が覆して見せる。
そんな子供じみた目標に振り回され、異性のみという環境に振り回され、孤立無援な地での任務に振り回され。
本当は知っていたんだ。私には荷が重すぎると。
母上や姉上の危惧も当然だ。騎士団の皆も「何故?」といった困惑が拭えていなかった。
ただ一言、帝様が『やれ』と言った。
その一言で、私への無理難題は決まったのだ。
本当にこれは期待だったのか?
男である私が騎士ごっこをするのが煩わしかっただけではないのか?
早々に使い潰してしまおうという魂胆ではないのか?
そもそも、私は女らしくなどないのだ!
だったら、
「どうして私に構うのですか? 私の輝きとは何ですか? こんな頼りない者の、どこに惹かれるものがあったのですか!?」
「「その瞳だっ!!!」」
「え……」
即答されるとは思っていなかった。
されに、その理由が瞳?
何のことか分からず、私はポカンとしてしまう。
何なのだ、このお嬢様方は。
「カオルさん。貴方の瞳は、始めから誰も信頼などしていませんでした」
始めに口火を切ったのはレイカ様だった。
「最初は気付きませんでしたわ。しかし、昨日の……去り際に見た目。私を蔑んでいたはずの目の中に、普段と同じ色が見えました」
「何を、言って」
「この場の誰も頼らない。誰も寄せ付けない。人当たりが柔らかい貴方の中に、確かな孤独を感じました。──私、これでも公爵令嬢ですのよ? 人を見る目は確かなつもりだわ」
「……変態の癖に」
「うぐっ!?」
「君の瞳は心を見透かすように透明で、底の見えない沼のように淀んでいる」
「帝国語で仰っていただけないかしら?」
ズイと前に出てきたミスズ様を鬱陶しそうにレイカ様が見る。
私にも何を言っているか分からないので、是非に帝国語で喋って欲しい。
「僕たちの心は硝子。脆く、儚く、されど先の見える透明で、光が当たれば眩く光る」
「……」
レイカ様がウンザリとした表情になってきた。
凄い。レイカ様を言葉だけでここまで追い詰めるなど、ある意味で尊敬する。
私も先ほどまでの怒りと混乱が落ち着いてきてしまった。
ミスズ様の言葉は魔法のような鎮静効果があるらしい。
「そんな硝子はね、淀みにも敏感なのさ。そして、無遠慮に踏み込む土足にもね」
「つまり?」
イライラとしたレイカ様が先を促す。珍しい。
まだ付き合いも短いが、少なくとも先の見えない演説に付き合うような方ではない。
「君の瞳を初めて見た時、僕は雷に打たれた」
「そのまま心肺停止にでもなればよろしかったのに」
「純粋である無垢なる瞳。何も映さず、何者にも踏み込ませず! そして、硝子の舞台へ素足で舞うが如く清廉な瞳!」
バッと大仰に両手を天に広げるミスズ様。
思わず手を目で追ってしまった。
「しかして、その瞳には虚無なる魂が宿っていた!」
「でーすーかーらー!」
合いの手のように文句を言うレイカ様。
この芝居はいつまで続くのだろう。
いい加減、私も冷静になった。
廊下の片隅でやるには恥ずかしい演目だ。
「僕は、その虚無なる魂を救済したい!」
「カオルさんの輝きはどこにいきましたの!?」
「これから語る!」
「もう良いですわっ!?」
涙も引っ込んだ目を白黒とさせる。
彼女たちは、結局何がしたいのだろう。
「とにかく!」
レイカ様がキッとこちらを睨みつける。
しかし、そこにはいつもの迫力がない。どこか、こちらを気遣う様な色すら伺える。
あのレイカ様が?
私は何度このお嬢様方に対して驚けば良いのだろう。
「カオルさん。貴方に狼藉を働いた私ですが、それでも私の矜持は失われていません。例え滑稽で、無様で……変態と罵られようと、このレイカ=ダイドウジの生き様は、決して他人には犯されません」
「僕の魂はカオル嬢と共鳴した。無数にある魂の寄る辺は、いまここに互いを認識した」
「私は、貴方のその瞳が許せませんの!」
「僕は、君のその瞳が苦しいんだ」
「強い癖に不器用で」
「弱い癖に強がりで」
「能力はある癖に自信がなく」
「頼りない自身を必死で鼓舞する」
「そんな貴方のやり方は」
「そんな君の在り方は」
「「反吐が出る程、愛おしい」」
何なのだ、このお嬢様方は。
一体、何なのだ。
呆然とした顔で二人を見る。
真剣な顔つきだった。そこに嘘はなく、真摯に私へ向き合おうとしていた。
私の何が彼女たちを呼び寄せたのか、未だに良くは分からない。
けれども、彼女たちが私の事を本気で考えてくれている事だけは分かった。
どこか胸の中でモヤモヤとしていた鬱屈は、腫れが引くように痛みを消していく。
未だ疼く傷ではあるが、それでも先ほどまでに比べたら晴れやかな気分にもなれる。
「ありがとう、ございます」
私は言う。
こんな愛すべき馬鹿はいないのではなかろうか。
母上や姉上のような無償の愛ではない。
近衛騎士団のような労わる愛でもない。
ただ、『友』としてあろうとする二人の姿が、私にこそ、とても眩しく見えた。
だから言うのだ。
礼を、感謝を、そして親愛を。
「ありがとう、ございます!」
その時の笑顔は、私としても会心の出来だった。
別に演技とか魅せてやろうなどといった下心ではなく、単純な感謝を伝えるだけで、こうも笑顔になれるのか。
「「──……うん」」
彼女たちの薄味な反応が可笑しくなって、私はクスリと笑みを零してしまう。
そうか。
同年代との付き合いって、異性でも案外出来るものなのだな。
周囲には年上のお姉さんたちしかいなかったから、こんな関係など想像もしていなかった。
そうか、私は”私”で良かったのか。
勿論、男だと思われてはいけないのだけれど。
再びクスリと笑みが溢れる。
その瞬間、パチパチと場違いな拍手が響き渡った。
「ふむ、美しい。これぞ友情、ですね」
「「「!?」」」
しまった。
感情に揺さぶられて気配遮断や察知を怠ってしまった。
気分が持ち返したところで直ぐ様に次の失態だ。自分で自分に嫌気が差す。
しかし、私の中では新たな想いが芽生えていた。
──聖女候補と護衛。その関係に留まらず、私たちは友になれるのではないか。
だからこそ、目の前の
「私の事を探るのは結構ですが、少々目立ちすぎですね。──カオル君は途中まで及第点だったのですが、最後の詰めは甘かったようです」
そこには、相変わらずの無表情で佇む女性、『カリーナ=ヨークシュバルト』がいた。
一体、何ーナ=ヨークシュバルトなんだ……