桐桜学園臨時教師である女『カリーナ=ヨークシュバルト』。
月下に佇む彼の人は、私たちを見つめながら心なしかドヤ顔で宣言した。
『カオル君は生き別れの妹である』、と。
その無表情に溢れる迫力たるや、レイカ様ですら気圧される程だ。
ドヤ顔であるとも言ったが気配は必死なもの。ここにくるまでの苦労が滲み出てしまったのかと錯覚しそうだ。
紺色のホットパンツにグレーのフード付きパーカーといったラフな格好は、まるで世間では目立たないために
そんな闇の中で薄っすら光を反射する黒い瞳には、執念とも言える炎が燃えている。
翡翠色の髪を肩口で揺らし、普段着のような恰好、漆黒の瞳、すらりと伸びた肢体に不釣り合いな胸部。鈴のように軽やかな声を持つ女性は、無表情でありながら悪鬼が如き渇望を宿らせていた。
チグハグである。
どうすれば、ここまで不揃いな印象を抱けるのだろうか。
目の前に実例があるのだが、私にはどうにも現実味が薄く感じられた。
「カオルさんの、姉、ですって!?」
「し、しかし! カオル嬢は確か一人娘のはずでは……!?」
「カオル君は私の事は知らないでしょう」
私以上に動揺していたのはお嬢様方二人だ。
騒然としつつも嘘か本当か見極めようと必死でカリーナを見据える。
その様子を見て、私は逆に落ち着いてきた。相手の特徴を整理してみよう。
私の姉を自称し、私が開発した理比天流を扱え、無表情で分かりにくいが案外感情が表に出やすく、声が綺麗で、高身長の上に胸が大きい。そして何より相当な刀の使い手だ。それこそ──。
……。
んんっ?
「初めにお伝えしました。私に一撃を入れたら教えましょう、と」
相手から挑発するような声がかかる。実際にしているのだろう。いや、これは発破だろうか。
私が一人で思索に耽っているのをよそに、レイカ様とミスズ様は気合を入れたようだ。
レイカ様は刀を正眼に構えるだけでなく、魔法にて生まれた炎を刀身へと廻らせる。『
また、ミスズ様は背筋を伸ばし後ろ脚へ力を溜めるように少し腰を落とした。微動だにしない姿は山を彷彿とさせ、携える細剣からは冷気が漏れ始める。こちらは『武双・氷華』である。二年生と言えども、この時期で使える人も少ないだろう。流石である。変人ですけれど。
どうやら本気も本気で行くようだ。
相手の命を奪い取るほどの威力を持つ武双は校内での使用が禁じられていたが、カリーナの実力を考えればそのくらいした方が良いと判断したのだろう。
つまり、まずは自称姉上に一発かますところから始めるらしい。それには私も賛成だ。
「ふむ。武双を既に習得しているのですか。二年生はまだしも一年生は『現界』を会得していれば十分なのですが。いやはや、とても優秀ですね」
純粋に驚いたのか、カリーナは僅かに瞠目する。
しかし、それも一瞬で元の鉄面皮へと戻ると、
「よろしい。いつでもどうぞ」
先ほどと同じく半身となって片手持ちの刀を正眼に構えた。
「でぇぇい!」
レイカ様が飛び出す。
愚直に前に突き進む様は猪さながらだ。ミスズ様はまだ動かない。
カリーナは無言でレイカ様の炎剣を受け止めた。
先ほど違って、今度は鍔迫り合いと化す。
「貴方がカオルさんの姉だと言うのならば!」
レイカ様が吼えた。
刃を合わせたままカリーナを中心に円を描くように横へとずれていく。
カリーナは尚無言のまま、大人しくレイカ様の動きに刀を合わせていた。
「何を今更出てきたのですかっ!」
炎の勢いが増す。
天へ立ち上る狼煙のように、カリーナの刀から煙が出てきた。溶けている。それほどの高温を操り自身の刀へ纏わりつかせるのは生半可な技術ではない。
本当に規格外のお嬢様である。
「……確かに、今更、ではありますね」
対して、カリーナは溶解しかけている己の得物を一瞥もせず、ただ静かに言葉を紡いだ。
もはや狂気の沙汰である。
胆力が並外れているとも言えるのだろうが、このままでは刀諸共一刀両断だ。
「シッ!」
そこへ、追い打ちをかけるようにミスズ様が跳ねた。
バネのようにしなやかな体を伸ばし、一直線にカリーナへと細剣を繰り出す。
「妹を託すに値するか我らを試す。ならば、我々は貴殿が”姉”として現れた意味を問おう!」
単純な突き。
しかし、ミスズ様の刺突は風を切り裂き飛来する流星であった。
そこにどれだけの威力が秘められているのかは、受けてみずとも想像が出来る。
「簡単な事です」
超越者然として迎え撃つカリーナ。
「それが、
「では、説明という責務を果たして頂きます」
「「「っ!?」」」
自分でも驚くほどに低い声が出た。
普段から高い声で、そこは女らしいと言われた私の声。
けれども、今の声は割と男の子らしいアルトくらいの声だった。
思わず、である。
「姉の責務です」とか恰好付けたところ悪いが、さっさと退場してもらおう。
レイカ様やミスズ様と良い感じに熱い展開が繰り広げられていたが、どうして女性はこう変なところで拘りたがるのだろうか。
今までの葛藤や疑惑、不安を少し返して欲しい。
八つ当たりだよ、文句あるか?
「
「あ、待ってくれ! それはマズい気がする!」
カリーナが何か言っているが知らん。
あと口調が少し変わっていますよ、姉上?
レイカ様とミスズ様の間を縫う様に駆ける。
「”
「がぅ!?」
姉上は変な声を上げて地に沈んだ。
レイカ様とミスズ様はポカンとしている。
恐らく何が起こったのか分からなかったのだろう。
空気が読めなくてすみませんね。ええ、申し訳ない。
「これで、どういう事か説明してくれるんですよね? ──姉上?」
三人は何も言わず静かに頷いた。
「……こほん」
流石に気まずくなって軽く咳払い。
気持を切り替えて彼女の事情とやらを聞こうではありませんか。
「で、先生?」
「わ、分かった。分かりました。だから怒らないで聞いてくれ」
別に怒っている訳ではないのだけれど。
「んんっ!」
自称姉上は首の後ろ辺りをさすりながらすっくと立ちあがると咳払い。
そこまで強く打っていないし、まあ当然であろう。
他の二人は少し驚いた様子だったけれど。
「話すと少し長くなるのだが……そうですね。私の部屋にでも行きましょうか」
途中で口調を直す余裕は戻った様である。
私たちに異論はなく、とりあえず彼女の後をついていくのだった。
もはや、私の中では彼女に脅威を感じないというのが大きい。むしろ本来ならば心強いはずなのだ。
今回の登場の仕方は少し冗談が過ぎたように思える。やっぱり後で少し怒っておこう。
……いや、本音を言えば嬉しいんだけどね。すぐには言ってやるもんか。
その後、自称姉上から説明された内容は以下のようなものだった。
カリーナは帝国子爵の長女として生まれるが、カオルがまだ一歳の時に人攫いにあってしまう。
カリーナは当時六歳らしく、今でも人攫いなど野盗の類は結構いるのでそこまで不思議な話でもない。
そして、彼女は人攫いから闇組織に売られたと言う。
組織の名は『
世界を股にかけて悪事を働き、世界に邪神を呼び出す事を目的とした組織だそうだ。
なんというか、その、ネーミングセンス……。
そこで戦闘人形として育てられ、ずっと裏家業をこなしてきたらしい。
しかし、数年前に仕事に失敗し帝国に捉えられる事となる。
後は処刑を待つのみとなっていたのだが、なんと帝に見出され帝国の諜報部に入る事になったのだと。
……段々と無理が出てきた気がする。
絶対に設定を考えたのは母上だ。何故この設定で行こうと思ったのだろうか。
そして今回、聖女候補の護衛の任を受け学園に潜入。
そこでカオルを発見した、という事らしい。私の事はプロフィールと見た目ですぐに分かったようだ。
その後は帝に直談判し表立って護衛する許可を得る。
で、今回の試験で驚かせようとした、というのが全容のようだ。
最後に、「ちょっと調子に乗りすぎました、すみません」なんて殊勝に謝っていたけれど。まあ、うん。別にー、いいけどねー。
勿論、これらは設定。
その証拠に、自称姉上は帝の命である”菊紋”を見せてくれた。
そんな物をお嬢様方に見せて良いのかと内心で驚いていたのだが、どうやらお嬢様たちは自称姉上を信じてくれたようだ。
「その、すみませんがカオル君と二人にしてくれますか? もう遅いですし、貴方たちは部屋へと戻りなさい。迎えはこの部屋の外で待機していますので」
そういった彼女に、お嬢様方はやや真剣な面持ちで頷き退出していった。
△▼△
お嬢様たちが部屋を出た後に、自称姉上が改めて説明を始める。
「すまない」
「何がですか?」
「黙っていた事だ」
「どうしてですか?」
「その、驚かせようとも思って」
「は? 任務の機密性のためではないのですか?」
「いや、その、レイカ君が君に、その、不貞を働いたと聞いて、その、少し懲らしめようというか」
「ミスズ様は? 関係ないのでは?」
「それも、その、校内で君たち三人の今朝の行動が噂になっていたから」
「ああ、まあそうでしょうね」
「ちなみに」
「なんでしょうか?」
「どこから気付いていたんだ?」
「理比天流を使った辺りからです」
「むう、やはりそうか。君が開発した技だし、少し使ってみたいと思ってはしゃいでしまったからな」
「で、どうして自称姉上がここに?」
「じ、自称……?」
「なにか?」
「いえ……、なんでもないです」
正体は途中で分かっていたが、やはりカリーナは実姉の”カナメ姉上”であった。
髪の毛は切って染めただけで魔法術式を使っていないという単純な変装。
単純すぎて気付かなかった。
顔もメイクで印象を変え、声は発声の仕方を変えているとか。そんな器用な事が出来るのにどうして音痴なのか。
「君はまだ経験が浅い。見抜けなくて当然だ。むしろ見抜かれたら私の立つ瀬がない」
「それはそうかもしれないですけど……」
思わず眉間に皺が寄ってしまった。
そんな私を愛おしそうな目で見つめ微笑む姉上がいて、どうにも気恥ずかしい。表情は殆ど変わっていないのだけれど。
しかし、姉上がここにいるという事は大丈夫なのだろうか。
「本当は君の着任と同時に私も学園へ潜入する予定だったのだが……」
「やはり何か問題があったのですか?」
姉上は近衛騎士団の副団長だ。
さらに、事務仕事を一手に引き受けていると言っても過言ではない。
そんな忙しい身の上で学園の教師の仕事、さらには護衛などオーバーワーク確実である。
「帝がゴネてな……」
「え?」
「帝が、その、だな。私が行ったらつまらん。君の邪魔だから余計な事はするな、と」
予想外の理由だった。
この護衛任務は、確かに帝に私が指名されたものだ。
しかし、何故私なのかはよく分かっていない。
そんな中、私よりも圧倒的に優秀な姉上がいたら”私の邪魔になる”?
聖女候補という国の将来を左右するかもしれない人物の護衛に”つまらない”?
何を言っているのか理解できない。
「帝には聖女の”目”とは別に”天眼”があるからな。私たちに見えない”何か”が見えているのだろう」
そういった姉上の表情は苦い。普段は滅多な事では面に出ない否定的な感情が浮かび上がっている。
他人から見れば、「少し眉間に皺が寄ったかな?」程度ではあるのだが、私からしてみれば驚くほど分かりやすい。
あの姉上が帝に苦言を呈しているのだ。
帝は帝国における絶対の存在である。そう易々と批判的な態度を取る事など出来ない。
そう考えると、姉上がこの場にいるという事が、どれだけ奇跡的な事かが分かる。相当粘って具申を続けていたのだろう。
「姉上」
「ん? あ、いや、今のは忘れてくれ。すまない、口を滑らせた」
今更ながらに慌てだした姉上に、私は笑みが零れてしまう。
「ありがとう」
「うむ。……うむ? いま、なんと?」
「しーらない」
「いや、お願いだ。もう一度頼む! しっかりと聞いていなかった! あ、撮影の準備……!?」
「せめて録音て言えるくらいになったらね」
「なんてことだ……! 一生訪れないじゃないか……!?」
「そこは建前でもいいから頑張ってよ……」
苦言を呈しながらも私の笑みは止まらない。
胸で燻る不安に気付きながらも、姉上たちの気持ちに嬉しさがこみあげてくる。
やっぱり、私は一人じゃないんだと。そう気づかせてくれた人たちに、私はもう一度心の中で感謝を述べるのだった。
ブラコンは世界を救う(至言)