ウォルモンドで回収した資金がプラマニクスの昇進に費やされて消滅したので初投稿です。
ロドスという企業がある。
正式名称、ロドス・アイランド製薬。その名の通り、薬品の開発製造と流通販売を専門とする製薬会社である。
ここテラの大地において、感染症には大きく分けて2種類が存在する。
すなわち
鉱石病は不治の病である。致死率は実に100%、感染すれば過程こそ様々であれど、必ずや苦しみの果てに死に至る。さらにはその在り方は文明と密接に結びつき、人々が都市を築き集まれば、必ずやそこに鉱石病が影を落とす。
感染が拡大すれば社会に甚大な悪影響を与えるこの病は、テラの歴史とは切っても切り離せない。鉱石病患者──大雑把に"感染者"と呼ばれる彼らは有り体に言ってひどく迫害され、社会のお荷物扱いされてきた。
ロドスはこの鉱石病に感染した人々を治療することを使命とした製薬会社である。感染者に仕事と住む場所を与え、彼らの病状を観察することで得られたデータを元に研究を行う。開発された薬品は各国の支部を通じて地域社会に供給され、鉱石病に苦しむ人々を救う。
設立から僅か数年の小さな組織であるにもかかわらず、その影響力は少しずつ、そして着実に拡大してきている。テラに生きる人類を長年に渡って蝕んできた鉱石病問題を解決するという、新興の団体にありがちな大それた理念に賛同する人々も増えてきている。あまりに夢見がちな思想ゆえに好奇と軽侮の視線を注がれつつ、ロドスは必死に奮闘し続けていた。
しかし、ここに多くの人々が忘れている事実がある。
ロドス・アイランド製薬は、慈善事業家でも篤志家集団でも、ましてや宗教団体でもなく──れっきとした営利企業なのである。
「……いま、何と言った?」
地の底から漏れるようなドスの効いた低音が、会議室の暗がりに拡散する。
ロドス・アイランド製薬医療部総責任者たるケルシー医師の放つ強烈な圧力に、会議室に居並ぶ十数人の役職者たちが揃ってだらりと冷や汗をかいた。
おおよそ2週間に一回の頻度で開かれる定例会議。ロドス本艦の各部門の責任者やその代理人が集い、現在の部門の状況を報告し、相互に問題点の確認や今後の方針の再検討を行う重要な会合である。
先程、あまりにもあまりな内容の報告を終えたばかりの財務部の担当者が、渋面で手元の分厚い紙束をめくりあげる。
「申し上げたとおりです。現在のロドスには……」
「
左様で、と肩を竦めて呟くのは、黒っぽい肌をしたサヴラの小男。
「皆様のお手元にあります資料は大分簡略化されたものですが、それでも私共の置かれた状況については十分にご理解いただけると思います。スワイヤー銀行の我々の口座には現在、ごく僅かな資金しかありません。ここ数ヶ月の短期的な収入と支出は概ね均衡しておりまして、この傾向を維持できれば今後もロドス本艦の運行は保証できますが、しかし……」
「緊急時の支出に耐えられないと?」
「その通りです」
ケルシーの回答にさらりと頷く経理担当。会議室にどよめきが満ちる。
「うわっちゃあ~、これは
俺の2つ隣に座っている黒髪のフェリーン、エリートオペレーターのブレイズがぼそりと呟く。行動隊遠征班からオブザーバーとして出席した彼女が備品破壊の常習犯だったことを思い出し、俺は密かに頷いた。うん、アンタのところは相当やばいよ。というかアンタがやばいよ。主に需品課の皆さんの予算と胃の健康が。
バン、と誰かが(おそらく、当人としては控えめに)机を叩いた音が、混乱の幕開けとなった。
「何故そのような状況に? 前回の定例会議ではそのようなことは」
「我々としても想定外なのです。先月末の衝突以降、カジミエーシュ監査会はウルサス方面航路の通行料を大幅に値上げしましたので、本艦は航路変更を強いられております」
「それは聞いているが、これほど急激に悪化するものか?」
「通行料と感染者基本税の支払いに紛争保険料の大幅上乗せ、それとリターニア支部は新税制が施行されてから初めての決算期に入っているので、対応に当座の資金を取られています。バイオテクノロジー研究室と工房に新機材を導入したので、その分の支払いも……」
「だからってこの額はないだろう!」
「我々に言われても困ります! ないものはないんです!」
各部門の担当者から矢継ぎ早に質問とも叱責ともつかぬ言葉が飛び、それに財務部の若手が必死に応答していく。ケルシー医師は先程の発言以降、顔の前で指を組んで会議机の上に肘を付き、目を細めて黙考中だ。正直言って凄く怖い。
本来なら定例会議は各部門の報告を終えた後、ロドス本艦の運行ルートの確認や今後数ヶ月の間に想定される各種イベントの通達、連絡事項の共有、場合によっては各部門のトップだけが残って秘密会議などに移るのだが、今の所はそうなる気配は皆無だ。つくづく我らがアーミヤCEOが所用で不在なのが悔やまれる。上座のCEO専用席に座る彼女の長い耳がしゅんと垂れるさまを見れば、どれほど白熱した会議にも一抹の冷静さが加わるものなのだが。
「輸送課はトランスポーターへの4ヶ月分の支払いを抱えてるんだぞ! 月給の遅配なんてやってみろ、誰もロドスに仕事をしに来なくなってしまう」
「巡航課としては、リターニア領の通行料金が心配です。今の予算でカツカツなんですよ! 入境手続きで一箇所に留め置かれるようなことがあれば滞在費が余計にかかりますし、源石燃料の価格も馬鹿になりません……」
「あー、需品課! 需品課です! 訓練場で破壊された機材と掩体の修理費用! これがないとオペレーターの新規訓練は不可能ですよ! 聞いてますかAceさんとブレイズさん!!」
各課の代表も必死にアピールしている。いくら新興かつ小規模といってもここは企業の本社なので、多くの人間が働いている。お金──ここでは主に龍門幣──というのはとにかく大切なもので、これがないと企業は、ひいてはここにいる人々の仕事は成り立たないのだから皆必死だ。
まあ、ないものはないのだが。世は無常なり。
際限なくヒートアップする会議室の喧騒を離れて、ひとり隅っこでお茶を啜る。尚蜀名産の蒙頂茶、冷めてしまっているがまだ美味しい。ううむ、沁みるぜ。日々の労働でささくれだった心と身体と源石結晶に。いや飲み物が源石に沁みたら重症のサインだからこれは駄目か。
ほう、と溜め息を付きながら医療部代表代行のフォリニック医師(ケルシーがアーミヤCEOの代理をしているので、さらにその代理で出席中)に詰め寄られているAccountantを眺めていると、ふと視線を感じた。
それもかなり強烈なやつだ。絶対零度って感じである。凍結のアーツでも使っているのかというくらいに圧がある。移動速度-40%に加えて2秒間のバインドを確定付与してきそうである。絶対に強い。
ゆっくりとそちらに顔を向けると、案の定ものすごい眼力でこちらを睨むケルシーと目が合った。
マジで自室に帰りたい。百歩譲って執務室(最近はほとんどこっちが自室になっている。勘弁して欲しい)に帰りたい。
客観的にはかなりの美人といえるだろうその風貌を、一挙手一投足から滲む圧力で無に帰している恐怖の女王、それがケルシーである。そいつが瞬きもせずにこちらに何らかの意思を持ってその目を向けている。はっきり言って最悪に近い。俺のスタンスからして、こういう場面では可能な限り透明になっておきたいのである。狙われ優先度最低でいたいのである。まだ見ぬイーサン君よ、その素質を今すぐ俺にください。
必死にその旨を無言でケルシーにアピールする。具体的には、極東風に「勘弁してください」のジェスチャーを高速でしつつ、絶賛踊りまくっている会議風景を指差す。俺なんか見てないであっちの仲裁に注力してほしい。この状況で俺にできることなんて何もないから。いやホントに。
そんな言外の主張が功を奏したのか、ケルシーは静かに頷いた。同時に猛烈な圧力が嘘のように霧散する。この女は一体どういう存在なんだ? 医者よりオペレーターの方が適正があるんじゃないだろうか。まあ実際にはどちらも最強格なのだが。
ゆるりと立ち上がったケルシーが、ぱん、と両手を打ち合わせる。軽く張っただけのはずの音が会議室を駆け抜け、混沌の中に一瞬の静寂をもたらす。
そして彼女は言った。
「この件に関して、
あっ、やられた。
翠緑の冷徹な視線が俺をもう一度射抜き、俺は自分が完全に矢面に立たされたことを知った。
いっときの沈黙が、第8小会議室を支配する。
混乱を外から腕組みをして見守っていた(本当は割って入りたかったが、線の細い後方担当の同僚たちに怪我をさせるかもしれないので、珍しく自制していた)ブレイズは、ケルシーの紹介を経て立ち上がった男に目を向けた。
知らない仲ではない。会えば世間話をする程度の間柄ではあるし、何度か彼の護衛の任務に就いたこともある。彼の仕事風景を直接見たことはほとんどないが、彼がロドスのためにひどく重要な仕事をしていることは知っている。
「あー、どうも、皆さん。経営部の
彼は確かピロサだったっけ──そんなことをぼんやりと考える。テラ北部ではあまり見ない種族だから珍しい、という程度の興味だった。常に血圧低めの物言いなのでブレイズからすれば多少じれったさがあるのだが、今日はいつにも増して慎重というか、有り体に言って嫌そうな態度である。
「今回の財務部からの報告について、経営部として幾つかの対策案を用意しています。ロドス・アイランドが現在の製薬研究と委託医療業務のみでは経営を維持できない場合に備えて、有事のために立案されていた計画です」
『なに!?』
口調からしていかにも気の進まないといった調子で、しかし滑らかに紡がれた言葉に、とりあえず聞くだけ聞いてやるかという態度だった各部門の代表が色めき立つ。特に需品課の代表者などは器用に座ったまま机から飛び上がっていた。そんなにも困窮していたのだろうか? 慰労も兼ねて今度飲み会に誘ってみようかな。
「ちょっとちょっと、早く言ってくださいよ!」
「財政の安定化は急務です。私たちの抱えている職員の数からして、供給できる資金はいくらあっても足りませんよ」
「入院されている感染者の皆さんの治療は絶対に中止できません。命を守るために、できることは全てやるべきです」
「ただでさえママジョンズにシェアを抑えられてるのに、これ以上開発資金を削られたら終わりです! 我々にできることなら何でもしますから!」
早くも催促が始まった。最後の方のエンジニア部代表などは半ば泣きそうになっている。ちょっと情緒不安定じゃない? とも思うが、ただ目の前に出てくる敵をぶん殴るのと後輩を訓練でぶん殴るのだけを考えていればいい自分と違って、後方担当の職員には彼らなりの重責があるのだろう。
何にせよ、オペレーターにはあまり関係がない話である。多少の訓練予算削減程度なら甘受してもいい。給料が減ったりアルコールの配給券が削減されたりしたら話は別だが。そうなったら流石にストも辞さないぞう。
そう思って折りたたみ椅子の堅い背もたれに体重を預けたところで、アルケミストがこちらに視線を向けた。そのどこか申し訳無さそうな、どこか諦めたような視線の色が気になったところで、アルケミストがケルシーに語りかける。
「ケルシー医師、お話ししてもよろしいですか? "ロドス第5号戦略方針"について」
「ああ、構わない」
あれ? と思った。もしや、アルケミストがこれから話すという計画についてケルシーは承知しているのだろうか。
まあ確かに、アーミヤがCEOを務めているとはいえ、ロドスの実務的なあれやこれやを仕切っているのはケルシーだ。最終決定はアーミヤに任されるにしても、会議の場での提案は各部門に持ち帰って共有されるから、ケルシーがそこに噛むのはおかしくはない。
ちょっと珍しいけど──と思ったところで、くるりとアルケミストがこちらに向き直った。
その後ろにいるケルシーもこちらを見ている。正確には、自分とその後ろで船を漕いでいる、徹夜での護衛任務終了後にそのまま自分に腕を引かれて会議室に直行させられたAceを。
「では、ロドス第5号戦略方針についてご説明いたします。ちょうどこちらに作戦部所属のエリートオペレーターがいらっしゃるので、話は早いかと思われます」
にんまり、と邪悪に歪んだ笑みをブレイズは見た。他人に仕事を押し付けて自分が楽をすることに快楽を見出す人種に特有の、怖気と怒りを同時に感じさせる笑み。
「それでは、皆さんにお聞きしますが──民間軍事会社と呼ばれることに抵抗はおありですか?」
ロドス・アイランド製薬には、
彼の奇妙なコードネームの由来は、実のところとても単純だ。
どのような手段を用いても、ロドスに当座の資金をもたらす──錬金術の使い手だからである。
当然のようにオリキャラを登場させる作者の屑。
続きは砥石が112個集まったら書きます。