ロドスの錬金術師   作:アンダマン

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知恵熱出しながらウォルモンドEXステージを走り抜けたので初投稿です。





作中の時系列があまりにも謎

フォリニックという女性にとって、医学とは人生の中核だ。

 

それがどういう意味なのか、彼女自身にもよくわかっていない。長い困窮生活の中で勉学だけが彼女の救いだったから? 別け隔てなく誰もを助けるという医療の理想が彼女の琴線に触れたから? それとも師にして恩人たるケルシーが凄腕の医者だったから? ともあれ母親が前触れもなく失踪し、生活の全てが崩れ去ったとき、彼女にはもうそれしか残っていなかった。

 

ロドスにやってきて正式にケルシーの元で学び、臨床医療と鉱石病(オリパシー)研究に携わるようになってから、彼女の医学への思いはいっそう強くなった。それはこれまで学問分野として見ていたものが、現実の重みをもって彼女の双肩に降り積もったからだ。

 

身体から結晶を生やした幼子が泣き叫ぶ力すら失って、ただ胸を弱々しく上下させている。内臓が硬質化した老人はもはや喉に何も通すことができず、末期の水すら飲めずに息絶えた。彼らのまだ熱が残る死体は隔離室に送り込まれ、この大地には一片だって残らない。ロドスに終末病棟(ターミナルユニット)はないから、そうした鉱石病感染の末期症状を目にする機会は決して多くないが……それでも彼女の価値観を明確に変えるに十分なだけの、悲しい現実がそこにはあった。

 

アーミヤやケルシーのように、鉱石病問題を解決するという大それた理想を持つには至らない。しかしフォリニックは医学徒であり、経験こそ少なかったけれど、確かに医者としての自覚があった。

 

だからある日の定例会議で、感染者から戦闘要員を募るという提案を耳にしたとき、彼女はまず感情的に反発した。ふざけるな、という思いがあった。どれほどアーツの才があろうと、どれほど戦闘経験があろうと、彼らは病人なのだから。

 

次に理性が彼女を抑えた。実際、感染者だからといって全員の体調に問題があるわけじゃない。源石結晶が体表になく融合率も低ければ、まるで一般人と変わらないように見えるのだから、彼らを働かせようという発想も出てくるだろう。鉱石病への理解はロドス社員であっても十分ではないことがあるし、経営部の人間が感染者のケアに疎いのを責めても仕方がない。アルケミストとかいう見慣れない人物の主張に冷静に反論し、無理だと切って捨てればいい話だ。

 

そして最後に疑念がやってきた。アルケミストに話を振ったのは他でもないケルシーだ。感染者治療に精通し、彼らの苦難についてこれ以上ないほどに熟知している彼女が、なぜこの暴挙ともいうべき提案に何も言わず、黙って聞いているのだろう?

 

困惑した彼女は思わず、会議室の上座に座っている尊敬すべき師匠の方を見て──そして衝撃に見舞われる。

 

 

「私としては──この提案に乗ってもいいと思っている」

 

 

その言葉はまさに暴風のごとく第8小会議室を吹き荒れ、そして後に続く混沌を巻き起こす最初のきっかけとなったのだった。

 

 

 

※※※

 

 

 

 

a.m. 10:03 天気/晴天

ロドス本艦 中央区画 第8小会議室

 

「……私たちだって、ロドスの経営状況が思わしくないことは承知しています」

 

医療部代表代行代理──アーミヤの代理をしているケルシーに代わって医療実務を仕切っているワルファリン(あんな奴に病棟を仕切らせるなんて誰が思いついたんだ?)のさらに代理という意味──のフォリニックが口火を切る。大粒の黄色い瞳が真正面からこちらを睨んできて落ち着かない。やっぱり若い子からの非難の目は堪えるぜ。

 

「ですが、それとこれとは話が別です。現在既に行動隊に所属していらっしゃる皆さんは厳密なメディカルチェックに合格された経験豊富な方々ですし、今のところ戦闘任務の頻度も低いので、特別に許可されているんです」

「本来ならブレイズさんやノイルホーンさんは戦闘に出てはいけない身体なんですよ! どうしても、というので仕方なく、検査を2倍にして対応してるんです」

 

目を伏せて補足するのは医師見習いのススーロだ。呆れと申し訳無さとが等分に混じったような言い方が、彼女の生真面目さを象徴している。

 

「ただ反対しようというわけじゃありません。資金がなければ治療も成り立たない。医療部の皆も分かっています……けれど、相談もなしにいきなりああいった話をされて、納得できるわけがないんです。患者さんたちの命に関わることなんですから」

 

まず最初に私たちに相談してほしかった、とフォリニックが締める。

 

そうだそうだ、と声が響いた。会議室に詰めかけた十数人の医師や看護師たちはみな真剣だ。その多くがまだ年若いのは単純に、病棟を稼働させるためにベテランたちは出払っているからか、それともテラの大地を取り巻く現実に対する認識の差ゆえなのか。

 

さて、どうしたものだろうか。もはやこちらへの批難は避けられない情勢なので諦めているが、とりあえず諸悪の根源に嫌味のひとつでも言っておくべきか?

 

「──で、アンタの弟子たちがこう言ってるが、ケルシー先生」

「そのわざとらしい言い方をやめろ。……君たちの懸念するところはよく分かる」

 

だが、とケルシーが溜め息をつく。同時にこれまで彼女が纏っていた(ほんの僅かな)柔らかい雰囲気が霧散した。

そこにいるのはどこまでも冷徹に、合理的な診断を下す医師だ。

 

「いいか」

 

目を眇めたケルシーは怖い。いや普段から怖いが。アレは講義モードだ。教師としてのケルシーは色々容赦がない。

 

「結局の所、我々は医者だ。私も、君たちも。我々は人体の専門家だ。どのような負傷も病気にも、処方箋を作ることができる。根治まで行かずとも症状を緩和し、患者の生活に寄り添うことができる。しかしだ──企業という存在にはどうだ?」

「それは──どういう意味ですか、先生」

「深読みする必要はない、ススーロ。字義通りだ」

「私たちは人体の専門家。けれど……企業の専門家ではない」

「そうだフォリニック。我々は決して国際市場や為替相場についての有識者ではなく、ロドスという若く不安定な企業の行く末について無知であることは明白だ。我々はいわばロドス・アイランドという患者の臓器であり、免疫細胞といえる。()()の言葉をまずはよく聞き、それから判断を下すべきだろう」

 

いけしゃあしゃあと述べてみせる医師改め詐欺師ケルシー。市場や相場について無知だのなんだのはどう考えても大嘘で、ケルシーはそのどれについても、この船で五指に入る程度には詳しいだろう。大体、バベルがカズデルから離れる際に、一般企業として武装解除するよう指示したのは彼女である。当然ながら今回の行動隊拡充とは事実上の再武装であって、最初から全部計画の内だったくせに、それを巧妙に隠して『何事もまずは専門家に頼ってみるものだ』だの『助言はまず聞いてみるべきだろうと思ってな』だのともっともらしく言い募るのは邪悪の極みである。

 

哀れな生徒たち──ロドスの若い医者は全員が新人研修でケルシーの指導を受けている──は不安半分納得半分といった有様で、すでに懐柔されかけていた。フォリニックだけが深刻そうな顔で何事か考え込んでいる。一方の女狐は余裕綽々だ。これが人生経験の差ってやつかな? ざっと数万年ぶんあるわけで、勝ち目なさすぎだろ。

 

この調子だと俺の出番はしばらく来ないはずなので部屋の後ろの方で手持ち無沙汰にしていると、ふと赤いフードの影と目が合った。ケルシーの執務机のすぐ脇……の天井板が外されていて、暗闇の中から微かに赤く光る双眸が無言でこちらを覗いている。会うのは昨日ぶりだが、何故そこから? 極東の忍者じゃあるまいし。

 

(…………)

(…………)

(……ここは ない 危険 不要 隠れる)

(…………?)

 

手話は通じないようだった。話しかけても無言で見つめ返されることが多いから言葉ではないコミュニケーションを試してみたのだが、ちょっと変化球すぎたらしい。

 

仕方がないので普通に手招きするジェスチャーをしてみると、こくりと頷いた赤狼は音もなく床に降り立った。あ、天井裏にいなきゃいけない縛りとかじゃあないんだ? ちなみに医師たちはこちらに目もくれず絶賛議論中である。俺もう帰っていいかな。

 

「……レッド、今日も任務、ある。ケルシーの護衛」

「あの調子じゃあ今は必要なさそうだけどなあ」

「では、暇」

「あーそう。香草茶は飲める? 極東産のいいやつをケルシーがコレクションしてるんだ。どうせだし一杯もらおうぜ」

「熱いのは、苦手」

「冷ますよ」

 

静かに頷くループスを脇において、ケルシーの茶葉を勝手に拝借。甘酸っぱい芳醇な香りのお茶を淹れつつ論戦を見守る。

 

『──ですから、たとえ源石へ接触しなくとも戦闘行為が患者さんの身体に及ぼす影響は無視できないということです。過度な運動による体液中源石の急速な循環と拡散、負傷の可能性、アーツ行使時の急性発作のリスクは無視できない要素です』

『──物理的な危険性が大きいことは認めるが、運用段階での任務の取捨選択及び支援体制の充実によって、ある程度は減殺可能な要素だ。一定のリスク評価の元で管理された作戦は本件において前提条件となる。現行の抑制剤でも数時間程度であれば血流増加に伴う源石顆粒の拡散に拮抗できる。軽度任務への順応については防護措置マニュアルの徹底を……』

『──精神的な悪影響も重要な要素ですよ。たとえ本人が志願していたとしても、強いストレス下での反応は予測不可能です。感染に伴う家庭環境の悪化や適応障害、PTSDを抱えている方もいます。戦闘任務という安易な選択肢を与えるよりも、技能支援や学習の機会を与えるべきなのでは』

『──セラピーが必要な患者はスクリーニングで除外されるだろう。精神的な連続性についての考慮も成されるべきではないのか? 療養サービスを提供するとしても、ロドスは生活の場であって監獄やホスピスではない。包括的な医療行為には患者のバックグラウンド及び自主性を尊重し、ある種の専門的な自己実現欲求もまた症状の緩和に影響が……』

 

事態はすでに本格的な討論会の様相を呈している。執務室入口付近の不必要に広いスペースにいつの間にかホワイトボードといくつかのポスター資料が引っ張り出されていて、鉱石病患者が外勤任務において受けうる肉体的・精神的ダメージへの対処や、現在のロドスが提供できる医療サービスが受ける予算的制約と比較した場合のリスク評価についての熱い議論が交わされているようだった。その内容、後で資料にまとめてくれないかな? すっごく役に立つ気がするんですよ。主に銀行の査定担当者や保険審査員たちを説得するのに。

 

「蚊帳の外だなあ、俺たち」

「……お茶、美味しい」

「もう一杯どう?」

「いる」

 

このまま平和に終わってくれないだろうか。無理だとは思うけれども。

 

 

 

※※※

 

 

 

「──先生の仰られることは理解できました」

 

若き医師たちと女狐(フェリーン)の熱い論戦を横目に高価な茶をしばきつつ、来客用のソファでPRTSに溜まった業務メールを片付けること一時間あまり。

 

ついに議論の決着(?)がついたようだった。医学的合理性と事業拡大におけるリスク制御、患者の自己実現とコミュニティへの包摂がどうこうという事実なんだか詭弁なんだかわからない理論で弟子たちを丸め込んだケルシーが、僅かに弛緩した表情でこちらに振り向いて眉を上げる。

 

「何を寛いでいるんだ、君は」

「いや、俺の出番はもうないのかと……」

「そんなわけはない。フォリニック」

「はい──貴方に質問があります、アルケミストさん」

 

背筋を伸ばして()()と手を挙げるフェリーン。質問する姿勢が実に様になっており、若き研究者の鑑といった雰囲気である。あれだけ精力的に議論しておいてまだ質問する余力が残っているってのは凄い。質問される側としてはたまったものじゃないが。

 

「……」

「何だその目は。私は自分の仕事を終えた……レッド、明日の打ち合わせをしよう」

「わかった」

 

ソファから跳ね上がったレッドが素早くケルシーの脇に侍る。椅子に腰掛け、優雅にティーカップを傾ける医師は部下の狼と小声で話し始め、俺の味方はいなくなった。いや、実際のところは元からいなかったんだけれども。

 

「──それで、質問とは?」

「ロドスの現状についてです。経営の分野では、私たちは素人同然ですから」

「そりゃあそうだ。俺だって鉱石病治療については素人だからな」

「それはお互い様ということで……私が言いたいのは、やり方次第で医療部も貴方の計画に協力できるということです」

 

貴方の、という部分をやけに強調した言い方でなんとなく話の流れが理解できた。そうだね、形式的には確かに俺が立案したことになってるからね。畜生、どいつもこいつも俺の上司はろくでもないやつばっかりだ。もちろんアーミヤは除く。彼女は本物の天使だ。

 

真面目な表情を装いつつ職場の人間関係の劣悪さに思いを馳せる俺に対して、フォリニックの態度は真剣そのものだ。

 

「私たちが懸念しているのは、患者さんたちの健康状態と……戦闘行為の必然性についてです。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということですが」

「……まあ当然、そうなるか」

 

そりゃそうだ、と納得する。ロドスという環境においては、それは当然の疑問だろう。なにせロドス本艦は一見するとまったく安全である。ほとんどの構成員は非戦闘員であり、通常の企業と同様の採用試験を通過して雇用されている。この船が一年と少し前まで置かれていた過酷な戦場について、大半の社員は知らないのだ。戦いとは無縁の環境という前提があるのだから、彼女らの目には俺の提案は突飛に映るだろう。

 

俺やケルシー、アーミヤといった上級職員とワルファリンら一部の医師、それから少数の経験豊富なオペレーター以外には、ロドスの外界における活動は知られていない。世界がどう動き、感染者がどんなふうに扱われ……そしてそれが今後、どのような変遷を辿るのか、自身の経験から一定の理解をしている者はいても、誰も全体像を知らないのだから。

 

さて、どう説明したものか……と考えて、俺はあることに気がついた。

 

「なあ、ケルシー。アーミヤが合流するのはいつだっけ」

「明後日の予定だが」

「国境近くで足止めを食らってるだろ? こちらから迎えに行くことはできるかな」

「調整が必要だが、できないことはない。……何をするつもりだ?」

「いやなに、ちょっと考えがあってね」

 

フォリニックには少しばかり酷な体験かもしれないけれど、正直言って俺に彼女を正面から説得する自信はない。俺はそこまで頭がいいわけじゃないし、能弁家というわけでもないのだ。俺にできるのは必要な場所に必要なものを提供すること。ロドスには資金を、取引先には商品を。

 

今回の場合は──説得材料のもとに説得したい相手を届けるほうが手っ取り早い。

 

「移動手段が要る。それから護衛にオペレーターを数名。医療部からも何人か借りたい。物資と資金を少しばかり、それから食料と通信インフラ、アーツユニットも」

(ふね)は動かせないが」

「当たり前だ、いくら掛かるか考えたくもない。ただ、代表を迎えに行くのに少しばかり見栄を張るのは必要じゃないか? 特にカジミエーシュなんて土地柄では」

「……いいだろう。今日中に書類を揃えるなら、だ」

「了解」

 

こういうときだけは察しが良くて決断が早い上司がありがたく思える。フォリニックはといえば、いきなり自分を飛び越えて交わされる会話に目を白黒させていた。

 

「あ、あの、一体何を……」

「悪いけど、質問の答えは少しだけ待ってもらえないか」

 

え? と困惑する研究員に、一抹の申し訳無さを隠して俺は告げる。

もしかすると、彼女は少なからず傷つくかもしれないけれど──このテラの大地では、それだけで済むのは僥倖だ。

 

 

「出発の準備をしておいてほしい。明後日、アーミヤに会いに行こう」

 

 






フォリニックの人生があまりにハードモードで一気に推しキャラになってしまいました。なので出番は多めです。かわいそうはかわいい。

時系列的には原作開始の1~2年前を想定しているのですが、グローバル版準拠だとロドスの過去に関する情報が少なすぎるので原作とは異なる展開になっている可能性があります。お気づきの点がありましたらバシバシ指摘していただけるとありがたいです。

レユニオンの結成が正確にはいつ頃なのかがわからないし多くのオペレーターは加入時期も曖昧なのである程度は適当でもいい気がする


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