ロドスの錬金術師   作:アンダマン

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要塞ディフェンス上級で野良相方ともどもコスト不足により憤死したので初投稿です。





初期オペの経歴は今見ると結構変

轟々と風が吹いている。

 

荒野を渡る風は怪物だ──それは人の命を容易く奪い去る。砂粒と雨を叩きつけ、視覚と聴覚を失わせ、地表に築かれたすべてを引き剥がす。

人間の営みは打ち砕かれる。抵抗は無意味だ。荒れ狂う力の伝播こそが世界の本質であり、人間は偶然にもその只中に迷い込んだ、哀れな闖入者に過ぎない。

 

そんなことはよく知っている。身に沁みて幾度も体感している。

 

身にまとうボロ布を引き裂いて、病に侵された肉体を蝕む、酸と灰が溶け込んだ冷たい(みぞれ)。地上のすべてをなぎ倒さんと狂奔する嵐。全身に染み付いていたはずの血と煤煙の不快な臭気は、いつの間にか泥の中に消えている。

手足の感覚はとうに無くなり、もはや自分がまだ生きているのか、それとも地に伏して凍りついたのかさえわからない。一度は生を掴んだはずの仲間たちが、ひとり、またひとりと崩折れる。それでも前に進むしかない──大地に刻まれた移動都市の轍を追い、昼も夜もなく、ただ歩き続ける。

 

たとえ辿り着いたその先で、誰も彼らを受け入れないとしても。

 

 

「────スト! アルケミスト!」

 

 

遠く響く声は過去からの木霊か。炎に滅びたはずの都市が蘇り、死んだはずの友が歩み寄る。彼らの手足に忌まわしい結晶はない。何もかもが美しくあるがままの、まるでそう、有り得べからざる夢のように──

 

 

「アルケミスト!!!」

 

 

 

※※※

 

 

 

a.m. 03:11 天気/嵐

ロドス本艦 下層区画 経営部オフィス 執務室

 

意識の浮上とともにまず感じたのは、寒いな、ということだった。

 

次いで音に意識が行った。陸上艦であるロドスは大地を移動し続けており、常に僅かながら振動しているが、ここ一週間ほどは停泊を続けているので艦内は静かだ。燃料代を抑えるためにボイラー出力も絞っているから、配管を通る排気の唸り声も小さい。

しかし今、船は小さく、しかし明らかに震えている。耳をすませば雨音のような、しかしもっと硬質の、床に乾いた豆を零したときのような音が遠くから響いてくる。

引っ掻くような耳障りな音──かつて何度も聞いたことがある音だ。

 

「……嵐か」

「やっと起きた?」

 

どこか冷たい印象を与える声が降ってくる。灰色の髪のリーベリが執務机に寄りかかって、斜め上方向からこちらを見ていた。

まだ幼さが残る顔立ちの少女だ。だがリーベリ特有の成長の早さと常日頃から浮かべる険しい表情は、彼女を実際よりもひと回り大人に見せることに成功している。

 

「グレースロート……」

「寝るときはちゃんとベッドに行けって説教してたのはあんたでしょ。自分は構わないの?」

「俺の身体はもう成長しないからな。背骨が曲がっても困らない」

「なにそれ。心配してるつもり」

「Raidianに言われてるんだ。きみに睡眠をしっかり取らせるようにと」

 

だからこんな時間に起きてちゃいけない、と続けると、髪と同じ灰色の瞳に怒りが浮かんだ。

 

「頼まれてた仕事が終わっただけ。渡そうと思っても部屋にいないから探しに来たの」

 

ほら、と指さされた執務机の上に、クリップで留められた書類の束がある。エンジニア部からの発注リストだ。そういえば人手が足りなさすぎて彼女にも書類仕事のアルバイトを発注したのだった。

ティーンエイジャーを働かせるな──なんて怒る人間はこの船にはいない。ロドスに預けられた子どもたちは大抵が訳ありで、手に職をつける必要がある。そもそもテラの大半の国には児童労働を禁止する法律も習慣もないのだ。もうやだこの大地。

 

「夜が明けたら出発するんでしょ。今のうちに受け取らなくていいわけ?」

「全く良くない。助かったよ、ありがとう」

 

これでケルシーに殺されずに済む。ソファから降りて伸びをすると、腰からみしりと嫌な音がした。妙な姿勢で寝ていたせいだが、これは本格的に身体にガタがきてるな。鉱石病患者なんて程度の差はあれどそんなものだが。

溜め息をつきながら書類を手に取り、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。

 

「ちょっと、部屋に戻らないの? 今何時だと思ってるのよ」

 

グレースロートの目つきが鋭くなる。彼女はいつだって何かに怒っているが、ここ数年の間に俺もある程度は、この閉鎖的なリーベリの言動に潜む感情の機微を察知できるようになった。

 

「心配してくれてるのか」

「違う。自己管理ができてないって呆れてるの」

「悪かったよ。だけど時間がないんだ」

 

机の上には別の書類束もいくつか置かれ、部下たちからのメモが貼り付けられている。一番手前にあるものはファイル形式になっていた。表紙を捲ると、資料室から引っ張り出されてきたと思しき古い地図が現れる。移動都市の航路図、輸送課と契約するトランスポーターからの聞き取り報告、一昨年の国境貿易の統計官報など、雑多なデータシートも挟まれている。

 

「アーミヤ隊は既に国境地帯にいる。送られてきた情報は断片的だけど、難民キャンプはだいぶまずい状態だ。早く迎えに行かないと」

「元々あんたが行けって勧めたんでしょ。安全安心な視察旅行だって」

 

刺々しい口調とは裏腹に、グレースロートの表情に責めるような色はない。ただ離れ離れになった友人、アーミヤのことを心配しているようだ。

俺はといえば、ただ反省するだけだ。CEOのカジミエーシュ視察は経営部の発案であるからして、この事態は俺の不徳の致すところであり、言い訳のしようもない。

 

昨日の朝、エンジニア部に通信塔を調整してもらった俺たちは、回収チームを編成しつつ現地の情報をかき集めた。トランスポーターや偵察隊の報告が入るたびに司令室に詰めた面々の顔色はどんどん悪くなっていき、手術を終えたその足で合流したケルシーも、鉄面皮から純粋な心配と懸念の表情を覗かせた。別任務で出発する予定のブレイズが"私が今すぐ迎えに行く"と大騒ぎし、最終的にAceに羽交い締めにされて退場する一幕まであった。

 

だからこそ、明朝の出発までのうちに必要な準備を済ませておかねばならない。まとまった睡眠は飛行装置の上でとればいいのだ。どんな場所でも寝られるのはナマケモノ(ピロサ)の特技であり、俺もその恩恵に預かっている。

 

「俺のことは考えなくていい。アーミヤはしっかり連れ帰るから、もう寝るんだ」

「…………」

 

普通ならここで"だから心配なんてしてない"と否定が飛んでくるのだが、今夜の彼女は普通ではないようだった。黙りこくって僅かに俯き、部屋を出ていくでもなく、まるでなにかの決心がつかずにいるような。

やがて顔を上げ、張り詰めた表情でこちらを見る。

 

どんな言葉が出てくるのかは、表情を見ればすぐに分かった。

 

「ねえ、私も、一緒に──」

「彼女は多くの感染者と共にいる」

「!!」

 

灰色の瞳に恐怖と逡巡の色が混じる。それから少しばかりの後ろめたさも。

仕方のないことだとわかっているが、それでも指摘しないわけにはいかない。

 

「現地は難しい状態だ。衝突が起きて感染者も増えている。回収チームの参加者は大部分が戦闘経験者で占められる。何があっても、どんな敵からでも、アーミヤを守れるように」

「私だって、訓練を受けて……」

「頑張っているのはAceから聞いてる。だけどまだ無理だ」

 

コーヒーメーカーのスイッチを切り、立ち上がる。年若いリーベリの傍に近寄ると、彼女は僅かに後ずさった。それで済んでいるだけでも個人的には感動ものだ──初めて出会ったとき、俺の肌から生える黒い源石結晶を見た彼女は悲鳴を上げ、俺が差し出した手を全力で弾き飛ばして、それ以上近寄るなと叫んだのである。あのときの場の空気の死にっぷりといったらすごかった。以前からこの船にいるオペレーターの間では、今でも酒の席の話題に登るくらいだ。

 

だが今、俺が手を差し出すと、かなり長いこと迷ってから、それでもグレースロートは怖ず怖ずと、自分の手のひらを俺のそれに重ねた。

僅かに指先が震えているのがわかる。こちらも握り締めたりはしない。彼女はまだ感染者との握手に耐えられないだろうし、耐えるべきとも思わない。大事なのは触れ合っているという事実だ。重力のみによる弱い接触を通して、まだ子どもである彼女の少し高い体温と、手のひらの柔らかさが伝わる。

 

「……きみの努力はいずれ、正しい形で報われる。必ずその日が来る。ロドスはそういう組織だ。まだその時期じゃないというだけさ」

「私が、子どもだから? 感染者といざこざを起こすから?」

「訓練が足りていないからだ。局地戦過程を修了してないだろ」

 

半分は詭弁みたいなものだ。彼女が修了できないのは当たり前で、バベル時代の戦闘訓練から多少軍事色を薄めただけの古いトレーニングシステムは、体力に恵まれたわけでもないミドルティーンのリーベリがこなすには厳しすぎる。グレースロートは戦地行動訓練でも狙撃訓練でも優秀な成績を修め、狙撃兵としては実戦水準に達しつつあるが、未だに入職審査すら受けられていないのは、半分はロドスの環境のせいだ。

そして感染者との距離感については……言葉で埋められるような溝ではないことを、この大地そのものが証明している。

 

「友達を助けたいのは分かる。俺だってきみと同じ立場になったら同じことを言う。だけど今回はプロに任せてほしい。必ず無事に連れ帰る」

「………………わかった」

 

強く口を引き結んで、それでもグレースロートは小さく頷いた。手を離し、静かに部屋を出ていこうとする。

その後ろ姿を見て、俺は彼女に渡さなければいけないものがあることを思い出した。

 

「ちょっと待ってくれ。これを持っていってほしい」

「これは?」

「アルバイトの報酬。少しおまけを付けてある」

 

書類を捲ったグレースロートが目を丸くする。彼女を雇用するにあたって提示した報酬は、大型クロスボウ用の高級弦と工房でのメンテナンスサービスのセット。ヴァルカンによる身体に合わせた微調整も込みという大盤振る舞いだ。

それに加えて、彼女への応援の気持ちを込めてちょっとしたプレゼントを用意した。

 

「行動隊の拡充にあたり、導入予定の新しい訓練プログラムのテスターが要る。システムを洗練させるには、実際に訓練に参加してフィードバックを上げてくれる協力者が必要不可欠だ。人事部が募集をかける予定だけど、きみなら基準を満たすだろう」

「……贔屓って言われるのは嫌なんだけど」

「何もきみの参加を指名したわけじゃない──ただ年齢制限を少し引き下げるようにお願いした。その方がやる気のある子が集まるってね。実力で勝ち取れると信じてる」

 

テスターとなって一連の訓練をこなし、訓練プログラムの深化とマニュアル化に協力する。それすなわち、新しいオペレーター教育課程の第一期生となるということ。

サルカズ傭兵の基準で作られた今の試験項目でグレースロートがオペレーターになるには、おそらく一年以上かかる。だがこのプログラムを経由すれば話は別だ。自立し、ロドスに報いたいと考える彼女にとって、これが最初の一歩となるだろう。

 

書類に目を通すグレースロートの口元に、僅かに笑みが浮かんだように見えた。しかし瞬きする間にはそれも消えた。いつも通りの近寄りがたい雰囲気を纏ったリーベリが頷く。

 

「確かに受け取った。それじゃ、私は部屋に戻るから」

「ああ、おやすみ」

 

まだ仕事は山ほど残っている。机に戻ろうと踵を返したところで、小さな囁きが投じられる。

 

 

「──あんたも気をつけて」

 

 

死なないでね。

 

その言葉だけを残して、ドアは音もなく閉じられた。

 

「……努力するよ」

 

心温まる交流も終わり、忘れていた肌寒さが戻ってくる。夜明けまでもう少し──溜め息をついて、俺は執務机の一番下の引き出しに手を伸ばす。指紋認証でロックが解除され、重い金属音と共に内側をさらけ出す。

 

黒い簡素なケースの中には、折れたメスが一本入っている。柄の部分は使い込まれたせいか、僅かに錆びて刻印も削れている。欠けた刃先についた血は黒ずみ、析出した源石顆粒が照明を反射してきらめいた。

 

このメスの持ち主は果敢に鉱石病に抗い、不平等と偏見を跳ね除けていた。隣人に拒絶され、一族に後ろ指をさされながら、必死に理想を追いかけ続けた。感染者にも医療を受ける権利があると、感染者の血もまた人間の血だと、そう声高に叫んでいたのだ。

結果として彼は、誰にも顧みられることなく、暴動の中で命を落とした。彼の妻は狂気に苛まれ、僅かな伝手を辿って一人娘を知人が在籍する製薬会社に預けた。戦災に焼かれるカズデルであっても、己の下にいるよりはましだろうと。

 

その思いが正しかったことを、俺は証明するしかない。俺の腕を必死に掴んでどうか娘を頼むと懇願する、あの濁った瞳を思い出すたびに──これがゲームの世界ではなく、紛れもない現実であることを理解させられる。

 

「はあ……」

 

頭を掻いて、折れたメスを仕舞い込む。感傷に浸っていても仕方がない。

仕事の時間だ。

 

 

 

※※※

 

 

 

a.m. 11:40 天気/???

カジミエーシュ・ウルサス国境 峡谷地帯

 

 

頭痛、目眩、耳鳴り。混乱と困惑。遠い叫び声。火と煙。

 

轟々と音がする。嵐のように音がする。

 

人影が駆け寄り、必死にこちらを助け起こそうとしている。何か話しかけられるが聞こえない。抱えられ、物陰へと連れて行かれながら、俺はぼんやりとそれを見る。

 

赤茶けた峡谷地帯。不時着した飛行装置のエンジンから煙が上がっている。泡と凍結のアーツが蜃気楼のように躍り上がって、炎を取り囲み鎮圧していく。

 

オペレーターたちが防御陣形を取って散開し、医師とエンジニアが物資を抱えて走る。誰かが泣きわめきながら飛行装置に取り付こうとして、Aceに引きずられていく。あれは操縦手のディランだ。『バッドガイ』号の専任オペレーター……

 

そこまで考えて、ふとある言葉が口からこぼれ出した。とあるタワーディフェンスゲームのプレイヤーなら、誰もが一度は目にしたことがあるだろう言葉。悲惨な世界観に相反する、いわゆる"ギャグイベント"の象徴。

 

 

 

「ケルシーに殺される……」

 

 

 

グレースロートとの交歓から半日。約束を守れるかどうかは早くも微妙な塩梅になっていた。






グレースロートが好きです。全然使いこなせてないけど好きです。


個人履歴「グレースロートというコードネームを取得してまだ日が浅いが」
私「じゃあなんで本名がどこにも書いてないんですか?(素朴な疑問)」
個人履歴「戦闘経験3年」
私「えっ斬首作戦より前から在籍してるの(驚愕)」



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