イェラグ上空に射出されるフェルディナンドが見たすぎるので初投稿です。
目が覚めるとそこは青空でした──とは、残念ながらいかなかった。
渺々と吹き渡る風。遠くに見える赤茶けた断崖。淀んだ曇り空から僅かに覗く日差しは、初夏のものとは思えないほどに弱々しい。
埃っぽく乾燥した冷たい空気は、おそらくこの場所が峡谷の影になっているからだろう。太陽が届かないというだけで、岩肌は容易く体温を奪っていく。
がちがちに固まった身体を伸ばせば、後頭部に鈍い痛みが走った。
「大丈夫ですか、アルケミストさん?」
白衣をコートのように羽織った、しなやかな人影がこちらを覗き込んでいる。先日まで睨まれてばかりだった金色の瞳は、ただ心配の一色に染まっていた。
「……やあ、フォリニック」
「具合はどうですか? 目眩や頭痛、ふらつき、手足のしびれ、吐き気や悪寒などの症状はありませんか?」
「頭の後ろに
「ゆっくり起き上がってくださいね。内出血があると危険ですから」
介助を受けて立ち上がる。線の細い見た目にもかかわらず、成人男性の体重を物ともせずに片腕で受け止められるのだからテラ人の力は凄い。いやまあ俺だって肉体だけはテラ製なのだが。
俺の身体の下に敷かれていた毛布や簡易検査キットをフォリニックが回収している間に、飛んでいた記憶を戻そうと試みる。あれは確か、飛行装置でロドスを離艦して数時間が経った頃だ。機上でも仕事からは逃れられず、眠気を堪えて訓練教官を各職分に配置するための予算案を組み終えたあたりだった。急に機体が揺れ始め、ディランが掴まれとか何とか叫んでいて、それから……
「──墜ちたのか」
「いいえ、幸いにも」
落ち着いた低音が、少し高い場所から降ってくる。いかにも製薬会社の警備員らしい、既製品の簡素な丸盾と警棒を携えた背の高い色白のフィディアだ。油断なく周囲を見渡して、小さく頷くと斜面を滑り降りてきた。
「偵察が終わりました。10時方向の
「いい知らせだ。野営する羽目になっても食料がある」
「そうともいえません。谷の北側は源石顆粒で覆われていましたので、彼らの体表や毛皮にも付着しているかと」
柔らかな物腰のオペレーター、シャレムがポケットから取り出したガラス瓶の中には風化した赤い砂が入っている。しかし細かい砂粒の中に、数ミリ大の特徴的な刺々しいシルエットが大量に混じっているのが、地質学の素人である俺から見てもすぐにわかった。
天災の痕跡である源石顆粒──それもこの細かさと量からして、おそらく発達した積乱雲から生じる源石嵐。遠くとも数ヶ月、近ければ数日前に、この周辺が天災に見舞われた。アーススピリットの危惧は見事に的中したようだ、と痛む後頭部をさすって考える。
「混乱されていらっしゃるのですね、アルケミスト。仕方のないことです、貴方はずっと気絶されていましたから」
「心配をかけた。それにしても、墜落じゃないなら何があったんだ?」
「急激に成長した天災雲によるダウンバースト、だそうです。ミスター・ディランはそう仰っていました。それが何を指すのか、私にはわかりかねますが」
あちらを、と指さされた方を見ると、峡谷の入口部分の平坦な箇所に飛行装置が停まっている。何名かのオペレーターが周囲に集まって点検作業をしているようだった。こちらを発見した茶髪のフェリーン、ブリッシュシルバーが笑顔で大きく手を振って、他の隊員もそれに続く。
……どうやら本当に心配をかけていたようだった。ひ弱な上司ですみません。
「乱気流で機体が大きく揺れて急降下したんです。エンジンに大きな負荷がかかったので緊急着陸を試みたのですが、着陸する前にオーバーロードして火災が……」
「それで峡谷か。確かに嵐を避けるならそれしかない」
「アルケミストさんは仕事の邪魔だと言ってシートベルトをしていなかったので、頭を強く打って意識を失っていたんですよ。このまま目覚めないかもしれないと皆が心配していたんです! すぐに本艦で精密検査を受けるべきです」
フォリニックは今もこちらを思いやっているようで、しかし瞳に怒りの色が混じり始めている。俺が気絶して彼女の定義における患者枠に入ったため、一時的に【感染者を戦いに駆り出す拝金主義者】属性が外れていたのが、会話の間に属性が戻ってきたらしい。
まあそれを差し引いても、彼女は俺のようなずぼらで適当で怠惰な人間には厳しいタイプである。自分でシートベルトを外した結果がこのザマなので、そりゃあ怒り心頭というところだろう。
まあ、それはそれとして、今更本艦になぞ戻っていられないわけだが。
「なら急がないとな。天候が安定し次第、ポイントC2に向けて出発だ」
「話を聴いていましたか!? 必要なのは検査です!」
「おやおや……」
ただでさえ時間が惜しいのに、こんなところで足踏みはしていられない。俺は急いで飛行装置のある方向に足を進める。脇で支えてくれつつもすかさず噛みついてくる医学生と、影のように後方を護る盾兵の組み合わせは、どうにもミスマッチで奇妙だった。
「ですからー、名前がいけなかったと思うんですよお。『バッドガイ』号なんていかにも墜落しそう縁起の悪い名前じゃないですかあ」
「まだ! まだ墜落してません! それにこういうのは敢えて少し悪そうなのを選ぶものなんです。よく映画なんかでも出てくるでしょう、良いやつから先にいなくなるって」
「それを今言うか……?」
医療部所属の看護師と飛行装置パイロットのディラン、エリートオペレーターのAce。三者三様の顔ぶれが、テンポ良く斜面を登っていく。ぱらぱらと上から降ってくる土埃には、今のところ源石顆粒の黒い粒は含まれていない。それでもどんな汚染物質が含まれているかわからない以上、できるだけ身体には入れたくないわけで、ゴーグルと布で顔を覆った皆は完全に不審者としか言えない外見だ。
後についていく俺とブリッシュシルバーも例外ではなく、外勤用のパーカーに加えて覆面なので強盗団の一員もかくやという感じである。時折足を滑らせそうになっては年下の女の子に支えてもらうという情けないイベントを消化しつつ登り続けること30分ほど、崖の頂上部が見えてきた。
「や、やっと着いた……」
息を荒げながら岩陰に座り込んで水を飲む。俺だって昔は荒野を行く隊商に混じっていたこともあるし、歩き続けるだけならかなり長距離をこなせる自信があったのだが、鉱石病感染と頭部打撲に加えて嵐に削られた未整備山道の登攀という合せ技は足腰に猛烈な負荷をかけていた。血を吐かなかっただけマシかもしれない。
他の面子はといえばインドア派のはずのブリッシュシルバーや看護オペレーターはピンピンしているし、Aceは流石にエリートオペレーターの貫禄である。俺と同じようにへたり込んでヒイヒイ言っているのはディランくらいだ。
「み、皆さんお元気で、何よりですね……」
「身体のつくりが違うんだきっと」
砂混じりの冷たい風が吹き付け、汗が冷えて急に体感温度が下がる。運動不足の男二人が身を震わせて物陰でうじうじしていると、全身ムキムキのフィディアが近寄ってきた。
「お二人さん、休憩もいいがこっちに来てくれ。見せたいものがある」
そのまま開けた場所に引っ張っていかれる。身振りで姿勢を下げるように指示され、二人して岸壁際に腹ばいになって、渡された双眼鏡を覗き込む。
北西の方角だ。俺たちが登ってきたのは峡谷地帯の端にある高地で、切り立った崖の下には概ね平坦な岩だらけの荒野が続いている。距離にして十数キロ先、双眼鏡のレンズを通してもぼんやりとしか見えないあたりは丘陵地帯になっていて、緩やかに盛り上がった茶色と黒の中間の地面にぽつぽつと灌木が生え、僅かながら下草も見かけられる。土の種類が違うのだろう、苔とサボテンの親戚みたいな多肉植物しかないこちら側とは明らかに植生も地形も別物だ。
しかし重要なのはそこではない。
「煙が見えます」
ディランの言葉に頷く。丘陵の向こう側、こちらからは角度的に直接見えない場所から白い煙が上がっているのが薄っすらと見える。巻き上げられた砂と大気に含まれる水蒸気が邪魔をしてぼんやりとしか分からないが、一箇所ではない。ある程度まとまって数条、ゆっくりとたなびいている。
野焼きや山火事、住宅火災の類なら、煙は黒く染まるかもっと太くなる。細く白い煙が何条も個別に、そして高く上がる場合、大抵は煮炊きの煙だろう。
つまり、あの下には人間がいるのだ。それも集団で。
「地図はあるか?」
「もちろん」
ディランが懐から取り出した地図は彼お手製のものらしい。テラでは航空関連産業が全く発達しておらず、したがって飛行装置のパイロット向けの地図など存在しないので当然だ。カジミエーシュが発行した測量用の地形図を基にドローン用の気流分布が書き込まれた折り畳み地図で、字が小さく非常に読みづらい。地面に広げて四隅をそのへんの石で固定し、鉛筆とコンパスで薄く線を引いていく。
「このあたりに移動都市の航路は来てない。集落も記載されてないな」
「現在位置が測量の通りなら、ズウォネクの出征範囲からも外れてます。監査会の駐屯地はないはずです」
「脇に古い街道があるみたいだ。Ace?」
「既に偵察済みだが、崖崩れで塞がってる。崩落から10年は経ってるだろう。あれじゃ輸送隊は通れない」
男三人、腹ばいになって地図を囲む。
人里離れた国境地帯だ。移動都市はその名の通り自ら移動するが、天災回避のために緊急移動する場合を除いては定期航路をスケジュールどおりに進むため、どこにいるのかは大体わかる。そもそも図体がでかく移動時の騒音も激しいので、遠方からでも十分に識別可能。間違いなくこのあたりには来ていない。
小規模の農村や集落なら、突然移動することはないから地図に載っている。山奥の秘境やジャングルなら地図にない集落も存在しうるが、ここは荒野の真ん中で、しかも年中きな臭いウルサス国境。まとまった人口を持つ居住地は例外なくカジミエーシュ側が領有主張のネタに使っているので、カジミエーシュ発行の地図に載っていないわけがない。
したがって、地図にない集落の素性はかなり絞られる。
「……最近できた難民キャンプか行商人のキャラバン、もしくは無認可の傭兵部隊の駐屯地。どれだと思う?」
「どの可能性もある。それらが共存している可能性もな」
Aceが顎髭をなぞって考え込む。サルゴンの紛争地帯を渡り歩いてきた歴戦の元傭兵なら、こういう展開は慣れっこだ。
「難民や商人が相手なら特に問題はない。接触が不要なら回避できるし、情報収集や交渉が要る場合はキャンプの外周に飛行装置で乗り付ける。多少の混乱には対処可能だ」
「問題は兵士がいる場合だな……」
「『バッドガイ』号の修理は順調ですが、帰路のことを考えるとエンジンに負荷をかけたくありません。まだ乱気流があるので高度は上げづらいですし、低空だと機動性は保証できませんよ」
つまり強行着陸は難しい。ロドスが採用している飛行装置は戦闘ヘリというより軽輸送機の枠にあるから仕方ないが、予定外の故障で繊細な扱いが必要になってしまった。元々はハードランディングも想定していたんだけども。
ここは国境沿いの係争地帯だ。武装勢力が駐留していることは十分に想定できるし、いきなり謎の巨大ドローン(飛行装置なんてクルビアのベンチャー企業界隈以外では知名度皆無で、ウルサスの爆撃ドローンの亜種と誤解されることの方が多い)で接近すれば攻撃を受ける可能性もある。迂回しても偵察兵がいて通報されたら厄介だ。本来なら丘陵の裾野付近に着陸し、街道を使って接近して、現地住民との友好的な接触を図る必要があるのだが、今回はそうも言っていられない。タイムリミットは近いのだ。
「天災予報はどうなってる?」
「危険レベルは依然上昇中。ただアーススピリットさんの予報によれば、今後24時間以内の天災発生はないと考えていいはずです。それより先は予測不能」
「源石信号の発信を確認しました!」
ブリッシュシルバーの声。少し登った先、崖の一番高い場所でアンテナを設営していた茶髪のフェリーンが手を振っている。くるくると回る源石信号アンテナの先端が不規則に紅く輝いている。アーツで増幅された中距離信号を拾っているのだ。
「識別信号を照合──【ハンサム・オブ・センチュリー】。エリジウムさんが近くにいます!」
「俺はツッコまないからな」
大真面目にそんなのを識別コードに設定する奴も承認する奴もアホだ。しかしこれで互いの位置関係がわかった。個人が携行可能なアーツロッドで増幅できる源石信号の跳躍距離はよくて数十キロ程度。このあたりに居住地は眼前の一箇所しかない。つまり……
「あそこが目的地で間違いないな」
「思ったより近くで助かりましたね」
騙し騙しで飛んでいく必要がなくなったからか、ディランの声色は安堵に満ちている。反対にAceは思案顔だ。回収対象が集落にいる以上、手荒な真似は事実上封じられたと考えるべきで、護衛部隊の責任者である彼としては悩みが増えたことになる。
そして問題はもう一つ。
「通信内容を知りたい。まだ暗号化されているのか?」
「作戦部の一般暗号ですね。所在地の報告、チーム人員のステータス。代表をはじめ、皆さん健康だそうですよ! それから物資と医療支援の要請です」
「医療支援、ねえ」
俺はAceと顔を見合わせる。普通の居住地に居候しているならわざわざ暗号を使う必要はあまりないし、あそこにいるのが輸送隊ならあの規模の炊事をする大規模キャラバンにはお抱えの医者がいるはずだ。
このタイミングで中距離通信を打ってきたということは、アーミヤ隊は俺達回収チームの接近に気付いている。自分たちが出てきて合流するのではなく、暗号通信で医療支援を呼びかけてきた、ということは。
「急いで向こうに下りた方がいいな。医療チームに出発の準備と、救護テントの用意をするよう伝えてくれないか」
「誰かお怪我をされちゃったんですかあ? あれ、でもみんな健康だって」
ブリッシュシルバーの作業を手伝っていた看護師が首を傾げる。エリジウムから送られてきた暗号文をAceに手渡しながら、俺は曖昧に頷いた。
おそらく視察組に問題はない。問題があるとしたら彼女たちではなく別のところだ。
眼下に薄くたなびく煙の中。ほんの一条の黒煙が上がり、薄曇りの空に染みを残した。
空気が冷えていく。太陽がオレンジ色に染まり始め、丘の向こう側で揺らめいている。飛行装置は峡谷を抜け、丘を越え、地上から発せられるアーツの信号に従ってゆっくりと高度を下げる。
調子の怪しい源石エンジンが吐き出す轟音の中、大きく開かれた飛行装置のサイドドアから砂粒混じりの風が猛烈に吹き付ける。曇ったゴーグルを拭って身を乗り出すと、数十メートル下の白茶けた地面にへばりつく大小さまざまなバラックの列が飛び込んできた。小川と丘に挟まれた緩い斜面に人と建物の列ができていて、こちらを見上げているようだ。
声は聞こえないが少なくとも石やクロスボウの矢、アーツの弾丸が飛んでくる様子はない。Aceがヘッドセットを通じて安全をディランに伝えると、飛行装置は着陸体勢に入った。
「代表が見えます!」
誰かが叫び、この騒音では聞こえないと思ったのか身振り手振りである一点を指差す。眼下の広場らしきところに群衆が集まっており、そこをかき分けてやってくる何人かの人影がある──まだ遠いのでよく見えないが、先頭にいる人物は子供を肩車しているようだ。子供は帽子を目深に被っており、そのちょうど顔の前のあたりで白い輪が明るく輝いている。
「……あれで変装させたと言い張るつもりなのか、Outcastは」
「まあ一応、顔は隠れてるな。だが眩しそうだ」
サンクタの考えを真面目に推し量っても疲れるだけである。溜め息をついて俺はシートに身を収め、ベルトを念入りに点検する。着陸の直前が最も揺れるのだ。また頭を打ったら今度こそ本艦に強制送還されかねない。
ふと横に視線をやると、隣に座るフォリニックの視線は飛行装置の小窓を通して皆とは違う場所に向いている。居住地(といっていい規模の人間がいるのが目視でわかる)の中心方向ではなく、その外れ。丘の背丈が低くなり、ウルサス方面の荒野側に開けた場所だ。
ボロボロの柵で居住地と仕切られた、そちら側にもまとまった数のバラックがある。といっても居住地のそれより更に粗末だ。屋根に穴が空いていたり、ほとんど崩れているものも少なくない。見える人影も少なく、戸口からこちらを覗いている。
そこに住んでいるのがどういった背景の人々なのか、俺には簡単に想像がついた。フォリニックにも分かったことだろう。原理原則に囚われがちなところはあるが彼女は非常に聡明で、経験が足りていないだけなのだ。
まあその知性と経験不足を今まさに俺とケルシーに利用されようとしているわけだが。
「シートベルトを忘れてるぞ、気をつけろ」
「え……あっ」
「あの場所が気になるのはわかる、だが今考えても仕方ないだろう。まずはアーミヤに会って状況を把握する。この居住地のことはそれからだ」
「落ち着いて、らっしゃるんですね」
「場数だけは踏んでるからな。やるべきことを一つ一つ、確実にやる。まずは安全に地面に降りるところから。久々に会えるんだ、アーミヤを抱きしめてやれ」
「──はい!」
なんだかんだ言っても根が素直なのだろう。懐柔されかかっているとは思いもしていないのか、瞳から憂いの色を消し去ってシートベルトを締めるフォリニックを眺めつつ、俺はぼんやりと思う。
どうしてこの大地には、辛いことがあまりにも多いのだろう、と。
やっとCEOが登場します。長かった(単に私が遅筆なだけですが)
1095年時点だと実装済みオペレーターの大半はまだ入職していないので、登場キャラクターの半分くらいがモブと死人とオリキャラになってしまいがち。白Wikiに加入時期まとめがあって本当に良かったです。編集者さんありがとう!
シャレムとフォリニックの共通点: 鷹のライターに愛されている。基礎設定が既に不憫、加えてシナリオで追加の辛い体験をしているにもかかわらず、秘録やモジュールでさらに追撃を食らっている。ネタ抜きで普通にかわいそう。トラゴーディア……