シア「えへへ、うへへへ、くふふ〜」
最後の関門であったハジメの同行の承認を得てからずっと上機嫌のシアは、奇怪な笑い声を発しながら緩みっぱなしの頬に両手を当ててクネクネと身をよじらせている。それは、ハジメと問答した時の真剣な表情が嘘のように残念な姿だった。
ユエ「……キモイ」
シア「ちょっ、キモいって何ですか。キモいって……嬉しいんだからしょうがないじゃないですかぁ。なにせ、ハジメさんの初デレですよ?見ました?最後の表情。私、思わず胸がキュンとなりましたよ〜。これは私にメロメロになる日も遠くないですねぇ〜」
シアがこれでもかというほどに調子に乗っている。そんな彼女に向かってハジメとユエは声をそろえてうんざりしながらつぶやいた。
ハジメ・ユエ「「……ウザウサギ」」
シア「んなっ⁉︎なんですかウザウサギって‼︎いい加減名前で呼んでくださいよぉ〜、旅の仲間ですらよぉ〜、まさか、この先もまともに名前を呼ぶつもりがないとかじゃないですよね?ねっ?」
ハジメ・ユエ「「………」」
シア「な、なんで黙るんですかぁ……ちょっと、目を逸らさないでくださいぃ〜。ほらほらっ、シアですよ。シ・ア。りぴーとあふたみー、シ・ア」
ハジメ「………さて、雄汰この後の予定なんだが……」
必死に名前を呼ばせようと奮闘するシアを露骨に無視して、今後の予定について話そうと後ろで苦笑いを浮かべている雄汰達に振り向く。それに、シアは「無視しないでぇ〜、仲間はずれは嫌ですぅ〜」と涙まで縋りついている。どうやら、旅の仲間になっても扱いの雑さはしばらく変わらないのだろう。
そして、シアはシクシクと泣いていると、霧をかき分けてカムを含めて数人のハウリア族が現れた。
ハジメが最終日に課した課題をクリアしたようで魔物の討伐を証明する部位を片手に戻ってきたのだ。
シアは久しぶりに再会した家族に頬を綻ばせる。本格的に修行が始まる前、気持ちを打ち明けたときを最後として会っていなかったのだ。たった十日間とはいえ、文字通り死に物狂いで行った修行は、日々の密度を途轍もなく濃いものとした。そのため、シアの体感的には、もう何ヶ月も会っていないような気がしたのだ。
早速、父親であるカムに話しかけようとするシア。報告したいことが山ほどあるのだ。しかし、シアは話しかける寸前で、発しようとした言葉を呑み込んだ。カム達が発する雰囲気が何だかおかしいことに気がついたからだ。
歩み寄ってきたカムはシアを一瞥すると僅かに笑みを浮かべただけで、直ぐに視線をハジメに戻した。そして……
カム「ボス。お題の魔物、きっちり狩って来やしたぜ?」
雄汰「……は?」
シア「ボ、ボス?と、父様?何だか口調が……というか雰囲気が……」
カムの変わり果てた言動に雄汰は目を丸くし、シアは戸惑いの声を発するのだが、カムは二人をサラリと無視して、この樹海に生息する魔物の中でも上位に位置する魔物の牙や爪やらをバラバラと取り出していく。
ハジメ「……俺は一体でいいと言ったと思うんだが……」
ハジメの課した訓練卒業の課題は上位の魔物を一チーム一体狩ってくることだ。しかし、眼前の剥ぎ取られた魔物の部位を見る限り、優に十体分はある。ハジメの疑問に対し、カム達は不敵な笑みを持って答えた。
カム「ええ、そうなんですがね?殺っている途中でお仲間がわらわら出てきやして……生意気にも殺意を向けてきやがったので丁重にお出迎えしてやったんですよ。なぁ? みんな?」
ハウリア「そうなんですよ、ボス。こいつら魔物の分際で生意気な奴らでした」
ハウリア「きっちり落とし前はつけましたよ。一体たりとも逃してませんぜ?」
ハウリア「ウザイ奴らだったけど……いい声で鳴いたわね、ふふ」
ハウリア「見せしめに晒しとけばよかったか……」
ハウリア「まぁ、バラバラに刻んでやったんだ、それで良しとしとこうぜ?」
不穏な発言のオンパレードだった。全員、元の温和で平和的な兎人族の面影が微塵もない。ギラついた目と不敵な笑みを浮かべたままハジメに物騒な戦闘報告をする。
それを呆然と見ていたシアは一言、
シア「……誰?」
シア「ど、どういうことですか!?ハジメさん!父様達に一体何がっ!?」
ハジメ「お、落ち着け!ど、どういうことも何も……訓練の賜物だ……」
シア「いやいや、何をどうすればこんな有様になるんですかっ!?完全に別人じゃないですかっ!ちょっと、目を逸らさないで下さい!こっち見て!」
ハジメ「……別に、大して変わってないだろ?」
シア「貴方の目は節穴ですかっ!見て下さい。彼なんて、さっきからナイフを見つめたままウットリしているじゃないですか!あっ、今、ナイフにジュリアって呼びかけた!ナイフに名前つけて愛でてますよっ! 普通に怖いですぅ~
樹海にシアの焦燥に満ちた怒声が響く。一体どうしたんだ? と分かってなさそうな表情でシアとハジメのやり取りを見ているカム達。先ほどのやり取りから更に他のハウリア族も戻って来たのだが、その全員が……何というか……ワイルドになっている。男衆だけでなく女子供、果ては老人まで。
シアは、そんな変わり果てた家族を指差しながらハジメに凄まじい勢いで事情説明を迫っていた。ハジメはというと、どことなく気まずそうに視線を逸らしながらも、のらりくらりとシアの尋問を躱わしている。
埒があかないと判断したのか、シアの矛先がカム達に向かった。
シア「父様!みんな!一体何があったのです!?まるで別人ではないですか!さっきから口を開けば恐ろしいことばかり……正気に戻って下さい!」
縋り付かんばかりのシアにカムは、ギラついた表情を緩め前の温厚そうな表情に戻った。それに少し安心するシア。
だが……
カム「何を言っているんだ、シア? 私達は正気だ。ただ、この世の真理に目覚めただけさ。ボスのおかげでな」
シア「し、真理?何ですか、それは?」
嫌な予感に頬を引き攣らせながら尋ねるシアに、カムはにっこりと微笑むと胸を張って自信に満ちた様子で宣言した。
カム「この世の問題の九割は暴力で解決できる」
シア「やっぱり別人ですぅ~! 優しかった父様は、もう死んでしまったんですぅ~、うわぁ~ん」
ショックのあまり、泣きべそを掻きながら踵を返し樹海の中に消えていこうとするシア。しかし、霧に紛れる寸前で小さな影とぶつかり「はうぅ」と情けない声を上げながら尻餅をついた。
小さな影の方は咄嗟にバランスをとったのか転倒せずに持ちこたえ、倒れたシアに手を差し出した。
シア「あっ、ありがとうございます」
ハウリアの少年「いや、気にしないでくれ、シアの姐御。男として当然のことをしたまでさ」
シア「あ、姐御?」
霧の奥から現れたのは未だ子供と言っていいハウリア族の少年だった。その肩には大型のクロスボウが担がれており、腰には二本のナイフとスリングショットらしき武器が装着されている。随分ニヒルな笑みを見せる少年だった。シアは、未だかつて〝姉御〟などという呼ばれ方はしたことがない上、目の前の少年は確か自分のことを〝シアお姉ちゃん〟と呼んでいたことから戸惑いの表情を浮かべる。
そんなシアを尻目に、少年はスタスタとハジメの前まで歩み寄ると、ビシッと惚れ惚れするような敬礼をしてみせた。
少年「ボス!手ぶらで失礼します!報告と上申したいことがあります!発言の許可を!」
ハジメ「お、おう? 何だ?」
少年の歴戦の軍人もかくやという雰囲気に、今更ながら、シアの言う通り少しやり過ぎたかもしれないと若干どもるハジメ。少年はお構いなしに報告を続ける。
少年「はっ!課題の魔物を追跡中、完全武装した熊人族の集団を発見しました。場所は、大樹へのルート。おそらく我々に対する待ち伏せかと愚考します!」
ハジメ「あ~、やっぱ来たか。即行で来るかと思ったが……なるほど、どうせなら目的を目の前にして叩き潰そうって腹か。なかなかどうして、いい性格してるじゃねぇの。……で?」
少年「はっ! 宜しければ、奴らの相手は我らハウリアにお任せ願えませんでしょうか!」
ハジメ「う~ん。カムはどうだ? こいつはこう言ってるけど?」
話を振られたカムは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると願ってもないと言わんばかりに頷いた。
カム「お任せ頂けるのなら是非。我らの力、奴らに何処まで通じるか……試してみたく思います。な~に、そうそう無様は見せやしませんよ」
族長の言葉に周囲のハウリア族が、全員同じように好戦的な表情を浮かべる。自分の武器の名前を呼んで愛でる奴が心なし増えたような気もする。シアの表情は絶望に染まっていく。
ハジメ「……出来るんだな?」
カム「肯定であります!」
最後の確認をするハジメに元気よく返事をしたのは少年だ。ハジメは、一度、瞑目し深呼吸すると、カッと目を見開いた。
ハジメ「聞け!ハウリア族諸君!勇猛果敢な戦士諸君!今日を以て、お前達は糞蛆虫を卒業する!お前達はもう淘汰されるだけの無価値な存在ではない!力を以て理不尽を粉砕し、知恵を以て敵意を捩じ伏せる!最高の戦士だ!私怨に駆られ状況判断も出来ない な熊共にそれを教えてやれ! 奴らはもはや唯の踏み台に過ぎん!唯の 野郎どもだ!奴らの屍山血河を築き、その上に証を立ててやれ!生誕の証だ! ハウリア族が生まれ変わった事をこの樹海の全てに証明してやれ!」
ハウリア族「「「「「「「「「「Sir、yes、sir!!」」」」」」」」」」
ハジメ「答えろ! 諸君! 最強最高の戦士諸君! お前達の望みはなんだ!」
ハウリア族「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」
ハジメ「お前達の特技は何だ!」
ハウリア族「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」
ハジメ「敵はどうする!」
ハウリア族「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」
ハジメ「そうだ! 殺せ! お前達にはそれが出来る! 自らの手で生存の権利を獲得しろ!」
ハウリア族「「「「「「「「「「Aye、aye、Sir!!」」」」」」」」」
ハジメ「いい気迫だ! ハウリア族諸君! 俺からの命令は唯一つ! サーチ&デストロイ! 行け!!」
ハウリア族「「「「「「「「「「YAHAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」」」」」」」」」」
シア「うわぁ~ん、やっぱり私の家族はみんな死んでしまったですぅ~」
雄汰「……あぁ、もうあの大人しかったハジメはいないんだ。奈落の底で死んだんだな……ハハハ」
温厚で平和的、争いが何よりも苦手な心優しき森のウサギさん一族は……悲しいことに死んでしまったようだ。変わり果てた家族にシアが、すっかり変わってしまった親友に陽和が、揃って膝から崩れ落ちシアは泣き、雄汰は乾いた笑い声を上げる。
しくしく、めそめそと泣くシアの隣を少年が駆け抜けようとして、シアは咄嗟に呼び止めた。
シア「パルくん!待って下さい!ほ、ほら、ここに綺麗なお花さんがありますよ?君まで行かなくても……お姉ちゃんとここで待っていませんか?ね?そうしましょ?」
どうやら、まだ幼い少年だけでも元の道に連れ戻そうとしているらしい。傍に咲いている綺麗な花を指差して必死に説得している。何故、花で釣っているのか。それは、この少年が、かつてのお花が大好きな「お花さ~ん!」の少年だからである。
パル「姐御、あんまり古傷を抉らねぇでくだせぇ。俺は既に過去を捨てた身。花を愛でるような軟弱な心は、もう持ち合わせちゃいません」
ちなみに、パル少年は今年十一歳だ。もう一度言おう。パル少年は今年十一歳だ。
シア「ふ、古傷?過去を捨てた?えっと、よくわかりませんが、もうお花は好きじゃなくなったんですか?」
パル「ええ、過去と一緒に捨てちまいましたよ、そんな気持ちは」
シア「そんな、あんなに大好きだったのに……」
パル「ふっ、若さゆえの過ちってやつでさぁ」
繰り返すが、パル君は今年十一歳だ。何度でも言おう!パル君は今年十一歳である!
パル「それより姐御」
シア「な、何ですか?」
〝シアお姉ちゃん!シアお姉ちゃん〟と慕ってくれて、時々お花を摘んで来たりもしてくれた少年の変わりように、意識が自然と現実逃避を始めそうになるシア。パル少年の呼び掛けに辛うじて返答する。しかし、それは更なる追撃の合図でしかなかった。
パル「俺は過去と一緒に前の軟弱な名前も捨てました。今はバルトフェルドです。〝必滅のバルトフェルド〟これからはそう呼んでくだせぇ」
シア「誰!?バルトフェルドってどっから出てきたのです!?ていうか必滅ってなに!?」
パル「おっと、すいやせん。仲間が待ってるのでもう行きます。では!」
シア「あ、こらっ!何が〝ではっ!〟ですか!まだ、話は終わって、って早っ!待って!待ってくださいぃ~」
シアは家族の豹変ぶりに再び泣き出してしまった。既に彼女の知る家族はいない。実に哀れを誘う姿だった。
そんなシアの姿を何とも言えない微妙な表情で見ているユエ。ハジメは、どことなく気まずそうに視線を彷徨わせている。ユエは、ハジメに視線を転じるとボソリと呟いた。
ユエ「……流石ハジメ、人には出来ないことを平然とやってのける」
ハジメ「いや、だから何でそのネタ知ってるんだよ……」
雄汰「……だが、これは些かどうかと思うぞ。」
ハジメ「..........俺もさすがに正直少しやりすぎたかもしれん」
ハジメもシアがすすり泣く様子、さっきまでのやり取りで流石にばつの悪そうな表情を浮かべる
雄汰「まぁだいたいわかった、それよりアイツらを追うぞハジメ」
ハジメ「は?なんで?行く必要ないだろ?だってあいつらだけで十分だと思うぞ」
雄汰「まぁ、そうなんだけど。途中で止めないとダメだろ。とにかくいいから行くぞハジメ。シアも行くぞ。家族心配だろ?」
シア「グスッ......はい、行きます」
そうして俺達は全員でハウリアの後を追う。
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熊人族はあり得ない光景に恐怖を隠すことができない。そうあり得ないうえ、本当に恐ろしくて仕方ないのだのだ、何故なら....................
ハウリア「ヒャハハハハハハハハハハハハ」
ハウリア「ほらほら気合入れやがれ!バラバラに刻んじまううぞ?」
ハウリア「汚物は消毒だぁ!ハァハハハハハハハ!!」
ハウリア「いいわぁ!キライじゃないわぁ!」
まさしく狂気的。温厚的なはずの兎人族の面影などどこにもなく、唯々獲物の命を刈り取ることに愉悦を感じている瞳はあり得ないことで恐怖の感情以外もはやわいてこない。
熊人族「ちくしょう!何なんだよ!誰だよ、お前等!!」
熊人族「こんなの兎人族じゃないだろっ!」
熊人族「うわぁああ!来るなっ!来るなぁあ!」
奇襲しようとしていた熊人族は、ハジメの訓練で変わり果てたハウリア達のどこからともなく飛来する正確無比な弓や石、認識を狂わせる巧みな気配の断ち方、高度な連携、そして何より嬉々として刃を振るう狂的な表情と哄笑! その全てが。激しい動揺を生んでいるようで、スペックで上回っているはずの熊人族は逆に奇襲されて窮地になっていた。
実際、単純に一対一で戦ったのならハウリア達が熊人族に敵うことはまずないだろう。だが、この十日間、ハウリア達は、ハジメから聞かされた、地獄というのも生ぬるい特訓のおかげでその先天的な差を埋めることに成功していた。
元々、兎人族は他の亜人族に比べて低スペックだ。しかし、争いを避けつつ生き残るために磨かれた危機察知能力と隠密能力は群を抜いている。何せ、それだけで生き延びてきたのだから。
そして、敵の存在をいち早く察知し、気づかれないよう奇襲できるという点で、彼等は実に暗殺者向きの能力をもった種族であると言えるのだ。ただ、生来の性分が、これらの利点を全て潰していた。
ハジメが施した訓練は彼等の闘争本能を呼び起こすものと言っていい。ひたすら罵り追い詰めて、武器を振るうことや相手を傷つけることに忌避感を感じる暇も与えない。やりすぎた感は否めないが……
さらに、非力な彼らの攻撃力を引き上げるハジメ製の武器とハウリア族の戦闘力が飛躍的に向上した理由の一つらしい。
ハウリアの少年パルことバルトフェルトは、すっかりクロスボウによる狙撃に惚れ込み、一端のスナイパー気取りをしていると言っていた。
バルト「一撃必倒! ド頭吹き飛ばしてやりまさぁ。必滅の名にかけて」
そんなわけで、パニック状態に陥っている熊人族では今のハウリア族に抗することなど出来る訳もなく、瞬く間にその数を減らし、既に当初の半分近くまで討ち取られていた。
トント「レギン殿! このままではっ!」
レギン「一度撤退を!」
トント「殿しんがりは私が務めっクペッ!?」
レギン「トントォ!?」
一時撤退を進言している部下に、熊人族の指揮官が少し考えた素振りをしていたが、その判断の遅さをハウリアのスナイパーは逃さない。殿を申し出て再度撤退を進言しようとしたトントと呼ばれた部下のこめかみを正確無比の矢が貫いた。
それに動揺して陣形が乱れる熊人族達。それを好機と見たのか、ハウリア達が一斉に熊人族達に襲いかかった。
霧の中から熊人族達に矢が飛来し、足首という実にいやらしい場所を驚くほど正確に狙い撃っている。それに熊人族が気を取られると、首を刈り取る鋭い斬撃が振るわれ、その斬撃を放った者の後ろから絶妙なタイミングで刺突が走る。
だが、それも本命ではなかったのか、突然、ハウリアが熊人族の背後から現れ致命の一撃を放たれる。ハウリア達は、そのように連携と気配の強弱を利用して熊人族達を翻弄した。熊人族達は戦慄したような表情をする。
しばらく抗戦は続けていたが、混乱から立ち直る前に熊人族達は満身創痍となり武器を支えに何とか立っている状態だ。連携と絶妙な援護射撃を利用した波状攻撃に休む間もなく、熊人族達は肩で息をしている。一箇所に固まり大木を背後にして追い込まれた熊人族達をハウリア達が取り囲む。
ハウリア「どうしたピッー野郎共! この程度か! この根性なしが!」
ハウリア「最強種が聞いて呆れるぞ! このピッー共が! それでもピッー付いてるのか!」
ハウリア「さっさと武器を構えろ! 貴様ら足腰の弱ったピッーか!」
ハウリア達と思えない、というか他の種族でも言わないような罵声が熊人族に浴びせられる。中には既に心が折られたのか頭を抱えてプルプルと震えている者もいる。大柄で毛むくじゃらの男が「もうイジメないで?」と涙目で訴える姿は……物凄くシュールだ。
カム「クックックッ、何か言い残すことはあるかね? 最強種殿?」
カムが実にあくどい表情で皮肉げな言葉を投げかける。前のカムからは考えられないセリフだ。
レギン「ぬぐぅ……」
レギンは、カムの物言いに悔しげに表情を歪めるが、先程までの怒りの表情から真剣な表情に変わった。
レギン「……俺はどうなってもいい。煮るなり焼くなり好きにしろ。だが、部下は俺が無理やり連れてきたのだ。見逃して欲しい」
熊人族「なっ、レギン殿!?」
熊人族「レギン殿! それはっ……」
レギンの言葉に部下達が途端にざわつき始めた。レギンは自分の命と引き換えに部下達の存命を図ろうとしているのだろう。動揺する部下達に指揮官が一喝した。
レギン「だまれっ! ……頭に血が登り目を曇らせた私の責任だ。兎人……いや、ハウリア族の長殿。勝手は重々承知。だが、どうか、この者達の命だけは助けて欲しい! この通りだ」
武器を手放し跪いて頭を下げるレギン。部下達は、レギンの覚悟を理解したような表情をしながら、言葉を詰まらせ立ち尽くしている。
頭を下げ続けるレギンに対するカム達ハウリア族の返答は……
カム「だが断る」
という言葉と投擲されたナイフだった。
レギン「うぉ!?」
咄嗟に身をひねり躱すレギン。しかし、カムの投擲を皮切りに、熊人族達の間合いの外から一斉に矢やら石などが高速で撃ち放たれた。大斧を盾にして必死に耐え凌ぐ熊人族達に、ハウリア達は哄笑を上げながら心底楽しそうに攻撃を加える。
レギン「なぜだ!?」
呻くように声を搾り出し、問答無用の攻撃の理由を問うレギン。
カム「なぜ? 貴様らは敵であろう? 殺すことにそれ以上の理由が必要か?」
カムの答えは実にシンプルだった。
レギン「ぐっ、だが!」
カム「それに何より……貴様らの傲慢を打ち砕き、嬲るのは楽しいのでなぁ! ハッハッハッ!」
レギン「んなっ!? おのれぇ! こんな奴等に!」
カムの言葉通り、ハウリア達は実に楽しそうだった。スリングショットやクロスボウ、弓を安全圏から嬲るように放っている。その姿は、力に溺れた者典型の狂気じみた高揚に包まれたものだった。どうやら、初めての人族、それも同胞たる亜人族を殺したことに心のタガが外れてしまったようである。要は、完全に暴走状態だ。
攻撃は苛烈さを増し、熊人族達は身を寄せ合い陣を組んで必死に耐えるが……既に限界。致命傷こそ避けているものの、みな満身創痍。次の掃射には耐えられないだろう。
カムが口元を歪めながらスっと腕を掲げる。ハウリア達も狂的な眼で矢を、石をつがえた。熊人族達は、悔しそうな表情をしながら体の力を抜く。
カムの腕が、熊人族の命を狩り取る死神の鎌の如く振り下ろされた。一斉に放たれる矢と石。熊人族は、目を逸らすことなく見つめ続け、そして……
シア「いい加減にしなさぁ~い!!!」
ズドォオオン!!
白き鉄槌が全てを吹き飛ばす光景を目の当たりにした。
レギン「は?」
思わず間抜けな声を出してしまうレギン。だが、無理もないだろう。何せ、死を覚悟した直後、青白い髪を靡かせたウサミミ少女が、巨大な鉄槌と共に天より降ってきた挙句、地面に槌を叩きつけ、その際に発生した衝撃波で飛んでくる矢や石をまとめて吹き飛ばしたのだから。目が点になるとはこのことだ。周りの熊人族もポカンとしている。
怒り心頭! といった感じで登場したのは、もちろんシアである。ハジメが作った圧縮錬成の練習過程で作成された大槌は、途轍もない重量を持っているのだが、まるで重さなど感じさせずブオンッと突風を発生させながら振り回し、ビシッとカムに向かって突きつけた。
シア「もうっ! ホントにもうっですよ! 父様も皆も、いい加減正気に戻って下さい!」
そんなシアに、最初は驚愕で硬直していたカム達だが、ハッと我を取り戻すと責めるような眼差しを向けた。
カム「シア、何のつもりか知らんが、そこを退きなさい。後ろの奴等を殺せないだろう?」
シア「いいえ、退きません。これ以上はダメです!」
シアの言葉に、カム達の目が細められる。
ハウリア「ダメ? まさかシア、我らの敵に与するつもりか? 返答によっては……」
シア「いえ、この人達は別に死んでも構わないです」
熊人族「「「「いいのかよっ!?」」」」
熊人族達は、シアの言葉に思わずツッコミを入れる。
シア「当たり前です。殺意を向けて来る相手に手心を加えるなんて心構えでは、ユエさんの特訓には耐えられません。私だって、もう甘い考えは持っていませんよ」
カム「ふむ、では何故止めたのだ?」
カムが尋ねる。ハウリア族達も怪訝な表情だ。
シア「そんなの決まってます! 父様達が、壊れてしまうからです! 堕ちてしまうからです!」
カム「壊れる? 堕ちる?」
訳がわからないという表情のカムにシアは言葉を重ねる。
シア「そうです! 思い出して下さい。ハジメさんも雄汰さんも敵に容赦しませんし、問答無用だし、無慈悲ではありますが、魔物でも人でも殺しを楽しんだ・・・・ことはなかったはずです! 訓練でも、ハジメさんは敵は殺せと言われても楽しめとは言われなかったはずです!」
カム「い、いや、我らは楽しんでなど……」
シア「今、父様達がどんな顔しているかわかりますか?」
カム「顔? いや、どんなと言われても……」
シアの言葉に、周囲の仲間と顔を見合わせるハウリア達。シアは、ひと呼吸置くと静かな、しかし、よく通る声ではっきりと告げた。
シア「……まるで、私達を襲ってきた帝国兵みたいです!」
ハウリア族「「「「ッ!?」」」」
ハウリア達はシアの言葉に驚愕の表情を浮かべる。そして自覚したような表情を浮かべて先程までの狂気が吹き飛んでいた。
カム「シ、シア……私は……」
シア「ふぅ~、少しは落ち着いたみたいですね。よかったです。最悪、全員ぶっ飛ばさなきゃいけないかもと思っていたので」
シアが大槌をフリフリと動かす。シアの指摘と、ついでに大槌の威容に動揺しているハウリア達に、シアが少し頬を緩める。
シア「まぁ、初めての対人戦ですし、今、気がつけたのなら、もう大丈夫ですよ! 大体、ハジメさんも悪いんです! 戦える精神にするというのはわかりますが、あんなのやり過ぎですよ! 戦士どころかバーサーカーの育成じゃないですかっ!」
今度は、ハジメに対してぷりぷりと怒り出すシア。
と、その時、突如として銃声が響いた。
シアの背後で「ぐわっ!?」という呻き越えと崩れ落ちる音がする。シアとカム達が慌てて背後を確認すると、額を抑えてのたうつレギンの姿があった。
雄汰「なにドサクサに紛れて逃げ出そうとしてんだ? 話が終わるまで正座でもしとけ」
霧の奥から俺達はシア達が話し合っているうちに、こっそり逃げ出そうとした熊人族達に銃撃した。但し、非致死性のゴム弾だが。
俺の言葉を受けても尚、逃げ出そうと油断なく周囲の様子を確認している熊人族に、ハジメは威圧を仕掛けて黙らせた。ガクブルしている熊人族を尻目に、俺達はシア達の方へ歩み寄る。
ハジメはカム達を見ると、若干、気まずそうに視線を彷徨わせ、しかし直ぐに観念したようにカム達に向き合うと謝罪の言葉を口にした。
ハジメ「あ~、まぁ、何だ、悪かったな。自分が平気だったもんで、すっかり殺人の衝撃ってのを失念してた。俺のミスだ。うん、ホントすまん。」
ポカンと口を開けて目を点にするシアとカム達。
ハウリア「ボ、ボス!? 正気ですか!? 頭打ったんじゃ!?」
ハウリア「メディーック! メディーーク! 重傷者一名!」
ハウリア「ボス! しっかりして下さい!」
故にこういう反応になる。青筋を浮かべ、口元をヒクヒクさせるハジメ。
ハジメは、口元をヒクヒクさせているがどうにか耐えて、レギンのもとへ歩み寄ると、その額にドンナーの銃口をゴリッと押し当てた。
ハジメ「さて、潔く死ぬのと、生き恥晒しても生き残るのとどっちがいい?」
ハジメの言葉に、熊人族よりもむしろハウリア族が驚きの目を向ける。今のセリフでは、場合によっては熊人族を見逃してもいいと聞こえるからだ。敵対者に遠慮も容赦もしないハジメにあるまじき提案だ。カム達は「やはり頭を……」と悲痛そうな目でハジメを見ている。
レギンも意外そうな表情でハジメを見返した。
レギン「……どういう意味だ。我らを生かして帰すというのか?」
ハジメ「ああ、望むなら帰っていいぞ? 但し、条件があるがな」
レギン「条件?」
あっさり帰っていいと言われ、レギンのみならず周囲の者達が一斉にざわめく。後ろで「頭を殴れば未だ間に合うのでは……」とシアが割かしマジな表情で自分の大槌とハジメの頭部を交互に見やり、カム達が賛同している声が聞こえる。
そろそろ、更に青筋を増やすハジメ。しかし、頑張ってスルーしている。
ハジメ「ああ、条件だ。フェアベルゲンに帰ったら長老衆にこう言え」
レギン「……伝言か?」
ハジメ「貸一つ」
レギン「……ッ!? それはっ!」
ハジメ「で? どうする? 引き受けるか?」
言伝の意味を察して、怒りの表情をするレギン。ハジメはどこ吹く風でレギンの選択を待っている。貸一つそれは、熊人族達の命を救うことの見返りに何時か借りを返せということだ。
ハジメ「それと、あんたの部下の死の責任はあんた自身にあることもしっかり周知しておけ。ハウリアに惨敗した事実と一緒にな」
レギン「ぐっう」
ハジメが、このような条件を出して敵を見逃すのには理由があるフェアベルゲンとは絶縁したわけだが、七大迷宮の詳細が未だわからない以上、もしかしたら亜人の国に用事ができるかもしれない。何せ、口伝で創設者の言葉が残っているぐらいなのだから。
悩むレギンに、ハジメが更にゴリッと銃口を押し付ける。
ハジメ「五秒で決めろ。オーバーする毎に一人ずつ殺していく。判断は迅速に。基本だぞ?」
そう言ってイーチ、ニーと数え始めるハジメにレギンは慌てて、しかし意を決して返答する。
レギン「わ、わかった。我らは帰還を望む!」
ハジメ「そうかい。じゃあ、さっさと帰れ。伝言はしっかりな。もし、取立てに行ったとき惚けでもしたら……」
ハジメの全身から、強烈な殺意が溢れ出す。もはや物理的な圧力すら伴っていそうだ。ゴクッと生唾を飲む音がやけに鮮明に響く。
ハジメ「その日がフェアベルゲンの最後だと思え」
どこからどう見ても、タチの悪い借金取り、いやテロリストの類にしか見えなかった。後ろから、「あぁ~よかった。何時ものハジメさんですぅ」とか「ボスが正気に戻られたぞ!」とか妙に安堵の混じった声が聞こえる。
ハウリア族により心を折られ、レギンの決死の命乞いも聞いていた部下の熊人族も反抗する気力もないようで悄然と項垂れて帰っていった。
霧の向こうへ熊人族達が消えていった。それを見届け、ハジメはくるりとシアやカム達の方を向く。もっとも、俯いていて表情は見えない。なんだか異様な雰囲気だ。カム達は、狂気に堕ちてしまった未熟を恥じてハジメに色々話しかけるのに夢中で、その雰囲気に気がついていない。シアだけが、「あれ? ヤバクないですか?」と冷や汗を流している。
ハジメがユラリと揺れながら顔を上げた。その表情は満面の笑みだ。だが、細められた眼の奥は全く笑っていなかった。カムが恐る恐る声をかける
カム「ボ、ボス?」
ハジメ「うん、ホントにな? 今回は俺の失敗だと思っているんだ。短期間である程度仕上げるためとは言え、歯止めは考えておくべきだった」
カム「い、いえ、そのような……我々が未熟で……」
ハジメ「いやいや、いいんだよ? 俺自身が認めているんだから。だから、だからさ、素直に謝ったというのに……随分な反応だな? いや、わかってる。日頃の態度がそうさせたのだと……しかし、しかしだ……このやり場のない気持ち、発散せずにはいれないんだ……わかるだろ?」
カム「い、いえ。我らにはちょっと……」
カムも「あっ、これヤバイ。キレていらっしゃる」と冷や汗を滝のように流しながら、ジリジリと後退る。ハウリアの何人かが訓練を思い出したのか、既にガクブルしながら泣きべそを掻いていた。
とその時、「今ですぅ!」と、シアが一瞬の隙をついて踵を返し逃亡を図った。傍にいた男のハウリアを盾にすることも忘れない。
しかし……
ドパンッ!!
一発の銃弾が男の股下を通り、地面にせり出していた樹の根に跳弾してシアのお尻に突き刺さった。
シア「はきゅん!」
ハジメの銃技の一つ多角撃ちである。それで、シアのケツを狙い撃ったのだ。無駄に洗練された無駄のない無駄な銃技だった。銃撃の衝撃に悲鳴を上げながらピョンと跳ねて地面に倒れるシア。お尻を突き出した格好だ。シュウーとお尻から煙が上がっている。シアは痛みにビクンビクンしている。
痙攣するシアの様子とハジメの銃技に戦慄の表情を浮かべるカム達。股通しをされた男が股間を両手で抑えて涙目になっている。銃弾の発する衝撃波が、股間をこう、ふわっと撫でたのだ
何事もなかったようにドンナーをホルスターにしまったハジメは、笑顔を般若に変えた。そして、怒声と共に飛び出した。
ハジメ「取り敢えず、全員一発殴らせろ!」
わぁああああーー!!
ハウリア達が蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出す。一人も逃がさんと後を追うハジメ。しばらくの間、樹海の中に悲鳴と怒号が響き渡った。
後に残ったのは、ケツから煙を出しているシアと、
雄汰「……何時になったら大樹に行くんだ?」
ユエ「……ん」
すっかり蚊帳の外だった俺とユエの呟きだけだった。