遠くに町が見える。周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町だ。街道に面した場所に木製の門があり、その傍には小屋もある。おそらく門番の詰所だろう。小規模といっても、門番を配置する程度の規模はあるようだ。それなりに、充実した買い物が出来そうだとハジメは頬を緩めた。
シア「……機嫌がいいのなら、いい加減、この首輪取ってくれませんか?」
街の方を見て微笑むハジメに、シアが憮然とした様子で頼み込む。シアの首にはめられている黒を基調とした首輪は、小さな水晶のようなものも目立たないが付けられている、かなりしっかりした作りのもので、シアの失言の罰としてハジメが無理やり取り付けたものだ。何故か外れないため、シアが外してくれるよう頼んでいるのだがハジメはスルーしている。
そろそろ、町の方からも俺やハジメ達を視認できそうなので、俺はサクラハリケーンをロックシードにし、ハジメは魔力駆動二輪を宝物庫にしまい、徒歩に切り替えるハジメ達。流石に、バイクで乗り付けては大騒ぎになるだろう。
道中、シアがブチブチと文句を垂れていたが、やはりスルーして遂に町の門までたどり着いた。案の定、門の脇の小屋は門番の詰所だったらしく、武装した男が出てきた。格好は、革鎧に長剣を腰に身につけているだけで、兵士というより冒険者に見える。その冒険者風の男がハジメ達を呼び止めた。
門番「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」
規定通りの質問なのだろう。どことなくやる気なさげである。俺とハジメは、門番の質問に答えながらステータスプレートを取り出した。
ハジメ「食料の補給がメインだ。」
雄汰「旅の途中でな」
ふ~んと気のない声で相槌を打ちながら門番の男が俺とハジメのステータスプレートをチェックする。そして、目を瞬かせた。ちょっと遠くにかざしてみたり、自分の目を揉みほぐしたりしている。その門番の様子をみて、俺は「あっ、ヤベ、隠蔽すんの忘れてた」と内心冷や汗を流す。隣のハジメも俺と同じように冷や汗を流している。
ステータスプレートには、ステータスの数値と技能欄を隠蔽する機能があるのだ。冒険者や傭兵においては、戦闘能力の情報漏洩は致命傷になりかねないからである。俺とハジメは、咄嗟に誤魔化すため、嘘八百を並べ立てた。
ハジメ「ちょっと前に、魔物に襲われてな」
雄汰「そうなんだよ。その時にプレートが壊れたみたいなんだよ」
門番「こ、壊れた? いや、しかし……」
困惑する門番。無理もないだろう。何せ、俺達のステータスプレートにはレベル表示がなく、ステータスの数値も技能欄の表示もめちゃくちゃだからだ。ステータスプレートの紛失は時々聞くが、壊れた(表示がバグるという意味で)という話は聞いたことがない。なので普通なら一笑に付すところだが、現実的にありえない表示がされているのだから、どう判断すべきかわからないのだ。
俺とハジメは、いかにも困った困ったという風に肩を竦めて追い討ちをかける。
ハジメ「壊れてなきゃ、そんな表示おかしいだろ? まるで俺達が化物みたいじゃないか。」
雄汰「門番さん、俺達がそんな指先一つで町を滅ぼせるような化物に見えるか?」
両手を広げておどける様な仕草をする俺とハジメに、門番は苦笑いをする。ステータスプレートの表示が正しければ、文字通り魔王や勇者すら軽く凌駕する化物ということになるのだ。例え聞いたことがなくてもプレートが壊れたと考える方がまともである。
実は本当に化物だと知ったら、きっと、この門番は卒倒するに違いない。いけしゃあしゃあと嘘をつく俺とハジメに、ユエとシアは呆れた表情を向けている。
門番「はは、いや、見えないよ。表示がバグるなんて聞いたことがないが、まぁ、何事も初めてというのはあるしな……そっちの二人は……」
門番がユエとシアにもステータスプレートの提出を求めようとして、二人に視線を向ける。そして硬直した。みるみると顔を真っ赤に染め上げると、ボーと焦点の合わない目でユエとシアを交互に見ている。ユエは言わずもがな、精巧なビスクドールと見紛う程の美少女だ。そして、シアも喋らなければ神秘性溢れる美少女である。つまり、門番の男は二人に見惚れて正気を失っているのだ。
俺とハジメがわざとらしく咳払いをする。それにハッとなって慌てて視線を俺とハジメに戻す門番。
雄汰「さっき言った魔物の襲撃のせいでな、こっちの子のは失くしちまったんだ。」
ハジメ「こっちの兎人族は……わかるだろ?」
その言葉だけで門番は納得したのか、なるほどと頷いてステータスプレートを俺とハジメに返す。
門番「それにしても随分な綺麗どころを手に入れたな。白髪の兎人族なんて相当レアなんじゃないか? あんた達って意外に金持ち?」
未だチラチラと二人を見ながら、羨望と嫉妬の入り交じった表情で門番が俺とハジメに尋ねる。俺とハジメは肩をすくめるだけで何も答えなかった。
門番「まぁいい。通っていいぞ」
ハジメ「ああ、どうも。おっと、そうだ。素材の換金場所って何処にある?」
門番「あん? それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」
ハジメ「おぉ、そいつは親切だな。ありがとよ」
門番からハジメが情報を得て、俺達は門をくぐり町へと入っていく。門のところで確認したがこの町の名前はブルックというらしい。町中は、それなりに活気があった。かつて見たオルクス近郊の町ホルアドほどではないが露店も結構出ており、呼び込みの声や、白熱した値切り交渉の喧騒が聞こえてくる。
こういう騒がしさは訳もなく気分を高揚させるものだ。俺とハジメだけでなく、ユエも楽しげに目元を和らげている。しかし、シアだけは先程からぷるぷると震えて、涙目で俺とハジメを睨んでいた。
怒鳴ることもなく、ただジッと涙目で見てくるので、流石に気になって溜息を吐く。楽しい気分に水を差しやがって、と内心文句を言いながらシアに視線を合わせる。
ハジメ「どうしたんだ?せっかくの町なのに、そんな上から超重量の岩盤を落とされて必死に支えるゴリラ型の魔物みたいな顔して」
シア「誰がゴリラですかっ!ていうかどんな倒し方しているんですか!ハジメさんなら一撃でしょうに!何か想像するだけで可哀想じゃないですか!」
ユエ「……脇とかツンツンしてやったら涙目になってた」
シア「まさかの追い討ち!?酷すぎる!ってそうじゃないですぅ!」
怒って、ツッコミを入れてと大忙しのシア。手をばたつかせて体全体で「私、不満ですぅ!」と訴えている。ちなみに、ゴリラ型の魔物のエピソードは圧縮錬成の実験台にした時の話だ。決して、虐めて楽しんでいたわけではない。ユエはやたらとツンツンしていたが。ちなみに、この魔物が豪腕の固有魔法持ちである。
シア「これです!この首輪!これのせいで奴隷と勘違いされたじゃないですか!ハジメさん、わかっていて付けたんですね!うぅ、酷いですよぉ~、私達、仲間じゃなかったんですかぁ~」
シアが怒っているのは、そういうことらしい。旅の仲間だと思っていたのに、意図して奴隷扱いを受けさせられたことが相当ショックだったようだ。もちろん、ハジメが付けた首輪は本来の奴隷用の首輪ではなく、シアを拘束するような力はない。それは、シアもわかっている。だが、だとしても、やはりショックなものはショックなのだ。
そんなシアの様子にハジメはカリカリと頭を掻きながら目を合わせる。
ハジメ「あのなぁ、奴隷でもない亜人族、それも愛玩用として人気の高い兎人族が普通に町を歩けるわけないだろう? まして、お前は白髪の兎人族で物珍しい上、容姿もスタイルも抜群。断言するが、誰かの奴隷だと示してなかったら、町に入って十分も経たず目をつけられるぞ。後は、絶え間無い人攫いの嵐だろうよ。面倒……ってなにクネクネしてるんだ?」
言い訳あるなら言ってみろやゴラァ!という感じでハジメを睨んでいたシアだが、話を聞いている内に照れたように頬を赤らめイヤンイヤンし始めた。ユエが冷めた表情でシアを見ている。
シア「も、もう、ハジメさん。こんな公衆の面前で、いきなり何言い出すんですかぁ。そんな、容姿もスタイルも性格も抜群で、世界一可愛くて魅力的だなんてぇ、もうっ!恥かしいでっぶげら!?」
調子に乗って話を盛るシアの頬に、ユエの黄金の右ストレートが突き刺さる。可愛げの欠片もない悲鳴を上げて倒れるシア。身体強化していなかったので、別の意味で赤くなった頬をさすりながら起き上がる。
ユエ「……調子に乗っちゃだめ」
シア「……ずびばぜん、ユエざん」
冷めたユエの声に、ぶるりと体を震わせるシア。そんな様子に呆れた視線を向けながら、ハジメは話を続ける。
ハジメ「あ~、つまりだ。人間族のテリトリーでは、むしろ奴隷という身分がお前を守っているんだよ。それ無しじゃあ、トラブルホイホイだからな、お前は」
シア「それは……わかりますけど……」
理屈も有用性もわかる。だがやはり、納得し難いようで不満そうな表情のシア。仲間というものに強い憧れを持っていただけに、そう簡単に割り切れないのだろう。そんなシアに、今度はユエが声をかけた。
ユエ「……有象無象の評価なんてどうでもいい」
シア「ユエさん?」
ユエ「……大切な事は、大切な人が知っていてくれれば十分。……違う?」
シア「………………そう、そうですね。そうですよね」
ユエ「……ん、不本意だけど……シアは私が認めた相手……小さい事気にしちゃダメ」
シア「……ユエさん……えへへ。ありがとうございますぅ」
かつて大衆の声を聞き、大衆のために力を振るった吸血姫。裏切りの果てに至った新たな答えは、例え言葉少なでも確かな重みがあった。だからこそ、その言葉はシアの心にストンと落ちる。自分がハジメとユエの大切な仲間であるということは、ハウリア族のみなも、ハジメやユエも分かっている。いらぬトラブルを招き寄せてまで万人に理解してもらう必要はない。もちろん、それが出来るならそれに越したことはないが……
シアは、ユエの言葉に照れたように微笑みながらチラッチラッとハジメを見る。何かの言葉を期待するように。
ハジメは仕方ないという様に肩を竦めて言葉を紡ぐ。
ハジメ「まぁ、奴隷じゃないとばれて襲われても見捨てたりはしないさ」
シア「街中の人が敵になってもですか?」
ハジメ「あのなぁ、既に帝国兵とだって殺りあっただろう?」
シア「じゃあ、国が相手でもですね!ふふ」
ハジメ「何言ってんだ。世界だろうと神だろうと変わらねぇよ。敵対するなら何とだって戦うさ」
シア「くふふ、聞きました?ユエさん。ハジメさんったらこんなこと言ってますよ?よっぽど私達が大事なんですねぇ~」
ユエ「……ハジメが大事なのは私だけ」
シア「ちょっ、空気読んで下さいよ!そこは、何時も通り『…ん』て素直に返事するところですよ!」
文句を言いながらも嬉しげで楽しげな表情をするシア。いざとなれば、自分のために世界とだって戦ってくれるという言葉は、やはり一人の女として嬉しいものだ。まして、それが惚れた相手なら尚更。
ハジメは、じゃれあっている(ように見える)二人を尻目に、シアの首輪について話し始める。
ハジメ「あとな、その首輪だが、念話石と特定石が組み込んであるから、必要なら使え。直接魔力を注いでやれば使えるから」
シア「念話石と特定石ですか?」
念話石とは、文字通り念話ができる鉱物のことだ。生成魔法により念話を鉱石に付与しており、込めた魔力量に比例して遠方と念話が可能になる。もっとも、現段階では特定の念話石のみと通話ということはできないので、範囲内にいる所持者全員が受信してしまい内緒話には向かない。
特定石は、生成魔法により気配感知+特定感知を付与したものだ。特定感知を使うと、多くの気配の中から特定の気配だけ色濃く捉えて他の気配と識別しやすくなる。それを利用して、魔力を流し込むことでビーコンのような役割を果たすことが出来るようにしたのだ。ビーコンの強さは注ぎ込まれた魔力量に比例する。
ハジメの説明に、感心の声を上げるシア。
ハジメ「つまりその首輪はきっちり特定量の魔力を流すことで、ちゃんと外せるからな、安心しろよ?」
シア「なるほどぉ~、つまりこれは……いつでも私の声が聞きたい、居場所が知りたいというハジメさんの気持ちというわけですね?もうっ、そんなに私の事が好きなんですかぁ?流石にぃ、ちょっと気持ちが重いっていうかぁ、あっ、でも別に嫌ってわけじゃなくッバベルンッ!?」
ユエ「……調子にのるな」
シア「ぐすっ、ずみまぜん」
美しい曲線を描いて飛来したユエの蹴りが後頭部に決まり、奇怪な悲鳴を上げながら倒れるシア。ユエから、冷ややかな声がかけられる。近接戦苦手だったんじゃ……と言いたくなるくらい見事なハイキックを披露するユエに、シアは涙目で謝る。旅の同行は許しても、ハジメへのアプローチはそうそう許してもらえないらしい。もっとも、シアの言動がアプローチになっているかは甚だ疑問ではあるが。
そんな風に仲良く?メインストリートを歩いていき、一本の大剣が描かれた看板を発見する。かつてホルアドの町でも見た冒険者ギルドの看板だ。規模は、ホルアドに比べて二回りほど小さい。
ハジメ達は看板を確認すると重厚そうな扉を開き中に踏み込んだ。
ギルドは荒くれ者達の場所というイメージから、俺とハジメは、勝手に薄汚れた場所と考えていのだが、意外に清潔さが保たれた場所だった。入口正面にカウンターがあり、左手は飲食店になっているようだ。何人かの冒険者らしい者達が食事を取ったり雑談したりしている。誰ひとり酒を注文していないことからすると、元々、酒は置いていないのかもしれない。酔っ払いたいなら酒場に行けということだろう。
俺達がギルドに入ると、冒険者達が当然のように注目してくる。最初こそ、見慣れない四人組ということでささやかな注意を引いたに過ぎなかったが、彼等の視線がユエとシアに向くと、途端に瞳の奥の好奇心が増した。中には「ほぅ」と感心の声を上げる者や、門番同様、ボーと見惚れている者、恋人なのか女冒険者に殴られている者もいる。平手打ちでないところが冒険者らしい。
テンプレ宜しく、ちょっかいを掛けてくる者がいるかとも思ったが、意外に理性的で観察するに留めているようだ。足止めされなくて幸いと俺達はカウンターへ向かう。
受付のカウンターには恰幅のいいおばちゃん受付嬢がいた。
ギルド受付「おやおや、ずいぶんな色男たちじゃないか。カップル同志のパーティーかい?」
雄汰「残念だけど俺と三人だよ」
俺は肩をすくめながらそう答えると周りの冒険者の嫉妬の目はハジメに集中する。フゥ~これで少し楽になった。
ハジメ「おい雄汰!お前わざとだろ!」
雄汰「ん?何のことだ?俺は事実を言っただけさ。」
ギルド受付「おや、そっちが両手に花かい。愛想を着かされないようしなさいよ」
ハジメ「……肝に銘じておく」
この説教じみた光景はこのギルド恒例なのか、見ていた冒険者たちからも生暖かい目線を向けられた。いわゆる、母は強しというやつなのだろうか。この肝っ玉の強さには屈強な冒険者たちでも敵わないのだろう。
ギルド受付「さて改めて、ようこそ冒険者ギルドブルック支部へ。今日はどんな用件だい?」
雄汰「ここで町の地図がもらえるって聞いてね。あと魔物の素材の買取を」
ギルド受付「じゃあまずは素材の買取だね。ステータスプレートを出してくれるかい?」
ハジメ「ステータスプレートか?」
ギルド受付「ん? なんだい、あんたら冒険者じゃないのかい? 買取ならステータスプレートの提示は必要ないけど。冒険者だと確認できれば買取価格が一割増になるんだよ」
オバチャンの言う通り、冒険者になれば様々な特典も付いてくる。生活に必要な魔石や回復薬を始めとした薬関係の素材は冒険者が取ってくるものがほとんどだ。町の外はいつ魔物に襲われるかわからない以上、素人が自分で採取しに行くことはほとんどない。危険に見合った特典がついてくるのは当然だった。
ギルド受付「他にも、ギルドと提携している宿や店は一~二割程度は割り引いてくれるし、移動馬車を利用するときも高ランクなら無料で使えたりするね。どうする? 登録しておくかい? 登録には千ルタ必要だよ」
ルタとは、この世界トータスの北大陸共通の通貨だ。ザガルタ鉱石という特殊な鉱石に他の鉱物を混ぜることで異なった色の鉱石ができ、それに特殊な方法で刻印したものが使われている。青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金の種類があり、左から一、五、十、五十、百、五百、千、五千、一万ルタとなっている。驚いたことに貨幣価値は日本と同じだ。
他にもギルドと提携している店舗では割引になったり、馬車を使用する時もランクによっては無料になるなどの特典もあるらしい。
ハジメ「なるほど、それじゃあ一緒に登録してもらえないか? 登録料は買取額から引いてくれ。あいにく四人して文無しでさ」
ギルド受付「可愛い子が二人もいて文無しなんてなにやってるんだい。ちゃんと上乗せしておくから、不自由させるんじゃないよ?」
オバチャンがかっこいい。俺とハジメは、有り難く厚意を受け取っておくことにした。ステータスプレートを差し出す。
今度はきちんと隠蔽したので、名前と年齢、性別、天職欄しか開示されていないはずだ。オバチャンは、ユエとシアの分も登録するかと聞いたが、それは断った。二人は、そもそもプレートを持っていないので発行からしてもらう必要がある。しかし、そうなるとステータスの数値も技能欄も隠蔽されていない状態でオバチャンの目に付くことになる。
俺達としては、二人のステータスを見てみたい気もしたが、おそらく技能欄にはばっちりと固有魔法なども記載されているだろうし、それを見られてしまうこと考えると、まだ三人の存在が公になっていない段階では知られない方が面倒が少なくて済むと今は諦めることにした。
戻ってきたステータスプレートには、新たな情報が表記されていた。天職欄の横に職業欄が出来ており、そこに〝冒険者〟と表記され、更にその横に青色の点が付いている。
青色の点は、冒険者ランクだ。上昇するにつれ赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金と変化する。……お気づきだろうか。そう、冒険者ランクは通貨の価値を示す色と同じなのである。つまり、青色の冒険者とは「お前は一ルタ程度の価値しかねぇんだよ、ぺっ」と言われているのと一緒ということだ。切ない。きっと、この制度を作った初代ギルドマスターの性格は捻じ曲がっているに違いない。
ちなみに、戦闘系天職を持たない者で上がれる限界は黒だ。辛うじてではあるが四桁に入れるので、天職なしで黒に上がった者は拍手喝采を受けるらしい。天職ありで金に上がった者より称賛を受けるというのであるから、いかに冒険者達が色を気にしているかがわかるだろう。
ギルド受付「男なら頑張って黒を目指しなよ? お嬢さん達にカッコ悪ところ見せないようにね」
ハジメ「ああ、そうするよ。」
雄汰「それで、買取はここでいいのか?」
ギルド受付「構わないよ。あたしは査定資格も持ってるから見せてちょうだい」
オバチャンは受付だけでなく買取品の査定もできるらしい。優秀なオバチャンだ。ハジメがあらかじめ宝物庫から出してバックに入れ替えておいた素材を取り出す。品目は、魔物の毛皮や爪、牙、そして魔石だ。カウンターの受け取り用の入れ物に入れられていく素材を見て、再びオバチャンが驚愕の表情をする。
ギルド受付「こ、これは!」
恐る恐る手に取り、隅から隅まで丹念に確かめる。息を詰めるような緊張感の中、ようやく顔を上げたオバチャンは、溜息を吐き俺とハジメに視線を転じた。
ギルド受付「とんでもないものを持ってきたね。これは…………樹海の魔物だね?」
ハジメ「ああ、そうだ」
奈落の魔物の素材など、こんな場所で出すわけがないのである。そんな未知の素材を出されたら一発で大騒ぎだ。樹海の魔物の素材でも十分に珍しいだろうことは予想していたが他に適当な素材もなかったので、ハジメが買取に出した。オバチャンの反応を見る限り、やはり珍しいようだ。
ユエとシアが、なぜかまた冷ややかな視線向けてくる。隣を見るとハジメが冷や汗を流している。
ギルド受付「……あんたも懲りないねぇ」
オバチャンが呆れた視線をハジメに向ける。その言葉で理解した八幡は溜息を吐く。
ハジメ「何のことかわからない」
ハジメはとぼけながら現実から目を逸らす。
ギルド受付「樹海の素材は良質なものが多いからね、売ってもらえるのは助かるよ」
オバチャンが何事もなかったように話しを続けた。オバチャンは空気も読めるらしい。良いオバチャンだ。そしてこの上なく優秀なオバチャンだ。
ハジメ「やっぱり珍しいか?」
ギルド受付「そりゃあねぇ。樹海の中じゃあ、人間族は感覚を狂わされるし、一度迷えば二度と出てこれないからハイリスク。好き好んで入る人はいないねぇ。亜人の奴隷持ちが金稼ぎに入るけど、売るならもっと中央で売るさ。幾分か高く売れるし、名も上がりやすいからね」
ハジメと話しながら、オバチャンはチラリとシアを見る。おそらく、シアの協力を得て樹海を探索したのだと推測したのだろう。樹海の素材を出しても、シアのおかげで不審にまでは思われなかったようだ。
それからオバチャンは、全ての素材を査定し金額を提示した。買取額は四十八万七千ルタ。結構な額だ。
ギルド受付「これでいいかい? 中央ならもう少し高くなるだろうけどね。」
ハジメ「いや、この額で構わない」
ハジメは五十一枚のルタ通貨をオバチャンから受け取る。
俺は門番から聞いたことをオバチャンに聞く。
雄汰「ところで、門番の彼に、この町の簡易な地図を貰えると聞いたんだが……」
ギルド受付「ああ、ちょっと待っといで……ほら、これだよ。おすすめの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」
手渡された地図は、中々に精巧で有用な情報が簡潔に記載された素晴らしい出来だった。これが無料とは、ちょっと信じられないくらいの出来である。
雄汰「おいおい、いいのか? こんな立派な地図を無料で。十分金が取れるレベルだと思うんだが……」
ギルド受付「構わないよ、あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなもんだよ」
オバチャンの優秀さがやばかった。この人何でこんな辺境のギルドで受付とかやってんの? とツッコミを入れたくなるレベルである。きっと壮絶なドラマがあるに違いない。
雄汰「そうか。まぁ、助かるよ」
ギルド受付「いいってことさ。それより、金はあるんだから、少しはいいところに泊りなよ。治安が悪いわけじゃあないけど、その二人ならそんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」
オバチャンは最後までいい人で気配り上手だった。俺とハジメは苦笑いしながら「そうするよ」と返事をし、入口に向かって踵を返した。ユエとシアも頭を下げて追従する。食事処の冒険者の何人かがコソコソと話し合いながら、最後までユエとシアの二人を目で追っていた。
俺達はもらった案内図に従って目的の宿に向かった。その宿の決め手はおいしい料理としっかりとした防犯そして何より風呂に入ることができるということだ。その分割高だが金はあるので問題はない。
宿受付「いらっしゃいませ!ようこそマサカの宿へ!本日はお泊りですか?それとも食事だけですか?」
ハジメ「宿泊だ。これを見てきたんだが記載通りでいいか?」
宿受付「キャサリンさんの紹介ですね。何泊しますか?」
女の子がテキパキと宿泊手続きを進めようとするが、俺とハジメは何処か遠い目をしている。俺達的に、あのオバチャンの名前がキャサリンだったことが何となくショックだったらしい。女の子の「あの~お客様?」という呼び掛けにハッと意識を取り戻した。
ハジメ「1泊でいい。食事付きで、後風呂も頼む。」
そうして風呂の空き時間を聞くと俺達は男女分かれて2時間くらいかと考えハジメが告げると受付の少女に驚かれた。なんかあらぬ誤解されてないだろうか。
宿受付「あ、あのお部屋はどうなさりますか?2人部屋と3人部屋がありますが?3人部屋でも一応4人宿泊は可能だとは思いますが.............」
雄汰(おっとこれはもしかしなくても勘違いしてるな?)
ハジメ「..............2人部屋二つで頼む。部屋割りは俺と雄汰、ユエとシアでいいだろ」
ハジメは何かを察したのかわざわざ部屋割りまで口にして部屋を頼む。だが...........
ユエ「.............ダメ、ハジメ。私がハジメと同じ部屋。シアは雄汰と同じ部屋で」
雄汰(ユエさん?)
シア「ちょっとユエさん!さっきの部屋割りが普通ですよね?というか私もハジメさんと一緒がいいですぅ~!ならハジメさんとユエさんと私で三人部屋にしましょう!」
雄汰(シア...........悪かったな俺がいて...............)
ユエ「............シアがいたら邪魔。気が散る」
シア「何するつもりですか!」
ユエ「.........何って........ナニ?」
シア「って!なにいってるんですかぁ!下品ですユエさん!!それならユエさんだけ別室に行ってください!私がハジメさんと同じ部屋で寝ます!」
ハジメはここにきてこれ以上はまずいと止めようと目論むが一歩遅く.........
ユエ「....ほう.......それで?」
冷ややかにシアを見ると訓練の事を思い出したのか少しシアは震える。だがすぐに決心ついたかのようにユエを睨み返し............
シア「そ、それで、ハジメさんに私の処女をもらってもらいます!」
シ~ン......................
静寂が舞い降りた。誰一人言葉を発することなく、物音ひとつ立てない。今や、宿の全員がハジメ達を凝視し、厨房の奥から、女の子の両親と思しき女性と男性まで出て来て「あらあら、まぁまぁ」「若いっていいね」と言った感じで注目していたのだ。
俺は「今すぐ、コイツらと別行動を取りたい」と頭痛を堪えるように頭を抱える。
ユエ「………今日がお前の命日」
シア「うっ、ま、負けません!今日こそユエさんを倒して正ヒロインの座を奪って見せますぅ‼︎」
ユエ「……師匠より強い弟子などいないことを教えてあげる」
シア「下克上ですぅ‼︎」
ユエから絶対零度の如き尋常じゃないプレッシャーが迸り、震えながらもシアが背中に背負った大槌に手をかけ、まさに一触即発、修羅場の雰囲気に誰もがゴクリと生唾を飲み込み緊張に身をこわばらせるが、
ゴチンッ‼︎ゴチンッ‼︎
拳骨が叩き込まれる音が2発分響く。
ユエ「ひぅ⁉︎」
シア「はきゅ‼︎」
二人の悲鳴が響き、ユエとシアは涙目になってうずくまり両手で頭を抱えている。二人に拳骨を叩き込んだのは、もちろんハジメだ。ハジメは、二人に冷ややかな視線を向ける。
ハジメ「ったく、周りに迷惑だろうが。何より、俺が恥ずいわ」
ユエ「……うぅ、ハジメの、愛が痛い……」
シア「も、もう少し、もう少しだけ手加減を……身体強化すら貫く痛みが………」
ハジメ「自業自得だ。ド阿呆」
二人にそう注意するハジメを横目に俺は頭痛を堪えるようにこめかみに手を当てながら、女の子に話しかける。
雄汰「ハァ~すいません、2人部屋一つと3人部屋一つお願いします。部屋割りは俺が2人部屋使います。」
最初からこうすればよかったと思いながらハジメたちに3人部屋のカギを渡すのであった。