眩しい笑顔は雪のせい   作:悪霊の遊佐

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[前編]

雪か……。もう12月、気付けば自分がAiRBLUEのマネージャーになって、1年も経つんだな……。

今でもまだ新人の域は出ないけれども、それでも皆一歩一歩確実に自分の夢を自分の手で掴み取れる様になって来た。

冷え込んだ事務所から外を見ればフワフワと、まるで綿菓子の様な柔らかそうな雪が降り注いで、微かに積もる光景が見える。

これだけでも十分綺麗ではあるが、凛音曰く北海道の真冬はこれよりももっとキラキラしたダイヤモンドの様な景色になり、目に見える全てが輝いて見えるらしい。

そんな大袈裟な……とも思ったけれども、凛音が見せてくれた写真は、彼女が撮る写真の腕もあるのかも知れないが、とても輝いて写っていた。

確かダイヤモンドダストと言っただろうか? とてもダストと言う言葉が似付かわしくない様な光景だ。

 

「マネージャー」

「あ、社長。お疲れ様です」

「お疲れ様。今日はもう上がって良いわよ。私ももう少ししたら帰るから」

「分かりました。それではお先に失礼します」

 

真咲社長の背を見送って、最後の作業に取り掛かる。それからある程度の作業を終わらせて荷物をまとめて、もう一度社長に挨拶をしてから事務所を出た。

外に出ると同時に、下の階にある喫茶店から電話中の凛音が出て来た。こっちには気付いていない様だ。

大事そうに抱える電話、いつもより少し大人びて見える横顔についつい魅入ってしまう。

けれども、彼女の言葉に直ぐに現実に引き戻されることになった。

 

「もしもし? うん、今仕事切り上げた所だから大丈夫。あー、そっちもう根雪なんだ。うん。こっち? あんまりこっちはしばれる事無いだろうけど、水道には気を付けるよ。凍結したらわやだし。え、たまにガス掛かってるんだ。うん。今? そりゃ今は、なまら温かくしてるよ~」

(しばれる? わや?? なまら???)

「大丈夫? こわくない? うん、それなら良かったよ。あんまり無理しないでね。うん、うん」

(凛音が知らない言葉メッチャ喋ってるな……)

「うん。あっ、したっけさ、北海道帰った時にばくろう? 流石にみったくないでしょ」

(北海道って殆ど標準語って聞いてたけど、こうして聞いてみると分からない言葉も結構使ってるんだな……)

「えぇ!? それはいたましいことしたねぇ。……あっ」

「あっ」

 

ずっと見ていたからか、凛音が慌てて電話相手に別れの言葉を告げて電話を切る。

凛音の格好は「北海道は寒いから、この程度の気温に強いだろう」と言う予想を裏切って、結構な厚着をしていた。

流石に東京都民でもそんな恰好はしないだろうって程厚着だ。

 

「マネージャーさん、お疲れ様です! いつから見てたんですか?」

「あ、ごめん……。電話の最初から……」

「あはは、気付きませんでした……」

「電話中だったから声掛けれなかったし……と言うか、なんか聞き耳立ててたみたいで、ごめん……」

「いえ、別に聞かれて困る話はしてませんでしたから」

「ところで、さっき何言ってたの?」

「何って、何ですか?」

「しばれるとか、わやとか、なまらとか」

「あ、それはですね……」

「凛音、いつまで掛かって――あ、マネージャー、お疲れ様です」

 

喫茶店から聡里が出て来る。どうやら今日も図書館に行って本を借りて来たらしい。

聡里の抱える大きなカバンには何冊も入っているのだろう。けれども何が入っているのかはこの雪が本に掛からない様に掛けられたハンカチで見えない。

ちなみに聡里の格好は、まぁ秋の格好だな、と言う格好だった。

 

「凛音、北海道出身なのに、寒いの?」

「勘違いされがちですけど、北海道ってメチャクチャ寒くてストーブ焚くから家の中はそこそこ暑いんですよ。それに北海道と違って東京の建物ってなんでか寒いですし」

「あぁ、北海道は二重窓構造とかに対して1枚窓だから、凛音からしたら全部が掘っ建て小屋に感じるのかもね」

「へぇ、そうなん……わ!?」

 

そんな話をしていた矢先に、凛音が転ぶ。確かに薄っすらと雪は積もっているが、そんな転ぶとは思わなかった。

これも北海道は雪道で転びやすいから、きっと転ばないんだろうな、と思い込んでいた矢先の事だ。

 

「大丈夫、凛音?」

「ありがとう、さとちん……。北海道ってこんな道ツルツルじゃないし、しばれてる冬道として歩いたら余計に滑っちゃうよ……」

「縛れる? 何を縛るの?」

「北海道弁で「しばれる」は「凍る」の意味ですね」

「詳しいね」

「凛音、時々北海道弁喋るんで、慣れました」

「わ!?」

「言ってる端から転んでるし。凛音、もう少し壁沿いに歩きなさい」

「うん、そうするよ……」

 

凛音に手を差し伸べて立ち上がらせる。けれども、まるで産まれたての小鹿の様にプルプルしているな。ここはスケートリンクか……。

そのまま凛音の手を握っているが、凛音はそのまま左腕にしがみ付いてゆっくりと歩きだす。

こんな凛音は割と珍しい。普段はやる気と自信に満ち溢れている分、今はかなりしおらしく見える。

今まで彼女が出来た事は一度も無いけど、もしも彼女が居たらこんな光景だったのかな……なんて。

 

「どうしたんですか、マネージャーさん?」

「え、あぁ、いや、なんでも無いよ」

「すみません。来る時もさとちんにくっついてたんですけど、帰りさとちん荷物持ってるから」

「別に良いよ。下手に転んで怪我されても困るし」

「ありがとうございます!」

 

身長差があり、尚且つ転ばない様に姿勢を低くしているから上目遣いにどうしてもなる。

その状態での凛音の笑みは、無邪気で反則級に可愛い。

凛音は普段は子供っぽい言動は目立つけれども、その実凄い子だ。

一人で北海道から上京して、こっちに来て直ぐにどんどん友達を増やして行く。

それは皆が凛音に惹かれ、皆が凛音のことを好きになっていっているからこそ出来る芸当だ。

……皆が凛音に惹かれ、皆が凛音のことを好きになる?

素敵なことなのに、素晴らしいことなのに、なぜか胸の中で何かが引っ掛かる様な気がした。

モヤモヤした様な、言いようの無い不安の様な感じが……。

 

「マ、マネージャーさん?」

「マネージャー?」

「え?」

 

気付けば自分は凛音を抱き締めていて、凛音と聡里に声を掛けられるまで気付かなかった。

何が自分をそうさせたのかは分からない。とにかく慌てて凛音から離れた。

 

「ごめん、自分もちょっとバランス崩して、思わず凛音にしがみ付いちゃった」

「マネージャーさんもなんですね! ビックリしました~」

「………」

 

うっ、凛音はなんとか誤魔化せたけど、聡里の目が痛い……。

それにしても、思わず抱き締めちゃったけど、凛音の身体ってとても華奢で、柔らかくて、凄く良い匂いがして、女の子なんだなって意識させられるな。

 

§

 

寮に着いてマネージャーさんと別れると、手を洗ってからリビングに行く。

さとちんは部屋に本を置きに行ってるし、リエンヌとなるちゃんは今日帰りが遅くなるって連絡が有った。

わたしはソファーに座り、そのまま横になってさっきの事を考える。

マネージャーさんに、大人の人に、強く抱きしめられたのは、いつ以来だろう……。

わたしが上京することになって、お父さんが泣いて抱き締めてくれた時以来だろうか。

お父さんと同じ力強さで、お父さんと同じ安心感で、けれどもお父さんと違って妙にドキドキした……。

お父さんとマネージャーって何が違うんだろう……。そりゃ、年齢は全然違うけど……。

 

「凛音」

「わひゃぁ!?」

「ちょっと、なんて声を出してるのよ」

「さとちんかー、びっくりしたー」

「それはこっちのセリフよ、行き成り大声出して」

「ごめん、ちょっと考え事してて」

「凛音が考え事? 珍しい」

「ひどーい、わたしだって考え事する時くらいあるよ~」

「……マネージャーのこと?」

「凄いね、さとちん! 良く分かったね!」

「……分かるよ、あんな顔されたら」

「え、なに?」

「ううん。それで、何を考えてたの?」

「マネージャーさんのこと……」

「マネージャーのことはさっき聞いた。マネージャーの何を考え事してたのか、聞かせて?」

「うん、あのね……?」

 

とは言っても、一体何を話せば良いのだろうか。

さっきマネージャーさんが滑りそうになってわたしに捕まった時の、何をさとちんに話せば……。

 

「マネージャーさんって、お父さんと違うよね?」

「そりゃね。歳も私達と近いし……まぁ実年齢は知らないけど」

「けど、お父さんみたいで、力強いし頼りになるし……そうか!」

「え、何?」

「マネージャーさんって、わたし達のお父さんみたいな存在だったんだ!」

「まぁ……ある意味そうなのかな……?」

 

さっきドキドキしたのは、多分行き成りマネージャーさんが滑って来たから驚いただけで、それ以外はお父さんと一緒だし!

なんだ、そう言う事だったんだ、びっくりした~!

 

「急に元気になったね?」

「うん! それより今日の夕食どうしよっか?」

「そうね……」

 

わたしは、もう既にマネージャーさんの事は気にも留めて居なかった。

それは、わたしがマネージャーさんに抱いた想いがなんなのか、わたしの中で結論が出てしまったから。

だから、わたしの本当のマネージャーさんへの気持ちに気付くのがもっと遅れてしまった。

もっと早く気付いていれば……。

 

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