夜明けの魔法少女   作:Woudy

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リズ・ノスカード……実年齢:68歳(外見年齢は13歳)、CV:花澤香菜




歪なのは私? それとも世界?

――このお話は日本と言う国が神様によって召喚される、ずっと大昔から始まる。

 

 

 

 

 

お父さんとお母さんは、私は病気だと言った。

 

先生には頭の変な子と言われた。

 

友達は気持ち悪いと私から離れていった。

 

それは私が皆から見て歪だから。

 

でも、私の目には世界の方が歪に映った。

 

この世に生を受けてから70年間、ずっとずっと。

 

ある人は人間族の人に首輪を付けて歩かせて、ある人はエルフの人を怒鳴って殴り倒してた。

市場で”奴隷1号”、”奴隷2号”と書かれたプラカードを首に掛けられ、商品として並べられている人たちが居た。

貴族の人たちは竜の人の鱗を剥いで作ったバッグを自慢げに見せ付け、平民の人たちはそれを羨ましそうに眺めていた。

 

見るに堪えられない。物凄く気分が悪くなる。

 

泣いている人がいた。手足が欠けていて殺してくれって譫言(うわごと)の様に呟く人もいた。なのに皆その人たちをことを無視して、時には五月蠅いと乱暴をはたらく。

酷いよ……どうして他人を平気で傷付けられるの? 私たちと同じ、人間でしょ……? 頭の中は疑問でいっぱいだった。

 

ある時、ドワーフの子供が同級生に虐められていた。助けてって、ごめんなさいって、その子は泣きながら叫んでいた。

気が付けば私は同級生たちを張り倒し、怪我を負った子供の身を守ろうとした。激憤した同級生たちから暴力を受けようと、この子だけは傷付けさせまいと全身を盾にして。

 

だが、それは無意味に終わった。その子は偉い人の奴隷だったから、私の抵抗も虚しく後から来た護衛の人たちに取り押さえられ、その子は連れて行かれた。

残ったのは呆然と立ち尽くす私。そして奴隷の子を虐める楽しみを奪った私に対する苛立ちの視線だけ。最悪なことに、相手の集団はクラス内でも序列トップのグループで、しかも序列下位の人たちを普段から見下しているような人たちだった。

 

その次の日からだった。私への壮絶な虐めが始まったのは。

 

「おーい、ノスカード! お前の弁当地味過ぎたから見栄え良くしといたぜ~?」

「良かったわね~! その弁当、家畜にあげるんでしょー? 偶には見た目を変えなきゃ飽きられちゃうわよー!」

「ついでに机もアレンジしてやったから感謝しろよー、変人!」

 

もう、何十年経つかな? 学園に行けば必ず聞こえる男子の悪意に満ちた笑い声、そして女子たちの嘲笑。目の前には”異常者””死ね”と落書きされた机の上に、中身がグチャグチャの手作り弁当が置かれている。私は何も言い返さず、彼らの嘲笑に背を向けながら黙々と後片付けを行う。

 

これが私、『リズ・ノスカード』の日常である。

 

 

 

 

 

お昼休みの時、いつも私は学園裏側の小さな庭で過ごすことにしている。教室から結構離れてるし、わざわざこんな辺鄙な場所で食事をしようと考える生徒は居ないから。学園において唯一心の休まる場所だ。

 

でも今日は事情が違うみたい。

 

「邪魔すんじゃねぇよ下級生!! テメェ何処の誰だよ!?」

「俺知ってる!  確か奴隷を庇ったり優しくしたりする変な奴が居るって!」

「なんだそりゃ? いかれてんじゃねぇかコイツ!?」

 

先生か誰かの奴隷だろうか。見たことのない人間の男の子が上級生数名に囲まれ、蹴られていた。その間に私が割って入った結果が、この状況だ。男子生徒の標的は私に変わり、容赦のない暴力が私を襲う。

上から覆い被さって守る私の目と、奴隷の男の子の目が合う。不安に満ちた表情で震えていたので、痛みで顔が歪むのを我慢しながら微笑む。怖がらないで、私は貴方を守りに来たんだよ。

 

「……ちっ、興醒めだ」

「行こうぜ、昼休みが終わっちまう」

 

漸く諦めてくれたみたい。最後に男子生徒たちは私に唾を吐き付けると、踵を返して校舎へ戻っていった。

 

「いたた……」

「……」

「大丈夫、君?」

 

そう聞くと、私を呆然と見詰めていた男の子はコクリと頷いた。さっき助けたこともあって警戒を解いてくれたみたいで、私の回復魔法も大人しく受けてくれた。

 

きゅるるるる~

 

そんな時、男の子のお腹が可愛らしく鳴いた。食べ物をくれ~って言う感じで。

 

「お腹すいたの?」

「ふるふる」

 

顔を赤く染めて首を必死に振る姿が、結構可愛い。ふふ、誰だって他人に腹の虫を聞かれるのは恥ずかしいものね。

 

私は男の子の体を観察する。

ボロボロとはいえ服の上から見ても分かりやすい程ガリガリに痩せていた。腕なんか枯れ枝の様に細く、生気が薄い。明らかに碌な食事を与えられていない。育ち盛りの時には十分な栄養が必要な筈だけど、多分この子の主人はそんなこと少しも考えてないみたいね。顔も知らない人に内心怒りを覚えながらも、この子の前では決して表情に出さない。

 

「こういうのしかないけど、食べる?」

「……」

「実は私、もうお腹いっぱいなんだ。代わりに食べてくれると嬉しいんだけど?」

 

今の私のやるべきことは、昼食用に買ったサンドイッチと甘い紅茶をこの子にあげることだ。

 

 

 

 

 

少し古めのベンチに、私と男の子は並んで座る。

 

「美味しい?」

 

私の言葉にも一切反応せず、男の子はむしゃむしゃとサンドイッチにありつく。自分で作った物じゃないけど、こんなにも美味しそうに食べてくれると何だか嬉しくなるな。

 

「うぐっ……!」

「だ、大丈夫!? ほら、お茶飲んで!」

 

慌てて食べ進めたせいで喉に食べ物を詰まらせた男の子に、私は咄嗟に紅茶の入った容器を渡す。男の子はそれを引っ掴んで一気に飲み干すと、次第に落ち着きを取り戻す。

 

「……ありがとう」

 

容器から口を離した男の子が、初めて言葉で私に接してきてくれた。

 

でも、やっぱり……お礼を言われても素直に喜べない。

 

「私は自分に出来ることしかやってないし……やれてないよ」

 

そう、私の行動は根本的な解決にはならなかった。ただ目の前で苦しむ人をその場だけ救うことは出来ても、その後の彼らの運命を変えるだけの力は無い。

『ありがとう』とお礼を言った人たちの笑顔が次の瞬間、本来の持ち主に力ずくで連れて行かれ、一瞬で絶望に満ちるのを私は見てきた。助けようにも周囲に抑えられ、彼らが人込みに消えていく様子をただ見ることしか出来なかった。

 

”自分たちは、どの種族よりも圧倒的な魔力を持つ。故に他種族では不可能なことも我々なら可能である”……いつかの授業で、そう先生が光翼人を誇らしく語っていた時がある。

 

嘘だ。目の前で苦しむ一人も本当の意味で救えないのに。こんなに沢山の魔力があっても、何の意味も無いじゃない。

 

「メテオル」

「お父さん……!」

 

そこへ人間族の男性が現れ、男の子はその人の元へ駆け寄り抱き着く。どうやらこの子の父親らしい。奴隷同士で夫婦になり、子供が生まれること自体は珍しくない。持ち主としては労働力が増えるので無理して止めようとしないのだ。

 

「……ひっ!? ……こ、光翼人様、息子が何か粗相でも?」

 

光翼人の他種族への扱いは非常に苛烈。その証拠に男性の体にも青痣や擦り傷が至る所に付いている。そして不本意ながら私も光翼人。男性が怯えるのは当然だった。

それでも息子を守ろうと前に出る姿は、父親らしくてとても格好良く見えた。

 

「君のお父さん、立派な人だね。あの人とは大違い」

 

そう。世間体ばかり気にする私の父よりも、ずっと。

 

「え、え、え?」

「安心してお父さん。このお姉ちゃん、すごく良い人。あんな悪魔みたいな奴らとは違うよ」

 

まさか褒められるとは思わなかったのだろう。男性は困惑している。そこへ私の代わりに詳しく説明してくれる男の子。おかげで男性も警戒を緩めてくれた。未だ半信半疑な様子だけど。

 

「そうだったのか……息子を助けて頂き、ありがとうございました。お礼をしたいところですが、何分我々は卑しい身分故……」

「気にしないで下さい。私がそうしたいと思ってやっただけのことですから」

 

あまりにも腰の低い態度に男性は仰天した様子で、恐る恐る訊ねてきた。

 

「え~と、貴女は……失礼だが……本当に光翼人?」

「え、えぇまぁ、はい。信じられないかもですけど……」

「あぁ、夢でも見てる気分だ。あの残虐が服着て歩いている様な、血も涙もない最低最悪なろくでなしの、神に何時かぶっ殺してくれと多くの人たちが毎日祈っている、あの光翼人が!」

 

男性の語気が徐々に強まり、怒りと憎しみで表情が歪む。

何もそこまで言わなくても……とは殆ど思わなかった。こうして他種族の人たちの批判を聞くと、私の国が彼らにどれだけ酷いことをしているかひしひしと伝わってくる。申し訳ない気持ちでいっぱいになり、胸が張り裂けそうだ。同じ光翼人として、恥ずかしい。

 

「あ、あの……」

 

とは言え、そろそろ止めて貰った方が良い。絶え間なく続く罵詈雑言に息子さん、ちょっと引き気味だし。

 

「ん? おっと、失礼。何もお嬢さんのことを悪く言ってる訳じゃないんだ。誤解しないでくれ」

「えと……はい。それは勿論、分かってます」

 

完全に心を許してくれたのか、怯えた顔は消えて穏やかに笑い、物腰も柔らかくなっていた。

 

「そうそう、自己紹介がまだでしたね? 私はリズ、『リズ・ノスカード』と申します」

「ご丁寧にどうも。『メルテス・ローグライダー』です。こっちは息子の『メテオル・ローグライダー』」

「メテオルです、宜しく」

「宜しくお願いします。メルテスさん、メテオルくん」

 

私はメルテスさんの怪我を治した後、親子と雑談した。

……え、お昼休み? とっくに終わって午後の授業が始まってるけれど?

でも別に構わない。次の授業は空間神様の素晴らしさについて延々と聞かされる内容のものだし、宗教というものが苦手な私にとっては苦痛でしかないから。それよりも親子の話を聞く方がよっぽど有意義だと思う。

 

「ミリシエント大陸? あのインフィドラグーンがあった大陸の出身なのですか?」

 

食事の後とあってか、メテオルくんはすぐに寝っちゃった。今はベンチの上で私を膝枕にして気持ち良さそうに寝息を立てている。なので後の会話は私とメルテスさんだけで行われた。

 

「正確にはその従属国で暮らしてたんだ。私の一族はその国の騎士階級でね、『ローグライダー』の名はその時の名残さ」

「えっ、じゃあメルテスさんは騎士様だったんですか!? 本とかで見たことありますけど、カッコいいですよね!」

 

実は私、騎士という役職に少し憧れてたりする。重厚な鎧を纏った人が白銀の長剣を構えて魔物と戦う様に、幼い頃は心躍らせたものだ。最も魔光銃や誘導魔光弾が主力の帝国では遠い昔に廃れた職業なので、なる機会は来ないだろうけど。

 

でも可能なら、なってみたいな。

 

「ははは、あくまで私の父の代までの話さ。――それで、この大陸に連れて来られた私は、同じ奴隷だった人間の女性との間にこの子を設けた訳だ。実は妻と私は同じ国出身でね、意気投合してそこからトントン拍子に……という訳さ」

「恋愛結婚だったなんて、素敵ですね。何時か私にも、そんな出会いがあると良いんですけど……」

 

無理だろうなぁ、と私は即諦める。みんなから異質だ歪だ言われている私を好きになる男性が現れるとは思えないし、私も人を人とも思わない人のことなんか好きにはなれない。

 

それからも数十分、私もメルテスさんも、意図的に暗い話題を避けながら他愛の無い話を続けて親睦を深めた。初めて会った人たちとはいえ、久々に楽しくお喋りすることが出来て嬉しかった。

 

「……光翼人が全員、君みたいな優しい子ばかりだったら……世界はどれだけ平和だったんだろうね」

 

会話が一段落したところで、メルテスさんがポツリとそう呟く。続けて何かを言いそうだったので、私は呆けた表情のまま彼の言葉を待った。そして彼は、真剣な面持ちで私に願う。

 

「”闇夜”同然のこの帝国にも、君みたいな”光”があることが知れて良かった。この国を変えてくれなどと、この絶望的な世界を救ってくれなどと無茶は言わない。……ただ、どうか君だけは……ずっとそのままでいてくれ」

 

その切実な願いの中に、”助けて欲しい”という想いが秘められている気がした。

 

……だけど、私がメルテスさんの言う”光”だとしても、私は小さな光だ。希望に成り上がれない、ちっぽけで弱い光。非情な現実を前に繰り返し無力を晒してきた私の心は、彼の本心に応える勇気が湧わず、

 

「……はい、分かりまし「何をやっとる貴様ら!!」

 

ただ返事をしようとしたが、そこへ凄まじい怒声が割り込んだ。メテオルくんは飛び起き、突然の怒号に委縮する私の後ろに隠れる。

 

現れたのは見るからに気弱そうな先生と、煌びやかな衣装に身を包んだ男性の2人。男性の恰好は魔導受像機で見た人たちと衣装が似ている。そういえば元老院議員が来園する話があった気がするが、恐らく彼がそうなのだろう。メルテスさんとメテオルくん親子は、彼が所有する奴隷だったのだ。

 

「何処をほっつき歩いてるのかと思えば、こんな所で油を売っていたとはな。其処の餓鬼を連れて来るのにどれだけ時間が掛かるんだ貴様は?」

「も、申し訳ございません、ご主人様……!!」

 

メルテスさんは咄嗟に男性の元へ飛び込み、震えながら土下座する。しかしそれでも男性の怒りは収まらず。

 

「おまけに生意気にもベンチなんかに座りおって……貴様ら魔力無しは地面以外に座るなと何時もしつこく命令しておるのに。これは今から躾け直さなくてはな」

「ひっ!? お、お許しをご主人様!!」

 

「やかましい!!」

 

「がっ!!」

「お父さん……!!」

 

目の前で始まった理不尽な制裁。男性は鞭を取り出すとメルテスさんの顔面を本気で殴ったのだ。

私は衝動に駆られるまま男性とメルテスさんの間に入る。

 

「待ってください、メルテスさんは悪くありません! 私が話を聞きたいからと引き留めてしまったのが原因なんです! だから許してあげてくれませんか!?」

「あわわ……ノスカードさん! 相手が誰だと思って……!」

 

私の登場に面食らう議員の男性。その後ろでは顔面蒼白な先生が何か喚いているが、今はそれどころじゃない。

 

「誰だお前は!? これはウチの問題なんだ! 部外者は引っ込んでおれ!」

 

男性の方は邪魔されて余計に不機嫌な様子で、私にも怒号を浴びせる。だからって引くつもりはなく、毅然とした態度で相手と向き合う。

 

「引きません。原因は私にあるんですから、メルテスさんたちが制裁されるのはお門違いです。どうしても殴るというなら、代わりに私を殴ってください」

「の、ノスカードさん……」

「お姉ちゃん……」

 

背後でメルテスさん親子が抱き合いながら私を見上げる。ちらりを振り返ると、メルテスさんの顔は鞭で頬に大きな裂傷を作っていて、あまりにも痛々しい。何故もっと早く動かなかったのかと自分を責めながら、もうこれ以上傷付けさせてなるものかと決意を固める。

 

そんな折、男性から溜息が聞こえた。

 

「……貴様は馬鹿か? 私は何時までも来なかったことを怒ってるのではない。家畜の分際で不相応な行動をしたから怒っておるのだ」

「……たかがベンチに座ったことがですか?」

「当然だ。役立つ程度の魔力持ちのエルフや竜人は兎も角、人間だぞ? すぐ老化してダメになるわ、碌な力仕事も出来ないわ。その癖ゴブリンの如くすぐ増えるから後処理も一苦労。……何より魔力が無いに等しい。人間は家畜の中でも極めて役立たずな生き物だ。お前、芸する能力も無い動物に良い餌を与える意味があると思うか? つまりはそういうことだ」

 

男性は特に”魔力が無い”という点を強調して親子を、そしてこの場に居ない人間の人たちを罵った。それも何が楽しいのか笑いながら。メルテスさんたちは顔を俯かせて落ち込んでいたが、それでも罵倒の嵐は止まない。

 

その態度と物言いに私の目付きは鋭くなる。確かに人間族は他の種族に比べると欠点も多いけど、そこを突いて馬鹿にして、優越感に浸るなんて最低だ。この人たちだって、貴方たちの理不尽に耐えながら頑張って生きているんだ。それを否定するような真似は許せない。そもそも差別なんて間違ってる。

 

「下らない」

 

だからそう言ってあげた。途端に愉悦に満ちた男性の顔が強張る。

 

「……何?」

「下らないと言ったんです。魔力が多いことが、そんなに偉いんですか?」

「貴様、それでも誇り高き光翼人か? 我らは他種を圧倒する魔力を駆使したからこそ、これ程の超文明を築いたのだぞ? それを否定すると言うのか!?」

「否定はしませんよ。ここまで発展できたこと自体は確かに凄いですし、誇れることだと思います」

「だったら「でも、それと他種族の人たちを虐げることとは関係ありません。……第一、誰かを抑圧して恐怖で支配することが、本当に文明人のすることでしょうか?」……?」

 

私は勘違いしていた。あらゆる全てが歪に映っていたせいで、気付くのが遅れてしまった。

 

「魔力量の差で人の価値を決め付け、それを理由に他人を見下し傷付けて……それが誇り? ふざけないでよ」

 

歪なのは私でも、ましてや世界でもない……この国だ。魔法帝国――ラヴァーナル帝国なんだ。

 

 

「魔力が多くても少なくても、殴られたら誰だって痛いんだ!!!」

 

 

分からず屋の同胞たちを睨み付け、私は自分の感情を思いっきりぶつけてやった。その拍子で魔力が溢れ、光の奔流が私の背中に現れる。気圧されたのか、先生と男性は飛び上がるように後退った。

 

「……ふ、フン! この学園には歪な考えを持つ生徒が居るという噂があったが、まさかアンタのことだったのか。た、確かに光翼人としての誇りが欠落しているな主任殿?」

「え、えぇ全くです。彼女の意味不明な行動や言動には我々も辟易してまして、どの教師も匙を投げてしまう始末なのですよ……」

 

……結局、私の言葉は意味不明の一言で片付けられてしまった。何で分かってくれないの……? 落ち込みかけた私だったが、その後の男性の台詞に持ち直された。 

 

「と、とは言えだ! そこの家畜どもの折檻を続けたら彼女に何されるか分かったものでもないからな……次の予定も迫ってることだし、私は帰ることにしよう。――おい、そこの2匹! 特別に今回は御仕置は無しだ! 私の寛大さに感謝しろよ!? 分かったらとっとと輸送車に乗るんだ、良いな!?」

 

そう言って逃げるように裏庭から去って行く男性。

今までに無かったことだった。私の訴えが、メルテスさんたちへの暴行を止めさせたのだ。嬉しさのあまり男性に勢いよく頭を下げる。

 

「ありがとうございます!」

 

男性はビクリと震え、歩くスピードを速めた。……怒った私ってそんなに怖いのかな?

 

「の、ノスカードさん! 貴女、お客様に向かって何てことを……!! 今回の件も親御さんにはきっちり連絡しておきますから! 少しはその可笑しな考えを改める努力をなさい!!」

 

先生は火みたいに真っ赤な顔で私に捨て台詞を吐くと、男性に続いて裏庭を後にする。……ごめんなさい先生、全く改める気はないので諦めて下さい。

 

「リズお姉ちゃん!」

「わっ、メテオルくん!?」

 

メテオルくんが後ろから抱き着き、満面の笑顔で私を見上げる。

 

「お父さんを助けてくれてありがとう!」

「ノスカードさん、今回の件、何とお礼を言ったら良いやら……」

 

立ち上がったメルテスさんも私に頭を下げる。

 

「いえ、良いんです! 私がもっと早く動いていたら、その顔……。それに私がやったことはその場凌ぎに過ぎません。お二人をあの男性から解放する方法はないんです……力になれず、本当にごめんなさい……」

「謝らないでくれ。君には本当に感謝している。()()()君みたいな人に出会えて良かった」

 

メテオルさんの笑顔はとても爽やかだった。大丈夫だから、そんなに気負わないでと、励まされている気がした。ここまで言われたら、少なくとも表面上は落ち込む訳にはいかない。私もまた笑顔を返した。

 

「ありがとうございます。あの……私、平日のお昼休みの時は必ず此処で過ごしているので、機会があればまた来てください」

「あぁ、もし主人の気紛れで休憩が貰えたりしたら、その時に」

「バイバイ、お姉ちゃん!」

「うん、バイバイ」

 

メルテスさんとメテオルくんは手を繋ぐと、開いた方の手を私に振りながら去って行った。

 

 

 

 

 

「……」

 

彼らが去ると、私は再び表情を曇らせる。

 

冷静に考えれば、一見すると上手くいったけど、あくまで男性たちは私に怯んだだけだ。彼らにしてみれば、私が厄介な癇癪持ちの子にしか見えなかったのだろう。そうだとすると、ある不安が過ぎる。

 

「大丈夫かな……私の行動のせいで、あの親子が後から暴力を受けるかも」

 

あの男性の人格を考えるとそれが現実になる可能性が高い。私は、余計なことをしてしまっただけなんじゃないのかな? だからって放っておけば親子は大怪我になるし、やっぱり止めに行くしかなかった。でもそれで更に不機嫌になった男性が帰った後に親子を、若しくは他の関係のない人に鬱憤晴らしをしたら……あれ?

 

「もしかして私、本当は無駄なことをしてるだけ……?」

 

直後に重厚なチャイムの音が響く。まるで世界が……ううん、この国が私の予想を『そうだ』と肯定しているようで、私をより暗い気持ちに沈める。

確証はない。でも、本当にそうなったとしたら……。

 

「そんな……私、何の為に……? もしかしたら今までも……そうだったのかな……?」

 

後悔と不安に圧し潰されそうな私は、塀越しで下校中の生徒たちの黄色い声が、自分を嘲笑っている様に聞こえた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

気付けば夕暮れ時だった。こんな残酷な国にも、太陽は温かな光を平等に照らしてくれる。

 

私は無人になった教室から鞄――新たに沢山の切り傷や落書きが付けられた――を回収し、帰路に就く。魔導鉄道を乗り継ぎ約1時間。自宅に着いた頃には、すっかり闇夜に包まれていた。

 

「――ただいま」

「おかえりなさい。遅かったわね?」

 

玄関を開けると、私と同じ桃色の髪を腰まで伸ばした女性が、柔らかな笑顔で迎えてくれた。私のお母さんだ。

 

「……うん、ちょっと色々あってね」

「そう。……あの人はまだ帰って来ていないし、先にご飯食べる?」

「うん、そうする」

 

とっくに私のことを見限った父と違い、お母さんは私のことを大切に想ってくれている。私のせいで周囲から散々変わり者扱いされているのに、決して私を見捨てようとしない。虐めのことも、何度も解決するように先生たちに働きかけてくれている。だから私は、光翼人の中でもお母さんだけは大好きだ。

 

「その前にね、リズ。来週の休日で話があるんだけど……」

 

鞄を見られない様に隠しながらお母さんの横を通り過ぎようとした時、声を掛けられる。

 

「精神科を予約したから、予定空けといてね?」

「……病院は再来週じゃなかったっけ?」

 

私は3週間に一度、精神病院に通っている。正確には通わされてるんだけど。他種族を奴隷として扱うのが常識のこの国では、私は精神疾患を抱えた病人扱いなのだ。

 

「先生から連絡があってね。リズが議員さんを怒鳴り付けたって聞かされたの。流石にお偉いさんにまでそんな態度を取るのは不味いから、改善した方が良いって……だからこれからは毎週」

「嫌だよ、もう行きたくない」

 

私は冷徹な言葉でお母さんの台詞を遮った。

 

散々通院してるけど慣れるものじゃない。自分は正常だと何度言い張っても、周りはただ温かく笑いながら『そうだね』とワザとらしく肯定し、時には可哀想なものを見る目を向けてくる。はっきり言って、ストレスが増すばかりだ。

 

私が拒絶すると、お母さんは困惑した様子で説得を試みる。

 

「り、リズ。そんなことを言わないで。お母さんは心配なの。このままリズの病気が治らなきゃ、これから先きっと苦労するから……」

 

お母さんは優しい人。でもそれは私に対してのみ。決して奴隷にされた人々のことじゃない。そこが唯一お母さんと私の違うところで、私が彼女に対して反発する唯一無二の要素。

 

「だから一緒に頑張って病気を治しましょ? ね?」

 

……やめて。

 

「そうそう! お母さん、お父さんと相談して奴隷を1匹買おうと考えてるの。人間だったら一番安くて手が出やすいからね」

 

……やめてよ。

 

「実際に奴隷を躾ければ、きっと貴女も真面に「私は病気じゃない!!」――!?」

 

お母さんは驚いて言葉を失う。そこへ激昂したあまり容赦なく畳み掛ける私。

 

「どうしてお母さんは分かってくれないの……!? 人を大切にしなさいって、お母さんが言ったことでしょ!? だから私はそうしてるだけじゃない!!」

 

その結果が今だ。誰もが私を異常者扱い。

 

「で、でも……リズ……」

 

そしてそれは、お母さんも同じで、

 

「光翼人以外は……人じゃなくて家畜よ?」

 

さも当然の様にそう返してきた。何言ってるのこの子、といった表情で。途端に頭の中が真っ白になる。

あぁ……そうだ。私はお母さんが大好きだけど、この点だけは全く相容れない。

 

私は下唇を血が滲む程に嚙み、抱えていた鞄を持ち上げた。

 

「皆一緒だよ!! 人だよ!! 私はとっくに真面だよ!! 何度も言わせんなー!!」

 

「きゃあっ!?」

 

そして勢いよくお母さんに鞄を投げ付けると、そのまま2階へと駆け上がった。

 

「ちょ、ちょっとリズ! この鞄、ボロボロ……待って、待って頂戴!」

 

 

 

 

 

私は自室に閉じ籠ると、明かりも点けずにベッドに倒れ込んだ。

 

「……ごめん。お母さん……ごめんなさい」

 

お母さんに暴力をはたらいたことへの罪悪感、誰も私を理解してくれない苦しみ、そして今までの人助けが全くの無駄だったかもしれないという不安……。色んな感情で脳がぐちゃぐちゃにされ、瞳からボロボロと涙が零れ、あっという間にシーツを汚していく。

 

「誰かぁ……私のこと、分かってよぉ……」

 

嗚咽混じりの声で、私は現れるかも分からない理解者を求めた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

――深夜。

 

ラヴァーナル帝国 帝都ヴィストリアのとある収容所で。

 

 

「メテオル」

「何、お父さん?」

「明日はお父さんとお母さんだけの仕事になる。ずっと待ってるのも退屈だろうから、またあの女の子の所にでも遊びに行きなさい……その時、この紙を必ず彼女に渡すんだぞ?」

「これは何? 手紙?」

「それを読んで良いのは彼女だけだ。他の人には絶対見せちゃダメ。メテオル、勿論お前もだ。約束出来るね?」

「うん分かった! 約束する!」

「よし、良い子だ。じゃあもう寝ようか?」

「うん、おやすみお父さん」

「おやすみ。………………すまない

 




タイトルに対する解答:そりゃこの国でしょ?


書いてて悲しくなってきた。世界のみならずリズの様な自国民も絶望に叩き落すとは、流石は魔法帝国(皮肉)。原作書籍版では他種族は光翼人の存在を知れば問答無用で滅ぼしに掛かるって言われてますし、マジでリズたちの明日はどっちなんだ?

取り敢えず、次回はもっとリズたちに苦しんで貰いましょう(鬼畜)。

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