ミシェル・ラスク……実年齢:68歳(外見年齢:13歳)、CV:佐倉綾音
エリー・マルクス……実年齢:69歳(外見年齢:13歳)、CV:水瀬いのり
――翌日。
十分に寝た筈だけど気分は憂鬱だ。しかし病気じゃない以上家に居ると父が五月蠅いし、昨日の件でお母さんとも気まずいから学園へ行くことにする。
本当はもう少し早起きしてお弁当を作るつもりだったけど、時間が無いし諦めよう。
箪笥から新しい制服を取り出して着替え、1階へと降りる。
「あ……鞄、お母さんにぶつけたままだった」
正直、今は顔を合わせるのも憚られる。
でも、お母さんだってこの国の教育を受けた結果ああなったんだ。言うなれば彼女も被害者。第一我を忘れて人を傷付けるなんて、それこそダメだ。ちゃんと謝って、鞄を受け取ろう。
そう決意してリビングへ向かおうとするけど、どうしても足取りが重くなる。
「……お母さん?」
何とか己の中の葛藤に打ち勝って辿り着いたものの、リビング内はもぬけの殻だった。父もお母さんも、とっくに仕事に出たらしい。
テーブルの上にはお母さんお手製の弁当と、昨日私がお母さんに投げ付けた鞄が置かれていた。
「この鞄、綺麗に直されている……」
あんなに沢山あった落書きは跡形も無く消され、傷も元通りに近い状態まで修復されている。お母さんが直してくれたんだ。ここまで綺麗にする為に、一体何時間掛かったのか。下手すれば夜明け近くまで掛かった筈だ。それに加えてお弁当まで……ちゃんと寝たのかな?
鞄の側には一枚の手紙があったので、読んでみる。
”ボロボロだったので直しておきました。朝食は冷蔵庫にハムエッグを入れてあるので温めて食べて下さい。――母より”
私のことを気遣ってか虐めについては一切触れず、鞄を直した事実だけが書かれていた。早めに出勤したのも私に配慮してのことだろう。
しかし、これだけじゃないみたい。手紙を裏返しにすると、こっちもメッセージが書かれていた。
”お父さんは出張の為、帰宅は来週になります。お父さんには上手く誤魔化しておくので、偶には学校のことを忘れてのんびり過ごすのも良いでしょう”
遠回しに、辛かったら休んでも良いんだよって言われた。途端に目頭が熱を帯びる。
「……ありがとう、お母さん」
そしてごめんなさい。昨日、メルテスさんに言っちゃったんだ。平日のお昼休みは、あの裏庭で親子を待つって。それに……万が一父にバレた時のことを考えると、やっぱりお母さんには迷惑を掛けられないよ。だから私は学園に行くね。
私は手紙に『ありがとう、昨日はごめんなさい』と書き足すと、用意された朝食をかき込んで家を出た。
――――
いつも通りの登校、そしていつも通りの虐め。今日は教室の扉を開けた途端、魔法陣が消えて閉じ込められていた水が頭上から落ちてくるトラップから始まった。
「どうしたんだ~、そんなに濡れちまって~!?」
「雨でも降ってたんじゃな~い?」
早速ずぶ濡れだ。
相変わらず、誰かを不幸にすることに知恵を絞るのを惜しまない人たちだ。彼らの考えた虐めの内容は実に多彩で、逆に感心してしまう。
彼らの嘲笑を無視し、赤スプレーで落書きされた机を見ても無感動のまま椅子に座り、荷物から取り出したタオルで濡れた体を拭き取る。
無反応だったのがつまらなかったのか、それとも始業のチャイムが鳴ったからか、嘲笑はすぐに消えていった。
「おはよう生徒諸君。早速授業を……と言いたいところだが、今日からみんなと一緒に勉強する新しい仲間を紹介しようと思う」
入室した先生から転校生が来たことを告げられ色めき立つ教室内。転校生か……この時期に来るなんて珍しいな。訳アリとか、そういう裏事情でもあるのかと勘ぐってしまう。
「それでは2人とも、入って来たまえ」
先生の指示に廊下で待機していた2人の女子生徒が入室してくると、多くの生徒から感嘆の声が漏れた。2人とも方向性は違えど、美人という言葉がよく似合う。
「今日からこの学園に転校してきました。『ミシェル・ラスク』です。皆さん、宜しくお願いします」
金色に近い黄色い髪を緑色のリボンでツインテールにした女の子が、ボードにもう一人の子の名前も書いてから挨拶する。
言葉こそ丁寧だけど不機嫌そうな表情で、その釣り目と視線が合った生徒は思わず目を逸らす……何故かそう言うのは男子生徒ばかりだったけど。
「……『エリー・マルクス』、です。よろしく、です」
ほんわか。大人しい。
そんな表現が似合いそうなのがもう一人の女の子。空の色をそのまま写し取ったかのような煌めく髪を、両側で編み込んで体の前側に下ろしている。身長もラスクさんより頭一つ低く、小動物の様な可愛さもあって生徒たちからの評判は上々だ。
「ちっこくって可愛いじゃん、あの子。ちょっと変な喋り方だけど」
「俺、告ってみようかな? 気弱そうだし押せばいける、だ……ろ……?」
一部の男子生徒がマルクスさんを値踏みするかのように観察してたけど、すぐラスクさんに睨まれて机へ俯いた。……あの2人、同じ場所から来た友達同士なのかも。
「――!」
「?」
その時、私とラスクさんの目が合った。酷く驚いている様子だけど、どうしたんだろう?
4限目が終わってお昼休みに入った。私は他の生徒からお弁当を守りながら何時もの裏庭に行こうとしたが、
「おい、待てよノスカード。お前、また地味な弁当作って来たんだろ? アレンジしてやるから寄越せ!」
「あっ!!」
数人の男子生徒に囲まれ、力ずくで弁当を取り上げられてしまった。
「返して、返してよ!」
それはお母さんが私の為に作ってくれたお弁当なんだ! 朝から仕事なのに、何時間も掛けて鞄を直してくれたのに、それでも寝る時間を削ってまで作ってくれたかもしれないんだ! 台無しにされたくない!
「へへ、『カエシテ』だってさ。おい、お前らコイツが何言ってるか分かるか?」
「いーや、全然。異常者の言葉なんて分かる訳ないだろ?」
「あはは、それもそうか! ほーら、パス!」
私の訴えも笑いながら無視され、一人がお弁当を友人に投げようとした。お弁当でキャッチボールの真似をする気だ。中身がグチャグチャになっちゃう!
その時……。
「待ちなさい」
一人の人物がその男子生徒の手を掴み、お弁当が投げられるのを阻止する。
私は目を丸くした。なんと止めたのはラスクさんだった。その後ろに隠れているマルクスさんも、そのフワリとした髪の間から冷たい目を覗かせ、男子生徒たちを見上げている。
「あ、あれラスクさん? どうし」
本日話題の美人転校生の介入に動揺する男子生徒だったが、次の瞬間にはその頬が仄かに赤くなっていた。
「最低よアンタたち」
呆然とする周囲を余所に、ラスクさんは男子生徒からお弁当を奪い返すと、開いた方の手で私の腕を掴んだ。
「エリー、行くわよ?」
「ん」
「え、ちょ」
私はラスクさんとマルクスさんに連れられ、静まり返った教室を後にした。
――――
「あ、あの」
「アンタ、名前は『リズ・ノスカード』だっけ?」
「え、うん。そうだよ?」
ラスクさんから幾つか質問を受けてる最中も、私は困惑から脱せずにいた。
だって虐められている私を助けてくれる人なんてお母さんくらいしか居なかったから。先生は形ばかりだし、同級生からは……これが初めてだ。
そしてある程度教室から遠ざかったところでラスクさんは歩みを止め、私にお弁当を返した。
「ほらっ、アンタの弁当。多分中身は大丈夫だと思うけど、一応確認しといたら?」
「……どうして私を、助けてくれたの?」
お弁当を受け取り、ラスクさんに今一番知りたいことについて訊ねた。転校初日に見ず知らずの私を助けてくれた、その理由を。
「私なんか助けたら……ラスクさんもマルクスさんも虐められちゃうよ」
自分のせいで誰かが不幸になって欲しくない。折角転校してきたのに、いきなり地獄の様な学園生活を送る羽目になったら絶対に辛い。だから私は助けなくて良いって断ろうとしたけれど。
「あのねぇ……そんなに泣いて、『助けて』って顔してる奴を、ほっとける訳ないでしょ?」
「……ふぇ?」
目元に触れる。何時の間にか私の瞳からは熱い液体が流れていた。それを自覚した途端、更に溢れ出す。
そこへマルクスさんが私の裾を握り、上目遣いで少し独特な喋る方を見せる。
「エリー、ミシェルと同じ。虐め許さない。だから助ける。これからも」
「マルクスさん……」
その青い瞳は真っ直ぐに私を見据え、自分たちは真剣だと語っていた。演技でも、冗談でもなく、これからもお前を守るんだって強い意志を宿している。
「ふふん、何アンタ? 私たちのことが心配?」
得意そうな笑い声が聞こえたのでラスクさんに向き直ると、終始不機嫌そうだったその顔は頼りになる不敵な笑みを浮かべていた。
しかし、その目はマルクスさんと同じで真っ直ぐで、力強くて、初対面なのに私は2人の人となりを理解出来た。私やお母さんと同じ、困ってる人を放っておくのが我慢出来ない人たちだ。
「そんなの必要はないわ。弱い者を傷付けて喜ぶ様な最低な奴、こっちから願い下げよ!」
でもね。そう言ってラスクさんは私の前に手を出した。
「アンタとは是非とも仲良くしたいわ。良かったら私らと友達になってくれないかしら、リズ?」
「貴女、もう一人じゃない。エリーとミシェル、居る。……だから、よろしく、リズ」
そしてマルクスさんもラスクさんの横に並び、同じく手を差し出した。
あぁ……私は一人じゃなかった。居たんだ、お母さん以外にも味方が。
「うん。こちらこそ、よろしくね。ラスクさん、マルクスさん」
「ミシェルで良いわ。私らもリズって呼ぶからさ」
「エリーって、呼んで。エリーたち、もう、リズの友達」
「うん……う゛ん゛……!」
私は2人の手を取る。伝わってくる彼女たちの温もりを感じながら、私は声を上げて泣くのだった。
――――
落ち着いたところで私はミシェルちゃんとエリーちゃんを連れ、何時もの裏庭へ足を運んだ。
この学園に来て初めての、誰かと一緒の食事。
「おぉ! リズの弁当すごく美味しそうじゃん! これって自分で作ったの?」
「ううん、お母さんが作ってくれたんだ。食べてみる? お母さんの料理は世界一美味しいから、きっと気に入ってくれるよ」
「ほうほう? エリーを前にしてそこまで言うとは……。じゃあ食べ比べといこうじゃない」
「どうぞ、リズ。食べてみて」
「ありがとうエリーちゃん。……す、すごい。下手したらお母さん以上かも……」
「でしょでしょー? リズのお母さんも確かに天才けど、エリーはもっと天才だからね。お陰で毎日お昼が楽しみだよ!」
「ミシェルちゃんのお弁当も、エリーちゃんが作った物なんだね」
「うん。ミシェルは、料理、ヘタ過ぎ。だから、もっと頑張るべき」
「わ、私は食べるの専門だから良いのよ!」
私たちはベンチに並んで腰掛けて互いのお弁当を披露し、おかずを交換しながら堪能する。
一人で昼食を取っていた時は全然違う。料理が何倍も何十倍も美味しく感じる。昨日の親子に続いて、私は友達と楽しい時間を過ごす。
「リズってさ……似てるんだよね。かつての私らと」
お弁当の中身も半分くらいにまで減った頃、ミシェルちゃんが唐突に話題を切り出した。
似ているって、どういう意味かな? それってつまり……。
「ミシェルちゃんも、虐められてたの……?」
「そ、ちょっと前まで孤児院の連中から。あぁ、今いる孤児院じゃなくて前の場所ね。転校してきた理由は、其処が倒壊して無くなっちゃったから」
そっか。中途半端な時期に転校してきたのはその様な経緯があったからなんだね。
それにしても2人が天涯孤独の身だったなんて……。親が健在する身としては、親無しの人の気持ちは想像するのも困難だろう。
「それで私とリズが似てるって話だけど、実は虐められている理由が全く一緒なんだよね。本当に凄い偶然だわ」
「え?」
私は卵焼きを口に運ぼうとしていた手を止め、呆けた顔でミシェルちゃんを見た。
理由が一緒……? ちょっと待って。それってまさか……。
「私もエリーも、家畜や奴隷の“人”たちを助けて回ったら異常者のレッテルを貼られてねぇ。只でさえ不満が多かった孤児院では一部の子を虐めるのが横行していたから。すぐ次のターゲットとして私とエリーが選ばれちゃったわ」
……ミシェルちゃん今、奴隷化された他種族の人たちを”人”って言わなかった? ”物”ではなく、”人”って。
聞き間違いかもしれない。勘違いかもしれない。
「ねぇミシェルちゃん、エリーちゃん」
だから2人に訊ねる。
「2人にとって人間族とかエルフとか、光翼人以外の種族は……人間だよね?」
世界が静寂に包まれた。まるで時間が停止したかのようだ。
「「……」」
ミシェルちゃんとエリーちゃんが、私と正面から見つめ合う。
息を飲む。鼓動が早く大きくなる。
もし、もしこれで『他種族は家畜だ』と言われてしまったらどうしよう……心が不安に支配されそうになる。お願い。私と同じ考えであって。
「――当たり前でしょ?」
世界が、動き出す。
「家畜や奴隷扱いなんて許されることじゃない。この国の連中は思い上がってるわ。高い魔力を持ってるから偉い、発展してるから偉い……ホント馬鹿々々しくて呆れる」
「エリーたち、みんな平等。差別、ダメ、絶対」
ホッと胸を撫で下ろす。聞き間違いじゃなかった。この2人もまた、人を人と見てる人たちなんだ。
「……良かった」
安堵する私に、2人は穏やかに笑う。
「リズが何を安心してるのか分かるわ。私らも驚いてる。自分たち以外に同じ価値観の奴が居たなんて、今でも信じられない」
「ううん、信じて大丈夫だよ、ミシェルちゃん。私も他種族の人をちゃんと助けられないかなって、毎日悩んでたから」
虐めから救われ、友達が出来て、しかもその友達は2人とも理解者だった。本当に今日は幸運の連続だ。
今までは一人で抱え込んでいたけど、ミシェルちゃんとエリーちゃんと協力すれば、もっと良い方法が考え付くかもしれない。『3人揃えば魔は強くなる(三人寄れば文殊の知恵と同義)』ってね。
「あっ、リズお姉ちゃん!」
そんな時に聞いた声は、この場に居る私たちの誰のものでもなかった。
「め、メテオルくん!?」
何と昨日出会ったばかりの人間族の男の子が、早速翌日から遊びに来てくれたのだ。ベンチから立ち上がり、彼の元へ駆け寄る。
「どうしたの? 今日もこの近くでお仕事?」
「うん、お父さんとお母さんたち大人の人だけの仕事があるみたい! だからリズお姉ちゃんの所で遊んで来なさいって!」
「そうだったんだ。また会えて嬉しいよ。お姉ちゃん、今丁度お昼ご飯を食べてるところなんだけど、良かったら一緒に食べようか?」
「やったぁ!」
喜び飛び跳ねるメテオルくんは、ベンチに座るミシェルちゃんとエリーちゃんに気が付く。
「ねぇ、リズお姉ちゃん。あのお姉ちゃんたちは……?」
咄嗟に私の後ろに隠れて2人について訊ねてきた。もしかしたら酷いことをしてくるのではないかと思ってるのか、小刻みに震えている。
「大丈夫だよ、2人とも私のお友達だから」
早速、私はメテオルくんを紹介しようとした。
けど2人の様子が少しおかしい。厳密にはエリーちゃんが、だけど。ミシェルちゃんの後ろに完全に隠れ、顔半分だけをこちらに覗かせている。
「2人とも……?」
「あー、ごめんリズ。ちょっと待っててくれないかしら。――エリー、大丈夫?」
「問題ない。相手、子供。だから平気、一応」
「なら、良いんだけど……」
少しの間小声で何か話し合っていたけれど、やがて2人は立ち上がり、メテオルくんと私の前にやって来た。
「この子は……奴隷の子だね?」
「うん、昨日仲良くなった人間の男の子。メテオルくんって言うんだ」
「メテオルくんか、カッコいい名前じゃない。私は『ミシェル・ラスク』。リズお姉ちゃんのお友達よ? よろしくね?」
「『エリー・マルクス』。リズとミシェル、エリーの友達。よろしく」
「め、メテオルです! よろしくお願いします!」
2人とメテオルくんはすぐに仲良くなり、互いに握手を交わした。問題なく友好的な関係が築けそうでホッと一息入れた私。
そんなほのぼのとした雰囲気に水を差す出来事が起きる。文字通り物理的に。
「――ッ! 危ない!」
突然飛んできた球状の水に気付いた私は、それが向かう先に立つメテオルくんの前に滑り込む。そして障壁が間に合わないので身体で受け止めた。
あぁ……漸く乾きかけた制服がまたびしょびしょに。
「リズ!」
「お姉ちゃん!?」
「ぷへっ……だ、大丈夫。ただの水だったみたい」
ミシェルちゃんたちが吃驚した様子で私を気遣う。
それにしても今の攻撃、私にはとても身に憶えのあることだ。
「――あらら、家畜に当てるつもりが外れちゃったわ」
「代わりに異常者に当たったんだから良いんじゃん?」
「噂通り、こんな狭くて汚い庭で過ごしていたのね。不潔な家畜と一緒に過ごすにはもってこいでしょうけど」
現れた4人組の女子生徒が水球を掌に浮かせながら、私やメテオルくんを見てクスクスと笑う。その態度が癪に障ったのか、ミシェルちゃんが怒鳴り声を上げた。
「ちょっとアンタら、いきなり何すんのよ!? この子たちに水をぶっかけてくるなんて……!!」
ミシェルちゃんが私たちの前に出て、その鋭い眼光を女子生徒たちに向ける。エリーちゃんも無言のままだけど、ミシェルちゃんよりも少し前に出て垂れ目を細めて睨んでいた。
「な、何よ急に怒鳴ってきてさ。って言うか、貴女たち転校生のラスクさんとマルクスさんじゃない」
「どうして家畜と家畜を人呼びする変な奴と一緒に居るのよ?」
一瞬たじろう女子生徒だったが、すぐに立ち直ってミシェルちゃんたちと私の関係性について訊ねてきた。
不安が過ぎる。さっきミシェルちゃんたちは私の味方だと言ってくれたけど、ここで私が望まない答えを述べるのではないかと。
あまりにも失礼だ。でも、長年お母さん以外味方が居なかった為に少なからず疑心暗鬼に陥った私の心が、2人に全幅の信頼を寄せたいという想いを蝕む。
「リズもこの子も、私たちの友達だからよ。友達と一緒にお昼食べて何が悪いの?」
「こくこく」
結局は私の杞憂だった。少しでも2人を疑ってしまい、申し訳ない気持ちになる。
「……ぷっ、あはは! アンタたち正気? そんな奴らを友達だなんて!」
女子生徒たちは面白おかしく笑い出す。まるで高視聴率のお笑い番組を見てるかのように。どうやら信じていないみたい。
当然、そんな反応を返されたミシェルちゃんとエリーちゃんの目付きが更に鋭くなる。
「はいはい、面白い冗談を聞かせて貰いました。……じゃあそろそろ何処か行ってくれない? そこの異常者と家畜と遊ぶつもりだからさ。何ならアンタたちも一緒にやる? 水球ドッジボール」
言外に『邪魔するな』と威圧を掛けてくる女子生徒たち。でも、ミシェルちゃんたちは全く引かない。
「……友達を虐めるって分かってるのに、下がる訳にはいかないでしょ?」
「あれあれ~? さっきのは冗談じゃないって言いたいの? どうかしてるわアンタたち」
「アンタらの評価なんか関係ない。この子たちを傷付けるんだったら私が相手になってやるわ」
「エリー、ミシェルに同じ。リズに、メテオルに、手を出したら……許さない」
「……つまり私たちの敵になるってこと? それがどういう意味か分かってるんでしょうね?」
女子生徒たちが苛立つ様子で警告する。返答次第では、お前たちも虐めてやるぞと。
それを見た私はミシェルちゃんたちの前に出て、2人を守るように両手を広げた。……やっぱり無理だ。友達に迷惑を掛けられない。
「ま、待って! この子たちは偶々此処に来ただけで私とは無関係なの! だから見逃して!」
「り、リズ! ちょっとアンタ!」
「……ごめんね、ミシェルちゃん、エリーちゃん。私やっぱり2人には傷付いて欲しくない。彼女たちの相手は私がするから、今すぐメテオルくんを連れて此処から離れて」
女子生徒たちに聞こえないよう小声で2人に嘆願する。
「ダメ、エリーたちだけ、逃げる。そんなの、出来ない。友達だから」
「そうよ! アンタ一人だけ置いていく訳にはいかないでしょ!」
当然、2人が簡単に納得する筈がなく抗議の声を上げた。それでも何とか受け入れて貰おうと言葉を探すが、その前に時間切れとなった。
蚊帳の外に立たされた女子生徒たちが我慢の限界と言わんばかりに叫んだ。
「あぁもう面倒くさい! こうなったら3人纏めてやってやるわよ!」
「そんな変人を庇ったことを後悔するんだね!!」
水球が投げ付けられようとする。私たちはメテオルくんを守る為に障壁を展開しようとしたが、そこへ予想外の人物が現れた。
「これは一体何事ですの?」
女子生徒たちも私たちも、ゆっくりと歩み寄って来る緑髪ロングの女の子に目を丸くした。
一人の女子生徒が女の子の正体を口に出す。
「せ、生徒会長!」
途端に憧れのスターに会ったかのように羨望の眼差しを向ける女子生徒たち。
一方転校してきたばかりのミシェルちゃんとエリーちゃん、そしてメテオルくんは誰なのか分からず疑問符を浮かべていた。
「……会長? どういうことなのリズ?」
「あの人は『フィサリー・エイリエル』。この学園の生徒会長なんだ」
「え、エイリエルって……あの名門貴族エイリエル公爵家の?」
「うん、会長は其処の本家令嬢なんだって」
「そんな凄いお嬢様が、どうしてこんな所へ……?」
大貴族の登場に訝しんでいると、女子生徒たちが代わりに質問してくれた。彼女たちは全員顔を紅潮している。無理もない。何せ皇室に近い天上の人だから。住む世界が違い過ぎる。
「か、会長がどうしてこんな場所に?」
「いえ、特に深い意味は御座いませんの。お茶会を開こうと思ったのですが人が少なかったので、参加者を募ろうと探して回ってたところですの」
ところで貴女たち。そう言って女子生徒たち一人一人の顔を見る会長さん。
「是非とも私のお茶会に参加して頂けませんか?」
意外な申し出に女子生徒たちは仰天した。
「よ、宜しいのですか!? 私たちみたいな平民が!」
「えぇ、構いませんわ。色々な人とテーブルを囲んで紅茶を飲むのが、私の楽しみの一つなのですから」
大はしゃぎする女子生徒たち。
しかし会長は私たちのことは無視して、女子生徒たちだけを連れてその場を後にする。
ミシェルちゃんは不機嫌そうに会長の後姿を睨んだ。
「何よアイツ。私たちだけ完全に居ない子扱いして! ホント腹立つわ!」
「ま、まぁまぁミシェルちゃん。お陰で助かったんだから良しとしようよ?」
「リズはお人好し過ぎ! そんなんじゃこれから先もっと苦労するわよ?」
それブーメランじゃないかな? 言ったら余計に怒りそうだからツッコまないけど。
そんな折、会長が女子たちを先行させ、自分は最後尾に移動する。
「……?」
会長の行動を訝しんでいると、会長は首から上だけを振り向かせ――――私たちに笑顔でウィンクをした。
「え……?」
会長……もしかして、助けてくれた?
勿論、その疑問に会長が答えることはなく、すぐに前を向いて裏庭を去った。