夜明けの魔法少女   作:LWD

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今年最後の投稿になります。皆様、良いお年を。

原作キャラは後半より登場です。


ギムの虐殺を阻止せよ①

カヤノ島

 

 

時間跳躍してから最初の朝が訪れる。

何時もより早起きしてしまった私は気分転換に日の出を見ようと屋根に上ると、既にマエちゃんが座って東の空を眺めていた。

 

「おいっすリズ」

 

私に気付いたマエちゃんが手を振る。

 

「おはよう。マエちゃんも日の出を見に来たの?」

「いんや、只何となく風が気持ち良さそうだから、浴びに来たって感じ」

「そっか。折角だから一緒に見ようよ。隣良いかな?」

「勿論。何ならあたいの胸に飛び込まないかい? ちょいと肌寒いし温めてあげよう! ……なんて」

「本当? じゃあ失礼しまーす!」

「え、ちょ、いや冗だ」

 

両手を大きく広げて待ち構えるマエちゃんに、私は遠慮なく飛び込む。あ~、あったか~い。

 

「ちょ、ちょっと待ったリズ! これだとアンタの頭であたい太陽が見えないって!」

「あ、ごめんねマエちゃん!」

 

いけないいけない。折角一緒に日の出を見ようと思ってたのに悪いことしちゃったね。

 

私はマエちゃんから離れ、その隣にくっつく形で座る。

何故かマエちゃんは意図的に魔力を外に出して光翼を作り、それを器用に曲げて顔を隠していた。至近距離で輝く強い光源に私は目を瞑る。

 

「ま、マエちゃん?」

「気にすんな!」

「いやあの、ちょっと眩しいから光量抑えて欲しいんだけど」

「え、あ、あぁ! 悪ぃ!」

 

光翼を消したマエちゃんを見ると、いつもの肌の白い顔がほんのり赤くなってる気がした。

 

「どうしたのマエちゃん? もしかして風邪? ちょっとおでこ貸して」

「いや、大丈夫! 至って健康だからホント!」

 

4月とは言え朝は少し寒い。風に当たり続けたせいで体調を崩したかもしれない。少し心配だな。

 

「それよりほらっ、リズ! 上って来たよ!」

 

そうしている間に、太陽が地平線から顔を覗かせた。暖かな陽光が私たちに、そしてカヤノ島を優しく照らしていく。

 

「ん〜!!」

 

私は蹴伸びして、仰向けになる。

 

「綺麗な朝日だね〜、マエちゃん」

「あぁ、そうだね。目玉焼きみたいで美味そうだし。あー、マジで腹減ってきた。早くリズやエリーの飯が食いてぇ」

 

さっきよりマエちゃんは落ち着いているように見える。ふぅ、どうやら本当に体調不良とかじゃなさそうでホッとした。

 

「マエちゃんったら食いしん坊なんだからー」

「美味そうに見える太陽がいけない!」

 

などと呑気に言い合ってると突然シャイヘル様から召集が掛かった。こんな早朝からどうしたのだろうか?

 

「……明らかに只事じゃなさそうだね」

「みたいだね。はぁ、朝飯はお預けかぁ……」

 

私たちは屋根から飛び降り、華麗に着地して走り出す。

 

 

 

途中ミシェルちゃんたち4人と合流し、トリイと呼ばれる荘厳な門を潜ってその先の社へ入る。タタミという物が張られた広い部屋の奥では、幼い男の子の姿をした神様――シャイヘル様が待っていた。

 

「突然呼び出して済まないの。早速で悪いが“ぶりーふぃんぐ”を始める」

 

ぶりーふぃ? ブリーフがどうかしたのかな?

 

「何故そこでパンツの話になるのよリズ」

「多分、会議って、意味だと、思う」

「あ、そうなんだ……」

 

ってミシェルちゃん、エリーちゃん。急に心を読まないで……。

 

「……話、続けても良いかのぅ?」

「は、はい、すいません。それでシャイヘル様、どのようなお話でしょうか?」

「うむ、実はロデニウス大陸で勃発中の戦争についてじゃが……」

 

戦争。やっぱり穏やかな話じゃなかったね。

 

「まぁ要するに、出撃命令じゃ」

 

シャイヘル様が指をパチンと鳴らすと部屋が一気に暗くなり、空中に巨大な魔像画面が出現する。映されていたのはロデニウス大陸を中心とした地図だ。

その大陸の北部が拡大され、国境線を境に帝国語で”ロウリア王国”と”クワ・トイネ公国”という名前が表示される。どちらも私たちが暮らしていた時代には存在していない国家だ。

 

「時間がないから説明は省くが、このクワ・トイネ公国は、こっちのロウリア王国から侵略を受けている最中じゃ。クワ・トイネの軍事力はロウリア側よりずっと小規模で、劣勢を強いられておる」

 

私たちが休んでいる最中、シャイヘル様はこの時代の世界情勢についてあっという間に調べ上げていた。相変わらず次元神様の能力は反則過ぎて言葉も出ない。

 

「つまり私たちの役目は、そのクワ・トイネ公国をロウリア王国の侵略から守る為に戦うことですか?」

「いや、厳密にはこの街の住民を避難させて欲しいんじゃ」

 

ロウリアの国境付近にあるクワ・トイネの一都市が指し示される。名前は、ええと……”ギム”って呼ぶみたい。

 

「この街では正に今ロウリア軍とクワ・トイネ軍が激突しておるのじゃが、まだ1万人近くの住民の避難が完了しておらぬ。残念ながら数で劣るクワ・トイネ側が敗北する可能性が高い。そしてそうなれば……逃げ遅れた殆どの住民は虐殺されるじゃろう」

 

ほぼ全員が殺される? 1万人もの人たちが? 一体どういうことなんだろう……?

 

疑問を抱く私たちに、シャイヘル様がロウリアという国の実態を説明してくれた。

 

「ロウリア王国は人間至上主義者の集まりじゃ。対するクワ・トイネは人間以外の種族も暮らしておる。勿論ギムの街にも多くの種族が残されとる。今回のロウリアの戦争目的は”亜人の殲滅”。ギムの住民たちがどの様な末路を辿るのか、想像に難くないじゃろ?」

 

途端に私たちの表情が強張る。

 

「人間以外を殲滅!!? そいつら、何の権利があってそんなことするのよ!!」

 

私のすぐ隣に立つミシェルちゃんが一歩乗り出し、拳を強く握って怒声を発する。他の皆も叫びこそしなかったが、その表情は怒りに染まっていた。勿論、私も。

 

当然だ。ロウリアがしていることは、私たちにとって最も不快で許し難い行為。他種族を差別し傷付け、優越感に浸ることだ。私たちが此処に居るのも、他の光翼人のその様な行為を見てきたからでもある。

 

「そんなの絶対にさせません。虐殺は必ず阻止してみせます!」

 

悲劇を生まない為にも、逃げ遅れた人たちを一人でも多く街から避難させなきゃ。

 

「ギムを襲撃中のロウリア軍先遣隊は、ワイバーン150騎に兵士が約3万。重装歩兵や騎兵、魔獣も多数確認されておる。敵が多い中、大勢を避難させるのは至難の業。決して油断してはならぬ」

 

そして細かいところの調整を済ませ、遂に出撃の時を迎えた。この時代に転移してから初の実戦だ。

 

「分かりました。早速出撃します!」

「頼むぞ。では行くがいい、我が巫女たちよ」

 

「「「「「「了解(です(わ))!!」」」」」」

 

 

 

 

 

私たちは社を飛び出し、駆けながら右腕のブレスレッドに左手を当てる。

 

するとブレスレットから黄金色の光が放たれ、私たちを包み込んだ。身体全体を心地良い風が満遍なく吹いていく感覚。緊迫感も忘れかける程の快感が襲う。

 

光が消える。

学園時代の制服は、一瞬で戦闘服に変わっていた。シャイヘル様が私たちの為に用意して下さった、魔力を増幅させたり魔素の動きを活発化させたりする、兎に角凄い魔法具だ。

まぁでも不満を挙げるとすれば……。

 

「うぅ、もうちょっと露出を減らせないかなぁ、この衣装……」

 

顔を赤らめたユトーちゃんが両手で抱くように体を隠しながら走る。

太ももに脇に、この服は剥き出しの部分が結構ある。パッと見は可愛い衣装なんだけどね。特に頭の羽根付きのカチューシャっぽい装飾具とか。でも自分が着る側となると、やっぱりちょっと恥ずかしい。

 

「そうか? 滅茶苦茶強くなれるんだし、良いこと尽くめじゃんコレ」

「身体、とっても軽い。エリー、この服着れば、何処でも行ける」

 

マエちゃんとエリーちゃんは平気そうである。

 

「ふふっ、神様とは言え男の子ですもの。仕方のないことですわ」

 

フィサリーちゃんが余裕に満ちた笑みを浮かべる。

でもシャイヘル様はもう男の子って年齢じゃないと思うけどなぁ。実年齢数百万歳って言ってたし。怒られるかもだから口にも念話にも出さないけど。

 

「男の子ってフィサリー……あの方もうお爺ちゃんじゃない? エロガキじゃなくてエロジジイ」

「あ、ミシェルちゃんそれ以上は言っちゃ」

 

“何か言ったかミシェル?”

 

「「うひゃあっ!!?」」

 

私とミシェルちゃんは飛び跳ねる様に驚く。

シャイヘル様は管制役として、任務中は私たちの動きを把握している。当然、今の発言もしっかり聞かれました。

 

“言っておくが、お前たちの衣装は儂の趣味ではないからな?”

 

「アッハイ」

 

シャイヘル様の有無を言わせぬ言葉に、私たちは素直に頷くしかない。神様を怒らせるのは不味いからね。

 

 

 

 

 

さて、強化された脚力で一気に島の端っこへ辿り着いた私たち。

このカヤノ島は空中に浮かぶ島。つまり端から見えるのは海ではなく空。島から一歩踏み出せば地上へ真っ逆さまだ……本来ならば。

 

力強く地面を蹴り、飛び上がる私たち。同時に浮遊魔法を発動させ、光翼を形成させて飛翔する。変身すると神様の加護をより強く受けるので、変身前よりずっと速く、身軽に飛べる。

 

霧の壁をあっという間に越え、私たちは晴天に恵まれた広大な海原に迎えられた。

 

「急がなきゃ。町の人たちが危ないかも」

 

通常の飛行でも十分速いけど、2000㎞以上離れた場所まで行くことを考えると時間が掛かり過ぎる。

しかし転移魔法は使用に莫大な魔力を消費する。3万人の軍勢と150騎のワイバーンの攻勢を防ぎながら住民を避難させなきゃいけないのだ。もしもの時の為にも、満足に戦える魔力は温存しておきたい。

 

なら、”アレ”を試してみよう。

 

「ねぇ、みんな。この服の新機能、使ってみない?」

「十分な魔力を維持して且つ急ぐんなら、それしかないじゃない」

「あたいも賛成だね。それに使いこなせるようになる為にも、早めに試した方が良いと思う」

 

全員が賛成し、シャイヘル様が戦闘服に新たに加えて下さった新機能――超音速飛行を試す。

 

超音速。その世界へ入れるのはインフィドラグーンの竜騎士団か、若しくはラヴァーナルの戦闘機くらいだって、前にミシェルちゃん言ってたっけ。そんなとんでもないことを、私たちは生身(?)で試すのだ。不安と緊張の汗が頬を伝う。

 

戦闘服の背中に折り畳まれた状態で装着された、4つの先の尖った金属の棒みたいな物体。それらが私たちの光翼を挟み込む様に展開し、更に3倍近く全長を伸ばす。まるで金属質の翼4枚と光翼2枚、合わせて3対6枚の翼を生やしている様だ。

この際「ブッピガンッ!」とちょっと気の抜ける音が聞こえたが、特に誰も気にせず次の工程へ入る。

 

「よーし……行くよ?」

 

速く飛ぼうと強く意識すると、体内魔素の大きな変化を感じ取った。

増幅され、全身を駆け巡る高密度の魔素。その一部が私たちの体を塗装するようにコーティングし、更に一部が光翼の付け根に回され、棒状の物体に沿って大量に外へ放出された。

 

結果。新しく背中から現れた光の奔流に元の光翼が飲み込まれ、自分の体の数倍大きく、且つ幅広い光翼が形成された。鳥の翼というより、まるで巨大な蝶の羽だ。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!?」

 

間を置かず私たちの体は加速を始めた。目だけを覆う様な小型の投影ディスプレイが現れ、速度を表す数値が凄まじい勢いで大きくなる。

最初は時速200㎞だったのが一気に900㎞に。そこから1200……1500……1800と増えていき、2000㎞台後半に達してようやく加速が穏やかになる。

 

”うわっ、ヤバいよ今の私ら、音速の2.3倍以上も出てんじゃん! すっごっ!!”

”それってヤバいことなのミシェルちゃん!?”

”当り前じゃんリズ! なんたって神竜様や戦闘機並みのスピードだからね!”

 

ミシェルちゃんがとても興奮した様子で叫ぶ。音の2.3倍って想像しづらいけど、凄く速いことだけは分かった。

因みに音より速くなると声が届かなくなるらしいので、私たちは念話を使用して話している。

 

”これなら早く現場に着けそうだね!?”

”えぇ、1時間も掛からないわ!”

 

それでも40~50分は掛かるらしい。もどかしいことに変わりはないが、通常の速度で飛ぶよりは遥かに良い。

 

(待っててね! 今行くから!)

 

私たちは最終的に音の2.5倍もの速さで空を駆け、クワ・トイネ公国へ急いだ。

 

……ところでこれ、どうやって止まるんだろう?

 

 

 

 

 

「新機能は問題なさそうじゃな」

 

一方、カヤノ島の社内部では、シャイヘルが己の能力を駆使して必要な情報を逐一集めていた。

 

彼を囲む小規模な水蒸気、いや多数の霧。それ自体がまるでディスプレイかの如く画面を表示し、ロウリア軍対クワ・トイネ軍の様子を様々な角度からリアルタイムで映していた。それら無数の映像を猛烈なスピードで眼球を動かして確認、そして必要な情報を収集、分析していく。

 

そんな中、リズたちウェシャスの魔法少女が超音速飛行する映像を捉え、あれ程素早く動かしていた眼球をビタッと止める。

助けを求める人々の元へ全力で向かう彼女たちを、シャイヘルは慈愛に満ちた表情で見守る。

 

「そうじゃ、巫女たちよ。お前たちはこれまでと同様、ただ己の正義に従い、ひたすら目の前で苦しむ者たちを救っていけば良い」

 

何故あんなにも優しくて良い子たちが光翼人として生まれてきてしまったのか。それがリズたちにとっての最大の不幸だとシャイヘルは思っている。

 

シャイヘルは彼女たちが好きだ。だから幸せになって欲しい。

しかし自分は神である以上、必要以上に下界へ介入出来ない。だから間接的に支援し、彼女たち自身で頑張って貰う他ないのだ。

 

それでもあれだけの力を与えた以上、ペナルティを受けるのは避けられないだろう。このまま間接的とはいえ介入を繰り返したら、最終的に自分はどうなるのか? 多分、いや確実に消えるかもしれない。

 

だが、それでも――。

 

「儂が上手く誘導してやる。後は自分たちの手で掴み取ってこい」

 

次元神シャイヘルは魔法少女たちの幸福が大事なのだ。それ以外の全ても、世界も、そして己の存在自体よりもずっとずっと。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

クワ・トイネ公国 ギムの街

 

 

圧倒的戦力差により、ギムはロウリアの手に落ちた。

 

「いやぁ、放して!」

「うるさいっ、とっとと歩け亜人ども!」

 

結局避難の完了は間に合わず、1万人近い一般市民が生き残った兵士ともども捕らえられ、酷い責め苦を強制されていた。

エルフや獣人などは殴られ、蹴られ、女性に至っては容赦なく犯され尊厳を奪われる。捕らえられたクワ・トイネ人にも人間は居たが、彼らも「亜人と手を組んだ裏切り者」として同等の制裁が振り下ろされる。

日本には「勝者は敗者の尊厳を守れ」という言葉があるが、中世レベルのロウリアにそんな概念がある筈もない。敗者はただ勝者に蹂躙される現実だけがこの街にあった。

 

「こうなると彼の猛将モイジも形無しですね。弱過ぎる。魔獣の投入すら必要ありませんでした」

 

ロウリア軍 東方征伐軍 先遣隊 副将アデム。彼は不気味な笑みと共に目の前の男性を見下ろす。

 

「ふんっ、煮るなり焼くなり好きにしろ」

 

クワ・トイネ公国 西方騎士団 団長 モイジ。彼は捕虜にされ手を縄で縛られていながらもその意思は衰えず、猫の様に鋭い眼光でアデムを睨む。彼もまた猫の獣人、つまりロウリアにとっては迫害の対象なのだ。

 

「ほうほう。では遠慮なくそうさせて頂きましょう――彼女たちで遊んだ後に」

「何……?」

 

他の兵たちがモイジの眼光に怯む中、唯一アデムだけはより気持ち悪い笑顔を浮かべて不穏な言葉を吐く。

酷く嫌な予感がしたモイジ。そして、それはすぐに的中した。

 

「ご確認頂きたいのですが、此方の中に入ってらっしゃるお二方が……モイジ殿の奥方とご息女で間違いないですかね?」

「なっ!?」

 

アデムが指し示した先には布を被った大きめの檻。それが一気に取り払われると、中にはモイジの妻と幼い娘が捕らえられていた。二人とも酷く怯えている様子で、モイジに気付くと彼に向って叫ぶ。

 

「あなた!!」

「お父さん……!!」

 

「二人とも、何故此処に!? き、貴様、妻と娘に何する気だ!? 二人を放せ!!」

「何って先ほど申したじゃないですか。”遊ぶ”と、ね」

 

モイジの激昂も何処吹く風に、アデムはニヤニヤと笑いながら檻に近付く。

子供を守るように抱きかかえながら睨む女性に、彼は言った。

 

「おやおや~、そんなに抱き締めちゃってまぁ。こんなに愛されてお子さんは本当に幸せ者ですね。……そこで提案なのですが、貴女が私からの責め苦に声一つ上げることなく死んでみせたら、お子さんのみ生かして差し上げようと思うのですが、どうでしょうか?」

 

如何にも残酷そうな見た目の敵将からの意外な申し出に、モイジの妻は戸惑った。

 

「ほ、本当にそうすれば……娘は助けてくれるの?」

「えぇ、貴女とご主人は殺しますが、その子だけは生きて街から出してあげますよ?」

 

嘘だ。

アデムはギムの街で暮らす住民は100人を除いて皆殺しにするつもりでいる。残念ながらその生き残る100人にモイジの娘は入っていない。ただ娘の為に苦しみに耐えながら死んでいく女性の様子を見て楽しみたいだけなのだ。

何という冷酷な男か。人間としての心が無いと言われても仕方ない。

 

「ダメだ!! そいつは絶対に約束を守らない! 俺たちの知る人間だと思うなッ!!」

 

モイジもその予測が付いてるからこそ叫び、何とか妻子を助けようと暴れる。

だが、拘束されてる上に数人がかりで取り押さえられては碌に身動きも出来ない。

 

「分かった。その代わり絶対に娘だけは助けて!」

「勿論ですとも。では、早速始めましょうか」

「お母さん! やだッ、行かないで!!」

「やめろ! やめろおおおおおおおお!!」

 

モイジの妻は檻から出され、兵たちが用意した拘束具に縛り付けられる。その周囲には見るからに凶悪な拷問具の数々。全てアデムが自分の屋敷からわざわざ持って来たのだ。

 

「さぁ、お子さんの為にも、しっかり頑張って下さいね」

 

アデムは目を背けたくなるほどの邪悪な笑みと共に、拷問器具の一つを女性に向ける。ブレストリッパーという胸を挟む為の道具だ。その痛みは想像を絶するだろう。

 

「いやだ……こんなのヤダよぉ……」

 

モイジの娘は思った。

何故大好きな父と母が殺されなければならないのか。家族と平穏に暮らしてただけなのに、こんな理不尽な目に遭わなきゃいけないのか。

 

「誰か……助けて下さい……」

 

少女の脳裏に、母親から教えて貰った御伽噺が思い浮かぶ。

かつて魔王が侵攻した際、太陽神の使者たちの様に何処からともなく現れた天使たち。彼女たちは使者や古の勇者と協力し合って魔王軍を蹴散らし、遂に魔王を封印したとされている。

少女は絵本で天使たちの容姿を見て以来彼女たちのことがとても気に入り、何時か会ってみたいと夢見ていた。

 

母が言うには、その天使たちは窮地に陥っている時に現れ、手を差し伸べてくれるという。なら――。

 

 

「お願いします天使様! お父さんとお母さんを、皆を助けてえええええ!!」

 

 

少女は両手を合わせ、天に向かって大声で助けを呼んだ。何よりも自分が大好きな、伝説の天使たちに。

 

 

 

 

 

そして、その願いは――届いた。

 

 

 

 

 

直後、空から何かが高速で降ってきて、地面にぶつかり猛烈な砂埃を舞い上げた。

 

「「「!?」」」

「な、何事ですかあああああああああああああ――

 

衝撃波を受けたアデムは見事に地面を転がっていく。

 

暫くして辺りは静寂に包まれる。

 

「いてて……減速に失敗しちゃった。魔力で体がコーティングされてなかったら死んでかも……」

「……え」

 

少女は爆心地の中心に立つ、自分より年上の少女を見た。

 

「え? 了解です!」

 

目を瞬かせていると、謎の少女は姿の見えない誰かと遣り取りし、そして此方へ一気に飛んできた。光輝く翼を生やして。

 

「!?」

 

それからはあっという間だった。自分の入っている檻は鋭利な刃物か何かで破壊され、また父や母も拘束具から何時の間にか解放されていた。

 

「二人とも、良かった無事で!!」

 

少女は妻と共にモイジに抱き締められる。もう離さないと言わんばかりに。

 

しかし少女の意識は実の両親ではなく、翼を生やした謎の少女に向けられていた。

彼女が右手に持つ白銀の剣。おそらくあれで自分たちを解放してくれたんだろう。

 

「お怪我はありませんか?」

 

朝日で煌めく桃色の髪を靡かせ、不思議な格好をした翼の少女はモイジ一家に微笑みかけた。優しく包み込むような柔らかな笑顔は、少女の抱く恐怖感や絶望感をほぐしていく。

 

「天使……さまぁ」

 

少女は耐え切れず涙を流す。

 

御伽噺は、本当だった。

 


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