1. 出会いと決意
ある所ではゼウスの忘れ形見
ある所では可愛らしい白兎
ある所では英雄候補
ある所では…
いや、よそうか。こんな
そうさ。この物語ですら、数多に分岐する物語のひとつに過ぎない。
ある所では死闘を繰り返し
ある所では理不尽な目に
ある所ではハーレム形成
どこの物語も波乱万丈。この少年にはそういう運命が巡ってくるのだろう。
それらと比較すると、この物語はあまりにも静かで、幼く、それでも、大切な人を守るために時として激情する。至って普通の少年の英雄譚。
えっ、この物語の語り部は俺なのかって?ははっ、まさか。俺以上の適役がいる。その人に、語ってもらおう。最後に俺から一つだけ。
この物語は、静寂に包まれたとある少年の物語だ
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「おばさん!見て見て、こんなにしゅーかくできたよ!」
「だれがおばさんだ、こら」
軽い手刀が少年の頭を直撃し、脳天を揺らす。
「あ…アルフィアおかーさん。いっぱいとれたね!」
「ふふっ、良かったな、ベル。お義母さんの所もこんなに沢山。今年は大豊作だ」
海も顔負けの澄んだ青色の空の下。季節に合わぬ新雪のごとき真白な髪の少年と、少年によく似た灰色の長い髪をなびかせる女性が籠一杯に野菜を詰め、2人仲良く農道を歩く。誰も来ないような山奥にひっそりと佇む、親子2人だけの場所。
「こんなにいっぱいははじめて!がんばったからかなあ?」
「ああ、頑張ったからだろうな。本当にお前は良い子だ」
空いている片方の手で少年の頭を優しく撫でると、少年はとろける様な甘い顔をする。
"お義母さん" そう呼ばれた彼女の胸の内は、酷く混濁したものだった。
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それは、数年前に遡る。とある男神からの提案に、ザルドと私は乗りかけた。端的に言えば、次代に生まれる英雄のため、生贄となる役割である。しかし、男神の素朴な疑問により、その決心は簡単に揺らいだ。
「君は、妹だけは愛してたんだろ?」
「なら、その息子に会った事はあるのか?」
「その子にーー会わなくても、良いのか?」
私達は山奥のとある小屋の前に立っていた。会うことは無い、そう思っていた
私自身、家族だけは心の底から愛していた。最後の家族を看取り、病弱であるこの身がいつ朽ちても良いよう覚悟もしていた。それなのに、天から舞い降りたかの如くその報せは私に届いた。私の妹の息子が居ると。紛れもない、私の
それでも…それでも、1度は『見捨てた』
引き取る選択をせず、死地へ赴こうとした。だが、一朝一夕の軽い意志は、生きて、強くあるための信条としていた『
そして今に至る。
数々の修羅場をくぐり抜けたと自負できる私ですら、この時は額に伝う嫌な汗が流れるのを感じていた。
少し腐りかけた木造の扉をノックする。
キィ…と、木造の扉が開く。
「ど、どちらさまですか?」
扉から出てきたのは小柄な少年。見覚えのある雪のように白い髪に、燃え上がるような深紅の瞳。その姿は背丈や中性的な顔立ちも相まってか、子兎の様な可愛らしさを演出している。
私は、その顔を、その瞳を、その髪を見て、ああ。と、言葉を一言交わした時に、耐えられない寂寥感と感動に押し潰された。
大切な人の忘れ形見である、名も知らぬ少年を抱きしめて、柄にもなく私は泣いた。元々身体が弱いこの身の上、決して弱みだけは見せまいと必死だった。それでも、やはり耐えられなかったのだ。
どこか信じられずにいた。妹の死を、受け入れたようでその実、フリをしているだけにすぎなかった。
しかし、妹の子供に出会い、皮肉にも妹の死と初めて、真正面から向き合った。
何重にも被った仮面が、1枚ずつ、音を立てて剥がれていくように感じた。
その時、私は誓った。残り少ないこの命の灯火は、この子の為に使おう。たとえ私程度の小さな
気づいた頃には、少年の方が泣き疲れて眠ってしまっていた。
可愛らしく、純粋で、あどけない寝顔。その心は、何者も寄せつけないほど白く、脆く、儚い。
「対面式は済んだかの…?」
流石にこの状況では気を利かせたようである好色爺に事のあらましを話して許可を取り、少年を抱き上げて家の中へと入って行った。
「ん…ほえ、、ふわあっ!?」
朝起きた時、不思議な感覚に包まれた。今まで味わったことの無い優しさに、愛情に包み込まれる感覚。その所在を探るためにモゾモゾと横を見ると、幼い自分でも分かる程美しい女性が僕を抱いて寝ていた。
「あっ…え、あ…プシュウ」
顔が蒸発する位真っ赤になっていくのを感じると同時に、再び深い深い眠りへと誘われていった。
数分後、アルフィアは目を覚ました。自分の腕の中ですぅすぅと寝息を立てている少年を見て、酷く安心する。この子は私達のように病に侵されていないようだ。その点はこの子の父親に感謝しなければ…と思いつつ、少年が起きるまで、優しく頭を撫で続けた。
「ん…むにゃ」
「起きたか。おはよう、少年」
「ん?んー…ふぁへぇっ!??!」
少年は飛び起きる。が、警戒はしていないようだ。
「だ…だれ?」
「驚かせて済まない。私はアルフィア。お前のお母さんの姉だ。だから…お前の唯一の救い肉親、でもある。これから、よろしく頼む」
私は少年に手を差し伸べる。あのころと同じように、そっと…
不安が脳内を駆けずり回る。ただでさえ弱く、脆い私の精神を蝕む。もし、この手を取ってくれなかったら。私は1度拒んだ悪に身を堕とすことになるだろう。次代の英雄の為、私は『
私だってなりたくてなるわけじゃない。その証拠に、この子と会う機会を設けてもらい、決断のときを遅らせた。
ーだから、どうかこの手を取ってくれー
少年の中に燃える炎の色が消されるのではないかと言うくらい、涙を流した。
ああ、この泣き顔ひとつとっても、妹によく似ている。嘆かわしい程に。この子のための礎になるのだったら、喜んで身を堕とそう。私は静かに、差し伸べた手を下ろした。
瞬間、私の体にふわりと抱きつく少年がいた。私の胸に顔を埋めて、これでもかと言うくらい泣いている。おかあさん、おかあさん、と。
私も感化され、柄にもなく泣いてしまう
妹以来だ。2度も、この私を泣かせるのは
未だ泣きじゃくる少年を優しく抱きしめ、大丈夫、大丈夫だから。と、優しく撫で続けてた。
「あれが、神すらも恐れた美貌と強さを併せ持つ
「傍から見れば、親子にしか見えんのう…」
「ええ、同感です。あんな顔を見せられたら、流石に俺の
「しかし…本当に良いのか?お主一人で全ての悪を一身に引き受ける事となる。誰よりも優しく、誰よりも不器用なお主が後世に『絶対悪』として名を刻まれるのはワシとて気分が悪い」
主神の言葉に、ザルドは微笑みを返す。
「なに、エレボスが3ヶ月の猶予をくれた。その間に、悔いを残さぬよう好き勝手させてもらうさ」
ゼウスがザルドを真剣な眼差しで射抜く。しかし、ザルドは構わず話を続ける。
「俺が破壊と殺戮を行う理由など、勇者や猛者は知る必要は無い。俺はな、ここにいる3人が、俺がどんな気持ちで
「それに、俺は何も無駄死にをしに行く訳では無い。未来を繋ぐ『糧』となるために行くだけだ。らしくない顔をするな、ゼウス。俺はエレボスと出会って、あの時皆と死ねなかった理由を理解した」
「俺は先程話した通り…そして、アルフィアは『あの子』見守るため。まさに神々の思し召しなのだろう。なあ?ゼウスよ」
ゼウスは無言を貫く。ザルドはため息をつき、再び2人を眺める。
「ところで…あの子の名前はなんという?」
「なっ…分かってなかったのか」
「ああ。なんならアルフィアも分かっていない。あいつはあの子自身から聞き出すつもりらしいが、生憎おれはそんなこだわりは無い」
「そうか。では、心して聞け。あの子の名前は………」
「ふむに…」
「おはよう、少年」
「ふえっ!?……おはよう、えっと、おばさん?」
「おばさんじゃない、アルフィアお義母さんだ。叩くぞ」
「いたい…もうたたいてる」
「全く…デリカシーのない所は父親譲り?なのか…」
「あう…」
「そう落ち込むな。っと、そうだな。お前の名を聞いていなかった。少年、名前はなんという?」
「ぼくのなまえ…えっと、なまえはね」