静寂を纏う白兎の狂奏曲   作:あルプ

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アルフィアの喋り方が掴めない


2. いつもの日常

 

 

ピヨピヨと囀る(さえず)小鳥達の声を合図に、私は目を覚ます。私の横ですやすやと寝息を立てているのは、妹の息子であり、今は私の息子でもある少年、ベル・クラネル。小柄な体躯を余すことなく使い、さらに小さく丸めて私の胸元に頬を擦り寄せ甘えている。

まるで小動物の()()であり、幼子からは恐怖の対象としか見られなかったことに若干のトラウマを抱えていた私は、その委ねられた信頼ゆえの行動に限りない愛情を抱く。

 

私はここへ来てから。少し早めに起床してベルの顔を眺めるのが密かな日課になっていた。昼間は無邪気に走り回り、寝ている時はこうしてすやすやと眠る。正に可愛さの暴力だ。甘え上手の辺りは妹の血が濃いな、と考えつつ、ベルの頭を優しく撫でる。

 

「さて…そろそろ起きるか」

 

何時までもこうしては居られない。私はベッドから少しの名残惜しさを振り払いつつ立ち上がり、炊事場へと向かう。

 

 

 

旅人も訪れないような山奥における秘境。温泉やら世界樹やらという特に目立った物もなく、あるのは2軒の山小屋と隣接された畑だけ。

山小屋のうち1軒は年季が入っていて極東で言う『わびさび』然とした趣がある。もう1軒は新築なのか、木の香りが立ち込める新鮮な出で立ちだ。理由としては、新たに住むことになった()()の「貴様らと一つ屋根の下ではベルに悪影響が出る可能性が高い。あと、不潔だ」という、何とも子供思いの理由で新しく増築したのだ。しかし、食事は皆で食べるに限るとの事で、2軒は屋根のある通路で繋がっており、真ん中には炊事場がある。

 

「っつ…相変わらずこの時期は冷えるな」

 

炊事場には似つかわしくない黒を基調とした華美なドレスを着る女性が一人。手馴れた手つきで様々な食材を切っていく。

 

〜十数分後〜

 

ある程度調理が終わったあたりで、寝ぼけた声が聞こえてくる。

 

「おあよう…」

 

「おはよう、ベル。こらこら、枕なんか持ってきて。布団に戻してきてザルドとゼウス(あれ)を起こしてきて」

 

「うん…」

 

まだまだうたた寝状態のベルは枕を戻しに布団へ戻る。これは二度寝コースだな…そう思い、元いた小屋とは逆の、オンボロ小屋へと足を運ぶ。

 

「お前たち、朝だ。料理が冷えるからとっとと起きろ」

 

「…いや、あと少し」

 

福音(ゴスペ…)

 

「まてまて、起きるから。俺はともかくゼウスが召される。文字通り」

 

「ならば早く起きろ。ベルに示しがつかん」

 

「ん…分かったから、その殺気を抑えろ…その、あー。ベルが怯える。というか、今お前の後ろで怯えてる」

 

ふと目線を下に落とすと、ベルが私の服の裾を掴んで震えている。目には大粒の涙を溜め、今にも泣き出しそうだ。

 

「お、おかあさん…」

 

「な、泣くな。もう怖くない。な?よしよし、怖くない、怖くないぞ」

 

「う、ん」

 

ベルを慌てて抱き上げ、泣き止ませる。本当によく泣く、手のかかる子だ。それ故に可愛さもひとしお、という所もあるのだが。まあ、朝食はこの子をあやしてからだな…

 

 

 

「ん…どうしたザルド。ぽかんと豆鉄砲でもくらった顔をして、お前らしくない」

 

「一つ聞きたいことがあるんだが…いいか」

 

「なんじゃい改まって。言うてみい」

 

「人が殺気に対して怯える時、普通はその殺気を放つ対象から離れるよな」

 

「なに当たり前のことを言うとるんじゃ。それより早く朝飯を食べに行くぞ」

 

「あ、ああ……今行く…」

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

朝食を食べ終えた男3人は、着替えて畑仕事へと出ていく。屈強な男2人にヨタヨタと身の丈に合わない農具を持ってついて行く姿は本当に可愛らしい。初め、農作業はあまり子供にやらせるべきでないと言ったが、それは間違いだったようだ。

 

「さて…と。私もやるべき事をやるか」

 

まず初めに取り掛かるのは洗濯だ。不治の病を患い、命が尽きるのもそう遠くないこの身の事を案じられ、比較的身体を使わない仕事を任された。言うなれば、家事全般だ。私とて冒険者である前に女。家事は一通りこなせる程度には出来る。まあ、妹には負けるが。

比較的身体を使わないと言ったが、これも中々重労働だったりする。何故なら、家事では冒険者としての力は全くと言っていいほど関係ない。それでいて、泥のこびりついた冒険者有数の巨躯を誇っていた男と神にしてはガッチリした体型である男の服を洗わなければならない。最初は正直目を回した。

しかし、2ヶ月もすれば手慣れるものだ。30分とかからずにそれを終える。

それからは掃除。私とベルの住む小屋は当たり前だが、綺麗だ。ベルもそんなに散らかさないので苦労はしない。いや、元々は散らかしていたのだが、1回雷を落としたらそれ以来はせっせと片付けるようになった。

 

それよりも…だ。

 

「なぜ、あの男は身の回りの事が出来んのか…」

 

ザルドと大神(ジジイ)の小屋を見渡す。ザルドの区画はなんだかんだで整理整頓はされている。問題は神の方だ。ベッドに散乱する服、埃っぽいタンス。ベルの為に書いているであろう英雄譚は机やその下で杜撰に扱われている。

 

「なぜ、こんな空間で生きていられるんだ…」

 

早々にベルとこれ(ゼウス)の住む場所を引き離して正解だった。生活力皆無の子になってもらっては困るからな。

 

掃除は部屋がこの有様なので、普段からかなり時間を要する。くそっ、今度こそ1回思い切り殴る。掃除をしているうちにいつの間にか昼食時になっていた事を嘆きつつ、己の心に誓いを立てた。

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

昼食を終え、大人の男2人は再び畑仕事へ。そして、私とベルは居住区画から少し歩いたところにある、開けた場所へ来ていた。

ここは常日頃からベルの好きな遊び場所であるらしい。道中はモンスターや熊なども出るらしく、中々連れて行ってもらえる場所ではなかったそうだ。だが、私達が来てからは毎日のようにせがまれ、仕方なく行っている。

 

「あっるっこーあっるっこーわたしはーげんきー」

 

大神(ジジイ)から教えてもらったという歌を歌いながら、軽やかなステップを刻んでいる。もちろん危ないので、手はしっかり繋いだ状態で。

 

「あっ!リボンがあるから、もうすぐだよおかあさん!」

 

「ん…いつの間にあんなリボンが」

 

「きのうつけた!」

 

子供というのは恐ろしいと実感する。僅か数分目を離しただけで、予想もつかないことをやってのける。

 

「すごいな。分からなかったぞ」

 

「ばれないよう、やった!」

 

胸を張って自慢気なベル。本当に可愛い。

 

「それは凄いな。でも、お義母さんがいない時に行ったことない所へ行くのはやめような?」

 

「なんで?」

 

「この辺りはモンスターや熊が出るぞ?ベルなんて一口だ」

 

ベルはひいっ、 と怯えると、私のドレスの裾を掴んで離さない。

 

「いかない。おかあさんからはなれない」

 

「そうだな。そうしてくれ。だが、ベルがもう少し大きくなったら私を守ってもらうぞ?」

 

「もちろん!でも……びょうきからは、まもれない」

 

ああ、やはり見られていたようだ。なるべく気づかれないようにしていたのだが。

 

最近よく咳が出る。それも、血の混じった咳。病状がここに来て、僅かな回復を見せていたと思った矢先の出来事だった。何とか騙し騙しやっているのだが、いつ限界が来るか分からない。

私の身体はまさに、諸刃の剣の状態だ。一方の切れ味は白く、鋭いが、もう片方の刃は腐りかけ、黒く堕ちている。故に私は灰。髪色ですら私の歪を物語っている。私には妹のような、ベルのような無垢な白さがない。そんな私でも。せめて、せめてこの子(ベル)が一人前に育つまで持って欲しい。いつかは黒が侵食し、僅かな私の中の()を蝕んで腐り堕ちようとも…

 

「おかあさん?」

 

声のする方向に顔を向けると、ベルが不安に揺れた瞳でこちらを見ている。物思いにふけっている内にかなり時が経っていたようだ。

 

「ねえねえ、みてみて。はな、つんできた!」

 

ベルの手に握られているのは、灰色の花。嬉しそうに手を前へ伸ばし、見せつけるようにしている。

 

「そうか。だが、もっと綺麗な花を摘んできた方が良かったんじゃないか?例えばお前の瞳と同じ、赤色とかはどうだ?」

 

私の言葉に、珍しく首を横に振る。

 

「やだ」

 

「どうしてだ?そんな汚い色、とてもじゃないけど綺麗とは「いやだ!これがいちばんきれい!」

 

ベルがなぜその色にこだわるか理解出来なかった。私が最も忌み嫌う色。それをベルは一番綺麗だと言う。

その疑問の答えは、すぐに返ってきた。

 

「おかあさんの、いろだから」

 

「わたしの…いろ」

 

「そう!おかあさんのいろ!ぼくの、せかいでいちばんのいろはこれ」

 

「ずっとさがしてたんだ。やっと、みつけれた」

 

心底満足そうに、ベルは言葉を拙くも、しっかり繋いでく。

 

「おかあさんに、プレゼント」

 

そう言うと、空いている私の掌に小さな灰の花がヒラリ、と落ちてくる。

私はその時、初めて灰色(自分の色)を美しいと思った。ベルの言葉は、私の苦しみを、葛藤を、根こそぎ消し去っていった。

感極まり、目の前にいるベルをひしと抱きしめる。

 

「ありがとう…ありがとう。ベル、お義母さんも、この色、大好きだ」

 

無垢な白い心は、薄汚れた私の心を洗い流してくれた。どうしたって私は灰色。この黒が消え去ることも、白で塗り潰されることも無い。だが、それでも良いと、今の私が良いと言ってくれる息子がいる。ならば、私はこの子の前に立ち続けよう。道を示し、灯りを照らしてあげよう。この子が目指す()()()を成し遂げるまで。

 

 

 

ひとしきり泣いた後、ベルと手を繋いで小屋へと戻る。ベルにすぐ泣くな、と注意出来ないな。いつの間にか私も泣き虫になってしまったようだ。

 

「おかあさん、ごはんなに?」

 

「そうだな、ベルの好きなものでいいぞ」

 

「おにくも?」

 

「ああ。もちろんだ」

 

「わーい!」

 

私から手を離して喜びで走り回る。危ないから走るな、そう言い終える前にどてっ、と転んで大泣き。泣くベルを抱き上げ、あやしながら向かう先には大柄な男2人。1人は苦笑いしてベルを受け取り、1神は豪快に笑い飛ばす。

 

自分の色が好きになれた日に、もう一つだけ気づいたことがある。

 

日常の当たり前の光景こそ、一番大切で、守るべきものということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、ザルドとベルがチャンバラをしてアルフィアお気に入りのグラスを壊し、烈火の如く怒られたのはまた、別の話

 

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