「きゃあっ!!ベルくんっちょっと!?」
抱えあげたアーディさんは羽のように軽かった。全く重さを感じないのは逆に不安を覚えるほどだ。ほんとにちゃんと食べてるのかなあ。
「アーディさんっ!しっかり捕まっててください!」
「えっ、ええぇぇ!???」
僕は目的の地、ダイダロス通りへと全速力で駆け抜ける。相手は図体の割にはかなり俊敏。感覚器官も鋭敏だから、すぐに僕達なんて見つかってしまうだろう。だが、そのお陰で上手く引き付けられている。
「ダイダロス通り!アーディさん、僕にしっかり掴まって!」
「ひっ…うひゃあっ?!」
僕は全力で跳躍し、近くの家の壁を蹴り飛ばす。ここの地形なら、僕の戦い方が存分に火を噴くはずだ!
十分にシルバーバックから距離を取り、抱えていたアーディさんを下ろす。極度の緊張状態が続いたからか、アーディさんは汗がすごく、顔が真っ赤だ。
「アーディさん、大丈夫ですか?」
「はぁっ、はぁっ、、だ、れの、せいだ、と…」
言いかけた途中、地を揺らす破砕音が僕たちを揺るがした。
「くそっ、もうこんな所まで…!」
しかし、ここまで十分に距離は取れた。冒険者じゃない人たちへの被害もここなら最小限に抑えられる。上手く敵の目標をアーディさんから僕に変えつつ、ここで一気にケリをつけるしかないっ!
「勝負だっ!お前の相手はこの僕だっ!!!!!」
雄々しい少年の雄叫びにより、戦いの火蓋は切って落とされた。
ベルから先手をかけ、短刀を持って素早く敵に突撃。一撃をお見舞いするが、所詮は初級冒険者用の短刀。上層でも指折りの実力を持つシルバーバックには軽い切り傷がやっとだ。
しかし、ベルの攻撃はここで終わらない。突撃した際振り下ろした短刀を思いっきりシルバーバックの足へ突き刺す。全体重をかけた一撃で傷跡からは鮮血が流れ出し、その場に崩れ落ちる。
シルバーバックが自分の足を傷つけた敵を確認しようと視線を下に移すが、そこにもう彼はいない。
瞬間、腕を吹き飛ばされる。小さいがゆえの不可視の斬撃が体全体を切り刻む。
だが、シルバーバックもタダでやられる訳では無い。切り落とされてない腕を地へ向けて振り下ろす。ひび割れ、撒き散らされる石畳にベルの動きが鈍くなる。もちろん怪物がその隙を見逃さぬはずがない。
完全に骨がイカれた。空中ではろくに体勢を制御出来ないから、なされるがまま
先程割れた石畳の下の土がクッションになったことが受身を取れずに落下したベルの不幸中の幸いだった。
だが、眼前には
全身を大きく前に倒し、片腕を地に下ろしてシルバーバックはベルの命を狩りとるため捕食体勢に入る……
と、その時だった。
「こっちだ!バカザル!」
突如放たれた金切り声が辺り一帯を支配し、静寂が世界を包み込む。
覚悟と決意が滲む甲高い声は住民やベルだけでなく、シルバーバック、果てはさえずる小鳥達をも黙らせて注視させる力があった。
人の目を酷く恐れる
それはもちろん、シルバーバックの注意を
何故そんなことをするのか。7年間人と関わらなかった、人を信じなかった彼女が出会ったばかりの彼を……
「どうした!怖気付いたのか?私のような弱者1人殺せずにギャーギャー喚いてんじゃないよ!」
当初の目的であったのだろう、アーディを差し置いてのベルとの戦闘。だが、彼女のさらなる
シルバーバックは完全に敵意をアーディへ向ける。それに当てられ、アーディは腰が砕けたようにへにゃりとその場に座り込む。それを視認したシルバーバックは、情け容赦なくアーディへ猛然と襲いかかる。
誰もが目を覆い、アーディも全てを受け入れるように目を閉じ、一雫の涙を流した。
この時点で、誰もが彼女の咆哮に、覚悟に釘付けにされていた。
シルバーバックはアーディを突き飛ばそうと勢いよく腕を振りかぶる。
ーー
獣が本能で危機を察知してももう遅い。白兎は背後に迫り、脅威の跳躍力で周囲の壁を足場に足の付け根へ鋭い斬撃を入れる。鋭い切れ味のカタナにより切り取られる肉を踏み台に腕と胴体を繋ぐ腱を切り裂く。そこから再び近くの住居を足場に肩へ飛び乗って一閃。
周囲から沸き起こる喝采。感謝と称賛の嵐。そんな輪の中心にいる
血涙を流した彼は、
柔らかい感覚にその身を委ね、静かに眠りについた。