「涙の意味」でリヴェリアの地に膝をつけて謝るのは跪拝礼です。
アレクサンドロスが用いたペルシア式のものです。
向こうには土下座なんて文化ないので。ややこしくてごめんなさい
アストレア達の反省会が開かれている時、ベルはワクワクしながらアーディの家へ走る。バベルから徐々に遠ざかる。そして円形都市の端に到着し、関所に交通手形を通してオラリオから出る。
「わぁっ…!」
目の前に広がるのは果てなく続く草原。草木が風に揺れ、海のように青く広がる空が広がっている。もちろん、壁に阻まれてその先が見えないということも無い。まさに自由、そういった感じだ。オラリオに来てからたった1ヶ月だが、その1ヶ月がいつも通りの風景を新鮮味のあるものへと変えた。
渡された地図を頼りに北へ少し歩くと、そこには柵で囲まれた一軒家がポツンと建っていた。
柵は上だけが尖頭アーチの如く尖っており、その上には鉄条網。外敵の侵入を阻む造りになっている。
木目ですら美しく映えている建材で建てられた丸太小屋は、小さくもそこにあるという存在感をしっかり持っている。
家の横にはこぢんまりとした畑と木が数本、鶏が数羽。几帳面に手入れされており、アーディの優しさを受けてすくすくと育っている。
呼ぶために門の隣にかけてある古びている鐘を鳴らす。
リーンゴーンリーンゴーン
鐘の音は大好きだ。小さい頃、お母さんにせがんで買って貰ったことがある。今でも僕の机に置いてあるその鐘は、1番大切な宝物だ。
鐘が鳴り終わると、直ぐに扉からアーディさんが出てきた。
「はーい。わぁっ!ベルくん、じゃない!どうぞどう、ぞ中に入って♪」
今この瞬間ぱあっと咲いた満面の笑顔。手を合わせる仕草、その表情に僕は胸が焼けるように熱くなり、顔が沸騰して真っ赤に染まる。アーディさんはその後、頬を少し赤らめ、穏やかな微笑みになる。これを天使以外の何と形容しようか、いや、天使では足りない。
白のパーカーに膝丈の水色スカートをヒラヒラさせて、僕の手を握り家へと招き入れてくれた。その間、僕の思考回路は完全に断裂。脳死状態で家へと入ってゆく。
「そこに、座って。いま、お茶出す、から」
促されるまま無言で座る。これが女の人の部屋……女家族の部屋には入ったことがあるが、完全に女性として意識している人の部屋には初めてだ。
部屋は最低限の調度品が部屋を飾っている。その素朴さが実にアーディさんらしい。
「ごめんね、飾り、気無くって。部屋に招き入れるなんて、考えた、ことも無かった、から」
「いえっ!この落ち着いた感じ…僕も大好きです」
「そう、良かったぁ」
あ、すごく可愛い。語彙力壊れる、天使。こんなに可愛い人が僕のことを好き…好きって…いや、違う違う!思い上がるな僕。これは親愛の『好き』であって、お母さんやお姉ちゃんが好きって言ってくれるものと同類だ。そうだ、そうに違いない。じゃないと僕の理性ガガガ。
「ねね、新しい英雄譚を見つけたんだけど一緒に読まない?」
「えっ?本当ですか!?見ます見ます!」
「ふふっ、じゃあこっちにおい、で。ソファで2人で、読も?」
「うん!」
アーディは駆動音をカチャリ、と鳴らして席を立ち、紅茶をソファの前の机に移す。
それからは感想を言い合いながら、2人でその分厚い英雄譚を読破した。途中焼き菓子も出してきてくれた。それはサクサクとした食感、ほんのり香るバターの芳香、口に広がる優しい甘み。お母さんの作ってくれるお菓子にも引けを取らない美味しさだった。
読んだ英雄譚は極東のものであり、珍しく『人』が英雄では無かった。ブショウと呼ばれた古代の人が異国人の侵略を防ぐ際、カミカゼと言われる轟雷、強風、落雷に侵略者が為す術もなく散っていく物語。侵略される側の人はその降って湧いた天地の揺らめきを『カミカゼ』として讃え、語り継いだというものだった。
人ならざるものを【英雄】として讃えるその異質な文化に僕は酷く興味を持ち、極東にぜひ、行ってみたいという気持ちが芽生えた。
読み終わる頃には日もすっかり暮れ、今は夜空に星が瞬いている。
「あー、もう夜に、なっちゃった。夜ご飯、どう、しよっか」
「えと…その、アーディさんと、食べたいなって」
僕の答えに、両目を大きく見開く。その後、頬は紅に染まり少し口角を持ち上げる。
「そう、分かったよ」
アーディさんは目を細め、僕の手をぎゅっと握ってくる。僕も負けじと固く手を握り返す。
あぁ、あまりにも幸せで、静か。平和で美しい時間。こんな時は…そう、お母さんと2人暮らしてたあの時以来。
『僕は元来静かな方が好きなんだ』
そう、それまでの僕を形成していたのは九分九厘お母さんのため。お母さんとの平和な時間を一分一秒でも
だから、元々望んでいたものはお母さんのための英雄だった。だけど、今は違う。
ヘルメス様に導かれた
アストレア様に家族にしてもらった
リオンさんに恋をした
アリーゼさんが指針になってくれた
アーディさんと支え合った
この大切な出会いを僕はこれからへと繋いでいきたい。
ズット手を繋ぎあい、寄り添っていたい。
だから…だから僕は
大切な
英雄になると誓ったあの日とよく似た夜空。だけど、隣にいる人は違う。
それでも僕のやる事は変わらない。誓うことも変わらない。
再び重い決意を背負い、雁字搦めに胸に縛って僕は進むんだ。
なぜなら、それが冒険者になった理由だから
次回、アルフィアの苦悩