「くそっ!切っても切ってもキリないわね……」
髪色と同じ鮮血に塗れたアリーゼは口元を拭いながら剣を大地に突いて眼前を睨む。纏う血は全て敵の返り血であり、外傷はない。傷という傷は壁の崩落による目眩とふらつきだけ。そんな中で屍…とまでは行かないが、瀕死のアマゾネスの山を築いている。
「ええ…ここを襲撃して一体何が目的なのでしょうか」
こちらも血のついた刀の血をふるい落とす。美しい黄金色の髪は
人気の無い廃屋の密集地帯。そこで右にも左にも敵がいる中、石畳を血で染めあげる『作業』とも取れる戦闘を何度も繰り返していた。
「ほんっと…懲りないわねあんた達!」
このオラリオにおいて
アリーゼが敵を屠り続ける中、リオンはある事に気づき始めていた。
「間違いない……敵が、強くなってきている」
最初の襲撃者はレベル4程度だろう。しかし、そこから襲撃してきたのはレベル2と思われる雑兵集団。たんぽぽに息を吹きかけるかの如き作業で蹴散らしていき、そんな中で被害が抑えられる戦闘場所の誘導を巧みに行った………
その、つもりだった。
それならなぜ、こうも間断なく敵がやってくる?
なぜ、段階的に敵が強くなる?
なぜ、なぜ、なぜ
私達はなぜ、敵が私達に着いてくると思っていた?
気づいた時にはもう……手遅れだ。
全て遅すぎた。あまりにも間抜けだった。
歯車はどこから狂っていた?
聡明なアリーゼが急襲で思考力を刈り取られてから?
そもそも何故ソーマファミリア?
ただの生産系ファミリアに一体どんな理由があっての………
「まさか……まさか、そんな」
「リ、リオン?どうしたの?」
リオンの血の気が急速に引いていく。青ざめる彼女をアリーゼは案じるが、その声は届いていない。徐々に瞳孔が開き、カタカタと武器が、身体が震え、遂には地に膝をついてしまった。
ここで、アリーゼも違う異変に気づいていた。
「なんで攻めてこないのよ…?」
直前まで血気盛んに攻めてきていたアマゾネスの影は1つもない。リオンを心配する際に目線を切ったその瞬間にいなくなったとでも言うのか。
しかし、今はそんな事気にしている場合ではない。即座に死角になる場所を探し出し、そこにリオンを連れ込んでゆく。
「ねえ、リオン。ねえってば!一体どうしたって…言うのよ!」
「まさか……私達が、そんな、でも……神殺しなど、、いや、あいつらにとっては…7年前の……いや、そんなの…!!!!」
ダメだ。最悪の状況の時に出るリオンの錯乱の典型。
しかし、アリーゼも限界だった。敵との戦闘に一区切り着いたためだろう。細く脆い集中の糸はもう、限界を迎えていた。
「リ、オン?だいじょ……」
「…アリーゼ?アリーゼ!?」
揺れた脳は容赦なく切れかけの集中線を切断する。リオンが自分の世界から抜け出して声をかけても、鉛のように重いまぶたは一向に開かない。
アリーゼの頭から流れる血はそのまま頬を伝って、彼女を揺するリオンの膝元へポトリ、と落ちた。
その血を洗い落とすかのように曇天の空から雨が、タライをひっくり返したように落ちてくる。
開きかけた瞳孔そのままに、意識が無いアリーゼを背負ってリオンは天を仰ぎ、睨みつけた。
※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※
「あなたは誰なんですかっ……!!」
「それって答えなきゃいけないこと?」
「っ…!」
「そんなに殺気立たなくてもいーじゃん。別に取って食ったりしないよ?ただ、私はあなたの足止め役だもん」
突如現れた見知らぬアマゾネスの少女と相対するベル。彼は口車に乗せられ、いいように思考がぐちゃぐちゃに掻き回されていた。
しかし、戦闘に持ち込んでも勝てる見込みはない。彼女の足さばき、体の使い方、隙のない立ち回りなどと、どれをとっても自分より上であることが分かる。
「でも、僕はあなたを倒さなくちゃいけない。もう一度、聞きます。退いてくれますか?」
「やだね、私怒られるの嫌いだし」
その言葉が戦闘の引き金となった。先手を打ったのはベル。足元の土がめくり上がるほどの膂力を持ち、敵に猛然と切り掛る。
しかし、残念なことにベルの見立ては間違いなかった。常人から見たら目で追えぬベルの斬撃をあっさりと躱し、背を向けたベルへ回し蹴り一閃。
だが、ベルもタダでは転ばない。咄嗟に体を捻ってその足に小刀を突き刺す。受身を犠牲にした捨て身の戦法であるものの、敵の機動力を奪うことを目的としたベルは蹴られた勢いそのままに大地を転がってゆく。
「いったあ〜!!よくもやってくれたね!」
彼女はあろうことか足に突き刺さったナイフを抜き、それをベルに投げて寄こしてきた。
体勢が立て直せていないベルは避けられず、無情にも鋭利なナイフは右腕を貫通した。そのせいでベルは
「ぐあっ…!?」
金属のように硬い拳にベルの体は悲鳴をあげる。ドス黒い血反吐を吐き、最後の1発で血を撒き散らしながら石畳を転がっていった。
「足止めしとけって言われたけど、そんな必要あったかな?最初は結構やると思ったんだけど……これ見てると話になんないよ」
この一言はベルの心をドロリと抉った。常日頃から無力を嘆き、他者に甘えることのないよう、自らに重りを課して訓練に邁進していたベル。
しかし、強者と対峙によって少しずつ積み重なっていた自信や自己肯定感は、積み木が崩れるかの如くガラガラと音を立てて崩れ去った。
「う、う……うわあああああああああああぁぁぁ!!!!!!!!!!」
それを認めたくないベルは、がむしゃらに名も知らぬ相手へと特攻を仕掛けるが、カウンターを腹に食らってしまいその場で崩れ落ちる。
「怒りが自分を強くする〜、そんな事思っちゃったりした?残念、逆だよ、逆。
「うう…」
アマゾネスは可愛らしいその瞳でベルを一瞥した後、分かりやすいくらい不用意に背中を向ける。
「じゃね、またいつか、別の形で会えるといいね」
少し長めの髪をゆらゆらと揺らし立ち去る姿を、満身創痍のベルは薄目で見送ることしか出来ない。
それが悔しくて、辛くて、苦しくて……
彼女の影が完全に立ち消えた頃、ようやく母が持たせてくれた
よろよろと立ち上がり、転がっている長めの木を手に取って歩き出した。
血みどろの白兎は一旦体勢を立て直すため、
あまりにも凄惨な光景だった。
そして、血溜まりの中で佇む灰と赤銅、2人の影。その内の1人がゆらりと視界から消えてゆく。
ベルは駆け出した。自身の痛みをも顧みず、その輪の中に割って入っていった。
彼は、彼女らは何も知らずに動き出す
亡者に取り囲まれた祭殿を、マリオネットでゆらゆらと
しかし、異端がただ1人
異端が差し込まれ、マリオネットはちぎれ途絶える
全てを投げうち盲目に、狂い咲いては消えてゆく
そうだ、今から、さあ始めよう