爆音により扉が砕けた音がする。ベート・ローガの絶叫とも取れる叫び声によって辺りは、いや、世界が静寂に包まれた。
「どうされましたか?」
裏の調合室から出てきたアミッドは普段通りに対応しながらも、ただ事では無い事を感覚で察知していた。
「毒だ、毒にやられちまった!ありったけの毒薬、それにお前の手を借りたい!」
「恐れ入りますが、毒とはどのようなモンスターでしょうか」
「そんな悠長なこといってるひまはねえんだ!中層レベルの毒薬をありったけ、即刻だ!急げっ!」
声色、態度、声量。彼の一挙手一投足から感じ取れる緊張感を受け、アミッドは慌てて裏へ戻り、毒薬、
その一部始終を聞いていた2人、リューとアストレアは同時に顔を見合わせる。
「これって…」
「いや、まさか……しかし、タイミングが良すぎる。私達は上手く隠れ蓑にされたとしか思えません」
「リュー、行ってあげt」
「何言ってるんですか。アストレア様も分かってるはずです。私はもうここから離れられない。離れたら恐らくここにも魔の手が伸びてくることでしょう。……クソっ、してやられた!」
苛立ちを隠し切れず、ピキピキと自らのコップにヒビを入れてしまう。アストレアが止めるが、結局コップは割れて中からアストレアの髪色と同じ赤銅の液体が流れ落ちてくる。その液体はゆったりと机を伝い、角に差し掛かってポトリ、ポトリと儚げに落ちていった。
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それから数日が経った。回復したアリーゼとリオンが何とか仮の
その後、数日でアルフィアは回復。しかし、彼女の容態は以前より悪く、常に予断を許さない状況になってしまった。それもそのはず、ただでさえ病魔に蝕まれて虚弱になっているというのに、その原因となる魔法を乱発してしまったからだ。アミッドからは
「次、魔法を使ったら命は無いものと思ってください。長生きしたければ戦わない。これが第1条件ですからね」
しかしアルフィアは難色を示した。やはり皆が出払った時、息子の主神を守る役割を果たさなければならないという責務を負っていると思っているようだった。だが、その守るはずのアストレアの言葉が決め手になったようだった。
「アルフィア。あなた、ベルと約束したんでしょう?彼が英雄になるまでは見届けるって。それが元々残り少ない命であるなら尚更、自分の身体を大切にしなきゃ。最後まで最善を尽くして、限界まで頑張りましょうよ」
母は強し、でしょ?とあざとく、かつ真剣な瞳で言われたら頷かざるをえない。たとえそれが怪物すら恐れをなす【静寂】であっても。
だが、体の弱いアルフィアがいつもの調子に戻ってきたのに対し、元気ハツラツな息子のベルは起きなかった。眉の1つピクリとも動かさない。不気味なほど静かに、ベッドで寝息を立てている。まさに眠り姫、そういった様相だ。
ベルの髪色は狂乱状態の時から戻り、あいも変わらない美しくモフモフ、処女雪のような白髪だ。
ただ、
それは、ベルに流れる一線の川のようにある異質な前髪。その前髪は川とは言っても血の川だ。深紅のラインが1本、美しい白髪に引かれている。
ちなみにこの異常な前髪について、アリーゼは
「ふふん!姉である私に似たのね!流石はベル♪」
と、上機嫌。
しかし、アーディ、リオン、アストレア、アルフィアは流石に異常な現象に困惑の色を隠せておらず、特にアルフィアの動揺は凄まじかった。
家系的に病弱であり、彼女も彼女の妹も生まれつきの虚弱体質である。特にアルフィアの方は【才禍の怪物】と呼ばれ畏怖されたが、その体質が故にレベル7に甘んじ、戦闘でも制約がかかるという辛酸を舐めさせられていた。
そんな思いを息子同然、いや息子であるベルには味わって欲しくない。英雄になるという愛息子の夢を、病魔なんかで諦めさせたくない。
そんな思いでこれまで育ててきたアルフィアにとって、何日にも渡る昏睡状態と身体の異変は同様の種として十分すぎた。
そしてその時の光景は、アルフィアのかつてを知る者たちは
「あぁどうしよう…メーテリアに合わせる顔がない。オラリオに来てからなのか?もしそうなら空気の澄んでいる山にまた戻った方が……でも、ベルは聞かないかもしれん。しかし、病状が悪化したらっ…!!私はどうすればいいんだ、、、」
普段は閉じている瞳を見開きながら、焦り混乱してヨロヨロと机や椅子などに当たってなおベルのベッドの周りを歩き回っている。
そんな彼女を諌めようと必死になる家族たちだが、逆に悪化するばかりであった。
「アルフィアさん落ち着いて!」
「そうです!まだベルが病気だと決まった訳ではありません!」
「そうよ、ビシッとお母さんらしく構えてないと、ベルが起きた時不安がるでしょ?」
「しかし、ベルはこんなにもメーテリアと似通っているんだ。アストレアなら分かるだろう?私は不安で不安で仕方がないんだ」
何を言っても不安が増長されていくアルフィア。メーテリアと仲が良かったアストレアも何か思うところがあるらしく、少し物憂げな面持ちになる。
その後もアルフィアはワソワしっぱなしであり、何かをしていないと不安が紛れないと言ってもの凄いスピードで家事をこなしている。
「ねえ、病み上がりなんだから休んだら?料理くらい私がやるわよ」
アリーゼがこう言っても
「いや、大丈夫だ。それより皿を並べてくれ」
と言って作業を始める。アリーゼが言われた通りに皿を並べようとテーブルへ行っても、そこには整然と皿が並べられている。そう、頭の整理が追いつかないほどに、何も考えないようにするためにひたすら家事という重労働を延々としていたのだった。
そんな慌ただしい日々が数日間、ベルが眠りに落ちて1週間が経とうとした頃。
ベルの頬を照らすように木漏れ日が降り注ぐ朝。アルフィアが毎日ベルの容態を見るのは流石に負担が過ぎるとの事で、最近はアーディが泊まり込みでベルの様子を見ている。リオンとアリーゼは、何をするにも金銭が必要なので近頃は再びダンジョンへ潜っている。
新たな家で新たな生活を始めた彼女達とは異なり、少年の時は停滞している。
しかし、その停滞はなんの前触れもなく打ち破られる。
アルフィアがベルの食事を持って行こうとドアをノックし、いつも通り返事が無いのでガチャリ、銀色のドアノブに手をかけた時。
「……あい」
と微かな返事がドア越しに、確かにアルフィアの耳へと届いた。
左手に持った食器は床に落ち、料理はその場に飛散する。そんな事も意に介さずドアノブに手をかけ、はっきりと目覚めているベルを見て膝から崩れ落ちる。
「お母さん、おはよ!」
返事は無い。ただただ、アルフィアの瞳からは涙が溢れている。ベルは困惑した顔で、ベッドから降りようとするも力が入らず床に転げ落ちる。
「おかあ、さん?」
溢れんばかりの涙で床の木を濡らしているアルフィアの元に、ベルは這いずりながら向かう。1週間寝たきりなので付きかけていた筋肉はすっかり削ぎ落ち、痛々しく頬もこけている。
泣きすぎて目の前にいるベルの姿がぼやけている。ベルは困った顔をして、母の頬を流れる涙を拭う。
アルフィアはそんなベルを優しく、もう離さないようにギュッと抱きしめる。
ベルは気恥ずかしそうに、それでも満面の笑みを浮かべて母親の温もりに体を預ける。母親から抱きしめられるといった事は、実は彼女が恥ずかしがってあまりされたことは無い。そのような些細なことですらベルは思い出して嬉しくなり、もっともっとと体を押し付ける。アルフィアはそれを拒むことはなく、やさしく受け入れる。
「ベル、よく頑張ったな」
「うん……」
「私のために、格上に怖気付くことなく戦ってくれたらしいな」
「えへへ…」
「ベル………」
「おかえり」
「お母さん」
「ただいまっ!」
窓からのすきま風に雪の髪と灰の髪が仲良く揺らり、風に流された。
しかし、不気味な血の髪はなびくことは無く、その場に留まり続ける。
確かに、2人は本物の母と子ではない。だが、紛うことなき【親子】であることに変わりはない。
それは、優しさ、厳しさ、戦闘スタイルにもよく現れている。
そして、病が流れる忌み血を受け継ぐ子であることも、また確かなのであった………