目の前が真っ暗になった。理想は血に塗れた真紅の花を咲かせ、虚しくも儚げに散っていった。
抜け先の見えないトンネル……いや、ようやく探し出した光溢れる出口が瓦礫の山に塞がれてしまった。眼前の景色がこの世のものでないような気がした。自分の世界が音を立てて崩壊し始めた。
何度も私を救ってくれた愛しい息子の顔にも、笑顔は無い。あるのは開きかけた瞳孔に呆然とし、見るのも辛くなるような表情だけ。
その悲しげな顔で見上げてくるその様は、痛々しすぎて見てられない。それでもしっかりとその顔を、助けを求める眼差しを母親として受け止める。
それでもそこから発せられるちぎれかけの言葉に、私は目を背けざるをえなかった。
「ぼく……英雄に、なれるよね?」
私は言葉に詰まり、一瞬。ほんの一瞬だけ目を逸らしてしまった。その行為があまりにも罪深く感じられて、私はいつの間にか、何も言わずベルを抱き締めていた。
ベルは私の胸に顔を埋めて静かに涙を流す。その涙は私の心を透過し、罪悪感で胸が貫かれる。ただただ辛いという嘆きと苦悩の涙。ここまで自らの血脈を呪うことは後にも先にも無いだろう……
※※※
ベルは少しのリハビリ期間を終えて復活、さらにステイタス更新でレベルが2に上がった。これは剣姫、アイズ・ヴァレンシュタインを超えて史上最速。小さな白兎として老若男女問わず愛玩動物的な存在として人気、知名度があったベルの人気はさらに加速していくことになった。幸か不幸か、大派閥は遠征、他の派閥は避難していたりであの狂気じみた姿は見られなかった。因縁をつけるような輩もいるにはいたが、私が手刀で手っ取り早く落としていたらいつの間にかいなくなっていた。
ある日の午後。太陽は大地を焦がそうと躍起になって私たちを遥か高みから照らしつけ、風は勢いに押されなりを潜めた灼熱の日だった。
そんな中で一応病人の私が外に出るのはリスクが高い。との事で今日は新しい
「本当に柔らかくなったのだな」
「そうねえ。メーテリアから聞いた話だともう少し寡黙で、ツンケンしてる感じを想像してたのよ」
「間違ってはないが、所詮過去の話だ。ベルの存在が私をいつの間にか変えてくれていた」
「親バカはここに極まっているな」
「馬鹿言え、お前も人のこと言えないだろうに」
「む……そうでも無いぞ、私は」
「この前どこに行ったのかを言わなかっただけで右往左往していたあなたには言えないわよ」
「なっ…!どこからその事を!?」
「ふふ♪」
などと、大抵はくだらない事を延々と話している。会話そのものに不思議と以前のような嫌悪感が無いのもあの子のおかげなのだろうな。
「それはそうとお前の愛息子は今日どこへ行っているんだ?ダンジョンでは無いのだろう?」
「ああ、それはだな……」
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さざ波のように穏やかに揺れる草原。のどかな風景に似合わない灼熱の日を照らす太陽。しかし、そんな中でもお構いなくはしゃぎ倒す歳不相応の白兎。それを庭に立てたパラソルから和やかに見る3人の乙女たち。
「元気ね〜」
「そうですね」
「楽しそうだな。何も無いのにはしゃげるなんて凄いや」
訂正。和やかでは無かった。揃いも揃って暑さにやられてノックアウトしている。
「よしっ!私も行くわ!あんた達2人も早く来なさい!」
前言撤回、1人はすこぶる元気だった。アリーゼである。燃えたぎる赤い髪にメラメラと闘志を燃やす
「私は体力が追いつかないよ〜」
「日焼けは嫌ですから遠慮します」
「ちぇー、連れないわね」
唇を尖らせてブーブー言うアリーゼを後目に、2人はお茶会を再開していく。
「改めて、わざわ、ざこんなとこまで来てくれて、ありがとうね」
「いえいえ。大変だった時にベルやアルフィアさんの面倒を見てもらったから。お礼に来るのは当然だ」
「ほとんどベルに、しか構ってなかったし、言われるほどのことはしてないよ」
謙遜しつつも頬を赤らめる乙女アーディ。目の前にいるリオンはおろか、遠目でそれを見たベルですら硬直させる華やかさ、可愛さを発揮している。恋する乙女とは末恐ろしいものである。それが容姿端麗なアーディとなれば尚更だ。
「そう言えば、あの日からだいぶ喋りがたどたどしく無くなってきた」
「そうね。やっぱりこのま、まだと、これからの生活、に、不便かなって思って。これで、も頑張って治るよう練習してるのよ。ベルもたま、に、来てくれるからね」
アーディと出会った日からベルがオフの日にオラリオから頻繁に居なくなるのは門番をメインで行っているハシャーナから聞いていた。どうしてだろうと思っていたが、まさかそういうことだったとは。リオンは知らない所で友人を攻略していっている弟の無自覚な強かさにに少しの恐怖を覚える。
して、改めてアーディの姿形をまじまじと見つめる。
腰の少し上まで伸びた銀糸で編まれた、清潔感のある髪
丸い大きな瞳、特に義眼である色の違う
傷を負って右側がツギハギの顔になってもなお全体的にあどけない可愛さが残る顔
痩せすぎではないかと思うくらいに引き締まった腰と、それに反比例して強調される形が良く、豊満な双丘
右腕と右脚の義手義足ですらも、今のアーディからしたら長袖ファッションを際立たせるチャームポイントだ
料理や掃除、家事全般をテキパキこなせて気遣いもできる女子力
性格も以前の明るさと穏やかさが戻ってきている。少々独占欲は強くなっているが、それも愛らしさを際立たせるギャップとして武器になっている
「なに?リオン。まじまじと見つめられると凄く恥ずかしいんだけど……」
ほら、照れ顔も天使そのものだ。
方や私はどうか。不安に思って改めて自分を見つめ直してみる。
ひとたび髪をなびかせればふわりと柔らかい質感を表す金髪
エルフであることを象徴するピンと立った耳
遥か遠くの大海を思わせる
細く引き締まった身体
…………それ相応な、谷間も出来ないほどの控えめな胸。
料理はあのアリーゼにすら止められるくらい下手で、戦うこと以外はロクにやれたもんじゃない。
性格も自他ともに認める超潔癖
「どうしてっ!」
「ひゃあっ!?」
私は思いっきり頭をテーブルに打ち付ける。額がじんじんと痛む。辛い。
「ど、どうしたのリオン!?冷やせるもの持ってこようか??」
「だ、大丈夫…。現実の非情さをこの身で受け止めただけだ」
「?まあ、大丈夫なら良いんだけど……この木、結構硬いから一応氷持ってくるね」
「あ、うん。恩に着る」
「はーい」
アーディが氷を持って来る間に私は改めて考えてみる。そうだ、エルフは総じてみな控えめで潔癖では無いか。そうだそうだ、私の考えすぎ。だってあの
「あれ?」
いや、あのお方は別格だ。全てが揃った完璧なお方。故にハイエルフなのだ。
他のエルフ、例えば同じロキファミリアの同胞、アリシアやポンコツと名高いレフィーヤ………
あれ?えっ?
「ねえリオン、ねえってば!」
リオンは思考回路がショートして全く応答しない。あまり時間を置いておくのも悪化させるだけなので、無許可で氷の入った袋を遠慮なく患部に当てる。
「やあっ!???」
「あ、良かった。復活した」
「あ、アーディ……こういう時は声を掛けて欲しい」
「声掛けたよ。全然気づいてなかったけど。なに、悩み事?もしかして……好きな人出来た?」
「いや、そんなものは生まれてこの方いたことは無いが……悩み事といえば、間違いなく悩み事だ」
「なになに?私に出来ることなら相談にのるよ?」
「では……むねg「アーディ!リオン!後ろ後ろ!!」
いつになく切羽詰まった表情でこちらへ向かってくるアリーゼとベル。
戦闘感の鈍ったアーディと絶賛混乱中のリオンが背後の存在に気づけるはずもなかった。大きく白い影がゆらりと2人を覆った時、初めて彼女たちは後ろを振り向く。
「いっ、いや……いやあ」
力なく声を出すアーディと、考え事で脳内が溢れ、すぐさま動けなかったリオン。
そんな2人の背後から聞こえるのは、場違いにも美しく清らかに澄んだ鐘の音。聞いたことがあるその音の名は……
「
突然口から血を吐き出し、そのまま地に伏せた。白い毛先は風に揺れ、虚しく移ろうのみ。
その直後に紅い鞘から剣が抜かれ、対面する猛獣をあっさりと切り捨て、魔石を踏み潰して砕く。
灰となり消えゆく怪物と、膝を地につき真っ赤な吐瀉物を淀みのない緑の絨毯に吐き散らす少年。
瞳には有り得ない、傷を負った訳では無いのにと、そのほかの可能性に考えが全く及んでいかない。わけも分からないまま思考が引っ掻き回され、瓦解していく。
胸が苦しい。今まで味わったことがない苦痛。体の内側から蝕まれていく感覚に抗うことも出来ず、再び血を吐く。それが契機となり、大切に握りしめた意識をあっさりと手放した。
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ア
………
キチャ ………ドレナク…ル
ア タ …………メ
テ
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意識が覚醒したのは何度目か分からない、馴染みのある部屋。なるべくここには来たくなかった。苦手な薬剤の香りが仄かに鼻腔をくすぐる。それが嫌で嫌で、匂いから逃げようと瞼を微かに持ち上げると湿った声が聞こえてきた。
「起きた!起きましたよお義母さん!」
「む……まだお義母さんと呼ばれる筋合いは無いがな。寝ずの番、感謝する」
「良いんですよ。どうせ私は暇ですし、いいように使ってください。お義母さんは病み上がりなんですからこういうのは元気な私に任せて!」
振り返りざまの銀色の髪が靡いて僕の鼻腔を再び撫でる。苦手な香りが一転、大好きな甘い香りに包まれて気持ちが高揚する。
僕が起きたのを報告しに行くのだろうか。しかし、もう少しここにいて欲しいから引き留めようと声をかけようとするも、身体は言うことを聞かない。口が上手く開けないのだ。
「ん…んっ、あっ、うあ。おあああん」
「どうしたベル。何か食べたいか?林檎ならあるぞ」
「ん」
「そうか。少し待ってろ、今皮を剥いてやる」
そう言って手際よく林檎の皮を剥いていく。と、皮を半分剥き終えたところでそれを打ち止めして、もう半分は僕の好きな兎の形にしてくれる。小さい頃はからかいの種だったから兎は嫌いだったけど、今は好きだ。アイディンティティとしてちゃんと僕の中に息づいている気がする。
「はい、口を開けろ」
流石にこの歳での子供扱いは恥ずかしすぎる。顔に熱が昇っていくのを感じていく。
「ほーら、早く開けろ」
お母さんは早く食えとばかりに林檎をぐりぐりと頬に押し付けてくる。
観念して、何とかどうにか口を開く。
久しぶりに食べた林檎は、噛む度に甘さが口の中にじんわり広がっていく。喉が潤ったからか、言葉が上手く紡げるようになってきた。その時に扉がギィ、と立て付けの悪い嫌な音を出して開かれる。
入ってきた彼女は