静寂を纏う白兎の狂奏曲   作:あルプ

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いつの間にかお気に入りが200件突破してました!本当ににありがとうございます!


6. 始まりは鐘の音色と共に

ここはオラリオ…ではなく、似ても似つかぬ森林の奥地。木漏れ日が観衆集まるステージのようにとある一点に降り注いでいる。光の先にはダンジョンさながらにモンスターに囲まれ怯える1匹の白兎が。

 

「どっ、どうしてこうなったんだろ…」

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

時は過ぎて13歳になった年の冬。寒さもだいぶ厳しくなってきた。寒さの影響からか、お母さんはこの時期に必ずと言っていいほど体調を崩す。今年も例に漏れず、病弱の母の身体を寒さは確実に蝕んでゆく。ああ、冬なんて無くなればいいのに。

でもお母さんの前では禁句だ。僕が冬が嫌いなこと、その理由を告げた時、いつも通りのゲンコツは降ってこなかった。みあげると、お母さんはただ悲しい顔をして僕を見ているだけだった。1()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それ以来、冬が嫌いな素振りをするのはやめた。

 

そんなわけで、今日も外へ出て何か面白いものを探す。お母さんも

 

「私が外に出れない分、お前がたくさん色んなものを見つけてきてくれ。楽しみにしている」

 

って言ったから。昨日は冬眠中の虫、一昨日は冬ごもり中クマの親子を見た。その前には悠々と走り回る小鹿。さあ、今日は何が見れるんだろう。

 

僕は近くの木々を探したり、畑をひっくり返して覗き込んだりしてみた。はぁ…夏なら、お母さんが近くにいるのに。だんだん気分が沈んでくる。

その時だった。お母さんやおじいちゃんに教えてもらったことのない蝶々が飛んできた。羽は僕の大好きな灰色。でも身体は炎みたいに真っ赤。凄くワクワクして来て、その蝶々に見惚れながらついて行った。

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

蝶々は瞬く間にあちらへ、こちらへと飛んで行く。僕は捕まえようと、ぴょんぴょんと飛んでみるが、いかんせん背が低すぎる。13歳のはずなのに、お母さんに抱っこされても全く違和感のない小ささらしい。こればかりはどうしようもなく、成長期になるのを待つしかないと聞いた時は愕然とした。僕にとっては不服でしかないが、お母さんはこれはこれで可愛いと頭を撫でてくれるのは…嬉しいんだけど、なんともむずがゆいものもある。

 

僕は可愛いじゃなくて、かっこいいと言って欲しいのにな…

 

お母さんにとってはそんな男心は露知らず…なんだろうな。なんか悔しいけど。

 

己の身長に対する愚痴を吐きつつ、蝶々を追いかけてどのくらい経っただろうか。

いつの間にか知ってる風景では無くなっていて、知らない、見たことも無い木々が立ち並んでいた。これは…もしかして

 

「遭難…した?」

 

答えとばかりに寂しげな木枯らしが僕を襲う。僕は突然の事に尻もちをつく。そしてその場に座り込む。

どうしよう、これは絶対に遭難だ。お母さんは病気だし、いつも見つけてくれるおじいちゃんもここにはいない。助けてくれる宛てが、文字通り何も無い。そう思うと、不安が形になって現れそうになる。僕はそれを必死に我慢して、遭難した時の対処法を思い出す。

 

「えっと…まずは川の音を聞く」

 

何も聞こえない。川のせせらぎは吹き荒れる木枯らしの音に攫われている。

 

「あとは…高いところに行く」

 

渡りを見渡すも、ここは山の中。そんなに都合良く小高い所があるわけが無い。木に登るしかないかあ…

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

「よいしょっと」

 

小柄な体躯を活かしてスイスイと木を登り、辺りを見渡す。

うん、わっかんない。同じくらいの木しか無いから当たり前だけど!何となく気づいてたけど!

気落ちして木から降りようとした時、何か異様な音が聞こえた。山崩れ、クマ、イノシシでは無い。意図的に目的を持った破壊音に、僕は少し気分が上向いた。

 

もしかしたら、助けに来てくれたのかも

 

そんな淡い希望を持って音の鳴るほうへと急ぐ。木を降り、草むらをかき分け、獣道を進んで、遂に辿り着いた。間違いなく人影だ。しかし、背丈は僕と同じくらい。オラリオで見た小人(パルゥム)よりは大きいかな。

 

「あの〜、すいません。ここってど…こ…」

 

話しかけてもこちらを振り向くだけで返事はない。否、返事が返ってくる訳が無いのだ。

 

肌は深い緑色。その身体は人間と違って毛というものがほとんど無い。瞳は真白であり、生気を感じさせない。ゴゥ、ヴェ、アガァなど言葉とは到底思えない呻き声で意思疎通をしている。手には棍棒を持っており、僕なんて一撃喰らったら呆気なく死んでしまうだろう。

 

そう、僕が救いの民だと思って話しかけたのは、絶望を運ぶ使者(ゴブリン)だった。

 

「えっ…あぁ…その、じゃあ、僕はこれで」

 

完全に僕の事を認識していたゴブリン。僕はそいつらから一目散に逃げる。

死にたくない、ただその一心で。

僕は走る。木の枝でズボンは破れ、服は汚れ、手や顔からは血が滲む。痛みなんて気にしてられない。後ろからいつまでも明確な殺気が追いかけてくる。が、一瞬殺気が消えた。僕はその隙を見逃さず、全力で走った。

 

それが()()()()()になろうとは、()()()()()()()()()()のだから

 

ゴブリンが姿を消した理由、それはたった一つだけ。生物界においての基本原理。弱肉強食の世の中においての鉄則。この世の理。ゴブリンはこれらを忠実に体現しただけに過ぎない。そう、

 

()()()()()()()()()()()()

 

ただこれだけの、しかし十分すぎる理由だ。

 

僕は振り向き、ゴブリンが居ないことを確認して一息つく間もなく、後ろからとてつもない衝撃に襲われた。背骨の砕けた音が自分の耳に伝わり、肺を貫く。口から吐き出すのは僕の瞳と同じ色の、淀みのない真っ赤な血。

 

「コヒュー…ヒ、ヒュー」

 

言葉が、いや、音が出ない。血走る目を後ろに向ける。

 

そこに…()()はいた。

 

 

 

 

 

それは、少年にとっての【悪】の象徴であり、ちょっとした【羨望】の対象でもあった。原点はもちろん、始源の英雄アルゴノゥト。神の恩恵(ファルナ)すらない、神時代以前の物語。英雄になるなどと語った大言壮語甚だしい1人の【道化】が、数多もの【喜劇】を重ねてなし崩し的に諸悪の根源を討伐し、王女を救う。そんな物語。

このアルゴノゥトの【悪】こそまさに、目の前で僕を見下ろす怪物。牛のような顔立ちに、雄々しくそびえる二対の角。筋骨隆々の出で立ちで、万物を握りつぶさんとするその拳に、僕は吹き飛ばされたのだと気づく。

 

そう…少年にとっての【恐怖の象徴】であるその名は、

 

ミノタウロス

 

いつか勝てると良いなあと思ってた。そんな淡い期待があっさり打ち砕かれるくらいに、その存在は随分と大きなものだった。

 

「あっ…あぁ…」

 

さっきからまともに息ができない。嫌だ嫌だ、まだ死ねない。お母さんと、まだやりたいことは山ほどあるんだ。灰色の蝶々をプレゼントしたり、一緒に遊んだり、お母さんのご飯だってまだまだ食べたい。そのうちオラリオに行って……ザル、ドおじさ…んと、の。ヤクソク、、、果たさな…きゃ、

 

 

「英雄じゃなくても良い。誰かを導かなくても、それでいい。100を救う前に、お前はお母さんという1を、大切な存在を守り通せる男になれ」

 

 

少年の脳裏に、約束の言葉が鐘のように響き渡った

 

 

地面を這いずり、血反吐を吐き、土を掴み…少年は立ち上がった。ミノタウロスは一瞬、ほんの一瞬だけ怯えるように鼻を鳴らした。

 

呼吸は荒い。と言うよりは、もう虫の息だ。小刻みに何度も何度も酸素を求め、ヒューヒューと体内から抜けていく分を補おうとする。怖い、怖いけど、ここで逃げたら英雄なんてな乗れない。おじさんが遺してくれた覚悟、神様が遺してくれた愛、おじいちゃんが残していった憧れ。そして、お母さんを守ることができるようになるため……僕は()()に対峙する。

 

 

 

 

ミノタウロスは瞬時に自分が有利であると判断した。相対するのは敵ではない。ただの食糧。しかも少し掠めた程度の一撃で既に瀕死だ。まさに格好の獲物。状況も、鳥籠の鳥。否、檻に入れられた白兎と言ったところか。ならば話は早い。作業のように殺し、喰らうまで。

ミノタウロスは躊躇いなく、拳を振り上げた。

 

 

 

「ヴモッ…?」

 

 

 

その拳は間違いなく少年を捉えていた。しかし、対象は忽然と姿を消している。

次の瞬間、ミノタウロスの意識は刈り取られた。最期に見たのは自分の胴体(からだ)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…間に合った。よかった、本当に良かった」

 

突如としてベルを救い出したのは、灰色の髪に女神すら戦慄するその美貌を持つ、ベルの母親だった。

アルフィアは慌ててポーチに入ったハイ・ポーションをベルに飲ませる。

 

「何とか…今度は、間に合った」

 

しかし予断は許されない。ミノタウロスは何とかなるとして、ベルが持つかどうか。ポーションを飲ませたから余程大丈夫だと判断できるも、呼吸の音からして肺に穴が空いている事は疑いようが無い。

 

即座に反転して刹那の内にミノタウロスを殺し、そのまま家へ一直線に走っていった。

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

僕は暗闇の中を歩いていた。どこまでも続く終わりの見えない黒の迷宮(ラビリンス)。感覚も何も無い、そんな空間で出口を捜し求めてただひたすらに進む。

 

その時だった。ある方向から光が差し込んで来た。暖かく安心する、どこか懐かしい包容力がある光。僕はその光を追いかけて、必死に走った。転んでも這って進んだ。

 

 

 

 

 

 

「ん…お、おかあ…さん?」

 

気づけばそこはいつもの家の、僕のベッドだった。ゆっくりと体を起こした時、お母さんが濡らしたタオルを持って扉を開け、僕のことを認識するや否や、飛んで来て抱きついてきた。

 

「ベルっ、良かった…良かった!夢じゃないんだな。本当に、…心配かけて。ほんとう、ほんと…に」

 

途中から嗚咽混じりに、矢継ぎ早に僕へ言葉を投げかける。僕は泣いた。心配させてしまったこと。ここまでお母さんを、守るべき人を追い込んでしまったこと。お母さんの心労は顔からも見て取れた。

灰色の整えられた綺麗な髪は無造作に後ろで纏められているだけ。いつもは閉じている瞳は見開かれ、充血している。頬には涙の跡がくっきり残っており、肌色も悪い。口元からは、絶えず血が流れている。当たり前だ。僕を助けに、体調の悪い中寒空の下を駆けて来たのだから。

 

もう、泣くしかなかった。

 

「お母さん、おかあさん、ごめ、ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

お母さんの胸に顔を埋めて、大声で泣いてしまう。お母さんを泣かせてしまった罪悪感が、形になって流れ落ちていく。流しても流しても出てくる涙の止め方を、僕は知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は今日、新たな決意をした

 

その道のりは果てしなく、下り坂なんてものは無い

 

少したりとも妥協など許されない、茨の道

 

それでも、僕は進む

 

憧れの人(ザルドおじさん)との誓いを果たすため

 

大切な人(お母さん)を守るため

 

 

 

 

 

 

 

「お母さん…ぼく、英雄の生まれる街(オラリオ)英雄候補(冒険者)になる」

 

 

 

 

 

お母さんやザルドおじさんが夢見た英雄に、僕はなってみせる

 

 

 

 

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