14歳の春、僕は初めてオラリオの地に足を踏み入れた。お墓参りの場所としてでは無く、冒険者の街としてのオラリオへ。
そう考えるだけで胸に込み上げてくる何かがある。小さい頃から抱き続けてきた淡い希望。その一歩を踏み出した感慨で目頭が熱くなる。
僕が上機嫌なのはもう1つ理由がある。それは…
「凄く楽しみだよ、
お母さんが共にいることだ。
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英雄になると、お母さんに面と向かって宣言した日。お母さんは涙を流して喜んでくれた。その後、オラリオへ行くにあたっての話を聞かされている時にお母さんの話ぶりに違和感があった。
「お母さん、何で…何で、僕一人だけで行く口振りなの?」
お母さんは少し黙った。その後にこう続けた。「私など、いたところで邪魔になるだけだ」「病人を抱えて進めるほどお前の進む道は平坦なものでは無い」と。
僕はそれを全力で否定した。お母さんの病状はミノタウロスの一件以来悪化の一途を辿っている。もう先は短いのかもしれない。それなのに、お母さんをこの何も無い、閑散とした山奥で孤独にするなんて考えられなかった。
第一、僕が最初に守ると誓ったのはお母さんだ。これが出来なくて、何が英雄か。
気づいた時には勝手に口が動いていた。
「僕は英雄になりたい。でも、それ以上にお母さんと離れるのは嫌だ!」
「お母さんがここに残るってことは、僕が知らない間に…その…もしかしたら、し、死んじゃうかもしれない。そうなったら僕は
目を腫らしながら訴える僕の我儘に、お母さんは優しく応えてくれた。
お母さんのその時の笑顔を、僕は一生忘れない。
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僕が冒険者になるためにしなければならないこと、それはギルドへ行くことだった。ギルドと言えば冒険者が集まる、僕にとっての憧れの場所の一つだ。
僕は期待に胸を膨らませ、ギルドの扉を開く。
そこに居たのは筋骨隆々の戦士たち。線の細いエルフに屈強なドワーフ、僕より小さいのに凄く存在感がある
あちこちに目を移していると、お母さんに溜息と共に引きずられる。引きずられた先は、受付。
そう、受付だ。男が憧れるギルドの受付。チラッと見ても、仕事をしたり応対する人は皆揃って美人。しかも冠言葉に「絶世の」がついてもおかしくない。スタイルも抜群で、制服越しからでもわかる胸あたりの膨らみに目を奪われてしまう。
案の定ゲンコツが降ってきた。痛い。
その後、近くのエルフ、いや、ハーフエルフの職員の人に声をかけた。他意は無いです。いや、本当に。だからお母さん、そんな目で見ないで!
僕の怯えは露知らず、お母さんとそのギルド職員、エイナ・チュールさんは淡々と話を続けて行く。途中、笑い声が聞こえたけど、あんまり気にしないようにする。っていうか、少し遠くにいた金髪のエルフに目を奪われていた。
話が終わったらしく、僕は何故か笑いを堪えるチュールさんからオラリオの探査系ファミリアのリストを受け取って、ギルドの外へ出た。
「お母さん、チュールさんは何であんなに笑ってたの?」
「いや、何でもない。いずれ分かるさ」
本当になんだったのだろう…
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僕は宿屋を探すと言ったお母さんと別れ、所属するファミリアを探す。しかし、そこに待っていたのは過酷な現実だった。
「この小ささでヒューマン?冒険者舐めるのも大概にしろ!」
「見るからに軟弱そうなのよね…悪いけど他を当ってくれる?」
「話だけなら聞くよ」
「玩具になるんなら入ってもいいけど。どうする?」
「金はあんのかよ、金」
探査系ファミリアを回ってみるが、ロクな答えが帰ってこない。大抵は罵倒を言われて返される。軟弱、ひ弱、チビ。何度言われただろう…僕だって、好きで小さいわけじゃないのに。
そして、極めつけはこれだった。
「君は以前、どこかのファミリアに入ってたことがあるのかい?」
「えっと…小さい頃、エレボスファミリアに…?」
瞬間、優しかった青年の顔が豹変した。怒りを噛み殺し、自制を、理性を総動員させてベルへ告げる。
「帰ってくれ。二度と俺たちの前に…いや、この街に足を踏み入れるな。命が惜しいならな」
あっという間に噂は広まった。元エレボスファミリアの少年が、冒険者になるために街を歩き回っていると。
それだけで僕は石を投げられ、道行く冒険者に胸ぐらを掴まれてボコボコにされた。
今日一日はそれで終わり。待ち合わせ場所に着いた時のボロボロになった僕の姿を見たお母さんは驚き、その後に激しい怒りを顔に滲ませた。
「ベル…これをやった奴等を始末しに行く。いや、生爪一枚一枚丁寧にじっくりと剥がす方が良いか?死なない箇所を順繰りに抉っていくのも良いな…」
「お母さんそれはダメ!犯罪者で牢屋に入れられて二度と会えなくなる!」
「私を捕えられる者などこのオラリオにはおらぬわ!」
「まって、まってってば!」
止めなきゃ本当に行きそうなくらい怒っている。僕は憤怒するお母さんをひたすら宥め、歩を進めるお母さんにしがみついて大丈夫だからと説得する他無かった。
今日は色々疲れて、日も暮れないうちにそのままぐっすり眠ってしまった。
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チュンチュンチュン
目蓋越しに朝日が差し込んで、僕は目覚める。
「ん…」
「起きたか、ベル。朝ごはんを食べたら早く階下に行け。人を待たせている」
人を待たせている?僕の交友関係は、生きている人ではお母さん、おじいちゃんしかいないはずだけど…
寝ぼけた思考でヨタヨタ椅子に座り、朝ごはんを食べる。今日の朝ごはんは極東のコメというものらしい。ガリガリしてて食べにくかった。
早めにご飯を食べ終えて階下へ急ぐ。そこにはいたのは、名も知らぬ男神が1柱に女性が1人。男神の方は少しウェーブがかかっている鈍い黄金色の髪に吟遊詩人然としたハット帽を被っている。服もどこか旅人のような出で立ちだが、どこか知っている雰囲気の持ち主。
女性の方は空色の髪に整った顔立ちをしている。ここではあまり見かけない眼鏡が知的さを醸し出してとても似合っている。白いマントを羽織り、いかにも冒険者と言った出で立ち。でも、どこか疲れきっている雰囲気だ。
「やあやあ!君が、ベル・クラネルだね? 俺はヘルメス。今後ともよろしく頼むよ」
やけにフランクな口調なので、僕は少し怯えてしまう。1歩後ずさり、
「よ、よろしく、お願いします…」
と消え入るような声の挨拶になってしまう。
「アデキュ!」
「すまないな。ベルはあまり人に慣れていない。無礼があるだろうが許してやってくれ」
ゲンコツが降ってきた。痛い。
「ヘルメス様、時間も押してますし、早くしてください」
アスフィと呼ばれた青髪の女性は、かなり焦った表情で主神を急かしている。
「おおっと、ごめんよアスフィ。じゃあ、早速だけど君のファミリアに連れて行こう」
僕は自分の耳を疑う。ファミリア?僕の?
「えっと…それはどういう」
「悪いですけど、細かいことは後にしてください。正直なところ、今は一刻の猶予も無いんです」
何やら切羽詰まった状況らしい。
「そうそう、あと10分でここを発つから。裏でファルガー達も待ってる」
何がなにやらわからぬままに僕はお母さんに引きずられて支度をして、宿屋を離れた。
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