9. 憧れの場所へ
「ベル、起きなさい!ギルドへ行くわよ!」
朝、まだいつもなら寝ている時間にバタンっ、と扉を開けて元気ハツラツな声が聞こえてくる。もちろん声の主は僕のファミリアの団長、アリーゼさん。
「着替えて食べて用意して!ほら、早く早く!」
「んみゃあ!?」
いきなり近寄ってきたかと思えば、いきなり服を脱がされそのまま新しい服に着替えさせられる。赤を基調とした普通の服で、袖口や襟などにはお洒落にピンクのラインが入っている至って普通の服だ。
…ちょっと女の子っぽいけど
「下はここに置いておくわね。早くしないと私が全部食べちゃうわよ?」
そう言って嵐のように去っていったアリーゼさんをポカンとしつつ見送り、渡された服を見た。
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「アリーゼさーん!なんですかこれ!」
ドタドタドタと階段を駆け下りて一言。ベルが着ている服は、どちらかと言えば女の子らしい可愛い服装だった。上は先程着せられた服。色合い的に女の子らしいと言えばらしいのだが、問題は下の方だった。
そもそもズボンだと思っていたものはスカートであり、それも白いレースが装飾としてあしらわれているようなものである。
それでもベルが着ている理由としては、ベルが服を持っていないから。これに尽きるだろう。
「似合ってるわよベル!ちなみにそれ、私のお古だから!」
「お、お古ぅ!?い、嫌ですよ!なんで女装なんですか!」
「嫌なんだーあーそーなんだー」
「あ、いや、そんな、アリーゼさんのお古が嫌という訳ではなくて」
「じゃあそれ着て行ってくれるのね!」
「なんでそうなるんですか!」
「はぁ…だから言ったじゃないですか。やはり男の子らしいものが良いって」
リオンさんが呆れながら取り出したのは、エルフが来ているような肌を覆う衣装。僕は大切に受け取ってタタタタッと階段をかけ登った。
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「リオンさーん!」
ドタドタドタと再び階段を駆け降りる音。皆が注意を向けるとそこには上はアリーゼの物、下は…今にもずり落ちそうなリオンがあげたと思わしき狩人風の衣服。
「リオンさん、サイズが合わないです!」
「ブフッ!」
「なっ…って、アリーゼ!何笑ってるのですか!」
思わず吹き出すアリーゼ。リオンは顔を真っ赤にしている。
必至にズボンを持ち上げているベルは、涙目で母親に無言の訴えをする。
「……はぁ。分かったから。そんな顔しなくても、後で調節してやるから。とりあえず飯を食え」
「あ、ありがとう!」
たちまち機嫌が治るベル。扱いやすいことこの上ない。
とてとてとてと椅子に座って、朝ごはんを食べ始めるベル。
自分のズボンが脱げている事を知らずに食事をしていたベルは、その後直された物を受け取る時に気が付き、再び羞恥で顔を赤く染めるのだった。
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昼間の太陽が路面を焦がすように照りつける中、ギルドへの道を歩く3人。頭1つ分小さい少年は他2人に両手をしっかり掴まれており、すっかり落ち込んだ様子。だが、仮にも美少女2人に手を掴まれてるわけである。道行く人々から良くも悪くも視線を集めている。大部分は嫉妬の眼差しではあるが。
「リオンさん。そろそろ離してくれませんか…?」
「ダメです」
勇気を振り絞ったお願いも、ピシャリと拒絶されてしまう。
「アリーゼさん!」
「流石にダメ〜」
うっ…目が笑ってない。不自然に口角が上がってる分、より怖い。
何があったのか。端的に言ってしまえば、僕が迷子になって襲われて裏路地に隠れた僕をアリーゼさん達はひたすら探す羽目になってしまったという感じだ……本当に、申し訳ない。結果、朝イチで出発したのに昼になってしまったという訳だ。
「ベル。今まで見た事ない冒険者の施設が沢山あるからってちょこまか走り回っちゃダメ。しかもベルはちっちゃいんだから。探すのに苦労するのよ?」
何気ない『小さい』言葉が僕の心に突き刺さる。
「うっ…ご、ごめんなさい」
「うん、いいわ。でも、悪いけどダンジョンに潜るのはまた今度ね。ギルドの手続きって割と時間かかるのよ」
「ふぁい……」
物凄い落ち込みようのベル。心無しか無いはずの兎耳がペタン、と垂れてるようにみえる。
「しょぼくれててもしょうがないですよ。ほら、もう着きます」
いつの間にか目の前にはギルドが。開かれたドアから中へ入ると、一斉に冒険者達の注目が集まった。リオンさんが
「何度来ても居心地の悪い場所だ」
と小声で呟いている。対照的にアリーゼさんは皆へ愛想を振りまいている。
そのまま空いている職員の元へ。
「すいませーん。冒険者登録しに来たんですが」
「冒険者登録ですね。ではこちらへ……あら、一昨日の白兎くんじゃない」
案内してくれたギルドの職員は何の因果か、あの時のハーフエルフのお姉さんだった。
「はい。おかげさまでファミリアが決まりました!」
そう言うと、営業スマイルを崩して優しく微笑んでくれる。
「良かったね。保護者同伴でギルドに来る人なんて初めてだったから心配したけど、ちゃんと決まったんだね」
「はいっ!これから頑張るのでよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくね。じゃあこの書類を書いてくれるかな?アリーゼさんはこちらをお願いします」
「は、はい」
「分かったわ!」
30分くらいかけて何枚かの書類を書き終えた後、ハーフエルフの職員、もといチュールさんが質問をしてきた。
「ベルくんは担当アドバイザーを付ける気はありますか?」
担当アドバイザー?聞きなれない単語だ。
するとアリーゼさんが
「付けてあげてくれない?この子本当に何も知らずにこの街に来たみたいだから」
「では、明日また来てください。担当アドバイザーは今空いているのが1人だけになるのでそちらの方にはなりますが、よろしいですか?」
「だって。ベル、良いわよね?」
「は、はい!」
「分かりました。それでは冒険者登録は完了です。ベルくんはまた明日来てくださいね?」
なんだかよく分からないうちにあれよあれよと色んなことが決まってしまった。まあいっか。
ギルドを出ると、アリーゼさんは用があるからと言って足早に先に帰ってしまった。
「どうしよう…」
ちょっとばかし途方にくれていると、横から思いがけない幸運が降ってきた。
「ベル。少しだけダンジョンに行ってみますか?」
その幸運は、耳元で小さく囁かれた。僕は驚いて横にいるリオンさんを見ると、人差し指を口元にピンと立てて少しだけ嬉しそうにしていた。
「少しだけならバレることはないでしょうし…私も、後輩が出来たのは初めてですから。ベルも【魔法】を試したいでしょう?」
エルフは高潔で、こう言った事はやらないとばかり思っていた。特にリオンさんはどちらかと言うと硬いタイプだと思っていたので、驚きが大きかった。
後でお母さんやアリーゼさんに怒られるかもしれないが、それでも嬉しいものは嬉しい。僕は首をブンブン縦に振って了承の意図を示した。
「では、早めに行って早めに帰りましょう。行きますよ」
「はいっ!」
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バベルとは、世界中の冒険者が集まる場所。皆それぞれの思いを抱いて、天へとそびえる摩天楼へ集結する。
己が野望を成さんとする者、一旗揚げようと田舎からやって来る者、種族の栄華を渇望する者、ただただ純粋に強さを求める者……
人類に希望や夢への切符を与え、時に牙を向いて絶望を与えるる場に、今日も1人、新たな冒険者がやって来た。
雪色の髪に炎の瞳、体躯は小さいが決意は大きい。
英雄に至らんとする少年が、その一歩を踏み出した
「ぅぅぅぅうううわああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
少年は目を剥き敵を切り裂く。その姿はまるで
「ベル!そんな戦い方ではこの先生き残れない!」
後ろから見ていたエルフの少女が注意すると、少年はビクッと背筋が伸びてギギギと首を後ろに向ける。
「ご、ごめんなさい。モンスターを見ると昔の事を思い出してしまって」
「はぁ…
「うっ…」
ど真ん中ストレートで言葉を全力投球されて心にグサッと刺さる。
それでも、少年は少女から目を逸らさなかった。
「……ですが、それを乗り越えてこその英雄です。都市最大派閥の幹部にも、スキルや魔法が一切発現していない人がいますから」
そう言い終えると、少女は少しはにかむ。金色の髪を揺らし、ベルに目線を合わせるようにしゃがんで頬を撫でながら告げた。
少年は顔を赤くして、少しだけ涙を浮かべた。
「はいっ!が、頑張ります!」
少年の心からの決意。それを受けた少女は頷き、立ち上がる。
「貴方の決意、逆境を突きつけられても絶望しないその心の強さは間違いなく英雄になるために必要な才能です」
「さあ立ってください。時間が押してますし、魔法を撃ちましょう」
「は、はい!」
2人は歩を進め。少し先へ進んだ所にある広めのフロアに辿り着いた。
「ここは…?」
「フロア。ダンジョンに点在する広めの空間です。ここで撃ってみてください」
少年は促されるままに腕を前へ突き出す形で構える。
「魔力を対象にぶつけるよう集中して……今です!」
「
鐘の音が辺り一帯に鳴り響く
「………………」
「………………」
「何も…起きませんね」
「はい…どんな、ま、ほうな でしょう」
急激に意識が遠くなってゆく。虚脱感が凄い。なされるがままに意識を手放した。
少女は少年をおぶって、誰も居ないフロアへと問いかける。
「たったの一発でマインドダウンですか。ここまでリスクの大きい魔法なのに何も起きないとは………一体なんなのでしょうか」
「はぁー。今日もロキの無茶ぶり…疲れたっす」
「そんなこといちいち気にしてたらキリないわよ」
「そうっすよね。それでも深層に2人は割とキツい……ん?鐘の音が」
「こんな所に鐘がなる場所なんてあったかしら」
「そんな物聞いたことが…あ、アキ!あれを見るっす!!」
「こ、これって……」
「あまりにも…惨い」
ラウル・ノールドとアナキティ・オータム…オラリオきっての上級冒険者をも驚愕させる光景。それは
血を吹き出し、瀕死であるゴブリン達の山と、対峙していたであろう冒険者達が積み上がっていたものだった