ボーイ・ミーツ・ミート~肉塊ちゃんと貫け真実の愛~   作:イナバの書き置き

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ボーイ・ミーツ・肉塊 その2

「じゃああれか。君は気付いたら記憶喪失肉塊になってて、変なカルト信者に囲まれたから逃げてきたと」

『はい、何だかとっても怖くて……。こんな肉の塊に体を擦り付けるなんて普通じゃないですよ……』

「キモいね」

『キモいです』

 

 どこか萎びた様子の肉塊がぶるぶると振動しながら語る所によれば、事態が小説やアニメ染みている事が歩にも把握出来た。

 もっとも途中で泣き出したり落ち込んだりで事情を聞き出すだけでも1時間以上の時を要し、歩は夕飯を食うタイミングを逃した訳だが。

 

「うーん、そのカルト信者みたいなヤツらに何か特徴とかなかった?」

『特徴、ですか?』

「あーちょっと待って。今の動き2度としないで、吐きそう」

『ひ、酷いです……!』

 

 きょとん、首を傾げたつもりなのだろうが、実際には肉塊モンブランがぐじゅぐじゅと湿った音を立てて形を崩したようにしか見えないのだ。

 罵倒も已む無しである。

 

「まぁ何話そうとしたか忘れたけど、災難だね」

『いや他人事ですね!?』

「実際他人事だし」

 

 肉塊が何か喚いているが歩にとっては他人事以外の何物でもない。

 仮にこの肉塊モンブランが語る通り元々人間だったとして、歩に出来る事など片手で収まる程度しかないのだ。

 

(──ん?んん?)

 

 しかしそこまで聞いて、僕の中に1つの疑問が湧き上がった。

 こういう好奇心が発露した時、僕は躊躇なく口に出す事にしている。

「分からないまま放置してモヤモヤするよりは分かって落胆する方がまだマシ」と言うのが長谷川歩の持論なのだ。

 

「え、あのさ。そもそも何で自分が人間だったって分かるの?」

『あー、聞いちゃいます?』

 

 考えてみれば不可解な話だ。

 記憶が無い、名前だって分からない。

 そんな彼女(仮定)の話を信じるなら生誕数時間しか記憶を持たない、赤子同然の筈の肉塊が何故こんなに礼儀正しいのか。

 何故「名無しの権兵衛は古い」と言えたのか。

 肉塊に人の常識は通用しないだろうが、僕の在り来たりな思考では回答が得られなかった。

 

「聞くよそりゃあ。元が人かどうかって現代社会では重要な話だぜ?」

『ですよねぇ』

 

 そう、元来人であったか否かというのは重要な話だ。

 人であったならば、彼女(暫定)が元の姿を取り戻す道を選ぶ事が出来るだろう。

 だが人でないならば?

 この喜怒哀楽の激しい、少し話しただけでも分かるほど幼い精神を持つ肉塊にとって「ただ生きる」事すらとても辛くなるではないか。

 そう考えたら、僕は問わずにはいられなかった。

 

『えー、まぁ、うーん……』

「話し辛い?」

『そうですねぇ……突拍子が無いと言うか、死活問題になりそうと言うか……』

「別に無理しなくて良いよ」

 

 他人事と僕は言ったが、だからと言って言葉通りに傍観に徹するつもりは更々無い。

 そしてここまで部屋を滅茶苦茶にした肉塊をなぁなぁで逃すつもりもない。

 

「いやほら、出来る範囲でなら力になるよ」

『え……?』

「まぁ所詮大学生だし、ろくな事は出来ないだろうけど……」

 

 だが、自然と僕の声音は優しくなっていくのだ。

 どう見たって眼前にいるのは怪しい肉塊で、ひょっとしたら言葉巧みに油断を誘っているのかもしれない。

 気を許したら一呑み、なんて事も充分考えられる。

 無論それが分からない訳ではないが何と言うか、不思議と放って置けないのだ。

 

(これで見捨てたら、何か気分悪いしなぁ)

 

 親が子供を慈しむのが当然なように、泣いている女の子をどうにかしてやりたいと思うのもまた当然だろう──それが僕の結論だった。

 それは間違いなく身勝手な、或いは場当たり的な善意の押し付けであるが、だからこそ偽善とか異常者とか罵られようが「他人事」の範疇で出来る事をしてやろうと息巻いているのだ。

 片手で数えられる程度だろうが出来るだけの事をする、それだけの話だった。

 

「よっぽどなら聞かなかった事にするから言ってみな」

『わ、分かりました……結構アレなんで、引かないで下さいね』

「アレってなんだよ」

『アレですよ……ほら、分かりません?』

「分からん」

 

 僕の意思が伝わったのか、肉塊も決意を固めたらしくぶるぶると武者震いしている。

 その気になってくれたのは嬉しいが、生々し過ぎるし体液が飛び散るので正直止めて欲しい。

 

「取り敢えずちゃんと話聞くから、座るよ」

『あ、はい』

 

 何故か家主が客人の許可を得て胡座をかけば、床をも染めていた血の赤色がズボンをじわじわと侵食していく。

 その微妙な生暖かさに顔をしかめたてしまう。

 

(汚れるけど、仕方ないか……)

 

 いい加減立ちっぱなしも疲れたし、人の話を聞くなら腰を下ろして目を合わせてと歩の中で相場が決まっているのだ。

 まぁ肉塊に目はないのだが、そんな事は重要ではない。

 大切なのは姿勢と意思だ。

 

『──では、言います』

「どうぞ──!?」

 

 途端、彼女の声が透き通る。

 今までのふにゃふにゃした子供らしい声音から、人の芯へと響く凛とした佇まいへと変化する。

 目はおろか手足も無いのに、歩が思わず姿勢を正す程の気迫が肉塊から発せられるのだ。

 そして1秒、2秒。

 肉の塊がざわざわと蠕動し────

 

 

 

 

 

『私の中に本体っぽい人間が丸々1人入ってるんですよね……!』

「──はい?」

 

 僕の思考は完全無欠に停止した。

 何を言ってるんだこの肉塊は。

 

『し、信じて無いですね……!?』

「いやさぁ、キミ自分の可変具合をちゃんと認識した方が良いと思うよ」

 

 確かに1人位詰まってそうな質量を感じるが、彼女(仮定)の萎んだり震えたりする姿から鑑みるに人が入るスペースは無い筈だ。

 肉塊はショックからか縦にぐにゅーっと伸びて振動しているが、無理なモノは無理だ。

 

『わ……分かりました!証拠を見せますよ!』

「フム、どうぞ」

『部屋がまた汚くなりますけど知りませんからね!』

 

 

 そして肉塊モンブランがいっそ清々しい位に訳の分からない事を宣いやがると同時に、その上半分が「破裂」した。

 

「は?いやちょっと待っ──ぁああッ!?」

 

 そう、それは肉の手榴弾だ。

 肉塊そのものが爆発するエネルギーを利用して、幾重にも重なる腸らしき何かを射出する凶悪な武器なのだ。

 そしてそれが──僕に向かって飛んでくる。

 

『あっ』

「ぺえ゛ぇっ!?」

 

 ああ無情。

 特に運動神経に秀でている訳でもない僕が肉の散弾を回避出来る可能性は、1%にすら満たないのだ。

 故にその仕様通り飛散した肉片が顔面を滅茶苦茶に打ち据え、全身がきったない液体塗れになっていく。

 

(何なんだよ、これ……。今日は厄日か?)

 

 何が悲しくて肉塊とコントをした挙げ句に、爆発オチを自室でかまされなければいけないのだろうか。

 爆風に押し流されるまま床を転がる僕は、己の不運を嘆いた。

 だが、だが────

 

 

 

 

『す、すいません!大丈夫ですか!?』

「何しやが────!?」

 

 肉片と液体で真っ赤に染まった体を起こした僕の前に、「彼女」がいた。

 

『……?』

「……」

 

 透き通るような白い肌と、夜の闇より深い黒の長髪。

 触るだけで折れてしまいそうな細い肢体。

 そして切れ長の瞳。見る者全てを魅了するような、黄金色の眼が僕の視線と絡み合う。

 そう、絶世の少女の上半身が赤黒い肉で形作られた蓮華座から生えていた。

 

『ど、どうかしました……?』

「え、あ、いや……」

 

 口をパクパクと開閉させるばかりの歩に、「彼女」はこてんと首を傾げる。

 いかにも恐る恐ると言った風情の声と、冷たさすら感じさせる怜悧な美貌がミスマッチで、しかしそれすら洗練された美の一環として歩から言葉を奪った。

 

(──あ、ダメだ)

 

 これは──いけない。

 僕は一瞬で己の失策を悟った。

 聞くべきではなかった。深入りするべきではなかった。

 いや、それですら足りないかもしれない。

 本当にこの状況を避けたいのなら、そもそも帰宅してはいけなかった。

 あの肉塊を、一瞬たりとも視界に入れるべきではなかったのだ。

 

(ヤバい──ヤバいヤバいヤバい!)

 

 動悸が止まらない。

 顔に血流が巡り出す。

 顔を上げて「彼女」を直視する事すら、今の「長谷川歩」には到底出来そうにない。

 

『大丈夫です、か?』

「────!」

 

 肉塊が、つい先程までただの肉塊でしかなかった「彼女」が此方に白魚のような手を伸ばす。

 ああ、ああ!

 こんな事をされてしまっては認めざるを得ない。

 そうだ、長谷川歩は────

 

 

 

「……好き」

『えぇ!?』

 

 出自も何も分からない肉塊に、一目惚れをしていた。

 

 

 

■■■

 

 

 

 覆水盆に返らずという諺がある。

 1度起きた事は2度と元に戻らないという意味を持つ、軽率な行動を戒める有難い御言葉だ。

 そしてその言葉は、現状にもピタリと当て嵌められる。

 

『すっ!?すすすす好きって何ですかぁ!?』

「言葉通りだけど」

『なぁっ、何でぇ!』

「一目惚れだけど、文句ある?」

『大有りですよっ!』

 

 今、僕の部屋は肉片と体液と混沌で溢れ返っていた。

 キリリと無駄に引き締まった表情で正座する僕と、雪のように白い頬をほんのり赤く染めてあたふたする少女の姿も対照的だ。

 だがそれも致し方ない事だった。

 なぜなら本来なら秘めておくべきか、或いは抱く事自体が間違っている好意は既に口を衝いて出てしまったのだから。

 

(今なら──行ける!押し切れる!)

 

 大変残念な事に、早くも僕の情報処理能力は限界を迎えていた。

 情けない話だが、オギャアと泣いて以来この20年間一切の交際経験を持てなかった僕に、女性(仮)との距離の詰め方など分からないのだ。

 そんな状況下で肉塊の中からとんでもない美少女(推定)が出現したとなれば、もう後は突っ走る選択肢しか残されていなかった。

 

『だ、大体何でいきなり一目惚れなんか……』

「大丈夫、僕が勝手に好きになっただけだから」

『は、はぁ……?』

 

 僕はいっぱいいっぱいだった。

 このバカみたいな一目惚れで、脳ミソはもうオーバーヒート寸前なのだ。

 そして突如現れた運命の相手を、非日常への扉を逃してはいけないと湯だった頭が叫んでいる。

 ……まぁそもそもからして肉塊相手に一目惚れ、それも理由が容姿なんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 常識を考えろ、と言われたら黙るしかない。

 でも良いじゃん。可愛いんだぜ?

 故にこそ、此方に差し出したきり所在なさげに遊ばせている少女の右手を掴む──いや、両手で恭しく包み込む。

 

『ひゃんっ!?な、何をするんですか!』

「……」

『ちょっ、ちょっと話を聞いて下さいよぉ……』

 

 何やら可愛らしい悲鳴をあげた少女を無視して、手の感触を両手で堪能する。

 端から見ればこれ程馬鹿みたいな光景はあるまい。

 何しろ青年と上半身だけの少女が、前衛芸術そのものな部屋の中央で繋いだ手を凝視しているのである。

 馬鹿──を通り越して最早意味不明だ。

 

『いや、あの、ちょっと……?』

「……?なに?」

『何してるんです?』

「触診。触ってみれば分かることがあるかもしれないだろ」

 

 大嘘だ。

 本当は彼女と触れ合いたいのだが、恋愛経験の無い僕は勢いに任せるしかないだけである。

 だがその結果、分かった事が2つある。

 まず1つ。

 

「冷たいんだな」

『え──そう、ですか?私には分かりませんが……』

「うん、死んでるみたいだ」

 

 自覚無かったのか、と心の中で呟く。

 彼女の手は見た目通り絹のように滑らかだったが、「肉塊の中に収まっていたのだから暖かいに違いない」という予想に反して死体のように温度を失っていたのだ。

 

『……気持ち悪いですよね。人みたいに動くのに生きてないんですよ、私』

「それは……」

 

 それを決して不気味だとは思わないが、人として大切なモノを失っている事を否応なしに感じ取ってしまう。

 熱を持たない命に、人間は忌避感を抱いてしまうのだ。

 ──だが、それが何だ。

 確かに今の彼女は人間じゃない。

 下半身は肉の蓮華座だし、体温も無いし、テーブルはぶっ壊すしロクなもんじゃない。

 

「別に、それで良いんだ」

『え?』

「僕と君はちゃんと会話出来てる。触っても取って喰われたりしない。それで良いじゃん」

 

 そうだ、それで良いのだ。

 テーブルを粉微塵にされた事への恨みを除けば、何ら問題は無い。

 その恨みだってあまりにもあんまりな一目惚れで相殺すればチャラになるし、部屋が真っ赤になってしまったのも明日1日大学をサボッて頑張ればどうにか出来るだろう。

 だから、ちょっと人間じゃない程度どうって事は無い。

 ちょっと下半身が無くて、ちょっと肉塊なだけで僕にとっては些細な事なのだ。

 

「まぁさ、動けるようになるまでで良いから此処にいなよ」

『は、はぁ……良いんですか?』

「いいのいいの」

 

 怪訝な顔をする彼女の手を取って、僕は笑う。

 彼女からすれば全く以て訳が分からない事態だろうが、それは生憎僕も同じだ。

 肉塊がいて、それが美少女で、僕が一目惚れしてしまった。

 ──順序立てて考えても、やっぱり意味が分からない。

 

「取り敢えず部屋の掃除するか……」

『あ、あの……ごめんなさい』

「いいよ別に。キミの生態なんだろ、この──血?とか汁?みたいなのを垂れ流すの。止められないなら仕方無いじゃん」

 

 弱っている所につけこむ卑劣な行為なのかもしれない。

 人(?)を助けた気になって自己満足に浸っているクソ野郎なのかもしれない。

 でも彼女を放り出したり、警察に突きだしたりするよりかはずっとマシだと、自分で決めたのだからそれで良いんだ。

 ──だから取り敢えず、さっさと掃除して寝るスペースを確保しよう。

 

『あの……』

「何?」

 

 そんな風に高尚な気分に浸っていると、肉塊少女が申し訳なさそうに──本当に申し訳なさそうに上目遣いで此方を見ている。

 何だろうか。

 俺は何をやらかしたのだろうか。

 モノを考えてる時の顔がキモかったとか?

 それは悲しい。

 とっても悲しい。

 

 

 

 

 

『肉の欠片とか体液とかって勝手に戻ってくるみたいなんで……えと、その、多分生態じゃないです……』

「──」

『ご、ごめんなさい……』

 

 本日何度目かの衝撃の事実に、僕は頭を抱えた。

 ホント何なんだコイツ。




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