勇者になったが魔王殺したくないし逃げる事を決意した話   作:ああ

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1話 勇者になれば魔王討伐

 拝啓、お父さん、お母さん。

 雪が解け春の息吹を感じつつある昨今、いかがお過ごしでしょうか。前世では暴走プリウスに轢かれてズタズタになった俺ですが、唐突ですが転生して未だに何とか生きています。

 

 この世界は日本の現代文明を享受していた俺からすれば少々過酷な物でしたが、今のところ意外に何とかやっています。神様的なものは俺の目の前に現れず、生まれ付いた環境はあまり良くありませんでしたが、それでも幸いなことに才能には困らず冒険者として順風満帆な日々を送っています。

 

 ただ一つ問題があって、何故か俺は勇者に指名されてしまいました。王国の招集を受けて、今すぐにでも宿屋を発たなければなりません。勇者はこの国では確かに栄光の地位ですが、魔王を倒す役目があります。そして実のところ俺は実質的な魔王と同居しています。ははっ。笑えねえ。何で俺なんだ畜生。

 ともかく俺は魔王を殺したくありません。

 

 助けてください神様仏様その他諸々の神聖な方々。出来れば、勇者なんて役目は俺以外の誰かに与えてしまって、俺を早く隠居させて下さい。敬具。

 

 PS.コロンへ

 多分直ぐ失踪すると思うからまだそこに居てくれ。

 

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 

 俺が転生を果たしたのは18年も前のことだ。

 気付けば身体が小さくて、言葉も良く分からない。教会っぽい場所で周りに沢山子供がいて、その雰囲気からここが孤児院と理解した。それと同時に俺を生んだ今世の両親は俺を捨てたというのも。

 

 俺の前世は特段、何の特徴も無い男だった。平凡より少し上の成績を取って、そこそこの進学をして、そこそこの就職をして、社会人四年目の秋に交通事故で死亡。恋人はいなかったが、両親共に残してきてしまったからその点に関しては前世に後ろ髪を引かれる思いがあったのだが、死者に口無しとはこの事なのだろう。死んでしまった以上は何も出来る事も無いし、健康に寿命まで生きれることを祈るばかりだ。

 

 で、今世の話をしよう。

 俺は転生したことを悟ると、まずは孤児院から自立できるように金策を模索した。まがりなりにも前世では社会人だったし大丈夫だろ、と余裕に構えていた俺だったがそんな人生経験は異世界では通用しない。俺のように立場も金もない人間は冒険者か肉体労働者しか選択肢が無かったのだ。ましてや当時の俺は子供、土木資材なんて重い物を運べるはずもなく自然と冒険者しか職の選択肢がなく、苦い思いをしたのは今でも覚えている。

 

 冒険者という職業になるのは簡単だった。登録料を支払うことも無く、簡易な契約を交わして華々しく異世界冒険者デビューである。前世の派遣契約と似たような感じだった。これが英雄譚なればバコバコと敵をなぎ倒して湯のように金を稼ぎSSSランクハーレムウハウハ冒険者の完成だったのだが、現実はそう上手くいかない。

 

 魔物討伐料金表を見て愕然とした。スライム1匹、1ルマンド。ゴブリン1匹、3ルマンド。手馴れの冒険者でも苦戦するワイバーンでも1匹で10ルマンド。因みに孤児院での生活から凡そ1ルマンド=日本の通貨で言う10円程という知見は既に得ていた。一か月の生活費用として大体8000ルマンドくらい必要なのだが、そのためにワイバーン800匹を倒すのは現実的じゃない。そもそもたった10円や30円のために命を張るなんて馬鹿げてる。

 そこまで考えて俺は気付いたのだ。冒険者という職業は、実力主義だから子供でもなれる訳じゃない。割に合わず、人気が無くて人手不足だから誰でもなれるのだ。

 

 だが身寄りのない10歳の男でしかない俺にこれ以外の仕事は望めなかった。伝手も無いし、高くも望めない。

 

 当然討伐系の依頼など熟せるはずもないので、最初の数年は指定された食材や薬草を採集して得た僅かばかりの金銭を貯金して、それで装備を整えた。12歳になってからは一応我流で剣の修行をしつつも相変わらず採集を続けて、弱い魔物も倒せるようになった。それでも生計を立てるには十分じゃない。月当たりに必要な生活費の半分くらいしか稼げないのだ。孤児院は15歳の子供までは受け入れるが、それ以上になったら奴隷として売られるか出ていくしかない。そのまま餓死するくらいなら奴隷になった方が確実に生きれるので売るべき、というのがこの社会の孤児院の常識だった。現代日本を生きた俺からすれば受け入れがたい思想だが、ともかくとして早く独立できるくらいの資金力を得る必要がある。

 

 採取系の依頼と言えどランクはあった。例えばその辺に生えている薬草は安値でしか売れないが、危険な魔物が徘徊する山脈の奥地とかでしか手に入れない激レアなものなら必然的に値段も上がる。つまり稼げる。その時の俺は冒険者という職業の可能性をそこに賭けるしかなく、よって一般的な冒険者からすれば死地としか言えないような場所でも俺は行くしかなかった。

 

 例えば強い魔物が闊歩する鬱蒼とした密林。ドラゴンが住まう谷の奥地。魔物は少ないが単純に標高が高く常に雪が大地を覆う高山。どこもかしこも一等の危険地帯ばかりだ。

 

 まあ結果から言ってしまえばその方針は成功した。淡々と言えば容易だったように聞こえる試みだが、死んだと思ったことは何回もある。異世界といえば、みたいな赤い鱗の素敵なドラゴンに炎で焼かれたり、或いは高山に昇って普通に天候に恵まれずに何日も洞窟でやり過ごしてる内に死にかけたりと半端ではない苦痛と絶望に揉まれたわけで、それでも生きてる。14歳も半ばになった頃には普通に生活しても赤字にならない程度の資金力も得た。

 

「あのー。私、夕飯を熱望しています。早くしてください」

 

「うるさいよ。俺は帰ってきて疲れてんの。アイムタイアードなの。ゆっくりとさせてくれ」

 

 その過程で俺は魔王の娘を拾ったりもした。良く分からないと思うが、その気持ちは俺も同じだ。

 クソ生意気なことを良く宣う銀髪ロリの名前はコロン。曰く、魔王に捨てられたらしい。身に宿った魔力量が殆どなく実力主義の魔国では存在価値を認められず、大きくなったのを機に放逐されたらしい。

 

「意味不明なこと言う暇があるなら手を動かしてください手を。私のお腹は止まってくれませんよ」

 

「てか料理くらいコロンがやってよ。俺、一応今日も依頼で野山を駆け巡ったんだからね?」

 

「とても牧歌的ですね。分かりました、非常に待ち遠しいことこの上ないですが出来るまで待つことにします」

 

 備考、コロンは我が家のニートである。もはや俺が飼っていると言っても過言ではない……けどそれを言うと何だか前世の鬼畜エロゲーを思い出すので本能的に自重した。

 いつもベッドで寝転んで王立図書館で借りた本をゴロゴロと読んでいるコロンからは魔王の親族らしさなど全く感じられない、というか普通にクソガキだと思う。家事も仕事もしない、ほぼ穀潰しだ。無駄に整った容姿が無ければ本当にコロンが魔王の娘なのかと疑っていたかもしれない。いや、今でも疑わしいところではあるけど。

 

 孤児院を出た俺は安宿を借りてコロンと暮らしつつ、日々危険に身を投じ続けた。前世で培った文系学問の知識は異世界の前では直接的に通用せず、文字だって辛うじて読める程度にしか俺は知らない。資金が余っていれば商人として生きていけるかもしれないが、相変わらず冒険者という職業で得られる金銭は少ない。更にコロンという扶養が増えたこともあって、生活が軌道に乗ったと言ってもゆとりもほぼなく結局やることは変わらない。採取系の依頼をバリバリ熟すしかなかったのだ。

 

 そうしている内に2年半が過ぎて、コロンの祖国である魔国で動きがあった。何と魔王、コロンの父親が死んだらしい。コロンに聞いてみると「多分病気じゃないでしょうか? 喀血しているのも見たことありますし、我が父ながら胸がスカッとしました。良い知らせです」と無表情ながら晴れ晴れと言っていた。まあ捨てられた恨みがあったんだろうなと思う。センシティブな事情だったからそれ以上は俺も触れなかったが。

 

 しかし、物事はそう単純に進まなかった。

 

 どうやら魔国が次期魔王としてコロンのことを探しているらしい、というニュースは各地を飛び回る冒険者の俺の耳にすぐさま入ってきた。興味なかったけど魔王というのは世襲君主制のようだ。実力主義の癖に意外なことに。

 コロンが既に人間のテリトリーで暮らしている事は魔国も承知していたらしく、魔王が死んでからは王国と魔国の国境がより危険地帯と化すようになっていた。魔国がコロンを探して攻勢を強めているのだ。

 

「でも何で魔国は追い出したコロンを魔王に仕立てようとしてるんだろう? 世襲制ならそんなことしないよね」

 

「分かりませんが、多分、宰相の仕業でしょう。父は実力主義を唱える強硬派でしたが、あの人は昔から私の事を庇ってくれることも多かったです。私が魔国から追い出されたのも宰相が前線の様子を見に行っている時でしたから」

 

「なるほどね……。で、話は変わるけどどうする? 魔王になるってんなら魔国まで送り届けるけど」

 

「帰りたくないです。私、もう貴方の隣で骨を埋める決意をしていますので」

 

「うーん、ちょっと重いなぁ」

 

 コロンが望むなら、とも思ったがどうやら彼女自身は俺の家でニートを続ける意思が固いらしい。ついでとばかりにメンヘラともヤンデレとも言える台詞まで頂いてしまった。もしかして俺の人生、もう墓場に入ってる? いやいやまさかな。

 

 コロンに魔王になる気が無いのなら魔国の斥候に見つかる訳にも行かない。俺たちは一番の安置であるこの国の王都、ユグラルへと避難。収入も減ったが今までの分を切り崩せば質素に一年は暮らせる算段だった。

 

 そして半年後。

 何故か俺は国から勇者として召集を受けていた。長い長いプロローグの終わりである。

 

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 

 ユグラル王城。

 古代に作られた国の牙城なのだが、その外観は最近作られた物みたいに白く、そしてデカい。外観としては正確には違うのだが前世で言うところのゴシック様式に近い。いくつもある尖塔アーチは空を穿つように鋭く聳え、外壁を支える特徴的な飛梁は見事なものである。もし地球上に存在していれば確実に世界遺産登録でもされていたはずだ。

 

 王城の正門で俺は兵士から危険物を所持していないかのチェックを受けるとそのままダイレクトに城の中へと案内された。どうやら既に俺が勇者であることは一兵士にも知れ渡っているらしい。厄介な。

 豪華な庭を縦断し、正面のこれまた大きなドアを潜った先の場所は玄関ホールというべきか、非常に広々とした空間だった。その場所の天井はかなり高い上に半円状で、矢鱈と西洋風だなと思いつつも無言で兵士の後をついて行く。

 

 通路を進み、階段を上って二階突き当たりの部屋で兵士はここが俺の待機部屋だと告げる。この後は王と謁見するのだが、それまでは部屋の中で自由にしていて良いらしい。正直小市民な俺はもう帰りたくなっているのだが、ともかく、去っていく兵士を尻目に俺はドアを開け室内へと入った。

 

 何故か、入ってすぐに中から声が聞こえた。女の声だ。

 

「あ、貴方が今代の勇者様ですか?」

 

 誰だろうと思いながら顔を音の聞こえた方へと向ける。

 その整った相貌を見てすぐに分かる。彼女は第一王女だ。

 

 シンシア・ユグラル。確か、今年で16歳の少女だと思う。王家を象徴するかのように輝く金色の長い髪は腰ほどまでに伸び、下がった眉と微熱を伴った微笑みは慈愛に満ちていて、もし俺が転生直後にこの少女のことを見ていたら天使か女神と思っていただろう。或いは惚れていたかもしれない。コロンがいなかったら俺、この王女様とのボーイミーツガールとか想像してたんだろうなぁ。魔王さまさまである、アイツ魔王じゃないけど。

 シンシアは依然として聖母みたいにこちらへと微笑みかけていたので俺は、ふう、と嘆息した。

 

「まあ、そうみたい。……実感とか、全く無いんだけどね」

 

 と薄く笑ってみせる。本当に実感なんて無いし、何なら未だに勇者である自覚も無いからこれは本当のことだ。

 

 それで、何故彼女はここにいるんだろうか。

 

 シンシア・ユグラルといえば、第一王女という立場とは反対に世間には殆ど出てこない王族の一人である。俺もこの前の建国祭のパレードで見なかったら絶対に分からなかった自信がある。レアキャラだ。はぐれスライムくらいの存在と捉えて良い。そんな彼女がここにいる理由……前世のラノベだったら「実は昔助けてもらったんです好きです付き合って下さい!」みたいな展開があったりするんだろうけど……いやごめん。無いな。それは無い。俺はもう精神年齢的には中二病ではないのだ。

 

 気を取り直して聞いてみる事にする。

 

「ええと、シンシア・ユグラルだよね。何でこの部屋に?」

 

「ご存知でしたか……私のこと」

 

「そりゃまあ、住んでいる国の王族だし。でも好きな料理とか嫌いな色とか好みのタイプとかは知らないよ? 俺は心理カウンセラーじゃないからね」

 

「心理かうんせらぁ? 存じ上げませんが……でもそれはとても素晴らしい祝福であると思います」

 

「祝福?」

 

「これから知っていけば良いのです」

 

 心底嬉しそうに、暖かい笑みを湛えながらシンシアは言う。純粋に俺は彼女が言っていることが分からなかったので視線をその気品に満ち溢れた顔へと向けた。

 シンシアは謳うように、金管楽器を思わせる魅惑が迸る声で言った。

 

「私、貴方に惚れました。つきましては婚約と王座を念頭に私のフィアンセになってください」

 

「……はっ?」

 

 俺は呆気に取られて、それまで考えていた事が全て爆風で消し去られる。

 ……え?

 待て待て、俺、もしかして告られた? いやいや……何で?

 

「ええと……いつか何処かでお会いしたことありましたっけ俺たち」

 

「今日この場がその日になります」

 

 咄嗟に出た言葉はシンシアによって迂遠に否定された。

 

「じゃあもしかして、この部屋に最初からいたのも俺に告白するためで」

 

「へ? 違いますよ? お、じゃなくてこの度の勇者様の顔を見ておきたかったのです」

 

 お、ってなんだよ。何言いかけた今。

 益々訳が分からない。この王女、言動が少し怪しすぎないか。魔国のスパイとも思えてしまうまである。

 憮然として脳内は未だに回らないが、それでも俺は降ってきたこの隕石のようなインパクト(王族からの告白)に対処せねばいけない。……何だか真剣に考えてると段々馬鹿みたいに思えてきた。茶化して終わらせたいことこの上無いが、生憎社会的な立場が俺と彼女では全く違う。取り敢えず気分を害さず、刺激を与えず、丁重にお引き取り願おう。

 ……冷静にそう思ったものの、抑えきれぬ好奇心から別の話をしてしまう。

 

「じゃあ聞くけど俺の何が好きなのさ」

 

「そうですね、顔とか雰囲気とか。一目で分かります、貴方は私の伴侶です!」

 

「無いでしょ」

 

 思わず一閃してしまった。面食いか? 俺ってそんなイケメンなのか……いや危ない。マジで勘違いする3秒前になるので本気で止めてください。

 

 とか何とか考えていると、廊下からドタドタと猪みたいに走る音が聞こえてきて、それから中途半端に開けっ放しだった扉を壁に打ち付けるように誰かが電光石火で入室してきた。

 

 それは淡い、氷のような青色の髪をした女だった。歳は俺より少し上だろう、目の前のユグラルと違って雰囲気こそ市位の女に見えるが、それでもリスかハムスターみたいに愛嬌のある顔はこの王城の中でも見劣りしない。視線を僅かに落とすと俺は彼女が金色の紋章の入った白い礼装のようなジャケットを着ているので、多分王国騎士団の一員なのだろうと思う。それも王族の護衛を任されるような、実力的にも性格的にも申し分無い人間だと。

 

 相当慌てていたのか、その女は中にシンシアの姿を見つけて「あー!」と指差し、その次に視線をスライドさせて俺のことを見つけると更に目を丸くした。

 

「姫様ー! とお客様……というか勇者さん!? 何してるんですか姫様!?」

 

「あらあら。ノース、そんなに慌ててどうしたのですか? 廊下は走っちゃダメですよ?」

 

「あ、ごめんなさい……じゃないですから! ここで何をしていたんですか姫様!」

 

「私は勇者様に愛を告白していただけですよ? 何も騒ぐことではありません」

 

「やっぱりじゃないですかー! 騒ぎますよええ! それは国中やんややんやで御座いますよええ!」

 

 恬淡と無邪気な目で答えるシンシアに、ノースと呼ばれた女は憤慨した。当然だった。一国の姫がそう簡単に婚約を結んじゃダメだろ普通。

 

 というか、やっぱりって言ったか?

 そんな言葉が出てくるあたり、今現れた少女はこの事態を予想していたのかもしれない。つまり普段から王女はこんな感じと……。

 

 思わず俺は彼女のことを憐憫の目で見てしまう。

 

「大変だね、君も」

 

「あはは……迷惑かけてしまったみたいですいません勇者さん。初めまして、私は姫様の護衛を務めてるノースと言います」

 

「丁寧にありがとう。ところで何で俺って告白されたのか分かったりする?」

 

「あーやっぱりそれ聞いちゃいますよね。これは外にはナイショにして下さいね勇者さん。このお姫様、困ったことに異性に対する免疫が無くてとても惚れっぽいんですよ。それこそ幼い頃に兄弟全員に告白したり周りの側近にも告白して全て玉砕する程度には」

 

「それはもう免疫が無いってレベルじゃない気もするけど」

 

「惚れっぽい癖に恋が多いんですよ姫様は。まあ私たちが可能な限り異性から遠ざけてるのも原因なんですけどね……近づけたらこういうことになるので。なので申し訳ないんですけど今の、無かったことにして下さい」

 

「あ、ああ」

 

 なるほど……異性と接触させたらこうやって愛を囁き、させなかったらそれはそれで異性との経験値が稼げずよりエグイ拗らせ方をすると。まさに愛のデフレスパイラル。いや、他人事なら立て板に水の如くからかいまくるけど実際にその対象となると勘弁してくれ以外の感情が出てこない。

 それを聞けばシンシアが俺の部屋にいたのも、きっと物珍しい異性と会いたくて待っていたのだと思える。何というか、純粋に王族の行く末が心配だ。

 

「それでは後ほど。ほら、姫様行きましょう!」

 

「私、まだ返事を頂けておりませ」

 

「今のは無かったことになったので行きますよ! はい、失礼しました!」

 

 騒ぐ王女の後ろ首を引っ掴みながらノースは部屋から出て行った。俺はこの国の未来を割と真剣に憂いた。

 

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 

 勇者と呼ばれる存在は常に世界に存在する訳ではない。王女が女神から神託を受けた際のみ、勇者という存在は現れる……らしい。冒険者としてソロで活動していた俺は良く分からないが、勇者という存在はどうにもファンタジー小説みたいに都合の良い存在ではないようだった。世代に二人いることもあれば、100年に一度しか現れないこともある。ただ確実なのは、人類の危機に瀕した時には必ず歴代の王女は女神から神託を授けられたらしい。何かの作為すら感じる話だ。

 

 王都の会談では俺の今後について説明された。王国は民衆には秘密裏に俺へと聖剣を貸し出して、次期魔王を討伐させるつもりのようだった。正確には次期魔王候補だが、それさえ殺せれば魔王軍内で魔王の即位を願う急進派の幹部の勢力を挫き、そこから魔国の勢力を崩す隙が作れると読んでいるのだ。

 当然俺には拒否権は無い。笑って引き受けた。金は融通してくれるし、討伐後は身分も相応に与えてくれるとのことだった。待遇には何の不満も無い。誰でも引き受けるだろう。

 

 王との謁見が終わり、勇者というレッテルを張られ聖剣を強制レンタルさせられてしまった俺は広間に通された。

 当然というべきか、ファンタジー小説で見た展開だと言うべきか、通例として勇者はパーティーを組んでこの状況の打開を図る。勇者は一人でも強力だが、一人で出来ないことも世の中には多いのだ。

 

 そのパーティーメンバーを既に王国は集めていたらしい。王の側近の人に「それではこれより親睦を兼ねたパーティーが内々に行われるので参加お願いします」と言われ案内された広間には俺の他に4人の姿がある。そこには先程会ったシンシアとノースも中央のテーブルを挟んで向き合うように座っていた。聖女が勇者パーティーで、前線も前線に立つとか有り得ない気がするが……まあなんかあるんだろう。こう、聖なるバリアとか聖なるフォース的な。我ながら適当過ぎる。

 他の2人も離れた場所で座っていて、まだ見たことのない人影だったので俺は思わずそちらに注視した。

 

 片方は如何にも魔法使いといった風貌のロリっ子だった。黒いとんがり帽子からはみ出た赤く長い髪はうねうねと緩いカーブを描きながら腰まで伸び、ぶかぶかなローブかすっぽりと身体を覆う。肌は不健康なまでに白く、長い間外に出たがらないインドアな人種であることが伺える。前世は俺も同類だったから軽くシンパシーすらある。

 もう片方は完全に武人だ。黒い髪に黒い目と日本なら良く見た容姿だが、鍛え方が半端ない。岩のような肉体に、眉間に刻まれた深い皺。両腕は丸太のように太く、歯に物着せずに言えば筋肉お化けだ。絶対にコイツとだけは無手の喧嘩をしたくない。

 

 俺が部屋に入ってきたのに物音で気付いたのか、こちらへと目線が集まる。一番最初に口を開いたのはシンシアだった。

 

「勇者様。告白の返事、いかがでしょうか」

 

 相変わらずのようで何よりだ。これ俺、返事した方が良いのか……? ノースは無かったことにしろ、と言っていたが。

 割と真面目に考えているとノースが手を鳴らした。いきなり変な事を言うシンシアが作った空気を変えるつもりらしい。

 

「姫様は少し黙ってくださいね……はい! 勇者さんも来ましたので今から第一回、魔王討伐遠征パーティー懇親会、始めます! 司会は他の人達が問題児過ぎて出来ないと押し付けられた哀れなノース・ワドルビーが努めます!」

 

 ノースは立ち上がるとそんなことを言う。てか何だその新入生歓迎会みたいなノリ。一応生き死にが関わる事なのにそんなライトなテンションで良いのか、と他のメンバーを見てみるとやはり白けている。特にあの魔女っ子みたいなとんがり帽子を被った赤髪のちっこい女の子なんて、無駄なことしてるなー、って目の色をして鼻で笑ってるし。

 

「何をするんだ、こんな場所に集められてよ。さっさと終わらせて俺は剣の鍛錬でもしてたいんだが」

 

「同感です……。シャンナも帰って部屋に籠りたいです……だるっ」

 

 早速声を上げたのは無骨な剣みたいに表情が乏しい、ガタイがしっかりした男だった。見た目と違い乱暴な言葉遣いをするが、若干気怠そうに身動ぎして動いた肉体は相変わらず筋肉隆々としてる……なあ、アレ。どれだけライザップすれば辿り着く領域なんだよ。ちょっと俺にも教えてくれ、俺もモテボディーになりたい。

 更に魔女っ子も続いて同意して、夏場にクーラーの加減を間違えてしまった室内みたく、ものの見事に場の空気が冷えこんで行く様子を見せる。ノースは憤慨するように声を大きくした。

 

「お二方ー! やる気出してください! 私たちはこれから魔王を殺すまで寄り添う同じパーティーの仲間ですよ!」

 

「ってもな。魔王は魔王でも次期魔王ってやつだろ? しかも故郷の魔国ではなくこの国にいるって情報もある。つまり隠れ住んでるって訳だ。どうも格下な気がしてならねえ、やる気しねえ。適当に騎士団の下っ端に任せれば終わりじゃね。てことで俺、帰るわ」

 

「待てーです! 本当に待ってください! カナイ様に言いつけますよ!」

 

「チッ……早く終わらせろよ」

 

「それと、せめて自己紹介くらいしたらどうなんですか? 勇者さんは貴方のこと知らないんですからね!」

 

 心底億劫な表情で男は溜息を吐いた。かなりやる気がないみたいだがそれでもカナイ様という人物の名前を出した途端直ぐに反抗を諦めたようだ。

 

「うるせぇ奴だなホント。んで、テメエが勇者か……まあ及第点少し下だな。俺はバルカー、家名はねえ。そんだけだ、後は勝手にやってろ」

 

「う、うん、よろしく」

 

 再度舌打ちを小さく鳴らすとバルカーは足を尊大に組み直してそのまま頬杖を突いた。どう考えてもこの空気、懇親会とか親睦会とかで流れちゃいけないタイプのものなんだけど……まあ、気にしちゃいけないのかもしれない。

 

「はいはーい! じゃあ次はシャンナさんの番です! どぞどぞ!」

 

「……シャンナは、シャンナ・ミルリルです。王様に言われたから……権力に屈して今ここにいます……終わり。はぁ」

 

「皆さんもっと仲良く出来ないんですかね!? この王国にはもっとマトモな人材が沢山いたと記憶しているのですが!?」

 

 シャンナと自分を名乗った少女は十分な距離を取って座るバルカーと同じように興味なさげにこちらを一瞥すると、そのまま目を閉じた。どうやら寝る算段のようだった。自分は休息を取るから話しかけるなという態度がアリアリと出ている。この国、思っていたよりも余程深刻な人材不足に陥っていると見受けた。

 

「心外ですね。私は勇者様と個人的にもっと仲良くしたいと考えておりますよノース?」

 

「姫様は程度が過ぎますので少しお黙り下さいますか!?」

 

 シンシアに対して辛辣に言い返したノースに俺も微苦笑を浮かべざる負えない。程度の差があり過ぎる。絶対このパーティー、機能しない予感しかない。

 

「はぁー……ったく何ですかコイツラ。あ、勇者さんも自己紹介してもらっても良いですか?」

 

 疲れ果てたサラリーマンみたいな陰気な目をし始めて本音が出ちゃっているノースに、反射的に頷く。どうせノースとシンシア以外聞いていないだろうが、社交辞令的にやっておくべきだろう。冒険者だって人間社会、人脈形成の重要性について今更説かれる必要もない。

 

「あ……うん。良いよ。俺はソウ・イチハラ。宜しく」

 

「はい皆さん拍手ー! わー知ってましたー。見事に予想通り姫様以外誰もパチパチしませんよねーあはははは」

 

 空笑いが無駄に大きな広間に虚しく響く。このパーティーに友好的な人間はシンシアを除けばノースしかいないようだった。

 

「あははは……はぁー、全く何ですかこの人達ー。勇者さんは全然口開かないですし、姫様は変わらずですし、ミルリルさんは帰りたがってるし、筋肉男に関しては空気悪くするだけして子供みたいに自分知らないもん! って感じでそっぽ向いてますし」

 

「……身体もちっけえ女如きが俺に口先で喧嘩売ってきてんじゃねえよ、耳障りだ」

 

「は? お前ぶっ飛ばして誰にその態度取っているか分からせてあげましょうか?」

 

 あ、この人切れたな。

 そう思った瞬間、鋭くノースのことをバルカーが睨んだ。それまで興味なさげにそっぽを向いていたバルカーだったが、その言葉を聞いた途端にノースへと視線を振ったのだ。

 

「ああ? お前、誰をぶっ飛ばすって? 俺をぶっ飛ばす、という意味で言ったんならその意味身を以って理解させてやろうか?」

 

「粋がった野良犬上がりの筋肉袋が良くバウバウ吠えますね。実力は程々にあるようですけどその程度で思い上がるとは。雑魚が溜まった世界で一番になれても器量がそれでは国でも二流……失礼、それ未満の下流戦士でしかないですね」

 

 何というかその、やっぱ溜まっていたのだろうか、ストレスとか何とかが。それこそ枷がはじけ飛んだかの如くノースは冷徹な口調に代わってしまった。本当に勇者パーティーってこんな感じで良いのだろうか。前世でアイドルグループがこういう喧嘩をすればすぐに不仲説とか適当言ってメディアが盛り立ててたが、最早そういうレベルの話でもなくガチだろうこれは。

 

 早速バチバチに戦闘を始めそうな二人から俺は距離を取る。非常に巻き込まれたくない。俺を習ってかシンシアと、先程までのは転寝だったのかシャンナもそそくさと部屋の隅へと逃げる。どう考えてもそこには勇者と呼ばれる人間とその仲間たちの面影はなく、代わりにあったのは一般人と鬱憤晴らしにチンピラに絡むヤバい女騎士の光景だった。

 ガンを付け合う二人を見て、ポツリとシャンナが溢す。

 

「……これですから武力しか持ってない野蛮な人々は。短気は難儀……です。……アホ共がよ」

 

 うわっ、ド直球の悪態……見た目って本当によらないな。こんな幼い少女なのに出てくる言葉が一々辛辣すぎる。

 剣吞とした空気に居ても立っても居られず、ついつい俺は話を振ることにした。

 

「あー、シャンナって騎士団なんだっけ?」

 

「シャンナは……その……違います。宮廷魔法団です……あんな奴らと同じにしないで下さい。闘争本能丸出しの獣たちと一緒にされるのは……とっても……生理的に無理です」

 

「そ、そうなんだ」

 

 全く話を変えられなかった。俺に出来る事はもうないな、うん。勇者パーティーの未来は暗い。

 一分ほどジリジリと相対するノースとバルカーを眺めていると、シンシアが堪えきれなくなったように二人の間に割り込んだ。

 

「お二方、ここでは鞘を納めてくださいませんか?」

 

「姫様? そこを退いて下さいよー今からそいつに身の程を分からせるんです」

 

「ああ? 幾ら姫の前だからってカッコ付けてっと恥掻くぞ」

 

 仮にも仕える主相手だというのにシンシアの言葉は何故か全く効果が無い。鎖の切れた番犬のように口火を切ったノースとその喧嘩を割り増しで購入したバルカーには全然響かない様子。

 その二人に痺れを切らしたシンシアは、眉を顰めた。

 

「お黙り下さい! ここをどこだと考えているのですか! 神聖なる王城です、そのような言動が適切であると本当に思っていらっしゃるのでしょうか!」

 

 飼い犬を一喝。

 その表現が全く正しかった。はっ、とノースは正気を取り戻した様な表情に戻り、バルカーは小さく舌を鳴らした。

 

「すみません姫様……私が未熟でした……」

 

「分かれば良いのです。バルカーも宜しいですね?」

 

「……俺は喧嘩を売られただけだ。歯向かう気もねえ、俺は姫には従う」

 

 シンシアは幾らか落ち着きを得た二人に頷くと「では、席に着きましょう」と促す。

 俺はシンシアのことを無意識に見縊っていたかもしれない。いやまあ、初対面で告白してくる暴走特急っぷりしか知らなかったのもあるが、彼女は間違いなく王族の娘だ。気品さだけではなく度量もある、それが分かった。とても面倒なことに。

 

 ───さて、いつここから逃げ出そうか。

 その実、俺は全くこの面子に興味はない。精々どのくらい実力があって、タイマンになったら俺でも逃走出来るか? という計算的な思考を除いては別のことを考えていた。ここに招かれてからと言うものの、ずっと俺の脳内は既に勇者パーティーなるものからどう離反するかで頭が一杯だったのである。

 

 はぁ、早く辞職してえな……。

 

 俺の心中の呟きは誰にも悟られることなく頭の中で溶けて消えた。

 

 




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