勇者になったが魔王殺したくないし逃げる事を決意した話   作:ああ

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タイトル変えたいけど思いつかないシンドローム


2話 勇者になればメタ対策

 コロンの話をしようと思う。次期魔王と目されてしまった哀れな少女の話だ。

 

 俺が彼女と出会ったのは3年以上前のことで、場所は誰もが近寄ることは無い魔国と王国の境目にある森林。その場所はギルドではアンタッチャブルな場所としてリストアップされるほどに危険地帯だった。故に死の森、なんて安直かつ大逸れた名前までついてるのだからもう両手を上げるしかない。ここに入った人間は9割9分帰ってこないらしい。

 

 そんな森で彼女は行き倒れていた。偶然か必然か、当時金銭目的で採取依頼を請け負っていた俺はコロンと出会ったのだ。

 俺は彼女の尖った鋭利な耳を見て一目で人間ではなく魔族であることを理解し、すぐに剣を抜き、大上段に構えたまま静止した。別に倫理観から殺人はダメだと脳内でアラートが鳴った訳ではなく、その当時の俺は迷っていたのだ。

 

 俺には二つの選択肢があった。このまま見捨てるか、助けてみるか。この世界の常識を鑑みれば前者が絶対的に正しい。疑問の余地すらない。魔国とは長く戦争状態で、人間である俺がそんな敵国の人間を生かす必要は無い。寧ろ殺して首を持って帰ればネームドではなくともギルドから懸賞金くらいは貰えるだろう。助ければそれこそ逆に、俺は人類への背信行為をしてしまったことになる。

 だが、正直そんなことは二の次。人外とは言え小さな少女を前に剣を構えた俺にとって箸にも棒にも掛からぬ事情だった。

 

 そして結局は助けることにした。メリットデメリットではなく、俺がしたいように。なるようになると考えて。

 

 彼女はコロンと名乗り、俺の採取に同行した。……明らかさまにコロンなんて偽名だと思っているが更に一年後に「あ、実は私魔王の娘なので配慮の方宜しくお願い致します」と自身のとんでもない立場を暴露した後も名前については一切名乗ろうとしない。恐らく、名前について良い思い出が無いのだろう。

 

 コロンは魔法が使えた。ただ、魔族は基本的に大規模に影響を及ぼすような派手な魔法を好むのに対してコロンのそれは非常に地味だった。的確に魔物の四本の足と接している地面を泥にしたり、フラッシュを起こして魔物の目を欺いたり、果ては夜に勝手に抜いた俺の剣を地面に突き差すと炎を灯して松明にしたりした。有能には間違いないが、その全てが逃走や便利なアウトドアグッズみたいに使っているせいで不思議とこう、威厳が無い。親近感の塊と言うべきか。これも後から分かったことだが、魔力が無いからこうやって技術と発想でどうにかしようとしてきたらしい。それも全ては魔王である父から認められるため。……その思いは遂には報われなかったが。

 

 コロンのおかげで死の森の依頼を何とか完遂することが出来た俺に、コロンは能面を被ったような、しかしそれでも声音が糸を張ったような、まるで内心を悟れない面持ちでこんなことを言ってきた。

 

「あの、私は宛もお金も無いです。あるのはこの美の身体しかないですしそれを担保にするのは非常に嫌なので何も与えられるものは無いんですけど居候しても良いですか?」

 

「担保に出来ると自負するくらいには容姿に自信あるんだね……いやまあ、でもそのままの姿だとバレるんじゃ。魔族の特徴を見られたら確実に排斥されるよ」

 

「安心してください。私は魔法に関しては器用貧乏なんです」

 

 そう言ってコロンは何かしら口遊み、魔法を使って耳を丸めた。門外漢の俺には詳しいことは分からないが、魔法で上手く耳の見え方を変えたようだ。確かに魔族は耳さえ丸めてしまえば見た目だけなら人間と見分けが付かない。しかし魔法使いならば相手の魔力量を見抜いてしまう。魔族は魔力量が人間と比べても桁外れなのだ。

 

 ただ、その面から言えばコロンは一切心配する必要がない。何せ魔族でも落ちこぼれだったコロンの魔力量は、人間の魔法使い基準でも平均程度しかないのだ。つまり、姿を現さない限りは魔族とバレる心配はない。

 

 論理的には多分、完璧だった。

 

「これなら大丈夫ですよね。ではこれからお世話になります」

 

「いやいやいや、ちょっと……俺宿屋に一人暮らしなんだけど」

 

「お世話になります」

 

「ええー。……まあそれでいいなら良いけどさ」

 

 と、投げやりな返答を以って回想終了。我ながらかなり流されてコロンはウチに住む流れになったのだ。

 

 それから3年間、仕事以外では山無く谷無く普通に生きてきた訳だが、それでもそんだけ一緒の釜の飯を食っていたら情も湧く。何なら未だにベッドは一緒のところで寝てる分、2割増しくらいで情は湧いてしまっている。

 

 コロンは弱い。いや、正確には普通の村人よりは実力主義の魔国で育っている分、よっぽど戦えるがそれでも弱い。もし魔族と人間の戦争の最前線に立ったらすぐに死んでしまう命だろう。この前死んでしまった父親と比較すれば、1000倍はコロンの方が弱いはずだ。寝顔を見ていると彼女が本当にただの人間にしか見えない。恋愛感情は無いが、気付いた時には愛おしさすら胸の内に抱いてしまっていた始末で、自分でも自覚した時に驚き半分、納得半分だった。

 

 で。

 それを勇者になったから殺せ、なんていうのは土台無理な話である。てこの原理で地球は動かせないし、ライターで海を蒸発させることもできない。既に家族と表現しても過言ではない関係性が出来てしまっている同居人を殺害するのも、前二つと同じように俺には不可能な話だ。

 

 だからこそ、勇者なんて真っ平御免だ。お前今日から勇者な、後お前の母ちゃん魔王で人類悪だからしっかり殺せよ、と言われて従う人間だって居ないだろう。

 

 よって勇者なんて役目、投げ捨てよう。俺の社会的立場が木っ端微塵なろうとも、ギルドからの仕事の斡旋が失せようとも、俺はこの人生で初めて得たこの生き方を貫き通す。二度目の異世界での人生で、俺の矜持が試されているのだ。

 

 俺は、勇者を辞める。

 

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 

 

 なんて固く決意表明したところで現実はそう上手くは行かない。勇者は辞められる職業ではなく、偉い人間が身勝手に権力を振り翳して任命する名誉職だからだ。そう簡単に辞職届を提出することは出来ない……もしここが前世なら退職代行とか利用して無理矢理バックレてたんだけどな。

 

 実質公的に、角の立たないように勇者を辞めるには魔王を殺すしか手段がない。契約を履行すれば職務からも解き放たれるはずだからだ。だがそれじゃ本末転倒、守りたいものを手に掛けてどうするという話で。

 なので、勝手に辞める(失踪する)ことを前提に計画を練るのは自然の理だった。

 

「勇者様、ぼーっとなされてますね……どうされましたか?」

 

「いや、何でもないよ」

 

 懇親会とは名だけの不毛な集まりが終わり、俺は私室に案内された。ユグラル王城の一室を出立の日まで貸し与えてくれるそうで、宿屋に私物を大量に残しているとはいえ取り敢えず今夜からは基本的にこの部屋で過ごせとのことだった。

 にしても無駄に広い。ただの客間の癖して、前世を含めてもここまで広い部屋で寝泊まりした記憶が無いほどにである。流石は王城と言うべきか、調度品も金銀と煌々しく光っている訳ではないがどれも品が良く、何気なく置かれたタオルさえも肌に当てたら摩擦感が殆ど無くてつい唸ってしまうほど高級な物であることが分かってしまう。さながらテレビの旅番組で見たホテルのスイートルームみたいだ。

 

 嘗てないほど豪華絢爛な部屋に否が応でもテンションが上がって更に探索をしてみたい衝動に駆られるが、しかしそれ以上に俺には目の前にいる少女の方に意識が向いた。

 

「……あの、何でいるの?」

 

「はい? 何がですか?」

 

「俺、寝るんだけど」

 

「それはそれは……おやすみなさい?」

 

「首を傾げられても困るかな。正味出てって欲しいんだけど」

 

「なるほど……ではまた朝お伺いいたしますね」

 

 名残惜しそうに華麗な一礼をすると、シンシアは部屋から出て行った。本当に何だったんだろうか。理由の無い好意って正直、ちょっと怖い。モーニングコールする気満々なのも怖い。メイドかな?

 

 シンシアがいなくなったのを確認すると、俺は据え付けられた大きめの窓へ近寄る。ガチャンと窓の施錠を外すと王城の外にある庭が良く見える。ここから抜け出すことは可能そうだが、ただ問題は二つ。見張りの兵が想定以上に多いこと。更に3階部分の客間のため、普通なら降りるのは不可能だ。

 

 だがそこは冒険者として腕を鳴らした俺なら朝飯前だ。このくらい出来なかったら確実に依頼の最中で死んでいた。これは俺が例外と言う訳ではない。冒険者というのは基本的に腕っぷしが強いわけではなく、隠密に長けた人間の方が多かったりするのだ。証明は出来ないが、恐らくは魔物を倒しても大した報酬を得られないことが起因しているのだろう。俺と同じように採取依頼を熟して生計を立てる冒険者は多い。

 

 窓から飛び出して、夜闇の庭の物陰に着地する。誰も居ないことを確認して、外壁を登って俺は王城を脱出した。

 

 王城から歩いて20分ほどの、王都の外れに俺の根城とする宿屋はある。一ヶ月で1.2万ルマンドと元々拠点にしていた町の宿屋よりは高いのだが、それでも場所が裏通りな上に作りもあまり良くないことから値段は控え目だ。

 

「遅いお帰りだなソウ」

「色々多忙だからさ、俺」

 

 中に入れば店主が眠そうな眼を隠さずに俺へと言葉を投げかける。俺が勇者であるという事情は誰にも話せないので適当に返すと、興味無さそうに鼻を鳴らしてルームキーを投げ渡すと店主は手に持っていた酒を退屈そうに煽った。

 

 二階に昇って一番奥、それが俺の取った部屋だった。特に選んだわけではないし、床の軋む廊下を長く進むのは億劫でしかないが、他の部屋と比較してちょっぴり広い割に同じ値段で宿泊しているのを考えればお買い得だと言える。

 

 既に夜も更けている。地球で言えば夜7時、この世界風に言えば風の刻。コロンに気遣ってノックをすると、数秒してガチャリと扉が開いた。

 

「お帰りなさいソウ、遅かったですね」

 

 出迎えたコロンは長い銀髪を紐で一本に縛り上げた寝間着姿で、本を脇に挟んでいた。人間ではなく魔族ということもあってまだまだ睡魔に襲われていないようだ。魔族は人間の三倍ほどの体力があるとコロンも言っていたからなぁ……魔力量も桁違いなのに身体能力でもこの種族差、もしこの世界がMMORPGならば確実に運営へのクレームものである。寧ろ良く人間って魔族と戦争出来るなと感心してしまう。

 

 中に入ると朝に俺が出て行った時と変わらず家具の少ない部屋である。宿に元々ある寝台にソファー、テーブルなどの家具を除けば服や必需品くらいしかない。本だけは多少あるがその6割は王立図書館で借りたものなので、私物として持っているものは実質10冊程度しかない。それだって飽きたらコロンが古本屋で売って新しい本を買ってしまうので見慣れたタイトルの本5冊もなかった。

 

 俺は備え付けのポッドでお茶を淹れ始めるコロンを横目にベッドに座って装備を点検していると、コロンは俺へ液体の入ったカップを差し出した。

 

「飲んでください、宿屋の前に生えていた雑草で作ったハーブティーです」

「それ言われて飲む人、いないと思うよ」

「安心して下さい。魔法で成分を弄って良い香りが立つようにしたのでかなり美味しいと思います」

「思いますって……それ自分で飲んだ?」

「飲みましたよ? まずまずの不味さでした。でもそれは魔国で裕福に暮らしていた頃に潤沢に高級茶葉を使ったお茶を飲んでいて舌が肥えた私が言うのであって、貧乏舌のソウなら午後の余韻に浸れるという自負があります」

 

 いや舐めすぎだろ……。この世界より発展した食文化の中で生きてきた前世があるから、どれだけ俺が孤児院出身の貧乏上がりだとしても味覚に関してはそこまでイカれてない自信がある。感謝しろ? 俺が今日会ったバルカーみたいなならず者ならここで殴り合いになってるからな?

 まあ、こういう人を食ったような発言を真に受けて憤慨するようだったら今頃俺はコロンと袂を分かれてるし、今更気にする必要も無く俺は受け流して口に含んでみる。

 

「……フルーティーだけど、雑草だね」

「ふるーてぃーですか、意外に分かってますねソウ。私と同じ感想を抱くとは……やはり明白にこの魔法には改良の余地が残っていますね」

 

 俺の感想に頷くコロン。と言うか暇に託けて何してるんだ……前も変な人工肉とか作ってたけど、いよいよ凝り始めて変な方向に行き始めたな。まあ良いけど。

 

 コロンは考えるようにメモを取ると、そのまま今メモを残した紙をテーブルに投げ飛ばした。テーブルまで3メートル、紙ペラ一枚は物理法則に従って落下しそうなものだがそこは魔族。無駄に魔法で浮かんだ紙はゆっくりと水平に飛び、ひらひらと下降するとテーブルの端っこに着陸した。

 その様を見ているとコロンは俺の服を引っ張ってきた。視線を動かすと、真面目な雰囲気で口を結んだコロンが視界に入った。冗談交じりの挨拶はこれくらいでというサインだろう。コホン、と息をついた。

 

「それでどうでしたか、王城は」

「観光名所ってような場所じゃなかったな。国の中枢ってことだけはある。ただ……俺みたいな冒険者に夜間抜け出されるのはどうかと思うけどね」

 

 ザルとは言わないが、熟練のシーフとかならば上手くいけば忍び込むことも出来そうだ。

 

「まあ今は戦争状態ですから仕方がないのでしょう。それにまさか勇者が内から抜け出すなんて想定もしていないでしょうし、所詮はこんなものだと思いますよ」

「そうかなあ」

「これからどうします? 勇者になってしまったんですよね、ソウは」

 

 コロンの表情はあまり良くない。何も感じてないような表情を続けながらもツンと唇を尖らせているのは不安だからだ。この先、俺もコロンも、時代の奔流に飲み込まれていくのは避けられない。

 

「計画は無いけど……取り敢えず、あと数日は王都にいるからそれまでは現状維持かな」

「ですがその後は王都を出るんですよね?」

「うん。俺たちが半年前まで拠点していた町に行くらしい」

「シルベアですか……」

 

 感慨深そうに呟いた。シルベアは魔国との境界線近くにある街で、危険地帯故に一般人がいけない場所も多く、高値で売れる素材も良く手に入った。そこでは数年生きてきたからコロンも俺も思い出深い。

 

「だから、その前に遁走しようと思う。お金があまり無いから、今すぐは無理だけど」

「なるほどです。勇者の役目を放棄するのですか。死んでしまうとは情けない、でしたっけ」

「それは違うやつ」

 

 何時だかに俺がジョーク交じりに言った言葉を覚えていたのか、前世のRPGゲームのセリフを無表情で言い放つコロンに苦笑が漏れ出た。

 

「この国はコロンを殺そうとしているんだ。次期魔王として、魔国の首領になって戦争が激化するのを恐れてるし、勇者に殺させれば魔国に侵攻できるとさえ思ってる。勇者なんて戦争の道具なんだよ、ここじゃ。俺はさ、コロンを殺したくない。だけどこの国で生きる限り、勇者という立場は絶対に着いてくる。だから逃げるしかないよ、逃げて別の国に行くしかない」

「私もソウに殺されたくないです……いえ、訂正しましょう。私のことを殺したくないソウに殺されたくはありません」

「また複雑な言い回しだね……」

「でも本音です」

 

 ヴァイオレットカラーの瞳が俺の目を貫いた。コロンは結構シャイな方で、自分の正直な気持ちを吐露することは少ない。そんなコロンが俺と目を合わせてくるなんて、相当にその心は決まっているのだろう。俺の中でコロンの存在が大きいように、コロンの中でも俺の存在は大きいらしい。両想いだ。これが殺す殺さないの話じゃなかったらもっと嬉しかったが。

 

「なので、逃げるのには同意です。私は捨てられた身です。魔国には未練もありませんし、今更魔王になるなんて面倒なことこの上ないです」

「そっか。なら頑張らないとね」

「……そうですね。今度こそ隠居しましょう」

「ふと思ったんだけど、魔王が勇者と隠居したがってるなんて魔国に漏れたら凄いことになりそうだなぁ」

「他人事みたいに言いますけどソウの望みでもあるんですからね。私の願いはソウの願いです。……でも、上手く行くんでしょうか?」

 

 コロンの瞳が揺れる。縋り寄るように俺の腕が優しく掴まれた。

 

「上手くいくさ。きっとね」

 

 何も根拠が無かったが、俺はそう言って慰めた。

 

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 

 深夜の内に城内へと戻り、翌朝、俺は早いうちに宛がわれた部屋を出て散歩をすることにした。理由は簡単で、シンシアと会いたくなかったからだ。理由の無い好意をぶつけられるのは俺としても対応にあぐねる所がある。モテてるなら何でもオッケーです! とか考えられる思考回路だったら王女のモーニングコールを待つんだろうが、少なくとも俺はそんな愉快な脳味噌を持っていない。話すことも無いので部屋を抜け出すのは必然だった。

 

 昨日は歩かなかった方向の廊下へと行ってみることにした。すれ違いざまに警邏中の兵士に出会って挨拶を交わす。俺が勇者であることは内密事項のはずだが、王城の兵士には周知させているらしい。考えても見ればそれもそうか、もし俺の立場を明かさなかったなら何で俺はここにいるんだと兵士も下人も不思議がる上に不審者と誤認されてしまうかもしれない。だがそれでも勇者が俺であるという事実を知るものが増えれば俺の社会的立場も窮屈になってしまうから、少し考え物だ。

 

 廊下は外に続いていた。空を見上げれば、時間帯的に当然なのだが光はまだ薄暗く、仄かに太陽の光が地面を照らしている。

 最初、俺はその場所が中庭かと思ったのだが、瞬きを二回してそれが間違いであることに気付いた。中庭じゃない。これは修練場だ。中央には均等に切られた石が等間隔に埋められ床となっており、脇には屋根が付いた武器を立てかける棚と、槍や剣などの武器が立てかけられている。流石に刃引きはしているようだが、扱える人間が振るってそれに当たったらまあ骨折くらいの覚悟は必要だろう。

 

 そして修練場の中央に人影がある。ひゅん、という風を絶つ音と共に荒い息遣いを発していたのは昨日会ってチンピラの様相しか見て取れなかったバルカーだった。やって来た俺には目もくれず、只管に両手剣の素振りを続けている。俺は少しの間鑑賞に回ることをした。

 意外なことにバルカーの剣は型に沿った、所謂儀礼県にも似た綺麗な軌跡を描いていた。ノースはブチ切れた時に野良犬上がりと称していたが、剣筋だけ見れば全くの正反対。寧ろ愚直に型を繰り返して得た、努力の剣に見える。

 

「……ああ、誰だ?」

 

 素振りを一旦休憩にしようと思ったのだろう、バルカーは一息吐くと漸く俺に気付いたみたいで鋭い視線を此方へと振ってきた。俺は反射的に笑顔で手を振る。

 

「ごめん、覗き見る気は無かったんだけど。散歩の途中でね。気を悪くしたら謝るよ」

「……お前、勇者か。別に鍛錬の邪魔をしなきゃどうでも良いが……良い機会だ。一本やってけよ」

 

 そう言ってバルカーは剣をこちらへと向けた。その好戦的な瞳に、俺はどうにも模擬戦を挑まれているらしい。

 

「いいの? 俺はここの部外者なのに、ここの設備使っちゃって」

「気にすんなよ、んなこと。てかお前は勇者だろうが、どう考えても関係者だろうが。頭悪いなお前」

「ははは……」

 

 ムッと来たが無視する。こんな挑発染みた言葉に一々反応するようじゃコロンとの共同生活なんてとても送れないのだ。

 

「やるかやらねえか、どっちだ」

「いいよ、やろう」

「いいね俺好みの回答だ」

 

 正直俺はそこまで剣に自信はないから乗り気ではないが、それでも国が選んだバルカーという人物の力量を知れるチャンスだ。乗って損はない。

 

 武器を吟味して、特に迷うことなく直剣を選ぶ。刃が潰されたことを除いて何の変哲もないただの訓練用の剣だ。

 

「片手剣……盾は使わねえのか」

「冒険者になるとき、俺が買える一番安いのって片手剣くらいだったんだよね。それ以来これ一本だよ」

「なるほどな。じゃあ……やるぜ!」

 

 会話が続いていると思ったら、バルカーは唐突に左足に力を込め、此方へと駆け出してきた。距離が縮まる。咄嗟に俺は剣を合わせて金属同士が鈍く響く音が手元で鳴る。……重すぎるだろ、コイツの剣ッ!!

 

「試合開始の合図くらいしたらどうなのかな?」

「実践にそんなもんねえだろ?」

「それは道理だね。でも野蛮すぎる」

「関係ねえな、こんなんで死んじまったらそれこそ勇者の器ではねえだろ」

 

 両手で刃を振るい、何とか俺は距離を空けた。

 自然と睨み合う形となる。……バルカーは手加減無しで来ている、これは俺も油断していたら大怪我を免れないだろう。

 

 今度は俺から仕掛けることにする。

 やることと言えば単純。大上段に構え、左足を前にする。足と足の間隔は一足半分。

 

「エエェェェイ!!」

 

 雄たけびを上げながらそのまま駆け出し、斬る!

 大上段から振り下ろされた剣に、バルカーは動揺はしたものの冷静に身を翻した。

 

 示現流。前世で薩摩藩が使ってたとされる二の太刀要らずで有名な流派だ。この世界で何も分からずにただ金銭の為に剣を握った俺が、強くなるために朧げな知識で頼ったのがそれだった。

 無論、アニメの主人公みたく道場で習っていたわけではない。学生の頃にテレビやネットで見た断片的な知識から俺は編み出し、練習を重ね、何年か掛けてある程度実戦でも使えるレベルまで持って行ったのだ。それでも本職からすればきっと杜撰なものだろう。

 

「んだそれ、見たことのねえ型だな」

「まあ、我流ってやつだよ」

「我流、ねえ!」

 

 振り終えた俺にバルカーはタイミング良く蹴りを入れてくる。典型的なヤクザキックだ。無理矢理両腕を動かして剣で防御すると、ガキン、と鉄と鉄とぶつかる音が響く。……この男、靴の底に金属を仕込んでるな。

 

「……バルカー、君は騎士じゃないのか? 騎士でそれは無いだろう」

「違うね。俺はあんなお利巧モンじゃねえよ。ただの剣使い(ソードマン)だ」

剣使い(ソードマン)?」

「騎士になる前に、実力が不足している人間を剣使いとして国は雇ってんだ。そこで鍛えて実力さえ足りれば騎士になれる。俺は別に実力が足りねえわけじゃねえが、騎士なんざ怠いもんになりたくねえから剣使いのままでこうして雇われてるってこった」

「なるほど……でも給金とか騎士より下なんだろ?」

「義務と責任、加えて借り物の誇りなんざ願い下げだ。要らねえんだよ、俺の人生にはそう言うの」

 

 まるで社会不適合者の発言だが、理解はできる。きっとフリーターみたいなもんだ。大きな責任を背負わず、渡り鳥みたいに気軽に世界を生きていきたいとバルカーは考えているのだろう。適当だが。

 

「でもじゃあ、何でシンシアに従ってるんだ?」

「それは……俺の刃に聞けや!」

 

 バルカーは手早く両手剣を自分の右手側に床と水平に構えた。すると両足で地面を蹴り飛ばし、俺の眼前に現れ……!?

 

 気付いた時には物凄い風圧と共に、俺の胴体にバルカーの両手剣の刃が当たっていた。……ヤバいな、全く見えなかった。

 推測だがバルカーは走り出す瞬間、身を屈めたのだろう。低姿勢になったせいで俺の視界から一瞬外れ、その間に鍛えられた物凄い剛腕で剣を振り抜いたのだ。寸止めするその力量も込みで、この男、強い!

 

 バルカーはデカい剣を下すと、失望の眼差しで俺を見た。

 

「……落第だな。勇者って肩書にしちゃあ口ほどにもねえ。良いとこ、騎士団で言うとこ中の上ってとこか。そんなんで戦えんのか?」

「はは……俺は本来採取専門の冒険者だからね。剣は本職じゃないんだ」

「これで勇者とは情けねえ……興が削がれた。帰るわ。つまんねえな、ったくよ」

 

 バルカーは俺に背を向けると、剣を棚に立てかけ、そのまま王城へと姿を消した。

 それを見届けながら俺は先程の模擬戦を分析する。

 バルカーは俺のことを騎士団で中の上と言ったが、それを圧倒したバルカー自身はかなりの実力者だった。それこそ今まで見た剣士の中でも一位を争うほどの使い手だ。敵としたら非常に厄介だろう……なるほど、確かに実力的には勇者のメンバーとして申し分ない。少なくとも俺が真っ向から戦って勝つ確率は0%に近い。

 

 こうも真正面から挑んで強力な戦力と言うのは非常に厄介だ。単純に戦力の無効化が難しい。

 方法と言えば……俺一人なら搦め手を使うしかないだろう。タイマンならそれで五分五分まで持ってけるはずだ。だがもし、同じく前衛職だろうノースと組まれたり、魔法職であるシャンナとペアで来られてしまえば勝機は薄いというしか無い。

 

 空が明るく大地を照らすまで、俺は王城の周辺を散歩しながらバルカー対策を考えた。

 

 




自分で読み返して不思議な気持ちになってる、ファンタジーってこんな感じで大丈夫なんでしょうか……

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