仮面ライダー龍騎 Bloo-dy Answer   作:ホシボシ

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ディケイド版龍騎の二次創作です。
ちょっと他でやってる作品と微妙な繋がりがあるんですが、それを知らなくても見れるようにはしたつもりです。

まあ前々から、リイマジと呼ばれるライダーたちの設定も面白いとは思ってたんですけど、ちょっと龍騎でやってみました。
いろいろガバガバな点もあると思うんですけど、よかったら見てもらえると嬉しいです(´・ω・)

注意点として、かなりオリジナル色が強くなってます。
さらに原作キャラとオリキャラの恋愛みたいな描写もあるので、そういうのが苦手な人はバックしてください。




ブラッディアンサー
前編


 

「だずェでッ!!」

 

店員は目を疑った。

痰が絡んだような声が聞こえて顔を上げると、少女が鬼気迫る表情で迫ってくるのが見えた。

頭の中にハロウィンの文字が浮かんだのは、最近ハマっている動物たちと無人島で過ごすゲームが原因じゃない。

少女の制服が血で汚れていたからだ。

いや汚れていたなんて生易しいものじゃない。血まみれの少女は泣きじゃくりながら店員へ手を伸ばす。

 

「げいざづを――」

 

せき込むと血が出てきた。

少女が吐き散らした血が、おでんのスープに落ちた。

溶けていく赤と、真っ白になった店員の頭。奥からはアルバイトのおばさんの叫び声が聞こえてくる。

 

少女の悲鳴がそこで重なった。彼女を追いかけてきた男が見えたからだ。

叫ぶ。助けて。離れて。少女が自分の血で滑って転んだ。

入ってきた男は彼女の髪を掴むと、持っていた包丁で彼女を刺した。

逃げようとする少女、逃がさまいと男は髪を強く、ガッチリと掴む。

腹を刺した包丁を引き抜くと、次は少女のわき腹を刺した。あばらが邪魔になって思うように刃が肉体に沈まない。

だから次は狙いを変えて太ももを刺した。少女が泣き叫ぶなかで、男は何度も何度も包丁を出し入れしていた。

 

「ざずげぇ! おヴぉえ! ギアァァ! いだぁいよォお゛!」

 

少女の叫びが聞こえて店員は我に返る。

しかし動かない。動けない。どちらにしても、今から助けに入ったところで。

 

 

 

 

「おはようございます」

 

軽い会釈を繰り返しながら、辰巳(たつみ)シンジは自分のデスクに着いた。

彼が務めている出版社『Atashiジャーナル』は、“幼稚園の運動会から汚職まで“をテーマに、ありとあらゆる事件を中立の立場で報道するのがモットーだ。

記事の信ぴょう性も高く、社名と同じ名前の雑誌はそれなりに好評である。

シンジはこの会社で記者をしており、主に写真を担当している。

 

「シンジ、今朝のニュースは見たか?」

 

そうしていると記事担当の羽黒(はぐろ)レンがコーヒーを持ってやってきた。

シンジはお礼を言ってそれを受け取ると、ちびちびと飲み始める。

 

「酷い事件ですよね。どうなるのやら……」

 

シンジはレンのPCに映っている取材のまとめを見ながらそう口にした。

事件の内容は、二十歳の井ノ部(いのべ)(ただし)という男が、高校一年生の堀北(ほりきた)ユイカと、その母親を殺害したことが始まりだった。

駆け付けた警察は無抵抗の井ノ部を拘束。

後日、彼から事情を聴くと、殺害の動機を淡々と語り始めたという。

それは彼女が非処女ではないと知ったから殺したという、あまりにも身勝手なものだった。

井ノ部は偶然町で見かけた堀北に一方的な好意を抱いていたが、交際している相手がいることを知ると、憎悪を抱き、そのまま殺害に至ったという。

 

彼女を尾行し、帰宅したのを見計らって部屋に侵入。

部屋にいた母親を殺害すると、そのまま堀北を刺した後、逃げた彼女を追いかけて殺害した。

未来ある少女が殺されたストーカー殺人。さらに無関係の母親や、何度も包丁で刺したという猟奇性からシンジもよく覚えていた。

 

「今日、判決が下るらしい。どうなることやら」

 

レンはため息交じりにPCの画面端にある日付を見ていた。

二十年ほど前から司法の在り方が変わった。

性別や人種など、あらゆるものがフラットになっていく世の中で、いつの日か目をつけられたのは『法』であった。

誰もが等しく罪を背負うべきである。また、誰もが等しく己の罪と向き合えるべきである。人々はそれを受け入れ、世界を少しだけ変えた。

未成年であっても、成人と等しく罪を裁かれるようになり、弁護士を雇うか否かを選択し、罪を認めた場合は早急にそのジャッジが下る。

 

「とにかく俺はそっちに行くから、シラトリ先生のほうは頼んだぞ」

 

「了解。任せてくれよレンさん」

 

シンジは時計を見る。今日は有名な小説家のインタビューの予定があるのだ。

シラトリマイコ。主にミステリーやヒューマンドラマを執筆する女性作家である。

特徴は何とも言っても独特の死生観からくる葛藤や愛憎である。特に青春小説のなかに死を賛美するかのような歪なエッセンスを交えた『壊れたチャイム』は、多感な時期の読者に大きな衝撃を与え、映画化もしている。

 

そんな彼女の新作が出るというので、前から取材のアポをとっていたのだ。

高級住宅街をスーパーカブで走る午前十時。シンジは五分前に目的地にたどり着くと、インターホンを鳴らした。

 

『はい』

 

とても澄んだ声が返ってきた。シンジが名前を口にすると、ほどなく扉が開く。

出迎えてきた女性を見て、シンジは思わず肩を竦めた。外にハネた美しい髪に、やさしい丸い目、そして真っ白なワンピースを着ているのは、自分とそう歳の変わらない女性ではないか。

まさにお嬢様だ。シンジはなんだか自分から発生する俗っぽい空気を自覚して、恥ずかしくなった。

 

「どうぞこちらへ」

 

「え? あ、ああ。どうも」

 

大理石の廊下を歩くと、やたら広いリビングに通された。

ソファには50代くらいの女性が座っている。

 

「どうもシラトリマイコです」

 

「え?」

 

シンジが隣にいた女性を見ると、ニコリと微笑みを返された。

 

「わたしは娘の美岬(みさき)湖白(こはく)です」

 

シンジはますます恥ずかしくなって、曖昧な笑みを返した。

 

 

 

 

「どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

取材もそれなりに進んだとき、湖白が紅茶を持ってきてくれた。

なんだかよくわからないハーブティーのようだが、とてもいい匂いだ。

微笑みかけてくれる湖白に笑みを返してから視線をマイコに戻すと、彼女は含みのある笑みを浮かべていた。

 

「美しいでしょう? 自慢の娘です」

 

「そう、ですね。あはは……」

 

すると湖白は顔を真っ赤にして頬を抑えた。

 

「お母さん。もうっ、お客様になんてことを聞くんですか……! でもありがとうございますシンジさん。お世辞でもうれしいです」

 

「――っ、ええ」

 

シンジは湖白のリアクションを見て思わず怯んでしまった。

確かに彼女はとても美しいが、今のはあくまでもどこにでもあるような社交辞令の流れなのだから、サラリと流して終わればいいのにと思う。

なんだか体が熱くなってきた。シンジは困ったように視線を泳がせ、そしてコルクボードにある写真を見つける。

そこには色々な場所で、いろいろな人と写真を撮っている湖白がいた。

 

「娘はよくボランティアに行くんですよ」

 

マイコが説明してくれた。

災害などで被害にあった町に赴き、頻繁に支援活動を手伝っているのだという。

 

「いい写真ですね。みんな笑ってる」

 

「ですって。本職の人に褒められるなんて良かったわね」

 

「はい。あれは私と被害にあわれた方々の――」

 

湖白はシンジを見るものだから、ついつい視線を合わせてしまった。

 

「絆です」

 

「………」

 

シンジは悪い人間ではないが、できた人間というほど純粋でもない。

絆という言葉は非常に胡散臭いものだとずっと思ってきた。だというのにこの女性は、ハッキリとそう口にする。

なんだか彼女のワンピースがやたらまぶしいような気がして、思わず目を細めた。

すると湖白は話題に出たからか、シンジが持っていたカメラを示す。

 

「それにしてもすごいですね、それ。大きくて綺麗に撮れそう」

 

「こだわりましたからね。相当食費を削りましたよ」

 

「まあ、いけませんよ! ごはんはちゃんと食べないと!」

 

「いやッ、まあそうなんですけど……!」

 

「ちょっと待っててください! 今わたし作りますから!」

 

「え!? いやッ、悪いですよ!」

 

「大丈夫! 作り置きしてるんです! だからすぐですから!」

 

「そういう問題じゃなくて――ッ!」

 

そういうが湖白はすぐに駆け出してキッチンへと消えていった。

助けを求めるようにマイコを見るが、淡々とした様子で紅茶を飲んでいらっしゃる。

 

「まあ食べていってください。ほら、同じ釜の飯をっていうでしょ? 私としても言葉を洗練したいもので、取材は長くしてもらったほうが助かりますし」

 

そう言われては仕方ない。シンジとしても断って空気が悪くなるよりは良い。

しばらくするとリビングのテーブルにはいろいろなおかずが用意されていた。

肉やら魚やら、何が何だかわからないくらい凝った料理が並んでいる。

 

「テレビで見たレシピをメモして真似してるだけですから」

 

そうは言うがこれがまた美味いのなんの。

ササミだろうか? シンジが焼いたときはパサパサだったが、これはふっくらしていてとても美味い。マカロニサラダもシーチキンが入っていていいアクセントになってるし、コロッケのようなものを何かの魚で巻いた料理なんてのは見たこともなかったが、チーズが効いていてとてもよかった。

味噌汁もこれがまた深いというかなんというか。いろいろな出汁を感じて、とてもじゃないが真似できそうにない。

 

食を我慢していた分、白飯が進む進む。湖白はそれをとても嬉しそうに見ていた。

いや、それでもテンションが抑えられないのか、ニコニコしながらシンジとおしゃべりをしようと試みる。

 

「辰巳さんはどこに住んでいるのですか?」

 

そんなことを聞かれた。

湖白が聞いているのは地区とかそういう広い範囲のことではなく、文字通り『住所』である。

するとマイコはわざとらしい咳払いで、湖白を注意しはじめた。

 

「ごめんなさい辰巳さん。この子、とにかく純粋で」

 

「それ自体はいいことだと思います」

 

「でも何をしても怒らないんです。そう、何をしてもね……」

 

強調された気がする。シンジは湖白を見た。

何をしても怒らない。

何をしても。

確かにそう言われても信じられるだけの笑顔があった。

そういえば玄関で一度家を見上げてみたが、二階の窓に可愛らしいぬいぐるみが並んでいた。

あそこがきっと彼女の部屋なのだろう。そう思えるだけの無垢な笑顔があったのだ。

 

しかしそうなると変な考えがよぎってしまう。

もしも湖白が本当に『素』だというのなら、これはさぞ『敵』も多いだろうて。

そう思った時にはシンジの箸は完全に止まっていた。それはつまり、湖白という人間は主に女性から嫌われそうなタイプだからと思ってしまったからなのだが……、よく考えてみればなんとも失礼な話ではないか。とはいえ、それはバラエティーやドラマなんかじゃ湖白のようなタイプは男を狙うためにわざと純粋で清楚のようにふるまい、媚を売るのだと見たことがあったからで――

 

「………」

 

シンジは湖白を見て喉を鳴らした。無意識だった。

彼女は赤身の肉を食べている。他の料理と違ってそれはただ焼いただけのもの。

加減はレアなのか、赤い血が滴り、彼女が咀嚼すると油で照った唇の隙間からピンクの雫が垂れた。

 

媚、美味い食事、男、何をしても怒らない、湖白、女。

言葉が次々と浮かんでは消え、それはシンジの脳の奥にある言葉とリンクし、結合していく。

シンジは大理石をいつしか、有名俳優が不倫の場に選んだホテルのエントランスで見た。

あそこには確か大きなベッドがあったはずだ。高いホテルだから防音もしっかりしている。だから多少叫んだところで周りには気づかれない。

 

「!」

 

シンジはゾッとして湖白から視線を逸らした。

震える手でグラスをつかみ、少しだけ水を含む。

おかしい。なんだ今のは? なんて馬鹿な妄想をする。シンジは本気で恐ろしくなった。だってあまりにも低俗であり、品がない。

何をしても怒らない。本当に? ありのまま欲望をぶつけられても?

そんな馬鹿な妄想を一瞬だけしてしまった。

 

出会ったばかりの女性で考えることじゃない。

シンジは自己嫌悪を覚えたが――、同時に気になった。

なぜだ? なぜそう思った? ジャーナリストとして培ってきた知識を活用して考える。するとすぐに一つの答えにたどり着いた。

それはシンジがジャーナリストだからだ。

彼は取材を繰り返すなかで多くの闇を見てきた。欲望、嘘、傲慢、それらはシンジにとって酷く嫌悪するものであるが、同時に理解できるものでもあった。

 

かつて羽黒レンを信頼しきることができなかったのは、シンジとて全てではないにせよ物事をメリット・デメリットで考える節があるからだ。

それはマイナス面であると同時に、人の性質であると思っていた。

だから湖白のような人間は存在しないと思っている。

思っているからこそ湖白は偽りだ。

偽りを真実のように声を張られるのは腹が立つのかもしれない。

だからこそ、ほらみろと言ってやりたいのか――?

シンジはゴクリと喉を鳴らして水を飲んだ。マイコはゴクリと喉を鳴らして紅茶を飲んだ。

 

「あの子は試作品としては完璧です」

 

午後の取材途中、突如そんなことを言われた。

周りを見ると湖白はいない。シンジはすぐにマイコのいう試作品が湖白のことだと理解した。

 

「試作品、ですか……」

 

「言い方は悪いけど愛情はありますよ。本当に」

 

「どういうことですか?」

 

「なるべく狭い世界を見せて育ててきたつもりです」

 

教育とは洗脳である。以前取材した学者の言葉を思い出した。

 

「あの子のことをめちゃくちゃにしたいと思いませんでしたか? それはあの子が綺麗すぎるからと思っているのですが、どうでしょう?」

 

「は――? いやッ、僕には……」

 

「少し実験をしてましてね。あの子には申し訳ないけど、私もネタが欲しくて」

 

マイコは淡々と口にしていく。

 

「善人で囲むように育ててきたから遊びを知らなくて。まだ処女なんですよ? どうです辰巳さん、あの子、悪くないでしょう?」

 

「困ります。突然何を……?」

 

マイコはシンジをジッと見つめていた。明らかに困っている彼を見て、やがてフッと笑う。

 

「失礼しました。からかってみただけですよ。でもいつかわかります」

 

「え?」

 

「話は変わるけれど、私はこういう団体で活動してまして」

 

そう言いながらマイコはパンフレットを見せる。

"イノセンス"という非政府組織は、主に犯罪者の人権を保護し、更生、つまり社会復帰の手助けすることを目的としている。

もちろんシンジも見覚えがあった。というのもデリケートな話題のために、たびたびネットでは衝突が起きているからだ。イノセンスはあくまでも性善説を主としており、凶悪な犯罪者にも慈悲を与えようとする姿勢は、やはり偽善に感じてしまうところがあるのかもしれない。

自分が被害者遺族であったとしても同じことが言えるのか? よく、こんなワードがイノセンスを批判する際に使われているのを見た。

 

「死刑撤廃こそ、世界が次に目指すべき場所だと思っています」

 

「それは――……、なんと言っていいか……、すみません」

 

正直、シンジとしては死刑制度は賛成側だと思っている。

身勝手な動機で殺人を起こす人間は許されるべきではない。

あるいは、たとえそれが軽犯罪であったとしても反省の色を示さない人間はいっそ死刑にしてもいいのではないかとさえ思ってしまう。

 

――が、それをマイコに言うわけにもいくまい。

迷っていると、彼女はテレビをつけた。ニュースでは話題の事件が報道されている。

シンジはそれを見てハッとした。まさに今、話していた内容がそこにあったからだ。

井ノ部の死刑が確定されたという。二人を殺害したのに加え、動機があまりにも身勝手なものだったら、その可能性もあると思っていたが――

 

「ちょうど良かった」

 

「?」

 

「次の小説のための取材をとりつけてましたの。湖白を行かせるつもりでしたが、どうでしょう辰巳さん。あの子に同行してくれたら、そちらの雑誌で連載をやってもいいのですが……」

 

桃井編集長はマイコのファンだった。シンジは少し迷ったが、その誘いを受けることにした。

死刑が決まったからといって何かが変わるわけではない。

日付を調整したら、あとは今まで通り。

だから前日からあった面会希望が消えることもない。

面会室には、右から湖白、シンジ、さらに合流したレンの姿もあった。

 

「美岬さんも――」

 

「湖白って呼んでください」

 

ニコリと微笑みが向けられた。

シンジは少し困ったように視線を外し、唇を吊り上げる。

 

「湖白さんも死刑には反対を?」

 

「……はい、そうですね」

 

「レンさんはどう思います?」

 

「俺はあってもいいとは思うが――」

 

少し含みのある言い方だ。

そうしていると扉が開いた。立ち上がる三人の前にやってきたのは、話題の井ノ部であった。

軽い自己紹介を行う。井ノ部は淡々としていた。死刑が決まったというのに落ち込んでいる様子はない。まあもちろん、喜んでいるようにも見えなかったが。

事前に軽い打ち合わせはしていた。まずレンが話したいと声をかける。

 

「単刀直入に聞かせてもらうけど、どうして死刑を選んだんだ?」

 

井ノ部は何も答えない。

 

「取材によるとキミの態度は非常に悪かったと聞く。ふざけた態度をとり、被害者を侮辱するような言葉を口にしていたとか」

 

井ノ部は無言だった。無表情だった。

しかし肝心の聴取の際にはベラベラと汚い言葉を並べ、反省の意思を全く示さなかったようだ。

堀北は誰とでも寝ていたたくせに、自分が迫っても拒まれた。腐った女に見下されたのが許せずに殺してやろうと思った。それが主な動機らしいが、そこからも態度を改めることなく口を開けば堀北を馬鹿にして、家族を貶め、更生の余地なしと判断されたようだ。

 

「だが俺の調べではキミは心優しい性格だったと」

 

小学校のクラスメイトや、親戚などから証言を得ている。

 

「人は変わりますよ」

 

井ノ部が口にした。確かにとシンジも思う。

変わらない人間もいれば、変わる人間もいる。それは当たり前のことだ。

レンもわかっている。井ノ部を調べると大学を中退しており、そこからはアルバイトをしていたが、それも短期間で辞めてしまい、あとは引きこもっていたらしい。

不安や鬱憤、抑制してきたものが堀北をトリガーにして爆発しただけ。

あくまでも事件のベースはそこにあると警察も思っていたようだ。凄惨な事件ではあったが、過去にもいくつか似たような例はあると。

 

「……誰かを庇ってるんですか?」

 

シンジから声が漏れた。

ふいに口にした理由は、井ノ部の表情がどこか、かつてのレンを思わせたからだ。

そのレン本人は知らないだろうが、まさにシンジだけが知っている表情だった。

 

「違います。だって彼女を殺したのは間違いなくぼくなんですから」

 

殺したいから殺した。反省はしていない。

むしろ外に出られれば、また別の誰かを愛する。

セックスさせてくれないなら、その人も殺すか、脅して――……。

だから死刑になった。

 

「!」

 

その時、湖白が手を伸ばした。

掌をアクリル板に押し当てると、彼女は井ノ部の瞳を見た。ジッと見た。

 

「重ねてください」

 

井ノ部は動かなかった。

しばし時間が経った後、湖白はもう一度同じ言葉を口にした。

少し声量が大きい。井ノ部は無視をした。

すると間もなく、もう一度同じ言葉が同じトーンで、声だけ大きく返ってきた。

井ノ部はアクリル板に掌を置いた。彼の手は湖白よりも大きかった。

 

「っっ」

 

井ノ部は怯んだ。

湖白はボロボロと涙を零していた。

 

「かつて貴方と仲良くおしゃべりをした人を想いました」

 

湖白も周囲の感情を察することはできる。この涙の意味を説明した。

 

「貴方に優しくされた人を想いました。貴方に優しく接した人を想いました」

 

湖白は軽く鼻をすすった。

凄い人だと――、シンジは思う。これが演技かどうかなんて関係ない。大切なのは『嘘泣きとは思えない』雰囲気を彼女が持っていることだ。

見ず知らずの人のために涙を流すなんてことは到底できないことであり、ではそれができる人とは一体どんな人間かを考えれば、おのずと自分の中で答えが生まれてくる。

シンジは澄んだ涙を流す湖白の瞳が欲しいと思った。許されるのなら抉りたい。そして彼女はきっとそれを責めないだろう。そう思えるだけの謎の自信があった。

 

「力を抜いてください。そしてどうか思い出して。幼き日、貴方がご両親と遊んだ日のことを……」

 

ご学友、ゲーム、おやつ。お祖父ちゃん、お祖母ちゃん。

手をつないで帰った日はありますか? 湖白は優しい口調で井ノ部の思い出を問うた。

井ノ部は何も喋らなかったが、食い入るように湖白の潤んだ瞳を見ていた。

 

「あなたの好きなものを教えてください」

 

湖白の吐息が混じった声を聴いて、シンジは肩を竦めた。

井ノ部はなにも答えない。少しだけ鼻息が荒くなっていたような気はする。

やがて湖白は手を戻し、残念そうに微笑んだ。

 

「手を重ねてくれてありがとうございます。わたしの体温が少しでも貴方に伝わっていればいいのだけど」

 

その時だった。井ノ部の肩が震えたのは。

 

「あ、あ――」

 

「?」

 

「あのッ、ぼく――ッ!!」

 

そこで井ノ部はシンジとレンの視線に気づいた。

まるで、はじめてシンジたちの存在に気付いたような顔をしていた。

そして彼はゆっくり、ゆっくりと乗り出そうとしていた身を元に戻す。

 

「彼女を独占したかった……。だから、殺すしかなかったんだ……」

 

その時、シンジは湖白の恐ろしさに気づいた。

シンジはまだ出会って間もないし、井ノ部なんてついさっき彼女を見ただけでろくに会話すらしていない。

なのにそれでも彼女を傷つけることへの大きな罪悪感を感じている。

 

例えばそれは子供を前にした時のような感情。たとえばそれは仏像を前にした時のような感情。

それは何か傷つけてはいけないようなもののような気がして、傷つけることの罪悪感ははもちろん、傷つけたことで神が怒り、裁きを受けるのではないかと錯覚してしまう。

もちろんそんな馬鹿な話はない。だから井ノ部も我に返った。

しかし、シンジとレンは見ていた。井ノ部は何かを口にしようとしていた。あるいは彼は、湖白が伸ばした掌に自分の掌を重ねるだけの『心』があったのだということを。

 

「井ノ部さん」

 

そもそも湖白が彼に会いに来たのは、この一言を訪ねるためだ。

 

「貴方は死にたくないですか?」

 

井ノ部は何も言わなかった。

何も言わなかったということは、否定も肯定もしなかったということだ。

だがもう何も話さなかったので、三人はそのまま面会室を後にした。

 

 

 

 

バーカウンターの隅っこでシンジはジントニックを飲み干した。

隣にいた加賀(かが)ジュンは、ナッツを口にしようとして止めていた。彼はシンジとは小学校時代からの知り合いである。高校は違ったが、就職してから再会した。

若くして刑事になった彼は、事件によってはシンジにおしげもなく捜査情報を渡して記事にしてもらっている。警察も一枚岩ではない、外部に抑止力があったほうがいいという加賀の考えだった。

井ノ部の事件は加賀の担当だったため話を聞いたのだが、特別新しい情報はなかった。

 

「動機こそペラペラしゃべってたけど、確かに態度は最悪だったな。被害者を冒とくして、先輩の鮫島さんなんて怒って殴ってた」

 

「お前も殴ったのか?」

 

「まさか。そんな乱暴なやり方、おれのスタイルじゃないし」

 

それに、と、加賀は付け加える。

 

「なにがどうであれ、死んだ人はもう戻ってこないんだ。どうでもいいよ」

 

「………」

 

確かに、とシンジも思う。思うのだが――

 

「知りたいんだ。何があったのかを」

 

井ノ部の言っていることは正しいかもしれないし、嘘があるのかもしれない。

いずれにせよシンジは知りたかった。知ってどうするのかはわからない。

わからないけど、わからないから、わかりたかった。

 

「なんか変わったな、お前」

 

以前のシンジはジャーナリストとしての意気込みはあったが、なによりも写真家としての矜持があった。

自分はあくまでも良い写真を撮ることが全てであり、中身はレンに一任する。だから積極的に真相がどうとかを口にするタイプじゃなかったのに。

 

「少し離れてたんだっけ? その間に何かあったのか?」

 

「そういうわけじゃないさ。ただ……」

 

なんと言っていいか。シンジは言葉を探す。

 

「価値観が丸ごと変わった出来事はあった」

 

「なんだよそれ、まさか女か?」

 

薄ら笑いを浮かべる加賀を、ギロリと睨みつける。

そんなレベルじゃない。あれはもっと大きな――、それこそ人生が丸ごと変わってしまうような出来事だった。

シンジはそのあと、祖父のことを思い出した。

 

もうずいぶん前に亡くなってしまったが、旅が好きな人だった。

家にいた時間のほうが少ないんじゃないだろうか? そのくらい、いろいろな場所に行っていたし、会うたびに魔除けだったり、変なお土産をくれた。

そういえば一度どうしてそんなに旅をするのかを聞いたことがある。

もちろん純粋に観光が好きというのもあるらしいが、祖父はまず銃を持つジェスチャーをしてから理由を口にした。

 

『答えを探してる。どこかに必ず落ちてると今でも信じてる』

 

――いいかシンジ、物事には必ず『答え』というものが存在している。

それは必ずしも良いものではない。むしろ知らなければ良かったと後悔するものもある。

答えは答えであって、それを知ったからといって状況が劇的に変わるものでもない。

そしてそれは必ず見つけなければならないものでもない。誰かに促されて探そうとするものでもない。

 

お前もいつかわかる。いつか見つけたいものができる。

お前がどういう選択をするのかはわからないが、僕は応援するよ。

少なくとも赤ん坊のシンジを見たときに、僕は一つの答えを見つけたからね。

 

「………」

 

シンジは頭を触った。いつの日か祖父に撫でられた感触を思い出していた。

それからシンジは加賀と別れた。少し迷った後、シンジは自宅ではなく会社に向かった。何があるわけではない、ただふと、仕事場に行きたくなっただけだ。

明かりがあった。レンがいた。

 

「泣いてたよ」

 

レンはそう言ってPCを見ていた。井ノ部の部屋の写真だった。

アニメポスターのほかに、特撮ヒーローのフィギュアが置いてあった。

 

「誰がですか?」

 

シンジはカメラを見た。

 

「みんなだ」

 

シンジはカメラを握りしめた。

 

「被害者の友達も、恋人も、周りのみんな」

 

「………」

 

「そして、井ノ部の母親もな」

 

シンジの眼が変わった。

まるでそれは雄々しき――、ドラゴンのごとく。

 

 

 

 

「だぁーかぁーらァ! 警察の捜査に問題はなかったし、犯人も犯行も自供して状況証拠も揃ってる! 他に何があるってんだ!」

 

湯川(ゆかわ)検事は付きまとうシンジを振り払う。

しかしすぐにレンが追いかけてきて、湯川はうんざりした表情で逃げる。

 

「井ノ部は何かを隠してる。本当に被害者との接点はなかったのか?」

 

「住んでる場所はそう離れてはないが、無職と学生だ。堀川が何か特別なコミュニティに属してた形跡はなかった」

 

「本当に調べたのか? お前もあの様子を見ただろう」

 

「見たさ。オドオドしてその癖に口は悪い。典型的なオタクくんだな」

 

「湯川!!」

 

レンに睨まれ、湯川は黙った。

やがて観念したように両手をやれやれとあげる。

 

「確かに。すべてを晒してはないかもな。でもそれがなんなんだ?」

 

「なに?」

 

「死にたい奴が死刑になって何が悪い。アイツ、俺に唾を吐きやがった!」

 

いずれにせよ本人は死刑を望んでいる。警察の優秀な捜査は井ノ部を犯人と決めた。

コンビニの防犯カメラには、助けを求める堀北を何度も刺している井ノ部が映っている。

 

「法は形を変えた。今までは隠れていただけで少年犯罪は大人の犯罪と数はそう変わらない。いやむしろ多い。それも担当しないといけないんだから、いちいち一つずつ事件を慎重に調べてられるか!」

 

今の時代、大切なのは誰かが殺したかであって、なんで殺したかではない。

 

「死にたい奴は死ねばいい。どうせニート、生産性のないヤツだ」

 

「それでも――ッ!」

 

シンジの叫びに、湯川の肩がビクっと震えた。

 

「ちゃんと決めるべきだ! 真実を見つけ! その上で罰を決める!」

 

「だからそれに何の意味が――」

 

湯川は眼鏡をはずして頭をかきむしる。

かつては矜持もあったし、青臭いことも口にした。

忙しいと心も荒む。かつて煙たいと思っていた上の奴らと同じことを口にしていたかと思うとゾッとした。

 

「申請してみるが、期待するなよ!」

 

湯川たちは裁判所に向かった。そこにあるのは巨大な円形の『テミスの鏡』だ。

湯川はそこに指を押し当て、井ノ部の名前をなぞっていく。

息をのむ一同。わずかな沈黙、そして静寂。

次の瞬間、鏡に浮かび上がる文字。それはまるで血で書いたような井ノ部の名前だった。

湯川がなぞった痕が浮かび上がったのだ。

 

これがどういう意味なのか、もはや説明する意味もない。

生まれたのは新しいルール。テミスの鏡の横にはその歴史が記された石板があった。

かつて司法は、裁判員制度を取り入れたが、『ディスコード』という集団が彼らを狙い、結果を左右しようとした。

同時期に地球にモンスターが襲来する。常識を超えた彼らは、人の欲望や邪悪な心を喰らうという。むろんそれは侵略者ではあるが、彼らは野蛮ではない。

人と共に共存する案を出した。

それが彼らと契約をし、裁判を行い、罪人を裁くというシステムを生み出すこと。

飛来した生命体・ミラーモンスターの長はそれを容認した。

 

「ゴルトフェニックスが井ノ部を裁くことを受け入れた」

 

鏡に浮かび上がる13個のカードデッキ。

湯川は振り返り、シンジやレンを睨みつける。

 

「参加者を集める。ライダー裁判の始まりだ……!」

 

 

 

 

 

仮面ライダー龍騎 Bloo-dy Answer

 

 

 

 

 

ミラーモンスターの力を得た人間は、仮面ライダーとしての姿を手に入れる。

その13人の戦士が戦い、最後の一人になるまで戦いぬく。そしてその最終勝者が被告の運命を決めるのだ。

ライダーが無罪と思えばいかなる証拠があったとしても無罪となり、逆にどれだけ白に近くとも死刑にすることができる。

むろんすべての裁判においてそれが適応されるわけではない。あくまでもミラーモンスターを束ねるゴルトフェニックスが認めた事件にのみ適応される。

 

そして今回、井ノ部の事件が選ばれた。

そうした場合、次は裁判に参加する仮面ライダーを決めることとなる。

非常な重要な役割のため、原則『事件に関係している者たち』で構成される。むろん辞退することも可能であり、あるいは数名ではあるものの参加したいという意思を示せば全く関係のない一般人でも参加することもできる。

シンジは井ノ部の取材を任されたもの(関係者)として申請。書類に必要事項を書き込み、サインを行い、提出した。

 

その前には赤い着物のようなドレスを纏った金髪の女性が佇んでいる。

それはそう見えるだけで、実際は存在しているかも怪しい陽炎。ゴルトフェニックッスが生み出した裁判のサポーター『ユダ』である。

ユダはテレパシーでシンジに問いかけた。

 

『希望デッキはありますか?』

 

シンジは強くうなずいた。

 

「――オレは龍騎を選ぶ」

 

テミスの鏡に通された。

シンジが前に立つと、そこには誰も映っていない。

やがて部屋が暗くなると、鏡の中にシルエットが浮かび始めた。

前にも味わったが、どうにも慣れる気がしない。シンジはすぐ近くにあるカッターで指を軽く切ると、血に濡れた指を鏡に押し当てた。

判定の時である。

血が吸い込まれた。龍の咆哮が聞こえたかと思うと、シンジの腰にVバックルが装着されていた。

 

『おめでとうございます辰巳シンジ――』

 

 

貴方が仮面ライダー龍騎です。

 

 

火曜日、シンジは裁判所にやってきた。

今日は初の顔合わせがある日だ。緊張した面持ちで扉の前に立つ。

 

(大丈夫、落ち着けばきっと――!)

 

扉を開こうとして、呆気にとられる。

なぜならば勝手に扉が開いたからだ。

自動ドア? まさか、扉を開けてくれた人がいるからだ。

 

「辰巳さん!?」「湖白さん!」

 

そこにいたのは湖白の姿だった。

彼女が気配を察して扉を開けてくれたのだ。話を聞けば集合時間の一時間前には来ていたという。

 

「驚いたな。まさか湖白さんがライダー裁判に……」

 

「母の代理で。イノセンスが参加するのはよくあることなんです」

 

「え? じゃあまさか今回が初めてじゃないんですか?」

 

湖白は頷いた。

シンジはますます怯んでしまった。ライダー裁判の性質上、いくら鎧をまとっているとはいえ根本には『暴力』がある。

それは彼女のイメージとはあまりにもかけ離れていて、なんだか想像ができない。

 

「とにかく中へどうぞ」

 

「あ、ああ。うん」

 

中に入ったシンジは、また見知った顔を見つける。

 

「レンさん!」

 

「やはりお前もいたか」

 

「選ばれたなら言ってくれればよかったのに」

 

「言えない決まりだろ。お前だって俺に黙ってた」

 

記事を担当したレンが選ばれるのはそれほど不思議な話ではない。

 

「あれぇー? お二人もしかしたらAtashiジャーナルの羽黒レンと辰巳シンジじゃありませんー?」

 

四十代後半くらいの男が近づいてきた。物腰は柔らかいが、なんだか笑顔が張り付けたもののような気がする。それにやけに目がギラついていた。

 

「そうですが、どうして僕の名を?」

 

「やだなぁ。我々の業界じゃ貴方たちは有名ですよ。良い記事をたくさん書いてらっしゃる」

 

男はヘラヘラと二人を見ていた。

 

「私ね、毒嶋(ぶすじま)って言います。週刊スキャンダルで記者やってましてね。へへへ」

 

「ああ、なるほど……」

 

正直良い顔はできなかった。スキャンダルといえば、低俗な記事を連発し、ろくに裏付けも取ってないのではないかと噂の雑誌社だ。

 

「いや私もね、この件は追ってましてね。へへへ」

 

「……よろしくお願いします」

 

毒嶋から離れると、別の青年に話しかけれた。

そちらに顔を移すと、シンジは思わずアッと声をあげる。

それはそうだ。そこにいたのは超有名人なのだから。

 

「やあ、はじめまして」

 

高城(たかじょう)王慈(おうじ)、超人気アイドルグループ・Crystalのセンターだ。

金髪の髪と、発言の数々、名前からちなんでプリンスと呼ばれることもある。

そういえば裁判所の前にやたら若い女性が集まっていたが、だからなのかと。

 

「キミは雑誌の人なのかな?」

 

「ええ。あ、これが僕らが作ってる――」

 

シンジはお近づきの印にと何冊か今日発売のAtashiジャーナルを持ってきていた。

それを王慈に差し出すと、彼は笑顔でそれを受け取り――

そのまま床に叩きつけた。

 

「なッ、なにを……!」

 

「俺はこの世でお前らみたいなのが一番嫌いでね」

 

Atashiジャーナルを踏みにじりながら、王慈は薄ら笑いを浮かべる。

 

「他人のプライベートに土足で踏み込んでくる屑共だ。違うかい?」

 

「確かにそうした質の悪いところもあるかもしれないけど――」

 

毒嶋は肩を竦めて笑う。

 

「オレたちの雑誌は違う。訂正しろ!」

 

「フッ、そう熱くなるなよ。クールじゃないとモテないぜ。まあ四六時中誰かの不幸を願ってるお前らにはわからないか」

 

「なんだと……!?」

 

「よせシンジ! 相手にするな!」

 

レンに諭され、シンジはやっと冷静さを取り戻す。

尚も挑発するような笑みを向けてくる王慈を無視して、シンジは椅子に座った。

一方で心配そうにしながらも湖白は扉のもとへ走っては戻り、走っては戻り。そうしているうちに続々と参加者たちが集まっていく。

もちろん事件を担当した湯川や、警察を代表して加賀の姿もあった。

加賀はシンジを確認すると、少しだけ眉を動かしたが、無言で椅子に座った。

二人が知り合いだということは、レンくらいしか知らない事実である。

 

「ごめんなさい。遅れちゃった?」

 

扉が開いた。

湖白は思わず「あっ」と声をあげる。なるべく注意していたようだが、気配に気づけなかったようだ。

最後にやってきたのはずいぶんと美人の女性だった。

スタイルがいい。モデルだろうか? 切りそろえた前髪に、長く美しい髪が魅力的である。彼女はサングラスを外すと、適当な椅子を見つけて座った。

 

『これで終わりです。ごきげんよう参加者の皆さま』

 

ユダが現れる。

 

「終わり? 何人か足りないようだが?」

 

レンの言うとおりだ。何人か来ていないようだが、実はそれほど重要ではない。

各々、仕事や予定を優先してもらってかまわない。なぜならば通常の裁判員裁判とは違い、ライダー裁判は選ばれたもの同士で話し合う必要がないからだ。

ルールは一つ、勝ち残った最後の一人が判決を下す。それだけなのだ。

まあとはいえ、その重さがわかっているからこそ、ここにいる者たちは集まったわけだ。だからこそユダはまず各々の自己紹介を含めた『事前投票』を問うことにした。

参加者が現段階でどういう判決を下そうと考えているかを示すことである。

 

「俺は羽黒レン。Atashiジャーナルで記者をしている。現段階での証拠品だと動機の情報が少ない。まずは何があったのかを裁判中に明らかにし、それから罪状を改めるのが適切だと思うが」

 

「違うな。提示された証拠で決めるのが裁判というものだろ。彼が犯人であれどうであれ」

 

王慈は呆れたように鼻を鳴らす。

彼らにはわかるだろうか? この静かに燃え滾る怒りというものが。

 

「あの子猫ちゃんは俺のことを愛してくれていた」

 

「なんだと……?」

 

王慈は携帯の画面を見せつける。

そこにはファンクラブのアカウントがあった。顔写真を登録しないといけないのだが、そこには確かに殺害された堀北ユイカの顔がある。

王慈は、自分のファンクラブに入ってくれたすべての女性の顔を覚えている。

そんな彼女たちを傷つけるものは、何であっても許すことはできない。

 

「ユイカのことを殺めたアイツを俺は絶対に許さない。あの屑は死刑だ」

 

「本気で言ってるのか?」

 

死刑が確定された被告に、改めて死刑を突き付ける。

それはまるで『殺しなおす』というニュアンスが含まれているようにも感じられた。

いくらファンとはいえ、そこまでするなんてシンジには考えられない話である。

 

「当然だ。あのゴミのせいで俺の愛する子猫ちゃんの未来が奪われたのだと思うと虫唾が走る。できることならこの手で殺してやりたいくらいだけど、まあそこはルールを大切にするさ」

 

王慈にとって一番大切なのは支えてくれる女の子たちだ。

それを傷つけられたとあれば、絶対に許すワケにはいかない。

だから殺す。少なくとも王慈には至極真っ当な方程式であった。

 

「検事の湯川シュウイチだ。まあ高城の意見には共感しかねるが、検察としては事前の裁判で決まった結論。つまり死刑で通したい」

 

「加賀ジュンです。警察としても基本的に検察側に合わせることになっています」

 

つまり死刑である。

手帳をしまって着席する加賀と入れ替わるようにして、そこで湖白が立ち上がる。

 

「イノセンスの美岬湖白です。やはり我々としては死刑を容認するわけにはいきません。今回の事件は非常に胸が痛い凄惨なものですが、だからこそ加害者にはしっかりと罪と向き合ってもらい、償いをしてもらわなければなりません。ましてや二度とこのような悲しい事件が起きないようにするためにも心理分析などのカウンセリングを徹底して、更生プログラムをちゃんと設定するべきです」

 

「子猫ちゃん。キミの純白な心は美しいが、残念ながら屑は屑。更生よりも殺処分したほうがはるかにスマートなんだよ」

 

「そんなことはありません」

 

食い気味に意見を述べる。しかしそれは長身の女性によって阻まれた。

 

「結局、勝てばいいだけの話なのよね」

 

「貴女は?」

 

花京院(かきょういん)ミユキよ。堀北さんのお祖母さんと知り合いでね。殺してほしいって頼まれたから殺しにきたわ。井ノ部くんには特別想うことはないけどね」

 

シンジと加賀の表情が変わった。

まずはシンジだ。いくら知り合いだからと言って、頼まれたから死刑にしようなんて、そんなのはまるで殺し屋のやることだ。そんなことをOKする感覚が理解できない。

一方で加賀が注目したのは名前である。

 

「花京院ミユキ……ッ、あの!?」

 

警察のなかでもちょっとした話題になった人物である。

何度か結婚しているが、金だけふんだくってすぐに離婚している。それだけではなく投資だの、風水だのを利用して荒稼ぎし、果てには闇カジノの経営にも一枚かんでいると噂の女詐欺師だ。

が、しかし、証拠がない。別れた夫にも聞いてもみんな口をそろえて円満な離婚だったと口にするばかりで、あくまでも疑惑のままに留まっているのだ。

警察のマークを何度もかいくぐっている要注意人物。確かに最近ライダー裁判に興味を持っているとは聞いていたが――、まさか本当にお目にかかれるとは。

 

「とにかく、僕も死刑には反対です」

 

一同の視線がシンジに集まる。

 

「彼は弁護士を雇わなかった。そうですよね?」

 

湯川検事が頷いた。

ライダー裁判に選ばれた被告は、弁護士――という名の『ガードマン』を雇うことができる。

生死に関係する話のため、そこに個人的に負担する費用は一切発生しない。

にも関わらずその話を蹴ったということは、井ノ部がどうなってもいいと思っているからだ。それを自暴自棄と判断するのか、それとも何か理由があると判断するのか、それをよく考えてほしいと訴える。

 

「やはり記者なんてのはデリカシーのない奴らばっかりだな」

 

呆れたように王慈は笑う。

 

「秘密は子猫ちゃんを美しくする化粧みたいなものさ」

 

「……ッ?」

 

「無礼なヤツは地獄に落ちたほうがいい」

 

その時のシンジには、いま一つ王慈の言葉の意味が分からなかった。

そうしていると時計の針が二つ、十二時を指し示そうとする。

ここ来たものたちの目的は他の参加者の意見を聞くことではあるが、それ以外にもう一つ大きな狙いがあった。

それは正午から始まるライダー裁判において、参加者が多く固まっている場所に来ることができるということだ。

 

裁判所の鐘が鳴る。

一同は一斉に立ち上がると、それぞれが手に入れたカードデッキを取り出した。

おあつらえ向きに、裁判所には至る所に鏡がある。

もちろんこの部屋にもだ。それぞれはカードデッキを前に突き出し、Vバックルを装着する。

シンジは右腕をまっすぐ左上に伸ばす。

 

「変身!」

 

色とりどりの仮面ライダーたちが鏡の中に飛び込んでいき、ミラーワールドにて戦闘を開始する。

文字が反転する世界ではどれだけ暴れても元の世界に影響はでない。

そしてこの世界では失うものがない。たとえ首を撥ねられても、絶命はせずに元の世界へ送られるだけだ。

だからみんな全力で戦う。椅子を蹴飛ばし、机の上に飛び乗り、相手を蹴り飛ばす。

 

「ライダー裁判、はじまったみたいよ」

 

どこかで誰かがそう言った。

選ばれたライダーが誰なのかを公表することはないが、戦いの様子は専用のチャンネルで配信される。今回は熱心なファンが事前に裁判所の中に入っていく王慈を見かけているので、ライダーの中に彼がいるのではないかと噂が流れており、視聴者も多い。

 

それに超人的な力で戦う彼らは、それ自体が一つのエンターテインメントになっている。

井ノ部や事件に関心がある人間のほうが少ないのかもしれない。

それをゴルトフェニックスもわかっている。わかっているからこそ、配信を行い、視ているのだ。

人間という生き物を。そこから発生するエネルギーを。

 

『フンッッ!』

 

『ぐあぁあぁああぁ!』

 

ナイトが王蛇の腹を突き刺すると爆発が起こる。

王蛇に変身していた男は鏡の外へ排出されて地面を転がっていった。

すると配信画面において王蛇の画面が消え、天秤の画像に切り替わる。テミスの鏡に映る王蛇の紋章も消失した。

カードデッキの破壊こそがライダー脱落の証明なのだ。

しかし人々の注目は一番初めの脱落者ではなく、やはり密集していた龍騎たちだ。

室内に響く銃声。レンが変身しているゾルダの射撃をライアやタイガは走って回避し、ガイは近くにあったテーブルを倒して盾にしていた。

 

「くッ、銃は慣れないな……!」

 

中身はレンだ。

剣を使う仮面ライダーナイトを申請していたのだが、他にも希望していた人間がいるらしく抽選で外れてしまった。

与えられたゾルダは遠距離主体のライダー。どうにもレンにとっては扱いづらいらしい。

 

『スイングベント』

 

ライアの手に鞭が装備される。彼女はそれを振るうと、器用にゾルダの腕を縛ってみせる。どうやらライアを使うのは初めてではないようだ。

ますます照準を合わせることができなくなるが、そこで龍騎が動いた。

レンを助けることができれば。彼は拳を握り締めてライアに殴りかかるが――

 

「子猫ちゃんを襲おうなんてどうかしてる」

 

「!」

 

割り込んできたタイガが掌で龍騎の拳を受け止めた。

そのまま腕をひねると、怯んだ龍騎の胴体を殴りつける。

 

「ハッ!」

 

鼻で笑い、タイガは斧を出現させる。

歩き、構え、ダッシュ。龍騎を狙うが、そこで白いマントが見えた。

湖白――、ファムだ。龍騎を守るように前に立ち、視線を合わせて肩を優しくなでる。

背中を敵に向けているが、一方で舞い上がった白い羽がタイガの眼をくらませる。すぐに腕を払って羽を散らそうとするが、そこで体が吹き飛んだ。

 

 

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