仮面ライダー龍騎 Bloo-dy Answer 作:ホシボシ
苦痛の声が聞こえる。
それはタイガだけじゃない。ライア、ガイ、ましてや龍騎たちもまとめて吹き飛ばされた。
突如ライダーが現れて殴られた。消えたと思ったらまた殴られたのだ。
ファムの白い羽が蒸発するように消えていく。上書きするように舞い落ちるのは黄金の羽だ。
部屋の中央に立っていたのは湯川検事が変身するオーディンであった。
黄金の鎧を纏った仮面ライダーは、ゴルトフェニックスが与えた最強の戦士だ。
ランダムで選ばれるという説もあるが、最も有力なのはゴルトフェニックスその事件において『最も勝利するに相応しいと思った人間』であるとされている。
つまりゴルトフェニックスは湯川検事の意見、他とは細部こそ違っているものの、井ノ部は死刑になるべきだと思っているようだ。
ファムは少なからずショックを受けた。が――、すぐに意を決したようにデッキからカードを抜き取る。
『アドベント』
天井を突き破って白鳥型のモンスター・ブランウイングが襲来。
巨大な翼を羽ばたかせると強力な突風が巻き起こり、ライダーたちの体が浮き上がる。
そのまま窓を突き破って一部は北側、一部は南側に落下していく。
「あう゛ッッ!」
「大丈夫ですか湖白さん!」
「は、はい。申し訳ありません。乱暴なやり方で……」
「いやッ、いいんですけど――」
龍騎はファムに肩を貸しながら周囲を確認する。
ここにいるのはあと一人、ガイだけのようだ。彼も気だるげに呻きながら立ちあがっていた。
一瞬名前を呼びそうになるが我慢。配信には本名を言ったとしても、そこだけをリアルタイムで修正してくれる機能があるが、湖白に刑事と知り合いだとバレるのはよろしくないものがある。
「アンタ、さっきの意見は本心なのか?」
「さっき……? あぁ、まあそうだなぁ。そっちの人はあれか、イノセンスだもんな」
ガイは困ったように腕を組む。
「勘違いしないでほしいのは、警察ってのは正義の集団なんかじゃない。そりゃもちろん熱い心を持ってる人もいるだろうが、あくまでも犯罪者を捕まえるお仕事をする人たちだ。おれなんかは正直、そういう無気力なほうの人間かもしれない」
ライダー裁判で勝ち続けるには、実力はもちろん、信念も必要だ。
だからこそ被害者や加害者に関係する人たちに声がかかる。刑事は関係者ではあるものの、ある意味最も遠い位置にいるのかもしれない。
「でも、あれだな。まあそうだな」
あくまでもガイは刑事としてではなく、人間としてこのバトルに参加しているつもりだ。
「おれの友達が飲みの席で死刑はおかしいって言ってたんだ。よくわからないけど、アイツはおれより頭がいいから、とりあえずはそれを信じてみようかなって思ったね」
仮面をつけているから表情はわからないが、ガイの雰囲気が少し柔らかくなった気がする。『わざと負ける』というのも、このライダー裁判では時折見られることなのだ。
加賀としてはシンジに託すというのも、選択肢の一つであると思っているようだ。
するとその時だった。なにやら気配がする。振り返ると、無数のモンスターが飛び掛かってきたではないか。
「な、なんだ!? うォオ!」
爪で背を切られ、火花が飛び散る。
倒れたガイを踏みつけて、ガゼルモンスターたちが跳躍する。
「これは!」
ファムや龍騎につかみかかるモンスターの群れ。
無数のガゼルたちはまだまだ迫ってくる。
その中をひときわ速く駆け抜ける男が一人。
「インペラー!」
ファムが叫ぶと同時にガゼルモンスターが消え去った。
同じくしてインペラーはスピードを乗せたまま地面を蹴って、飛び膝蹴りを立ち上がったばかりのガイへ直撃させる。
「うがぁア!」
ガイは倒れ、背中を地面に打ち付ける。
一方でインペラーは勢いのまま地面を転がって受け身をとるとすぐに龍騎のほうへと走っていく。
迎え撃つために構える龍騎だが、そこでインペラーが視界から消えた。
スライディングだ。猛スピードで地面を滑る蹴りが、龍騎の脛に直撃し、衝撃で龍騎は地面に倒れる。
「この――ッ!」
倒れながらも龍騎はインペラーの足首をつかんだ。
しかしインペラーはもう一方の足で龍騎の背中を踏みつけると、力を込めて拘束を振り払う。
側転で距離をあけるインペラー。龍騎はすぐに立ち上がると彼を追いかけるが、そこでインペラーが一気に前に出た。
体を捻って飛ぶ。振るわれた二つの足が龍騎の頭を打った。
怯み、後退していくが、なんとか踏みとどまる。
しかしインペラーはそんな龍騎の胸に足を置くと、強く蹴って思い切り後ろへ吹き飛ばした。
地面を滑る龍騎。バク宙で着地を決めるインペラーは、さらにそのまま側転で移動し、ファムの突きを回避する。
ならばともう一度踏み込んで突きを繰り出すが、インペラーは逆立ちをして膝裏でサーベルを挟んでみせると、そのまま足を振るってファムを投げ飛ばした。
「なんなんだ! サーカスにでもいたのかァ!?」
イライラしたようにガイが吠える。
明らかに動きが素人じゃない。いくら変身したら身体能力が強化されるとはいえ。
「そう、そうだ。その通りさ」
インペラーは笑う。どうやら今回の一般参加枠のようだ。
「俺は独学でアクロバットと蹴りを融合させた武術を生み出したんだが、動画サイトで披露しても再生数が伸びなくてね」
インペラーの力は凄くいいと言う。格闘家としての腕も試せるし、いつもならできない動きもできて気持ちがいい。なによりも最終勝者になれば話題にもなる。直接名前を出すのはできないが、あの時の動きをマネしてみた~だとか、SNSなりでそれとなく宣伝すれば、すぐに動画の再生数は伸びるだろう。
「アンタ、ここは人の運命を決める場所なんだぞ!」
龍騎は吠えるが、インペラーに悪びれる様子はない。
「もちろん。俺の運命が決まる」
「被告人のことは考えてるのかッ?」
「正直どうでもいいね。まあ、予定通り死刑にでもなってもらうさ」
龍騎から怒りを感じるが、それはお門違いだとインペラーは笑う。
なぜならばゴルトフェニックスに選ばれたからだ。神にも匹敵する不死鳥はきっとインペラーの心までも見透かしていただろう。
そのうえで仮面ライダーの力を与えられた。ならば、とやかく言われる筋合いはない。
「………」
龍騎は何も言い返せなかった。
そもそも関係ないと言えば、それは龍騎も同じではないか。
どうでもいいと言えばそうだ。正直、シンジの人生において井ノ部が死刑になろうが、そんなことは関係ない話なのだ。
それでも首を突っ込もうとするのは自己満足に他ならないのかもしれない。
だから何も言えない。動けない。だからインペラーに蹴られて吹き飛ばされる。
「フン、まずは一人!」
走るインペラー。
しかし、急ブレーキ。気配を感じて後ろを見る。
すぐそこにファムが立っていた。
「すごいです!」
「――ッ!?」
「ご自分で勉強されたんですよね? それでこんな動きを?」
「え? あ、ああ。まあそう……」
「鍛える人は筋が通った人だと聞いてます! わたしには継続力がないから、とても憧れます!」
「あ、ああ。ああ。そう」
「それに鍛えると体力も付きますし、重いものも運べますから――」
ファムの『声』は笑っていた。
「ボランティアに向いてますね!!」
インペラーは固まる。
なんだ? なにを言ってるんだこの女は。
なにか狙いがあるのか? それとも純粋に褒めてくれているのか?
それは悪い気はしないが――、まさかそんな筈はない。
そうだ。そんな馬鹿な話があるか。
何が裏があるに決まっている。だとしたら何を狙っている?
絆されて攻撃を止めるとでも思っているのか?
馬鹿な。そんなに甘い男じゃない。そうだ。ふざけやがって。殴ってやる。
いや待て。待て。落ち着け。冷静になれ。
危ない。これはきっと罠だ。そうだ、こんな見え透いたお世辞、はじめから嘘だと言っているようなもの。そのうえで挑発してきているのだとしたら、これはむしろ攻撃をするほうが安直なのではないか――?
などと考えていたら、すさまじい衝撃を受けて思わずうめき声が漏れる。
「こ、これは!」
ガイがインペラーにタックルをおみまいしていた。
「ガイはいい!」
加賀は学生時代ラグビー部に所属していた。
あの時は相当力を入れていたから体も鍛えていたが、刑事になってからは多少サボることを覚えてしまった。
とはいえガイのマッシブな体系はあの全盛期の時を思い出させてくれる。
インペラーがファムに気を取られている間、ガイは龍騎に手を貸していた。
『どう思う?』
龍騎に聞かれたので、ガイはすぐに答えた。
『なんか気に入らねぇ』
龍騎の返事はすぐだった。
『同感。純粋に嫌いだな』
だからタックルを打ち込み、ホールドし、龍騎のほうへ向けた。
インペラーが何かを叫んでいる。それはそうか、龍騎が今、ドラグクローを装備して腰を落としているのだから。
飛来してくるドラゴン・ドラグレッダー。彼は龍騎の周りを旋回し、やがて口を赤く光らせた。
「全力でこい!」
ガイが叫ぶ。龍騎は甘えることにした。
インペラーはすばしっこいから逃げられては困る。だから全力で掴む。
多少暴れられるが、面倒だから『自分ごと攻撃してくれたほうがいい』というわけだ。
「ハァアアアアアアア!」
昇竜突破。突き出したドラグクローに合わせてドラグレッダーが巨大な火球を発射する。それはインペラーに直撃すると大爆発を巻き起こす。
悲鳴交じりに男が鏡から排出され、焦げ焦げのアフロ男は煙を吐いて動かなくなった。
気絶しているのはもちろんインペラーだった男だ。
一方でミラーワールド内、ガイは身を纏う炎を振り払うように上体を揺らしていた。
「くぁー……!」
「大丈夫か? 僕が言うのもアレだけど……」
「いい。いい! ガイは重いぶん防御力が高いからな」
そこで聞こえる音声。コピーベント。
「じゃあ二発目は耐えられるかしら?」
「え?」
見えたのは炎。
ガイが気づいた時には、二発目の昇竜突破が直撃していた。
「ぐああぁああぁあ!」
連続で大技を受けたということと、狙いが的確だったこともあり、ガイのデッキが粉々に砕け散る。
すると、同時にガイの鎧もガラスを砕いたように消し飛んだ。
「なッ! しまった!」
加賀が体を起こした時には、そこはすでに鏡の外――、つまり現実世界だった。
やられた。加賀が鏡をのぞき込むと、アパートの屋根に立っているライアを見つけた。
コピーベントの力で龍騎のドラグクローを複製して技を放ったのだ。
ファムがすぐに動いたが、すぐにその体が空に打ちあがった。
地面から飛び出してきたのは、エイ型のモンスター・エビルダイバー。
高速で飛行し、やがてライアのもとへたどり着く。
「フフフ」
ライアの手にあったのはつい先ほどまでガイが使っていたカードだ。
バトルに積極的に参加するメリットとして、参加者が脱落した際に散らばるカードがある。
それを獲得すれば、他のライダーの力を使うことができるのだ。
一方でゾルダたちがいる場所でも火花が散っていた。
連射する弾丸を、タイガはデストクローのガントレットで受け止めて接近していく。
そもそも足が速い。ゾルダの弾丸を回避しながらタイガは確実に距離を詰めてきた。
真横に振るわれた爪を、ゾルダは地面を転がって回避する。
そのまま弾丸を放つがガードされてしまう。ギガキャノンを発動しようとしたが、この距離では結局すぐにインファイトに持ち込まれて不利になるのは明らかだ。
だとすれば、ゾルダは銃を連射しながら後ろへ下がっていく。
タイガもすぐに追いかけるが、そろそろゾルダも慣れてきた。標的を狙うのではなく、標的が行きそうな場所を先に見定めて撃っておくことが有効気づく。
そして狙うは足元だ。地面から上がる火花、タイガは思うように進めず、ついに脛に弾丸をもらってしまった。
「くっ!」
タイガが転ぶ。ゾルダはそれを見てカードを抜いた。
「甘いよ羽黒さァん!」
「なにッ!?」
そこで誰かに体を羽交い絞めにされた。
しかし後ろには誰も――
「なんか話聞いてればさぁ、みんないい子で困っちゃうよなァ?」
空間が歪むと、毒嶋が変身した仮面ライダーベルデが出現する。
透明になれるカードを使っていたようだ。彼が話し合いに参加したのは周りの意見を参考にするためじゃない。何か面白そうなネタが転がってないかを探るためだ。
なんだったらあの大スターの高城王慈がいたことのほうが、毒嶋にとっては重要なことと言ってもいい。
「正直さ、みんな事件のことなんてどうでもいいんだよ。あんなものはただ一瞬のエンタメでしかない!」
痛ましい事件に胸を痛めることができる自分、あるいは加害者に怒りを抱ける自分に酔うためのツールでしかない。
「読者が求めるのは井ノ部みたいなニート野郎よりかは、掘れば面白そうなモンが出てきそうな被害者のほうだ。あんたらだって本当はそれを探りにきたんだろ?」
「ッ! やはり質の悪い雑誌には質の悪い記者しかいないようだな!」
「失礼だなぁ。私は大衆の味方ですよ。だから面白いネタを探しに来たってのに、アンタらはあんなに熱い態度で……! まあ反吐が出る!」
ベルデのほかに、彼に力を与えたミラーモンスター・バイオグリーザも姿を現す。
舌を伸ばしてゾルダの足首を縛ると、そのまま振り回して裁判所の壁に叩きつけた。
「とにかくAtashiジャーナルさんにはここで退場していただいて。この事件のスクープは週刊スキャンダルが戴きますんで」『ファイナルベント』
必殺技の発動。ベルデはゾルダを始末しようと――
『フリーズベント』
「は?」
冷気が迸るのがわかった。完全に凍り付くバイオグリーザ。
『ファイナルベント』
獣の咆哮が聞こえたかと思うとベルデが地面に押し倒された。
白虎型モンスター・デストワイルダーがベルデを引きずりながらタイガのもとへ走っていく。
剛腕で地面に押し当てられているから、ベルデの腹からは大量の火花が散る。
一方で腰を落として爪を構えるタイガ。そこへ強力な冷気が集中していく。
「ハァアア!」
「グアァアァア!!」
デストワイルダーはすくい上げるように腕を振った。ベルデの上体が起き上がると、そこへタイガの爪が突き刺さる。
クリスタルブレイク。ベルデの体が一瞬で凍り付き、そのまま爆発を起こした。
排出される毒嶋。ダイアモンドダストに囲まれたタイガは、鼻を鳴らしてそれを見ていた。
「失せろハイエナ。目が腐る」
そこで気づく。
向こうにて立ち上がったゾルダ。彼が持っていたギガランチャーの砲口が、タイガに向けられていた。
そこでデストワイルダーが真横に飛んだが、もう遅い。
ギガランチャーが火を噴いた。巨大な弾丸がまっすぐタイガに向かって飛んでいく。
「わぁぁああ!」
「ッ、なに?」
しかしそこで悲鳴。
タイガの前に飛んできたのは仮面ライダーアビス。彼がその身で弾丸を受け止めたのだ。しかも運悪くデッキにクリーンヒットしたようだ。
爆発が巻き起こり、ミラーワールドの外へ排出される。
「裁判所から落ちるときに隠れているのを見つけてね」
ライダー裁判ではその性質上、漁夫の利を狙ってくるものも多い。
アビスも隠れて隙を伺っていたのだろうが、デストワイルダーが見つけ出して投げてくれた。おかげでアビスが盾になったというわけだ。
そしてそれらの光景を、裁判所の屋上でオーディンが見ていた。
最強の力を持っているのだから積極的に絡んでいってもいいが、ゴチャゴチャしたのは好きじゃない。そうしているとライダーたちの体が粒子化を始めた。
ゴルトフェニックスが定めた制限である。
これが起こるとライダーは強制的にミラーワールドから排出され、その日の戦いは終了となる。
現実世界に帰還したシンジたちは、すぐにレンと合流する。
すると何やら大勢の女性が黄色い声をあげているのが聞こえた。
「きゃー! 王慈さまー!」
「こっちを向いてくださいプリンスーっっ!」
「ははは。ありがとう子猫ちゃんたち。とっても嬉しいよ」
王慈は笑顔で愛想を振りまいている。
「あまり詳しいことは喋れないけど、どうか応援してほしい」
歓声が巻き起こる。
「お願いです王慈さまぁ。あのセリフ言ってくださーい!」
「うん。もちろんいいよ」
王慈は真っ白な歯を見せて微笑んだ。
「ヤサイマシマシニンニクヌキで」
「「「「「きゃあああああああああああ!」」」」」
女性たちは大絶叫である。尊すぎて気絶していく娘たちもたくさんいた。
「いやそうはならんだろ!」
加賀が叫ぶ。シンジも全く同意見だ。
「わ、わからない……!」
「いえいえ。ニンニク抜きってところが今後の展開を匂わせていてとてもロマンチックだと思いますよ」
「……湖白さんもああいう人が好きなんですか?」
なんだか少し解釈違いのような気がしてシンジの中に怒りにも似た感情が巻き起こる。
いやいや、まあもちろんそれは個人の自由なのだから好きにしてくれればいいのだが、湖白は少し嬉しそうに微笑んだ。
「わたしは真面目な人が好きなんです」
「………」
少し歩き、シンジたちは気づいた。
誰かが蹲って泣いている。すぐに湖白が駆け寄って無事を確かめた。
ケガはないが、その少年は深い傷を負っていた。
彼はアビスに変身していた。被害者の堀北ユイカの彼氏らしい。
優しそうな少年だった。
ずっと彼女に片思いをしていたが、つい最近ようやく想いを伝えて、無事に交際することになったらしい。
なのに彼女は死んでしまった。殺されたのだ。
だから泣いている。彼は井ノ部に復讐しようと思っていた。死刑にしてやりたかった。けれども負けた。だから泣いていたのだ。
湖白は必死に彼を慰めた。
シンジには、そのどれもが軽い言葉に聞こえてしまい、自らの人間性を疑ってしまった。
しかし事実、少年が泣き止むことはなかった。
それでも湖白は彼を励まし続けた。
「………」
夜。
シンジはバーカウンターの隅っこでジントニックに浮かぶライムを見つめていた。
「うげ」
声が聞こえたので右を見ると、離れたところに花京院の姿を見つけた。
「なに? ここ貴方のいきつけ? せっかく雰囲気が良かったのにもう来れないじゃない」
そう言いながらも花京院はシンジの隣にやってくる。
「依頼人に会ったでしょう?」
シンジは頷いた。あの戦いの後、シンジは堀北の祖母に会いにいった。
内容は花京院が言っていたことが本当かどうかを確かめに行くためだ。
結果は事実だった。堀北の祖母は花京院に百万円を渡した。井ノ部を殺してくれ。成功したらもう百万円渡すからと。
どうしてそんなことを?
シンジはそう聞いたが、祖母は何も答えなかった。
とはいえ、心のどこかではわかっている。だから花京院も呆れたようにシンジを見ていた。
いちいち全てのことに裏を取らないといけないのは職業病なのか? はたまた弱い性格なだけか?
「貴方、記者のくせに大切な人が殺されたら復讐したいって気持ちすら理解できないの?」
「それは――」
わかるさ。でもだからこそ、それを深く理解したい。
「だってそれは間違っている感情の筈だろ――ッ?」
「もうそれしか生き甲斐がないのよ。残り短い人生で縋るものがそれしかない」
だから簡単に百万も渡せる。
孫のためにとっておいた金だ。孫が死んだのだから持っていても仕方ない。
幸運にもライダーに選ばれた。しかし年老いた体じゃ絶対に他の参加者には勝てないし、なによりもあれだけ憎んでいるというのに『井ノ部を殺す』覚悟が持てなかった。
だから彼女は井ノ部を殺してくれるという花京院に金を渡し、デッキを託したのだ。
「アンタは本当に井ノ部を殺すつもりなのか?」
「殺すだなんて、よしてほしいわね。死刑にするだけよ」
「心は痛まないのか? いくら犯罪者とは言え――……」
シンジは黙った。言葉が見つからない。言葉がわからない。
「私はお金が全てだから」
「え……?」
「お金が貰えればできることは何でもするわ」
「それは、どうして?」
「応援したいところがあってね」
ここから少し離れたところにある観光地の小さな温泉旅館だった。
もともと王手ホテルの進出や、老舗旅館などに客を取られて苦しかったらしいが、後継ぎだった息子が殺されて、その嫁も癌で死んだらしい。
残ったのはまだ小学五年生の一人娘だけだった。もうすぐつぶれそうな旅館を無理やり継がされた彼女は、悪い大人に騙されてさらに借金を背負ってしまったらしい。
あまりにも不幸体質。笑ってしまうほどだ。それを聞いていた花京院は、興味半分にその女の子の顔を見てやろうと思った。さぞ荒んでいるだろうと。
「でもその子、太陽みたいな笑顔で接客してた」
自分でも言うのもなんだがと前置きをして、花京院は身の上を少しだけ明かした。
今までろくな人生を歩んでいなかったらしい。要するにあの旅館の女の子と同じだ。
そんな花京院は捻くれて育った自覚がある。にも関わらず当時の自分と同じくらいの年齢の子が、あんな風に笑えるだなんて信じられなかった。
「本当に信じられなかったから、とりあえずしこたま抱いたわ」
「そ――……ん?」
「あん?」
「んんッ!?」
なんて? するともう一度ハッキリ言われた。
だからつまりすごく純粋で腐ってなかった子だったから、そんなのはおかしいと苛立って、とりあえずありったけに汚してやろうじゃないかと。
「体臭が私の匂いになるまで抱いてやったのよ」
「なんてことしてんだ! アンタ!」
逮捕だ逮捕だ!
加賀に連絡をとろうとしたが、花京院には全く焦る様子はない。
「冗談よ。嘘に決まってるじゃない」
「――ッ」
本当か? そう思ったが、確かにそもそも証拠がない。
(絶対に喋らないように調教してるからね)
花京院は心の中でニヤリと笑った。
まあとにかく、花京院はその子のいる旅館が潰れないように支援しているのだ。
そうするとお金はあるだけ、あるほうがいい。
「まあとにかく貴方も参加者である以上、自分の中に大きなものを抱えておいたほうがいいわよ。じゃないと勝てないわ」
花京院はそう言って店を出て行った。
花京院は自分でも驚いていた。いくら誤魔化したとはいえ、普通は会ったばかりの人間にこんな話はしない。
しかしそれでも何か少し、シンジを揺さぶるためにアクションを起こしたかった。
ずっと、いろいろな人を見てきた。その中でかつてない『何か』をシンジの中に見出した気がする。もちろんそれがなんなのかはわからないが。
翌日、シンジは湖白と加賀と共に井ノ部のアパートに来ていた。
「なるべく早く頼むぞ。こんなこと、バレたら破滅だ」
「わかってる」
「それにシンジ、本当にあの子信じて良かったのか?」
「それも、わかってる」
湖白は井ノ部の部屋を物珍しそうに見まわしている。
シンジと加賀の関係はかなり危ういため、本当に信頼できる人物しか知らないわけだが、会ってまもない湖白に打ち明けるというのはかなりリスクが高い。
「でも彼女なら信用できそうな気がする」
「おいおい、ああいう子は額面通りに受け取らないほうがいいぞ」
「だからだよ」
「え?」
「信じたいんだ。いや、彼女を信じることができたらきっと――」
それはどちらかというと湖白のためというよりは自分のためだ。
シンジは頭をかく。上手く言えない。この心の中にある、かつてないモヤモヤをまだ言葉にできない。
もしかしたらシンジはこの裁判で、その『答え』に近づきたいのかもしれない。
「でもまあ、事件の手がかりになりそうなものなんてないと思うぞ。一応、警察も調べたわけだし」
「一応だろ?」
「……仕方ないだろ。状況証拠があったんだから裏付けは少し雑にもなるさ。他にも山ほど事件はあるんだから」
井ノ部の部屋は典型的な『オタク』部屋であった。アニメのポスターやフィギュアが置いてあり、無数の漫画や雑誌が本棚に並んでいる。
「兄弟はなし。実家には父親と母親がいて、仕送りしてたみたいだな。大学を中退してからはそれで生活してたらしい。引きこもりみたいだったから近所の人との交流はなかったし、外に出るとしてもコンビニかスーパーくらいだったそうだ」
「あ」
そこで湖白が本棚を指さした。
「これ……」
そこには、湖白の母が書いたベストセラー小説『鳴らないチャイム』が見えた。
「普通の本だけど? それが?」
「この人の母親が書いたんだ」
「マジ!? え? じゃあ今回の借りはサインで手を打とうか」
「転売するなよ」
「刑事をナメるな」
それからも少し部屋を探ったが、何か変わったものは見つからなかった。
押収されたパソコンにも、特別ひっかかるものはなかったそうだ。もちろんメールにも堀北との接点はなかったらしい。
三人は近くの喫茶店によって休憩することに。
そこで加賀は持参していたタブレット端末を二人に見せた。
そこには堀北の遺品が写真で整理されている。
「くれぐれも他言は無用で」
頷くシンジと湖白。とはいえ、事件当時に彼女が持っていたものなので、その数は少なく、変わった物もない。
結局これが全てだと加賀は言った。
「やっぱり井ノ部本人から証言を引き出すしか――」
「待ってください」
湖白は急いで写真を切り替え、一枚の遺品を映し出す。
それは堀北がもっていたハンカチだ。
血で汚れているが、刺繍された花はハッキリと見えた。
「コスモスの柄です」
「……確かに。でもそれが?」
「鳴らないチャイムの主人公の女の子も同じものを持っていたんです。これって偶然でしょうか?」
「え? あー、まあそれくらいどこにでも売ってるんじゃ?」
加賀は首を傾げたが、そこでシンジが前に出た。
「いやッ、いや! 調べてみてくれないか? 確かに偶然かもしれないが、もしかしたらそれが何かに繋がるかもしれない!」
「そ、そうか。じゃあちょっと待っててくれ」
そう言って加賀は店を出て行った。
シンジは湖白から、鳴らないチャイムの話を聞いてみる。シンジも読んでいたが、記憶がおぼろげだったからだ。
端的に伝えられるシーン。
主人公の親友が自殺する。主人公と、彼女に好意を抱いている男の子は、共にその死体を燃やす。
罪の共有。現実から逃げるように、月が照らす田舎道を、二人は自転車で走った。
シンジは話を聞いているうちに、なぜあの作品が多くの読者――、特に若者の心を掴んだのかを察していった。
現実からの逃避。ルサンチマンの美化。誰もが感じたことのある『あまりにも軽くて気だるい自殺願望』をなるべく細分化して、言葉にしようとしていたのではないか。
そしてもしも込められたメッセージが、シラトリマイコのベースになっているのならば、湖白に対して抱いた実験という言葉の意味も漠然と理解できる。
「?」
その時、レジで何やら店員と男の人が言い合いになっているのに気づいた。
言い合いといっても怒号が飛び交っているわけではなく、マスターが呆れているといったほうがいい。どうやら客の男が財布を忘れたらしい。
「すまん、ツケといてくれ!」
「シゲさん。またですかー? 今度は何? ウマ? パチンコ?」
「いやいやギャンブルはもうやめたって。とにかく財布を落としたんで! ね?」
すると湖白はその客の手を取った。
「まあ大変。お財布を落とすなんてついてなかったですね。警察には?」
「え? あぁいやまだだけども……」
湖白は伝票を見る。コーヒー一杯、税込み420円だ。
「これ、どうぞ。おつりは結構ですから。お使いください」
そう言って湖白は500円玉を客の老人に手渡す。
マスターも、なによりその老人も、ギョッとして湖白を見た。
「いやいやお嬢ちゃん。大丈夫だって。この人いつもこの調子なんだから」
「え、えへえへ」
老人は困ったように笑う。
「でもッ、今日は本当かもしれないじゃないですか! ね?」
湖白はまっすぐ、ひたすらにまっすぐ老人の眼を見て微笑んだ。
すると老人は焦ったように湖白から目を逸らし、ケツポケットから小銭入れを取り出した。
「あ、あー! あはは! なくしたと思ったら小銭入れがあった! 今日のコーヒーくらいは払えるなぁ! だからありがとうお嬢ちゃん。これは返すよ」
老人は500円を湖白に返すと、さっさと支払いを済ませて逃げるように店を出て行った。
「よかったです!」
湖白は満面の笑みを浮かべた。
その時、シンジは確信に近いものを得た。
マイコの実験。それはもしかしたら我々人間の心を試すものなのではないだろうか?
(生み出そうとしているのか……、天使を)
そしてそれはシンジが追い求めていた『何か』に限りなく近いもののような気がした。
シンジは湖白の虜になっていくのを感じている。同時に強い『闇の感情』に近いものを感じている。
湖白は危ない人だ。
あんな調子じゃいつか痛い目を見る。
そんなのはダメだ。だからいっそ鎖で繋いでおきたいと思う。
なぜこんなに彼女は愚直なのか――?
「!」
シンジはハッとして首を振る。
綺麗なものは、汚いものをより浮き彫りにしていく。
光が強ければ強いほど、影が強調されるのだ。人間は眩しいところにいると、暗いところにいきたくなる。
眩しいということは熱を持っていることだから、ついつい日陰に逃げ込みたくなる。
太陽に近づきすぎたイカロスは、偽りの翼が溶けて死んだ。
そんなことをしばらく考えていると加賀が戻ってきた。
「堀北の学校を調べた。確かに彼女は図書室であの本を借りてたな」
面会室。
井ノ部の瞳が震えていた。
何かを言おうとしてやめる。それを二度ほど繰り返した後、シンジが先に口を開いた。
「もう一度言う。貴方は嘘をついていた」
別に証拠があったわけじゃない。ただ単に、鳴らないチャイムとだけ告げただけだ。
「堀北さんと知り合いだった。違うか?」
井ノ部の態度が答えを示していた。
なんだかシンジはたまらなく腹が立った。
なぜだ。どうしてそんなに嘘が下手なくせに――……!
「違います。確かに彼女を知ってはいたけど、それはたまたま見かけたからで――」
「違う」
「違わない。同じ本があったからってなんなんだ。あれはかなり売れてた。多くの人が持ってる」
「違う――!」
「なにが? だから――」
「違うッッ!」
シンジは声を荒げた。井ノ部は大きく肩を震わせた。
刑務官がシンジを抑えようとしたが、それよりも早く加賀が警察手帳を見せて黙るようにジェスチャーを送ると、何かを察し、口を挟むことはなかった。
「オレはジャーナリストだ」
井ノ部はシンジを見なかった。
見れなかった。彼の瞳の奥には炎がある。
あれはきっと邪悪なドラゴンの炎だ。見たら焼き殺される。だから目を逸らした。
「今ここで誤魔化したところで、アンタが隠そうとしたものを必ず暴いてやる。いいか? 必ず。そう、必ずだ!!」
「……ッッ」
「何を隠そうとしてるのかは知らない。でもコッチは確実に何かに近づいてる。これからもっと堀北さんの周りを探って、調べて、そして――」
「関係ないって! 言ってるだろッッ!!」
井ノ部は机を殴り、アクリル板をたたいた。
しかしシンジは怯まない。むしろ顔を近づけ、井ノ部を睨みつける。
「――ていたのか?」
「……え?」
「愛していたのか? もしかして、彼女のことを」
それは、井ノ部にとって、あまりにも無神経な質問だった。
それは、井ノ部にとって、心を侵されたような――
誰にも教えたくなかった秘密をみんなの前でバラされるような。
大切な何かを壊されたような感覚だった。
シンジに怒りをぶつけるため、井ノ部は息を吸い込んだ。
だがそれよりも早く、言葉が耳を貫いた。
「格好いいと思ってるのか? この犯罪者が……ッ!」
井ノ部の動きが止まった。
呆気に取られていた。同時に目を見開いた。
その、ある種かなり差別的な言葉をシンジが放ったことに誰もが驚いた。
しかし改めて、特に井ノ部は思い出した。
そうだ。そうか。手首を締め付けるような冷たい手錠の感覚を。
そうなんだ。犯罪者なんだ。自分は。
「アンタの命は! アンタだけのものじゃないんだぞ!!」
井ノ部は震え始めた。ブルブル震え始めた。
湖白は悲しそうな表情を浮かべている。なぜだかそれを見ていると涙が溢れてきた。
井ノ部は湖白の手を思い出した。井ノ部はかつて、母親と手を繋いで笑いながら帰った日を思い出した。
「彼女もそうだ。彼女の母親の命もそうだ!」
井ノ部は鼻をすすり始め、過呼吸ぎみにしゃくりあげた。
井ノ部はかつてかってもらったヒーローの玩具を思い出した。
「かっこつけるなよ! それが正しいと本気で思ってるのかよ!」
シンジの激しい怒りを感じて、井ノ部はついにおうおうと泣き始めた。
井ノ部は情けなく、掌をアクリル板に押し当てた。
そこに湖白が手を重ねたとき、井ノ部は敗北を自覚した。
彼は泣きじゃくりながら全てを語り始めた。
全てを聞き終えた後、シンジは堀北ユイカが眠る墓を参った。
その帰り道、高城王慈と出会う。どうやら彼もユイカに会いにきたようだ。
「生きていれば、さぞ美しい女性になっただろう。輝かしい未来が待っていたはずさ」
「ああ」
「それをヤツは奪ったんだ。償いは死でしか行えない」
王慈はユイカに誓いに来た。
シンジはユイカに懺悔をしに来た。
「ミラーワールドで決めよう」
シンジはデッキを見せる。それが答えかと王慈は唇を吊り上げた。
デッキを突き出した時、王慈がポツリと口にする。
「俺の親父は最高の役者だった。だが下らない記事のせいで夢を奪われ、家族はめちゃくちゃになった」
同時にポーズをとる。
「今でも覚えてる。家に押し掛けてきた記者共の顔をね」
「……僕も昔、怒りに囚われてた時期がある。でもだからこそ、その感情はいつかどこかで断ち切らなければならないんだ」
王慈はニヤリと笑う。
「やっぱり記者は嫌いだね。変身!」
「変身ッ!」
龍騎とタイガは拳を交わしながら商店街を駆け抜け、広い道路に出た。
さっきまで雨が降っていたからか、濡れている道路は滑る。勢いあまって龍騎は地面を転がった。
タイガは斧を取り出すと龍騎に切りかかっていく。
龍騎は姿勢を低くしてそれを回避すると、タイガの真横へ位置をとった。
しかしタイガも振り返りながら斧を真横へ振った。
しかし抵抗感。
龍騎は両手で挟み込むようにして刃をを受け止めていた。
二人は睨みあい、視線をぶつけた。そしてすぐに互いを突き飛ばして距離をとる。
同時に抜き取るカード。バイザーへセットしたのは龍騎のほうがやや早い。
『アドベント』
撃破したインペラーから奪ったカードだ。
タイガの周りから三体のガゼルモンスターが飛び出してきて、爪を光らせる。
『クリアーベント』
しかしタイガの体が消失する。着地したガゼルモンスターの攻撃が空を切った。
うろたえるガゼルたち。そこへ斧が叩き込まれていく。火花を散らしながら倒れ、消滅していくモンスターを見て、龍騎はストライクベントを発動した。
右腕に装備されるドラグクロー。しかし龍騎は動かない。
すると龍騎の左肩から火花が散る。
一瞬だった。龍騎が左肘をまげて斧の柄を掴んだのだ。
さらに龍騎が右腕を虚空に伸ばすと、そこに感触が宿る。
「いくら透明になっていても、攻撃するときは目の前にくるしかないよな!」
「ほう!」
透明化が解除され、タイガは選択を迫られる。
腹部に押し当てられたドラグクローの口に光が集中していく。
「面白い……ッ!」
タイガは力を込めることを選んだ。
両腕で斧を押し、龍騎の肩を切断しようと試みる。
一方で龍騎はひたすらにパワーをドラグクローへ送り込む。炎の波紋が龍騎の口に集中していく。確実に、着実に。
その時、斧から冷気が発生した。
龍騎の仮面の奥の顔が苦痛に歪む。
「……僕たちはッ、時に! 自分一人のために戦う時がある! この手で!」
「なんだと?」
龍騎の柄を掴む力が強くなった。
タイガの心に僅かな焦りが宿る。だからより強い冷気を発生させて龍騎を倒そうと試みる。
しかしどうだ。龍騎はますます力強く叫ぶではないか。
「でもッッ、この手で誰かの手を握ることだってできるんだ!!」
炎がドラグクローへ集う。
どうする? 一旦距離をはなすか? タイガの脳裏にその選択肢が浮かぶ。
「その時! 人は弱くても――!」
龍騎の叫びに呼応するようにして炎がドラグクローへ集中する。
「愚かでも!!」
ダメだ。
距離を、とる。
べきだ――ッ!
「一人じゃないッッ!!」
タイガの力が緩んだとき、龍騎はドラグクローから炎を発射した。
ドラグクローファイヤー。強力な火炎熱線が、まるでレーザービームのように発射されてタイガを押し出していく。
商店街の通路を滑り、やがてお寺の横にある青果店の壁に直撃した。
空気が漏れる。呼吸が止まったからだろうか? なぜだか時間がスローに感じられる。
タイガは急いで首を振った。斧を取り出すと、それを龍騎に向かって投げる。
しかしドラグクローから炎の剣が伸びると、それを切り払い、弾いた。
ドラグクローファイヤーセイバーとでもしようか。
(――ッ、なんなんだ!)
タイガはうんざりだった。
ポエムなんて聞きたくもない。
が――、しかし、逆に言えばそれだけの信念が龍騎にあるというのか?
あの言葉を一番に理解しているのはきっと龍騎のはずだ。
何かを重ねているとでもいうのか?
ただの記者が。ゴシップに群がるハエが。
なにがそこまで龍騎を突き動かすというのだ。タイガには理解できない。
「僕は答えを見つける! そこにある真実を明らかにする!!」『ファイナルベント』
まるでタイガの心を読んだように龍騎が叫び、飛び上がる。
舞い上がった彼の周りを激しく旋回するドラグレッダー。
あれをくらえば終わりだ。タイガは立ち上がると、デッキに手をかけた。
「答えだと――?」
その時、タイガの脳裏に過去の光景がフラッシュバックした。
かつての自分が泣きながら訴えていた。
『お願いだ! 真実を明らかにしてくれ!』
そう――、叫んでいた。
かつての自分が腕を掴むから、フリーズベントを抜き取ることができなかった。
「ハァア゛アアアアアアアアアアア!」
「グアァアアアッッ!!」
ドラゴンライダーキック。
ドラグレッダーの炎を纏った龍騎がロケットのごとく猛スピードでタイガに直撃する。
爆発が巻き起こり、炎が晴れると王慈が地面に膝をついていた。
「井ノ部を信じたのか……?」
「彼が罪を犯したことは事実だ。それが覆ることはない」
「だったら――」
「僕は、『人』を信じたんだ! いや、信じたい――ッ!」
シンジも聞きたいことがあった。
なぜ王慈があそこで防御の手を止めて、必殺技を真正面から受けたのか、だ。
すると王慈は震える唇を釣り上げた。彼の体が粒子化していく。
「……俺には男のファンもたくさんいるからね」
「ッ?」
「思っただけさ。井ノ部くんが俺の子猫ちゃんなら――、俺には殺せない」
王慈は爽やかに笑い、そこで現実世界に送られた。