仮面ライダー龍騎 Bloo-dy Answer 作:ホシボシ
「フッ!」
ライアの鞭がファムの手首に巻き付いた。
そのまま思い切り腕を引くと、ファムはいっそのことと、自身も前に走り出し、地面を蹴った。
空中で一回転した後はライアの背後に着地し、体を回転させてマントを靡かせる。
無数の白い羽が舞った。目くらましのつもりだろうが、ライアは強引に足を伸ばしてファムを狙う。
しかし足裏が届く前に、ファムのサーベルのほうがライアの肩を突いた。
火花が上がり、ライアはよろける。さらにファムはマントを靡かせた時にデッキからカードを抜いていた。
バイザーにセットしつつ突きを行い、ライアに命中したのを確認して発動する。
『アドベント』
ブランウイングが出現し、強力な突風を発生させる。
すでに後ろへよろけていたライアに踏みとどまる力はない。
風に負けて背中から地面に叩きつけられた。
強風がライアを押し出していく。追撃を許すわけにはいかない。ライアはすぐにカードを抜いて立ち上がるが――
「ッ?」
ファムの姿がない。気配すらない。
すぐに前に出て辺りを探すが、やはりどこにもいなかった。
逃げられた? そう思ったとき、ライアの背中から火花があがった。
「うあ゛ッッ!」
よろけた所に黄金の一振りが刻まれる。
腹を蹴られた。ライアが後ろに下がると、そこへ黄金の羽のシャワーが降り注ぐ。
羽は体に触れた瞬間に爆発を巻き起こす。ライアは無数の火花に揉まれて、ついには地面に両膝をついた。
『アドベント』
黄金の炎に包まれたゴルトフェニックスがライアを通り過ぎる。
そこにはもはや何も残っていなかった。
現実世界に戻った花京院は、思わず近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばす。
「ちぇ!」
だが瞬間的な怒りが引いてくると、花京院は爪を噛んで、少し前のことを思い出す。
あれも、これも、偶然だとばかり思っていたが、もしかしたら違うのか?
「……あの子、やるじゃない」
Atashiジャーナルの休憩所に並べられている椅子とテーブルの上をナイトは駆け抜けていた。
次々にゾルダの弾丸が椅子を吹き飛ばしていくが、ナイトのスピードには追い付けない。
『ストライクベント』
ナイトがカードが発動しながら跳んだ。
壁を蹴ると、一気にゾルダのほうへ距離を詰める。あまりのスピードにゾルダは反応できない。
そうしていると着地したナイトがシザースピンチを縦に、斜めに、横に振り払う。
衝撃はあるが、ゾルダも防御力は高いほうだ。しっかりと踏みとどまり、反撃のために腕を伸ばして銃を突きつけた。
が、しかしナイトはシザースピンチを消滅させるとバク転で後ろに下がった。
ただ距離をあけるための行動ではない。振り上げた足でゾルダが持っていた銃を弾いたのを確認すると、一瞬で前に踏み込んで突きを繰り出した。
胸を打つ剣先。ゾルダは大きくよろけて強制的に後退していった。
その隙にナイトはカードをセットし、発動したのを確認するとダークバイザーを斜め上後方に投げて壁に突き刺す。
『ソードベント』
ナイトに手に装備されたベノサーベル。豪快に素振りをすると、そのままゾルダのほうへ走りだした。
ゾルダも踏みとどまり、すべての神経を集中させる。
ナイトが選んだのは振り下ろしだった。ゾルダはすぐに腕を伸ばし、ナイトの手首をつかんで攻撃を中断させた。
「フンッ!」
「うおぉッ!」
ナイトはすぐにゾルダの足の甲を踏みつけて、力を緩ませると、そのまま足を払って地面に倒す。
ナイトはそこでバク宙。壁に突き刺していたダークバイザーの柄に着地すると、それを蹴って大ジャンプ。ベノサーベルを下に突き出して、急降下していく。
衝撃が走り、ゾルダは声にならない悲鳴をあげた。
鳩尾に叩き込まれる剣先。呼吸が止まり、一瞬目の前が真っ白になる。
これで終わりだ。ナイトはゾルダの腰へ手を伸ばし、デッキを抜き取ろうと――
『ファイナルベント』
しかしそこでナイトが真横に吹き飛んだ。
突如として飛び出してきたガゼルモンスターが突進で吹き飛ばしたのだ。
ナイトはすぐにそのモンスターを叩き壊すと、持っていたベノサーベルを投げて壁に刺していたダークバイザーにぶつけ、落とす。
前転で一気にその二本まで到達すると、それらを拾って立ち上がる。
向かってきた無数のガゼルモンスターたちを切り裂きながら前進。最後にやってきたファムの跳び膝蹴りを、剣をクロスさせることで受け止めた。
「きゃあ!」
逆にファムはナイトに蹴られて、地面を転がる。
「お前ッ、何者だ!」
ゾルダがナイトを指さした。明らかに動きが普通の人間ではない。
彼もまたインペラーのようなものなのだろうか?
それとも――
「真実の探求者」
ナイトの言葉を聞いて、ゾルダは思わず声を漏らす。
そのワードには聞き覚えがあった。一見すれば聞こえはいいが、それは違う。
なぜならばあれは『組織』の一員であるということを示す歪んだ自己顕示。
「ディスコードか!」
かつて裁判員裁判において、裁判員を脅し、自分たちが望むように裁判を操っていた集団だ。
ライダー裁判によって滅んだとされていたが、噂では何事もなく仮面ライダーになって潜り込んでいるという話を聞いていた。
なぜゴルトフェニックスが彼らをライダーにしたのかは、まさに神のみぞ知るところなのだが、ただ一つわかることがすれば彼らにとって裁判は花京院のようにただのビジネスでしかないということだ。いや、むしろもっと邪悪なものなのかもしれない。
あるものは宗教的な考えを。
あるものは歪んだ殺人衝動を。
あるものは虚無を抱えているという噂だ。
「井ノ部をどうするつもりだ!」
ナイトは剣を突き出した。
「公開処刑」
「なにッ!?」
「死刑の様子を中継する。それをクライアントはお望みだ」
「金で動くタイプのようだな」
「死はビジネスだ。かつてコロシアムで人間を戦わせていたように。上のものが下のものの苦しみを見て楽しむのは不思議なことではない」
「優しい人なんですね」
沈黙。
間。
「素敵です」
ファムの言葉にナイトもゾルダも答えない。
彼女の言っている言葉の意味がわからなかったからだ。
どうして今の流れでその言葉が出てくるのか理解できなかった。
どうやら彼女はナイトとお喋りをしているらしい。
「誰かを喜ばせたいという想いは素晴らしいです。でも、いけませんよ。それで他の人を傷つけるなんて。考え直してください。優しい人よ」
ナイトは思わず笑ってしまった。
だって、説得の言葉としてはあまりにも間抜けすぎる。
一番初めに捨てる良心に訴えかけるなんてお花畑もいいところだ。ナイトは答えのつもりでファムを殴った。
「美岬さん!」
ゾルダが助けに入るが、ナイトは連続で彼を切り裂き、ひるんだところに膝を入れて投げ飛ばす。
「乱暴はやめてください。そしてどうか考え直してください。優しい人よ」
ナイトが真横を見る。ファムの仮面がすぐそこにあった。
「馬鹿が」
ファムの腹を殴り、背中をサーベルで叩いた。
ファムは倒れる。すぐに立ち上がる。
「考え直してください。優しい人よ」
蹴った。
「考え直してください。優しい人よ」
殴った。
「考え直してください。優しい人よ」
斬った。
「考え直してください。優しい人よ」
「ロボットか?」
素で聞いた。
「考え直してください。優しい人よ」
「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」「考え直してください。優しい人よ」
木霊しているのか、あるいは幻聴なのか。それとも実際に聞いたのか。
ナイトの目の前にファムが立っていた。
マントがボロボロなのを見るに、おそらく幻ではない。
時間を繰り返しているわけでもない。しかし今、自分が立っている場所がこの世のものならざる気がして、ナイトの中に言いようのない居心地の悪さがあった。
ナイトは踏み込み、ファムのデッキを突いた。
破片が地に落ちる。
崩壊していくデッキ。
ナイトは歓喜した。
気づけば彼の目的は『ファムの否定』にすり替わっていた。
本人は気づいていない。というよりも本心だった。
ファムのようなものを否定することこそ、ナイトに与えられた使命である。天命であると本気で錯覚した。
ナイトは立ち止った。
鎧が砕け、ファムの仮面が砕けたから湖白の素顔を始めてみた。
湖白は満面の笑みを浮かべていた。
「世界が平和になりますように!」
粒子化して消え去ろうとする湖白。
ナイトは完全に立ち尽くした。棒立ちだった。
初めて見るものを受け入れるために、それだけの時間が必要だったからだ。
あるいは足を震わせていたのは――、畏怖か?
全てが幻に思えた。
ナイトから何かが剥離していく。乖離していく。
もっとも近い言葉があるのならばそれはきっと『常識』だ。あるいは『概念』ともいう。
だからナイトはミサイルやレーザーがすぐそこにあっても、それが現実とは思えなかった。
悲鳴さえも塗りつぶす爆発の連鎖。
エンドオブワールド。ゾルダの必殺技を受けてナイトの鎧が砕け、デッキが蒸発するように消えていく。
「お前のようなヤツは、ここに来る資格はない」
ゾルダは鏡越しにナイトだった男を睨みつける。
男はすぐに逃げていき、ゾルダはそこで地面に崩れ落ちた。
強がってはみたいいものの、想像以上にダメージを受けていたようだ。
ちょうどそこで龍騎がやってきた。
「レンさん! 大丈夫ですか!?」
「すまんシンジ……! してやられたよ」
さらに龍騎は名前を呼ばれた。ガラスの奥にいる湖白を見てファムが脱落したのを知る。
湖白はすぐに指をさし、地面に散らばった所持カードを示した。
「使ってください。きっともうすぐオーディンが来ます」
残っているライダーは龍騎、ゾルダ、オーディンの三人だ。
湖白はオーディンの気配を察知して逃げたようだが、ということは追ってくる気があるということだ。
「シンジ、託してもいいか? 俺のデッキを」
ゾルダはデッキを抜いて龍騎へ差し出す。
ダメージが蓄積している状態では足手まといにしかならない。万が一、オーディンの前でやられてしまえばカードを利用される可能性がある。
それならば、ということだった。
龍騎は頷くと、ゾルダのデッキを受け取り、握りつぶす。
レンが現実世界へ帰還し、彼のカードが龍騎のデッキに加えられた。
「手間が省けて助かるよ」
レンが湯川の連絡先を知っていたのでメッセージを送ってもらった。
内容は簡単。残りは二人なのだから、決着をつけようじゃないかと。
事実、湯川としてももう終わらせたかった。
検事として他にも手をつけたい仕事がある。湯川にとって井ノ部とは長々と時間をかけてやるほどの人間ではなかった。
さっさと勝って死刑にする。
それ以上でも以下でもない。情はなければ、憎悪もなかった。
「お前、井ノ部から何があったのかを聞いたんだろ」
「はい」
「俺の唯一の懸念点は、ヤツが冤罪であるという可能性だ」
「それはないと思います。井ノ部は確実に堀北と、彼女の母親を殺しています」
「だったらいい。アイツは死刑だ」
シンジは答えの代わりにデッキを前に突き出した。
湯川は頭を押さえ、自らもデッキを突き出す。
もしもシンジが湯川と同意見ならば、戦う必要がない。
にもかかわらずデッキを前に出したということは――
「一個人が運命を変えようとするな。疲れるぞ」
「それでも、僕は……!」
シンジは腕を斜め上に突き上げ、湯川は肘を曲げたまま腕を振るい、広げた。
「変身ッ!」「変身!」
全速力で走る龍騎とオーディン。
それぞれは拳を突き出し、クロスさせた。
しかし龍騎の拳がオーディンの仮面に入ることはなかった。
それよりも前にオーディンはワープで消失。勢い余った龍騎はそのまま前のめりで進み、やがて地面を転がる。
立ち上がった時、オーディンが頭上から現れた。
ゴルトバイザーを振り下ろし、龍騎の装甲を傷つけると、そのまま柄頭を真横に振るって龍騎の頬を打った。
衝撃で龍騎は地面を転がっていった。
お互いはそこでカードを抜き取り、バイザーへセットする。
『アドベント』『シュートベント』
オーディンが生み出したメタルゲラスが足裏で地面を擦り、そして発進した。
一方でギガキャノンを装備した龍騎は、すぐにもう一枚のシュートベントでギガランチャーを装備する。
それをすぐに発射。巨大な弾丸を、メタルゲラスは角を振り上げて弾き上げる。
しかしそこで動きが止まった。龍騎の両肩上にある砲口から光弾が発射され、メタルゲラスに直撃、爆散させる。
龍騎は続けざまに奥にいるオーディンを狙った。
しかしワープで回避され、二発目も同じように避けられた。
ギガランチャーを向け、弾丸を発射。しかしオーディンはワープでそれを回避してみせる。
しかしそこで龍騎は思い切り武器を振るい、後ろを向いた。
長い砲身に衝撃。そこには背後に出現していたオーディンがいて、ギガランチャーを腕で止めている。
龍騎はそこでギガキャノンをパージして、持っていたギガランチャーを放した。
そして渾身のパンチを『後ろ』に放つ。
「グアァア!」
ヒットする感触。そこにはさらにワープで背後にまわったオーディンが見えた。
(一点読みか! 無茶をする!)
まあ読まれるほうも読まれるほうか。
勢いを止めたオーディンは腕をかざし、ゴルトバイザーを出現させた。
両者は再びカードをセットし、発動する。
重なり合うアドベントの音声。空中でエビルダイバーとダークウイングがぶつかり合い、戦いを開始した。
その下で龍騎ドラグクロー、オーディンはメタルホーンを突き出してぶつけ合う。
激しい衝撃が巻き起こり、龍騎のドラグクローが破壊されて、吹き飛んだ。
「フンッ!」
オーディンが腕を前にかざす。よろけた龍騎へ降り注ぐ黄金のシャワー。
無数の羽が爆発を起こし、龍騎は何度ものけぞりながら後退していく。
羽が終わっても攻撃は終わらない。龍騎の背中を切り裂くゴルトセイバー。
怯んだ龍騎へ、オーディンはワープを繰り返しながら追撃を繰り返していく。
「ハァア!」
「うぁああ゛ッッ!!」
突き出された二本の剣。
吹き飛ばされた龍騎は激しく地面を転がり、やがて動かなくなった。
オーディンは歩きながらゆっくりと剣を上げていく。
が――、間合いに入ったちょうどその時、龍騎がバッと急に起き上がった。
既にバイザーにはカードがセットされており、オーディンの肩をつかんだのと同時に発動される。
『ストライクベント』
ギガホーンの角がガッチリとオーディンの腰をホールドした。
少し焦るが――、それがなんだというのか。オーディンはワープで拘束を抜けると、後方に出現した。
しかしそこで目を見開く。ギガホーンの中央にある砲口から光弾が発射されたのだ。
オーディンはすぐにそれを手で弾こうとするが、そこで空中で戦っていたダークウイングが超音波を放つ。
視界がぐにゃりと歪み、不快感に歯を食いしばる。
そこで光弾はオーディンに直撃し、爆発を起こした。
後退していくオーディンは見る。
呼吸を荒げながら、コチラをにらんでくる龍騎の姿を。
その赤い複眼が強く発光しているような錯覚。
感心とは違う、呆れとも違う感情を覚え、オーディンはため息をついた。
「井ノ部から何を聞いた?」
「別に。ただ――」
ただ――、何もかも上手くいかなかっただけだ。
それは本当にたまたまで、もしかしたらよくあることなのかもしれない。
だから何も言わなかった。
はじめは小学校で感じた違和感。なんだかうまくいかなかった。
中学校に入れば何かが変わると思っていたが、結局同じだった。
人と上手く付き合えない。
心の癒し方がわからない。そうすると体も頭も重くなって、勉強も運動も上手くなれない。
努力がからまわりするから部活をやめていた。
高校で変わろうと思ったが、結局は同じだった。今にして思えば半分不登校みたいなものだった。
実家から離れた大学で心機一転頑張ろうと意気込んだが、気づけば家に引きこもっていた。
単位が足りない。でも家から出られなかった。
気づけば勝手に大学を辞めていた。
もしかしたら知り合いに出くわすかもしれないから出かけるのは基本的に夜が多かった。
深夜、コンビニで明日の食材を調達した帰り道、ふと思う。
いつまでこんな日が続くのだろうか――?
昔を思い出したのは、きっと好きだった声優のラジオが終わったからだ。
また一つ、生きる意味を失った。
考える。思い出す。きっともっと繊細な自分を理解してくれる人が近くにいてくれれば、こうはならなかった。
そう思うと、気づけば公園にやって来ていた。家に戻りたくなかったからだ。
いっそ通り魔にでも出くわさないだろうか? そうすればきっと何かが変わってくれる。それか――、そう、そうだ。異世界への扉でも開いていないだろうか。
そうすればきっと何かが変わる。変わってくれるはずなんだ。
でもそこには何もなかった。異常者はいないし、不思議なゲートもない。
ただ暗くて、鈍い明りがあって、少しだけ涼しいだけだった。
「あ」
でも一つだけ、女の子がベンチに座って本を読んでいた。
井ノ部はその時、願いが叶ったと錯覚した。だって深夜の三時に、公園で本を読んでいる女の子なんて存在するはずがない。
常識的に考えて存在しないものがつまり存在しているということは、きっと彼女はこの世のものではないんだ。
井ノ部が立ち尽くしていると、少女が顔をあげた。
彼女はニコリとほほ笑んだ。
井ノ部の脳はそこで一種のバグを起こし、自分の考えが間違っていなかったのだと確信する。
なぜならば普通ならばもしもこの状況で自分を見たら、あの子はきっと怖がる。怯える。とにかく怪しんで立ち去ろうとする。
なのに彼女は微笑んだ。
それはずっと心のどこかで追い求めていたボーイミーツガールの導入そのものだった。
破滅的で、けれども神秘的で美しい。公園には月と街灯のぼやけた明かりしかなくて。
でもそれが彼女の表情を何倍も美しく見せる。
「何をッ、読んでるん……ですか?」
上ずった声。少女は、堀北ユイカは持っていた本を見せた。
「鳴らないチャイム! ぼ、ぼくも読んだことあります。面白いですよね!」
「まだ途中なんで」
「あ、あ! そ、そうか! ははは! そうだ、だめだ、ネタバレになっちゃう」
うろたえる井ノ部を、堀北は楽しそうに見ていた。
二人はシラトリマイコのファンだった。他の作品の話で盛り上がった。
そして朝日が昇るころに別れた。またここで会いましょうと言われたので、井ノ部は何年かぶりにスキップをして帰った。
後日、同じ場所に堀北はいなかった。
井ノ部は毎日公園を訪れた。彼女と再会したいのは三日目のことだった。
彼女は家に不満があるらしい。ここに来てるのも、シングルマザーの母親と上手くいっていないからだという。あの日も、母は男と出ていったようだ。だから本を読んでいた。
「帰りたくないんです」
じゃあ僕の部屋に。一瞬よぎったが、そんな度胸は井ノ部にはなかった。
自分は紳士だから、ありったけの自虐を披露する。もっとひどい人生の男がここにいる。
それを知ってもらえれば彼女はきっと安心するはずだ。
事実、彼女は笑った。
「えー? 井ノ部さんは絶対優しいだけだって」
堀北は笑った。井ノ部はとても嬉しくなった。
優しい。そう言ってくれる人に出会えたのは本当に久し振りだった。
次の日、堀北が公園にいた。母と喧嘩をしたらしい。
「包丁を突き付けてやりました」
「だ、だめだよそんなことしちゃ……」
「あーあ、なんでこう上手くいかないんだろ。人生って」
最悪なことばかりらしい。テストは難しいし、人間関係はくだらないし。
「友達のフリして、きっとSNSじゃ私の悪口を言ってるに決まってる……」
堀北は星を見た。井ノ部も星を見た。
「あーあ、死にたいなぁ」
堀北はよく、そう口にしていた。
練炭セットも買ってあるらしい。井ノ部が自殺はいけないというと、彼女はいつも嬉しそうな顔をしていた。
「ね、今からどこか行きません?」
「え? ど、どこに?」
「どこか」
井ノ部は考えた。
彼女の手を引いて走り出すことができれば、それはきっとロマンチックなことなのだろう。
夜の街を自転車で走ることができれば、それはきっとさぞ幸せなことなのだろう。
でも、もしもそんなことをして捜索願でも出されたら、きっと大変なことになる。
井ノ部は首を振った。堀北は残念そうに微笑んだ。
「じゃあもし」
「え?」
「もしも私が苦しくなったら、一緒に死んでくれますか?」
堀北は腕を見せた。今まで暗かったから気づかなかった。
彼女の腕には無数のリストカットの痕があった。
井ノ部は微笑んだ。歪んだ愛を感じて、少しだけ嬉しくなった。ほんの少しだけ勇気がわいた。
それから一週間、彼女とは出会わなかった。
もう一週間経っても会えなかった。
三日後のこと、井ノ部は両親と激しく言い争った。
今後のことについてだった。お前はもうどこにいってもやっていけないと言われたとき、井ノ部は電話を切った。
家を飛び出し、公園に行くと誰もいなかった。
もしもここで誰とも出会えなかったら、井ノ部はきっと――
「運命ですね」
学校帰りの堀北と出会った。
堀北は井ノ部の手をとった。女の子と手を繋いだのは初めてだった。
会話をしたが、それは一方的なものだった。アニメの主人公はクラスメイトの女の子と軽口を叩きあい、恋慕を募らせる。
その青い春が羨ましかった。もう少し手を伸ばせばそれを手にすることができるんだ。井ノ部はもう少しの勇気がほしかった。
堀北は彼を連れてアパートにやってきた。
「母に紹介します。貴方を」
「え? でも」
「彼氏になってください。結婚すれば家を出られる」
堀北はそう言って家に入った。井ノ部には少し待っててもらうようにいった。
井ノ部は嬉しかった。が、少し心配にもなった。
中で怒号が飛びあっているのが分かった。何かが叩きつけられる音も聞こえた。
井ノ部は彼女がお母さんと喧嘩をしているのが少し嫌だった。だから意を決して扉を開いた。鍵はかかっていなかったから。
堀北は井ノ部に飛びついた。
そして母親を指さした。
「アイツ! 殺して!」
親に向かって何てことを。やめろ。そんなことを母親は言っていた。
止めなければ。井ノ部は張り付いた笑顔を浮かべた。
「―――」
「貴方が殺さないなら、私が殺すッッッ!」
「―――」
「絶対に殺す!」
「―――」
「今がダメでも後で殺すから!
「―――」
「必ず殺すから!」
「―――」
「絶対に殺すって言ってんだろ!!」
説得しないと。
でも口が乾いてる。カラカラの言葉しかでなかった。
それは届く前に、空中で砕けて砂になる。あまりにも空虚な言葉だった。
だって空虚な人生しか歩んでこなかった男に、誰の胸を打つ言葉が言えるだろう。
泥の中にいると自覚した。必死にもがいて、汚れて、苦しそうに呼吸をする自分はきっと世界で一番格好が悪い。
それはいつからだったのだろう。
はじめからだ。きっと。最初から。
「ぁぁあああぁああああ」
井ノ部はカバンから包丁を取り出すと、堀北の母親を刺した。
堀北が立ちすくむなか、井ノ部は暴れる母親を必死に刺して殺した。
井ノ部はいつも包丁を持ち歩いていた。深夜、堀北にとお喋りをしているときに、異常者や不良に襲われても守れるようにと携帯していた正義の刃だった。
井ノ部は本気でそう思っていた。そしてそれで母親を刺殺した。
ブルブルと震える手で、真っ青な顔、でもこれで彼女が殺人犯になる未来は防げた。
終わってる自分が終わるのは、いい。それで彼女を守れるならそれでいい。
井ノ部が振り返ると、泣きそうな堀北と目が合った。
「わたし、怖くないよ?」
堀北と井ノ部はキスをした。たぶん。
「だから、わたしを、殺して?」
井ノ部は泣いていた。
彼女を殺そうと思った。彼女を殺して自分も死のうと思った。
気持ちはわかる。人生なんて辛いことばっかりだ。そんなの生きている意味がない。
井ノ部は包丁で堀北を刺した。
でも、彼女を殺したくはなかった。
だから刺さりが甘かった。想像を絶する痛みが堀北を襲った。
彼女はその時、夢から覚めた。
「や、やめで! 助けて!」
「え?」
「いだいッ! いだいだい! あっ、が! ひぃいぃい!」
堀北は井ノ部から逃げた。逃げ出した。
助けを呼ぼう。救急車を呼んでもらう。井ノ部は怖い。本心でそう思っていた。
その時、井ノ部は情けなく逃げ出す彼女の背を見て思った。
彼女はきっと、生き辛い。今をやり過ごしても結局一緒だ。この先、自分と同じ苦しみを味わい、また誰かに助けを求める。
この世界はきっと、彼女には冷たすぎる。
きっと彼女は永遠に答えを見つけることができない。だから自分が作ればいい。彼女を。
井ノ部は凶悪犯になることを決意した。
そうすれば彼女の死はクラスメイトのSNSで悲劇として語られるだろう。
それは彼らが忘れるまで残り続ける。
同情は愛にも変わるはずだ。
だから、彼女はみんなから愛される。頭のおかしなストーカーに殺されたかわいそうな彼女の人生には価値が生まれる。未来があるからだ。
ずっと下らない人生だった。
でももしも、彼女を助けることができたなら。彼女を助けることができたなら、きっとその時、自分の人生に意味が持てる。
初めて誰かに喜んでもらうことができるはずだ。
たとえ誰からも理解されずとも。
だから、井ノ部は走った。
堀北を追いかけ、そして、そして――
そして、彼女を殺したのだ。
「諭すべきだった! 止めるべきだった!」
全てを聞いたとき、シンジはアクリル板を叩いた。
「たとえ難しくても! それが――ッ! やるべきことだろ!!」
誰にだって難しい時期はある。もしかしたら井ノ部もそうだったのかもしれない。
それでも時は流れていた。だから、井ノ部は大人だった。
悩んでいる子供が間違えないように導くのが、どうやら役目のようでして。
まあ、これはただ諭すことができなかった弱い男と、本気で死にたいと一言も口にしなかった弱い狼女の話でしかない。
何も綺麗ではなかった。
「はじめて誰かの役に立った? そんなことで生きてるのか? だから周りが見えないのか? じゃあ教えてくれよ。アンタの母親はなんで泣いてるんだ――!?」
怒鳴られ、幻想は消え果て、井ノ部は泣いている。
逃げていたかった。ずっと。作った『理由』の自転車で。
罪を見せないでほしかった。十三階段をのぼるその時まで。
「向き合えよ! 悪質な犯罪者め――!」
シンジが怒鳴ると、井ノ部は激しく泣き始めた。
それが苛立って仕方なかった。もったいない。どうして彼は涙を流すことができるのに。
「屑共とアンタは違うんだよ! どうしてそこを無視しようとするんだよ!」
井ノ部は泣きじゃくった。
「アンタの中にある良心を信じろよ! 人間だろアンタッ!!」
井ノ部はそこで自分が死刑を突き付けられた重さを自覚した。
そして今、オーディンは首を振る。
「期待はずれだったな。これで彼が母親あたりを殺してなかったとしたら、まだ結末は変わっていたかもしれないのに」
「………」
龍騎は壁にたたきつけられていた。
体が重い。思考がボヤける。夢のような世界のなかで、龍騎は井ノ部の弱さを聞いた。
どんなことが起こったにせよ、堀北はいろいろなものに裏切られたし、裏切った。
井ノ部もわかっていたのだろうか?
でも彼はそれでも、部屋を出ていこうとするシンジに向かってつぶやいた。
「彼女を、裏切りたくなかった」
――僕はキミを裏切らない。その気持ちは、わかる。
(だからこそ――! 罪を自覚しなければならない!)
龍騎は立ち上がった。そしてオーディンを睨みつける。
「僕たち人間は!」
「?」
「困っている人がいたら……! 手を差し伸べ、助け合える生き物だ。なのに傷つけあってる! その悪意は根絶しなければならない!」
全ての人が手を取り合い笑いあえる世界こそ、我々人間が目指すべき姿であると。
「できるわけがない。どうした? そんな理想を語るほどお前はバカだったのか? 記者ならわかってるだろ。そのへん」
「ああ。だからオレは――、それを答えとしたい」
「怪しげな宗教にでもハマったか?」
龍騎は本気だった。彼自身疑っているが、本気でそう思いたかった。
いつか一切の疑いの目なく湖白を見れたなら、シンジはあの時に抱いた感情の答えにたどり着く気がした。
それは不可能かもしれないけど、少なくとも諦めない間は前に進むことができる。
そこにゴールはないかもしれないけど、それでも――!
『俺たちもいるぜェ! こちとら暴れたくてウズウズしてたんだ!』
赤い仮面ライダーが自信満々に言った。
それは、世界の可能性。
未知なる怪人が、大いなる悪意を振るおうとした。
それを止めるために自分たちは集まった。あれは今でも夢ではなかったかと思う。
シンジは見ていた。
自分と同じようで違う、何人もの仮面ライダー。
食堂で働いてる人や、魔物と戦う人、なにやら話を聞いても複雑すぎてよくわからない人までいた。
彼はきっと立派で、けれども自分たち同じように弱くて、それでも必死に戦っている。
それは彼も同じだったはずだ。
(そうだろ、士――ッ!)
彼は自分たちの世界を守ってくれた。
悪魔らしいが、それでもシンジは彼を信じた。
そしてまた再会した彼は戦っていた。とても強大な悪意と。
それを前にして自分たちは団結する。互いに手を取り合えるのだと。
ドラスを見たシンジは恐怖を覚えたが、それでも前に進めたのは彼らがいたからだ。
だから彼らに恥じないようにしたい。それはきっと、今、馬鹿にされるようなことを言わなければできない。感じたのは責任だ。
そして、あの時の感情。あれはきっと――
"果てしない希望"
たぶんそれは今、井ノ部をはじめとしたこの世界に生きる人に与えなければならないものだ。
それは奇麗なのか、意外と汚いものか、それはわからないけれど。
「正義の道を目指し続ける!!」
「!」
「それが、オレの仮面ライダーだ!」
「ッ、なに! 馬鹿な!!」
オーディンが驚くのも無理はない。龍騎の姿が変わっていたからだ。
サバイブ。それは、ゴルトフェニックスが勝つ資格があるものに与える力。
オーディンにも匹敵する力なのだから。
「クッ!」『ファイナルベント』
飛び上がるオーディン、彼はベノダイバーの上に着地し、ハイドベノンを発動する。
猛スピードで飛んでくるターゲット。大丈夫、龍騎には視えていた。
シャッターチャンス。カメラマンであるシンジの目の良さから繰り出される、周囲の時間が遅れて見えるような超集中状態。
龍騎は倒れながら攻撃を回避しつつ、ドラグバイザーツバイの引き金を引く。
火炎弾がエビルダイバーの腹を撃ち、墜落。オーディンはワープで地面に着地する。
【ソードベント】
通常よりもエコーがかかった音声が鳴る。
銃が展開し、剣が伸びた。龍騎は走り、オーディンと武器を打ち付けあう。
先ほどは力負けしていたが、龍騎はしっかりとオーディンに競り合った。
さらに剣を振るえば炎の斬撃が拡散して実質的なリーチは拡大。
オーディンがどこにワープしてもダメージを与えていく。
「おのれ――ッ!」
オーディンが切り札を抜いた。
時間を操ることができるとされるタイムベントのカードだ。それを発動すると、ゴルトバイザーを天へ掲げる。
時間を戻し、サバイブを手に入れる前に龍騎を始末しようというのだ。
しかし龍騎もカードを抜いた。
それはフリーズベントのカード。冷気が迸ると、オーディンはすぐに異変に気付く。
「時間が戻らない! なぜ!」
「時間を、凍らせた!」
「無茶苦茶だな……!」
そこで龍騎がファイナルベントのカードを抜いた。
音声が鳴り響き、ドラグランザーが変形しながら落下して来る。
バイクモードで着地。龍騎が飛び乗ると、前輪が浮き上がって、炎のエネルギーが龍の口へ集中していく。
「くッ!」『ファイナルベント』
それを見るとオーディンもファイナルベントのカードをセットして杖を投げ捨てた。
腕を旋回させて構えをとると、前方にゴルトフェニックスが現れる。
集中していく光。龍騎はそこでもう一枚のカードを抜いた。それは湖白がライアよりも早く拾っていたカードだった。
『コンファインベント』
ガラスが、鏡が砕けるようにしてゴルトフェニックスが消滅する。
「なッ! なにィイ!?」
思わず前のめりになって叫ぶオーディン。
そこでドラグランザーの口から熱線が発射された。
アクセルグリップをありったけに捻り、タイヤが急回転、反動に負けないように留まる。
「ウォオオオオッォ!」
赤い光にオーディンは飲み込まれた。
手で仮面や体を隠そうとするが、耳に聞こえてきたのはデッキが砕ける音だった。
蒸発するように消滅していく破片。オーディンの姿もすぐに粒子となって消え去った。
『――おめでとうございます』
龍騎の周りをミラーモンスターたちが囲んでいる。
ドラグレッダー、ダークウイング、ボルキャンサー、マグナギガ、ベノスネーカー、エビルダイバー、メタルゲラス、ギガゼールをはじめとしたガゼルモンスター、デストワイルダー、バイオグリーザー、アビソドン、ブランウイング。
そしてゴルトフェニックス。その真下でユダが微笑んでいる。
『仮面ライダー龍騎。貴方が最後の一人です』
鎧が砕け散る。シンジは頷いた。
『では、判決を』
シンジは口を開いた。
特異点。マイコが読んだ小説では時間変化の影響を受けない存在をそう呼んでいた。
であるならば自らも特異点であると思っている。
あの日、マイコは時間が戻ったのを感じた。タイムベントが発動されたのは何度かあるらしいが、禁忌とされている『現実世界でも使用』を行使したものがいたのだろう。
ゴルトフェニックスが許したということは、何か意味があるに違いない。
マイコは調べ、そして注目した。
ディケイド。この世のものならざるものが自分たちの世界に潜んでいるかもしれない。
Atashiジャーナルの記事は非常に懐疑的だったが、マイコは確信した。
自分たちのいる世界は、常識をはるかに超えた何かが蠢いているのだということを。
マイコは歓喜した。それは彼女がずっと望んでいたものだ。
だから湖白を作った。現代の天使を多くの人は受け入れられないだろう。その光に目を焼かれるだろう。
しかし彼女の存在も、きっとあの灰色のオーロラの前では霞むはずだ。
マイコはあの時、ディケイドと共に戦った龍騎――、シンジに期待している。
湖白が彼にいろいろな影響を与えてくれることを望んでいる。
………
殺すのに失敗した。そういうと祖母は泣き崩れた。
しかしその涙は悔しさや怒りなどではない。もちろん多少はそれらも含まれていただろうが、最も大きな感情は『安堵』であった。
哀れな人――。花京院は一瞥もくれることなく踵を返して歩き去った。
………
「懲役40年か」
湯川はコーヒーを飲みながらAtashiジャーナルを見ていた。
いろいろな意見が聞こえてくる。いかなる場合であっても、殺すことに舵を切った点は同情の余地がない。
しかも堀北の母は多少なりとも男関係や金遣いの荒さから堀北を傷つけていたとはいえ、殺されるようなことはしていない。それを加味したとして、やはり軽すぎるのではないかとの意見。
逆に死刑を撤回させたとすれば重すぎるのではないかという意見。
堀北による殺人教唆と考えれば20年前後、最長でも30年に留めておくべきであると。
「意味があるのか……?」
王慈は泣いている堀北の彼氏を見た。
堀北の性格上、振り回されるかもしれないが、優しそうな少年だった。
きっと堀川の青い氷を溶かしてくれたかもしれない。
「救えねぇ」
堀北の行動が暴露された今、ネットでは彼女を叩く声があがっている。
メンヘラ女に振り回された無職童貞による殺人と笑いものにされている記事を見た。
あるいは井ノ部がまだ嘘をついている。初めに言った動機こそが真実であり、死刑を免れるために堀北を陥れたと叫んでいる人もいる。
「それでも彼は向き合うべきだ。あのまま逃げるんじゃなくて、自分の罪と」
レンは思う。
美化してはいけない。かっこいいと思ってはいけない。
彼のやったことは、最低で最悪の行為なのだ。彼はそれに気づく必要がある。
彼はそれを恥じる必要がある。そして傷つけてしまったものへ償う必要がある。
できるはずだ。彼の部屋にあったヒーローのおもちゃを信じたい。
「それにみんな、まだ生きてる。それが亡くなった人との一番の違いだ」
当たり前のようで、みんながまだわかっていないことだった。
「……60で出てきてまともな仕事があるかね?」
「それは彼が努力することだ。だが少なくとも、彼には堀北さんの墓前で手を合わせる必要がある」
きっと彼はそれができるだろう。レンはそう思っている。
「人の人生を決めた気分はどうだい? 40年の時は背中に重いのかな?」
王慈はニヤリと笑ってシンジを見た。
シンジは井ノ部からもらった手紙を握りしめた。
王慈は笑み消すと、少し恥ずかしそうに歩き去った。
シンジが持っている手紙――。
そこには堀北への謝罪の念と、シンジに対する感謝が綴られていた。
長々とは書いていない。ただ、残りの人生を償いのために生きるとだけ。
「出てきたら、みんな怯える」
湯川はわざとらしく口にした。
終身刑でない限り、刑務所での態度をはじめ、様々な要因で刑が短くなるケースもある。
変わるものもいれば、変わらないものもいる。変われないものだって。
シンジは、沈んでいく夕日をジッと見つめていた。
「――その時はオレが死刑にします」
シンジは歩いていく。
夕日の中に消えていき、やがて見えなくなった。
仮面ライダー龍騎
湖白が駆け寄り、シンジの傍についた。
「ありがとうございます。私は、立派だと思いますっ!」
湖白はシンジの裾を掴んだ。
それが手と手になるまで時間はそうかからなかった。
あの日もそうだ。湖白は周りに人がいないことを確認すると、シンジの腕に抱きついた。
彼女のなりの優しさを感じて、シンジは微笑む。
だがその時、激しい光を感じて蹲る。
「シンジさん!?」
湖白が駆け寄るが、シンジは苦しそうにうめく。
まぶしい。目が焼かれそうだ。
目を細めると、そこに見えたのは黄金の――
「シ――さ――で――」
「合わせるよ――い――ちゃ――」
『ユニオン』『ファイナルベント』
幻聴が、聞こえる。
龍騎がいた。突き出した足へ集中していく緋色の光。
足にまとわりつく光球を連れて、龍騎はターゲットを捉えた。
「「ストラーダ・ドラグーン!」」
激しい火柱が上がり、歪む世界。
崩れいく景色。"赤い文字"の果てに何かが見えた。
気づけば元の世界だった。シンジは汗をぬぐい、呼吸を落ち着かせる。
すると目の前に灰色のオーロラが生まれた。あれは決して幻ではない。
「審判の時。ってな」
門矢士は自信ありげな笑みを浮かべ、手を挙げた。
変わらないものだ。シンジは苦しそうにしながらも、ニヤリと笑った。