聖剣を抜いた親友と、抜けなかった俺   作:雷神デス

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ようやくここまで来た


なんともまあ、つまらない物語

 

 

 

 

『私の娘を返して』

 

 

 私を産んでしまった人が最後に言っていた言葉。

 己がどれだけ忌むべき生命かを、自覚させてくれた言葉。

 そして、彼女の憎悪がどれほどだったかを表す言葉。

 

 なんてことは無い。本当に、なんてことは無いのだ。

 ただ、あの子の体を奪ったのが私で、今世の魔王は勇者と魔王のシステムを知っていた。だから私が本当の子供ではないのを理解してしまって、それをあの人が知っただけ。

 

 

 滑稽な話だ

 

 

 それに気づくまで、随分と長い時間をかけてしまった。

 二人に愛されようと、これは神様と彼女がくれた命だからと。

 そんな浅はかな考えで、他人の人生を貪り食い、愚かしくも己の命を己のために使おうとした。

 

 

 馬鹿な女だ

 

 

『母を、食ったのか?』

 

 

 絶望に彩られた顔で私に聞くあの人には、非常に申し訳なくなった。

 当然だ。まったく故知らぬ赤の他人に、己の最愛の妻を食われてしまったのだから。

 すぐに彼も彼女と同じ世界に送るつもりだったのだが、世代が移り変わろうと流石は魔王。

 その猛攻を前に、私はあの人を食う暇も無く地面に倒れ伏した。

 

 

『何故、あいつを食った』

 

 

 そう問いかけるあの人に、私は返した。

 

 

『だって、自分が腹を痛めて産んだ娘に会えないなんて、可哀想じゃないですか』

 

 

 長い間、本来生まれるはずであった彼女と話してきた。

 彼女はとっても優しくて、かわいらしくて、純粋だった。

 だからこそ、とても悲しいことだった。

 彼女が、私なんかのために消えてしまうのが。

 

 

『ああ、哀れな女だ。哀れな子供だ。お前はそんなこと、全く考えちゃいないのさ』

 

 

 彼は時々、私でも理解できないことを言う人だ。

 そんなことを考えていない?まさか。私は嘘なんて一つも吐いてない。

 

 

『すまなかったな。貴様を愛してやれなくて。愛を教えてやれなくて。憎しみを教えてやれなくて。人を憎むという、当たり前のことを教えてやれなくて』

 

 

 何故そんなに、悲しそうな顔をするんだろうか?

 一体この人は、何を言っているのだろうか。

 

 

『まだ貴様に食われてやるわけにはいかないな。ああ、そうだとも。せめて妻を食われた報復に付き合ってくれ。お前に()()が芽生えるまで、もう少しだけ生きていよう』

 

 

 それが何なのかは、最後まで教えてはくれなかった。

 這う這うの体で逃げ出しながら、私はあの人を食べるための手段を講じ続けた。

 魔王を殺すには、勇者の力が必要だ。そして勇者は、私と同じ別世界から来た者だ。

 

 それなら、きっと勇者を利用できると思っていた。

 だって自分と同じように、勇者もまた望まぬ生を受けたに違いない。

 あまり認めたくはないのだけれど、私はどこか期待していた。

 

 自分と同じ境遇の勇者なら、きっと私の考えにも賛同してくれる。

 全てを平らげた後の世界で、最後に穏やかな時間を少しだけ過ごしてもいいかもしれない。

 まあ、そんな考えは全て、私の思い込みに過ぎなかったわけなのだが。

 

 

『二人は僕を、それでも愛してるって言ってくれた!』

 

 

 滑稽な話だ

 

 

 ああ、私は本当に、何を期待してたんだろう?

 息ができなくなるほど笑い転げたい気分だ。

 何もできなくなるほどに、自分の愚かしさを嘲笑いたい気分だ。

 

 何を期待してたんだろう。

 今となってはもう分からないし、理解しようとも思わない。

 ただ分かるのは、私はこいつが。

 

 

「世界で一番、大嫌いですよ」

 

 

 だから、お前を使いつぶしてやろう。

 ああ、なんて滑稽な姿だろうか?まだ私との約束を心の奥底で引き摺っている。

 あの子を勇者にしてよかった。お前の苦しむ顔がよく見える。

 

 ああ、あいつの記憶を平らげておいて正解だった。

 おかげでこの男は、また何も知らずに私に忠義を誓っている。

 本当に愚かしい。学習能力がないらしい。私以上に滑稽で無様ではないか。

 

 親友であった勇者と殺し合い、楽しそうなそいつを見て不愉快になる。

 もっと苦しんでほしいのに、この男は親友だった勇者と戦うのが好きらしい。

 忌々しい。もっともっと絶望して、最後にはみじめに死んでしまえばいい。

 

 

『お前にもようやくそれが芽生えたか』

 

 

 ああ、まったく何のことだか分かりませんよお父様。

 耳障りだ、入ってくるな。

 

 

『分かっているはずだろう?分かっていて目をそらしているだけだろう』

 

 

 ああ、煩いな。何故急にそんなことを言うのですか?

 自分の愛しい人を、家族も何人も殺されて、それでも笑っているのですか?

 理解できない。この人は壊れてしまったのだろうか?

 

 

『貴様はもう、己が望んだ結末を辿ることは出来ぬ』

 

 

 私の望んだ結末は──

 

 

 

 

 

☆〇☆〇☆

 

 

 

 

 

「ソフィート様。大将を残し、全員打ち取りました」

 

「ん。ご苦労様、エンヴァ」

 

 

 両手足を斬られ、地面を這いずる彼女の腹違いの兄弟。

 名前は……たしか、イブリスと言っただろうか。

 呻き声を上げているイブリスは、ソフィート様を見上げ、睨んでいる。

 

 

「父上を、裏切ったか、出来損ないめ……!」

 

「裏切る?私がですか?」

 

 

 クスクスと笑う彼女に、イブリスは罵声を浴びせる。

 

 

「実の母にも見捨てられ、それでも貴様を生かした父上の慈悲を蹴り、あまつさえ反逆だと!?やはり貴様は、あそこで殺されているべきだった!」

 

「落ち着いてください、兄さま。あまり怒られると、私の騎士が驚いてしまいます」

 

 

 ソフィート様は、何を言われようと表情を変えない。

 人形のようなその顔を歪ませることはなく、イブリスの顔が見えるよう屈みこむ。

 

 

「大丈夫。私の目的は、家族皆が暮らせる世界。そのために、イブリス兄さまの力も貸してもらいたいのです。お父様と戦うには、妥協は命取りですからね」

 

「何を──!?」

 

「エンヴァ。少し恥ずかしいので、目を閉じていてくださいね?」

 

 

 言われた通り己の目を閉じる。

 数秒間の間、イブリスの悲鳴が周囲に響き渡る。

 

 

「もう開けていいですよ。用事は終わりましたから」

 

 

 目を開ければ、イブリスが転がっていた場所には何も残ってはいない。

 彼女のもう一人の兄マモンの時や、他の強力な魔物を倒した時と同じだ。

 

 

「……」

 

「私がしていることが気になりますか?」

 

「いいえ。俺はあなたに、最後までついていくだけですから」

 

「あら、私に興味を持ってくれていないのかしら?それはそれでかなしいですね」

 

「あ、いえ。そういうわけでは……」

 

 

 「冗談です」、とクスクス笑う彼女に、俺もまた笑って返す。

 気づいてはいる。俺はまず間違いなく、何か重要なことを見逃している。

 本当なら気づけるはずのそれを、触れれば何が起きるかわかるから、それから逃げている。

 

 

「エンヴァ。あなたを誰よりも信頼していますよ」

 

 

 甘い言葉だ。自分を甘やかしてくれる言葉だ。

 俺に彼女の真意は分からない。彼女が俺をどう思ってるのかは分からない。

 ただ、きっと言葉通りのことは思っていないのだろう。

 きっと俺を使い潰すつもりなのだろう。

 

 

「ソフィート様」

 

「どうしました?」

 

「あなたは、グラトニカという少女を知っていますか?」

 

 

 ──ああ、目を細めた

 

 彼女の嘘は、案外と分かりやすい。

 あの時と同じように、彼女は自分すらも騙して嘘をつく。

 目を細めて、笑顔を浮かべて、彼女は虚言を口に出す。

 

 

「知りませんね。急にどうしたのですか?」

 

「いえ。なら、いいんです」

 

「そうですか」

 

 

 いいわけがない。

 彼女がグラトニカであるなら、それについて問い詰めなければならない。

 何故それを俺に言わなかったのだとか。何故今更、俺に会いに来たのだとか。

 

 けれど、それを聞いてしまえば、彼女はまた俺の傍から離れてしまうだろう。

 また俺は一人に戻る。親友も初恋も、再び得た最後の拠り所すら失ってしまうだろう。

 

 

(それが、どうしようもなく怖い)

 

 

「あと一時間ほど歩けば、お父様がいる都市につきます」

 

「決戦、ですね」

 

「ええ。あなたには存分に戦ってもらうことになります。けどその前に、今一度聞いておきますね?」

 

 

 

 

「あなたは勇者を倒せますか?」

 

「倒します」

 

 

 

 それだけは、決して違えてはならない約束だ。

 俺は必ず、あいつを倒し、唯一の価値を示さなければならない。

 それさえできなければ、俺は俺の存在を許せなくなる。

 

 最高の才能と、最高の肉体を、本来のエンヴァは持ち合わせていたのだ。

 本来であればだれにも届き得ないそれを、俺は奪ってしまったのだ。

 なら、それを奪った人間として、絶対にそこだけは譲れない。

 

 

「勇者を。最強の聖剣を倒すのは、あなたの魔剣とこの俺です」

 

「それを聞いて安心しました」

 

 

 地獄に向かって進んでいく。

 戻るための道は、とっくの昔に見失った。

 いいや、己自身の決断で、それを塞いでしまったのだ。

 

 

「では。開戦の狼煙を上げましょう」

 

 

 閉ざされた門を前にして、触れば砕けそうな水晶の刀身を鞘から抜く。

 生前であれば絶対に不可能なその所業も、今の身体と才能であれば、容易く行える。

 

 ズズン

 

 人が二人通れる程度に斬りぬかれた扉が、前に倒れる。

 それを踏みしめ、俺と彼女は魔王が座するその町に足を踏み入れる。

 同時に聞こえる関の声。

 

 俺達が今いる北門と、その反対側の南門。

 二つの場所から、争いの音が響き渡る。

 

 

「あら、奇遇。あちら側も到着しているみたいですね?」

 

「そのようです。如何しますか?」

 

「どうせ目的は同じです。進みましょう。お父様は、あの建物の頂上にいるでしょうし」

 

 

 本来ならば城砦が存在していた場所には、邪悪な気配を漂わせる城が堂々と建っている。

 おそらく、あそこで待っている者こそが、勇者が倒すべき敵にして、彼女の父親。

 

 あそこから放たれる重圧に比べれば、周囲に群がる魔物達や魔族など物の数にもならないだろう。今から戦う相手が魔王であると再認識し、思わず体を震わせる。

 

 

「怖気付きましたか?」

 

 

 そんな俺の様子に気づいたのだろう。

 彼女はクスクスと笑いながら問いかける。

 

 

「まさか。武者震いです」

 

「この世界に武者なんていませんけどね」

 

「……では、騎士震いと」

 

「フフッ、その様子なら大丈夫そうですね」

 

 

 他愛も無い会話をしながら、剣を振るう。

 魔族から放たれた雷撃や炎も、俺が剣を振るう前に彼女の体に阻まれる。

 魔法も剣も、今の俺達には効きはしない。もし倒せる存在がいるとすれば、勇者か魔王。

 倒すべき二人の存在を想い、思わず笑う。

 

 

「待っていろ、ルスト」

 

 

 本題は魔王のはずなのに、どうしても先に彼の顔が浮かんでしまう。

 完全に個人的な願望ではあるが、やはり俺はあいつに勝ちたい。

 聖剣を抜き、勇者となったあいつの力は、俺が思っていたより遥かに強かった。

 魔王にすら届きうる力を手に入れた今のお前の実力は、果たして一体どれほどだろう。

 

 

「お前にだけは、絶対に──」

 

 

 だからこそ、必ず勝とう。

 お前と対等であると証明するために、俺が勇者よりも強いと声高に証明するために。

 そして何より、俺を救い上げてくれたこの人のために。

 

 

 その道が、地獄に落ちていくものであっても。

 父さんと母さんを悲しませてしまうものであっても。

 あいつに、嫌われてしまうようなことであったとしても。

 

 

『あなたは私と、地獄に落ちてくれますか?』

 

 

 もう、選択すらできないことは嫌だから。

 

 

 

 

☆〇☆〇☆

 

 

 

 

 

 

「いくら何でも数が多すぎるだろこれ!!」

 

「一体どこにこんな数の魔物や魔族が隠れていたんでしょうね!」

 

「無駄話をするな貴様ら!気を抜けば飲まれるぞ!」

 

 

 予想以上の戦力だ。魔王も本気と言うことだろうか。

 なだれ込むように迫ってくる敵の軍勢、しかもどれもこれもが強敵揃い。

 オーガにサイクロプス、ケルベロスにスレイプニル。

 

 どいつもこいつも、僕らでさえ数えるほどしか見たことの無い上級魔物。

 ドラゴンのような図体のでかすぎる魔物はいないが、それでも二階建ての家の屋根ほどもある高さの魔物が、何匹もいるのは実に壮観だ。

 

 そしてそれを相手にして尚、焦りはすれど押しつぶされない仲間も流石だ。

 竜気を纏った拳が、聖なる輝きを帯びた刃が、鉄をも焼き尽くす業火が魔物を蹴散らす。

 前哨戦にしては随分と豪華であるが、あまり問題は無さそうだ。

 

 

「つぅかおい、ルスト!お前強くなりすぎだろ!?ズルだズル!」

 

「そんなこと言われても困るんだけど」

 

 

 まあ、たしかに自分でもちょっとズルいとは思うが。

 少しの魔力を込めて剣を振るうだけで、数十の魔物が光の奔流に飲み込まれ消えていく。

 大して魔力を込めているつもりは無いのだが、威力も範囲も桁違いだ。これが勇者の本当の力だとするなら、歴代の勇者が残したデタラメな伝説にも納得がいく。

 

 

「頼もしい限りではありますが。ここまで凄まじいと、ちょっと妬きますね」

 

「これほどの力がなければ、魔王を倒せんということだろう。馬鹿なことを言ってないで手を……動かしてはいるようだが、勇者様の気を逸らすような無駄話はやめておけ」

 

「大丈夫。このくらいなら雑談しながらでも問題はない」

 

 

 以前までの僕であれば、この時点でそれなりに消耗していた。

 しかし今となっては、底をつく気配が無い魔力量によっていたずらに魔族と魔物の被害が増えていくだけとなっている。人海戦術も、こうも差があるとただの兵力の浪費だ。

 

 

「疲れたなら休んでおいて。一番重要な場面で息切れなんてしてほしくないしね」

 

「……ッチ。癪だけど、雑魚相手に本気出すのも馬鹿らしいしな。任せてやる!」

 

「素直に礼を言えイヤル!申し訳ありません、勇者様。あとはお願いします」

 

「一応魔法によるサポートは使っておきます。存分に無双してください、勇者様!」

 

 

 リージェの支援魔法により軽くなった身体で、軽く跳躍し屋根の上に降り立ち、彼女から教えを受けて会得した遠見の魔法を詠唱する。

 

 魔王軍に占拠されたと言っても、元は巨大な都市だ。

 殆どが殺されるか逃げるかしているだろうが、制圧されてそう時間は経っていない。

 家に立て籠もったり、魔物達に囚われている人間がまだ残っていると踏んでいたが……。

 

 

「広範囲の攻撃を行わせないための人質、かな?よく考えてる」

 

 

 何度か見せた聖剣の最大出力を警戒しての人質なのだろう、この街の生き残り達は。

 広範囲無差別攻撃なんて行ってしまえば民を巻き込んでしまう。王様の権威を下げてしまう恐れもあるし、何より僕自身が人を殺したくはないので、確かに動きは制限される。

 

 

「なら、無差別じゃなけりゃいい」

 

 

 笑って、聖剣の先端に黄金に輝く魔力を収束させ、それを幾本もの光線に分裂させ放つ。

 不規則な軌道と共に、聖剣は特に目立つでかぶつの魔物達の頭部を破壊する。

 建築物の邪魔さえなければ、あと百は追加で討伐できたかもしれない。

 

 

「進もう」

 

 

 人質も、魔法も、最も信頼していた己の肉体も。

 全ての策を塵のように打ち砕かれ、戦意を喪失し一歩後ろに下がる魔物と魔族達。

 恐怖で揺れる瞳には、血を一切浴びず流さず、そいつを見下している僕の姿。

 敵目線で見ると、僕って結構怖いらしい。

 

 

「襲ってこなきゃ殺しはしないよ」

 

 

 それを一瞥だけして、さっさと魔王が待つ城へと乗り込む。

 魔王さえ倒せればこいつらは撤退するだろうし、無駄な戦闘を繰り返すべきではない。

 何より、彼らに先を越されてしまえば、何が起きるか分からない。

 

 

「化け物め」

 

 

 最後に聞こえてきた、負け惜しみのような魔族からの言葉。

 今更過ぎて、少し笑ってしまう。当たり前だろう、ずっと前からそうだ。

 自分は正真正銘の化け物だ。実の両親を殺した怪物だ。

 

 

「それでも、できることはある」

 

 

 僕を初めて人間として見てくれた彼と、決着をつけなければならない。

 魔王を倒すまでは共闘してくれるかもしれないが、その先はきっと敵だ。

 

 

「待っててね、エンヴァ君」

 

 

 彼に伝えたい想いは山ほどあるのだ。

 そのためにも、絶対に彼を二人の元に連れていく。

 そして説教をしてもらい、またあの二人から頭を撫でてもらうのだ。

 

 

「絶対に、助け出す」

 

 

 覚悟を決めて、仲間と共に一歩を踏み出した。

 

 

 

 

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