「もうすぐですね」
「……はい」
もうすぐだ。
もうすぐで、この戦いに決着がつく。
「この先にいるのが、私の父であり。この世界を脅かす、魔王」
「本来であれば、勇者が倒すべき存在」
聖剣が在って、ようやく同じステージに立つことができる超越存在。
それ以外の人間には決して歯が立たぬはずの、不条理の化身の一つ。
まるで世界にそう在れと願われたような、圧倒的なる個の生物。
「タイムリミットはそう長くはありませんね」
「はい。ルスト達も、すぐに来ます」
戦力は勇者とその仲間達の方に集中している。
タイムリミットは、ルスト達が魔王の待つ玉座に到着するまでだ。
それまでの間に、俺は魔王を殺さなければならない。
「証明する時です、エンヴァ。あなたが勇者であると。聖剣なんて無くても、魔王を倒せると」
「……必ず、ソフィート様の信頼に応えます」
言葉は短く、鉄門を切り伏せ踏み込んだ。
あり得ないほど広い部屋は、おそらくは空間を伸ばす魔法で作られたのだろう。
その奥、禍々しい玉座に座する男は、以前見た時と同じように、おどろおどろしい魔力を垂れ流し、俺とソフィート様を一瞥する。
「来たか」
「はい。約束を果たしに参りました、お父様」
不自然に感じるほど、魔王は冷静だった。
怒るも、嘆きも浮かべずに、ただ嬉しそうに笑い杖を手に取る。
「ようやくだ」
「心待ちにしてくださっていましたか?」
「そうだな。していたとも。さあ、始めようグラトニカ」
一瞬、空気が歪んだ。
「私の名は、ソフィートです」
「やめておけ。虚しいだけだ。あの日にソフィートは死んだ」
「死んでなんかいませんよ。生きています。私の中で、彼女は──」
「もう、いい子ぶるのはやめておけ」
何故だろうか?
魔王と、恐怖の象徴と対峙しているはずなのに。
何故だか、とても懐かしいような、暖かいような何かを感じるのは。
「そんなもの。お前には似合わんさ」
その声色は、まるで。
親が子を諭すように、穏やかで。
「始めよう」
「ッ!?」
──その次の瞬間には、俺は吹き飛ばされていた
「テレポート……!?」
「否。単純に移動しただけだ」
あり得ない。
初めて戦った時は遊びだったのか?
視覚が、聴覚が、五感の全てがその速さに追いつけない。
剣才による先読みと、ソフィート様の剣による魔力消滅。
その二つが無ければ、俺は最初の時点で死んでいた。
「お父様の力を弱める太陽が無い以上。彼はその力を万全に振るうことができます」
魔力の剣を、降り注ぐ滅びの雨を、当たり前のように放たれる不可避の攻撃を。それら全てを捌き、背を伝う汗の感触を必死に無視して、彼女の言葉に耳を傾ける。
「滅びの魔力を推進力とし、人智を超越した速度を出す。それがお父様の本来の戦い方。歴代の魔王の中でも最も速度とパワーに優れた、最強の魔王」
攻撃する隙が無い。ただのゴリ押しだと言うのに、手も足も出ない。
魔王の戦い方を見誤った。脳筋だ。こいつ凄い脳筋だ。
「エンヴァ。残り時間はそうありませんよ?」
初めて彼女を少し恨んだ。戦い方を知ってるなら先に言っておいてほしい。
強い。ただ強い。馬鹿らしいほどに強い。シンプルに、単純に、明快に。
これが魔王。これが最強。これが魔の頂点。
「さあ。どうにか、倒してくださいね?」
「……了解、しました!!」
俺にはそれが、『死ね』と言っているようにしか聞こえなかった。
☆☆☆☆☆
「……戦闘音?」
「エンヴァ君だ」
凄まじい轟音が上の階から響いてくる。
魔物は未だ湧き続けているが、そろそろ数も少なくなってきたようだ。
魔力も十全。魔王が相手だろうと、彼が相手だろうと、戦う準備はできている。
「急ごう」
「あぁ?お前の言うことが確かなら、あの野郎が魔王と戦ってんだろ?なら決着がついた後に、消耗した魔王をやりゃいいんじゃねぇか?」
「それじゃ遅い」
もう時間は無い。戦いが始まった以上、そう長くない時間で決着はつく。
勝敗は決まっている。問題はその後だ。
「詳しく説明してる時間は無いけど、遅れたら最悪の事態になる」
「……それは、あなたにとって、ですか?」
「僕を含めて、だよ。エンヴァ君がどうこうの問題じゃない」
そうとも。どうなるかは分かり切っている。
あいつの狙いは、僕が来る前に全ての準備を終わらせることだ。
そうなれば、僕でも勝てるかどうかわからない。
「何が何だか分からんが。とりあえず上に行きゃいいんだな!?」
「それで合ってるよ。ジャスティ。リージェ。イヤル。お願い」
「よっしゃあ!任された!!」
「おい待て、まずは作戦を……!」
イヤルの放った竜気が天上をぶち破る。
なるほど、いちいち階段を上がったりするより遥かに効率的だ。
ただし、そんなことをすれば当然、この巨大な建築物のバランスは大きく崩れるわけで。
「この馬鹿が!!」
崩れ、降り注いでくる瓦礫や崩壊に巻き込まれた魔物をジャスティの結界が弾き返す。
聖なる祝福を帯びた盾は、聖剣の力や魔王の力を除き凡そ全ての力を防ぐ。
最も、これだけではただ単に城の一部破壊しただけで、魔王の間には行けないのだが。
「飛びます!衝撃注意!」
リージェの帽子から飛び出した絨毯が、僕らを乗せて上へ上へと飛翔する。
流石は頼れる仲間達。指示してからの対応が実にスムーズだ。
最短距離、最大効率、消費する労力も最小限に。
まあ最も、予測されている現象の当てが外れれば、ただの間抜けなのだが……。
「よし、大丈夫っぽいね」
「だろ?へへっ、やっぱ俺の勘は良く当たるぜ」
「外れていればとんでも無いことになったんだぞ馬鹿め!クソ、覚えていろよ……」
僕らが通り抜けた穴は、一秒もかからずに、時が巻き戻るように塞がっていく。
魔王の居城だ、おそらくは防壁魔法と再生魔法くらいかけているだろうと思ってはいた。本当ならリージェがそこらへんを解析してから始めるのが最善手だったのだが、今回はそれをする時間すら惜しいのでショートカット。
「もし再生魔法がかかっていなければ、今頃城が倒れて街がおじゃんでしたね」
「そうなりそうだったら城ごと消し飛ばすから問題は無いさ」
「そーそー。多少のことならこいつのゴリ押しでどうにかなるって!」
「勇者様の消耗を少しは考えんか貴様……!」
いやまあ、それくらいなら大して疲れないし問題は無いのだけれど。
多分言ったら「甘やかすな」とか言われるし口を噤んでおこう。
こんなことを考えられるようになった自分に、少し笑ってしまう。
あの頃と比べれば、随分と彼等に気を許してしまったものだ。
「突っ込むよ。捕まっておいて」
「え?勇者様、何を──」
光を纏う。
聖剣から溢れる魔力をとめどなく放出し、それを出力に強引に扉をぶち壊す。
多分音とかいろいろ置き去りにしたが、流石私の仲間達。
滅茶苦茶青ざめた顔をしているが、なんだかんだで振り下ろされてはいない。
まあ数秒ほど光の世界にいただけだ、これくらいなら大丈夫だろう。
「……ハハ、ハハハ」
ああ、そうだ。こうなることは予想できていた。
最強の魔王?聖剣の資格がない?くっだらない。
彼が、僕の親友が。誰かに負けるはずなんてないだろう。
「エンヴァ君」
「……どうだ。どうだ、どうだどうだ!見たか、ルスト!」
いつも無茶ばかりだ。片腕を無くし、呼吸も虫の羽音のようにか細い。
だと言うのに、彼は膝を折らない。きっと彼の勝利は絶望的だ。
それでも、きっと彼は勝利を譲らない。
「おい。あれ……」
「あり得ません」
リージェが驚嘆の声を上げる。
そりゃそうだ、数百年続く常識が、今目の前で壊れているのだ。
「聖剣を持たぬ者が魔王を倒すなど、前例がない!」
魔王の首は、今地に落ちた。
「なら、今日から俺がその前例だ!」
心の中で、リージェに感謝する。きっと彼は、そういわれることを期待していた。
昔から、人より凄いことをするといつもあの二人に胸を張っていた彼だ。
根っこは結局変わらない。褒められたがりの、彼のまま。
「見ただろ、ルスト。聖剣なんぞ、無くても。魔王は倒せるんだよ」
「知ってたよ。君が最高にかっこいいことなんて、昔から知っていた」
本当なら、今すぐにでも彼に駆け寄りたい。
『よくやったね』って、『凄い』って、昔みたいに彼と一緒に喜びたい。
けれど。それをするのは、これが終わった後だと決めていた。
「決着をつけよう」
聖剣の光は、魔王の娘を。
否。
新たな魔王を指し示す。
「魔王グラトニカ」
暴食の魔王は嗤う。
「お前を、殺しに来たぞ」
「はい。お待ちしておりました、勇者様」
☆☆☆☆☆
勝った。勝った?
本当に勝ったのか?
俺の錯覚かもしれない。
あんな化け物みたいなやつに、俺は勝った?
「……ハハ、ハ」
心臓を刺し貫かれた魔王は笑う。
心底おかしそうに、俺の顔を見て笑う。
「ああ、まったく。長生きはするものだ。ようやく、心残りを晴らすことができる」
何のことだ?こいつは何を言っている?
「すまんな、若造。我が娘の、最初で最後の我儘に。最後まで、付き合ってやってくれ」
崩れ落ちた魔王の身体。
ソフィート様は俺の方をみて微笑んだ。
「よくやってくれましたね、エンヴァ。想像以上です、あなたの力は」
「……」
褒められているのに、何故だろう。胸に刺さった何かが、どうにも気持ち悪い。
魔王の最後の言葉が原因か?
違う気がする。
多分これは、とっくに気づいていたはずの違和感だ。
「エンヴァ。あなたは今、真の勇者になったのです」
俺の目的は果たされた。聖剣なんて無くても、魔王を殺せるなんだと証明できた。
『エンヴァ君』
「……ハハ、ハハハ」
そうだ。見ろルスト。俺は魔王を倒したぞ!
お前がまだできていないことを、俺は成し遂げてやった!
『聖剣を持たぬ者が魔王を倒すなど、前例がない!』
そうだとも。俺が初めて、魔王を聖剣無しで打ち取った!
全部俺が願った通り。全部思い通りに進んでる。何も問題なんて無い!
そんなわけ無いだろ。
『知ってたよ。君が最高にかっこいいことなんて、昔から知っていた』
やめろ。
なんで俺じゃなくて、彼女を見るんだよ。
お前が戦うべき敵は、俺のはずだろ?
『決着をつけよう』
知ってるよ。
その剣が、俺に向かないことなんて。
あいつが、本当の魔王じゃないなんて。
とっくのとっくの、とっくの昔に知ってたんだよ。
『魔王グラトニカ』
うん。やっぱり馬鹿だな、僕。
「お疲れ様でした」
魔王の右手は砕かれた。
魔力殺しの剣は、当たり前のように俺の手から離れた。
当然だろう。知ってるよ。なんで知ってて、その手を取ったんだろうな?
分かってるよ。後悔だ。
初めて恋した人から嫌われたく無くて、結局彼女に縋りついたんだ。
選べなかったあの選択を、やり直せた気になってたんだ。
笑わせる。
彼女にとってあの過去は、とっくに覆せないものなのに。
「あなたのおかげで、魔王の力を我が物にできました。これで夢を叶えられます」
知ってるよ。あなたが俺を、その夢の先に連れて行ってくれないことを。
ずっと仕込んでいたんだろう?
ルストに勇者の力を渡したのも、この瞬間のためなんだろう?
「あなたのおかげで、世界一嫌いな男の死に様を見れました!」
理解してるよ。その男って僕なんだろ?
自分を選ばず、自分を裏切り。
一人ぼっちの君に、手を差し出さなかった俺を恨んでるんだろ?
「用済みです。死んでください。もう私は、あなたが無くても生きれます」
彼女の身体が肉を帯びる。宝石の身体は、最初から借り物だった。
殺し食らった
「一人寂しく朽ち果てろ。私の世界にお前はいらない」
彼女の手刀は、俺の腹に穴を空ける。
まあ当然、俺の身体にそれを耐える余裕なんてない。
多分死ぬな。何もできず、結局死ぬんだな。
「あなたなんて、世界で一番大嫌いだ」
彼女の腕から伝わってくる憎悪と殺意を感じながら。
俺はゆっくりと、目を閉じた。