身体が、動かない。
何故こんなことになってしまったんだろうか?
分かり切ったことを、何度も頭の中で問いかける。
「心臓潰されてんのによく生きてられんなぁ。どういう体してんだお前」
「……ァ」
目覚めてすぐに見たは物は、俺の身体に淡い緑色の光を押し当て、傷口を塞いでいる竜人だ。なんとも気色悪いものを見るような目で俺を見ている。
「ルストの、仲間……?」
「もう喋れるのかよ。とりあえず完治するまで動くなよ?別にお前が死んでも俺は悲しくないが、ルストの奴がお前にお熱だからな。まったく、こんな奴のどこがいいんだか」
あの方の姿はない。ということは、俺はどこかに運ばれたらしい。
すぐに追いかけなければと立ち上がろうとし、まともに動けず再び倒れる。
「動くなって言ってんだろうが!馬鹿かお前は!」
「行かなきゃ、ならない。あの方を、助けなければ……!」
「知るかんなもん!さっさと治されろ間抜け!」
押さえつけられ、再び暖かい光を胸部に当てられ、傷を治されていく。
非常にありがたいことだが、今は一分、一秒でも時間が惜しい。
こうしている間にも、あの子がルストに倒されているかもしれない。
俺が行かなければいけない。俺が。
俺が役に立つと、証明しなければ。
「つぅかお前はまずルストの心配をしろや!なに訳の分からない女ばっかり守ろうとしてんだ!?親友なんだろルストとお前!」
「……」
ルストを、心配。今更、何を言ってるんだ。
俺があいつを心配する資格なんぞ、もう無いだろ。
「なんで俺が、あいつを心配するんだよ」
「今あいつが戦ってる魔王の娘は、もう魔王を取り込んじまってヤバイくらい強くなってんだよ!このままじゃルストが危ない、俺もさっさと助けに行かなきゃならねぇ!なのになんでお前は、あの女のことばっか考えてやがる!親友なんだろお前ら!」
「……あいつなら。ルストと聖剣の力があれば、どんな奴だって倒せるはずだ。だから、心配する必要なんて、無い」
「ぶち殺すぞお前!」
顔面を凄まじい力で殴られ、吹き飛ぶ。
言葉の割には、殺意はなくただ怒気を込め振るわれた拳だった。
「そもそもなんだ!?お前結局どっちの味方だはっきりしてねぇな!元主人に裏切られたんだろお前!ならさっさと割り切って、復讐なりなんなりすりゃいい!」
「先に裏切ったのは、俺だ」
きっと再会した時から、俺は薄々と分かっていたのだろう。
あの子の目的が狂った末の結論であることに。
そして、そうしてしまった元凶は、自分自身であることに。
「最後まで、一緒にいてあげるべきだったんだ」
俺は結局、あの時両親を取ったのだ。
彼女の手ではなく、二人からもらった愛情を選んでしまった。
だから彼女の手を取れず、俺は彼女を一人にしてしまった。
「だから、今度こそは」
「じゃあ
今度は腹を思い切り蹴り飛ばされる。
器用なことに、打撃を与えながら癒しの力を行使しているようだ。
痛みと衝撃は感じるが、身体の傷は癒えていく。
「あいつはずっと、お前が敵になった時も!お前なんかのことをずっと心配して、どうにかしようと考えてきたんだぞ!?」
目を逸らしていた事実を、彼は捲し立てるように俺に向けた。
「魔物なんかに付き従ってるお前と出会って、あいつはそれでも喜んでたんだぞ!ようやく会えたって。これでまた、一緒になれるって。それを、女一人に誑かされた程度で捨てるのか。一緒にいた時間を、そんな簡単に投げ捨てんのか!?」
「お前に、何が」
「知らねぇよお前の事情なんぞ!だがなぁ!お前があの女を見捨てて、裏切ったって言うんなら!お前はまた同じことをルストの奴にしてるんだよ!」
空っぽの建前が、ガラガラと崩れていく音がした。
彼の言葉は、どこまでも当たり前なことだった。
「結局お前は、何がしてぇんだよ!」
俺が、何をしたかったか?
決まっている、俺は──。
「勇者に、なりたかった」
ずっと、俺のなりたいものは決まっていた。
「あの子との約束を、果たしたかった。ルストが期待してたように、聖剣を抜いて。本当の勇者になって、かっこよく魔王を倒して」
どこまでも、子供のような夢だった。
「ルストに、両親に、皆に。あの子に、褒めてもらいたかった」
どこまでも、自分勝手な願いだった。
「あいつが俺の先に行っちゃうのが、どうしようも無く悔しかった」
だから結局、俺は勇者にはなれなかった。
それはきっと、当たり前のことだったのだ。
俺はあの子を斬れなくて、あいつはあの子を斬れた。
俺は両親を捨てれなくて、あいつは両親を捨てられた。
俺は自分のために戦って、あいつは俺のために戦ってる。
何も斬れず、何も捨てられず、ただ自暴自棄になってる俺と。
世界のために、皆を守るために、ずっと聖剣を振るい続けているあいつ。
「あの子が求めてた勇者は。あいつの方だった」
それが、どうしようもなく、悔しくて。
だから、あいつより俺が勇者に相応しいんだと証明したくて。
それでも、あの子は僕の方を見ちゃくれなくて。
「俺じゃ、やっぱり無理だった」
チャンスを与えられて。それも失敗して。
結局、あの子からゴミのように捨てられて。
「俺は、勇者にはなれなかった」
「んなことは聞いちゃいねぇよ!!」
「ぐあっ」
また蹴り飛ばされ、壁にぶつかる。
気が付けば、俺の身体はほぼ完治していた。
噂には聞いていたが、凄まじい治癒能力だ。
「俺はお前の愚痴を聞きたいわけじゃねぇんだよ!どっちに付くか、を聞きたいんだよ!」
「……」
「お前がほんとにルストの親友なら、俺と一緒にあいつと戦え。そうすりゃ王様も、お前に恩赦をくれる。お前の罪も多少はましになる。俺としちゃ、これが一番楽だ」
彼は、どこまでも真っすぐに俺を怒鳴り散らす。
「お前がまだあいつに着くって言うんなら、俺は今ここでお前を潰す。ルストが何を言おうと、もう容赦はしない。あいつの想いを踏みにじるなら、俺はお前を許しはしない」
彼は、ルストのために気力を振り絞っている。
「お前は、どうする」
その問いに、俺は。
☆〇☆〇☆
「……想定以上、だなぁ」
技量もクソも無い、力任せに膨大な魔力と食い集めた能力を無造作に振るう。
それだけのことで、私達をいとも容易くここまで追い詰めた。
傷が無いのは聖剣だけで、自分自身が受けた傷はとうに数十を超えている。
「アハッ」
狂ったような笑い声と共に放たれる、血のように赤く染まった触手。
それを切り払い、打ち落とし、魔力による推進力を頼りに新たなる魔王に近づく。
「聖剣よ──」
「お父様」
聖剣の魔力と滅びの魔力がぶつかり合う。
出力自体はほぼ互角、技術を加味すれば十分押し切れる。
しかし、それを補う厄介な能力が、新たな魔王には備わっていた。
赤い魔力を打ち払い、刀身を魔力形成し、彼女の右腕を目掛け振るう。
首を狙うこともできたが、それをしても意味が無いのは散々分からされた。
しかし、結局はそれも左腕で受けられ、聖剣の魔力を霧散される。
「ソフィート」
「厄介な……!」
魔力を無効化する、水晶でできた肉体。
彼女は右腕以外をそれに変化させることで、聖剣の魔力に対抗している。
僕に魔王の肉体を魔力なしで斬るほどの力は無く、技術も足りない。
例え魔力が無尽蔵だとしても、相手に効かなければ意味はない。
「お母さま」
「ッツ!」
反撃に差し向けられた無数の触手を避けきれず、肉を抉られ血が噴き出る。
聖剣の魔力を肉を焼き、無理やり止血して応急処置をしているが……。
「やっぱり、一人じゃキツイなぁ……!」
仲間の重要さが骨身に染みる。
急激な戦い方の変化についていけなかった自分のミスだ。
回復役のイヤルが戻ってきてくれれば、かなりマシになるのだが。
「あとどれくらい、持ち堪えられるかな」
聖剣は確かに強力な兵器だが、魔王を殺すにはやはりそれだけでは足りない。
ただ魔力があるだけでは、彼女のもう一つの力に対抗することはできない。
おそらくは、あの水晶体がエンヴァ君にとっての剣術のようなものなのだろう。
「偽物じゃ、こんなものか!」
聖剣の出力を上げ、迫りくる攻撃をいなし続ける。
一歩ずつ、着実に追いつめられている。
それでもまだ倒れるわけにはいかないと、一歩踏み出そうとして。
「──あっ」
ポトリ、と。
鎧が砕けたことで、懐から地面に落ちたそれに手を伸ばす。
彼との思い出の象徴。あの楽しかった旅の、唯一の残り香。
生死を賭けた死闘の最中だと言うのに、それが壊れるのが嫌で。
その隙を、見逃されるはずは無かった。
迫る一撃、回避は不可能、防御は間に合わず、受ければ勝ちの目はつぶれる。
最悪の判断ミスだ、大事なものならどこか安全な場所に保管しておくべきだった。
せめて一矢報いようと、痛みを耐えるために眼を瞑り、歯を食いしばり。
「……?」
来ない痛みに疑問を抱き、目を開ける。
そこには、ずっと求めていた彼がいた。
本物よりずっと大事な、玩具の聖剣を手に取って。
呆れたように、けれどどこかうれしそうな顔で笑う彼。
「まだこんなの持ってたのか、お前」
「エンヴァ、君」
傷は治っていても、魔王との闘いによる疲労は蓄積しているはずだ。
だと言うのに、彼の剣技は色あせることなく、触手の猛攻を片手に持ったクリスタルの剣で容易く捌き切り、僕を背負って駆け抜ける。
「借りは返すぞ!ルストの仲間!」
「えっ、ちょ!?」
ゴウッ、という音が出そうな勢いで、僕の身体は宙に投げ飛ばされる。
一瞬の浮遊感の後、誰かにキャッチされる感覚。
見慣れた顔と、鱗がついた尾。
「イヤル!」
「すぐ治す!ちょっと待ってろ!」
イヤルがここにいる、ということはつまり。
彼は、どうやら僕を選んでくれたらしい。
「……イヤル、僕の治療は後でいい。あの二人を先にお願い」
「何言ってんだ、そんな傷だらけで!いいからおとなしく」
「ずっと、待ってたんだ」
イヤルは引き留めようとして、しかしすぐに無駄だと分かったのだろう。
致命傷に強い光を浴びせた後、バンと背中を叩いて僕に発破をかけてくれる。
「絶対、生きて帰れ」
「ありがと。僕は本当に、良い仲間を持ったよ」
聖剣に光を灯し、新たなる魔王に向かい突撃する。
不思議と、先ほどまで感じていた倦怠感はとうに消え失せていた。
今はただ、彼と共に魔王に挑める高揚感が、僕の胸を満たしていた。
「ようやく、夢が叶う」
彼の背後に立ち、背中合わせに剣を構える。
負ける気はしなかった。
☆〇☆〇☆
『やはり殺しきれていなかったか』
『お前はいつも詰めが甘いんだ、グラトニカ』
あいつを殺せてはいなかった。
目障りだったあの男は、まだ生きて私の前に立ちはだかる。
自分だけ幸せになってる男は、私の右腕を振るい私を追いつめる。
砕けた剣は、どうやらあの竜人によって回復されたようだ。
元は己の右腕だ、回復能力が作用するのは不自然な話ではない。
「なんでまだ、生きてるんですか」
理不尽な問いかけを行いながら、母から受け継いだ触手を振るう。
ソフィートの特殊能力である魔法無効化は、右腕のみ無くなっている。
聖剣の魔力を右腕に受けるわけにもいかない。
それでも有利に立っていたのに、強さだけは一級品の裏切者の参戦だ。
勝ちの目は限りなく細くなってしまった。
『裏切ったのはお前からでは?』
「煩い!」
腹の中から聞こえる煩わしい声にそう返し、滅びの魔力で槍を作り出し放つ。
本来ならば容易く砕けるはずの、薄氷のような水晶の剣。
あいつは馬鹿みたいな剣術でそれを受け流し、ヒビ一つ入れることなくそれを扱う。
「理不尽じゃないですか……!」
『自業自得だろう』
『とっとと死のう、グラトニカ。もう私達の負けだよ』
「まだ、負けていませんよ!」
そういって、まだ足掻こうとして。
「グラトニカ」
いつの間にか目の前に迫っていた彼に、私の名を呼ばれる。
ずっと記憶に蓋をしていた癖に、今更その名で呼ぶ彼に、無性に腹が立つ。
「俺は、君に教えてほしいことがあってここに立っている」
「はぁ?」
この男、まさかこの期に及んで、まだ私に何か未練でもあるのだろうか?
だとすれば大馬鹿だ。救いようがない。
「君の本当の目的を教えてくれ」
本当の目的?
くだらない、そんなもの。
「目的なんて、ありませんよ」
ただ、不公平だと思っただけだ。
自分だけがこんなつらい思いをして、彼だけが受け入れられているのが。
私だけ二人に突き放されて、彼には優しい両親がいるのが。
「あなたが苦しむ顔を見たかった。堕ちていく姿が見たかった」
思ったより、自分でも分からなかった本音がスラスラと出るものだ。
「だって。私と同じように苦しむ人なんて、この世界にあなたしかいないじゃない」
なんで皆、当たり前のようにこんな世界で生きていける?
「なんで魔物なんていう存在が、当たり前のようにいるんですか。なんで魔法なんていう危ないものが、さも当然みたいに使われてるんですか。道端を歩いていたら、それだけで死ぬような世界で。なんで皆、それでも生きていこうなんて言えるんですか」
前世もクソだったけど、この世界もクソじゃないか。
生ぬるい世界を地獄だと思っていたら、もっと地獄みたいな世界に放り込まれて。
それでも頑張って生きて、生きて、生きて、生きて、まともに生きようとして。
それで最後は、本当にいた誰かのために死ねと言われて。
「なんでそんな世界で、あなたは生きていけてるんですか」
ずっとずっとずっと、彼等の旅を見ていた。
力の大半を失い、未来の勇者から受けた傷を癒しながら。
彼らの楽しそうな冒険を、一生の思い出になるような旅を、眺め続けた。
「最初は私と同じように、泣いてくれる人だったのに。なんで、両親から愛されてるんですか。なんで、また立ち上がってるんですか」
こんな世界で、それでも強く生きてる人達を見て、自分がどれほど弱いかを思い知って。
死にたくないって考えながら、あの子から貰った命の意味を探して、あそこに辿り着いて。
私と同じように、この世界で泣いているあなたを見つけて。
「私の味方なら、私と同じでいてくださいよ」
お父様が怖かった。あの人は絶対私を恨んでて、殺しに来るだろうと思ってた。
お母さまが怖かった。自分の子供を殺されて、死んでもきっと化けて出るだろうから。
この世界が怖かった。いるべきではない自分はきっと、いつか世界に殺されるから。
「私のためにお父様を殺して、怖いもの皆壊して。私を幸せにしてくださいよ」
こんな世界で、幸せなんて見つけられるはずないって分かってて。
自分が幸せじゃないのは、自分のせいだってとっくに分かってて。
それでも、中途半端に受け入れてくれるあなたが大嫌いで、大好きで。
「私を置いて、自分だけ幸せにならないでくださいよ」
自分でももう、何がなんだか分からなくなって。
「私を、連れて行ってくださいよ」
剣閃が舞う。
私を殺す刃が、近づいてくる。
聖剣の光が、滅びの魔力を押し返す。
動かなければ、死んでしまうのに。
なのに、何故だか動く気になれなくて。
「私を、逃がしてくださいよ」
「ごめん」
彼は、あの時のような、泣きそうな顔で私を見て。
その手に握った彼女の腕を、私の胸に突き当てて。
「あの時に、俺がこうするべきだった」
「そう、ですよ。全部全部、あなたのせいだ」
不思議と、それほど悪い気はしなかった。
ずっと生きたいと願っていた癖に、抵抗しようとは思わなかった。
「何が、勇者ですか。あなたなんて、何もできない半端者です」
「……ごめん」
「もう、いいですよ」
血は出なかった。
痛みはなかった。
それでも、自分は死ぬんだろう。
心地いい眠気に身をゆだねてしまうのだろう。
「君のことが、あの時から大好きでした」
「あなたのことが、あの時から大嫌いでした」
もういいだろう。
暴れまわって、満足できた。
私は碌に罪を背負わず、このまま勝ち逃げできて。
こいつは私に付き合われた罪を、この先ずっと背負うんだ。
「けど」
ああ、けど。
「あなたと過ごした時間だけは」
認めるのは、癪だけど。
「結構、楽しかったです」
それはきっと、私の求めていたものだ。