聖剣を抜いた親友と、抜けなかった俺   作:雷神デス

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なんか生きてた

 

 

 ようやくあるべき場所に帰ったのだと、その景色を見て理解した。

 白い大地に、真っ黒な宙。驚くほど何もない、けれどなんでもある空間。

 地上には沢山の誰かがいて、その中には死んだはずの見知った顔もいて。

 

 つまりは、この場所は死後の世界というやつなのだろう。

 ならばきっと、彼女もここにいるはずだ。

 

 地上に降りて、走り出す。

 彼女にはまだまだ、言いたいことが沢山ある。

 

 そうしてようやく、彼女を見つけ出した。

 一人ぼっちで座っている、初めて恋をしたあの子。

 

 

「グラトニカ」

 

 

 そんな僕の呼びかけに、彼女は振り向いてくれて。

 ゆっくりとした歩みで、僕の方に近づいてきてくれて。

 

 

「あの時。もっと早く言えなくてごめん」

 

 

 あの時に言えていれば、きっと別の道もあった。

 あの時に彼女を選んでいれば、二人で生きる道もあったのだろう。

 

 僕はそれができずに、こうして二人揃ってここにきてしまった。

 けれどようやく、あの時決められなかった選択を、決めることができそうだ。

 

 

「僕は、君とぉ!?」

 

 

 飛び蹴りされた。

 顔面にいいのを一発喰らった瞬間に、僕の身体が色を取り戻していく。

 

 

「え、ちょ、なに!?」

 

 

 彼女は、満面の笑顔を浮かべて、僕に、俺に見えるよう親指を思い切り下に向け。

 困ったように笑う、いつの間にか現れていた彼女そっくりの少女を抱きしめ。

 蚊帳の外の俺に、今まで見たことないくらいうれしそうに言うのであった。

 

 

「汚らわしいので、こっち来ないでくれますか。私は楽しくやってるので!」

 

 

 なんとも、まあ。

 楽しそうに、心地よさそうに言うものだから。

 

 

「あなたなんて、大っ嫌いですから!ずっとこっちに来ないでくださいね!」

 

 

 もう一発蹴られて、俺はどっかに吹っ飛んで。

 気が付けば、冷たい地下のような場所で目を覚ましたのだった。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 彼が死んでから、一ヶ月が経った。

 イヤルが懸命に治療してくれたけど、それでも間に合いはしなかった。

 心臓の鼓動は止まり、彼は帰らぬ人となった。

 

 魔王を倒した勇者の名は、瞬く間に世界中に広がった。

 新たに魔王を倒した勇者の一人として、僕の名前は広がった。

 歴史上で初めて、忌子が魔王を討ったという実例ができた。

 これで今後、少しは忌子に対する差別も無くなっていくだろう。

 

 

「しっかし、珍しいね嬢ちゃん。こんな時期に、あんな田舎に行こうだなんて」

 

「あはは……僕の故郷なんです。全部が終わったら、帰ろうと考えてましたから」

 

「はー、なるほど。久しぶりの里帰りかい。なら、ゆっくりと休んでいくといい。何もない村だが、自然が豊かで村人も人が良い。いい村だよ、あそこは」

 

「ええ。よく知っていますよ」

 

 

 エンヴァ君の遺体は、魔王討伐の騒動が終わった後、彼の両親に預けることにした。

 僕が今こうして、馬車に乗って移動しているのも、彼の死をあの二人に伝える為だ。

 いっそ罵倒してくれたら、なんてあり得もしないことを考えながら、かつて彼と共に旅をした景色を、馬車の中で揺られながら一人で見返している。

 

 

「次に魔王が出るのは、何百年後になるかねぇ」

 

「さあ。けどきっとまた、次の勇者が倒してくれますよ」

 

「ハハハ、それもそうだな!今は生き残れたことを喜ぼう!」

 

 

 後悔も、未練もある。

 それでも、僕は彼の分まで生きなければならない。

 何時までも彼のことを引きずって、何もできないなんてのは。

 

 

「君に、呆れられちゃうよなぁ」

 

 

 僕は聖剣を引き抜き、勇者になった。

 なら、彼が目指した夢に恥じない人間にならなきゃならない。

 

 

「そろそろ着くぜ。お疲れさん」

 

「ありがとうございます」

 

 

 そうして僕は、随分と久しぶりに、故郷の村へと降り立った。

 

 

 

◆◆

 

 

 

「おお、ルストちゃんじゃないか!」

 

「久しぶりねぇ。元気にしてた?」

 

 

 相変わらず、二人は太陽のように眩い笑顔で、忌子の私を歓迎してくれる。

 実の両親を殺した私を、まるで自分の子供のように良く接してくれた二人。

 

 

「まったく、エンヴァ共々どこ行ってたのか不安だったんだぞ?それで、どこ行ってきたんだい。エンヴァは、勇者になりに行くって書置きを残して行ったが」

 

「昔っからやんちゃなんだから。ルストちゃんが一緒に居てなければ、無理やりにでも引き戻しに行ってたわよ。あの子、あなたが居ないとずっっとうじうじしてるんだもの」

 

 

 二人は、以前と変わらずに、僕に接してくれている。

 それがどうしようも無く、僕の心を重くする。

 

 

「……それで、その。ルストちゃん、もしかしてだけど」

 

「エンヴァと、喧嘩でもしたのかい?なんだか、顔色が悪いようだ」

 

「……エンヴァ、君は」

 

 

 彼と、もう一度喧嘩がしたかった。

 彼と、もっと沢山のことを話したかった。

 それはきっと、僕なんかよりは、この二人こそが想うべきことだ。

 だから、泣く資格なんて、僕にはないはずなのに。

 

 

「ちょ、ルストちゃん!?どうしたんだ、いきなり泣き出して!」

 

「あの子、貴女に何したの!?ほら、何があったか言ってちょうだい?黙ってたら、何も分からないわよ?喧嘩したなら、私達があの子にガツン!と言ってあげるから、ね?」

 

 

 二人は何故かクローゼットの方を見ながら、慌てて背中をさすってくれる。

 僕はようやく意を決して、二人に残酷な真実を伝えるため、口を開く。

 

 

「エンヴァ君は。僕が、殺しました」

 

「「……うん?」」

 

 

 ポロポロと情けなく涙を流し、俯きながらそう言う。

 二人は理解できない、とでも言う風に揃って首を傾げる。

 

 

「待て、待て待て。なんでそんなことになってるんだ?」

 

「えーと、ルストちゃん?事情を説明してくれると、助かるんだけど……」

 

 

 僕はどうにか涙を堪え、二人に今までの経緯を説明する。

 一言一句、嘘は吐かない。

 それが今の僕にできる、最大限の誠意だった。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 二人は顔を見合わせる。

 思ったよりも冷静で、なんだか困ったような顔をしていた。

 おそらくは、彼の死に感情が追いついていないのだろう。

 

 

「ねぇ、あなた。どう思う?」

 

「……ん~。いやー、これは。息子と言えど……」

 

 

 二人の反応を待っていると、ふと頭の中に直接声が届けられた。

 何度か体験したことのある、リージェの念話魔法の感覚だ。

 

 

『勇者様、聞こえますか?ちょっと、一大事が発生して』

 

『リージェ。悪いけど、今は待ってくれ。……エンヴァ君のことを、彼の両親に──』

 

『あ、いえ。その彼のことなんですけど』

 

 

 二人は突然立ち上がり、クローゼットの方まで歩いていく。

 クローゼットはまるで震えるようにガタガタと動き出す。

 突然の行動に面喰らう僕を他所に、事態は何故か動いていく。

 

 

『脱走しました』

 

『……ん?』

 

『死体のはずの彼が、昨晩城から脱走したのを確認できました』

 

 

 何を言っているんだろうか。

 錯乱でもしたのだろうか。

 

 

「待って!待ってくれ母さん!頼む、ほんとに頼む!今更あいつと顔合わせられないんだよ!滅茶苦茶迷惑かけた挙句こんな再会無理だって!ほんと頼むから!」

 

「ルストちゃん泣かしておいて何言ってるんだいあんたは!ほら、さっさと出てきな!」

 

「父さん助けてぇ!」

 

「ちゃんとお話ししなさい、エンヴァ」

 

「畜生逃げ道がない!」

 

 

 僕は今、幻聴でも聞いているのだろうか?

 なんで、こんな場所で、彼の声が聞こえるのだろう。

 

 

『奇跡、としか言いようがないのですが』

 

「うごあぁ!?」

 

 

 クローゼットの戸が開かれ、中から一人の少年がゴロンと転がり出てくる。

 それは死んだはずの親友と瓜二つで。

 好きなだけ暴れて、自分勝手に去って行ったはずの彼そのもので。

 

 

「……ハ、ハハハ……」

 

 

 頭を掻き、顔を青ざめさせ、僕の泣きはらした目を見て。

 彼は、非常に気まずそうに口を開いて。

 

 

「ごめん、俺生きてたわ!」

 

 

 僕は初めて、親友を本気で殴った。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 参った、いやうん。とても参った。

 俺だって想定外だよ、なんで生きてるんだほんと。

 あんなに血を吐き出して、あんなに死ななきゃならないみたいな雰囲気出して。

 なんで生きてるんだよ俺、ご都合主義にも程がある。

 

 

『あとは二人だけでごゆっくり』

 

『ちゃんと話し合うのよ~』

 

 

 そんなことを言って出て行った、珍しく厳しい両親を恨む。

 いやまあ、俺がやったことを想えば全然マシな対応なのだろうが。

 

 

「生きてたんだね」

 

「……まあ、うん。なんか生きてた」

 

 

 ぐしゃぐしゃになった顔を手で擦りながら、ようやくルストは口を開いた。

 ほんと生きててすいません、絶対死ぬと思ったんです。

 

 

「それで?なんで隠れてたの?」

 

「……いや、だって。お前に散々迷惑かけた挙句、あんなに死ぬ死ぬ言ってたのに生きてるって、ほら……ダサいし……」

 

「もう一発殴っていいよね?」

 

「オッケー待とう。他の件で殴られるならともかく、これで殴られるのはなんか精神的にとても辛いから待とうルスト。せめてお前を裏切った件に関してで頼む」

 

「僕が怒ってるのは。僕から隠れようとしてたことなんだけど?」

 

「すいません」

 

 

 速やかに土下座に移行する。

 畜生、久しぶりに見たぞルストのガチギレモード。

 初めて娼館に行って、歳のせいで追い出されたことルストにバレた時以来だ。

 やっぱ後ろめたいことやってもすぐばれるだけなんだな。

 

 

「それで。なんであんなことしたの?」

 

「あんなこと、っていうのは……」

 

「僕に殺されようとしたこと。なんで?」

 

「……あー、その」

 

 

 ヤバイな、もう俺が泣きそうだ。

 あんな無駄に壮大に心臓停まって生きてるとかある?

 ないだろ。今からでもいいから助けてくれ神様、死神でもいいから。

 

 

「どうせ死ぬなら。せめてお前の手で死にたいな~……って」

 

「……なんで」

 

「いや、だって。俺、子供の頃からお前に迷惑ばっかかけたし。その癖、偉そうにしてたし。勇者になるんだってイキってた癖に、結局お前が勇者だったし」

 

 

 俺が威張れてたのって、自分が勇者になれるっていう根拠のない自信があったからで。それが無くなれば当然、俺みたいな奴が、なんでもできるルストに勝てるわけも無くて。

 唯一残った剣の腕も、結局は聖剣ビームブッパでやられるのだし。

 

 

「せめて、死ぬのなら憧れた聖剣と、親友のお前に殺されたいな~って……」

 

「……」

 

「すいません」

 

 

 無言の圧力が怖い。

 

 

「ていうか、ほんと。実際には、絶対死ぬはずだったんだよ……」

 

 

 実際には死ななかったわけだが、絶対死ぬって確信したのはあの竜人といる時だ。

 傷は癒えたというのに、一向に重くなるばかりの肉体に違和感を抱いて。

 そして己から流れる血に混ざった、蒼い欠片を見て理解した。

 彼女と最初にあった時に飲み込んだあの欠片は、首輪であったということを。

 

 彼女は最初から、俺を利用した後は殺すつもりだった。

 もし不意打ちで殺せなかった時のために保険を用意するのは当然だ。

 その保険というのが、彼女の意思一つで人体を殺す毒に代わる彼女の身体。

 

 

「生きてたのは、多分」

 

「多分?」

 

「……その」

 

 

 一番言いたくはないことが、それだった。

 こんなもん、恥ずかしくて言えるはずも無いのだが。

 

 

「あの子に嫌われちゃったらしくて。あの世から追い返された……」

 

「……そっか」

 

 

 彼女の身体の毒なのだから、そりゃ彼女の望んだままに消えるのだろうが。

 もしそうなら、もうちょい早い段階で消してほしかったと思う。

 というか毒が消えた程度で生き返る俺の身体もかなりあれだな。

 やっぱり転生者パワーってすげー。

 

 

「僕が怒ってるのは分かるよね?」

 

「はい」

 

「じゃあ、怒りを鎮めるためには何をすればいいか分かる?」

 

「……腹を切ってお詫びを」

 

「怒るよ」

 

「ごめんなさい」

 

 

 何をどうやって詫びればいいんだろうか、これは。

 俺の命だけでどうにかできるもんじゃないだろうし。

 

 

「というか別に、エンヴァ君僕に斬りかかっただけで、それ以外に変なことしてないじゃん。魔王を倒したのも、魔王の娘を倒したのもエンヴァ君じゃん」

 

「いや、まあ、そうなるのか……?」

 

「そうなるよ。だからエンヴァ君は、僕達にしたこと以外は何も罪に問われない」

 

「そうなのか……」

 

「そうだよ。けど僕は怒ってるので、ちゃんと贖罪はしてもらいます」

 

 

 正直もう死ぬ気満々だったわけだから、これからのこととかなんも分からんのだが。

 起きた時も、何がなんだか分からず結局二人のとこまで逃げ帰ったし。

 幸いにもまだ転移石があったので、すぐに帰ってくることはできた。

 

 二人はいつも通り出迎えてくれたし、黙って出て行ったのは許してくれたのだが。

 うん、まあ、ルストを泣かせたことについては許してくれるはずも無く。

 

 

「何をすればいいんでしょうか……」

 

「忌子と呼ばれた子達を育てる、孤児院を造ったから。そこで一緒に働いてほしいかな」

 

「そんな凄いもん作ったのかお前」

 

 

 毎度のことながら、その行動力と正しさに思わず眩暈が起きそうだ。

 俺があの子に蹴られてる間、こいつはとっくに世界のために働いてた。

 

 

「僕だけじゃ上手く行かないから、エンヴァ君にも協力してほしいんだ」

 

「俺が協力して、なんとかなるもんなのか?」

 

「なるよ。君の凄さは、僕が保証する」

 

 

 やっぱりこいつは、凄い奴だ。

 俺には勿体ないくらいの親友だ。

 

 

「だから。また一緒に来てほしい」

 

「……やめといた方がいいとは思うぞ?俺、面倒くさい奴だし」

 

「それは知ってる」

 

 

 ルストは笑って、俺の手を取った。

 

 

「それでも、僕には君が必要だ」

 

「……やっぱ、聖剣抜いた奴ってすげぇんだなぁ」

 

「いつまで気にしてるのさ。それ」

 

 

 今でもまだ、ルストが聖剣を抜いたという事実は悔しいけれど。

 それでも、ようやく俺もまた一歩、歩み出すことができそうだった。

 全部が全部ルスト任せというのが、実に情けなくはあるが。

 

 

「あ、それと」

 

「うん?」

 

 

 ルストは忘れていた、とでもいうように笑って。

 俺の背中に手を回し、ぎゅっと抱きついてきて。

 でかくなっても変わらないなと笑おうとして、ふと。

 俺の胸に当たっている、腹筋にしては柔らかいそれに気づいて。

 

 

「……うん?」

 

「勝手に死なれる前に、言っておこうと思ってさ」

 

 

 それに混乱している間に、初めて唇を奪われて。

 呆然とする俺に、ルストは悪戯っぽく笑って。

 

 

「大好きだよ、エンヴァ君」

 

 

 聖剣を抜いた俺の親友は。

 どうやら、女の子だったらしい。

 

 

 




初めて連載小説完結させました。
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